ブラック・ブレット 何が為の力か(仮)   作:終夜 猫

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最悪のニュース

 飾り気も何もない白い部屋で、安定した心電図の音だけが聞こえていた。

 蓮太郎が意識を失って丸1日。(うつほ)の応急処置と救助ヘリの迅速な対応と搬送でどうにか一命をとりとめた。病院に搬入された時は延珠(えんじゅ)木更(きさら)も絶望に近い表情を見せ、涙を流していた。しかし、蓮太郎の心臓は生きることを諦めることなく再び動き出し、手術した医師も奇跡だと言っていた。

 

 延珠は蓮太郎が病室に来た時から片時も離れず、今では寝ている蒲団に潜り込んでいる。

 木更はベッドの側で来客用のパイプ椅子に座り、リンゴの皮を剥いている。

 空はノートパソコンを開き、人体構造について調べていた。ページを開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。

 

神代(かみしろ)君はこれから医者にでもなるの?」

「こういった知識が無いよりはあった方が、生還率も上がると思ったものですから。」

 

人体構造が解んないと治療の想像ができなかった。

今回はどうにか自己再生能力を上げて、簡易的な止血ができたから助かったけど、これから先こういった事は多くなる気がする。蓮太郎君も無茶するし。

 

「……君のせいじゃ無いのに。」

「社長のせいでもありません。

 というか、そろそろリンゴを剥くの止めて下さい。5つ目でしょう。落ち着きが無さ過ぎます。」

 

 蓮太郎のサイドテーブルの皿には誰も手を付けず残されたりんごが置かれ、既に変色している物もあった。

 

「蓮太郎君が起きてからでも良いですよ。もしかしたら、起きてすぐには食欲が無いかもしれませんし。」

 

 パソコンの画面を見てタップし滑らせる指を止めること無く空は落ち着いたようにそう口にする。

 

 その時、蓮太郎の首が動かされそれを察知して2人は顔を上げた。蒲団の中で延珠もそれに気付いていた。

 蓮太郎はゆっくりと目を開き、隣に座る木更を暫くの間見つめていた。

 

「……よう、木更さん。」

 

 絞り出したような声が蓮太郎の口から発せられる。

 それに木更は目を潤ませ懸命に微笑んでいた。

 

「お帰りなさい里見君。」

 

 蓮太郎は苦笑する。

 

「ここ、天国かよ。」

「まだ地獄よ、お馬鹿。」

 

これから本格的に地獄が始まりそうだけど。

 

 蓮太郎はサイドテーブルを見て、違う意味で苦笑した。

 

「…………リンゴ、剥いてたんだな。」

 

 木更は目元を拭う。

 

「食べる?」

「い、いや、何にも食べてないはずなのに、あんまお腹空いてねぇよ。」

「大手術でしたから、そうすぐに食欲は湧きませんよ。」

 

 それで初めて空がいることに気づいたんだろう。蓮太郎は驚いていた。

 

「空っ、……いたのかよ。」

「いましたね。」

「里見君、彼が応急処置していなかったら、助かってなかったかもしれないのよ?」

 

 蓮太郎は確認するように木更を見つめた。

 

「……ありがとよ。」

「本当によかったです。」

「確かに、神代君のおかげでもあるけれど、生きることを諦めなかったあなたも偉いわ。」

 

 木更は蓮太郎の頭を優しく撫でる。

 蓮太郎は恥ずかしさからか、その手を逃れるように無理矢理上半身を起こした。

 

「本当は絶対安静なのよ。」

 

 蓮太郎は空と木更を交互に見つめると、自分を落ち着かせるように一度目を閉じた。

 

「……木更さん、今の状況を教えてくれ。」

「……そうね、本当にたくさんのことがあったわ。何から話そうかしら。」

「僕が話しましょうか?」

 

 パソコンを閉じた空が立ち上がり、蓮太郎の枕元までいどうする。

 

「まず蓮太郎君、僕達は、いや正確には、東京エリアの住人全てが死んでしまうかもしれません。」

「まさか蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)が?」

「先程、民警の代表が集められて、社長達にはこの依頼の裏情報が告げられました。あのケースの中身についてです。」

 

 蓮太郎の頭にガストレアから回収した少し大きめのアタッシュケースが浮かび上がった。

 

「落ち着いて聞いて下さい。あのケースの中身はガストレアのステージⅤを人為的に呼び出すことができるなんらかの触媒です。」

 

 蓮太郎は理解が追い付かないのか、咄嗟に反応できずにいた。

 

