ありふれた問題児(職業)が世界最強になるそうですよ? 作:きりがる
【オルクス大迷宮】
それは全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つであり、階層が深くなるに連れて出現する魔物は強くなっていくが、逆に言うと浅くなるほど弱いということだ。
そのため、魔物の強さを段階付けし易いという点を活かして、新兵の訓練などに使われているので人気のある迷宮の一つだったりする。
その迷宮で実戦経験を積むために向かった勇者を含む地球組ももれなくそれに含まれている。これからオルクス大迷宮で訓練を行うのだ。
メルド団長と複数人の騎士とともに冒険者たちのための宿場街【ホルアド】に到着し、王国直営の宿屋に泊まることになった。
最低二人で一部屋使われるために、十六夜ももう一人のペアが出来るのだが、それはハジメだ。見知った顔の方がいいとハジメが十六夜を誘ったためこのペアになった。
久しぶりに見る普通の部屋に、ハジメはベッドにダイブして一息つく。十六夜も学ランを脱いで椅子にかけ、ベッドに座り込んだ。
「南雲、借りてきた迷宮の魔物が載っている図鑑はどこだ?」
「あ、それなら僕の鞄に入ってるから取っていいよ」
「あいよ」
十六夜はハジメの鞄の中から図鑑を取り出して読み始めた。
(期待しちゃいなかったが、低層の魔物は弱い……行けたとしても二十階層と団長サマが言っていたから、歯応えの有りそうな敵には出会わないか……つまんねぇなぁ。とは言え、初めて魔物が見えるんだから、そこは楽しませて貰わねえと)
図鑑に書かれている詳細と描かれた絵を見ながら、本物が感じさせてくれる威圧はどんなものなのか、実際の魔物との戦闘はどんなものなのかと考える。
十六夜が図鑑を読みながら様々な体験を予想し、ハジメがうとうととしだした時に、それらを邪魔するように扉をノックする音が響いた。
この世界にとっての深夜帯に来訪者というのは怪しいだろう。ハジメはもしかしたら檜山達かと警戒するが、ここには十六夜も居ることを思い出して力を抜く。
「十六夜くん、起きてるー? 私だけど、今お邪魔してもいいかな?」
安堵のため息を吐いたかと思いきや、意外な来訪者に驚愕し、その来訪者の尋ね人に更に驚愕する。
香織の声に十六夜が図鑑を閉じて、頭を掻きながら扉に向かい、鍵を外して扉を開けた。その先にはネグリジュの上にカーディガンを羽織った香織が佇んでおり、十六夜の姿を見て安心したかのように表情を緩める。
「よう、どうしたんだ? まさか夜這いにでも来たのか? それなら歓迎するぜ」
「夜這ッ!? ち、違うから! ちょっとお話しに来ただけだよ!」
「ヤハハッ、そりゃ残念だ。ま、入れよ。南雲もいるけど構わないよな?」
「え、南雲くんと一緒なんだ」
十六夜に入れと言われた香織は部屋に入り、十六夜の言葉通りにハジメが居るのを見て少しだけ目を見開く。まさか十六夜がハジメとペアになって同じ部屋に居るとは思わなかったのだ。
ネグリジュ姿の香織の姿を見て、思春期男子らしく顔を赤めて視線を逸しながらも小さく会釈をするハジメ。つい、香織も小さく頭を下げて返す。
その間に十六夜が紅茶モドキを3つのカップに入れて戻ってきた。香織は十六夜の寝ていたベッドに座り、十六夜自身は椅子に座る。
十六夜がカップを香織に手渡すと、ありがとうとお礼を言いながら受け取り、ハジメも十六夜から紅茶を貰った。水出しの紅茶モドキのため、美味しいとは言えやしないだろうが、月明かりの照らす小さな部屋の中で始まった、三人だけのお茶会。
まるでお伽噺の不思議の国で行われるお茶会みたい――――とは程遠いお茶会。創作物語の異世界の国のお茶会と言ったほうがしっくりくるのではないだろうか。それもお茶菓子もなければ、綺麗な部屋ではなく騎士たちが使うような宿屋の一室。まるでありふれた物語の風景。
