マリンフォードにて。偉大なる航路を航海する海賊達、彼等の行く手を阻む三大勢力と呼ばれる二つの勢力が海軍本部のとある会議室に集おうとしていた。
一つは言わずもがな、海軍本部が誇る中将以上の将校達。
功績から一般人や果ては海賊にまで知れ渡るほどの実力を持つ十数名の少将・中将達と、彼等海兵全てを纏める元帥。
新世界で活動している海賊達ですら震え上がる程の面子がそこに揃っていた。
「全く………いつもながらとは言え、そろそろ時間だと言うのに、一人も集まっておらんか」
そんな実力者が揃う会議室にて、海軍本部トップの元帥の地位に君臨する男、『仏』のセンゴクはとある人物達が座る会議の席を見て溜め息を吐く。
彼が見ていたのは七つの席。
そこはもう一つの三大勢力、世界政府公認の海賊・王下七武海の者達が座る席だった。
「むしろ会議に参加する奴の方が珍しい事じゃないかいセンゴク。それにアタシの部下からの報告だと、そろそろ二人ほど到着するそうだ」
そんな少しの苛つきを見せるセンゴクに一人の老婆が落ち着かせるように話しける。
組織のトップに敬称を付けずに話すその老婆に、しかし周りの少将達は当たり前の光景のように誰も咎めない。
話し掛けられたセンゴクも彼女に対してそれが当たり前のような態度で会話を始めた。
「ほう……そうなのかおつるさん? 一人は………我々に最も協力的なクロコダイルだろうが、他に遅れずに来る者がいるとは」
「…………ふん。まあ、大概が世間に悪さをした海賊だ。いちいちアタシ達の呼び掛けに応じるガキ共じゃあ無いだろう」
おつると呼ばれた彼女の言うとおり、七武海の地位にいる人物達は基本的に海軍の命令に従わない。
それは彼等が元々荒くれの海賊であるからだ。それも、海軍の圧力に屈しないどころか平然と逆らうほどの傑物達。
彼等一人一人が持つ力・または戦力は、野放しにすれば政府どころか世界にすら罅を入れかねない。
だからこそ、海軍に協力的なサー・クロコダイルというと男以外にもう一人の七武海が現れたという事で、センゴクは少し驚いたのだ。
「そいつは誰だ?」
「"月光の王女" ルナさね」
『!!?』
センゴクの質問におつるが答えた直後、会議室に僅かなどよめきが漏れた。
それは二人の会話を聞いていた少将や若い中将達のものであり、その名を知っているからこその驚きだった。
「"月光" か………てっきり他のクズ共同様、我々の事を嫌っているとばかり思っていたがな」
驚きはセンゴクも同様だった。
"月光の王女" ルナ。彼女は元海賊でありながら二つの国を持つ王である。
幼い外見ゆえに数々の国や海賊達から "王女" と揶揄されながら、その実力は彼女の国に訪れた新世界の海賊達を幾度も惨殺している猛者。
略奪を行う海賊を嫌いながら、同時に世界政府を憎む海賊として有名だった。
「だが、どういう風の吹き回しだ? 世界貴族にすら反逆したあの "月光" が我々の召集に従うなど………」
「さあね。それは直接本人に聞いてみないとわからないさ」
おつるがそう言うと、丁度良く会議室の外にいた海兵から声が掛かる。
どうやら七武海の誰かが到着したようだ。
センゴクはその者を中に入れるよう外の者に声を掛ける。
するとすぐに扉は開き、外にいた二人の人物達が会議室へと中に入ってきた。
一人は分厚い黒のロングコートを身に纏ったニメートルを余裕で越える大男であった。
全体的に黒い印象があり、顔を一文字に横断する傷と大きな葉巻、それに加えて左手の義手らしきフックが、明らかにカタギの人間ではない風格を見せている。
この男が、先程話にあったサー・クロコダイルだろう。
そしてもう一人は青いドレス身に包んだ少女だった。
輝くような銀の髪に、目の覚めるような可愛らしい顔立ち。まるで何処ぞのお姫様のような少女であったが、彼女が持つ真っ赤な瞳の奥に潜む憎悪の淀み。
この世の全てを嫌う濁った瞳が、ただの姫と言うには憚れるものがある。
二人の身長差に加えて、男のマフィアのような顔立ちと少女の可愛らしい顔立ちがあまりにもマッチしておらず、同時に現れた二人が揃って歩く光景は、その場のいる将校達に違和感を与える。
