――ハオは、違うの?
シャルの言葉に、ハオは完全に黙ってしまっていた。
効果は今までに無い程のもの。バツグンだと言っていい、と表情や仕草とは裏腹に、内心シャルはガッツポーズを見せる。
今回のコレは、8割方は本気の告白。2割は打算的なものがある。その上に女の最大武器の1つでもある《涙》を添えた最強の攻撃。
シャルは元々涙を見せる様な性格ではない。数える程しかこれまでに泣いた事など無かった。
そんな殆ど無い涙を流す姿、シャルが唯一見せる相手が 両親を含めたとしても 殆どがハオだ。
色々あって悲しかった時、嬉しかった時、ふとした時、……幼少期には何度か今までに見せた涙を今ここでハオにぶつけた。
「(でも、傷ついた、っていうのはけーーっして嘘じゃないわ。……スコットの時もそうだったけど、また ハオに言われちゃったんだから)」
以前、スコットを相手にしていた時を見ていたハオが今回と似たようなことを言った。
からかったつもりなのは判る。……けれど、やっぱり心に刺さった。自分も色々しているくせに虫が良すぎると言うのも解る。でも、ハオにはどうしても言ってほしくなかった。
そして、今回の件。
――犬塚に同じく大切な存在であるペルシアをとられてしまった件。
完璧に割り切ったか……? と言われればシャルは絶対に首を横に振る。認める訳無い。ペルシアが危険な目にあうのは目に見えているし、何より相手が犬塚だったから。
だから、隙を見ては邪魔してやろう、と色々見てて今回。ペルシアが黒犬の方へとやってきていて、それを目撃しての行動。
犬塚と一緒にいるところをハオに見られて、そしてあの言葉を受けた。
「(……私が悪い、っていうのも判ってる。ハオが立場を圧して見逃してくれてるのも凄く嬉しい。でも、凄く久しぶりな添い寝が一番嬉しい! ハオには もーーっと 色々としてもらうんだからぁっ!)」
打算面の目的の1つ、と言うより一番の目的が
前回のハオからのまさかの抱擁からのベッドイン。思い出しただけで悶えてしまう甘い夢現な一時。学生だし、寮生活だし、犬猫どちらにもなれる存在だから、次いつしてくれるか判ったものじゃないから、あわよくば今回も……とシャルは狙ってる。勿論、2割の範囲内でだ。10割だったら……ハオはいつも通り逃げてしまうのは判ってるから。
作戦はハマったと思える……が、此処でやっぱり不安感も出てきた。
「(夜遅いし、ハオはまだ黒犬側だし……、ハグくらいはして貰わないとねぇ……。それ位は、して…… くれる……かしら……、してくれる……わよね?)」
8割本気とは言え、涙も決して嘘じゃないとは言え……、色々と見破られて 躱される可能性だって0じゃないから。だから、不安だって当然ある。躱されてしまったら、明日からの足取りが倍以上に重たくりそうだ。我儘だから自業自得って自分でもわかるんだけど。
不安から、シャルは目をぎゅっ、と閉じた。まだ溜まってた涙が一筋流れ落ちる。
眼を閉じてる間が凄く永かった。物凄く、永かった。そんな長い時間も――突如終わりを迎える。
「オレが悪かったよシャル」
「………」
「だよな……。よく考えたら、スコットん時も言ってるし、デリカシーに欠けるどころじゃないかも、だよなぁ」
「……っ(ハオがデリカシーとか!?)」
思わずデリカシーの単語を聞いて吹きそうになってしまったが、どうにか堪えるシャル。
「でも、判ってるぞ? シャル。色々考えてただろ、今」
「あぅ」
ぴんっ、とハオはシャルの頭を軽く指で弾いた。やっぱりバレてた。
「で、でもぉ!」
「わかってる。シャルの本気な部分も当然わかってる。判らん訳ないだろ? オレが」
「…………うぅ」
ぷくっ、とシャルは頬を膨らませ、そして俯いた。
判ってくれてる事が、とても嬉しい反面……作戦通りにいかなかった事が悔しかったから。
そんなシャルの目元を指先で拭うのはハオ。
そして――ここからだった。
今回のコレは 失敗とさえ思っていたシャルだったが……思ってもなかった事に見舞われるのは。
「今回は シャルも悪いし、オレも悪かった。――まぁ規則とか考えたら圧倒的にシャルがわりーって思ってるんだが、シャルを泣かせたって事は オレも針の筵だ。ウエストじゃ事件ものになる可能性大だし」
「そ、そうよぉ! 黒犬側に来ちゃったのは謝るけど……、ほんと 傷ついたんだからぁ!」
「ああ。だから今回は……」
シャルの顎を指先でひょいっと持ち上げるハオ。
「え……………」
「ん」