「通称、ゾディアックと呼ばれる11体のガストレアのことです。現在ではタウルスとヴァルゴの討伐が確認されており、残り9体ですが。」

「……でも、そんなことは不可能だ!」

「しかし、事実です。これも聖天子一派というかお偉いさんが隠していたことのようです。」

 

本当、権力者はろくなことできないなぁ。

 

 蓮太郎と木更も同様のことを考えているのか、表情にありありと見て取れた。

 

「それがどうあれ、蛭子影胤を止めなければいけないということです。」

「……延珠ちゃんから聞いたわ。里見君、蛭子影胤と遭遇したのよね。どうだったの?」

「強すぎる……人間業じゃねぇ。」

「プロモーター蛭子影胤。彼の使う斥力フィールドは、対戦車ライフルの弾丸を弾き、工場用クレーンの鉄球を止めるらしいです。

 次に蛭子小比奈(こひな)。モデル・マンティスのイニシエーター。刃渡りがある程度ある刀剣を持たせると接近戦では無敵、だそうですよ。

 このペアは問題行動が多過ぎてライセンスを停止処分でしたが、処分時のIP序列は134位。

 本当に蓮太郎君は運が良いのか悪いのか分かりませんね。」

「134位っ!」

 

 蓮太郎は目を見張った。今ごろ内心でその強さに納得しているのだろう。

 

「里見君、蛭子影胤たちは現在モノリスの外『未踏査領域』に逃げて、ステージⅤを東京エリアに呼び寄せる為の準備に入っているわ。今、政府主導で大規模な作戦が計画されてるの。」

「俺が寝てる間にそんなことが……。」

 

 言葉が途切れシンとする中、空がリンゴを咀嚼する音だけが聞こえた。

 

「……そろそろかな?」

「ん、何がだ?」

「延珠ちゃんの限界が。」

「は?……延珠?」

「この変態どもめっ!」

 

 声は蓮太郎の寝ていた蒲団から聞こえた。

 直後、蒲団が弾け中から延珠が現れた。

 

「うお。ちょ、おま、今までもしかして、」

「ずっと隣にいた。ついウトウトしてしまったが、ちゃんと聞いていた。最初の蓮太郎のデレデレした声ときたら……木更なんてただのおっぱいじゃないか!」

 

 木更はその言葉に嫌そうに反応していた。

 

「昏睡状態の時くらい安静にさせろよ。」

「妾がどこで寝ようと勝手だろう。」

「お、お前なぁ……。」

「里見君、そんなことより延珠ちゃんに言うことがあるんじゃない?」

「そうですよ。僕が現場に駆けつけた時の彼女は正直見てられませんでした。」

「…………そうだな、(わり)ぃ。あんな命令して。」

 

 蓮太郎と延珠はあの夜よりも強く抱きしめ合う。

 

「俺、保護者失格だよな。」

「まったくだ……蓮太郎は保護者としてダメダメだ。」

 

 延珠は今にも泣きそうだった。

 

「蓮太郎が、死んじゃったかと思って妾がどんな気持ちだったか……。」

「本当に……スマン。」

 

 空と木更は微笑み、その2人を静かに見守っていた。

 すると、木更の携帯が鳴った。

 木更は二言三言話した後、それを蓮太郎へと渡した。

 空の耳にはその相手の声が聞こえており、小さく息を吐き、後の会話に集中した。

 それは空の予想通り、蓮太郎を蛭子影胤迎撃作戦へ参加させる内容だった。

 

「何でだ……どうして、俺なんだ?」

『貴方が一番よく分かっているはずです。蛭子影胤を止められるのは貴方しかいません。』

 

 空はその言葉の理由に既に気付いていた。

 

やっぱり、あれ(・・)はそういう事だったのか。

 

 蓮太郎は考えた後、大きく息を吐いた。

 

「わかった……。ただし、アンタ等の為にやるわけじゃないことを忘れんな。」

『結構です。御武運を、里見さん。』

 

 蓮太郎は通話を切って木更に返す。身体に付いている電極や針を取り去り、不思議そうに傷を確かめる様に触れていた。

 それも当然だ。空は完全に忘れているが、今の蓮太郎は自己再生能力がかなり上昇している。それは呪われた子供たちに及ばずとも、充分異常な程に。

 

「里見君、勝てるの?」

「勝たなきゃ駄目なんだよ。」

「死ぬわよ。」

「覚悟の上だ。」

 

 木更が悔しそうに唇を噛む。

 