そんな僅かにざわつく彼等を無視して二人は案内されたテーブルの席までやって来ると、それぞれ好き勝手に腰を下ろした。
「よく来たな海のクズ共。今日はこれだけか?」
「ふん……俺が他の野郎の事を知っていると思うか?」
センゴクの暴言も気にせず、クロコダイルは面倒くさそうに言葉を返す。
政府に従順な対応を見せている彼であるが、それでも悪名を轟かながらも巧妙にグランドラインを生きた海賊だ。
名のある海賊ですら震え上がる程の海軍将校達に囲まれようと、一分も恐れない胆力と実力がその姿から垣間見える。
ピリピリとした空気が辺りに漂った。
「私としてはもっと他にも来てほしかったのだけど。新参の私はまだ半分ほどしかメンバーに会えてないのだし。まあ、Mr.クロコダイルと会えただけマシなのかしら?」
そんな中、ルナはまるで無邪気な子供のようにクロコダイルに話し掛けた。
ただ大の大人ですら泣いて逃げ出すクロコダイルに睨まれても微笑みを向け続けるルナは、無邪気な子供と言うには無理があるが。
「確か、"月光" だったか…………ハッ。噂には聞いていたが、王下七武海も落ちぶれたもんだぜ。まさかこんなガキを入れるとはな。余程人員不足と見える」
クロコダイルは馬鹿にしたようにルナを鼻で嗤った。
彼女の事を知らなければ当然の反応である。子供にしては大人びているとは言え、ルナはパッと見で15歳程度の少女だ。
彼女の濁った目を除けば、覇気の欠片もないような幼い女の子。彼でなくともそこらの海賊が彼女を王下七武海と知れば嗤って馬鹿にするだろう。
「あら……なら少し私と遊んでみる? そうすれば私も貴方に認めてもらえるのかしら?」
とは言えルナもそんな彼の態度を今まで何度も見てきた。当然彼女を馬鹿にした人物の対処法もルナは弁えている。
高まる殺気。
突然ルナから溢れ出る威圧感に、周りの少将達は飛び退き、中将達は臨戦態勢をとった。
殺気を向けられているクロコダイルは腰かけている椅子から立ち上がろうとはしなかったが、それでも睨みつける瞳を細め、獲物を狙う貪欲なワニの表情を見せる。
クロコダイルの顔を見たルナが深い笑み浮かべ、立ち上がろうとした時だった。
「ルナ………お前さんが戯れればどうなるかわかってんだろう? いい子だからお止め」
「…………むぅ。おつるさん酷いわ。私ばかり注意して」
この場で何か仕出かそうとしたルナをおつるが嗜めたのだった。
まるで何をするのかわかっているかのようにルナを咎めたおつるに、ルナはぷっくりと頬を膨らませる。
しばらくおつるを睨んでいたルナだったが、諦めたように息を吐き出した。
「…………でもいいわ。おつるさんに免じて、今回は何もしないであげる」
本来ならたとえ三大将であろうと止められても止まらないルナであるが、何故か今回は渋々とばかりに浮きかけた腰をフカフカの椅子に下ろす。
状況を見守っていた他の面々は冷や汗を流していた。
一瞬で起こりかけた七武海同士の衝突に、彼等はいつ爆発するとも限らない爆弾を持っているようなものなのだから。
それも、一度爆発すればどれ程の被害が出るかもわからない規模の爆弾だ。彼等の心配は余程だろう。
「まったく………貴様らの存在には頭が痛くなる。さっさと始めるぞ」
溜め息を吐くセンゴクはこれ以上何かされては堪らないとばかりに、話を進める為に場に呑まれていた一人の少将に目を向ける。
その男はセンゴクに促されてようやく気を戻し、慌てて立ち上がると資料を取り出して話し始めた。
「えー、では皆様。お手元の資料をご参照ください」
彼の言う資料には様々な人物の名前と、その指名手配らしき顔写真が貼られていた。写真の下にはその人物の懸賞金が書かれている。
「そこに載っている海賊達の手配書は、今回倒されたリキッド・デルの欠員を補充するために選ばれた海賊のリストです」
「あ? リキッド・デルだ? 誰だそいつは」
少将の言葉に反応したのはサー・クロコダイルだった。
名前を言われてもピンと来ない表情を見る限り、本当に彼はリキッド・デルを知らないらしい。
