ありふれた問題児(職業)が世界最強になるそうですよ? 作:きりがる
今回は落ちたところだけなのでそこまで面白くはないかもしれません。
石造りの橋が崩壊し、ともに奈落へと落ちていくこと数分。十六夜は落ち続けるこの状況に身を任せるようにし、欠伸を一つ出す。
地面までの距離は大凡予想がついている。
(そろそろか……)
ポケットから石を取り出し、体を撚るようにして前面を下に向けて投石する。たとえ第三宇宙速度で放たれているとは言え、力加減ぐらい出来る。人間からしたら凄まじい速さだが、十六夜からすればゆっくりとした速度で石は遥か下にあるであろう地面に穴を穿ち、轟音を鳴らす。
投げてから音を立てるまでの時間で大凡の距離を頭のなかで導き出した。
(あと十数秒程度ってとこかね)
足を下にする。秒を数え、地面が迫ってきた気配を感じ取りながら足趾がついた瞬間、衝撃を吸収及び発散させながら着地した。
石が落ちたときとは比べ物にならないほどの轟音と衝撃が辺りを襲う。地面に巨大なクレーターを形成しながらも、傷一つなく着地に成功した十六夜はゆっくりと立ち上がってあたりを見渡した。
辺りは緑光石が発光しているおかげで何も見えないわけじゃなく、十六夜の視力を持ってすれば何も問題はなかった。
十六夜のいる場所は縦横二十メートルはある自然の洞窟であり、通路自体は複雑にうねっている。
とはいえ、ここもまだ迷宮内だということは確かなのだろう。
「さてと……ここは何処なのか。ん? このまま行けば自然な形で王宮を抜け出したことになるから、好きに旅ができるってことか?」
どこかはわからないとは言え、数分も落ちるほど深ければ捜索は不可能だろう。そして、底の見えない奈落へと落ちたのだから生存は絶望的と考えるのが普通。
思わぬことで一人になれたことに少しばかり気分を良くする。まずはこの状況を楽しみ、走破した後に好き勝手しようじゃないか、と十六夜はその顔に笑みを浮かべる。
普通なら死んでいなかったとしてもこの状況でここまで気楽に考えることは出来ないに違いない。だが、それを出来るだけの力と自信が十六夜にはある。
この世界は面白い。それだけでここに居る価値がある。どこに何が転がっているのかわからないのがこの世界だ。まだ見ぬナニカをこの目で見て、体験する事が可能であると言うならば、絶望することなぞありはしない。
クレーターを登り、この洞窟内の探索を開始する。
地面は自然にできた道のため歩き難くはあるが、洞窟の幅が広い方へと歩みを進める。
そうやってどれくらい歩いただろうか。
十六夜が未だに魔物と遭遇することもなく、そろそろ飽きてきたところで遠くから何かが壊れるような音が聞こえてくる。とは言え、その程度では魔物が他の魔物と戦っているのだろうと思った十六夜は、何ら変わらない歩みで進もうとした時、
「――あがぁぁぁああああ!!!」
洞窟に絶叫が木霊した。
その絶叫は十六夜のいる場所から遠かったため、微かに聞こえる程度なのだが十六夜には十分にはっきりと聞こえており、その声がハジメの声だとわかった。
「生きてたのかッ」
それだけ呟くと前傾姿勢になり、足元を砕きながら加速する。第三宇宙速度でうねり狂った洞窟内をどこにも打つかることなく、横を通った魔物にすら気づかれることはなく声の元…ハジメの元まで走り抜ける。
足を滑らせながら停止した先には、ハジメの姿はなかった。しかし、地面には多量の血が付着しており、その場にいたのは一匹の熊。
「グルゥアアアアアッ!!!」
その熊は通常サイズの熊とは違い、一回りは巨大であった。ベヒモスよりも遥かに小さいが、それでも身に纏う気配はベヒモス並みに濃いものであり、その熊の魔物が一筋縄ではいかない存在だと一目見てわかる。
その熊の魔物は執拗に壁を攻撃しており、その爪からは斬撃が飛ぶ。
「おお! 爪を振れば斬撃が飛ぶとかなにそれかっけえ! 流石奈落の底ってとこか? 魔物はベヒモス並かそれ以上に強そうじゃねえか」
十六夜が獰猛に嗤う。その気配に熊が気づくが、その前に十六夜がすでに飛び出していた。
跳躍し空中で一回転してから右腕を振りかぶる。
「俺も混ぜろやゴラァァァァァァァァッ!!!」
