夜を統べる王女   作:ヘイ!タクシー!

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とりあえず本日二度目


摂取

 その果物を食べた直後、私の体に久しく感じることが無かった熱さを感じた。

 慣れた痛みが再び私を襲う感覚に懐かしみを覚え、身体の内から何かが生えてくる気色悪さに、生を実感する。

 

 次第に聴覚も治ったかのように、身体中からメキメキと音が聞こえる。白かった世界は、暗く雑多な物が詰まった空間へと変わった。

 突然起きた出来事に、長く味わうことの無かった驚きで瞼が勝手に瞬きをした。

 

 いや、そもそも瞬きすると言う行為事態がおかしい。

 私はそれをすることすら出来ない身体に、あの男のせいで変わってしまったのだから。

 なのに身体、とくに背中がむず痒く感じる。あまりの痒さに、無意識に身体を抱いてその痒さを落ち着かせようとする。

 

 その行為が明確な違和感の正体に辿り着いた。

 

 首を下に向ければ、無くなった私の腕が、手がある。脚も、指も、爪も。

 慌てて無くした筈の目の辺りに手を持っていけば、私の手が写るのと同時に目に手が当たる感触があった。

 

 意味がわからなくて、戸惑ってしまう。あり得ない現象に、頭が付いていかない。

 

 暗い視界が見える。汚物の腐った臭いがする。ガラガラと私の近くで物が崩れる音が聴こえる。口の中が苦味でいっぱいになっている。火照った肌に冷たい風を感じる。

 

 手足に力を込めて、私は立ち上がった。

 身体を動かし、残飯とガラクタと死体らしき物体で満ちた空間を眺める。

 

「あ…………」

 

 潰れて焼けて爛れた喉から、声が漏れた。

 それを耳で聞き取り、私は身体が元通りになったことを漸く理解した。

 

「どぉ、して…………?」

 

 久しぶりに出す声のせいで呂律が回らない。だがそれよりも気になるのはこの身体の事。

 

 そもそも、死に体の状態でいきなり回復し失った身体の部分が生えてくる筈がない。だが夢と言うにはあまりにも私の思考はクリアだ。

 いや、そもそも夢と言う物は感覚を失った辺りから見た覚えが無い。

 

 だとすればここは現実で、この現象も真実なのだろう。

 

「…………そぅ、えば…………あぉ、果物」

 

 これが起きる直前、私はあの果物を食べた。それだけは覚えている。だとすればこの現象はあの果物のお陰か。

 まあ今更どうでもいいことではある。身体が治り、私は死ななかった。それ以上の重要な事など無いのだから。

 

 久しぶりに動かす身体の調子を確かめようと、私は腕を伸ばしたり身体を捻ったりしてみた。

 その時、背中に違和感を感じたのだ。

 

「ん…………?」

 

 なんだろうと背中に手を持っていく。すると、肩胛骨の辺りから何か生えているのだ。

 

「なに、これ」

 

 手に触られている感覚がある辺り、それは私の身体の一部ということだけはわかる。とはいえ手や足が生えてくるくらいなのだ。今更、身体の一部から無かったものが生えてきても不思議ではない。

 

 いや、そもそも私は人の形をしているかすら怪しそうだ。

 身体を確かめるためにも、色々と身体を見える範囲で眺めてみる。

 

「なんだか、肌が白い気がする…………爪も、元の時より長いし…………でも後は人の形と一緒」

 

 だとすれば、あとはこの背中か。

 身体の一部のようだし、目の前に持ってくるように手を使いながら折り曲げてみた。そしたら。

 

「…………つばさ?」

 

 そう、翼が視界に写ったのだ。

 鳥のように羽毛があるのではなく、コウモリのように薄い膜みたいな黒い翼。

 何故、と思わなくもないが、なかなか便利そうであるという考えの方が強い。

 

 なにせ、辺りはゴミと壁で覆われた空間なのだ。暗い世界を唯一灯す光は数十メートル上にある天井から延びていて、登るのは不可能に近いのだから。

 どうせなら翼があるのだし使わない手はないと踏んで、いざ飛ぼうとする。

 

 が、そこで私は踏みとどまった。

 

 周りにある残飯に紛れて沢山ある死体や積み重なった死体の山を見て、私がここが何処なのか思い出した。

 

 あの男がいる家だ。

 私を強制的に奴隷にして、酷い扱いして、死ぬ一歩寸前まで追い込んだあの男がいる場所。

 

