夜を統べる王女   作:ヘイ!タクシー!

27 / 28
回想5.旅は道連れ

しばらくして。

騒ぎを聞き付けた海兵が駆け付けてくると言うアクシデントもあったけど、彼等はすぐに殺して問題もなく終わった。

この辺りの治安が悪いからなのか、やって来た海兵達も様子見程度だったらしい。特に将校レベルの者もいなかったため、騒ぎにならなかった。

 

 

奴隷になりかけていた彼等は解放された。

私達…………正確には私に怯えながら、この国にいる航海士の情報を告げて彼等は去っていく。

何処に、どうやって…………売られる筈だった彼等がなんの伝もなく全員以前のように人として生きられるのか知らないけど…………何処で何をしようと、海軍に追われようが奴隷に戻されようが、私には関係の無いことだ。

目的は十分に達せられた。この国の航海士について色々と知れたから、私は結果に満足していた。

 

ただリィルはあまり満足していない様子だった。

 

「………あの者達……彼等に恥は無いのでしょうか? 見返りを求めていたからこそ助けた私達が言うのもあれですが…………掌返しをするにも、もう少し…………」

 

「良いじゃないリィル。私達が求めていた情報は手に入った。それに私は、元から『人』に期待をしていないから」

 

だからそんな風に気にしないで欲しい。慰めるつもりで彼女にそう告げたのだけど、彼女は更に納得いかない感情を醸し出した。

 

まあ、わからない訳ではない。昔の私も、今までの経験が無ければ彼等の態度には悲しんだだろうし、傷付いただろう。

病気のせいで政府に陥れられた彼女とは根本的に考えがちがうのかもしれない。疫病という立場から命を狙われ、見捨てられた。お金欲しさに人から狙われるのではなく、いるだけで危ないから。

 

それだけなのだ。

だから、人の裏切りにはあっても………『犯罪者に堕ちたくない』と言う、生存本能の拒否ではなく人の感情から漏れでた『拒絶』に慣れていないのだろう。それが奴隷になる一歩手前まで堕ちた経験のある彼等なら尚更そう思う筈だ。

だからなんだと言う話だけど。リィルの感情は間違っていないから、私は止めろとも言えない。

 

結局は、私が気にしなければ良いことなのだ。

 

 

それより航海士の話である。

ここ新世界にある国々は島国と言う環境から、航海士は重宝されている。外交や世界政府の召集。各国との戦争等でも結局はこの広い大海原に出なければならない。

そんな時に優秀な航海士がいなければ、海へ出ても目的地の場所へ行けないのだ。

 

だから国は優秀な航海士を作る。それは教育義務であったり、雇うものであったり。例えば、国に付随させたり。

この国は優秀な航海士の家系に爵位を与えていた。貴族の家に航海士の役職を与え、何代も何代も絶え間なく続けさせる。

 

 

それだけ聞けば私達にとって無駄足になっただろう。航海士自体が国のものになっていれば雇うことも無理であったから。

しかし、今回手に入れた噂は人身売買関係だからこそ私達に意味のある話だった。

 

なんでもとある航海士の貴族の家が、ライバル関係にある同じ貴族に陥れられ、奴隷落ちしたらしい。貴族同士が己の家を成り上げるためにたまにそう言った社交争いが起きるらしいが、明確な判断基準が出てしまう航海士同士の家では、衝突は良くあることなのだとか。

 

そして陥れられた家は、良くて平民落ち……酷いときは家族の処刑または奴隷落ちが起こるらしい。

 

その家にとってみれば不幸だっただろう。人生の絶頂とは言わずともそれなりの幸せを享受していた筈が、いきなり家畜以下の奴隷に落とされた。この世の理不尽を呪い、己の不幸を恨むだろう。

 

しかし私達にとっては都合が良い。奴隷に落ちたとあれば、もうその航海士の家系は国のものではない。奴隷から助けたとなれば、ある程度は先程の彼等のように従ってくれるだろう。

それでいいのだ。少しだけ私達に手伝ってくれるだけでいい。

私は恩を返してくれる人が欲しいのではない。私の全てを受け入れてくれる存在…………家族に会いたいだけなのだから。

 

 

 

 

そうして私達は、その航海士の家系を奴隷落ちさせ、自分の奴隷として買った家を襲撃した。

なに……犯罪を起こそうと、私達は既に犯罪者の烙印を押されている。たとえそれが罪なき無関係な人間だろうと、彼らを殺すことに何の躊躇いも無い。

 

 

そうして救ったその奴隷は……私より少し年上の少女だった。

緑色の綺麗な髪に、整った顔。私なんかよりかなり発育のいい身体はそこらの男を魅了する程度には色気があった。事実この少女を助けようとしたとき、彼女は性的に襲われていた。

 

