1話 馴染めないのなら距離を置こう
――今日も特に意味のない軍事演習が終わった。こんな無駄な訓練をいつまで続けるのだろうか。
……いや失礼、あまりの面倒臭さについ言い過ぎてしまった。
実際、全く意味がないとまでは言わない。寄せ集めのままではいざというときに適切な集団行動がとれないだろうし、定期的な訓練は確かに必要だ。
しかし我々の場合、個人での戦いはそこそこ多いのに比べ、集団を率いての実戦の機会は驚くほど少ないのだ。最後にあったのはもうどのくらい前だっただろうか。偶発的に大量発生した野良モンスターを討伐したときだから、二十年ほど前だったか? とにかくそのくらいの低頻度なのだ。
そんなことだから皆のやる気も今一つ上がらない。普段から訓練しておく必要があることを頭ではわかっているのだが、さすがに十年単位で何もないとモチベーションを保つのも難しい。
……いや、無理のない話ではあるのだ。こんなヤバいところに攻め込んでくる者がそうそういるはずがない。いたとしたら、そいつは自殺願望持ちか被虐趣味の変態だ。
だってそうだろう。私たちは一人一人が、程度の差はあれそれなりの力を持つ兵士だ。それが数千、数万集まって警備に当たっているのである。
つまりここに攻め入ろうと思えば同数の、いや城に攻め入る場合は三倍の人員が必要と聞くので数十万の兵が必要になる。それも有象無象ではなく、私たちに対抗できるような質の高い兵が数十万人だ。我々の敵にそんな戦力を用意できる国などあるまい。
仮に国同士で連携できれば話は別かもしれないが、彼らは滅びの危機に瀕してなお権力争いなどで内部分裂をしているらしい。そんな連中が他国と協力してまでここへ攻め入ろうなどと考えられるはずもない。
まったく、こんなときくらい小さな
他に可能性があるとしたら、突出した力を持った少数精鋭を送り込んで我らが王を暗殺することだろうか。もしそんなことがあれば個としての武を存分に発揮できるチャンスなわけだが……。
……いや、ないな。こんなところに四人だの八人だので攻め入れと命じるなど死刑宣告と同義、成す術なく大群にすり潰されるのが落ちである。貴重な戦力をそんな無謀な使い方で無駄にするなど、どんな愚かな指導者であってもやるはずがない。
結局のところ、個人としての武力を鍛えつつ集団戦の演習をするという、これまでと変わりない生活を続けるしかないという結論に達してしまうわけだ。……はあ、なんだかなあ。
前々から思っていることだが、ここの連中は少々血の気が多すぎる。模擬戦だと言っているのに堂々と殺しにくるし、しかも周りもそれを咎めないのだ。
そりゃ私だって命のやり取りの場で相手に情けはかけないし、互いに譲れぬものがあるときは本気の決闘をしたこともある。戦いそのものも決して嫌いではない。
しかしここの奴らときたら、戦いよりも相手に血を流させることのほうを楽しんでいる節がある。加えて、先ほど個人での戦いは多いと述べたが、実はその大半が仲間内での争いであるという頭の痛い事実。少しばかりついていけない感性だ。
……いや、わかってはいるのだ、ここでは私のほうが寧ろ異端であるということは。
我々の伝統衣装についても皆は特に疑問もなく使用しているのだが、私はどうにもあれを着る気にはなれない。
だって急所が全然守られてないんだもの。肩当てと脛当てだけで一体どうやって体を守ると言うのだ。兜に関しても、無駄に角がついていて手入れがし辛いし。
だから普段は自作した普通の鎧を着ている。
まあね、格式の高い場では仕方なく着るよ? 上司からお言葉を頂くときとか、論功行賞の場とか。でもそんな真面目な場面でもない限り進んであれを着る気にはなれない。理由はよくわからないが、あれを着ているととても罪深い気分になるのだ。理由はよくわからないが……。
話が逸れてしまった。
とにかく私はこんな感じでいろいろずれているため、周りから少し浮いているのだ。我々の組織は何よりも武力を重視するため、それなりの使い手である私は排斥されるということはないのだが、あまり居心地がよくないのも事実だ。偶に絡まれたりもするし。
――あ、噂をしていると来た。面倒な奴が来た。
通路の先に視線をやると、そこからずんぐりとした体型の奴が歩いて来るのが見えた。そいつは私の姿に気付くと、ニヤァと嫌な笑いを浮かべて話しかけてきた。
「よう、相変わらず覇気のない顔をしているな。そんなんじゃ部下に示しがつかねえぞ? こりゃあ上に行くのは俺の方が先だな」
