「男とは女の子の前では見栄を張りたいものなんですよ。ね、常陸さん?」
「い、いきなりどうしたんですか、千歳さん」
現在。俺は常陸さんに「こっちですよ」と連れられ、先に診療所があるという道を歩いている。勿論並んでだぞ? 世の男共に羨ましがられること必至な光景。
迷宮と化していた小道を抜けて、建物の集中している地点も同時に抜ける。
一旦、開けた通りに出ることが出来たのだが、また直ぐに小道の迷路へと帰還することに。
「もし、これからも迷いそうになりましたら、そうですねぇ……」
頬に指を当て、周囲を見渡す常陸さん。
「あの旅館などを目印にするといいかもですね。この辺りでもかなり立派ですから目立ちますし、覚えやすいと思いますよ」
言われると確かにそうだな……。
受け継がれる木造の外観に年季を感じる佇まい。それに漂う和の雰囲気からは何とも言い難き美しさがある旅館だ。
ん、ちょっと待てよ? このメモに書いてある道の途中にある目印の一つに書かれていた気がしたな……。えっと、名前は柚子旅館、か。
あれ? どっかで聞いたことのあるような……。まぁ、気のせいだろう。このまま行けば難なく辿り着けそうだ。これも常陸さんに出会えたおかげ。
「色々と教えてくれてありがとう、常陸さん」
「いえいえ。この程度の道案内、感謝されるほどのことでもないですよ。それに千歳さんには助けて頂いたご恩もありますから」
目を細めて笑みを浮かべる常陸さん。本当に良くできた子。あなたは天使ですか? ついついそんな問い掛けをしたくなってしまうのも仕方ないことだよね。
そもそもどうしてこんな状況になれたのか。それには時間的にほんの少し巻き戻ることになる。思い出したくない部分もあるのだけれど――。
†
「やっぱり千歳さんでした。でも、こんな朝早くに、こんな所で何をしているんですか?」
少女が頬に指をあて、真琴の様子を不思議そうして立っていた。
「ひ、常陸さんこそ、こんな朝早くにどうしたんです……か?」
正直あまり見られたくない姿。それを選りにも選ってこの少女に発見されてしまうとは……。思わず言葉に焦りの色が滲み出てしまったぞ、おい。
「ワタシはお醤油を切らしてしまったのでお買い物です。いつも買うお店はこの時間でも売って頂けますので」
なんて間の悪いお醤油だ。もっと他にタイミングがあっただろ。
「……ですが、ワタシとしたことが、こんなミスをしてしまうなんて……」
少し落ち込んでいるご様子の常陸さん、それほどに珍しいのことなのか……。
にしても、お醤油か……時間的に朝ご飯の支度かな? 随分と家庭的な子だな。将来はこういう子と結婚したいものだ。
――と、考えている場合ではなかった、今は兎に角。
「そうだったんですか。ではでは、自分はこれで――」
この時、近い内にまたお会いするかも知れませんね、と昨日に言われたことを思い出していた。だがしかし、状況が状況なのだ。
本当に、本当に、惜しい偶然なのだが、ここは撤退を選択するしかない。
何故? そりゃ、恥ずかしいからですよ、はい。
「……? あの、もしかしてですけど……千歳さん、道に迷ってしまっている、とかですか?」
背を向ける直前、常陸さんの言葉が綺麗に突き刺さる。つい、動きを止めてしまった。ああ、確実にバレましたねこれは。はいそうです、図星ですよ。
「ま、まさかぁ。あはは、いい年して迷子になんてならないですよー」
完全に抑揚の無い誤魔化し。目が泳いでしまっているのが自分でも分かる程。無理に口角を上げての作り笑み。
それを見た常陸さんはというと……。
「……あは。そうですよねぇ、千歳さんみたいなお方が迷子だなんて、有り得ないですよねぇ?」
フフッと悪戯っぽい笑みを浮かべる常陸さん。まるで、面白そうな玩具を見つけたように微笑んでいるぞ? おい、その笑みはなんだい? ねぇ、怖いんですけど?