「お前と同じ七武海だった男だ。三年前も前からいたのに、忘れていたのか?」
「…………ああ、いたなそんな馬鹿。大して力もねぇくせに七武海に入って増長してた雑魚が」
「私も忘れてました。まあ、私に認識されない程度の存在なのですから、居なくなったのも頷けますね」
センゴクの言葉に合点がいったように思い出す二人。どうやらクロコダイルだけでなくルナも忘れていたらしい。
二人の反応は同じ組に属していたとは思えないほど薄情なものだったが、とは言えそのリキッドも別段弱かった訳ではない。
彼の海賊団はグランドライン前半の海では十分通用する実力があり、リキッド本人も元3億1000万の懸賞金が懸けられていた海賊だったのだから。
だからこそ海軍もその実力を買っていたため、リキッドは他の海賊達から王下七武海の一人として恐れられていたのだ。
「それで、その馬鹿は誰にやられたんだ? ソイツを倒した奴を七武海にでも入れれば良いじゃねーか」
「話はそう簡単ではありません。そもそもただ倒したからと言って、その男が七武海の欠員に適しているかと言えば、そうでないですから」
海軍や政府が七武海のメンバーを決めるのには様々な要因がある。
一つは純粋なその者の強さ。世に蔓延る海賊達を排除するために求められる物で、同時にとある海賊団との決戦で海軍の切り札となる実力が求められている。
二つ目は知名度。その力が知られていなくとも、名前が知れるだけで海賊達の抑止力になる重要な力である。
三つ目は、政府にとってその存在が七武海となるのに都合が良いかどうか。
大まかにこの三つが七武海になるのに必要とされる物だ。リキッド本人も十分な実力を持ちながら、多くの猛者を率いる海賊連合の船長でもあった。
そして少将の言葉では、どうやらリキッドを倒し、海賊連合を壊滅させた人物はその条件を満たしていないと言うことだ。
「何しろリキッド達を敗北に追い込んだ男は、とある海賊の一員に過ぎない。………百獣海賊団・ "旱害" のジャックですから」
その名前出た直後、リキッドを倒した人物を知っていた将校達ですら、唾を飲み込んだ。
クロコダイルやルナもジャックの名前を聞いて驚き目を見開いたが、同時に納得した様子で頷いていた。
「なるほど。四皇の部下の人ですか。リキッドさんでは敵う筈がありませんね」
「……百獣海賊団でも三人しかいない大幹部だ。リキッドって奴は喧嘩相手がわかんねえ程馬鹿だったってのか?」
「喧嘩を売ったかどうかはわかりません。ですが、リキッドが新世界に拠点を移動させてから暫くして敗れたのは事実です」
リキッドは七武海に入る前は新世界で名を挙げていた海賊だった。だが、とある出来事から前半の海に戻り、七武海を襲名。
そこから三年の間グランドライン前半の海で活動していた彼は、十分な戦力を整え、再び海賊王の夢を見て新世界入りを果たした筈だったのだが……。
"旱害" のジャックによって彼が率いた海賊団ごと壊滅させられたのだ。
「奴のことはもういい。四皇とは言え、たかだかその団員の一人に敗れたとあっては、世界の均衡を保つ七武海を任せるわけにはいかなかったわけだからな」
「元々奴は七武海の器じゃ無かったんだ。ゴミを排除できてスッキリしたじゃねーか」
「それで…………この資料にあるのが今回の七武海候補なのね……… "遊騎士" ドーマ、"黄金帝" ギルド・テゾーロ………どれもこれも新世界の海賊達ばかりね」
センゴクとクロコダイルの会話を尻目に、ルナは興味深そうに七武海候補に選ばれた海賊達を眺めた。
載っている面々は皆、億越えの海賊達。一癖も二癖もある海賊で、到底政府の言いなりになる輩には見えない。
とは言えそれはルナに関係の無いことだ。彼女にとって次の七武海がどのような人物になるのかは正直どうでもいいことだった。
ただその人物がルナの興味を引くかどうか。それに尽きるのであって、こうして眺めているのも誰か一人を七武海に選ぶ訳ではなく、ただ面白そうな人物を探しているだけである。
