夜を統べる王女   作:ヘイ!タクシー!

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脱走

私が牢にいる男の前に姿を現せると、彼は驚いた表情で私を見てきた。

 

「驚いた…………まさかこんな短時間で鍵を奪い戻ってくるとは…………どうやらバレていないようだな」

 

「私はそんなヘマはしない。そんなことより早くここから逃げよう」

 

私は早々に話を打ち切って、鉄格子に手を掛ける。

その行動に目の前の男は疑問の表情を浮かべているが、どうでも良かった。

私は吸血鬼の力を使って強引に鉄格子を折り曲げて破壊する。

 

バキバキと音を立てる鉄格子も驚いて固まる牢の主も無視して近寄る。そのまま首輪に書いてある番号を見て、その数と同じ鍵を探し出して鍵穴に差し込んだ。

ガチャリと解錠された音を聞き終えた私は、男に声を掛けた。

 

「解錠した。さっさと出る」

 

「…………あ、ああ。助かった」

 

まだ信じられないような目で見てくる男は、私が壊した鉄格子から出るのに続いて牢から出てくる。

そして彼が立ち上がった姿を見て、今度は私が驚いてしまった。

 

「貴方…………座ってて気づかなかったけど大きいのね」

 

「ん? ああ…………お前は魚人を知らないのか?」

 

「知らない」

 

「そうか…………」

 

聞いたことも無かったので素直に答えたら、魚人という種族らしい男は納得したような表情をした後、私に手を伸ばしてくる。

 

「お前のお陰で自由の身に慣れた。礼を言う」

 

そう言って彼は手を私に差し出してくる。

それを見た私も応えようと手を伸ばして

 

 

彼の手を弾いたのだった。

 

 

「え…………?」

 

 

その声を出したのは彼ではなく、私だった。

 

だって、私は彼と握手しようとしたんだ。なのに無意識に彼の手を拒絶したのだから意味がわからない。

 

直後、私の視界が揺れ始めた。

 

「…………あ、ぁあ―――」

 

目の前が黒く染まっていく。

 

あの男の手が、私を襲おうと伸ばされてくる。

 

あの男の顔が、私を見下ろしている。

 

思い出したくない記憶が、勝手に甦ってくる。

 

「あああああ―――――」

 

 

弄ぶようにナイフで手足を何度も刺された。

 

男達の前で裸にされ、身体中を凌辱された。

 

鞭で何度も叩かれ、その度に何度も笑う事を強制された。

 

あの男の尿を浴びせられ、糞を食べさせられた。

 

目の奥まで焼ける激痛に、何日も手足の痙攣が収まらなかった。

 

飢えを凌ぐために自分の老廃物を食べることに慣れた頃には、何もかもを諦めた。

 

感覚が失った頃には、死だけを恐れた。

 

 

 

「ああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

嫌だ、嫌だ嫌だ!!!!

戻りたくない! もうあの場所に戻りたくない!

 

自由の身に慣れたのに、恐怖が収まらない。怖い。暗い。寒い。苦しい。

 

震える身体をかきむしって、僅かに熱を感じとる。

それでも足りなくて、熱が欲しくて。牙で舌を噛み、鋭い爪で肩を切り裂いて、目をえぐりだす。

暖かい液体が全身を包み込む。酷く安心する心地がもっと欲しくなり、身体中をもっと温かくしよう手を動かそうとして。

 

気付けば私の腕は目の前の男に捕らえられていた。

 

「止めろ! これ以上は止めるんだ!!」

 

「―――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛放せ放せ離せ放せ離せ離せよぉぉおおおおおおおおおお!!!!」

 

目の前の男が煩わしくて仕方がない。なのに凄く恐ろしくて、身体がどんどん寒くなる。

気持ち悪い。怖い。吐き気がする。怖い。醜い。恐い。

 

誰か助けて。私を、わたしを助けて――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付いたら、私は地面に膝を付けて下を向いていた。

 

「はぁ…………」

 

先程まで陥っていた状態を思いだし、私は溜め息を溢す。

まだ寒い身体を抱き締めて、私は顔を上げた。

 

目の前には疲れたように座っている魚人の男の姿があった。

どうやら魚人の男のお陰で私は正常な判断に戻ることができたらしい。

目の前の男にお礼を告げようと、何とか声を絞り出す。

 

「……………………すみません。迷惑を掛けました」

 

