「あぐぅ、ぐぐぐッ」
足の下で何か呻いている。あまりの気持ち悪さに思わず足を退けてしまった。
するとこの顔面を汚した男は顔を思いっきり上げると、私を憎悪を含んだ目で睨んでくる。
「ごろ゛じでやる」
なんと弱い眼光なのか。
私はもっと殺してやりたかった。恨んで、妬んで、怨んで、憎んだ。
懐いたのは邪で深く偏執な殺意だ。
奴の眼球を抉り出した。
「ひぎぃぃぃぃぃぃあああああああ!!!!?」
股間を脚で蹴り上げてやった。
「ぁ…………ぉぬ…………」
気絶した奴の頭を汚い液溜まりに叩きつけて、正気に戻した。
「ひゅッ………は、ひゅ」
髪の毛を掴み勢いよく振り上げる。
ブチブチと髪の毛が抜けると同時に、宙に放り出された奴は骨と肉が潰れる心地好い音を奏でた。
赤く剥げた頭が滑稽で嗤ってしまった。
「も………もうやめで、ぐで…………わぢきが、ひんでひまうッ」
なんだ。殺意も薄れて、もう命乞いか。
もう少し粘って欲しかったのに、情けない。あれだけの事を私にしたのだから、もっと粘って欲しかったのに。
そう思うと私は酷く冷めてしまった。なんだかこいつの苦しみを見るのも萎えてきて。
「つまらない」
「な…………」
「本当につまらない存在だお前は。さっさと死ねばいい」
私が最後に聞いたセリフをこいつに言ったら、凄く絶望した表情になる。
そんな奴を無視して、私は動いていない足を掴み、爪先に鋭く切れる爪を添えた。
「最後だ。苦しんで死ね」
「な、なにを…………イッ!?」
私は腕をゆっくり動かしていく。
すると爪も一緒に動いて、男の足を縦に裂いていくのだ。
ゆっくり、ゆっくり。簡単に殺さないように。
「あああああああああああああああ!!!!」
首を振って逃れようとするけど、万力のように強い私の力が奴を逃さない。
ゆっくりと、奴の腰まで爪で裂いていく。
脚はぱっくり二つに別れて肉の断面図ができている。そこからダラダラ流れる血がとても汚く見えて、私は更に腕に力を込めた。
「いぎぃッ、嫌だ嫌だ!!死にたくない! 死にたくないぃぃぃぃいいいいいいいい!!!」
内臓まで爪が辿り付く寸前でこの男はそう叫んだ。
そんな命乞いにも耳を傾ける訳もなく、内臓を切り裂いて心臓に向かう。
「」
「…………ああ、もう死んだの」
さっきまであんなに喚いていたくせに、突然糸が切れた木偶人形みたいに動かなくなってしまった。
呆気なさ過ぎて、私は嗤ってしまった。所詮この程度の存在だと、奴をなじって死体をそのままに飛び立とうとした。
「おいおい~…………こいつぁひどいねぇ」
すぐ後ろから聴こえたら声に、私は慌てて飛び退きながら振り返った。
先程まで影も形も、気配すら感じなかったのに。そこにはストライプの柄の灰色スーツを着た中年の男がいた。
飄々とした笑みがとても胡散臭い。表情が上手く読み取れな上に、緊張の欠片もないような間延びした声で男は私に話し掛けてくる。
「お前さんは奴隷の一人かいィ? まったく、酷いことするもんだねぇ~」
馴れ馴れしく話し掛けてくるこの男が気に入らなくて。私がどんな目にあったかも知らないくせに『酷いことをする』と断言したコイツが煩わしくて、私はイラつきながら返事を返した。
「…………先に酷いことをしたのはコイツだ」
「まあ、そうなんだけどねェ? 悪いがおじさんも職務があるんだ。だからーーー」
突然、その男は私に人差し指を向けてくる。すると彼の指が突然光だしたのだ。
直後、私のお腹に熱と痛みが生じる。
「ヅッ!」
「ここで死んでくれるかいィ?」
男の殺気を浴びて、私の本能が最大の警告を鳴らした。
この男はヤバイと、私を殺す存在だと、死へと誘う死神だと告げてくる。
「ああ!!!」
私は痛みも無視して、翼を使って勢いよく空へ飛び出した。
目に見えない飛び道具を使っているみたいだけど、眼下に広がる雲に入れば逃げれる。そう考えた私は降下しようと身体の向きを変えようとして。
「逃がさないよぅ?」
「ッッッ!!?」
一瞬、目の前が光ったと思ったら男がいつの間にか私の前にいて。光を纏った脚を振りかぶった状態で、今まさに私を蹴ろうとしていた。
私は身体をすぐ霧にして、何とかその蹴りをいなす。そのまま体積を増やして彼の視界を奪いながら、離れようとした。
「おっとっとぃ。もしかして、ロギアかい~?」
視界の端で、男が今度は脚を真っ黒に染めているのが見える。だけど私は今霧の状態だ。今更何をしようと攻撃は当たらないと思い、男から遠ざかろうとして。
「がふッ!」
気付いたら、私は身体をくの字に折り曲げて吹き飛ばされていた。
レッドラインの側面に叩き付けられる。痛みに慣れているとは言え、腹部にくる衝撃が私をその場に縫い止めた。
いつの間にか霧化も解けていて、何をされたのかわからなかった。
ただ原因は目の前の男にあるのだろう。男は私の力を超えるほどの握力で、首を絞め付けてくる。
「天竜人には奴隷達を捕まえろって言われてるんだけどねぇ? こんな年端もいかない娘さんに地獄を味あわせるのも酷だからねぇ。ここで死んだ方が楽だろうよ」
「ぐぅッあああ!!」
