1975年3月16日5時23分 とある海岸
──いたい。
激しい痛みを伴って彼は覚醒した。目を開いてみてもぼんやりとしていてほとんど見えない。覚束ない視界で理解できたことはただ辺りが暗いことだけ。砂浜にでも転がっているのだろうか、寄せては返す波の音と体中に砂や海水のへばりつく不快感を覚えた。
だが、普段の生活からしてそれはおかしい。彼は──本人は認めたがらないが──未だ子供と見なされる歳で今頃は自分たちの家のベッドで熟睡しすているはずだ。それこそ寝ぼけて家から落ちて漂流しない限りは。
──ぼくは、いったい……
何故自分がここにいるのか彼は理解できなかった。全身の激痛と水に濡れたことによる寒さで思考が纏まらない。いっそみっともなく泣きわめきたい気分にすらなった。だがそんなことはしないしできないと彼の本能が語っている。自分の憧れるあの人は絶対にしない、とも。
ああ、そうだ。彼はどんなときも、どんなに辛い目にあっても決して自分を見失ったりしないで冷静かつ強い意思を持って不可能を可能にしてきたんだ!だから自分もそうしなくては戦士には到底なれないはずだ。
「とに、かく……じょうきょうを把あく、するんだ……てきが……くる前に……逃げなくちゃ」
まともにきけるようになってきた口でそう言いながら彼は立ち上がろうとした。が、
「!?な、なんで」
できなかった。足に、具体的にはアキレス腱の辺りに凄まじい違和感があった。試しに触れてみる。
「金属……これは、ボルト?」
違和感の正体はボルトだった。ボルトが彼の足首を貫いていたのだ。これのおかげで力が入らず立ち上がれず歩くことさえ叶わなかったのだった。
「敵って……一体、誰のことなんだ?」
さっき敵と言ったのか、自分は?その疑問が彼の頭を占め始めた。確かに今の自分たちには大なり小なり敵はいるが、そんなもの少し前までのことを思うとへっちゃらと思っていたではないか。そう、彼女を助けに行くときだって──
「あ……」
そこで彼は思い出した。思い出してしまった。
「ああ……」
拷問を受ける自分。
「あああ……」
人としての尊厳を踏みにじられる彼女。
「ああああ……」
燃え盛る我が家。
「あああああ……」
次々と凶弾に倒れる
「ああああああ……」
爆発四散する彼女とそれに巻き込まれる自分たち。
「あああああああ……あ?」
そんな彼にとどめが刺される。日の出が近くなって周りの景色が見えるようになって──どうやら視力も戻ったようだ──いる。そこにあったのは、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!??」
無数の瓦礫と死体の山。特に、物言わぬ存在となった彼らの肩には漏れなくパンゲア大陸を模した髑髏のマークがあった。
彼の
彼はしばらく狂ったように叫び続けた後、どこかへと去っていった。焼けただれた口から覗く尖った牙とも呼べる歯と瞳に狂気と復讐心を滲ませながら。
☮️
1984年3月28日14時6分 セーシェル近海:マザーベース
「スネーク。アマンダを憶えているか?」
「ああ、もちろん憶えてる。彼女はニカラグアで反政府ゲリラとして活動していた。父親の意思を継いでな」
「その通りだ。
セーシェル近海にある
そしてもう一人。9年に渡る長い昏睡状態から解放され、復活を成し遂げた伝説の男、BIG BOSS。またの名をスネーク──現在はパニッシュド"ヴェノム"スネークやエイハブと名乗り、呼ばれることもあるが──といった。活動を開始してまだ1週間ではあるが同業者たる
「そのアマンダから連絡があったんだ。もうあいつのことは捜さなくて良い、いっそ忘れて欲しいとさえ言っていた」
ピースウォーカー事件の協力者であったアマンダやカズヒラたちの調査によって、あの地獄の日に行方が分からなくなった者たちの中に一人の少年の名があったことが判明していた。かつて一度殺され、
