なんだか久しぶりな感覚だった。
無意識に動かそうとして、でも実際にそこにはもうあるべきモノがない。
当時はそれが凄く悲しかった。しばらくの間は幻痛で夜も眠れなくて、しばらく経った後でも違和感が拭えなくて。もうそこには何も無いことに気付かされる度に、惨めで悲しくなった。
それが今では…………まさか自分から進んでそんな事をする日が来るなんて、思いもしなかった。
「支障はどうですかルナ?」
「問題無い…………とは言えないわねリィル。片腕が無い違和感もそうだけど、海楼石のせいで体が重いし。それに過去を思い出してムシャクシャするわ」
先程、私は自らの手で左腕を切り落とした。
そして私の能力で腕が再生しないよう、右手首には海楼石でできた腕輪を着けている。これのせいで体が凄くダルい。
自分で蒔いた種とは言え、今更ながらアラバスタに来る度にこのような事をしないといけないのかと思うと気が重いわ。
Dr.ペガバンクに義手を頼んだって設定でも作ろうかしら?
「アラバスタは大国。街もかなり整っていて、1000万人の民を持つ………だけど、大陸の環境で常に水不足。そのせいでお世辞にも国は豊かであると言い難い」
「御祝儀には色を付けた方が宜しいでしょうね。他にお祝いの品も用意していますが」
「その辺りは貴女達に任せるわ」
コブラ王が迎えに寄越した乗り物に乗りながら、私達は砂漠の海を抜けていく。
コブラ王のこのソレは建前による厚意か、それとも友好を築く為の好意か。
コブラ王は平和を目標に、己の民を愛する名君として有名だ。それだけに賢王として、私の立場を理解しているだろう。
いくら海賊達に『王女』と呼ばれようと。見た目が幼いから姫と勘違いされようと。賞金首に懸けられてから8年もの間、私がまったく見た目が変わっていない事が知られていなくても。
私が一国の王であり、世界政府公認の海賊・王下七武海であることをコブラ王は知っている。
ビビはわからないが、彼は周りの者や兵士達に私の事を知らせているだろう。だから、前回の時みたいに私が見た相応の王女だと誤解することは無い筈だ。
当然、なんの思惑があって自分達に接触してきたのかと警戒する。
「フフッ……」
楽しみだ。ビビに会うのもそうだけど………もしかしたら国にとって危険になるかもしれない私を、何故パーティーに招待することを了承したのか。
私の『国獲り』はかなり知られている筈だし、レヴェリーで『セウントレア』の国王に起こした騒動を彼は実際に目の当たりにしている。
ビビに頼み込まれて了承したわけでもあるまい。もしそうであるなら、彼は賢王どころかただの親馬鹿である。
きっと何かある。私はそう確信している。
果たして『アラバスタ』は私の『ナイトミスト』に…………いや、『月光』海賊団にどんな態度を示すのか。
「おお、来たかルナちゃん! 娘の誕生日にわざわざ来てくれるとは! ビビにこんな良い友達が出来るとは……パパは嬉しい!」
「は?」
アラバスタの宮殿に辿り着いた私達は、早速髪がグルグルしているこの国の大臣らしき人に連れられて王の間まで案内された。
レヴェリー以来のコブラ王との再会に、まずは招かれたことの挨拶等をしようとしたのだが………開口一番にまさかの発言である。
「あの………こ、今回はわざわざ招待してくださりありがとう。『ナイトミスト』および『フレバンス』の国を代表して」
「そんなかしこまらなくても良い。君は娘の為にわざわざ遠い国からやって来たビビの友達だろう? そんな堅苦しい挨拶は止めて、どうか自分の国だと思って楽にしてくれ」
「えぇ……? でも、礼の品や祝儀も………」
「娘の友達から金など貰おうなどと思わん。さぁ、こんな親父の挨拶など放っておいて、娘に会うと良い。部屋で待っているから」
台無しだ。色々と台無しだ。
おかしい……私はもっとこう………国と国との思惑が交錯した、王との駆引きを予想していたのに……もしかして舐められているのか? この外見だから? いや、彼はレヴェリーにいた。私がどんな人物なのか知っている筈だ。筈なんだ。
それがなんだ、これ。この扱いはなんだ。まるで私の事をただの娘のように扱う彼の、何が賢王なの? ただの親馬鹿な父親じゃない!
まて。待ってほしい。わかっているのかあの愚王は。私は海賊なのよ? そんな簡単に自分の娘と会わせて良いの?
いえ………………これはブラフかしら? あえて野放しにすると見せ掛けて、本当は陰で監視する……。そうして私が……油断してこの国に………何か仕掛けようとしたところを抑える……とか?
