ありふれた問題児(職業)が世界最強になるそうですよ?   作:きりがる

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お久しぶりでさァ。
今回はみんな大好きあの子が登場。そしてまさかの一万超え…なので、駄文だと思われます。
さあ、これからどこまで十六夜色に染まるだろうか。


第06話 ありふれた問題児のお月様

 

 

 十六夜の攻略が始まる。

 小さな洞窟から出た十六夜は既に落ちてきた階層の下への階段は見つけていた。途中、あの熊を見かけたが、警戒するだけで襲いかかってこようとはしなかったために無視することにした。

 

「ここか…複雑な道じゃなけりゃ直ぐなんだがな」

 

 そして躊躇いなく、下層へと続く道へと踏み入れた。

 その階層はとにかく暗かった。

 

 今までは緑光石により多少なりとも光源が確保されていたが、ここには一切そういったものがない。そのため、目が暗闇に慣れるなんてことはなく、一歩先もわからない状態であった。

 

 仕方なしに十六夜はポケットに入れてきた緑光石を一つ取り出し、軽く前方へと放り投げる。その軌跡上に映り込んだもの全てを頭に記憶し、道を叩き込む。数度、それを繰り返して把握したところで歩みを進めた。

 

 暫く投げたことにより転がっていた緑光石の場所まで歩いては拾うのを繰り返していると、通路の奥で何かがキラリと光る。それと同時に十六夜は嫌な予感を感じ取り、咄嗟に腕を横薙ぎに振るう。その一振りは物体を殴った感触はないが、魔法を砕くのと同じような何か不可視な能力を砕く感覚があった。

 

 また、二メートル程先に転がっている緑光石がビキビキと音を立てて色を変えつつ光を失っていき、最後にはばきりと砕けてしまった。

 

「石化させる技能持ちの魔物か…俺は問題ねぇが、一張羅が石になるのは勘弁だな」

 

 場所は既にわかった。そうと決まれば十六夜の取った行動は早く、ポケットの中から石を取り出して投石する。

 

「クア!?」

 

 ズンッと重い音が鳴り響き、壁が砕けるとともに、甲高い魔物の悲鳴が聞こえた。

 十六夜の投げた石は見事に石化の技能を持っている、二メートルはあろうかという灰色の蜥蜴の胴体を食いちぎり、真っ二つにした。

 

 この闇の中で魔物と戦うならば、閃光弾のように強烈な光を発する道具を使用すれば、暗闇に適応した魔物の視力は焼かれることになるだろう。その隙きに倒すという手筈でもいいが、十六夜は一瞬だけ空間と敵を確認できたため、確認してから刹那の時間で投石して敵を逃がす暇さえ与えなかったために殺れたのだろう。

 

 そうして、十六夜の迷宮攻略は脅威の速度で進んでいく。僅か4日足らずで迷宮の半分、五十階層まで到達していた。途中、虫やカエルなどが出現する階層もあったが、流石の十六夜でもモスラのような虫を素手で触るのは躊躇ってしまい、投石と己が脚に物を言わせて五分で離脱。今までで最速のタイムで次の階層に繰り出すほどだった。十六夜は後に語る。あの時、ハジメのドンナーがあれば楽だった、と。

 

 麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾や毒を吐き出す虹色の蛙は状態異常系の攻撃であり、神水がなければ攻略は不可能と言ってもいいほどだったが、十六夜にそれらは全く効かず………とはいえ、最速でクリアしたので何かやられていると感じ取る暇もなかった。

 

 だが、そうも行かない階層があった。そこは地下迷宮であるはずなのに密林のようであった。地上では感じたことないほどの蒸し暑く鬱蒼としていた肌が不快になるような場所。

 

 そこは巨大なムカデが大量に存在しており、唯でさえ多いのに節ごとに分裂して襲い掛かってくる光景はもはや悪夢。

 地面びっしりと埋め尽くされるかのような多さに、十六夜は覚悟を決めた。蛾よりマシだと思うことにしたのだ。

 

