ついでにリィルの懸賞金額変えときました
「おはようリィル」
「おはようございます、ルナ」
もう日課となった挨拶を交わして、私の一日は始まる。
私がリィルに助けられてもう一週間は経った。
行く宛も無い私に何を思ったのか、リィルが暫く私を泊めてくれる事になったのだ。
本当は行く宛が無いわけではない。
今すぐにでも両親の下に私は帰りたいし、あの頃の昔の生活に戻りたいと思っている。
でも私はまだリィルを信じきれていない。
つい最近、家族とすら思って信頼していた人間に裏切られたのだ。
流石に会って少ししか一緒に過ごしていない人を何度も信頼する程私は警戒心が薄いわけではないのだ。
ただここ一週間リィルと過ごして、少なくとも彼女が私を海軍に突き出すと言うことは無さそうだ、と言うことに気付いた。
まず彼女は徹底的に外界との接触を断っているのだ。
家の周りには人の気配が無い。人里離れた森を抜け、真っ青な大海原が見える崖を背に、ポツンと小さな家が建っている。
リィル曰く、森を挟んだ家と反対側の場所には街があるらしいけど、彼女は街には行かない。食事は森の動物か海の魚を食料に自給自足の生活をしていると言う筋金入り。
物好きでも無い限り、人から隠れるように生活する人間は中々いない。それこそ海軍に追われている人間でも無い限り。
つまり彼女は私と同じなのだ。
人を………金も地位も名誉も、全てを捨て去り追い詰められた同類。
全面的に信用する、と言うわけではない。だけど以前の話を聞いた私としてはどうしても彼女を嫌いになれない。
傷の舐めあい………同族意識みたいなものなのか。
私は彼女の事をどうしても拒絶することが出来ない。
「ルナが居てくれて助かります。私は見聞色の覇気があまり得意では無いので」
「うーん………そのケンブンショクの覇気ってのがわからないんだけど………身体を強化するのが覇気なんじゃないの?」
朝早くから、私とリィルは森に潜って狩りを行っていた。
と言うのも、私は人や生物の気配に敏感だと言う話をリィルに話したら、森に連れていかれるようになったのだ。
私は見聞色の覇気と言うものを持っていて、なんでも覇気の使い手………海軍達が行っていたような、身体を黒く変色させてその部分を強化する覇気の方より、その見聞色の覇気の方が生まれつき適正があったようだ。
見聞色の覇気が強いと、生物の感情や気配に敏感になるのだとか。
「私はまだよく分からないのだけど……」
「訓練もされていない状態でここまでの精度を出せるのだから、凄いとしか言いようがありませんよ」
私の手には二匹の兎が捕まえられている。
その二匹は先程私が覇気と能力を駆使して捕まえた獲物である。
ちなみにこの成果は今日だけでなく、狩りを手伝い始めてから毎回だ。兎だけでなく、何処ぞの野鳥や鹿などの、警戒心の強い動物達が幾度も私に捕らえられていた。
彼等の警戒範囲や、いつ気が抜けるのか、どの角度が一番仕留められやすいか。
朧気ながら、何となくわかるのだ。
ちなみに能力については一部だけリィルには伝えてある。本当にただの一部で、身体を霧化させて自由に動かすことや、霧の一部だけをわざと元の身体に戻すことが出来ると言ったこと。
身体を自然現象に変える悪魔の実が
ロギアの実を食べると普通の攻撃が当たらなくなる。その能力者達のすり抜ける身体を実体として捉えるのが武装色の覇気だとか。
確かにマリージョアでは光の能力を持つ海兵には攻撃が効かなかったし、あの憎きマグマの海兵には最後辺りで攻撃が当たった。
とは言え私の能力は身体の霧化であって、攻撃がすり抜けると言うわけでは無い。せいぜい攻撃が当たる前に身体を霧化させて衝撃を逃すくらいだ。
つまり意識的に身体を霧化させなければ攻撃は当たってしまうと言うことで、私に反応できない攻撃は必然的に当たってしまう。
だから私はロギアの力を持っているわけではないだろう。
だけどそれをリィルには教えていない。
「悪魔の実と言うものは便利ですね。狩りがこんなにも楽になる」
「私は悪魔の実を食べていないのにそこまで強いリィルの方が凄いと思うけどね」