しかし、月明かりに照らされる香織はどこか天使のようであり、神秘的に見える。その姿を見たハジメは見惚れていたが、十六夜は目の保養とばかりにニヤニヤと香織を眺めていた。
「んで、話ってなんだ?」
「うぅん、別に大したことじゃなけどさ、この世界に来てから十六夜くんと二人で話すこともなかったし、なんか、寂しかったから……雫ちゃんも寝たし、メイドさんとかもいないから今がチャンスかなって」
「そう言えばそうか。だけどよ、そんなに話すこともないじゃねえか」
「あるよ! ステータスのこととか、こっちの世界に来てから何してたのかとか! いっぱいあるもん!」
「じゃあ勝手に喋ってろ。適当に相槌だけでも打っておいてやるから」
「いつも通りじゃん!」
更に更に驚愕を重ねるハジメはもはや口と目が開ききったまま動かない。それもそうだろう、まさかこの二人がこんなにも接点があるなんてことは思いもよらなかったし、誰も予想できなかったに違いない。ほぼ毎日話しかけられていたハジメでさえ全く気づきはしなかった。
暫しの硬直の後、小さく息を吐いて顔を戻す。少しの間、眉間を揉みほぐした。
温くなった紅茶モドキを一口飲んで、目の前で繰り広げられている二人の男女の会話に注目する。会話といえども、少女が一方的に話しかけ、少年が相槌を打って投げられた質問に少しばかり返す程度だ。
久しぶりの十六夜との会話に香織も場所は違えど、まるで地球の頃の屋上での昼休みのようだと嬉しくなる。初めての異世界生活にどれだけ困惑したか、魔法という新しいものにちょっとワクワクしたこと、これからの戦闘に不安を抱いていること。
今までは座学とメルド達のよる訓練ばかりであったため、本気の殺し合いも命の削り合いもしたことはない。地球で普通に暮らしていれば当たり前の平和が、ここではありえない。ましてや今の自分達の境遇。平和とは程遠いし、平和を作り出さなければいけない立場。不安は募る。
空になったカップをカチャリと戻して、目の前の存在に不安そうな表情を隠しもせずに顔をうつむかせ気味に、今思っていることを吐露する。
「ねぇ、十六夜くん……明日の戦闘…うぅん、これから私達って大丈夫かな?」
「さあな。だが、危険は伴うだろうよ。ここは異世界、いずれ殺人も経験するだろうし、命を多く奪うことは深く考えなくてもわかるだろ。ましてや戦争を行うんだぜ? それに魔人なんて存在もいやがる。……何が言いたいかわかるか?」
「………………魔人ってことは、人の姿をしてるってこと」
「そういうことだ。根本が違えど、それは人の姿をしている。お前達は人を殺すということだ。だというのに……あの残念糞イケメンサマは軽々と全員を戦争へと参加させ、アイツ自身も他の生徒も殺すということについて何も考えちゃいねえ。あれは人を追い込んで、後は殺せばいいという時に話し合おうとか言い出す馬鹿なタイプだ」
静かに十六夜の言葉を聞いていたハジメは、ああなるほど、と一人納得をする。確かに、言われればそうだろう。あの正義感の強い光輝に無抵抗の人を殺すなんてことは出来そうにもないし、話し合えば平和になるとでも考えていそうな勘違いタイプじゃないかと。
「どうしてこうなっちゃったのかな………」
ポツリと誰に話しかけるまでもなく、零れ落ちたかのような胸の内が口から出ていく。
「知るかよ。エヒトって奴のおかげだろ。ま、俺としちゃ感謝してるがね。こうして全力で遊べる場所を提供され、面白さに溢れた世界に放り込まれた……ハハハッ、これで楽しまなきゃ損ってもんだろ」
「言うと思ったよ、快楽主義者。ふふっ、十六夜くんはどこでも変わらないね。何も変わってない」