 無闇にここを出てはまた捕まって、あのような扱いを受けるかもしれない。それは絶対に嫌だった。

 だが、だからと言ってこの場所にずっといるのも嫌だ。

 今は自由の身となったのだ。なんとかしてこの場所から逃げ出して、お父さんやお母さんのいる家に帰りたい。

 

 酷く汚れてしまった私だ。奴隷に身を落とし、汚物にまみれ、人の形から外れてしまった。

 もしかしたら、そんな私は受け入れられないかもしれない。それでも一目、あの人たちの姿を見たいのだ。

 

 どうしようかと考え込む。どうすれば出られるのか。

 この長い爪…………とても人とは思えないくらい長く、鋭い。これを武器にして逃げられないだろうか? それとも隠れながら外に出て翼で空高くに逃げれないだろうか?

 

「……………………あ、そういえば」

 

 そういえば、私が捕らえられていた牢に親切な三姉妹のお姉さん達がいた。私の受けた傷を見て涙を流し、労ってくれた人達が。

 

 長女の名前が、たしかハンコックさん。次女のサンダーソニアさん。末のマリーゴールドさんだったかな。

 

 手伝って貰うついでに、あの人たちと一緒に逃げようと思った。四人ならもしかしたら逃げれるかもしれない。

 なにより、私ほどではないがお姉さん達も酷い扱いを受けていたのだ。一緒に逃げられるならそれに越したことは無いだろう。

 

 そう考えたら私はじっとしていられなかった。

 

 翼に力を入れて飛ぶように羽ばたかせてみる。すると空気を叩くような感触が翼から感じ取り、私の足が中に浮いた。

 

「わっ…………!」

 

 思わず羽ばたくのを止めて地に足を付ける。

 私は上手くいったことに満足し、今度は驚かないよう覚悟を決めて、翼を羽ばたかせた。

 

 宙に浮いた身体は勢い良く飛び出すと、光の先へと進む。

 そのまま奥へ奥へと突き進めば、穴の空いた天井を抜けて開けた部屋へと飛び出る。

 

 そこには黒いスーツを身に付けた男性が驚いたように私を見ていた。

 

 全身から汗が吹き出るような感触に襲われる。捕らえられてはまずいから。そうなれば再びあの地獄へと戻される。

 そう考えたら私は無意識にその男へと翼を使って急接近する。そのまま危機感とも言うべき本能に従って腕を勢い良く振った。

 長い爪が抵抗を感じることもなく男の首を薙ぐ。すると、男の首が面白いように跳んで、男の残った身体から勢い良く血の噴水が上がった。

 

 それを、腕を振った状態から固まったまま眺めていた私は呆然と自分の爪を見た。

 

「なに今の……こんな速く動けるなんて…………」

 

 驚いてしげしげと自分の爪を眺めていたけど、いまはそんな時ではなかった。

 バレなかったのは良いが死体が他の人間にバレたらまずい。騒ぎになるし警備も強くなる。

 いくら強くなったとはいえ、どれくらい私が強くなったかもわからないのだから、慎重に行かねば。

 そう思い死体をどうにかしようと男の遺体に目を向ければ、流れて床に溢れている血が見える。

 

 その時、私の心臓がドクンと跳ねた。

 

 流れる血から、男の真っ赤に染まる傷口から、目を背けることが出来ない。どんどん身体の内から暑くなり、血液が暴れ狂うように循環している。

 身体が、その血に引き寄せられるように勝手に近付いてしまうのだ。

 

 気付いたら男の傍に近付いて、首の傷口を噛んで牙を当てていた。

 

 ジュルジュルと男の血を啜る。無心に、されど貪るように、一滴残らず血を啜っていく。

 お腹を満たすような、だけどまだ満足いかない喉の渇きを感じる。

 

「ぷはッ」

 

 もう吸う事が出来ないとわかり、私は男の遺体から口を放した。

 

 そして、男を見下ろして私は自分の仕出かしたことに恐怖した。

 男の遺体はミイラのようにカラカラになっていたのだ。そして、それをしたのが私。

 血を啜り、その行為に幸福を覚えるなんて、まるで化け物のようではないか。

 

「…………吸血鬼」

 

 人の血を糧に生きるソレは、昔お伽噺や本で見た吸血鬼そのもの。

 その化物こそが、私だった。

 

 

 

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