私はリィルが仕留めた体長10メートルを超すクマっぽい獣を見ながら言った。
彼女が持っているのは腰に差した細い長剣が一振りのみ。他は何一つ身に付けておらず、その長剣だけで獣の首を一閃で仕留めた。
だけどリィルは私の賛辞に首を振って答える。
「………確かに私は剣の腕に自信があります。そこらの海賊にも海兵にも負けるつもりはありません。ですが………腕が立ってもそれだけでやっていけるほど新世界は甘くないですから。こうやってこの島に滞在し続けて細々と誰の目にも留まらず暮らしているんです…………
それに悪魔の実は時に常識を覆す奇跡を起こします。それこそ、万病を消し去るような奇跡を……」
リィルの言葉は願望が滲んでいた。
それも奇跡に縋ると言った消極的なものではなく、絶対に叶えて見せると言った野望のような灼熱の炎を目に浮かべて。
彼女は病気持ちだった。
私は彼女から聞いただけだからあまり詳しくはわからないのだけど、彼女がいた "白い町" フレバンスは彼女が持つ病気と、病の感染を恐れた諸外国のせいで滅びたのだとか。
その話をしていた時の彼女は、決して何かを嘆くような生易しいものではなく。
故郷を滅ぼされた怒り、謂れの無い罪を着せられた怒り。そも、理不尽に思える死の病をその身に宿された怒り。
滅ぼした諸外国に、冤罪を被せた世界政府に、何も知らずに犯罪者と罵る一般人に賞金目当てで襲う賞金稼ぎや海賊達に。
世界そのものに、彼女は怒りを向けていた。
かつて初めて会った時に聞いたリィルの慟哭を思い出していると、目の前の彼女は私の様子を確認しながら口を開く。
「………そろそろ、貴女も傷が癒えてきたのでは無いですか? 見たところ動きも滑らかです」
「そうね………」
リィルの言葉に私は身体の調子を確かめるように手を開いては閉じてを繰り返す。
赤犬との戦い以降、私は致命傷を除いた身体の傷が治っていなかった。
それはあの戦いで無茶な連続再生を行い過ぎたせいか、糧となる血が足りなかったから。
致命傷を除いたとは言え、端から見れば私の体はボロボロの重症でまともに動ける身体ではない。だからしばらくの間、療養として彼女の拠点で生活し、リハビリとして彼女の狩りを手伝っていた。
「問題無いと思うわ。まだ治りきって無いけど、私としても早く行動したいのは山々だしね」
「私としては早く出来るなら嬉しい限りなのですが………それでもあれほどの傷があったのにここまで回復するとは思っていませんでした。恐るべき回復力ですね」
私達はそれぞれ目的がある。その目的のための利害が一致したからこそ、こうして一緒に行動していた。
リィルは己の死の病を治すことができる医者か、或いはそれができる悪魔の実を探すために。私はもう5年以上……それよりももっと長く会っていない家族に会うために。
リィルの家で昼食を取った私達は今後の計画を立てていくことになった。
「それで……貴女は私の旅に同行するって言ったけど、北の海に行くにはどうすればいいの?」
「そうですね……北の海に行くためには最短だとカームベルトを越えなければなりません。ですがそれはかなり危険な行為です」
「なぜ?」
そう言えば私がレゲータに騙される前もヤツ本人からカームベルトと言う名前を聞いた覚えがある。その時もヤツは危険と称していたけど、ヤツ自身があまり強いとは言えなかったので特に気にしてもなかった。
だけど、現時点で私と同等かそれ以上の力があるように見えるリィルが『危険』て言うなんて………
「ルナは海王類を知っていますか?」
「んと………一応見たことはあるよ。海の化物なんでしょ。でもそれがどうしたの?」
私が奴隷の時に何度か見たことがある。
天竜人共が下界と称している私達の世界に、彼等は奴隷を連れて降りてくる。その時に物好きな天竜人が釣りと称して奴隷を餌に海王類を捕らえようとしていた。
あの時に見た生物は確かに化物と言える巨大な身体と獰猛さがあった。力を持たず、まだ世界の残酷さを知らなかった幼い私は、人を簡単に補食する怪物達をとても恐ろしい生き物だと恐れた。
でも今は違う筈だ。あの生物なら私でも殺せるだろう。だと言うのに、リィルは何故海王類を危険視しているんだろうか?