「おう、変わらねえさ。打倒魔王を掲げつつ、その道までは存分に楽しませてもらうさ。……………で、南雲にも話すことがあるんだろ? なんだ? 戦いを前に告白でもすんのか?」
「真面目な話ですぅ」
見つめ合っていた二人だが、十六夜のその言葉とさっさと話せと目が言っているので、香織はハジメに向き直る。
「南雲くん」
「……なにかな?」
「明日の迷宮探索だけどね、南雲くんはここに残ってくれないかな?」
「………それは、足手まといだから残ってろってこと?」
「え? あ、ち、違うよ!!」
ハジメが思わず自分の力の弱さ加減を思い返して、そう呟きながら遠い目をするのを見た香織は慌ててそうじゃないと手を振りながら説明する。そのコントじみた光景を見ながらヤハハと笑う一人の快楽主義者。
いくら騎士団がついていて二十階層までは安全だからというのに、まさかそれでも力がないから留守番していろと言われるなんて……と、ハジメは遠い目をして乾いた笑いを見せる。
そのハジメに言い訳紛いに語ったのは夢で見た話である。迷宮でハジメが消えてしまう夢。人間というのは膨大なストーリーで形成された夢だろうと、起きたときにはその大半を忘れてしまうもので、その中でも印象の強い出来事が夢を見たといえるようなもの。悪夢とまでは言わないだろうが、ハジメに語るほどの印象の強い出来事が夢の中で起きたのだろう。
「ちなみに、十六夜くんは笑いながら大きな魔物を殴ってたよ」
「うわなにそれ超ありそう」
「でもね、何故か十六夜くんも消えてしまったの。そこで飛び起きちゃって……十六夜くんには待っててと言っても無駄だよね」
「まあな」
例え何を言われたとしても行くのを止めないだろう。疲れ切った顔でそう告げた香織は、その表情の中に色濃く心配、不安を浮かばせる。
ハジメを見るきっかけとなった優しい強さと、全てを受け入れて尚強い十六夜。互いの強さは別ベクトルであれども、香織が惹かれる何かがあったのだろう。
「簡単に言えば、香織は南雲と俺のことが心配できたと」
「うん……」
「おいおい、良かったな青少年。こんな美少女に心配されるなんて滅多にないぜ? 喜べよ」
「喜んでいいとこなの?」
「さあな。それで、香織の心配事だが、別に気にしなくてもいいんじゃね?」
「え?」
「いざとなりゃ俺がこいつを引っ張ってやるし、俺が死ぬなんてことはねぇよ。明日以降は危険を伴うかもしれねぇが、明日は大した危険はない。さっさと部屋に戻って寝な」
「そっか…じゃあさ、二人共、怪我したらすぐに私のところに来てね? 怪我とかは治すから、そう言った意味では二人を守るよ」
絶対に守る。そう決意した香織の強い意思に二人は頷いておく。その返答に満足したのか、表情を緩めていつものふわりとした微笑みを浮かべる。
「おやすみ、十六夜くん、南雲くん。明日、頑張ろうね!」
「おう、おやすみ」
「うん、おやすみ、白崎さん」
挨拶を残して部屋を出て行く香織。少し離れたところでは、その姿を見ている人物が一人。まるで先程の三人の雰囲気には似つかわない、真逆の感情で睨みつけていたのは誰か…その存在は誰にも気づかれることはなかった。
本来ならば。
その存在を知っている人物が唯一人。十六夜の並外れた空間把握能力は確りと香織を良からぬ視線で見ている存在を感知し、それが誰なのかということも分かっていた。
だが、十六夜はその人物を問い詰めるために部屋を出るといったことはしなかった。十六夜達二人に敵意はあれど、今現在は何か行動を起こすというわけではなかったからだ。