遠慮なしに振りかぶられた拳は熊の前方に辺り、橋のときとは比べ物にならないほどの衝撃が生み出される。その一撃に地面どころか壁すらも砕け散り、夥しい数の亀裂が地面と壁に歪な模様を作り上げた。
「ゴアァァァアアアッ!!」
「おせぇ!」
ズンッと十六夜の拳が熊の胴体に突き刺さる。吹き飛んだ熊はその一撃に死んだかと思われたが、洞窟の奥から左右三本、計六本の斬撃が十六夜がけて飛翔する。
それに対して十六夜は右腕を横薙ぎに振るう。たったそれだけでその斬撃は砕け散った。
「なるほど、風の爪って訳だ。つまり、お前は風を操って爪に乗せ、斬撃として飛ばしてんだな? ヘッ、いい技持ってやがるぜ」
風の爪を飛ばして攻撃するなんてロマンだなと呟きながら、足元の拳大の石を掴み上げ、熊がいるだろう場所へ投げつける。瞬間、爆発したかのような轟音がなり、洞窟が揺れる。もし、当たっていればあの熊であろうと瀕死の重傷は免れない。高確率で体に拳大の風穴を空けて死ぬことになる。
少しばかり、動きを止めて気配を探る。
「………………………。逃げたか」
所詮は獣。故に本能で敵わないとわかった熊は一撃の負傷もあり、逃げることを選択した。遠ざかる気配に十六夜は追うことはなく、その熊を見逃した。
歯応えの有りそうな敵にもう少しばかり戦っていたかったと思うが、それよりもまずはハジメのことだ。いくら快楽主義者だからといって知り合いが死にそうになっているのをどうでもいいというほど腐ってはいない。逆に本当の仲間は大切にするタイプだ。
まだ知り合い程度だがそれでも一つの部屋で過ごし、こっちに来てからほぼ毎日一緒にいたのだから気にかけるくらいはする。
「さて、喰われちまったわけじゃないだろうが……あそこか」
熊が執拗に攻撃していた壁、十六夜の一撃の余波で崩れてしまったため穴は塞がってしまったが、おそらくこの先に錬成によって穴を作って逃げ込んだのではないかと推測する。
その予想は当たっており、熊に襲われたハジメは命からがら錬成によって奥に逃げ込んだのだった。
崩れてしまった壁を軽く蹴る。つま先が当たったところから瓦礫は粉々になりガラガラと地面を転がっていき、岩壁は人工的に作られた穴を晒す。穴が見えると同時に奥からは血の匂いが漂ってくる。やはり負傷しているのだろう。
その小さな穴はしゃがむのではなく、匍匐前進でやっと進める程度の広さであり、十六夜は躊躇うことなくその穴を進んでいった。穴を拡張しても良かったが、その広がった穴から小型の魔物が侵入して来ないとは限らない。
地面に付着した血液を見ながら、相当量出血しているとわかる。
もし、逃げ切っていたとしても腹を割かれたりしていたら生存は困難だろう。
少し進んだところから横幅が五十センチ程度しかなかったのが、頭を持ち上げても余裕ができるほどの広さになり、地面が何かの水で少しばかり濡れ始めてきた。
やがて、穴から数十メートル程の場所に、影が見える。一際大きなポケットが形成されているが、精々人が一人座り込めばあまりの空間はほんの少しと言った程度。その影は青白い光に照らされており、体育座りで左腕を抑えて唸り続けている。
やっと見つけたとばかりに進む速度を速めて体を起き上がらせることの出来る空間に出る。
ぴちゃりと十六夜が膝をついたことで地面の水が鳴る。その音にハジメは魔物、あの兎の魔物がやってきたのかと大きく身を震わせ、自分に迫る死を受け入れ始める。そんなハジメを見て、十六夜は出来るだけ安心のできるような声音で、しかしいつものように話しかけた。
「おい、南雲。死んじゃいねえだろうな?」
「ぇ……?」
十六夜の声にハジメが頭を上げる。そして、青白い光に照らされた空間に十六夜が居るのを確認して、吐息のような小さな声を出す。
「よ、終夜…君…?」
「おう、終夜十六夜様だぜ。左腕無くして……イメチェンか? 似合ってねえぞ」
ハジメはそのいつもの様に変わらない態度でケラケラと笑っている十六夜を見て、思わず飛びついて上腕しかない腕も使って抱きつく。ハジメはこのまま一人、孤独に死んでいくのかと思った。
圧倒的強者である熊の、捕食者の目を向けられ、そして実際に自分の腕を喰われるのを目の当たりにし、ハジメの心は砕けてしまっていた。誰にも届かないと思った助けの声、誰の声も聞こえない精神を削る小さな空間。