 ムカデを叩く不快な感触、全身に浴びる汚らしい体液、減らないムカデ。脚と手をフルに使って対応したことにより、戦闘技術は飛躍的に向上し、知識で持っていた截拳道をものにする。ただ、それは副産物のようなものであり、十六夜独自の完成されたとまでは言わないが、そこそこ確立されている戦闘スタイルは、その桁外れの身体能力と合わされば対人戦で敵う者は居ないのではないだろうか。

 

 怪我の功名といえよう。

 ただ、トレントモドキの投げつけてくる赤い果物に十六夜は救われた気持ちだった。甘く瑞々しいその赤い果実は、例えるならスイカであり、約一週間ぶりの食事に全力で食べまくった。勿論、ハジメに持って帰る分もあるので狩り尽くしてはいない。

 

 そうして気づけば五十階層であり、短時間で到達したのだ。

 

「ようやく半分か…この五十階層は他とは違うな。折り返し地点とでも言うべき場所だから、中ボスでも居るのか? ハッ、それはそれで楽しそうじゃねえか」

 

 ニヤリと口元を歪めて、脱いでいた学ランを肩に、どの階層とも違う不気味な空間へと進む。

 開けた場所には装飾のされた荘厳な両開きの扉があり、その両隣には一対の巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座している。

 

 この空間に足を踏み入れた瞬間、十六夜は今までとは違う変化を感じ取る。全身を駆け巡るような悪寒は、しかし、十六夜にとってはただのスパイスにしかならない。

 無視して次の階層に行くことも全然可能なのだが、快楽主義者にこの面白そうなものを見逃すという選択肢は有りはしない。

 

 見事な装飾の施された扉の前まで歩み寄る。だが、その扉には2つの窪みがある魔法陣が掘られていた。

 

「あ? 見たことねぇな……人間の扱うものとは違う次元なのか、相当古いのかだが……」

 

 王宮の図書館でハジメと共に相当量の本を読み漁っていたため、魔法陣を見て何もわからないということはないのだが、十六夜が今見ている魔法陣は一つも解読出来るものがない。人間とは別の種族が作り出した魔法陣という可能性もある。だが、この人為的なものに何の意図があるというのだろうか。

 

 その不可思議に興味が湧く。自分の知らない未知に対する興味が、自然と腕を伸ばして魔法陣に触れようとし、指先が接触した瞬間に弾かれるようにして魔法陣が放電し始める。傷はないが放電の威力はそこそこであり、普通であれば怪我は免れないだろう。

 

 魔法陣が起動した直後、異変が起きた。

 オォォオオオオオオオッ!!

 突然の野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。

 その正体は扉の両隣に埋まっていた巨人の彫刻。2つの巨人の彫刻が動き出し、壁をバラバラと砕きつつ現れたが、その姿は本やゲームで見慣れたサイクロプスのそれ。

 

 十六夜は見慣れたその姿とベタな展開に笑みを浮かべて興奮する。

 

「おお! やっとファンタジーっぽい魔物が出てきやがった! それでこそファンタジーってもんだろ!」

 

 壁から出てきた2体のサイクロプスはポーズを決める。その姿に学ランを脇に投げて十六夜が叫びながら拳を握った。

 

 戦闘の合図はなかった。ただ、両者ともに一歩を踏み出して振りかぶった拳を相手に向けて叩きつける。

 

 ゴシャァッ!

 

 下から繰り出される十六夜の小さな拳と叩き潰すかのように上から振り下ろされたサイクロプスの巨大な拳。接触。しかし、拮抗するなんてことはなかった。

 肉を潰すかのような音と、共に打つかりあった片方の腕がミンチになるとともに、肩から引きちぎれ、ベシャリと血肉が天井にへばり付く。数瞬後、ドチャッと落ちてきた肉の塊と、天井からは血が滴り落ちる。

 

 突如、感覚のなくなった腕を見る。それは勿論、サイクロプスであった。

 

「ドラァ!」

 

 跳躍とともに殴ったものを直すかのような掛け声とともに繰り出された二発目の拳は、的確に顎を下から捉える。

 そして、拳がクリーンヒットした顎は当たり前のように砕かれ、頭部はその首という台座からすっぽ抜けて天井に穴を開ける。左腕のように頭部も肉体と離れ離れになり、まるで投石された石のように壁の一部となっただけだ。

 