視線が外れたのを確認すると、カップを片付けて寝るためにベッドに倒れ込む。既にハジメもベッドに寝転んでいたが、寝てはいない。ハジメは明日が本当に何もなく終わるのかが心配だった。何もわからない異世界に、小説ではよくあるイレギュラー。それらがこの世界でも起きてしまうのではないかと不安だった。
しかし、次第に睡魔に負けて思考を途切れ途切れに目を閉じ、少し後には寝てしまった。
◇ ◇ ◇
翌日、十六夜たちはオルクス大迷宮に入っていた。十六夜とハジメは最後方をゆっくりと歩いてオルクス大迷宮内を観察していたが、他のクラスメイトはまるでお上りさんのようにキョロキョロと辺りを見渡しながら、メルド団長の後ろをカルガモのヒナのようについて歩いていた。
それも仕方がないと言えば仕方がないだろう。未だゲームか何かのような感覚で居る生徒にとっては、この世界はまるでファンタジー世界。本の中の世界、画面の向こうの世界なのだ。
それを実際に体験しているとなると、気分が上がってしまうのもわからないことではない。だが、緊張感がまるでないというのは、メルド含めた騎士達の心配事の種だ。
その中、最後尾を観察するように歩く二人に騎士達は別の生徒とは違うと感じ始める。詳細不明で正体不明の十六夜に、お荷物にしかならないだろうと思われたハジメ。周りと違うということだけでもポイントになっていた。
そしてラットマンや犬のような魔物を相手にしながら二十階層まで到達する。初めての戦闘に戸惑いや高揚感はあれど、大方何も問題はなく目的地に到着できた。
戦闘においてハジメは騎士に守られながらお零れを倒していく。だが、その倒し方は慎重であるが、騎士たちからしたら見たことない倒し方に目を見張る戦闘方法だ。基本、錬成師と言うのは鍛冶職であり、戦闘に参加することはないため戦闘では無能のイメージが強い。しかし、ハジメは落とし穴や串刺し、足止めと戦闘に役立つ技術を取得し、見事使用していた。本拠初公開である。
だが、そのハジメよりも無能ではないかと思われているのが十六夜だった。騎士団員のおこぼれも全てハジメに譲り渡し、自分はズボンのポケットに手を入れて眺めているといった舐めプ。しかも、装備が装備なのだ。学校から身につけていたスラックスにハジメと同じ黒い半袖シャツ、学ランに丈夫な靴にヘッドホン。何ら代わり映えのない姿。防具も着けていなければ、武器も持っていないといった始末。完全に舐めているとしか見えなかった。
それでも、香織に何も持っていないのは危ないからと詰め寄られ、雫と同じ刀に似た武器を護身用に左腰に差している。抜いたことはない。
小休止に入り、壁に背をつけて休んでいる十六夜の隣で腰掛けたハジメが、ふと前方を見ると香織と目が合った。彼女はハジメを見て微笑んでいるが、それと同時に十六夜のことも見ていた。武器をもたせたとしても、何もしていないから何もわからないのだ。
そんなことは露知らず、横目で見ていた雫が忍び笑いをし、小声で話しかけた。
「香織、なに南雲君と見つめ合ってるのよ? 迷宮の中でラブコメなんて随分余裕じゃない?」
からかうような口調だが、香織はなんとも反応しない。十六夜で慣れているからだろう。そんな香織を意外なものを見るような目で見つめる。
「うん、戦闘職じゃないから心配だもん。それに………」
そう呟いて香織が十六夜を見たため、釣られて雫も見る。ヘッドホンを付け、腕を組んで壁を背に立っている姿を見て雫も思うことはあった。
「ああ、終夜君……彼、今回何もしてないけど、大丈夫なの? ステータスも見せてなかったし、戦闘職じゃないのかしら」
「うーん、何も焦ってないから大丈夫だと思うよ?」
「なら、なんで見てたのよ」
「……十六夜くん、楽しめてないなぁ…って思って」
