夜を統べる王女   作:ヘイ!タクシー!

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回想6.接触

「ルナちゃ〜ん」

 

お母さんの優しくてのんびりした声が聞こえる。いつもみたいに私を起こしに呼びに来てくれたんだろう。

起きなきゃって思うけど、この微睡みが心地良くてまだベッドの中にいたい気持ちが拮抗して私の体を縫い付ける。

 

「ぅぅ……あと…ちょっと〜」

 

「あら〜、ルナちゃんはお寝坊さんね〜。でもいいのかしら?ルナちゃんの大好きなオムレツが冷めちゃうわよ〜?」

 

オムレツと聞いて眠気よりも食欲が一気に勝り始める。しかしそれでも眠気が取れないのだから、私はお母さんの言う通りお寝坊さんなんだろう。

 

「ふぇぇ……おきりゅ……」

 

起き抜けだからか普段より気の抜けた舌足らずな声が漏れる……。はて?いくら寝ぼけてるからって、私はこんなにも馬鹿みたいな声で喋っていただろうか?

 

目がシパシパするのでゴシゴシ擦ってなんとか目を開ける。目の前にはお母さんのボヤけた顔が見えた。

 

「ううん……お母さん?」

 

「ほら起きて〜。もう朝ご飯の準備出来てるからねぇ」

 

お母さんに手を引かれて起き上がり、そのままされるがままに移動させられる。

 

いつもの朝。いつものやりとり。いつもの…………なのに、なんでこんなに久しぶりな気がするのだろうか?

 

「おはようルナ。まだ眠そうだね」

 

「おはぁよぉー……お父さん」

 

テーブルに座っているお父さんが声を掛けてきたから、いつものように返事を返す。

うん…………いつも通りなはずだ。違和感はない。違和感がない筈なのに…………それが違和感に感じる?

 

私の疑問など素知らぬ様子でお母さんは私を椅子に座らせる。テーブルの上にはすでに用意された美味しそうな朝食が並んでいた。全部お母さんの手作り。大好物のオムレツもあるけど、焼きたてのベーコンやパンもとても美味しそう。そこにあるだけで香ばしくて良い匂いが漂ってきそうだ。

 

いつぶりだろう。こんなにも豪勢な食事が食べられるなんて久しぶりだ。

 

……………?なんで私は今そんなことを思ったんだ?いつも食べてる朝食じゃないか。豪勢?ありきたりな朝食だ。久しぶり?お母さんの手作りが?

いつも通りじゃないか。ゴミのような見た目のカビた一キレのパンを皆で分け合って、なんだかよくわからない腐ったお肉を手掴みで口に含み、泥のような汚水で焼かれて爛れた喉にそれらを強引に流し込んでいた。

 

「あれ?」

 

突然、腐臭が私の鼻の中に雪崩れ込んできた。いきなりの事過ぎてびっくりして、慌ててテーブルに目を向けてみれば…………そこにはウジの湧いたお肉が、生気の感じさせない表情で、ドロリと溶けた瞳をこちらに向けて私を見ていた。

 

「ひっ!!?」

 

私の意思とは無関係に悲鳴が漏れる。

なんだ?一体いつこんなものが?お母さんの朝食は?

 

 

「お、お父さん……」

 

なんだか怖くなって隣にいるお父さんに手を伸ばす。きっと私を抱き締めてくれるってなんの疑いもせずにしがみ付いた。

 

なのに、私を優しく抱き締めてくれる温かい感触はいつまでもやって来ない。むしろ………冷たくて、濡れているような。びしょびしょのお人形に抱き付いた感触がした。

 

「おとう……さ……」

 

お父さんを見た。

 

いつも私に優しい目を向けてくれるお父さんを。無償の笑顔で私を安心させてくれるお父さんを見た筈だった。

 

なのに、胸元から赤い液体を湯水のように湧き出させて冷たい表情で虚空を見つめている。

 

「ッ!!お母さん!!」

 

お父さんの様子がおかしい。慌てて今度はお母さんの方に顔を向けた。

 

そしたら…………お母さんはどこにもいない。辺りを見回してもどこにも居なかった。

 

「おかあさ……キャッ!?」

 

突然腕を思いっきり引っ張られたような鋭い痛みが私を襲った。

乱暴で、酷く気持ち悪い手が私の腕を掴んでいる。

 

「あ…ぁ…ああ……ぁあああ」

 

「たっぷり可愛がってやるデ」

 

この世の全ての醜悪を体現したようなアイツ。

 

見るだけで絶望し、死にたくなる程の痛みを待ってくる死神のような男。

 

天竜人が奴隷の紋章を刻まれた焼きごてを手に持ち、よく熱せられた真っ赤なその表面を私の背中に押し付けた。

 

「ああああああああああああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」

 

 

 

そうだ。思い出した。

 

私は今、地獄にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲間との旅というのは存外面白いもので、命の危機を感じながらもそれを全員一丸となって乗り越えるのは…………なんだろう。言葉にしようのない、心に温かいものが宿る気持ちとでも言うべきか。

 

モネを助けてから数ヶ月が経った。

 

「そろそろ船を新しくしないとよね」

 