「はあ……。何度も言っているが、私は上に行きたいとは思っていない。命令されればやるが、あくまで自分を一介の武人だと思っている。軍を率いることに関してはお前のほうがよほど向いているだろうよ」
「けっ、つまんねえ野郎だ。なら一介の武人さんよ、久しぶりに模擬戦に付き合ってくれよ。未熟な俺に一手ご指南を頼むぜ」
「……はあ、わかった」
私はため息を吐きつつ、奴の後に続いて訓練室まで歩を進める。チラリと後ろ姿を眺めると、奴はその肥満気味の身体を嬉しそうに揺らしていた。
――私を殺す試みがそんなに嬉しいか、ちくしょうめ……。
こいつは私と同期で配属された奴なのだが、何かというと私に嫌がらせをしてくるのだ。嫌味を言ったり、妙な噂を流したり、連絡事項を伝えなかったりと、その内容は様々。この模擬戦への誘いもその一環だ。
実のところ、私のほうがこいつより少しばかり強い。そして我々の組織は武力を重んじるため、こいつは私が自分より上の立場になることを危惧している。
ゆえに、このようにときどき模擬戦に誘ってきて、その中で偶然を装って殺そうとしてくるのだ。
正直言って面倒くさいが、無視すると他のことでちょっかいをかけてくるので、仕方なく毎回受けている。模擬戦ならまだこちらの鍛錬にもなるしな。
そうやっていつも通り自分を納得させながら、私は通い慣れた訓練室の扉を潜ったのである。
――――
「ではいくぞ、イオナズン!」
「ぬお!?」
部屋に入った途端、開始位置に着く暇もなく、奴がイオナズンをぶっ放してきやがった。清々しいくらいの不意打ちである。
「お、おいっ、ちょっと待て!」
「はははは! まさか卑怯とは言わんだろうな! 勝った者が正義なのだ!」
奴は得意気に笑いながら爆発魔法を連発する。私の不意を衝けたのがよほど嬉しいらしい。
いや、別に不意打ちは構わない。戦場では当たり前のことだ。
私が危惧しているのは、『室内の訓練室でイオナズンはまずくなかろうか』ということだ。前回、整備担当者に文句を言われたのをこいつは覚えていないのか。
「ふははははっ、部屋ごと潰れろお! 連続イオナズンだ!」
「やっぱり忘れてるじゃねーか!」
「ごはあっ!?」
あ、しまった。イラっとしてつい急所を刺してしまった。痛恨の一撃だ。
「ご、ごふっ、げふっ。お、おいお前! 早く来い! か、回復させろぉ!」
「は、はいぃ! ベ、ベホマ!」
奴が待機していた回復係へと怒鳴る。
どうやら部下を呼びつける元気は残っているようだった。
近づいた術者が奴に手を翳すとそこから光が溢れ、みるみるうちに傷が塞がっていく。
「はあ、はあ、はあ。ま、まだまだ勝負はこれからだ! いくぞ!」
そして回復した奴は懲りもせず、再び私に向かって構えた。まだ続けるのだろうか。
「勝負はついたと思うのだが……」
「とどめを刺さなかったのだから継続だ!」
「ええ……」
確かに実戦では死ぬまで戦うものだし、回復して何度も戦うのも当然の話ではある。だがこれは模擬戦だ。殺すまでやる必要もないだろうし、どこかで決着のラインを引いておかなければキリがなくなってしまう。
「くらえ!」
「メラゾーマ!」
「ごふう!?」
そもそも模擬戦とは自らの力や技を高めるために行うもの。そこには協力してくれる相手に対する感謝と敬意があって然るべきだ。
「今度こそ!」
「ばくれつけん!」
「あぐ、へぶ、ぶは、ふぐう!?」
それをここの奴らときたら、やれ血の匂いが嗅ぎたいだの、やれお前が邪魔だから殺すだの、失礼極まりない。
「はあ、はあ、吹雪で凍ってしまえい!」
「ひばしらあああ!」
「あばああ!?」
そんないい加減な気持ちで行う模擬戦に意味などない。こいつもまずは一人で自己鍛錬に励んで実力を上げるべきだ。素質はあるのだから、焦らず力をつけていけば自ずと上へ行けるだろうに……。
――それにしてもさっきから何度回復させれば気が済むのだ。そろそろ回復係がフラついてきているぞ。
「はあ、はあ、はあ、マジックバリア!」
「むっ」
「ははははっ、これで魔法の威力は半減だ! 今度こそ凍えろ! かあああ!」
「フバーハ」
「あ……」
魔法で弱まった吹雪をとりあえず拳圧でかき消しておく。それを見て奴が動きを止めたので、その隙に懐に入る。
「しまっ――」
この程度の動きで驚くんじゃない。だいたい最初に物理でボコボコにやられていたのに、なぜマジックバリアを張っただけであんな得意そうな顔ができたのだ。
……なんだかだんだんイライラしてきたぞ。いつもいつも絡んできおってからに。そろそろ一発思い知らせてやるべきか。
――よし、いい機会だ、魔法によるマジックバリアの破り方を教えてやる。
「ま、待っ」
聞く耳持たん!