まあ、前線に出てないから仕方ないかな。なんて苦笑しながらそう言った香織に、今度こそ、初めて見る親友の姿に雫は驚愕する。まるで十六夜をわかっているかのような物言いに、名前呼び。その目は絶対の信頼があり、全てが初めて見る姿だった。
今まで雫は十六夜と香織の接するところを見たことはなかった。ただ、偶に昼になると自分たちの誘いを断って弁当を片手に出ていくことはあったため、それを不思議には思っていた。弁当もいつもより大きくて……雫はてっきりいつも教室を出るハジメのところに行っているのだと思っていたのだ。もしかしたら、それは間違いで、十六夜のところに行っていたのでは……そんなことが思い浮かぶ。
この二人の様子を横目に見ていたハジメは、そのまま十六夜を見つめる。確かに何もしていないが、今日はこのまま何もしないのだろうか。このままでは騎士団員にも生徒たちにも馬鹿にされるというのに。
一行は二十階層を探索する。
既にマッピングは完璧であるため、この階層で迷子になることはない。
この階層にいた魔物はロックマウントという魔物。ロックマウントが咆哮する。“威圧の咆哮”という魔力の篭った咆哮により一時的に動きを封じるものだが、前衛組はそれによって動けなくなる。そのまま突進してくると思われたロックマウントだが、サイドステップにより近くの岩を持ち上げて投擲した。狙いは香織達後方支援組。
避けるスペースが心もとないと迎撃準備を始める香織たちだが、衝撃的な光景に身を固まらせてしまう。
投げられた岩はまさかのロックマウントであり、さながらルパンダイブのように手を広げて香織達にダイブしてきたからだ。
思わず魔法を中断してしまったため、そのままロックマウントがダイブすると思いきや……突如、後方から赤熱化した弾丸が放たれ、ロックマウントの頭から入って体を粉砕し、爆散させた。
ズガァンッ!ととてつもない音が辺りに響き渡り、衝撃が全員を襲って、迷宮内を微かに揺らす。振動により天井からパラパラと小石が降り注ぐ。
誰もがその光景に、その魔法よりも遥かに高い威力に呆然とする。誰がこんなことをしたのか、行える人物はいなかったはず……しかし、行ったのはこの場にいる者で、誰もが予想していない人物、その正体は十六夜だ。
地面に落ちていた小石を掴み取り、何気ない動作で投げた小石はそのフォームからは信じられない速度と威力を見せつけた。手加減されていたため第一宇宙速度で放たれた小石は対戦車ライフルを優に超える威力でロックマウントを粉砕し、迷宮の壁に小さなクレーターを作り上げた。
人間が喰らえば本当の意味で爆発四散するだろう。
いきなりのことに誰もが戸惑い、ざわめくが、
「落ち着け! 敵ではない! 次のロックマウントが来るぞ、対応しろ!」
メルドの一喝に落ち着きを取り戻す。生徒たちは落ち着いたが、メルドと騎士団員は警戒を跳ね上げた。咄嗟に後方を見るが、勿論そこには魔物などいなければ最高峰の十六夜とハジメ以外いない。
ハジメも何があったのかわからないようで呆けているし、十六夜はポケットに手を突っ込んでハジメよりも後ろで立っているだけ。
ならば先程のことは何だったのかと警戒するが、いつまでも後方を向いていて他の生徒を見放すのは不味いと思い、前方に向き直る。
どうやら誰にもバレなかったようだ。
………と思えば、光輝がロックマウントに大技を放っている中、香織だけが十六夜のことを見ていた。確証めいたことはなかったが、何故か十六夜がしたのではないかと思って見つめていると、その視線に気づいた十六夜が、イタズラに成功したかのような笑みを見せながら、小石を放ってキャッチした。
まさかあんな小石でロックマウントを倒したと思わなかったが、それでも助けられたことに純粋に感謝し、嬉しく思う。
あとでしっかりとお礼を言おうと決めて、皆の方に向き直る時、香織は崩れた壁から生えていた鉱物を見つける。