…………自分で言ってて無理があるわよ。なにそれ。頑張って捻り出してみたけど、そもそも私が何か仕掛けるって何を仕掛けるんだ。相手側が何を考えているかわからないから様子見で監視するだけにしても、この策は愚策すぎるわ。
でも、そう考えなければ愚王のような振る舞いが理解できない。
もう私は考えることを止めて、取り敢えず彼の話に乗ってみることした。
「そ、そう………じゃあビビ王女の下に案内してくれるかしら?」
「そんな畏まる事もあるまい。普通にビビと呼び捨てで構わんぞ? 何なら私のこともビビのパパと」
「一国の姫に何言っとるんだアンタ!?」
!?
えっ、あのグルグル巻きの髪の人、コブラ王の頭を叩いた!? さっきから変な親父だけど、あれでも王なのよ!? 貴方臣下じゃないの!?
なに? なんなの! さっきから何が起こってるの?
この国おかしいよ!!
「だ、だってさぁ。こんな可愛い子がビビちゃんのお友達になったんだ。少しくらい良いじゃないかぁ~ん」
「だからって他国の王女にセクハラするな!!」
まずい………コブラ王が、『アラバスタ』そのものがまったくわからない。理解できない。
くっ、二人は王に謁見するからって別室に置いて来ちゃったし、私一人じゃこの後どうすれば良いのかわからない。どうすれば…………!!
「はいはい、ルナ王女。馬鹿なオッサン二人は放っておいて、ビビ様のところに行きましょう?」
「え? あ、ちょっ……え?」
え、巻き髪の人が後ろに!? いつの間に私の後ろに移動したの? あれ、でもあの人は今王の横に………じゃあ何でこっちにも巻き髪が……もしかして悪魔の実なの? 分身か何か使ってるの? でも能力ならそんな簡単に見せて良いものでは無いのに……
もう訳がワカラナイ…………
「あ、来てくれたのねルナお姉さ……ってどうしたの? 顔が真っ青よ!? もしかして気分でも悪い?」
「な、何でもないわ……本当に大丈夫」
「そ、そう? ………もしかしてまだその左腕が痛むのかしら………?」
巻き髪の人にビビがいる部屋まで連れてこられた私は、ドレス姿のビビに会うことでようやく冷静さを取り戻すことができた。
恐ろしかった。まさかこの私が恐ろしいと思う日が来るなんて………アラバスタ、魔境過ぎる。焦って見聞色の覇気も解けてたし。どんな痛みでも冷静を失わない私が、あんな…………もしかして、彼等のあの振る舞いはこれが狙い? 私の見聞色の覇気を外すためにわざと…………?
ダメだ。考えるとどんどん思考の渦に呑まれていく。この国は私の常識を遥かに越えた国だ。考えない方が良い。
まさかグランドラインの前半にこんな危険な国があったなんて思わなかった。流石大陸一つを統一させている世界屈指の大国と言える。
クロコダイルは、何かこの国に野望を抱いているようだったけど…………正直、国盗りを考えているのなら無理だと断言できる。何度も国を落としてきた私の経験がそう囁いているのだからそれは確かだろう。
土産話……と言うか、交渉か何かに使えないか、コブラ王にクロコダイルの存在について仄めかすつもりだったけど…………これなら必要無さそうだ。むしろ言った方がたかが七武海の海賊一人に何を怯えているのかと、逆に舐められるかもしれない…………。
そんなことを考えていたからか、私の顔が強張っていたのかもしれない。ビビが心配したように私の顔を下から覗き込んできた。
「ルナお姉さん本当に大丈夫? 顔色が良くないわ」
「ああ………貴女だけがこの国で唯一の癒しよビビ。本当に貴女は可愛いわ」
「え!? あ、そんな………ありがとう。ルナお姉さんも綺麗でステキよ?」
……………………ああ可愛い! 可愛いって告げただけで照れて顔を染める目の前の少女が可愛すぎる!