 パラパラと天井から石と土埃が降り注ぎ、同じように潰れ果てた頭部から零れ落ちてくる脳漿と血液、髄液が地面を汚す。頭部と左腕を消失した緑色の巨体は、ぐらりと傾いて倒れ伏した。

 

 それを呆然と見ていたのがサイクロプスの片割れだ。 

 それもそうだろう。力自慢の自分達が、まさか小さな存在の力に負け、部位欠損までして死んでしまうという事態に陥れば、その現実は受け入れ難い。

 

「こんなもんか…」

 

 殴った手を握ったり開いたりして、サイクロプスから伝わった力を確認する十六夜。最後に一度だけ握ってだらんと腕を垂らし、

 

「シッ!」

 

 突如、もう一体のサイクロプスの腹部が丸々消失した。そして、少し離れた壁からパァン!と何かが弾けるような音がするとともに、サイクロプスは何があったのか分からないまま絶命してしまったのだった。

 

 十六夜が右足を降ろして左足の隣に戻す。

 そう、十六夜がサイクロプスの腹部を蹴ったのだ。腕をおろした瞬間にサイクロプスの知覚を上回る速度で蹴撃を放ち、腹部は壁に叩きつけられたため壁から音がなった。

 

 あまりの速度に十六夜の右足には血すらついておらず、サイクロプスの後方の壁に横一文字、斬撃線が作り出されていた。

 

「ついでにあれでも試してみっか」

 

 サイクロプスの死体に近づいた十六夜が徐に手刀を作り上げた腕を軽く振りかぶり、腰を最大限に使用した手刀を繰り出した。十六夜が試してみたかったことは自身の速度で手刀を繰り出せばそれは斬撃になるのではないかということだ。

 

 刀を持たずして対象を斬る。まるで宮本武蔵にでもなろうとしているかのようだが、十六夜の斬撃は地面までもバターか豆腐のように斬る。どこかで美食家として活動していたんじゃないかと思わせる手刀だった。

 

 瞬きの間に数度手刀を振れば、サイクロプスの胸は切り刻まれて、綺麗に魔石だけが取り除かれた。

 

「これが鍵か」

 

 2つとも取り出した十六夜は魔法陣の窪みに嵌め込む。すると、魔石は赤黒い魔力を放って魔法陣を起動させる。やがて、何かが割れるかのような音が鳴り響くとともに光が収まり、周囲の壁が発行し始めたではないか。

 

 魔力により光っているのか、それでも久方振りの光に十六夜は眩しそうに目を細める。

 

 開くことが可能となった扉を無造作に開けて中に入る。中は幾本もの石柱が規則正しく奥へと並び立っており、部屋の中央には立方体の石が置かれていた。

 

 取り敢えず、光源を確保したいから扉でも固定しておくか、とサイクロプスの死体で扉を固定しようとした十六夜の耳に、聞こえるはずのないものが聞こえてくる。

 

「………だれ?」

 

 掠れた、弱々しい女の子の声だ。咄嗟に声のした方を凝視すると、そこには一人の少女が立方体の石に埋まっていた。随分と窶れているが、その美しさは失われておらず、絶世の美少女と言えるほどに整った容姿をしている。

 

(……この迷宮の更に五十階層に封印されている少女か…怪しすぎるな。んで、暗くてわかりにくいが裸ってことは、男として見なきゃどうよ? いや、待てよ? 敢えてのアイツの寝室ってパターンもワンチャンあるか?)

 

 ねぇよ。

 

 ……何処かからそんな声が聞こえてくる。きっと、読者や作者の…所謂、神の声なのだろう。断じてエヒト様とかいう存在ではない。

 

「すまん、間違えたわ。ゆっくり寝てくれ」

 

 扉の片方を蹴り閉める。もう片方は把持したまま出る時に閉めようとして……。

 その光景に少女が慌てたように引き止める。もっとも、その声はもう何年も出していなかったために掠れ掠れで、微かにしか聞こえてこないため何を言っているのか聞き取りづらいが、それでも必死さは伝わってくる。

 

「ま、待って!……お願い!……助けて……」

「そういったプレイは一人でするもんだぜ? お嬢ちゃん」

 

 巻き込むなよ―と言いながら扉を締める。何をどう勘違いすればどうなるのかわからないが、十六夜は少しばかり楽しんでいるようだった。ただ、それは少女にはそうは見えないため、本当に必死だ。