「…………いや、俺こそすまない。お前のことをわかっていなかった」

 

彼は謝るけど、私としては先にこの事が知れて良かったと思う。

遅かれ早かれ、私はきっと今の状態になっていた。なら安全な今のうちにそれが知れて良かったのかもしれない。

 

私は男が怖くなっていた。酷いことをするあの男を思い出してどうすることも出来なかった。

思考も正常に保てず、あの感覚。死へと近づく感覚から逃れることしか考えられなかった。

 

 

ようやく身体の震えも止まったので、私は立ち上がって魚人の男に目を向ける。

すると男は、私に顔を向けると目を見開いた。

 

「お、まえ…………なぜ傷が治っているんだ」

 

「…………きず?」

 

男の発言に疑問を覚える。痛いところなど全く感じないのに、何を言っているのだろうと。

無意識に手を目の位置まで持っていって、私は先程のことに気付いた。

 

「…………あ」

 

そう言えば、私はさっき目玉をくり貫いていた。

感覚が麻痺していたせいか目の痛みなど忘れていたが、確かに私は目を取った。

 

…………目が治っている。ゴミ山にいた時と同じように、何の支障もなくだ。

なら、抉り出した目はどこだろうと辺りを見回したら、先程無かった場所に灰の塊があった。

 

「目が灰になっている…………もしかして、お前は能力者なのか?」

 

「…………どうやら、そうみたい」

 

その灰を見て、何とも言えない気持ちが私を覆っていた。

だがその分気持ちも落ちついたので、私は魚人の彼に早く皆を解放しようと告げる。

魚人の彼も何か言いたそうにしていたが、状況が状況だからか私の言うことに従って、奴隷達がいるだろう道の奥へと歩き出した。

 

 

そう言えば、この男以外誰も牢から声を掛けられないと気付いたのは、近場の牢屋に辿り着いてからだった。

 

牢の中には性別問わず、老若男女の奴隷達が意識があるのか無いのかわからない状態で横になっていた。

感覚を失っていたり、すべてを諦めていたり。何をしても泥のように眠っていたり、死んでいる人もいる。

 

これを逃がすなんて無理だと思うのだけど、彼はどうするのだろうか?

そう思い彼に目を向ければ彼は悔しそうな表情で、動ける者を探して彼等を連れ出そうと言った。

 

連れ出す云々はともかく、動ける人は探した方が良いと私も思い、違う牢屋へと移る。

比較的動ける人を助けながら、動けない人に手助けするよう伝えて次の牢へ。

そうやって繰り返していくと、私はお姉さん達がいる牢へと辿り着いた。

 

「良かった! お姉さん達無事だったんだね!?」

 

「え…………」

 

「うそ…………この声、ルナなの?」

 

「うん! うん! ルナだよッ!!」

 

ハンコックお姉さんもサンダーソニアお姉さんもマリーゴールドお姉さんも皆無事だった。酷く憔悴した様子だったけど、それでも無事とわかって嬉しかった。

お姉さん達は最初私を見たとき誰かわからない様子だったけど、私がお姉さん達の名前を呼んだらすぐに私だって気が付いてくれた。

 

急いで鉄格子を強引に開けて彼女達の首輪を外す。

お姉さん達はその事に驚いていたけど、私が逃げようって言ったらすぐに頷いて牢屋から出てくれた。

 

どうやらこの辺りが最後の牢屋みたいだ。他の牢にも私に声を掛けて励ましてくれた女の人が何人もいて、皆解放してあげた。

この辺りの人達はみんな顔が綺麗だからか、目立った傷も見当たらなかった。そのお陰でスムーズに逃げ出せて良かった。

 

出入口近くに向かうと、魚人の男が奴隷達を指揮していた。

彼は私を見付けると、全員の奴隷が解放されたのを理解して皆に聴こえる声で話始めた。

 

「皆聞いてくれ。俺達はこうして自由の身になった。だが未だここは天竜人の住みか。真の自由とは言えない。ここから逃げて、新しい生活を手に入れて…………ようやく真の自由になるんだ」

 

「で、でもどうやってここから逃げるんだよ」

 

目付きの悪い男が、怯えながら魚人の男に尋ねる。

それを皮切りに皆不安な様子で彼に訴え始めた。それを魚人は力強い声で皆を励ます。

 

「方法はある! 俺が騒ぎを起こして囮になる。その間に皆はここに来たときのように正門にある天竜人の船を使って逃げるんだ」

 

