「ん…………」
ザァザァと音が聴こえて、私は目を覚ました。
働かない頭で何となく周りの景色を眺めて、はて?と疑問が生じる。
「ここ、どこ…………?」
背後には海。目の前は巨大な森。地面は砂浜で、空は雲一つない晴天が
うーん、と頭を右に捻って考えてみるが、やはり上手く働かない頭では何もわかることはなく。
眠る前は何があったのか思い出そうと、今度は頭を左に捻る。
「…………あ。そう言えば私はあの男を殺して…………そしたら変な男が現れて私を殺そうとしたんだ…………」
朧気ながら、襲ってきた男が肩に白いコートを羽織っていたのを覚えている。たしか、背中には『正義』と…………
「海軍…………」
あの文字は奴隷になる前に何度か街で見たことがあった。いや、奴隷になる直前。拐われた時も、傍に正義を背中に掲げる人達がいたのを覚えている。
彼等の名は海軍。海の秩序を守るために組織された世界規模の軍だとか。
「……何が、正義だ…………!」
そんな彼等が私の事を殺そうとしてきたのだ。意味がわからない……! 彼等は市民の味方ではなかったの!?
私が拐われた時はただ眺めているだけで、奴隷から逃げようとすれば殺そうとしてくる…………それのどこが正義なんだッ…………悪は私を虐待し続けたあの男だろう? なのに何故奴ではなく、私が悪とされなければならないッ!
「…………ふざけるな。ふざけんなぁ! 私がなにをしたって言うんだ海軍…………なんで! なんでッ…………なんで、助けて……くれないの…………」
怒りで我を失いそうになるのを何とか堪える。握り締めた拳が砂浜を叩いただけで大きな陥没をつくった。
「…………止めよう。私は自由の身になったんだ」
悪態を吐いたら少しばかり落ち着いた。
私の邪魔しかしない海軍など放っておいて…………今は違うことを考えよう。
そうでなければ、私はあの男だけではなく、人間にも憎悪を抱いてしまいそうだ…………
…………そうだ。私は結局逃げれたんだ。
海軍の男から逃げる時、自分の首を断った。それで首だけ落ちていきながら意識を失うこと無く、途中で身体が再生し始めたんだった。
首を切ったら流石に死ぬと思ったけど、どうやら上手くいったらしい。まあ、あの男も似たようなことをしていたから、能力者である私も出来るだろうと思ってもいたのだが。
ただ博打でもあったのは事実だ。
同じことが出来るのだから、あの男に気付かれる可能性も高かった。ただ彼と違って、私は血も出るから騙せるかなって考えたんだ。
結果は上々。まあ騙せたのは良かったけど、翼が再生する前に海面に叩き付けられて…………何故か体から力も抜けたのには驚いたけど。
まさか泳げなくなって、そのまま溺れるとは…………。
「ってことは、やっぱり私は何処かの島に漂流しちゃったってことか…………」
命があったのだから満足なのだが、やはり自分の現在の場所がわからないと言うのは不安が残る。
そう考えたら一気に身体に疲労がやって来て、同時にお腹が空いたのかクルクルと音を立てた。
「この疲労も空腹も、なんだか久し振りな気がする…………まあだからと言って経験上、後一週間程度は飲まず食わずで生きられるのだからどうってことはないが」
逆に食べれる時に腹を満たしておくのも大事なのだが。
とりあえず食料か飲めるものを探しに行こうと私は立ち上がり、目の前に大きな森を見上げた。
大きい。どれ程見上げても天辺が見えないほど巨大な木が密集している。
それに加えて深い森だ。森の中が巨大な木のせいでまったく光を通していないのがここからわかる。
ただおかしいのが、光が通っていないのに森の中の様子がわかると言うことなのだが。
これも吸血鬼になったせいなのか。
夜目が利くというか、暗いところでも目がはっきり物を捉えている。暗い牢の中が慣れているせいで気付かなかったけど、他にも元の時より細かいところが結構変わったのかもしれない。