 

 一筋の光。一本だけ垂らされた蜘蛛の糸。奇跡。

 少女にとってどれほど待ち望んだものだろう。それらが消え去り、絶望へと再び叩き落される時、その救いに縋り付こうと全てを曝け出す。本当に助けてほしいのなら嘘を吐く余裕もないのだから。

 

「ど、どうして……なんでもするから!……ケホッ……私、何もしてない!………う、」

 

 少女が最後に「う」と声を出し、その次は言葉ではなく何度も繰り返される咳だった。久しぶりに声を出したことにより、枯れたのではないかと思われた唾液が分泌されて、咳とともに地面に垂れ落ちていく。

 

 それでも、少女は助けを求めて視線を十六夜から逸らさず、言葉を紡ごうと必死になっていた。それを、十六夜は見定めるようにしてジッと見つめている。

 

 少女もそれに気づく。嘘は許されない。真実だけを全て話せ。俺に信用されてみろ。そう、十六夜の目は語っていた。だから少女も必死に本当のことを語って自分を売り込む。

 

「コホッ……私、裏切られただけ!……せ、先祖返りの……ケホッ…吸血鬼で……すごい力持ってる。…………でも……国のために戦っても………最後は危険だからって………殺せないから……封印するって………」

 

 嗄れた喉を必死に酷使させて自分のことを次々語る。首を落とされても治ること、魔力を直接操れるから陣無しで魔法を発動できること。様々なことを語った。

 

 十六夜は腕を組みながらそれを黙って聞いていた。その表情はなんの変化も見られず、少女からすれば既に見捨てられているんじゃないかと襲い来る絶望に身を震わせ、十六夜をこの場に留めようと話を止めない。

 

 最後に、少女が語ることも尽きて、何かを喋ろうと口を開閉するだけになったところで、十六夜は一度目を閉じて……扉の外へ出ていった。無情にも閉まる扉に、一筋の光を呆然と眺める少女。

 

「ま、待って……助けて!……なんでもする!……この力使っていいから!…ゲホッ!お願い……だからぁ……助けて……助けてよぉ…!!」

 

 閉じてしまったその扉に、残ったあらん限りの力を振り絞って泣き叫ぶ。届いて欲しい、戻ってきて、一人にしないで、一緒にいて…嘗て渇望し、いつしか諦めていた願いをありったけ込めて叫ぶが……扉は開かなかった。

 

 項垂れて涙を流し、虚ろな瞳で地面を眺める。今度こそ、終わったと思ったのだ。

 

 十六夜に合う前以上に濁り、焦点の合わない目と力の欠片も見られない体。そんな少女の耳に、ズズズ……と重い音が聞こえてくる。そして、その瞳に再び光が差し込んだ。

 

「ぁ…」

 

 再び開け放たれた扉からは光とともに十六夜が入ってきたのだ。

 扉を大きく開けながら入ってきた姿は、先程見た姿と違って学ランが羽織られている。

 

 十六夜は見捨てたわけじゃなかった。

 

「勘違いさせて悪かったな、お姫様。ちょいと学ランを取りに行ってただけだったんだが……お前の叫びは聞こえたぜ。それにしても吸血鬼か…なるほど、だから美人設定なのか」

「……え?」

「いや、いい。気にするな。それよりも、俺は魔法とかでそれをどうにかするんじゃなくて、殴って壊そうと思ってんだが……痛みは、」

「我慢する! く、首落とされても生きてるから…!」

「…そうかよ。なら、我慢しろよ」

 

 学ランを羽織り、ヘッドホンがないとは言え本調子の状態で拳をバキバキと鳴らしながら、獰猛な笑みを浮かべて少女を封印している立方体に近づく。封印しているものが壊せるかどうか…いや、壊す。ただそれだけを考えて力を漲らせる。

 

 その十六夜の笑みに、少女は見惚れてしまった……近づいてくるその顔を見逃さないとでも言うようにジッと見続ける。

 

 少女の元に辿り着いた十六夜は立方体に触れて撫でる。

 

