ありふれた問題児(職業)が世界最強になるそうですよ? 作:きりがる
異世界へ向かう一行だが……残念、まだ異世界じゃない。それは次回。
今日は生憎の雨空であり、ぱらぱらと雨粒が窓ガラスを叩く。
窓ガラスが雨粒により濡れるさまを、肘をつきながらいつもよりも更につまらなさそうにした表情で眺める十六夜。
今朝は曇天であり、いつもの様に屋上に寝転がってこんな日もいいなと思っていたところに、雨粒が頬を叩いたため、渋々と教室へ向かって自分の席に座っていた。
机の上には分厚い本が積まれており、ドイツ語、英語、スペイン語などと本のジャンルに偏りが見られない。それらは既に授業中に暇つぶしのために読み尽くされてしまっていたのだが、その読書風景よりも、終夜十六夜自身が教室に居て、自分の席に座っていることに、クラスメイトと教師が驚愕していた。
この日ばかりはそんなイレギュラーなこともあり、教室内もいつもよりも静かだった。
現在、授業中とは言え、右隣の南雲ハジメはそんな十六夜を不思議そうに眺めていた。ハジメにとっても少しばかり驚くことであり、珍しい光景につい視線をやってしまう。
十六夜の存在もあってのことなのか、いつもハジメを虐めてくる檜山達も今日ばかりは大人しく、何もしてこないことにハジメは安堵していた。檜山達もどこか十六夜に関わってはいけないという感覚を感じ取っているのかもしれない。苛めっ子や不良ほど、割りとそういったことには敏感だったりする。
そして、その二人を先生の目を掻い潜って見つめているのが香織と、もう一人の我らが女神である八重樫雫だ。黒髪をポニーテールにしている美少女であり、現代に現れた美少女剣士とまで言われている。
香織は十六夜との関係を隠しているわけではないが、周りに人がいるときは積極的に話しかけようとはしていない。十六夜と居るのは好きだが、それによって騒がれるのは嫌いだし、彼に迷惑になると考えていた。
雫に関してはいつもは見ることのない十六夜と、授業中にも限らずハジメの方を見ている香織を珍しく思っているので香織を見ていると言ったほうが適切だろう。
香織がハジメではなく十六夜を見ているとは露知らず、雫は親友のハジメに対する恋心か何かだと考えており、ついに気づいたのかと少しばかり感動しそうになっているが、そうではない。
(今日はサンドイッチ作ってきたのに……どうしよっかな………)
当の本人は雫の予想とは全く違った考え事をしていた。
「それではこの問題を……終夜くん、お願いします!」
窓の外を眺める十六夜に、四時間目の社会科担当である畑中愛子が指名する。小さな身長に可愛いというべき容姿に二大女神ほどとは言わないが人気は高い。
「あ、あれ? 聞こえてないのかな? お、おーい、終夜く~ん! この問題を解いてくださ~い!」
再度、十六夜に話しかける愛子先生。心なしか、教壇を降り、近づいている気がする。
「き、聞こえてない…? 私って声もちっちゃいのかな?」
もしかして、身長だけじゃなくて声もちっちゃいから無視されているんじゃ。そんな考えが浮かんで、ミニ教師は一瞬だけ遠い目をした。
「愛ちゃん愛ちゃん。近寄ってみれば?」
「そ、そうですね! 隣で話せば流石に聞こえますよね!」
一人の女子生徒にそう助言され、とことこと十六夜に近づいて机の側に立ち、座っている十六夜に顔色を伺うようにして見ているため、少しばかり上目遣いになる。その光景に近くの生徒が鼻血を流した。
「よ、終夜くん……? その、聞こえてますか?」
「……………………」
「あ、あの? もしかして、寝てる?」
「……………………ん? あぁ、悪い。今気づいたわ」
「え゛っ!!?」
目を開けているので寝ているわけないのだが、寝ているのかと疑った愛子先生はちょんちょんと十六夜の腕を突いてみたところ、漸く反応を貰ったのにそんなことを言われて女性が出しては行けないだろう声を出して驚く。
別に無視していたわけではなく、雨に濡れる景色を眺めていたらいつの間にかぼーっとしていただけだ。変な声を出した先生を置いておき、ちらりと教室全体に視線を走らせる。誰もが愛子先生と自分のことを見ており、何か指名されて話しかけられていたのだろうと予測する。
「んで、何か用か?」
「問題を解いて欲しかったんですけど……もしかして、私の授業は詰まらないですか………?」