そう認識すると、なんだかこの太陽の下にいるのも嫌になってくる。早く暗いところに行きたいと私の心の内から沸き上がってくる。
その衝動に任せて私は森の中へと入ることにした。
能力があっても深く入るのは躊躇いたくなる場所だが、日差しの下は嫌だし食料は必要だ。本当は街とかに入りたいのだけど、無い以上そう言は言ってられない。
外からでもわかったが、森の中の様子はかなり異様で、うすら寒いものがある。
見たこともない捩れ曲がった木。毒々しい見た目の草が土を覆っていて、夜目の利く私ですら見えないほど深い森だ。
毒々しい草の近くに生えてる紫色のキノコはあまり口にしたいとは思わない。それでも老廃物を食べるよりマシだから、危なくなったら食べるしかないのだが。
まずは動物を狩ろう。この爪と膂力、速さ、そして霧化での奇襲も出きるのだ。上手く行くだろう。
身体を霧にして、森の奥へとどんどん進んでいく。
途中角が生えた大きめの鳥が木に止まっているのを見付けたので、霧で鳥の周辺を覆い、一部を爪に変えて殺した。
覆っている途中で異変に気付いた鳥が逃げようとしたアクシデントもあったけど、私の霧は身体の一部だ。逃げる方向に爪を先回りさせておけば簡単に殺すことができた。
鳥を殺した私は落ち着ける場所を探すことにした。生で食べれば流石にお腹を壊しそうなので、火を起こせる場所が欲しかったのだ。
鳥を片手に持ちながら開けた場所でも無いかなと、宛もなく森の中をさ迷い続ける。
しかし、そう都合よくそんな便利な場所があるわけもなく。暗い森が更に暗くなり始めたのに気付いた私は、昼間中ずっと歩いていたようだ。
「…………しょうがない。腐る前に生で食べてよう」
そもそもお腹を壊したところで何だと言うのか。所詮、痛みを感じるだけ。今更痛いくらいでどうにかなるほど、楽に生きてきたわけではない。
私は鳥を掲げると、お腹の辺りに鋭い牙を当てて噛みついた。グチュッと音が聴こえた直後、口の中に生臭いお肉の臭いと血が固まったブヨブヨとした食感が広がった。
気持ち悪いと最初は思ったが、食べてみて意外にも悪くなかった。生臭さは気になるが、昔食べたレアのステーキのような食感に、血の味がアクセントになって美味しい。
ただ羽や毛が邪魔だったので、今度からは周りの皮を爪で剥いでから食べようと思った。
「…………とても美味しかった」
鳥の肉を食べ終えた私は、地面に食べなかった皮と骨を捨てて今度は寝床を探す準備を始めた。
別に眠いわけでは無いのだが、奴隷の時は寝る時間がとても大切な時間だったのだ。
なにせ夜はあの男も寝る。そうすれば私は解放されるし、寝れば痛みも感じず、次の日には痛みが多少なりとも無くなっていたから。
しかし先程のように、いくら探しても目的の場所は見付からない。気付いたら辺りはいっそう真っ暗になっていてた。どうやら夜のようである。
あまり気乗りしないが、今日は木の上に登って枝を寝床にするしかない。
そう考えて私は翼を広げた。
ちなみにだが…………歩いているときに気付いたのだけど、私の翼や爪を身体にしまうことができるようになった。
霧になっていれば感じなかったのだけど、普通の時だと木や草が茂る森を歩くのに翼や長い爪が邪魔だったのだ。
試行錯誤しながら何とか体の中に収納できないかと色々やっていたら、しばらくしてしまうことができた。特に違和感もなかったので、必要なとき以外はそれらを収納することにしたのだ。
大きな木の、私が乗っても平気そうな太い枝に乗って横になる。
明日にはもっと落ち着ける寝床かこの森を越えて街やらに入りたいものだ。
動物の声すら聞こえないほど静かな夜の森で、私は目を閉じて深い眠りに落ちていくのだった。
次回はグロとか無いけど、年末新年で読むものじゃない気がする話だと私は思っている