そこであの少年の言葉を思い出す。
『身体能力の莫大な上昇』
あの感覚も頭痛も、その弊害ではないだろうか?と考えたのだ。その証拠に集中すれば、風が建物を撫でる音、僅かなコーヒーの匂い、温度や風向き。それら全てが細かく感知できていることに気付いた。
空は視覚が何故まだ適応していないのか分からなかっただが、それ以上に気になった能力の方を試してみることに決めた。
『想像した物質、事象、能力を現実へと生み出し、発生させ、発現させる力』
空が想像したのは1枚のコイン。表も裏も無い薄い円形の鉄が自身の掌にあることを想像した。
すると、空は手に小さな金属の冷たさと重さを感じ、成功していることが分かった。
成功した!なら………。
空は同じように想像し、黒く細長い帯状の布を生み出した。
それを目を隠すように頭に巻き、眩しさを凌いだ。
よし、良い感じだ。暫くはこうしておこう。思った程不便でもない。
かなり調節された視界の明るさに満足し、ベッドから降りた。
軽く腕を振ったり、ジャンプしたりして、身体の感覚を確める。
あんまり激しく動くことがなかったから嬉しいな。
「大丈夫そうで何よりです。」
「ええ、一晩休んだら楽になりました。」
鋭敏になった感覚で松崎が来ていることに気付いていた空は驚くこと無く返事を返す。
「ところで、その目はどうしたのですか?」
「少し眩しすぎて、ずっと顰めてしまいそうだったんで巻きました。ああ、でも気にしないで下さい。結構薄い布なんで、生活の妨げにはならない程度です。」
「そうですか。それではこれからお話します。まぁ、そこの椅子に掛けて下さい。」
空は促されるまま椅子に座り、コーヒーカップを受け取り、対面に腰掛けた松崎を見つめた。
「本題に入る前におそらく記憶に無いこともあるかもしれませんので、まずはこの世界についてお話します。」
10年前
日本はガストレアと呼ばれる化け物に日本は国土の大半を侵略され、大量の死亡者と行方不明者をだし、事実上の敗北宣言を国民に行った。
特殊な磁場を発生させ、ガストレアを衰弱させる特性を持つバラニウム。それをを用い建設されたモノリスを閉じ、自律防衛の構えを取った。そして、他国もそれに続く様にモノリスを閉鎖。
2021年、人類はガストレアに敗北し、この時代の人々を『奪われた世代』と呼んだ。
それを境にして、ガストレアウイルス抑制因子を持った胎児達が生まれ始めた。
ガストレアウイルスは生物の遺伝子に影響を与える為、抑制因子を持った子供たちは、その全てが女性になった。
生まれたての頃は赤い眼をしており、それが分かった当初は奇跡の子供達だともてはやされたが、それは間違いだった。
抑制因子により、ガストレアウイルスの侵食率は非常に緩やかではあったものの、通常の一般人であれば短時間でヒトの形を保てなくなることを考えると、何年も変異しないということ自体、脅威的だった。それに加え、ウイルスの恩恵で得られた超人的な治癒力と運動能力はガストレア化する危険性を示唆し、赤い眼は『奪われた世代』にガストレアを連想させた。
このような子供たちを『呪われた子供たち』と呼ぶようになり、差別かつ迫害するようになった。
「松崎さんは『奪われた世代』なんですよね?」
「私にとってそんなことは関係ありません。ガストレアが行った人類への侵略と、不幸にも胎内でそのウイルスに侵された子供たち。彼女たち『無垢の世代』は被害者ですよ。」
空は彼の話からなんとなく頼まれる事を予想できた。
「今の話を聞いている限り、あまりにも理不尽だと僕は思います。あなたの様な考え方をできる人がもっといれば、この世界も変わっていたかもしれませんね。」
「そう言って頂けると嬉しいです。
しかし、10年やそこらで遺恨が消えるものでもありません。ガストレアウイルスを体内保菌している子供たちが街中を歩くことに嫌悪を覚えるのはむしろ当然ですよ。」
空は正直に彼の意見と同調していた。
あまりにも不遇な存在に、自分と似た境遇の存在に。
だから、助けたいと思った。
目の前の男性に協力したいと考えたのだ。
「おそらくですが、松崎さんの手伝いとは『呪われた子供たち』の事ではないですか?」
「そうです。私は外周区にいる、その子供たちの面倒を見ています。感情の抑制がまだ上手くできない子たちに最低限の術を学んでもらって、いずれは普通の人々の中に紛れて暮らしていって欲しいんです。」