ビクビクと心配そうにそう尋ねる愛子先生に、
「ああ、詰まらん」
十六夜はバッサリと言い切った。
予想もしていなかった答えだったのだろう。自分の担当している教室の生徒に、真正面から授業がつまらないと言われた愛子先生は「がーんっ!」なんて声を出しながら崩れ落ちた。
ショックだった。皆に色んなことを教えてあげようと、少しでも面白い授業をしてあげようとした頑張りが、こうも一瞬で無駄になったことに、泣きそうになる。
一番先生に近かった、隣のハジメがあわあわとどうしていいのか分からなくて慌てている。女子への対応すら拙いのに、先生であり歳上の女性にどうすればいいのだ!と混乱中のハジメ。状態異常回復のアイテムが本気で欲しい。
そんな光景を見て、十六夜は少しばかり直球に言い過ぎたかと反省をする。愛子先生の授業がつまらないのではなく、既に知っていることを聞いても面白くないという意味合いなのだが、言葉が足ら無さ過ぎた。
「ヤハハ! 冗談だ冗談。アンタの授業がつまらないわけじゃねえよ。知ってることをもう一度聞いても面白くないだろ? それと同じだ。他の教師に比べりゃ遥かにマシな授業してるから誇りな」
「え、ちょ、な、なんで持ち上げてるんですか!? 先生は子供じゃありません! や、降ろしてー!」
席から立ち上がり、しゃがんで崩れ落ちた愛子先生の脇の下に手を差し込んで子供のように持ち上げ、言葉を足してそう告げる。
愛子本人からしてはたまったものではない。生徒とは言え、初めて男性に抱え上げられて、こんなにも顔が近いなんてことは初めてであり、顔を真赤にしてバタバタと暴れている。スーツを着ているのに本当に子供のようだ。
十六夜は持ち上げたまま教壇に向かい、愛子先生を降ろしてから黒板にかかれている空白へと答えを書き込む。話を聞いていなくても黒板にかかれていることや、開かれている教科書のページから答えを導き出すことは、十六夜にとって造作も無いこと。
「うぅ……正解です」
「おう」
一言だけそう答えてから、愛子の頭をポンポンと撫でて自分の席に戻っていく。それと同時に授業終了を告げるチャイムがスピーカーから流れ出し、教室内に響き渡る。十六夜と愛子のあれこれに時間が取られていたようで、いつの間にか授業終了となっていた。
「で、では、これで授業を終わりますね」
愛子のその一言に途端に教室内がざわざわと騒がしくなる。各々が好きに昼休憩の時間を過ごし始める中、十六夜はポケットの中から十秒でチャージできる便利な簡易食、銀のパックに包まれたゼリーを取り出し、隣の席のハジメも自分の鞄の中から十六夜と同じ十秒チャージを取り出した。
ハジメは普通に蓋を開け、十六夜は器用に親指だけで蓋を回転させて弾き飛ばしてからキャッチする。二人はまるで示し合わせたかのように飲みくちに口をつけて、ジュルルルと中身を十秒もかけずに吸い出し、飲み込んだ。
隣から同じ音が聞こえたのを不思議に思ったハジメがそちらを見てみるが、同じようにゼリーを飲んでいた十六夜を見てこんな偶然があるのだとぼんやりと考える。
いつもなら香織達に絡まれないように教室の外に出てから昼食を取るのだが、2日連続の徹夜がここに来て響いたのか、教室内で昼食を取ってしまった。
ミイラのようにカラカラになった銀パックを机の上に置き、今日何度目かになる十六夜観察に入る。恋する乙女が大好きな男の子を見るわけでもないのに、何度も十六夜を見るというのはそこまで珍しいのだろう。
肘をついて目を瞑っている十六夜を見て、自分も眠かったのだと自覚する。ハジメは机の上で腕を枕に寝ようとした瞬間、こちらに近寄ってくる存在を感知する。
香織だ。教室内に居るハジメを珍しく思ったのか、いつもの朝のように話しかけてくる。
「南雲くん、今日は教室にいるんだね。よかったら一緒にお昼ご飯でも食べない?」
「い、いや、遠慮しておくよ。僕はもう食べたからさ」
そう言ってヒラヒラと銀パックを揺らして見せる。
「え、それだけ!? だめだよ、ちゃんと食べないと! 私のお弁当分けてあげるよ! 今日はサンドイッチだから分けやすいし……」
そこまで言ったところで香織ははっと天啓を受ける。このままの勢いでハジメの隣の席の十六夜を誘えば、ナチュラルに昼食を共に出来るのでは…私ってば天才?