「……あなたが行く必要があるの?私がいて、延珠ちゃんがいて、………神代君がいて、4人で天童(てんどう)民間警備会社をやっていく。それじゃ駄目なの?」

「社長、忘れてましたね?」

「……ゴメン。」

「台無しです。まぁ、いいですけど。」

「……悪い、木更さん。」

「里見君もいいわ、もう聞かない。私も気になることがあるから、それを調べるわ。」

「では、僕は蓮太郎君のサポートに回ります。そろそろ民警らしい仕事をしないといけないですし。」

「「え。」」

 

 蓮太郎と木更は時が止まった様に停止し、空を見つめる。

 空は首を傾げながら2人の反応に意外感を示した。

 

「僕が戦闘に参加するのはそんなに不思議ですか?」

「いや、不思議っつうよりも……。」

「神代君はイニシエーターがまだいないじゃない。」

「別にいなくとも戦えるでしょう。しっかりとライセンスの取得試験では合格点を出しているんですから。」

「それでも駄目。君の実力は認めてるけど、今回は普通の依頼とは違うんだから。いきなり、未踏査領域は流石に無謀よ。」

「俺も未踏査領域は数える程度しか出たことはないけど、止めといた方がいいと思うぞ。」

 

心配はありがたいけど、ちょっと信用無さすぎじゃないかな?

 

「そもそも、この依頼は聞いた時点で絶対参加でしょう?なんだかんだ言っても、破ることは好ましくありません。」

「でもよ……。」

「大丈夫ですよ。民警になって覚悟はできてますし、なにより、何もしないのは嫌です。」

 

 その言葉と雰囲気から2人は空が本気だと理解した。

 しかし、どうしても不安が残る蓮太郎は、延珠に目を向け説得を求めたのだが、

 

「蓮太郎、よく分からぬが、空はおそらく強いぞ。」

「何だって?」

「私もただ者ではないと思ってたけど、それほどなの?」

「妾も説明できぬが、強い、と思う。」

 

 蓮太郎たちは再び空に視線を移す。

 そこには変わらぬ笑顔で空が佇んでいた。

 

「その辺の有象無象よりは強いと思いますよ。」

 

 その言葉、その笑顔、3人は初めて空に言い知れぬ不気味さを感じていた。

 

「……仕方ないわね。」

「いいのかよ、木更さん?」

「ええ、でも里見君の指示に従ってもらうわ。里見君、危険だと判断したら、彼を戦線から離脱させなさい。いいわね?神代君も。」

「了解。」

「了解しました。」

「うん、それじゃ……」

 

 木更は居住まいを正すと、月を背に長く美しい黒髪をかき上げた。

 

「社長として命令します。影胤、小比奈ペアを撃破してステージⅤの召還を止めなさい。──里見君、君は私のために今までの百倍働いて。私は君の千倍働くから。」

「じゃあ、僕はほどほどに働きます。」

「絶対に止めてみせます。あなたのためにも!」

「じゃあ、僕は子供たちのために。」

「…………ちょっと、神代君。じゃあってどうにかならない?なんか雰囲気が微妙になるんだけど。」

「仕方無いじゃないですか、僕だけ指示が無かったんですから。」

「君は里見君の指示に従うの!」

「こういう雰囲気出すのであれば、僕にもしっかり声をかけてもらわないと。」

「もう!」

「締まらねぇ。」

「うむ……。」

 

 蓮太郎と延珠は2人の様子をどうでもよさそうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輸送用のヘリから所定の位置に降ろされ、空たちは帰投の途につくヘリを見上げていた。

 

「次ヘリに乗る時は、作戦が無事終了した時か、死体袋に入って担ぎだされる時ですね。あっ、最悪、形も残っておらず、乗ることさえできないかもしれません。」

「……思っても口に出すなよ。」

 

 空の冗談を本気で心配していたらしい蓮太郎は隣で睨んでいた。

 

「僕なりに緊張を解そうと思って言ったんですが。」

「もっと、ソフトな内容で頼むわ。」

 

 蓮太郎はげんなりしていたが、すぐに気を引き締めた。

 

「じゃあ、話し合った通り、俺が前で索敵と進路確保。空は真ん中で地図を持って進行方向の指示。延珠が後方で殿だ。」

 

 蓮太郎はブッシュナイフを腰から抜いて邪魔な植物を切り払っていく。

 

「10年も前の地図なので予想はしていましたが。」

「やっぱりだいぶ変わってるか。」

「ですね。細かな地形まで変わってますから、まずはこの森を抜けて近場の街へ向かいましょう。ここから南南東へ300メートル程で開けた場所へ入ります。」

「流石は空だ。妾には分からないぞ。」

「まったくどうやってんのか……。」

 