「そうですね……」

 

新世界の海の上を漂いながら、私とリィルは自分達が乗っている船のマストや帆を見て呻いていた。

新世界の海は過酷だ。普通の船、それも乗組員3人で動かせる程度の大きさしかない小船。新世界の海を渡るには心許無い物であった。

ただでさえ私達は海軍に追われている。モネ救出以降、色んな国で奴隷を解放しているせいで私達の事を国はマークしている。海賊達の様に海賊旗を掲げていないにも関わらず、私達は常に追われる日々だ。

 

私達の船は限界だった。新世界の自然の脅威や海軍達の砲撃などにより船はボロボロ。船底には多数の穴が空き、塞いでも水が浸水してきて定期的に出さなければすぐに沈没するだろう。

 

「海軍から奪ったエターナルポースが指す島で船が見付けられれば良いのですが……」

 

「そうね………どうモネ? そろそろ何か島とか見えないかしら?」

 

リィルの言葉に頷きながらマストの上の見張り台で海の周りを確認しているモネに聞こえる様声を掛けた。

私の質問にモネは一度周りの警戒を止め、進行方向を望遠鏡で覗く。

 

「ルナ様!進行方向に恐らく目指していた島が見えます!」

 

「あら丁度いい。ようやくね」

 

モネの言葉私は思わず口角が上がる。

それもその筈で、今までこの船を沈没させない様大変苦労させられたのだ。帆は張り替えればいいとして、軋むマストは海軍の追っ手から逃げる事が困難なほど傷んでいる。船も砲撃一つ受ければバラバラに解体されるのでは無いかと思う程だ。

逃げる事も出来ない現状で海軍と出会う度に船を護りつつ相手を撃退させなければならなかった。本当に戦闘ではストレスが溜まる一方だった。

 

早く新しい船を見つけよう。次の島に期待で胸が高まる。

 

が、

 

「しかしルナ様………それ以外にも報告が……」

 

「ん?何かしら?」

 

モネの言い淀んだ様子に首を傾げた。

島に何か問題があるのだろうか。例えば、代わりの船が見つからない程島が過酷に満ちて人がいる様子が無いだとか。それなら確かに問題だ。人がいなければ船もないだろう。そうなれば新しい船を見繕う為に他の漁船や海賊船が通るのを待たなければならない。それも、私達3人で動かせるくらいの小さな船を。

 

一瞬脳裏に映る嫌な予想に顔を顰める。しかしモネから発せられた言葉は違う物だった。

 

「あの色とシルエット………海軍です。海軍の軍艦が3つも港に停まっています!」

 

「海軍か………見つかればちょっと面倒臭いわね」

 

モネの望遠鏡に映る3隻の軍艦。それを想像して溜息を吐かざるを得ない。

軍艦3隻ともなれば、将官レベルの猛者が少なくとも3人はいる事になる。もしかすれば中将がいる可能性も。そんなのを相手にすれば、今の船の状態と足手まといのモネがいる現状で切り抜けるのは困難だろう。

 

それはリィルも予想したのか、いつもの無表情顔に僅かな強張りが見えた。

 

「どうしますかルナ。海軍のエターナルポースを奪った事は彼方にもバレてるでしょう。船の検査は確実に行われる。戦闘は避けられません」

 

「そうだよねー……。戦闘は流石にちょっとイヤ」

 

2人から焦った気持ちが伝わってきた。

船を港以外に停泊するのは無理だろう。この距離では既に海軍に捕捉されている。迂回して島の裏等に停めようとしても、逆に怪しまれる。

 

「………リィル。私達の荷物って船が沈没しない様に殆ど捨てたわよね?」

 

「え、ええ。そうですが………そんな事より今はどう島に入るか考えないと」

 

「………いえ、大丈夫だわ。なんとかなるわよ。それよりモネは降りてきて荷物を纏めなさい。どうせもうこの船は捨てるしか無いのだし、リィルも島に入るんだから手伝ってあげて」

 

でも最悪の事態に比べれば、正直海軍は私にとって問題無かった。ちょっと私が苦労するが、まあ許容範囲と言える。

訝しむリィルに私は強引に荷物を纏めさせる。私の案を話しても良かったが、少しイタズラ心が湧いてしまった為話は伏せておいた。

 

しばらくして両手に必要最低限の荷物を持った2人が甲板に上がってきた。2人には荷物が落ちない様身体にしっかりと括り付けておいてと言っていたが………確認したところ、大丈夫そうだ。

 

準備は出来た。私は彼女達に近付き………両手で2人同時に抱えた。

 

「キャッ!!?」

 

「ッ……ルナ?」

 

「さあ、飛ぶわよ2人とも。この距離なら私達の姿は見えない筈。このまま空を飛んで街に侵入しましょ」

 

2人に告げて、私は背中から翼を生やし勢い良く地面を蹴った。

 

能力のおかげで私は巨人族に匹敵する力を持っている。船を丸ごと持ち上げる力が有れば、少ないとは言え生活用品の荷物を持った女性2人を抱えるのは楽な方だ。

 

つまり、余裕で2人を抱えたまま空を飛んで島に行くことができる。

 