だが、それも今は違う。安心できる力強い声もあり、自分を認識してくれる存在がいて、他人の暖かさを感じることができる。背中を撫でられる手と聞こえてくる心音に、声を上げながら泣いている状態でも安心感は伝わってくる。ハジメは十六夜の存在に本当に救われたのだ。
心が砕けた状態で痛みもあり、絶望的状況の閉鎖空間というのは想像以上に恐怖だ。
涙が枯れるのではないかというくらい泣き、次第に落ち着いてきたのかゆっくりと離れる。
「落ち着いたか?」
「うん……ありがとう。ここにいてくれて、本当にありがとう」
「あいよ。んで、その腕はあの熊公にでも喰われちまったか?」
「熊……」
その一言に自分の左腕を確認し、あの恐怖を再確認して震えだした。咄嗟に十六夜は撫でて気をそらす。
「余計なこと言って悪かったな。出来る限りでいいから状況を説明してくれないか?」
「えっと……落ちてからは下が水だったから生き延びたんだよ。それから歩いてたんだけど…兎の魔物に殺されるかと思ったら、いきなり止まって…そしたら…熊が来て、僕の左腕を…………そ、それから錬成で逃げて…気づいたらこの水のお陰で生き延びてた」
「ほぅ…この水はなんなんだ?」
「さぁ…でも飲んだら体の痛みと怪我も治るし、魔力も回復するっぽいよ? 左腕の断端も塞がったし。でも、左腕の痛みは治らなくってさ…」
「幻肢痛か…」
幻肢痛は実際の疼痛ではないため、痛み止めや麻酔は効かない。ミラーセラピーなどにより実際にあるかのように思わせることで緩和は可能だが…鏡のない現在では難しい。
幻肢痛は切断直後から出現する人も少なくはないため、ハジメもその部類に含まれるのだろう。この症状は時間の経過により消失していくが、それは個人差がある。短期間で消失する人もいれば、十年以上続く人もいるのだ。
試しに十六夜もハジメの飲んだ水、【神水】を口に含んでみた。喉を通り、体内に入り込んだと同時に体から疲労感が消え去った。
「へぇ…これは凄いな。南雲、この水を無駄にしないように何か容器でも錬成して蓄えておけ。絶対に今後役に立つ」
「容器はまだ作れないんだけど……」
「なら練習すればいい。幸いにもここには魔力を瞬時に回復してくれる水があるんだぜ? 魔力が切れたら回復して練習。それにな、今のうちに練習しておけばこの水と同じように今後役に立つと思うんだが? 武器も鉱石から作れるようになるだろうよ」
「それもそうか…終夜君が言うんだし、そうするよ」
「おう、そうしておけ。それと、俺のことは十六夜でいいぞ」
「なら、僕のこともハジメでいいよ、十六夜!」
「はいよ、ハジメ」
それからハジメは錬成の練度を上げるためにひたすら練習を始める。十六夜が少し動くだけで、まるで飼い主に見捨てられた子犬のように反応するので、十六夜は立てた片膝に両腕を置き、その上に顎を置いて眺めることとした。
最初は罅を作って割ってばかりであったが、次第に形ができるようになり、中をくり抜き、壺のような形まで完成させることを可能とした。半日ばかり時間を使用したが、魔力は神水を飲めばどうとでもなるが、空腹ばかりはどうにもならない。ただ、空腹でも神水を飲めば生きていくことは可能だ。それでも飢餓感は隠しきれない。
「出来た……」
「お疲れさん。その中に貯めておけ。もう要領はつかめたろ? 今後もそれを作っていけばいい」
「そうだね……今後?」
「ああ、これからのことを考えてたんだが…この迷宮、攻略難易度はルナティック位あるのはわかるか?」
「うん…ベヒモスレベルの魔物がうじゃうじゃいるから」
「そういうこった。俺達は橋から落ちてきたし、構造からして恐らく下に進むタイプの迷宮であり、魔法陣か何かで転移するようになっているんじゃないかと考えたわけだが……ここを上層とすると恐らく百階層まであるだろうな」
「つまり、皆が攻略してたのは表の迷宮? ここが到達地点じゃないだろうし、本当の迷宮はこっちってパターン?」
「可能性は高いと思うぜ。問題なのは食料だ。この迷宮にあるかどうかもわからん…俺は大丈夫だが、ハジメがなぁ……」
「……もしかして、十六夜が探しに行く…の…?」
「もしくは、俺がこの迷宮を走破して、道がわかったら戻ってきてからハジメを抱えてゴールまで走り抜ける。だが、それがどれくらいかかるのかわからない。数日か、一週間か…月まではかけないつもりだ。あぁ、途中で食料になりそうなものがれば戻るって手もある」