(……壊せそうだな。所詮は人工物であり、魔法特化のお姫様が抜け出せないっつーことは、つまり、魔法及び魔力に最大の抵抗があるってことか? 壊そうにもそれなり以上の力がいるから誰も壊せない……ふん、玩具だな。俺には問題ない)

 

 問題ない。そう判断した十六夜は地殻変動を引き起こし、山河すら砕くその力を開放する。イメージとしては力が立方体を抜けるのではなく、広がるようにだ。少女は確実にダメージを受けるだろうが、首を落としても生きているほどであれば問題ないだろう。身体が消し飛ぶほどの力は使わないつもりだ。

 

「行くぜ…しっかり我慢しろよ!」

「ん!」

「らァ!」

 

 立方体の側面から十六夜は殴りつける。ズドォォンッッと戦艦の主砲を一斉射でもしたかのような轟音が部屋に鳴り響く。立方体に放たれた十六夜の拳は立方体をバラバラに吹き飛ばす……のではなく、インパクトの数瞬後に内から爆ぜるようにして崩壊した。

 

「ッ…!!」

 

 細かい破片となって崩れ落ちる立方体の石から少女が倒れ伏す。それなりに膨らんだ胸部が顕になり、ついで腰、両腕、太ももと神秘性を思わせる美しい女体を晒すが……その身体は、特に下半身と腰、両腕が青黒くなっており、創傷ではなく体内へのダメージによる内部出血が生じていた。

 

 筋はもちろん、骨折もしているのが明らかであり、少女は痛みに顔を歪めながら起きることも出来ずに倒れていた。

 

 さすがの十六夜もそれをただただ眺めているわけではなく、直ぐ様しゃがみこんで少女を抱きかかえる。同時に自分の学ランを脱いで少女に着させてやった。その状況に少女は痛みすら感じなくなるほどの感情が溢れ出す。

 

 一体、どれだけ感じていなかった人の温かみだろうか。感じる事ができたのは石の冷たさだけで、身体は動くことすら許されていなかった。それが今はこうして他人の暖かさを感じることが出来ている。

 

 弱っているのか再生が遅いが、それでも着々と治っているのを感じながらも、感覚は全て十六夜に向けられていた。十六夜の顔も、匂いも、肌も暖かさも全てを己の身に刻み込もうとする。

 

「あ、ありがとう……」

「おう、感謝しつくせ。それよりも、治るのが遅いようだが、やっぱ血とかが必要なのかよ?」

「確かに……血があったほうが治るのは早くなるし、力も復活する……」

「そういうことなら、俺の血でも飲むか?」

「………いいの?」

「ああ。しかしなぁ…牙が俺の皮膚に入るのかどうかがわかんねぇ…まぁ、物は試しだ。ってことで、やってみろ」

「ん………なら……」

 

 ケラケラと笑いながら自分の血を吸えといい、首を傾ける十六夜。曝け出された十六夜の首筋に、ゴクリと少女が喉を鳴らす。

 十六夜の首筋に唇を付け、更には牙を突き立てて血を体内に入れようとする…それを考えるだけで、少女の身体と一部分の最奥は熱くなる。

 

 いつの間にか多量に分泌されていた唾液が口の中に溜まっており、口をゆっくりと開けば湯気でも出そうなほど熱い唾液がとろりと牙の先から舌の上に垂れ落ちる。

 

 少女の口がゆっくりと十六夜の首筋に近づき、栄養不足で血色が悪くとも魅力的な唇が、一部の隙きもない程の付けられる。牙を肌に立て…しかし、刺さらない牙に少しばかり力を入れて齧るようにすると、十六夜の肌に牙が刺さったのだった。

 

 それに驚いたのは牙を突き立てられている十六夜本人であった。十六夜の意思関係なく状態異常を弾く強靭な肉体だが、まさか吸血鬼の牙が突き立とうとは…これは害ではないとでも認められたのだろうか。

 

 皮膚が傷つけられたことで溢れ出す血液。吸血鬼の主食とも言え、嗜好品でもある血液を随分と長いこと口にしていなかった少女はその味に身を震わせ、力をつける。

 

(これ………駄目………)

 

 ずっとずっと飲んでいたくなるような芳香で濃厚な味わい。そして舌触りの良さと喉を通り抜ける感覚に延々と飲めるほどの飲みやすさがあるのにもかかわらず、ここまで濃いことに驚く。今までで飲んだことがないような至高ともいえる味。