 空の言う通り、少し開けた林道に出て、地面は舗装されていたアスファルトに変わった。

 そこから暫く歩いた後、空が警告を発する。

 

「静かに。……少しまずいです。」

 

叫び声?結構近い。

 

 その直後だった。

 重低音の爆発音がビリビリと空気を震動させてきた。蓮太郎はすぐに音の正体に気付き、舌打ちした。

 

「馬鹿野郎!どっかの民警ペアが森で爆発物を使いやがったなっ!」

「蓮太郎君、今の爆発で興奮したガストレアが暴れだしました。早くここから離れましょう。──森が起きます。」

 

 森のあちこちで鳥やコウモリが飛び立ち、空たちの頭上を狂ったように飛び回る。

 そしてすぐに災厄はやって来た。先程の爆発音とは違う重低音が足下から伝わってくる。

 3人はすぐにそれが足音だと察した。

 

「延珠ちゃん、蓮太郎君を連れて走れますか?

 巨大なガストレアがこっちに向かってきます。急いで!」

 

 空も必死だった。何故ならそれがあまりにも現実味のない姿をしていたからだ。

 体長は6メートルを超え、屈強な体躯。爬虫類特有の獰猛な顔に両腕は骨が進化して翼状になっている。それはまるで御伽噺に出てくるドラゴンの姿に似ていた。

 間違いなく、ステージⅣのガストレアだ。

 蓮太郎達もそれを目視すると声を上げた。

 

「蓮太郎、……あれは何だ。」

「ステージⅣ……だと。それにあいつ、どんだけ速いんだ。」

「このままでは追い付かれます。延珠ちゃん、付いてきて下さい。」

 

 延珠と並走していた空は前に出て誘導する。その間にもガストレアは木々を踏み倒しながら迫って来ており、その距離は既に20メートルをきっていた。

 

「おい、お前まさかっ!」

 

 猛烈なプレッシャーが背後に迫る中、蓮太郎には空の進行方向に何があるか見えたようだ。

 

「覚悟を決めて下さい。」

 

 それもそうだ。空が目指す先は影が無く月明かりに照らされて森が途切れていた。しかし、蓮太郎が心配したのは地面が続いていないことだ。つまり、

 

「いくよ、延珠ちゃん!」

「うむ!」

 

 蓮太郎が抗議する前に空と蓮太郎をおぶった延珠は少しばかりの傾斜がある崖を跳び降りた。直後、空たちの頭上を禍々しい顎が通過し、蓮太郎は身を屈めながらそれを見て冷や汗をかいていた。

 

「空っ!」

 

 延珠が心配するように手を伸ばし叫ぶが、空は心配無いとばかりに手で制す。

 空は落下中、冷静に着地点の木々を見つめ、1つの木に狙いを定める。超人的な感覚でバランスを保ち、位置を調整。木の幹に着地し、木の(しな)りと膝を曲げることで衝撃を吸収し、撓りが限界を迎えると、足を離しその先の木の枝に手をかけた。同じように枝の撓りで衝撃を吸収し、最終的に殺しきれなかった速度は無視して着地した。

 

想像よりうまくいった。……まぁ及第点かな。

 

 少しばかり陥没した地面を眺めた後、蓮太郎たちのもとへと向かう。

 

 2人はかなり離れた場所にいた。状態を見ると着地に失敗、というよりも転がって衝撃を最小限に留めたようだ。ただ、着地点と思われる岩場が破壊されている。2人の、特に延珠の脚への負荷は相当なものだっただろう。

 

「なんとか生きてるみたいですね。」

「……何でお前は平気なんだよ。」

 

 蓮太郎は仰向けで空を見上げながら小さく呟いた。

 その側では同じようにして延珠も空を見上げていた。

 

「延珠ちゃんも大丈夫?」

「妾は少し休めば大丈夫だ。」

 

 空が観察した限り、2人に目立った外傷は見られなかった。

 

「良かった。この辺りにはガストレアもいないようですし、2人ともゆっくり休んでいいと思います。」

 

 その言葉に、もう2人は疑問を持ったりしない。方法は理解できないが、直前の状況察知と判断にも間違いは無かった。

 空はそういう男なのだと2人の中では解釈されていた。

 

 結局、それから30分程して3人は行動を再開した。

 

 




ゾディアック
本来は発生し得ないステージⅤガストレアの総称。「触媒」を用いることにより出現する。
ガストレア大戦で猛威をふるい、世界を滅ぼした存在。巨大な体躯、通常兵器をほぼ無力化する硬度や分子レベルの再生能力を持つ。また、通常のガストレアと異なりモノリスの磁場の影響を受けない。
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