「カズ。もう一度聞くが、あのヘリの中にいた連中で俺たち以外の生存者は誰もいなかったんだな?」
「ああ。この間説明した通り、サイファーの攻撃を受けた俺たちのヘリは墜落、大破した。俺とアンタは運良く外に投げ飛ばされてなんとか助かったが、他はヘリの中で皆力尽きていた。無論、あいつもどこかに飛ばされたのかもしれんが、少なくともあいつがいた痕跡は見つからなかった。アマンダや調査にあたった奴曰く、海に落ちてそのまま沈んだ可能性が高い、とのことだ」
「……そうか」
その言葉にスネークは少なからず落胆した。推測とはいえ年若かった命が失われたとなると悔やんでも悔やみきれなかった。それと同時に彼の中にある感情が芽生えた。キプロスで憶えた、襲撃者に対するあのドス黒くドロドロとしたあの感情と同じだった。
「ボス。痛むのか」
不意にカズヒラから声をかけられた。問いを投げかけるような言葉だったが、ほとんど断定したような言い方だった。
「っ、ああ」
「俺も同じだ。奴らに奪われた全てが痛む。体だけじゃない。死んでいったあいつらの痛みや憎しみが俺に注がれているんだ」
カズヒラの顔を見やる。表情は歪み、サングラス越しに見える目には溢れんばかりの憎しみがこもっていた。そうか、やはりこいつも俺と同じなのだとスネークは思った。復讐に燃える、地獄から戻ってきた鬼なのだと。そう認識すると、痛みが少しずつ引いていった。それはカズヒラも同じだったようで先程までの感情は既に感じられなかった。
「サイファーには必ず対価を払ってもらう。奴らの一切合切を精算しなければあいつらも浮かばれない。奴らの情報を収集するために近いうちに以前のように諜報班を設立する予定だ。そのためにもボス、現場の
「もちろんだ。それとカズ」
「なんだ?」
「少人数で良い。……諜報班ができたらあいつのことも調べてくれ」
諦めが悪いのは自分でよくわかっていた。それでも生きている可能性が残っているのなら捜すべきだと思ったのは紛れもないスネークの本心だった。
「……良いのか?」
「まだそうと決まったわけじゃない。それにまだ他の生き残りがいるかもしれん。なにせアフガンは広い場所だからな」
「……わかった。あんたの意思を尊重しよう。だが、あくまで優先するのはサイファーだ。片手間になることを忘れないでくれ」
そう言ってカズヒラはその場を去っていき室内にスネークだけが残された。しばらくすると外で警護にあたっていた兵士が中に入ってきた。スネークが合流する前からDDに参加していたというスタッフだった。
「ボス、失礼ながら外で話が聞こえました。諜報部隊を作るなら私も参加させてください。その手に関して少しばかり心得があります」
「本当か」
「ええ、ミラー副司令に仕込まれましたので。流石に本職には敵いませんが、今は少しでも戦力を増やすべきかと。それと以前ボスが回収された元ソ連兵たちの中にもその分野に明るい者が複数いるそうです。彼らにもお声掛けするのがよろしいかと」
「わかった。頼むぞ」
「了解しました。ああそうだ。ボス、一つよろしいですか?」
「なんだ?」
「ボスや副司令が捜されているという人物の名をお聞きしても?」
「ああ、無事ならちょうどお前くらいになる筈だ。名前は──
──チコだ」
数ヶ月後 アフリカ:空中司令室(AAC)
サイファー、ひいてはMSFを壊滅させた張本人であるスカルフェイスを追うためDDが活動領域をアフリカに広げて早3週間が経過した。当のスカルフェイスはアフガニスタンにて回収した
『こちらマスター。ボス、アンゴラ・ザイール国境付近に妙な噂が流れていると現地の諜報員から報告があった。なんでも赤い外套の悪魔が出たとか。
「こちらエイハブ、了解した。オーバー」
この通信がもたらした情報が一つの再会を呼ぶ。それがスネークに強い衝撃を与えることを彼はまだ知らない。
──スネーク……
(プロット無しの突貫工事なので続きは)ないです。