そう自信をもって告げる彼。その気迫にある種の説得力を感じる人が増え、次第に皆が逃げれるかもと勇気を持ち始めた。

それを見た彼は、皆に騒ぎが聴こえたら動くよう告げてその場から去っていった。

 

 

しばらくして、遠くの方で爆発音と怒号の声が聴こえ始め、皆は移動し始めた。

私はそれを横目に、自分も霧化してその場から去ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この騒ぎはなんだえ!? 賊でも攻めてきたかえ!? 海軍の大将は何をやっているんだえ!!!」

 

「落ち着いてくださいダンヒール聖。すぐに大将が来るとのことですので、すぐに騒動も修まります」

 

「わちきは今すぐ呼んでこいと言っているのだえ!? 早く連れてこいこの無能が!!」

 

「あぐっ!?」

 

吐き気がするほど醜くて憎いその男は、部下らしき男を拳銃で射ち殺した。

なんて愚かな男なのだろう。こんなにも気持ちの悪い男に良いように弄ばれていたのだと思うと、どうしようもなく情けなくなってくる。

 

奴の上で私が霧になっていることも気付かず、そいつはソファーに座ってて怒りを露にしている。

 

「全く、使えないやつらだえ! こういう時は奴隷で遊んでスッキリするのが一番だというのに…………つい最近までしぶとく遊べたあの女も死んじまったからなぁ。気分が悪いえ。下々民のくせにわちきを怒らせるなど、あってはならないというのに!」

 

あいつの言葉を聞いているだけでどうしようもなく憎しみが湧いてくる。ふつふつと怒りで我を忘れそうになる。

だが駄目だ。あいつを簡単に殺すことなど、神が許しても私が許さない。

あいつには私が味わった苦しみを一部でも与えなければ気が済まないのだから。

 

私は男の背後で霧化を解くと、奴の口をテープで塞ぎ手の腱を切り裂き素早く担ぎ上げた。

 

「んぐっんんんんんんんん~~~!!!!」

 

突然襲われたことと鋭い痛みで呻いているが無視する。私が味わった痛みはこんなものではないのだ。復讐を実行するには、誰かが聞き付けてくるかもしれない場所より誰もいない場所で行いたい。

 

私は男を捕まえたまま外に出ると、皆が逃げる方向とは逆の方へと飛んだ。

城を飛び越え門を飛び越え、人気のない場所へとやって来た。

眼下には底の見えない崖が地平線の彼方まで広がっている。確か、レッドラインと教えられた気がする。土が赤いのがそう呼ばれる所以なのか。

 

私は男のテープを強引に引き剥がして数メートルの高さから叩き落とした。

 

「ぐえっ!?」

 

カエルの潰れたような醜い声を出す男を見下ろしながら地に足をつけると、男は私を睨んできた。

 

「お、お前! よくもわちきに手をあげたな! 下々民のくせによくもこんなことを! 死! 万死に値するえ!」

 

「うるさい豚だ。いや、お前みたいなクズと同列に扱われては豚が可哀想か」

 

「手が痛いえ! 早く助けろこの下々民! 早くしなければわちきが死んで」

 

「うるさい」

 

「あビュッ!!!?」

 

あまりにも煩かったから顔面を蹴った。泡のようなマスクが割れて奴が煩く喚く。

 

「ぎぃえ!! 外気に触れてしまうえ! なんて事をしてくれるんだこのグズが!」

 

忌々しい。口を開けば醜い言葉しか喋らない。

ここまで私の気に触れる奴はいないだろうと思うほど、憎たらしい。

 

私は仰向けに倒れている男目掛けて、思いっきりその肥えた腹を蹴り飛ばした。

 

「ぶぃぃぃぃ!!!!?」

 

吹っ飛んだ男は地面を数メートル転がると、ようやく止まった。

血と吐瀉物を撒き散らす姿は、私の胸をすくように清々しい気持ちにさせてくれる。

 

「おぇぇえええ!! ぐげええええ!!」

 

未だに胃にあるもの吐いているクズに近寄った私は、こいつがしたように頭の上に足を乗っけて壊れない程度に力を込める。

 

「ぷぎゅッ!」

 

血と吐瀉物で汚れてる男。頭を垂れるように這いつくばった状態で足を乗っけられてなんと無様なことか。

 

私は少しだけ満ち足りた気分になった。

 

 




主人公の名前がようやく出てきましたね。
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