「…………あれ、何かな? キラキラしてる……」
香織の視線の先、声に反応した者達が一斉にそちらを見る。そこにあるものに、女子はうっとりとし、メルドは感嘆するように声を上げる。
「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい。貴族に人気の鉱石であり、求婚の際に選ばれることも多いぞ」
「素敵……」
頬を染めて更にうっとりとグランツ鉱石を見つめる香織は、誰にも気づかれない程度にチラリと後方にいた人物に視線を向ける。もっとも、雫ともう一人だけは気づいていたが………尚、視線を向けられた人物は別の鉱石を見ていた模様。
「だったら俺らで回収しようぜ!」
そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。美味しい話には裏があるというのに、なにも確認をせずに崩れた壁をヒョイヒョイと登っていく。
咄嗟にメルドが止めようと声を上げるが、檜山は聞こえていないかのように無視し、そのグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。
鉱石を使用しておびき寄せることで発動するトラップ。ダンジョンの中に置かれている宝箱と同じ様なものだ。
光が満ち、まるでこの世界に転移したときと同じように転移させるもの故に、人が意思を持って転移させようとしたものではないので害意はない。
もれなく十六夜も巻き込まれ、同時に別の場所に転移されるが十六夜は脚から着地する。
十六夜たちが転移したのは石造りの橋の上だった。
「総員、あの階段まで走れ! 撤退しろ! 急げ!」
メルドの叫びに全員が立ち上がるが、次の瞬間、一メートル程の魔法陣が夥しく展開され、さらに十メートルはあろうかという魔法陣が出現する。夥しい数の魔法陣から排出されたのはトラウムソルジャーという骨だけで出来た体と武器を携えた魔物だ。
そして、一際大きな魔法陣から魔物が出てくる。まるでトリケラトプスのような体に巨大な角。その角からは炎が吹き出しており、爪と牙を打ち鳴らしながら佇む一線を画した姿は、どこまでいっても魔物のようで……
「まさか……ベヒモス……なのか……」
メルドの呟きを聞いた一人の人物、十六夜はその姿と威圧感に身を震わせる。
まるで待ち望んでいたかのような強敵と、テンプレじみているが転移なんていうトラップといった最高のシチュエーション。その先には数多くの魔物に騎士団長すら恐れ慄く強大で強靭な魔物。
地球ではあり得なかった光景。初めて感じる巨大な威圧感。待ち望んでいた…心躍るかのような光景。
自然と口角が釣り上がり、目が鋭くなると同時に、抑えきれない興奮が身を震わせる。後ろから見ればこの絶望的な状況に身を震わせているようにみえるだろう。だが、正面から見れば……その獰猛さに腰を抜かすに違いない。
その時、ベヒモスが大きく息を吸い込み、開戦の合図だとでも言うように凄まじい咆哮を上げた。
「グルァァァァァァアアアアアアアッッ!!!!」
誰もが恐怖に身を固める。咆哮一つで全身の気力を削ぎ落とされるかのような感覚が襲い掛かってくる。そして、脱出口には百を優に超える魔物の数々。
誰もが絶望と最悪の結末を思い浮かべる中、かかってこいとでも言うかのような魔物の咆哮と、最強最悪で快楽主義者の問題児が獰猛な笑みを浮かべる。
「あァ……最高に面白くなりそうじゃねえかッ…!!」
ついに待ち望んだ状況――化け物と問題児が今ここに邂逅したのだった。
今回はここまで。
いつまでもあの説明を残しておくものでもないし、消しておきました。以降、もうどのように捉えてもらっても構いません。