「カームベルトは、海王類の巣窟です。例えば海王類の一匹や二匹が海の中で私に襲ってきても返り討ちにすることは可能でしょう。ですがそれが何十………いや、何百何千といった膨大な数の海王類が一斉に襲いかかってきたなら、私では一溜りもないのです」
「何百……何千?」
「ええ。数えるのも億劫になるほどの量の飢えた海王類達が一斉に餌に飛び付くように襲ってくるのです」
想像してみる。1隻の船が大海原を漂っている時、かつて私が見た巨大な生物が夥しい数でその船を襲う光景を。
………無理だ。空を飛ぶ私は別にしても、力があってもただの人であるリィルが無事でいられるとは思えない。
「カームベルトを問題なく航海できる船は限られています。数の暴力を物ともしない絶大な力を持つ『四皇』、海王類の天敵である女ヶ島の毒蛇………そして海の力を宿した海桜石を大量に持つ政府や海軍」
リィルはそう言うと横にある棚から小さな石を取り出した。
それを見た瞬間、私は石から嫌な気配を感じとる。それはまるで海軍に捕まったときに感じたあの石の錠のような………
「海楼石…………」
「そうです。私もこれを使って新世界に侵入しました。フレバンスは以前から大量の海楼石を買っていましたから、船の底に積めばある程度は海王類を騙せました」
なるほど。リィルも北の海から新世界の海に来れたのはそれが理由だったのか。
でもだとしたら何故そんな浮かない顔をしているんだろう。海楼石があれば安全に渡れるのではないのか。
「結論から言えばこれだけでは安全に渡れません。海王類達は簡単に騙されるほど馬鹿ではない。船底に海楼石を敷き詰めて誤魔化しても限界があります。…………私もカームベルトを抜ける前に、一度だけ気づかれました。その時に船も壊され、残った海楼石もこれだけ」
その時の事を思い出したのだろう彼女はいつもの無表情顔を崩して、苦虫を噛み潰したような酷く嫌そうな顔をしていました。
余程良い思い出ではなかったんだと思える。
「それ以外にも、カームベルトを抜ける前に必ず新世界の島々や、海軍、海賊達の脅威があります。優秀な航海士、どんな荒波も突破できる操船技術、あらゆる状況を打開出来る力………操船については私に任せてもらうにしても、優秀な航海士がいなければ目的の場所に辿り着く処か、遠出の船旅もままなりません」
そう締めくくったリィルは押し黙ってしまった。
人探し。それも優秀な航海士と言う限定付き。彼女が何故危険を冒してまで私を味方に率いれた理由がわかった気がする。
私は巷では『奴隷の英雄』と呼ばれているらしい。
奴隷を解放すると言う大罪を犯してまでソレを行った私に対しての人間性と、ソレが及ぼす私の知名度によって何かが起こるのを期待して、リィルは私を味方につけた。
だけど彼女の考えの殆どはハズレだろう。
そもそも私は奴隷を解放すると言う正義感があったわけではない。自由を得るためにしなければならなかったからしただけだ。
ボロボロの私を見て海軍に追われている政府の敵と言う彼女の考えは合っていても、だからと言って奴隷の為に命を捧げよう等と崇高な精神があるわけでは無い。
知名度だってそうだ。確かに私は犯罪者の中でもかなり有名な部類なのはわかる。でもそれで私を助けようとする人達が訪れてくれる訳ではなく、逆に私を襲う悪意あるもの達しか寄ってこない。
「リィル………貴女が私に何を期待しているのかはわかったわ。でもそれは無理よ。私がいれば人は集まるでしょうけど、それは悪意ある人達……たとえ貴女が求めている航海士さんかいたとしても、絶対私達を助けてはくれないわ」
「…………確率で言えば、殆ど無理だと私も思います」
私の言葉に、しかしリィルは否定せずにむしろ肯定した。
ソレは狂暴で、傲慢で。
「ですが、悪意があるなら脅せばいい。襲ってくるなら目的の人物が来るまで返り討ちにすれば良い…………ルナ、私はもう後がありません。なら手段なんて選んでいられない」
『生きたい』と強く願う彼女の感情が垣間見えた物だった。