 

 更に、細胞の一つ一つまで染み渡るような…まさに体の奥にまで染み渡るような感覚が全身を駆け巡る。舌先に触れただけで身体に力が漲った。正直、既に絶頂しそうなほどの快楽を味わえているのに、このまま飲み続けていたらどうなるかわからない。こんなところで、最初から印象を悪くするわけにもいかないので懸命に我慢しているだけだ。

 

 これ以上は駄目だと感じ取り、はしたない姿を見せて嫌われないために少女は渋々と、本当に名残惜しそうに首筋から口を離す。牙を抜かれ、ぷっくりと傷跡から血が溢れてくるのを舌で舐め取る。熱く、ぬるりとした感触に十六夜も少し身を震わせた。

 

 血液を摂取したことで傷がすっかり癒えた少女は、十六夜から身体を離す。

 血を吸い終わった後の火照ったような肌と蕩けた表情を見せる幼い裸体の少女は、まさに妖艶の一言。まだ成長はあったかもしれないのに止まってしまった成長。それでも完成されたかのような女の体に十六夜は見惚れてしまった。

 血液を摂取する前と後でその身体は変化を見せる。まるで輝くような金髪に瑞々しいぷっくりと肉厚な唇。目は潤み、肌は世の女性が羨むほど美しく、いつまでも触っていたくなるような柔らかさや艶めかしさまで見せている。

 

「……随分と変わったじゃねえか。綺麗でありながらエロいとか、さすが吸血鬼。いいとこ取りってとこか?」

「これからは貴方だけの身体……貴方だけが好きにしてもいい」

「ハッ、そいつは光栄だ。男の夢を物にできるなんて感動で涙が出そうだぜ。っと、俺は終夜十六夜だ。十六夜でいい」

「私は………」

 

 名前を少女に教える十六夜に、少女も名乗ろうとするが言い淀むように俯いて何かを考えている。

 

「…………名前、付けて」

「どうした、封印されてたから名前忘ちまったか?」

「もう、前の名前はいらない。………十六夜がつけた名前がいい」

「……そうかい。とは言え、名前か」

 

 恐らく、何かを切っ掛けに新しい人生を歩む区切りとして、新しく名前を変えるのと同じようなものだろう。死んだと思ったら生きていて、新しい人生を別の名前で過ごしていく、といったように。

 

 少女は期待するかのようにじっと見つめており、その視線の先の十六夜は腕を組んで少しばかり考える素振りを見せる。そして、少女にとって新しい名前を告げる。

 

「“ユエ”でいいか? 俺の名前から取ったんだが…」

「ユエ?………ユエ………十六夜の名前から……」

「おう。月名の中に十六夜の月ってあるんだが、そこから取った。流石に安直すぎたか? まぁ、お前の紅い目や金髪から月の色を思い浮かべたってのもあるんだが……嫌ならなんか適当に別のを考えるぜ」

 

 十六夜は最初に月からルナという名前も考えたのだが、この名前は国外の知り合いに同じ名前が居たため却下した。

 名前を告げられた少女は、暫し自分の中で反芻するように名前を呟いく。自分の名前から考えて付けてくれた名前に確かな繋がりを感じ、容姿から連想されるものの名前を与えてくれて確りと見てくれていると感じ、どちらの理由も相まって十六夜にあってから何度目になるかわからない嬉しさに全身を侵される。

 

 変わらない無表情であるが、喜色を含ませた表情と瞳をみせる。

 

「………んっ。今日から十六夜の(ユエ)。ありがとう」

「構わねえよ。それよりも………」

 

 お礼を言われ、それに短く答えた十六夜だったが、その直後にユエを抱きかかえる。突然のことにユエは驚きに身を固め、十六夜の腕の中だとわかると頬を朱に染める。

 だが、その幸せも一瞬のことであった。十六夜が跳躍するとともに先程まで二人の居たところへと一つの巨大な影が地響きを立てながら着地する。

 

 それは魔物であった。

 体長としては五メートル程あるだろうか。四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の脚を動かしていた。さらに尻尾が二本生えており、先端には鋭い針がついていることから見ようによってはサソリに見える。その為、尻尾の先端から生えている針は毒があると考えたほうがいい。