勝手なことを言うこの男に、私は怒りを抱いた。
何が、死んだ方が楽だ。死ぬのがどれ程恐ろしいかも知らないくせに、知ったような口を聞くな。
怒りに身を任せて、この男の首を爪で切り裂いた。鋭い一閃が、男の首を跳ね飛ばす。
なのに男の手から力が失われることはなく、首の断面から血飛沫が上がることもなかった。
「どぉ……して」
絞められているせいで上手く喋れないのに、私はその疑問を口にせずには要られなかった。
今まで全ての敵は首を跳ねれば死んだのに。なぜこの男は死なないのか。
不気味な存在が怖かった私は、爪でめったざしに切り裂き続ける。
なのに、男は切り裂いたところが光ったと思ったら無傷で。どんなに暴れても首の拘束が取れなくて。
気付いたら無くなっていた頭も生えていたのだ。
「ば、けもの……」
「ん~…おかしいねェ? 普通ここまで首を絞められたら呼吸もできずに死ぬのに…………お前さんは何で生きているんだいィ?」
ふざけたことをぬかす男だが、状況は最悪だった。
何故か奴に捕まれた首が霧化できないのだ。他の部分は霧化出来るのに捕まれた部分だけは逃げられない。
「ぁ……ひゅぁ……」
息ができず、苦しみで声にならない音が洩れる。
何とかしないと、このままでは私は殺されてしまう。
首を絞められることなど何度もあったからか、未だに私は死んでいない。だけどいつ死へと落とされるかわからない。
再び死に落ちそうな予感を感じ取った私は、最終手段を取ることにした。
もしかしたら死ぬかもしれないが、状況を打開するにはこれしかない。
それに私はこの行いをしても生き残る確信があったから。
だから、私は己の首を爪で切り裂いた。
「かフッ」
「ッ………こりゃあ、たまげた」
血を撒き散らしながら、頭だけとなった私の首はゆっくり崖の下へと落ちていくのだった。
「まさか、自決を計るとはねぇ…………」
吸血鬼となった少女・ルナと先程まで戦闘を行っていた海軍中将のボルサリーノは、レッドラインの地面で横になっている首の無くなった身体を眺めながら、表情の読めない顔で呟いていた。
ルナを殺すつもりでいたが、自殺をさせるほど思い詰めていたとはボルサリーノ自身も思っていなかったのだ。
そこまで奴隷に戻されるのが嫌だったのか。そんな事をする気はボルサリーノ自身持っていなかったのだが、殺すと宣言したのになかなか殺せなかったせいで、捕まると思われたのかもしれない。
惨殺された天竜人の死体を横目で見ながら、彼は益体も無くそう思った。
年は10歳ほどの少女だった。それくらいの年齢の少女がここまで酷い殺し方を普通はできる訳がない。酷い扱いを受けたのだと、ボルサリーノのは今までの任務の経験で察していた。
彼自身も好きで奴隷達に絶望を与えたいわけではない。だがそれでも任務だ。元が海賊なら素直に天竜人達に引き渡しても心は痛まないが、一般人は違う。
それも、あんな年端もいかない少女を殺すなど、正義を掲げる者にとしては思うところがある。
「せめて、わっしが楽に殺してやりたかったんだがねぇ…………」
自殺するまで追い込んでしまったのは自分の落ち度だったと素直に思い、次の機会にはもっと楽に殺してあげようと決心するくらいしか、彼には出来なかった。
少女の遺体くらいは火葬して家族に届けてあげようと考えたボルサリーノは、少女の遺体に目を向ける。
するとちょうどその時、少女の遺体にあり得ないことが起こりだした。
「なっ…………!?」
彼女の身体が、端から中心へとどんどん灰に変わっていくのだ。まるで何年も経った物体が風化し、細かい粒子となり崩れ去っていくように。
細かくなった灰が風に靡かれて次々と空に散っていく。
明らかに異常な現象に、先程までルナを圧倒していたボルサリーノですら驚きを隠せられなかった。
「こりゃあいったい…………」
どう言うことだと呟こうとして、彼はようやく気付く。
このようなことは、能力者以外出来る筈がないのだ。
そして、先程の少女は悪魔の実の能力者だった。霧になることからロギアかと考えていたボルサリーノだったが、今思い返せば翼が生えていたり爪が恐ろしく鋭い切れ味を持っていたりと、ロギアとしては不自然な点が多かった。
つまり、灰となった遺体は彼女の擬態で、彼女は今も生きているということ。
可能性としてはそれが一番高い。
「…………くっくっくっ」
ボルサリーノのは無意識に笑っていた。
それが何の笑みなのかは誰にもわからない。いや、もしかしたら彼自身もわかっていないのかもしれない。
だけどボルサリーノのは笑わずにはいられなかった。
「まさか、光の速度で移動できるわっしから逃げる者がいるとはねぇ…………あのお嬢ちゃん。大物になる予感がするねぇ~」
ボルサリーノの光の速度を持ってすれば、今からでも彼女に追い付くことは可能だろう。だが彼はそれをせず、ただ笑って己が逃げられた事実を噛み締めるのだった。
今日の6時にルナが世論にどう思われているのかとか、そんな話を書きます。
とりあえずそれで一度区切ります。
他の作品も書かないといけないので更新が落ちるかもしれません。
そこら辺はご了承下さい