夜を統べる王女   作:ヘイ!タクシー!

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怨敵となる男

「あはははははは!!」

 

 目の前の光景が愉快過ぎて、私ははしたなくも嗤い声を抑えられずにいた。

 

「ひやぁぁあぁぁ!」

 

「く、来るな! 化け物!!」

 

 騒ぎを聞きつけたこの街の海兵共が無様にも私から怯え、逃げている。私を捕らえようと果敢にも挑んできたくせに、私の力に恐れ慄いている。

 

 これが笑わずにいられるだろうか。

 

「やめろ! なんで攻撃するんだよ!?」

 

「同じ海軍なのに………あああああああ!!?」

 

 海軍だったモノは歪な身体に変わり、同じ海軍の血を欲するために襲い掛かっているのだ。

 ついさっきまで私に敵意と殺意を向けていた者達は、今や私の命令を聞いて人の肉を貪るだけの化物と化した。

 

 その姿に恐れや躊躇いを生んだ海兵は簡単に肉体を食い殺される。

 我が身可愛さに私の下僕達に抵抗した者もいたが、怪我をしても止まらない彼等の勢いに呑まれて食い尽くされていた。

 

 この騒ぎにベネッカの住民達は慌てて何処かへと逃げているが、私にはもうどうでも良かった。

 せめてもの慈悲として配下の化物達には襲わせようとはしていないが、戦闘の余波で火事でも起こったのかベネッカの街が炎の海に包まれている。

 

 夜だと言うのに昼間のように照らされた崩壊するベネッカ。

 胸が空くような気分だ。跡形もなく壊れてしまえばいい。

 

 目の前に広がる光景を飛んで見下ろしながら、そう思わずにいられなかった。

 

「怯むな! 何としてでも奴等の進行を阻止しろ!」

 

 海兵達を鼓舞するように先頭付近で怪物を押し止める海軍将校の姿もあるけど、それすら焼け石に水だ。

 

 援軍はどんどん私の配下に殺されて、殺された海軍は私の忠実な眷属へと変わっていく。

 あちらの兵力は減っていく一方なのに、此方は逆に増えていくのだ。もう止めることは不可能だろう。

 

「くそ、くそッ! こんな……」

 

「さあ……あとは貴方だけだ。私の化物(オモチャ)になってしまえ」

 

 果敢に戦っていた者も逃げ出した者も、全員等しく私の配下になり、残りは最後まで戦いながら指揮を取っていた将校一人となった。

 

 そしてこの男もすぐに私の下僕へと変わる。

 

 私に楯突いたからこうなったのだ。私を捕らえて再び奴隷にしようとしたからこうなったのだ。

 同情する価値もない。

 

「よくも………部下達だけじゃなく、街までッ……」

 

「フン………私は貴方達海軍しか襲っていないよ。この街の火事は、貴方達の誰かが抵抗した結果だ」

 

 海軍としての醜い誇りからか この街の惨状まで私に罪を擦り付けてきたが、酷い濡れ衣だ。

 

 ただ人を見て肉を貪ろうとする獣が、火事などそうそう起こせるものではないのに………。どうせ震え上がって抵抗した海軍の一人が銃を誤射して、油か何かに引火させてしまったのだろう。

 それを責任転嫁されては堪らない。

 

 親切心を込めて彼に伝えてあげたのに、男は現実を受け入れないで私に怒鳴ってくる。

 

「全て貴様等犯罪者がいるから悪いのだろうが! この世のゴミめ、くたばれ!」

 

 最後の抵抗か、そう叫んだ将校の男は一人の配下に噛み付かれたのを皮切りに、押し寄せる化物の波に消えていった。

 

 

 断末魔の絶叫の声。街の人々が逃げ惑う悲鳴。倒壊する建物に、黒い煙で覆われた空夜。

 

 風向き的にあと少しで嵐が海からやってくる。そうなればこの騒ぎが沈下するであろう。炎の海となったベネッカの街を眺めながら、私は独り呟いた。

 

「私がゴミ、か………なら、私をこんな風に染めた天竜人や政府………私を狙う海兵や、お金のために簡単に奴隷を見捨てる人は、なんなんだろうね」

 

 全てを投げ出したい。全てを壊し尽くしてやりたい。

 一夜にして壊滅したベネッカを見ながら、そう思わずにいられない。

 

 人と共にあり続ける限り、私に安息のできる場所が無い。

 

 この人は私を知っているのか、私を売るつもりなのか?近くに海軍はいるのだろうか、捕まえようとする敵がいるのだろうか?