…………私以上、リィル未満といったところか。別に男を魅了したい訳ではないけど、私も元は女の端くれだ。綺麗になりたいという欲は少しだけある。

………最近、あまり身体が成長していないように思うのだが、もしかして私は成長が止まってしまったのではないか。彼女を見ているとそんな危機感が芽生えてくる。

 

「あの…………」

 

襲った貴族の屋敷から遠く離れた町外れの路地裏。あまりにもザルな警備を撒いて一段落付いた私に、助けた少女から声が掛かった。

 

「助けてもらいありがとうございます。それで……貴女様は、どこのお方なのでしょうか?」

 

育ちの良さを感じさせる言葉遣いは、貴族足らんと気品を感じさせるものがある。いくら奴隷だったとはいえ、やはりそこは元貴族なのだろう。

そう言えばリィルも以前は騎士だったと聞いている。二人の雰囲気が何処と無く似ていているなと思ったが、良いところのお嬢様は何処も似たようなものなのか。

 

…………それにしては、私の怨敵とも言える世界貴族と名高い天竜人からは気品の欠片も感じなかったが………二人と奴等の間に何が違うのだろうか?

自分より上の者がいない立場による傲りか? はたまた、なんでも許される故の傲慢か? クソッ………考えるだけでイライラする。止めよう。今は彼女と話してるのであって、あんな汚物の様な奴を考えるのは………むしろ比較すること自体が彼女に失礼だ。

 

 

「………私はルナ。こっちの女の人がリィルって言うの。貴女の名前は?」

 

「ルナ様に、リィル様ですね。私は…………モネ、と言います」

 

彼女……モネは自分の名前を告げるとき一瞬躊躇った様子だった。告げた後も心の中でモヤモヤとした何かと葛藤している様子が伝わってくる。

……恐らくだけど、自分の姓を言おうか迷ったのかもしれない。私も奴隷だったから何となくわかる。

 

奴隷となった彼女は当然、その姓も無くなってしまった筈だ。奴隷になった者は姓を名乗ることすら許されない。

私達もそうだった。私は天竜人の奴隷と言う証を明確にする為に、身体に一生消える事のない『天翔る竜』の刻印を焼き付けられたが………本能的に奴隷として生かされる為に、私は姓を捨てさせられた。そうやって調教させられたのだ。解放された今でさえ、私は自分の姓を名乗ることに自然と抵抗を感じているのだから。

無意識に心に残った傷………彼女もまた、その傷があるのだろう。

 

「そう…………モネ、ね。わかったわ。今度から私は貴女をそう呼ぶわ。それで…………モネ。気付いていると思うけど、私は別に善意で貴女を助けたわけではない。それは理解している?」

 

「はい…………どんな理由で助けていただいたかわかりませんが、ただの一奴隷を助けるメリットがあるとは思いません。私の元貴族としての……立場か、航海技術についてお求めになられているのでは無いですか?」

 

そして予想した通りに、彼女は従順だった。私が求めていることもある程度理解しているようで、特に拒む様子もない。

とは言え、これが前に助けたモドキ共の様な感情から来る対応であれば私は彼女を信用出来ない。この先旅を続ければ海軍に追われる事は確実だ。犯罪者になるのは恐いだろう。また捕まって奴隷に落とされるのは恐ろしいだろう。

だけど仮に私達を上手く騙して海軍に突き出せば、きっと褒美として身分を貰える。

 

少しの危機で、少しの欲求で私達を裏切るのなら最初から要らない。

 

「貴女を利用しようとしているのに、怖くはないのかしら? 私はあんな簡単に人を殺すのよ? 怖い怖い、人殺しかもしれないわ?」

 

私はそう脅して爪を鋭くさせ、彼女の首に突き立てた。

プツリ………と、彼女の首筋から血が滴る。こうやって脅せばどんな感情が顕著に出るか私の覇気でわかるから。

 

命を脅かされて、貴女の感情はどんな風になるの? 勿論、返答関係なく、感情次第では半殺しにして脅して、あとは使うだけ使って捨てるだけだけど。

 

「あの男を殺した貴女に逆らっても、私は殺されるだけでしょう…………それに、私は奴隷です。助けて貰わなければ、私はいつか…………ゴミのように捨てられ死んでいたでしょう。それなら、私は生きる為に貴女に従います」

 

「ふうん………」

 

しかし脅しても彼女の表面上の様子は変わらなかった。表面上は。

 

瞳の奥にある絶望の色…………彼女も奴隷として、ある程度の地獄を見てきたとわかる切羽詰まった崖っ淵の人間の瞳の色だ。こないだ助けた彼等とではまったく違う。

彼女の心は圧倒的恐怖だ。もし、少しでも私の気分を害したら殺されるとわかっている者の感情だ。

だからこそ、危害を加えられないのなら媚びてやる。誰に頼っても良い。たとえそれが化け物であろうと、自分の安全が保障されるなら助けてもらおうとする意地汚い精神が垣間見えた。