 

 その全体像を瞬時に見渡して、可能な限り考えられることを考え尽くし――――それらを放棄した。

 

「それじゃあ、詰まんねえからな」

 

 ニィ…と口角を歪めてサソリモドキを睨みつける十六夜。今までとは違った一線を画すその姿と威圧に身を震わせる。だが、それは決して恐怖からくるものではない。強大な魔物を前にして楽しみに身を震わせていたのだ。

 

 その十六夜の姿を見上げるようにしていたユエは、また新たな一面を知れたと嬉しくなる。普通に考えれば状況は最悪と言っていいほどだが、十六夜の余裕がユエに安心感を与えている。

 

 このサソリモドキの魔物は部屋に入った時点では十六夜の気配感知能力では捉えられていなかった。

 ということは、ユエを開放してから出現したことになる。つまり、ユエを逃さないための最終ギミックといったところだろうか。

 

 十六夜の表情からもこのサソリモドキと戦うのは確実。それにはユエを何処かに逃がす必要がある。十六夜の動きは人知を超えたようなものであり、初速から第三宇宙速度を叩き出す十六夜の動きに吸血鬼といえども長時間は耐えられないだろう。そうすれば荷物になってしまうだけである。

 さらに、十六夜は徒手空拳で戦うため、超近距離戦闘となることからも抱えたまま戦うというのは余り優れた選択肢ではないのはわかる。

 

 腕の中のユエをチラリと見る。彼女は目の前のサソリモドキなぞには目もくれず一心に十六夜だけを見つめていた。その目からは自分の運命を全て十六夜に預け、力が使えるなら如何用にも使ってくれと言っている。

 その表情に十六夜も、いつもの軽薄な笑みから愉快さを見出したような獰猛な笑みへと変わる。牙を剥き出しにして嗤うその姿は何者にも負けないと思わせるには十分。ユエは自然と同じように口角を釣り上げていた。

 

「ハッ、いいじゃねえかその覚悟! だがな、力が振るえんなら自分で抗ってみろよ。俺に付いてくるってんなら、俺を楽しませてみろ!」

「んっ!」

「キシャァァァァアアアアァァッッ!!!!」

 

 誰か一人に向けたのではない。この場にいる十六夜以外の全ての存在に向けて、十六夜は己を楽しませてみせろと叫ぶ。それに応えるかのように、ユエとサソリモドキの声が重なる。

 方や役に立ってみせる。方や敵を殺してみせる。それぞれの譲れない意思が全て十六夜に向けて叩きつけられる。

 

 サソリモドキの咆哮とともに放たれた毒。一瞬肥大化した尻尾の針から紫色の液体を凄まじい勢いで噴射する。

 しかし、十六夜には止まっているかのように見える。避けるのは容易だった。更には避けると同時にユエを遠くへと放り投げたのだ。

 

 覚悟と咆哮、投げるのは同時であり、ユエも投げられたことに驚きながらも確りと着地して魔力を体中に漲らせる。

 

 視界の端には常に十六夜の姿を捉え、今はサソリモドキを睨みつける。サソリモドキは見るからに硬そうであり、どの魔法がその外骨格にダメージを与えられるか…三百年前に国のために戦ってきた経験値が、今こうして役立っている。でも、もう昔の記憶なんてもういらない。これからは十六夜との、十六夜と過ごした時間だけの思い出があればいい。

 

 自分の人生は十六夜に助けられたときから進み始めた。止まっていた時間は十六夜を見たときから動き出し、運命はその瞬間から決まっていたのだと。

 

 ユエの()()()()()()が始まる。

 

 

 

 




吸血に関してはもう色々とあやふやなので、はい。

ということでユエ参戦です。

そろそろハジメの事も考えないといけないけど、どうしようかと考えてるところです。
感想欄での状況から皆さんハジメきゅんがいいかもしれませんが…僕っ娘にするか、俺っ娘にするか…そこが問題だ!
俺っ娘にすると魔王らしいけど、十六夜と被りますしねぇ…十六夜廃僕っ娘依存尽くし系魔王様ヒロイン(ボソッ)
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