 

 会う人、行く場所。人目を避けて怯えながら生きていかねばならないのか。

 

 

 全て天竜人のせいだと断じて今を解決できれば、どれ程楽なのか。

 政府や海軍が悪いのだと決め付けて安心できるなら、どんなに嬉しいことなのか。

 

 もう不可能だ。私の現状は何も変わらない。

 奴隷となった瞬間、私は一生人に戻れず逃げ惑う事しか許されないのだ。

 全員が私達奴隷を監視し、捕らえようとする敵。誰も信頼出来ず、奴隷に安息の地は何処にもない。

 

 

 ならば……そう、ならばだ。

 

 壊してしまえばいい。なにもかも。それくらいの暴挙、私の我儘を許してもいいじゃないか。

 私達だって好きでこの身分になったわけでもないのに、世間は私達の敵になるのだから。それくらいの我儘は許されるはずだ。

 全員が敵になる覚悟はできた…………いや、覚悟しなくてはならない状況にさせられた。

 

 だったらお前達だって死ぬ覚悟はある筈だ……無くても、私がそうさせてやる。

 

 でなければ不公平だ。

 

 

 

「…………そうできたら、私はどれだけ救われるんだろうね」

 

 そう考えてみて、それでも私は、結局そうしないんだろう。

 

 だって私にはまだお父さんとお母さんがいる。今まで私の絶対の味方だった二人がいる。

 二人に会うまで。そして二人に裏切られない限り、私は本当の怪物にはなれないから。

 

「はやく……会いたいなぁ……」

 

 燃え盛る街の騒音が私の独り言を欠き消してくれる。

 弱気になりそうな私を、まるで許さないかのように。

 

 しばらく私が項垂れていると、私の頭に小さな何かが当たった。

 思わず空を見上げれば、額に水滴が一つ落ちてくる。それを皮切りにポツポツと水滴が絶え間なく落ちてきて、私の身体をゆっくり濡らしていった。

 

「雨だ……」

 

 雨の存在を認識すれば、その勢いはどんどん強くなり豪雨となって街に水を落としていった。

 雨の勢いは強くなる一方で、街の炎を脆弱な焚き火程度へと変えていく。

 

 

 その光景が私の心を表しているようで、少し感傷的な気持ちにさせられる。

 

 

 

 

 

 そんな情緒ある光景を台無しにするかのような鋭い熱気が街を覆い、私に襲いかかった。

 

「あぐッ!!?」

 

 目の前に迫る圧倒的な熱量を感じとり、慌ててその場から離れることで正体不明の攻撃を避ける。

 しかしその熱は私の配下だった化物(オモチャ)を容易く焼き尽くし、避けきれなかった私の左腕を掻き消した。

 

 マグマのような何か…………いや、目を疑うような光景だけど、実際にマグマの塊が飛んできて私の腕を焼いたのだ。

 

「なんなの、いったい…………」

 

 突然の事に警戒を抱きながら、私は辺りを見回した。

 

 私の配下の半分が今のマグマで焼き尽くされた。ジュウジュウと残る余熱が私の再生と拮抗して、腕が全く治らない。

 

 この状況だけでわかる、さっきのマグマの恐ろしさ。まともに浴びれば、私ですら危ないだろう危険因子が近くにいる。

 

 マグマの塊が飛んできた方を鋭く睨んだ。

 そこには30代後半くらいの海軍将校だけが着るコートを羽織った一人の男がいた。

 

「悪ガキのクセに随分とやっちょくれたのォ」

 

「ッ……」

 

 渋い老人のような声を聞いて、その濃密な殺意を受けて、私は知らず知らずに後ろに下がっていた。

 

 浮かんだのは明確な死。

 ドロドロに溶かされた後、焼き殺される未来が見えてしまった。

 

 私は唐突に現れた敵に、意味もないのにその正体を尋ねてしまう。

 

「貴方は……誰?」

 

「これから死ぬ輩に教える必要があるか?」

 

 とりつく島すら与えられなかったが、私は敵の正体とある程度の強さを予測していた。

 マリンフォードで出会ったあの海兵と同じような威圧感を感じ、それ以上の危機感と死の気配。加えて恰好から敵は海軍の中でもトップクラスの実力者だと思われる。

 

 そう考えた直後、敵の体に変化が起こった。

 男から何故かグツグツと煮えるような音がしたと思ったら、腕が真っ赤に染まると マグマのように変化したのだ。

 遠く離れた私の肌すらも焦がすような熱を生み出すマグマの腕。さっき私の腕を焼き尽くした正体だろう。

 