その次の瞬間、ハオとの距離が0になった。柔らかく温かい感触が自身の唇に……。
時が止まった。完全に止まった。けれども、圧倒的な多幸感が津波のように押し寄せてきている。
「オレはシャルが好きだぜ。ずっとずっと前から……な。愛してるよ、オレもな」
「……ぇ、ぁ……ぅ、………ぉ?」
シャルは頭が追いつかない。ただただこれ以上の幸せがこの世に存在するだろうか? とだけ考えていて、何をしてくれたのか、何をいってくれたのか、まだはっきりと判ってなかった。ただただ幸せだ、って事だけで……。
そして、その多幸感は熱となって身体を巡りに巡り……顔へと到達、集中して シャルは茹で上がったしまったかの様に朱く染まった。
キスをしてくれた。その上 愛してると言ってくれた。
漸く、かみしめる事ができた。
「え、えっと……、は、はお?」
「おう?」
「その、えと、なんて、うぁ……///」
口が回らない。
ただ、聞きたいのは ハオが前に言っていた『親父たちが勝手に決めた事だろ?』について。裏を返せば、まだ決まってない、と言ってる様なモノだ。逃がすつもりは全然ないものの、それでも離れるつもりは無い。追い続けたって良い。永遠って言われたって構わない。
そんな彼が――こんな傍に―――。
「それに、不意打ちは、シャルの専売特許じゃないってこった」
「……はぇ?」
「オレだって使うときゃ使う。……ま、さいきょーなブキってやつだ。おれのな」
シャルが涙を武器にしたように、ハオも自身が使える最強の武器をシャルに放った、と言う事だろう。
それだけ言うとハオは、そっぽ向いてしまった。
まだまだ、有頂天で桃色の景色でいっぱいだったシャルの視界に ハオの横顔が映る。淡く染まった横顔がはっきりと見えた。
つまり、いつも笑顔な余裕のハオが崩れてると言う事が判った。
「……あはっ」
□□
今日の出来事は 夢か? 現か?
シャルは あの後ちゃんと戻ってきた。……因みに、どうやって戻ってきたのかは覚えていない。
「…………」
それでもよかった。
ただただ思うのは、夢なら覚めないで欲しいと言う事。
いつまでも、見ていたい、という事だ。
シャルは部屋の窓を開け、夜空を見ていた。綺麗に瞬く星を見ながら、ハオの事を想う。
そうやって 1人で、色々と余韻を楽しみたい所ではあるが、生憎ここは1人部屋ではない。
「……ちゃん? シャルちゃん?」
「…………はぁ」
「シャルちゃんっ?」
「うぁっ!? ぺ、ペルちゃんっ!? ど、どうしたのっっ!?」
「い、いや シャルちゃんの様子がいつもと違ったから……」
ペルシアの部屋でもあるのだ。心此処に非ずで、帰ってきて、ずっと外を見てるシャルを見て ちょっと心配だった。今日は 自分の心配事もあるから そこまで気に掛ける余裕は無かったんだけれど、明らかに違うシャルを見てて、そんな自分の事は吹き飛んでいた。
「な、なんでもないのよぉ。ちょっと夜風に当たりたくってぇ」
「そう? ………」
ペルシアは、そんなシャルの顔をじっと見た。
明らかに そんな訳ないのは顔を見ればよく判る。長い付き合いだからよく判る。
「……そ、その……、なんでも、相談してね。私はシャルちゃんの一番の親友……だから」
シャルにそういうペルシアは、自己嫌悪に陥ってしまう。
自分が言えた事なのだろうか、と。色んな悩みを抱えている自分に、そんな事言えるのか、と。シャルに打ち明けてない秘密を、今まさに持っているのだから。
「……ふふふ。そぉね。ありがとう、ペルちゃん。でも、心配しないで。とても嬉しい事があっただけだから。……えっと、そのぉ……」
次に噤む言葉は、なかなか口から出すのは難しい。でも、シャルはペルシアに……、ただただ自分事で、幸せ過ぎる現状に舞い上がってしまってるだけの自分を心配してくれた一番の親友にかける言葉は、やはりこれしかなかったから、頑張って口にする。
「ペルちゃん。……がんばってね」
「……え? 何を、って ええッッ!?」
シャルの言葉の意味がいまいち判らなかったペルシアは、何のコトか? と聞こうとしたが……、窓の外の異常な光景が眼に入ってしまった。
逃げる犬塚と追いかける蓮季を目の当たりにしてしまい何も言えなくなった。
そして、勿論その光景はシャルもしっかり見ている。刃物を振り回してる蓮季、逃げる犬塚。何が起きているのか、大体の予想は簡単だ。
「ちょっっ! ええっっ!?」
「あらぁ? 面白いことになってるわねぇ。あれ程忠告したのに判ってなかったって事かしらぁ……?」