思い立ったが吉日。香織は直ぐ様、ハジメの席を回り込んで十六夜の近くへ。十六夜も目を瞑っているとは言え、香織の声も気配も感じ取っていた。だが、ハジメに話しかけているのだと思って無視していた。雨の日はテンションも低いのだ。
そんなテンションの低い十六夜なんて知らない香織は話しかける。
「いざ……終夜くん、よければ終夜くんも一緒にお昼、どうかな? 南雲くんと同じでそれだけなんて体に悪いよ?」
そう話しかけられて、十六夜はゆっくりと目を開ける。
「――――あ?」
少しばかり低い声音にクラスメイトの数々がこれはヤバイと内心で盛大に焦りだす。香織が十六夜に話しかけただけでも、何してんのこの子!?状態であったのにこの返答。これ以上何も言わないでと願いながらも、誰もがもしもの時のために香織を助けられるようにと覚悟を決めた。
だが、香織は十六夜が機嫌が悪いわけでも怒っているわけでもないとわかっている。不意を突かれて出てしまった声だとわかっていたのだ。
「だから、一緒にお昼食べないって思って…南雲くんも誘ったからどうかな? サンドイッチだから食べやすいよ?」
「あー、昼飯ね、眠いからいいわ」
「またそんなこと言って! 朝と夜はちゃんと食べてるの!?」
「いや、なんでお前にんなこと聞かれないといけねえんだよ……朝は食ってないし、夜は適当に作ってるからいいだろ」
「1日1食じゃない! 体にわるいからちゃんと3食食べないと駄目なんだから!」
「お前は俺の母親か」
きゃんきゃんと十六夜に説教している香織とのらりくらりとそれを躱している十六夜に、誰もがぽかんと口を開けている。
クラスメイト達にとって香織と十六夜が話しているのを見るのは初めてのこと。しかし、驚愕をしながらも、まさかここまで十六夜相手に話すことが出来るなんて流石は女神と訳の分からない結論に至る。
だが、そんなことを思ってもいない人物が一人居る。親友の雫は、香織の出している本音に驚愕を禁じ得ない。雫は香織が割りとどうでもいいことに対しては仮面を付けているのを知っていた。だというのに、ここまで十六夜に対して自分を見せているのを見て信じられない気持ちだった。
自分だって嫌なことに対しては仮面をつけるし、香織だってなんでも受け入れてしまうような聖女という存在ではなく、ただの女子高生だというのは、今までの付き合いからわかっている。
可愛いものを見て可愛いといい、美味しいものを食べて美味しいと笑う。好きなスイーツを見つけて食べてみたいと小さな我儘と欲をいう。課題が面倒くさいと部屋で倒れ込んで呟く。
二人きりで過ごしているときは香織が割りと自分を出していると思っていたし、何かあれば自分がカバーすればいいと思っていた。だが、所詮は他人である。人に対して見せられないものは見せられないので、それは次第に溜まっていくものだ。そこが、雫の気付かなかった部分であり、香織が十六夜の前でつい爆発させてしまった部分だ。
そろそろ面倒だと十六夜が教室を出ようと腰を上げたところで、第三者が話に入り込んでくる。
「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだし、終夜も香織の優しさを振り払ってるみたいだから。せっかくの香織の美味しい手料理をいやいや食べるなんて俺が許さないよ?」
爽やかに笑いながら気障な台詞を吐くのは香織の幼馴染であり絶大な人気を誇る天之河光輝と、その後ろに居るのが坂上龍太郎。この二人は二大女神とよくつるんでおり、四人揃って生徒から人気である。
「え? なんで、光輝くんの許しがいるの?」
何処かでブフッと吹き出す声が聞こえたが、そりゃそうだと十六夜は思う。何故、香織のやりたい事に光輝の許しなんていうものが必要となるのか。
少しばかり面倒なことになりそうだと、安全に椅子から立ち上がった十六夜。そして、とあるものを目にして思わず固まってしまう。
十六夜の視線の先には光輝の足元に出現した、光り輝く魔法陣。円環と幾何学的模様により構成された魔法陣は、悪戯やドッキリで済ませられるようなものではないというのは一目見てわかる完成度だ。おまけに魔法陣から風まで吹き出す始末。思わず香織はスカートを押さえて慌てだす。
この異常事態にはすぐに周りの生徒達も気がついたが、全員が金縛りにあったように魔法陣を注視する。
愛子が何かを叫んだ瞬間、カッとより一層魔法陣が輝いたかと思うと、光が教室を満たす。まるで長い時間光っていたかのように思われた教室だが、それは一瞬の出来事だった。
静まり返った誰も居ない教室。そこにはつい先程まで生徒たちが居たであろう痕跡のみが残っていた。これは後に集団神隠しなのではないかと騒がれる出来事となる。