 あれは危険だ。悪魔の実の能力だろうその力も、敵が放つ存在感も。今の私に勝ち目があるような相手には見えない。

 

 だから私はすぐ逃げの一手を取る決意をした。

 

「フッ!」

 

 翼に力を込めて、一気に上空へと飛翔する。

 空気の壁が私の身体に圧力を掛けるが、それすら無視して飛ぶ。

 

「逃がしゃァせんわ!」

 

 人間が耐えられる限界以上の速度。力の限り逃げているのに、私の勘が脅威から逃げ切れていないことを告げている。

 

 危機感を感じて下を見れば、5秒も掛からずに雲の中へ侵入しただろう私の速度を越えるスピードで、地上から拳の形をしたマグマの塊が私を追いかけてくる。

 

 しかし、同じ技を食らうほど油断はしていないし、私は弱くない。

 遠心力と慣性力を全身に受けながら、私はトップスピードのまま横に逸れて攻撃を避けた。

 

「流星火山!」

 

 ただ問題なのは、その溶岩がそれ一つでは無いことだ。

 空を駆ける私を落とさんとばかりに、大量の溶岩が地上から飛来して向かって来る。

 

 その量は視界全てを埋め尽くすほどで、私の動体視力と危機感を感じ取って避けなければ 一瞬で焼き尽くされるだろう。

 

「ぬぅ……」

 

 進行方向を妨げるように飛んでくる溶岩の塊。

 その脅威は未だ弱まることはないため 私は逃げることができない。

 が、逆に避けることに徹すれば その攻撃が当たることはなかった。

 

 地上にいる男から苛立たしげな気配を感じた気がする。

 

「調子に乗るなよ………大噴火ァ!」

 

 攻撃の当たらない私に業を煮やしたのか、男の怒号が私の耳に届いた時、今までとは明らかに大きさの違う溶岩の塊が飛来してくる。

 

―――何か危険だ。

 そう思った私は出来るだけ警戒しながらそれを避けようとした。

 

 それが根本的に間違えていたんだ。

 

「うそっ!?」

 

 確実に回避したそのマグマの塊は、私の横を通りすぎる直前で突然大爆発を起こしたのだ。

 

 真っ白に染まる視界。次いで身に受けた数々の焼ける痛みに、私は攻撃が当たってしまった事を理解した。

 飛ぶための翼はマグマの礫に数多の穴を空けられ、熱が私の再生を邪魔してコントロールが出来なくなる。

 

 クルクル回る空。

 

 気づいたときには、私は地面に体当たりしていた。

 

「あぐっ」

 

「ここまでじゃ」

 

 かなりのスピードで墜落したためか、頭の痛みと正常に機能しない目のせいで男の接近に気付くことに遅れてしまう。

 慌てて声がした方がに目を向ければ、そこには腕をマグマに変えた海兵の男の姿があった。

 

 私が素早くその場から離れるより早く、男の巨大な腕が私の全身を包み込んだ。

 

 

 

「なっぐが……ぁぁぁああああああ!!?」

 

 

 熱い、熱い熱い熱いッ

 息が………できない。痛くて痛くて、身が持ちそうにな、い。

 

 まずい。まずいかなり、非常にまずい。

 

 あの森で味わった灼熱の海より圧倒的な熱。

 

 私の再生スピードが全く追い付かない。

 

 焼ける。私の何もかもが。気を抜けば…………この世から消えてしまいそうになる。

 

「ぎぃ……ァづい……」

 

「むぅ……まだ息があるか。大した生命力じゃの」

 

 赤く染まる視界の中、私を見下ろす男に目を向けて睨み付ける事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グ、ぞッ………むギ……ィ」

 

 ルナの前に立つ海軍大将のサカヅキ、通称『赤犬』は悶え苦しむルナを厳つい表情で見下ろしていた。

 

 すでにルナはサカズキのマグマグの実の能力を浴びて全身ドロドロ。既に人の形を保っておらず、肉は溶けて地面に流れ落ち、身体の殆んどは骨しか残っていなかった。

 

 この状況でなぜ生きていられるのか。

 そう疑問が残るほどに、ルナの姿は異様であった。

 

「この小娘……何かしらの能力者か? ロギアとは違うみたいだが、なんで生きちょるんだ?」

 

「ッあ……死ぬ"わ……げに、いかないんだ」

 

 ただ結果はどうあれ、ルナは消滅しなかった。

 痛みに耐えながら再生を施していくルナは、ドロドロに溶けた肉の奥から少しずつ肉体を取り戻していく。

 