十六夜であれば次の階層までの探すのも、その速度で走り回れば容易だろう。そして、魔物も片手間に潰すことが可能だ。ただ、下層になるに連れて難易度が上がるのは確実で、十六夜自身、自分の力がどこまで通じるのかは未知数だ。
しかし、その提案に身を震わせるものが一人。
「ぼ、僕もついていくのは……」
「……足手まといとまでは言わないが、俺がより最速で効率的に動くのであれば、守りながらよりも1人のほうが良い。ここの入り口は塞いでおくから、待っててくれ」
「そ、そんな! い、嫌だよ! 折角十六夜に逢えたのに! もう一人じゃないのに! み、見捨てないで…なんでもするから! れ、錬成も上手になるから!」
「見捨てるわけじゃねぇから落ち着けや。俺達が助かるにはそれしかないって話だ。必ず会いに来る…だから少しの我慢だ」
「うぅ……」
絶望から救い出し、自身を見てくれる十六夜への信頼感…といえば、言い方はいいかもしれない。依存を思わせるその尋常じゃない態度で縋り付くハジメに、思わず慰めることを優先する。
寝れば居なくなってしまうんじゃないかと思ったハジメは、十六夜の腕に抱きつきながらもずっと浮かんでくる負の感情と葛藤していた。理性が合理的な手段を考え、感情が一人になりたくない、離れたくないと叫んでいる。小説とかを読んで絶望的な状況に、登場人物は過剰になりすぎじゃないかと笑い、だがこれがいいと思っていた。しかし、自分がその場面に出逢えばどうだ。こんなにも怖くて、正常な思考が出来なくて、縋り付きたくて……人間は脆い。そう思わせるには十分だった。
あぁ、なるほど、人間は1人では生きれないというのはこういうことか。そんなことを思ってしまう。
3日要した。3日間、考え続けて、答えを出す。
十六夜もこの状況でどうなるかは分かっていたので、3日も離れないハジメに何も言いはしなかった。不安になるようなことを言えば、今度こそハジメは壊れきってしまうから。
「いざよい……まってるから……」
「……答えが出たか?」
「うん…ここで待ってる……でも、我慢できなくなったら追いかけるからね?」
「………………………。錬成を戦えるまでに鍛え上げれば、或いはな。まぁ、オートメイルでも作って鋼の錬金術師とか名乗れば、ちったァそれなりに見えてくるんじゃねえの?」
見上げたハジメの目に光が宿っていないのを、これは不味いなと思いながらも通常通りに笑いながら話しかける。そして、自分の言っていることが嘘ではないことを思わせるため、ヘッドホンを外してハジメの首にかける。
それをハジメは不思議そうに見ていた。
「これは…」
「これをお前に預けておく。ヘッドホンを取りに帰ってくるし、若しくは返しに来いよ。いくら寛容で寛大な器の持ち主の十六夜さんも、壊したりしたら許さないぜ?」
ケラケラと笑いながら、そう告げる。別に特別なものでもないが、今はこう言っておくほうがいいと思ったのだ。そして、「もう一つ」と言いながら腰に差さっていた刀に似た剣をハジメに渡した。迷宮で持っていたはいいが、存在すら忘れて先程思い出したものである。様々な武器が使えるとはいえ、無手を得意とする十六夜よりもハジメが持っていたほうがいいと思ったのだ。
その台詞にハジメも剣とヘッドホンをそっと握りながら微笑む。
「うん、必ず……いってらっしゃい」
「……行ってくる。おみやげに期待してろよ」
最後にコップ一杯分の神水を飲んでから、十六夜はハジメに背を向けて穴を出る。それを見送るハジメは決意する。必ず錬成をものにして十六夜の隣に立ち、役に立ってみせると。
十六夜の迷宮攻略と、ハジメの長い孤独な時間が再び始まる。
ん? 今、なんでもって……。
正直、剣のことをすっかり忘れてたので、ハジメに渡しておきました。彼ならいいものを作ってくれるに違いないという期待をしておこう。
最近、伸びが良くないようなので…催促するみたいで私は余り言いませんけど、
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P.S. 感想で色々ありましたが……正直な話、今ならハジメのTS、間に合うんだわ……。自分的にもありなのでいいけど……。
どうするか迷いどころですねぇ……。