さっき魔窟にいただけに余計ビビの可愛さが際立っている気がする。思わずその可愛さに彼女を抱き締めていた。
抱き締めると彼女も嬉しそうに抱き締め返してくれるのがとても保護欲を誘う。
ああ…………癒されるわ………
「ねえルナお姉さん。まだパーティーまで時間があるの。だから私の友達を紹介したいんだけど良いかしら?」
「友達? 別に構わないけど……その友達はどこにいるの? 姿が見えないのだけど……」
抱き締める力が弱まると、ビビは顔を上げて私にそうお願いしてきた。
先程のアレに比べればビビのお願いなど可愛いものだ。別にそれについて私はまったく構わなかった。そもそも今日の私はビビともっと仲良くなるために来たのだ。彼女のお願いに応えるのに否やなど無い。
ただその友達が何処にいるのかがわからず私はビビに友達の居場所を尋ねた。何せ、元通りになった私の見聞色の範囲に、彼女くらいの年齢の子供が見当たらなかったから。
彼女が私を何処かに連れていこうとしているのは読み取れるが、少なくともこの宮殿の中にいないことは確かだ。
私がビビに尋ねると、彼女は私の右手を手に取り満面の笑みで言った。
「ううん! 今から友達の所に行くのよ!」
私はビビが取る行動を読み取り、まさかと思った。
そして彼女は私の予想通り、手を引きながら部屋のベランダに飛び出してその勢いのまま三階から跳んだ。
「可愛いとは思ってたけど、まさかこんなお転婆娘だったなんて…………まああの親にしてこの子ありと言われればそうなのだけど」
「ほらお姉さん。皆が私の友達よ!」
現在私はビビの友達に会うため、アルバーナ宮殿から外に出て町の中にいた。お供付けずに。
王の身分で護衛を付けずに何処かの島にフラフラする私が言えた事ではないけど、いくら国の中だからって町に王女一人で出掛けるなんて普通無いんじゃ無いだろうか?
そしてビビに会わされた友達と言う子供達も、貴族のような身なりの良い女の子の友達ではなく、棍棒や鉄パイプと言ったおおよそ一国の王女とは無縁に近い暴力団のような武装をした子供達であった。
「私がこの砂砂団の副リーダーをやってるのよ」
そしてこの姫君は不良集団の副リーダーと宣った。
いや、私も海賊だからこの少女の事をとやかく言える立場でないけど…………これが普通の王女なら今の光景を見て卒倒すると思う。
まあ私はこの子達より達の悪い本物の海賊だから、この光景を見ても子供がごっこ遊びをしている様にしか思えないけど。
「そうなの………ビビが副リーダーと言うことはリーダーもいるのよね? リーダーさんは何処にいるのかしら?」
「えっと、リーダー………コーザは今はいないわ。ユバの町を発展させに行ったから。本当はもっとメンバーがいるんだけど、他の皆もリーダーについて行ってしまったわ」
「そう…………」
少しだけ寂しそうにしているビビ。ただ別にそれを悲しんでるわけではなく、ただ久し振りに会っていないまだ見ぬ彼女の仲間と会いたがっているだけなのだろう。
私がそう考えていると、今まで私を警戒した様子でいた子供達の中から一人の男の子が私に近づいて話し掛けてきた。
「なあなあ。アンタも砂砂団に入るのか? だったら歓迎するぜ!」
「んー、そうね…………」
年相応の少し大人ぶった態度で勧誘してくる少年に、私は悩む仕草をする。
それを見ていたビビからも期待の目で見られていることに気付いてはいるけど、私としてはもう答えは決まっている。
「ごめんなさいね。私は既に仲間がいるのよ。だからこの団に入ることはできないわ」
『ええ~!!』
砂砂団の子供達からガッカリした声が上がるが、残念ながらどんなに迫られても入ることは出来ないのだ。だからお詫びとして私は彼等が満足するまで色々と遊んであげることにした。
遊ぶといっても、やはり流石は武装している集団。子供とはいえ結構ちゃんとした模擬戦のようなチャンバラや殴り合いをして遊んでいた。
私も少しだけ参加して子供達と接戦するような形で遊んだ。もしこれで海楼石の腕輪をしていなかったら手を抜くどころの問題ではないが、腕輪のお陰で良い感じに真に迫る戦いを演じられたのでは無いだろうか。
私はふと、子供達から視線を外して遠くの砂漠に目を向ける。
そこには辺りで私達を見守っているアラバスタの兵士とは別に、私でも見聞色を使わなければわからないほど気配を殺した部下二人の存在が感じ取れた。
リィルは………相変わらずの無表情で私を見守っているのだろう。いつでも力を制限されている私が襲われないよう、辺りを警戒している様子だった。
もう一人は…………私、と言うより子供達を見ていた。
彼女は無邪気に遊ぶ子供達の光景を懐かしそうにしている様子だった。それと同時に少しだけ、寂しそうにしている。そんな感情が伝わってくる。
きっと、彼女は唯一の家族になってしまった妹の事を思い出しているのだろう。離ればなれになってしまった妹の事を………
力が制限されている為ここからじゃ私の視力では見えないけど、きっと優しい目で此方を見ているのだろう。彼女の金色の瞳が脳裏に浮かぶ。
昔と変わらない……冷たく見えて、奥に潜む優しさが感じられる彼女の瞳を、私は思い出していた。
カルーがでないー……