「そうそう。有り得ないですって、うんうん」
「へぇ……」
ジトッと見つめられる。ああ、可愛いけど、可愛いけども。これは完全に見透かされていますわな、だから逃げたかったんだよ。
というか、さっきまでの落ち込みは何処へ飛んでいったんですかね? 楽しんでますよね?
……はぁ、仕方ない、この子に誤魔化しは効かないようだから。
「……。すみません、駒川先生の診療所は一体どちらでしょうか……」
「あは。『迷子ではない』とか『有り得ない』とか仰っていた気がするのですが? あれぇ、ワタシの聞き間違いだったのでしょうか?」
「勘弁して下さいよ、常陸さん……」
†
経緯を話すとこんな感じですな。うん、情けない。そんな自分に嘆息してしまうよ。まぁ、それも今更か。結果的に常陸さんとこうして並んでいるんだからよしとしよう。
「常陸さんの買い物は大丈夫なんですか? 朝食の時間とか……」
「朝食の時間はいつも決まっているので、それまでに戻って用意できていれば問題はありません。ですからまだ余裕はありますので、お気になさらず」
柔らかく微笑む。これこそ天使の笑顔。本当に良い子だ。良い子過ぎてお兄さん、涙が零れそうだよ。涙腺が緩くなってきたのは年のせいかな……。
暫く常陸さんと歩く。世間話をしながらに。
「そういえば、常陸さんは春祭りには行きますか?」
志那都荘を出る前に玄十朗さんに声を掛けられた事。早朝の散歩で知った話、春祭り。
この町に住む若者なら祭りとなれば参加しそうなものだが、常陸さんはどうだろうか? ふと、そんな疑問を抱き口に出していた。
「参加はしますよ。ですが、ワタシは行くというよりはお手伝いをする側ですので、屋台を見て回るとかは出来ませんけどね」
「手伝い……ですか、それって――」
昨日、別れ際に神社へ向かって行ったのもその準備の一環だったのだろうか? でも、持っていた買い物袋にそれらしい物は入っていなかったような……。
「毎年、舞を奉納する芳乃様――巫女姫様の身の回りのことを主にお手伝いしています。他には神社の中で色々と準備したりと……まぁ、それぐらいですね」
「へぇ、大役ですね。舞のイベントってメインの一つじゃないですか」
「そうですね、お客さんも大勢見に来てくれます。とっても綺麗なんですよ? 千歳さんも春祭りにお越しになりましたら、是非」
今朝の女性もそう言っていたな……。舞、か。久しく見てないが、穂織に来て拝見することが出来るとはね。
健実神社には向かう予定もあるし、時間に間に合うよう向かおうか。なんと言っても、常陸さんのお勧めだしな。
「あ、見えてきましたよ。あそこが駒川先生の診療所です」
常陸さんの示した指の先を追うと、診療所の文字が視界に入る。ああ、ここなのか。メモの地図と周りの道を見比べる。
しつこいようだが、俺は方向音痴ではない。通ったことのない道に迷いやすいだけだ。一度訪れればもう問題ないんだよ。本当だからな?
「ホントにありがとう、助かったよ。折角早く出掛けたのに勿体なくなるところでした。今度、何かお礼させて下さいね」
「いえいえ、本当にお気になさらず。――って、今度はワタシが千歳に言ってますね、あはは。ではでは、ワタシは買い物に戻りますね。それでは」
常陸さんは礼儀正しく一礼した後、胸元で小さく手を振りながら歩いて行った。
うむ、早起きは三文の徳というやつかな。甘味処といい、常陸さんに助けられたことといい――。
診療所にまた一歩、一歩と近づいていく。
迷ったりと大変だったが、偶然の幸運に活力を貰えた。早朝の偶然に続いてね。穂織に来てから良いことが多い。それはとても嬉しいことだ。
さてさて、今日も一日頑張るぞいってか。
こんな進展のない話もたまには良いよね? えっ、いつもそんな感じだって? すみません_(._.)_