………凄いな、この人は。
空は松崎を尊敬せずにはいられなかった。
彼の話では彼の様な存在は極めて少ないはずだ。その中で周りに流されず、自分の意志を持って行動できる。
空は、自身の目指す場所が一瞬見えた気がした。
「僕、松崎さんに協力します。
話を聞いて、あなたの様な存在を羨ましく思いました。だから、僕も自分の意志を持って子供たちの助けになりたい。」
松崎は立ち上がり、空の方へと手を差し出した。
「こちらも嬉しいです。私も常に彼女達を見ていることはできませんから。
これから宜しくお願いします。」
「こちらこそ、お願いします。」
空は確かな意志を胸に、新しい人生の一歩を踏み出した。
「さあ、ここです。」
そう言って松崎が案内したのは、お世辞にも人が住める様な環境ではない瓦礫の山だった。
しかし、それがすぐに空の勘違いだと解かった。
松崎が足下のマンホールを2、3回ノックすると、暫くして蓋が重い音をあげて持ち上がる。
すると、中から年端もいかない少女が顔を出した。
「あっ、ちょーろー!」
舌足らずな言葉に空は首を傾げる。
「長老は愛称ですよ。」
「なるほど。」
確かに松崎は知的なイメージがあり、まだ年をとっているという程老けてはいないが、白髪とその雰囲気から納得してしまう愛称だった。
そして、少女は空にも気付き、「あっ!」と再び声を上げた。
「彼女が貴方を運んで来た内の一人です。まぁ、中へ入って下さい。」
そう言って、彼は中へ入っていき。続いて空も入った。
中は空が想像したよりも清潔であったが、長年にわたり染み付いた生活排水のキツイ悪臭がして思わず顔を顰めた。
「まぁ、初めては辛いかもしれませんが、発電所からの排水が大抵熱水なので、温かいんですよ。
こういった環境だと通常は病気になりやすいんですが、彼女の様な子供はガストレアウイルスの恩恵で、こういった環境に対して耐性があるくらいです。」
その話を聞いて、空は先を歩く少女に目を向ける。
「彼女も『呪われた子供たち』ですか?」
いや、おそらくそうなのだろう。
あの年で、入り口のマンホールの蓋を片手で上げる程の力を持った子供はいない。
「ええ、彼女はまだ感情の制御が上手くできないんです。赤い眼がばれると厄介なので、外周区のから出ることをまだ許せていません。」
この話が聞こえたのか、少女は少し振り向き口を膨らませていた。
空はそれを見て笑みをこぼす。
松崎はその空を安心した様子で見ていた。
「さあ、私達はここで暮らしています。」
そこは拓けた空間だった。脇を下水が流れている事と臭いを除けば、十分に生活していける場所だった。そこには簡素な机や椅子等がいくつかあり、本棚まで揃えられていた。
そして、入り口で会った少女を含め10人の少女達が空に注目していた。
「彼女達の面倒を見ています。この子たちが全員ではありませんが。」
空は少女達を眺め一歩前に踏み出した。
「今日からここでお手伝いすることになった神代空と言います。
この中に僕を助けてくれた子がいると聞きました。本当に感謝してます。
最初は話しかけづらいかも知れないけど、僕は君達と仲良くなりたい。
これから宜しくお願いします。」
空は一礼した後、少女達の様子を窺った。
一度はシンとしたものの一人の少女が拍手をするとそれが伝播し、地下空間に大きな拍手の音が反響した。
空は少女達にも温かく迎えられたのだった。
奪われた世代
ガストレア大戦を経験しており、現在の世界人口の大半がそれにあたる。近しい人をガストレアに殺された者がほとんどで、その影響で『呪われた子供たち』差別主義者が多い。
呪われた子供たち
ガストレアウイルス抑制因子を持ち、ウイルスの宿主である子供。その全てが女性で大戦後から生まれるようになった。赤い目が特徴でガストレアを連想させることが理由に差別の対象となっている。
空がお世話する子供たちもこれに当たり、住んでいる場所からマンホール・チルドレンと呼ばれている。
ガストレアショック
ガストレアに脅かされた経験から、その赤い目に過剰な恐怖を抱く為、呪われた子供たちの目を見ても発症する。
過激な思想や反応から、大戦中呪われた子供たちになって生まれた赤ん坊の殺害が相次いだ。