そうやってルナが一人一人の顔と懸賞金を見比べて楽しんでいると、ある人物の写真の位置で目が止まった。
「これ……」
「どうした "月光" ?」
ルナが思わず溢した言葉に、同じように資料を眺めていたセンゴクから疑問の声が上がった。
「"暴君" バーソロミュー・くま………前のレヴェリーでソルベ王国の人が挙げてた議題に出てたのだけど……彼も七武海候補に? ソルベ王国から苦情が来るんじゃないかしら?」
ルナが言った "暴君" とは、以前行われた世界会議でソルベ王国から挙がった議題で出てきた男だ。
その残虐性から懸賞金を懸けられ、世間を恐怖に陥れた要注意人物として彼の情報が各国に広まった。
そんな男を政府公認の海賊である王下七武海の一角に据えるなど、ソルベ王国は絶対に拒否するのではないか。そう考えたルナだったが、その答えはセンゴクではなくおつるからの返答で霧散する。
「ソルベ王国から了承が得られたのさ。むしろ七武海にするなら是非にとね」
「ふーん………なんだか裏がありそうね。面白そうだわこの "暴君" くまさん。見た目も名前通りくまさんって感じで可愛くて素敵だし…………きっと七武海でもやっていけるわよ。うん、この人にしましょうよ」
おつるの話を聞いたルナは興味深そうに写真を眺めていると、いきなりそんな事を宣うのだった。
まったく話し合いもしていないというのに即決で決めようとするルナに、周りの少将や中将達は勝手な発言をするルナに怒鳴り散らした。
「ふざけるな! そんなふざけた理由で重要な七武海の一角を決められるか!」
「何のための会議だと思っている!」
「別に? そもそも会議をするのはあなた達の勝手でしょ? 私を巻き込まないでほしいわ」
何人かの将校達の怒鳴り声をまったく気にした様子も見せず、今度はこの会議自体自分には関係なく、好きなようにすると言うルナ。
再び怒号がルナに向けられても、彼女は我儘を通し続ける。
「世界公認と言うことは今までの数ある罪を無しにすると言うことだ。そんな安易に決められることではない!」
だが一人の海兵の言葉に、空気が変わった。
「―――ねえ」
直後に感じる威圧に、会議に参加していた彼等はおののく。
その小さな体から発せられる殺気に、何人かは血に濡れた己を幻視した。
「あなた達が、それを言うの?」
先程クロコダイルに浴びせていた敵意が可愛く思えるほどの、その場の全員を死の底に落とすという覚悟を向けた覇気。
ほんの一瞬。それでも本来の彼女が放った怒気に、先程まで怒鳴っていた将校達は一言を発する処か、口を開くことすら出来ずにいた。
「―――ハァ……」
静まる会議室の中、年季を感じさせる誰かの溜め息が漏れる。
「なに気圧されてんだいひよっこ共。気絶するような腑抜けは………いないのがまだ救いかね。こんな年端もいかないような小さい女に……情けないねぇ」
「あら、おつるさん。私ももう23よ? いい加減小さい子扱いは止めて欲しいわ」
「そう思うならその猫被りを止めることだね。蛇姫の我儘に比べれば、可愛げがあるってもんさ」
「ハンコック姉様はホラ……もう色々と勝てる気がしないって言うか……」
先程までの威圧が嘘だったかのように、ルナは見た目同様の幼げな少女の雰囲気に戻っていた。
威圧を浴びた者達は皆狐に抓まれたような心地だろう。しかし、彼等は脳裏に映った死のイメージを忘れてはいなかった。
「もういいだろう。この女の発言は馬鹿馬鹿しいが、勘だけは鋭い。"暴君" くま………情報では実力もかなりあるらしい。七武海として問題も無いだろう」
どうするべきか迷う彼等に対して、厳格な口調でセンゴクはそう告げる。
あまりにも決断が早いと言えなくもないが、彼もまたバーソロミュー・くまと言う人物に対して注目していたのだろうか。
しかし各々の思惑はどうあれ、トップであるセンゴクが決めた事に逆らうものなどこの場では二人しかいない。
そしてその二人からも反対の声は上がらない。
ここに王下七武海の一人が決まることになった。
「バーソロミュー・くま。この男に交渉を持っていけ。奴が了承次第、王下七武海に加えることとする!!」