 しかし、体内に残る熱を上回る速度で再生していくルナだが、その痛みは想像を絶するものだろう。

 なにせ身体の内側から再生してさせていくわけだから、普段痛む感覚の無い神経を直接焼かれているのだ。

 

 常人ならばあまりの痛みに発狂している感覚。それを捩じ伏せるが如く再生するルナには、ある種言い様の無い気迫があった。

 

「わたし、は……お前ら海兵が、憎い! 天竜人を許してやるものか! お前達に殺されるなんて、死んでも死にきれないッ!」

 

「……いっちょ前に犯罪者が何をほざくか!」

 

 だがそれで気圧されるサカズキではなかった。

 むしろ鬼気迫るルナの言葉とその気迫こそを、サカズキの"正義"が否定するモノだ。

 

「おどれら『悪』が死ぬんは、当たり前じゃきィ! 何が死にきれないじゃ! 『悪』が生きる価値など無し!」

 

「お前……ッ」

 

 サカズキの一言は、ルナの怒りを否定し その逆鱗に触れるには十分な言葉であった。

 

 今まで受けてきた事。それを覆そうと、否定しようと努力してきたこと全てを悪と言われる。

 

 劣悪な環境と人と思えないような家畜以下の扱い。

 誰の血で出来たかもわからない血の池や、知り合いだった死体の山。嘔吐の海と汚穢や糞便を食事にして耐えてきた生活に、死ぬ方が楽なほどの苦しく拷問的な暴力の数々。

 

 生きること全てが彼女にとって全力だった。

 何もかもが彼女の生きる糧を削り落とし、生きる自由すら与えられない地獄の日々。

 それでも死なないために、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えてきたルナの『生』。

 

 その今までの努力を、簡単に悪と断定されて。生きる価値無しと、否定される。

 到底許せるものではなかった。

 

「ふざけるな、ふざけるなふざけるな!!」

 

 感情に触発されてか、先程まで拮抗していた再生の速度が目に見えてわかるほどに早くなる。

 いつの間にかルナの身体は元通りに再生し、服までも何事もなかったかのように身に纏った姿でサカズキの前に立っていた。

 

「何が悪だ! お前達海軍が勝手に私を犯罪者に仕立て上げておいて、何を偉そうに正義ヅラしている!」

 

「貴様が犯罪を犯したきぃ、悪と呼ばれるんじゃ! 罪を犯したおどれァ悪と()うて、何が『悪』()うんか!!」

 

 怒号を露にする二人の言葉はそれ自体に物量はない筈なのに、空間を震わせた。

 それほどの気迫と、二人が心に掲げる絶対の『正義』が存在しているのだ。

 

 だからこそ、二人の主張は交わること無く平行線を辿る。

 

「お前達が言う正義のせいで、私達は勝手に奴隷にさせられたッ! そこから逃げるのが罪なのか!? 何も罪を犯していなかったのに! ずっと親と一緒に平和に暮らしていたのに!

―――――平穏を奪われて、死ぬ以外逃げることも出来ない地獄で生きて…………それを受け入れるのが、死ぬことが貴様の言う正義なのか!? 答えろ、海兵ッ!!」

 

「世の中ァ何も知らんガキが知ったような口ァ聞くんじゃないわ! 誰かが法を定めねばならん! それを守るのが法を守り、人として生きると言う意味じゃ!

―――――貴様の勝手でそれが覆るなど、あっちゃぁならんのじゃ!!」

 

 奴隷として生きてきたからこそ否定しなければならない、政府が定めた法の矛盾に抗うルナ。

 海兵として世の中綺麗事だけでは罷り通れず、悪を消すことが出来ない事を知るサカズキ。

 

 どちらも世の不幸を、罷り通らない現実を、人が起こす地獄の世界を知るからこそ、対立する。

 

 サカズキは目の前にいる『悪』の犯罪者を殺すために。

 ルナは絶対に相容れることがないだろう、宿敵を殺すために。

 

 

 その日、ベネッカの街で大規模な破壊が起こった。

 駐屯していた海兵を全員が殺され、街の人々も少なくない犠牲者を出した。

 街の中心には、巨大な生物の爪に引き裂かれたような深い谷が街を二つに分かち、谷底に溜まったマグマがずっと残っていると言う。

 

 そして世界では、ある一つのニュースが世間を騒がせる。

 

 奴隷の英雄・ルナが死亡したと言う、確たる情報が世界に流れたのだった。

 

 

 

 




サカズキの喋り方…………広島弁らしいけど、凄くかきづらい。


次回、新しい章に入ります。
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