 

ただ、その中に奴隷には無い感情もまた混ざっていた事が私には疑問だったが。

 

「それにしては貴女は何かを切望している様に見えるけど。生きること以外に何か目的でもあるの?」

 

「ッ……!」

 

彼女の身体が僅かに跳ねた。

やはり彼女に何か裏があるらしい。駄目だね。嘘をつく事は良くない事だ。それが奴隷なら尚更ね。

 

彼女の感情が焦りで揺れ動いているのがわかる。心の内を見透かされた事を恐れている。気分を害したのではと、いつ殺されるんじゃないかと気が気じゃない様子だ。

 

ああ…………そんな、ゲロを吐くみたいに怖がらないで欲しい。私は私自身を脅かす様な事でもしない限り、基本的に穏便だ。だから安心して。

 

「わ、わたし………は………」

 

「真実を言ってくれればいいわ。貴女の薄っぺらい忠誠心なんて要らない。貴女の欲望を吐き出してよ」

 

優しく声を掛ける。彼女を安心させる様に。

 

私が本当に欲しいのは従順な僕でも役に立つ航海士でも無い。私が信用できる人物だけだ。航海士としての能力なんて二の次である。

だって、そんなものは脅して十分に使い潰した後に殺せば良いんだから。

 

だから、ほら。私に貴女が信用出来る人物なのか、その証拠を見せてよ。

じゃないと………死んじゃうよ?

 

 

 

「わ、私は………」

 

目の前の少女は心の内に潜めた感情を絞り出す様に、その想いを吐き出した。

 

「貴女様方の助けとなります。貴女様方に………恩義があります。部下でも、駒でも、なんでもなりましょう…………で、ですが、その代わり……私の妹を探してくれませんか?」

 

「貴女の、妹?」

 

「はい…………私の両親は死にました。ですが、私の妹は………同じ奴隷に落ちていてもきっと生きているはずです。わ、私は………あの子を探さなくてはなりません」

 

奴隷に落ちてなお、自分の大切な…………唯一残った家族に会うために、モネは怯えながらも私に頭を下げた。

 

「お願い、します………」

 

「そう……」

 

頭を下げているため、彼女の表情はわからない。

でも私は覇気の力のお陰で、彼女が如何に下を向いたまま歯を鳴らして恐怖しているか、そして心の奥底で何を思っているか………彼女が口に出した事で溢れ出たその強い感情が手に取るようにわかった。

 

 

『あの子を救う為なら、何でもしてやる』

 

 

実にわかりやすい。これこそ落ちた者が行き着く先。何もかもを失って、己の唯一を欲する為に生き延びようとする…………人間ではない家畜以下の身分になった奴隷の思考。

そして奴隷に落ちて尚、何かに執着する貪欲な精神。それが自分の生であるか、それとも家族の安全であるか等関係ない。

 

仮に私がモネを拒絶して殺そうとした時…………次に何をしでかすかわからない、そんな危うさが彼女にある。

 

 

ああ………だからこそ良い。信用できる。

認めよう。信頼はしないけど信用が出来るなら……それは私にとって値千金の価値があるのだから。

 

 

「いいわよ。貴女の妹さんのこと、助ける為に手伝ってあげる」

 

「ほ、ほんとうですか!?」

 

私の返事に勢いよく頭を上げて私を見つめてくるモネ。

 

彼女の方が私より大きい為、他から見れば少し歳上の女性が幼い少女に懇願する様は滑稽に見えるだろう。その事にふと気付いて、この間ずっと私達を黙って観察していたリィルの方を見た。

 

リィルは黙って私に頷いた。それを見て、私は目の前のモネに向き直ると自信を持って彼女に告げた。

 

「ええ。だから貴女も私達を手伝って欲しいの。貴女の航海技術が必要なのよ」

 

「はい!私にできることならなんでも!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして私達の目当てである航海技術を持ち、かつて奴隷だったモネを私達の仲間にすることに成功した。

 

これが私と、後の家族となる私の大切な人達との出会い。

それからというもの、あの海軍に追われる日々から一転して恐ろしいくらいにトントンで物事が進んでいった。お互いに一定の距離感を保ったまま、それでも互いに依存するように時は進んでいた。

 

あの頃はまだ幸せ……では無かったけど、まだ世界を見限ってはいなかったんだ。追われる者には追われるなりの、奴隷には奴隷なりの繋がりがあるって、そう思ってた。

 

 

 

でも、それだけでは駄目だった。現状を維持しようなんて物事を考えてたから。落ちるところまで落ちたのだから、これからは上がるだけって思ってた。

私はこの後大切なものを失う。二度と手に入れることは出来ない、平穏と幸せを。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。