「くらえ、メラゾーマ拳!!」
「ぬわーーー!?」
私はメラゾーマの炎を拳に纏い、奴の胴体を真っ直ぐ突いた。拳が腹の肉を貫いた次の瞬間、内部で極大の火球が炸裂! 奴の身体は炎上した。
――――そう、魔法によるマジックバリアの破り方、それは相手の体内に直接魔法を叩き込むことだ。
完璧である。これならどんな凄腕の魔法使いでも防ぎようがない。
効果は見ての通り、奴は体中から煙を噴き上げてピクリとも動か――
あ、し、しまった、やり過ぎた。さすがに模擬戦で殺すのはまずい。武人としての矜持に反する。
「だ、駄目だ~~。ベホマが効かない~~」
回復係が青い顔で右往左往している。ここまでやると流石に回復魔法の範疇を超えているようだ。
……仕方がない。こいつを治すのは業腹だが、放っておくわけにもいかない。
「安心しろ」
「え?」
「私が治す。そこを退いてくれ」
「え、あ、は、はい……。お、お願いします……」
あたふたする回復係を落ち着かせ、私はその呪文を唱えた。
「ザオリク」
私の手から放たれた光に包まれ、内部からズタボロになっていた奴の体が修復されていく。
流石はザオリク。蘇生魔法の名に恥じない効力だ。とりあえず一安心である。
……それにしても、なぜ私は回復魔法を使えないのに蘇生魔法は習得しているのだろうか。なんとなく据わりが悪い。
だいたい蘇生魔法なんて、一人で戦っていると使う機会などあろうはずもない。自分が死んだらそれで終わりなのだから。それよりはベホマでもあったほうがよほどありがたいぞ。
「……ふむ、今後も命を狙われるであろうことを考えたら、ここらで習得しておくのもありか?」
しかし一体どうやって?
前に回復係にやり方を聞いてみたが、元から使えていたから説明できないと言われてしまったしな。格闘術や剣術に関しては鍛錬によって身についたのだが、魔法となるとどうにも……。
考えてみれば私も、自分の魔法に関しては深く考えずに使っていたな。気が付いたら使えるようになっていたし。
改めて考えると不思議な話だ。一度魔法に関してじっくりと考えるべきかもしれない。
だがどうすればいい? 私も含めてここの者たちは皆脳筋だ。魔法の原理や基本を知っている者などいないだろう。うーむ……。
ん、待てよ? そういえばいつだったか幹部たちの話で聞いたことがある。『ダーマ神殿』というところに行けば、いろいろな技や呪文を覚えることができると。
……。
…………。
………………。
思い切って…………行ってみるか?
どうせしばらく演習しかやることもないだろうし。量産型の我々の顔なんてみんな同じようなものだから、一人くらいいなくなっても誰も気付かないだろう。こいつら脳筋だし。
うん、そうだな、行ってみよう。どうせここにいても周りから浮いて居心地が悪いし、命も狙われるし。一度落ち着いた環境でのんびりするくらいいいだろう。
……あ、いや、勉強、あくまで回復魔法の勉強のためだが、その過程で体を休めることもあるだろうと、そういう話だ。
よし、そうと決まればさっさと行ってしまおう。確か南のほうの連中が、温泉にある井戸からあちらに行けると言っていたはずだ。
「あ、あの……」
「ん?」
振り返ると回復係が恐る恐るといった風にこちらに話しかけていた。
「その、ありがとうございました。僕のベホマでは治らなくて……」
「ああいや、気にするな。私がやったことであるしな。……お前も大変だな、いつもこいつに付き合わされて」
「い、いえ、これが僕の仕事ですから」
「ふ、そうか。ああ、後のことは任せてよいか? こいつが起きたらまた絡まれそうなのでな」
「は、はいっ、お任せくださいっ」
「ではな」
はあ、なぜあのような迷惑な奴に、真面目で忠実な部下が専属でついているのだろうか。しかもベホマまで使えるし。
それに比べて私は常にワンマンアーミー、重症負ったらはいそれまでよ。
これはちょっと不公平ではなかろうか。贔屓か、贔屓なのか?
それともあれか、私の顔つきが生意気そうだから上層部に嫌われているのか、ちくしょうめ。
「いや、愚痴など言っても不毛なだけだ。やめよう。もっと未来に目を向けるべきだな」
さて、荷物をまとめて、あいつが起きる前に出発しよう。幸い私の見た目はあちらの者とそうかけ離れたものではないし、フードとマントを着て旅人を装えばなんとかなるだろう。
このような勝手な行動がばれたら粛清されそうな気もするが、そのときはそのときだ。今の私の勢いは誰にも止められない。
さあ、いくぞ! 優しい世界が私を待っている! 向こうでのんびり暮らすのだ!
こうして私、サタンジェネラル1182号は、人間界へと旅立ったのであった。