「わあああああああ!?」

 

左腕からモネの悲鳴が聞こえてくる。それを無視して私は更に高度を取り、真上の雲を突き抜ける。

 

よし。このくらいまで空に上がれば、たとえ天を見上げていたとしても私達は見えないだろう。正直、遮る物が無くなって太陽の光を諸に浴びているのでツライが仕方ない。ジリジリと翼や露出している皮膚が焼けているが、これしか方法が無いのだ。

だけどこれなら海軍の監視をすり抜けられる。

 

私は高度を保ったまま島まで突き進んだ。リィルと違って鍛えていないモネもいるので全速力でとはいかないが、それでも船が米粒よりも小さく見える距離なら10分も掛からないで辿り着く。

 

港がある街の上空まで来た。私は人通りが少なそうで廃れた路地裏を見つけ、そのままそこに向かって着陸した。

当然騒ぎにならない様にかなり勢いよくであるが。

 

「上陸っと。よし、バレてないわね」

 

万が一にも見つからない様出来る限り注意したが、それでも私は見聞色の範囲を広げて辺りを意識して安全確認を取った。

その結果、周囲に私達の飛行を見た一般人は一人もいなかった。感じるのは、抱えられたままの顔を青ざめさせているリィルと何故か楽しげな様子のモネ達くらい。

特に意外だったのがリィルの様子だ。飛行酔いでもしたのか口に手を当てて込み上げる物を堪えていた。

 

「凄かったですルナ様! まさかあんな体験が出来るなんて!!」

 

そして予想に反して楽しそうなのがモネ。目を輝かせてさっきまでの飛行に楽しそうな反応をしていた。

 

「そんなに良かったかしら。なら、次もやりましょうか」

 

「絶対にやめてください。やるなら私抜きでお願いします」

 

私の言葉にリィルは食い気味に拒否した。未だに気持ち悪いのか、手を当てて深く深呼吸している。

上陸する為仕方がなかった事だとは言え、リィルには申し訳ないことをした。彼女の体調が整うまで、暫く私とモネで彼女の背中を優しく摩ったのだった。

 

 

 

「さて。それじゃあこの島の情報取集でもしましょ。まずは代わりの船を探す事。次に、奴隷達の情報。そして、この島にいる海軍の戦力」

 

「ルナ様とリィル様は顔を知られているので、いつもの様に私が聞き込みをしますね」

 

「うぅ……私は、宿探しをします。暫くはそこで休んでいようかと」

 

私が音頭を取れば恭しく己が出来ることをしようとしてくれるモネの返事と、未だ顔を青くさせて不調を訴えるリィル。本当に辛そうだったので私はリィルの看病をしようとしたが……。

 

「いえ、ルナは今出来ることをやってください。しばらく休めば治ると思いますので気にしないで」

 

「でも………」

 

「本当に大丈夫ですよルナ。それよりモネの面倒を見てあげてください。万が一があれば事ですから」

 

と断られてしまった。

 

と言うわけでモネは情報収集、リィルは今日の宿確保、そして私が顔を隠して万が一のためにモネの護衛をする事に。

実際、今のご時世にモネの様な自衛も出来ない美少女を一人で街に放り出すのは危険だ。海軍が常駐しているみたいなので見た目上は安全かもしれないが、私達はそんな仮初の平和の裏で虐げられてきた被害者なのである。例えどんなに平和と謳われていようとも私は信頼することなんて出来ない。

 

 

しばらくの間、私とモネで色んな場所を回った。食糧や捨ててしまった日常製品などを買い込みながらこの国の事について聞き出して行く。

 

最近、海軍達が港を厳重警備しているらしい。普段は滅多に無いのだとか。やはり、私達をマークしての厳重警備の様だ。海軍はどうやらこの島で私をどうしても捕まえたいらしい。

また、この島にヒューマンショップは無かった。世界政府加盟国とあって新世界でも稀に見る平和な国なのだとか。

 

そうやって聴き込みを行い、日も暮れ始めた頃だ。私に疑いを向ける様なとある気配を感知した。

少し遠い位置で私達を監視する様に尾行するその存在は、どうやらそこまで強そうではない。ただ脅威はそれほどまででも無いが、海軍であれば問題だ。

 

「モネ」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「今から何も尋ねずに、それでも不自然にならない程度に会話して私について来て」

 

小声で、それでも違和感の無い様にモネに話し掛ける。モネは頷くと取り留めない会話を私にしながら付いてくる。私達の移動に合わせて、尾行者も一定の距離を空けて付いてくる。

やはり、私の感じた物は間違いではないようだ。

 

しばらく歩き、私はとある暗がりの路地で曲がった。慌てた様な感情と共にその存在が走り出して私達が曲がった路地に走る。

そして尾行者が路地の角で立ち止まり、路地の様子を確認しようと覗き込んだ瞬間だ。

 

 

私はその男の口を塞ぎ、腕を濃い霧状にして一瞬でその身体を包んで路地裏に引き摺り込んだ。

 

 

 

 

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総合評価:71001/評価:8.98/完結:46話/更新日時:2025年12月05日(金) 20:44 小説情報


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