「さあベビー、これを燃やすのよ」
「キキーッ!」
ベビーゴイルがギラを放ち、目の前にある木の輪が燃え始める。
地面に置かれた台座から上方向に伸びる金属の棒と、その先に地面と垂直になるよう据えられた奇妙な輪っか。一体何に使うのだろうか。
「さあベビー、くぐりなさい」
「キキッ!?」
……どうやら拷問に使うようだ。自分を責める道具を自らの魔法で用意させるとは、なんと無体な……。
「アマンダ、ちょっと待つのだ。さすがにそれは可哀そうだ」
「何よ、私には散々ギラ浴びさせておいて、本人にやらせるのはダメだって言うの?」
「い、いや、お前には『みずのはごろも』があったではないか。……というかあれは一応訓練だからな? こういう……、なんというかその、いじめ的なものはどうかと……」
先日暴力でベビー(命名ハッサン)を支配して以来、アマンダの性格がどんどん苛烈になっている気がする。ここらで引き止めておかないと、本当に行き着くところまで行ってしまいそうで怖い。
と思っていたら、アマンダがキョトンとした。
「何言ってるの、師匠。これは芸を仕込んでいるのよ?」
「は? 芸……とな?」
「ええ。サーカスって知らない? スリルのある芸を披露して観客を楽しませる集団。その中に動物にいろいろやらせるものがあるの。火の輪くぐりもその一つよ」
「な、なるほど……」
つまり痛め付けようとしているわけではなく、素でこんな恐ろしい命令を下しているわけだ。……余計に怖い。
「いやしかし……、少々危険ではないか?」
「ちょっとくらい危険じゃないと芸にならないわよ。何より、ジョセフとのお話に使うのに、『お手』や『お座り』だけじゃ面白みに欠けるじゃない」
「普通はそれだけでも優秀な気がするが……」
あれからアマンダは何度かジョセフと会い、ベビーと仲良くなっていく過程を話して聞かせているらしい。実際のところは一瞬で服従させたため過程もクソもないわけだが、なんとかいい具合に脚色して、そこそこ楽しく会話ができているそうな。
で、次は犬の芸を話題にしたいと考え、こうしてさっきからいろいろ仕込もうとしているようだが――
「あ、そのフォークも使えそうね。ベビー、ちょっとそれ呑み込んでみてよ、刃先の方から」
「キキッ!?」
「やめてあげて! 身体より大きなフォークをどうやって呑み込むのだ!?」
アマンダよ……、こんなの聞かされても、相手は引いてしまうだけだと思うぞ……。
――――
調きょ…………訓練が一段落して休憩中、アマンダが膝に乗せたベビーをモギュモギュしながら口を開いた。
「まあ、この子のことを話題にするのもそろそろ十分だと思うしね。あそこまでやらせなくてもいいか」
「ほっ」
「キィ」
どうやら最後の一線で踏み止まれたようで何よりである。
ここで我慢できるようになった辺り、初対面のときからの成長が見受けられる。一つの目標(モンスターテイム)を達成し、心に余裕ができたということなのだろう。
ついでに性格も穏やかになっててくれればよかったのだが……。
「ふふ、それに明日はお祭りだしね。もうベビーを使ってセコセコ距離を縮める必要もなくなるわ」
「む、お祭り? 何なのだ、それは?」
またしても聞き慣れない単語に首を傾げる。すると私の言葉に対して、アマンダも同様に首を傾げた。
「え、『お祭り』を知らないの?」
「うむ、初耳だ」
「あー、師匠は僻地で育ったらしいからな、よっと、当たり前のことを知らなかったりするらしいぜ、ほいっ」
ハッサンの補足を受け、アマンダも納得の表情を浮かべる。
「へえ、そういうこともあるのね……。ええと、お祭りってのはアレよ、とりあえず街の皆で集まってドンチャン騒ぐことよ」
「……え? 住民による殺し合い大会?」
「……いやそんなわけないでしょ。それじゃ血祭りよ……」
「やっぱり師匠って、変なとこで常識ないよなあ」
またしても狭間の世界並みに血生臭いイベントか、と戦慄したところ、再び二人から呆れ顔を向けられてしまった。どうやら勘違いだったようである。
――がしかし、少なくともこいつらにだけは『非常識』とか言われたくない。
「『お祭り』ってのは、ほっ、町の皆で集まって飲み食いしたり、よいしょっ、楽しい芸を見たり、普段見られない品が売られたりするような、そいやっ、まあ皆でいろいろ楽しみましょうって行事だな」
「サンマリーノでは毎年この時期に開催されるの。港町らしく海関係の催しが多いわね、船どうしのレースとか、解体ショーとか」
「……え? 人間の解体?」
「魚に決まってるでしょうが。猟奇的発想から離れなさい」
「師匠、どんな国で育ったんだ?」
そりゃもう、悪の総本山である。
「オホンッ、オホンッ。まあ私の生い立ちはいいとして、二人はそのお祭りとやらに行きたいのか?」
「ええ、そうよ。……あ、まさか修行があるからダメって言うんじゃないでしょうね?」
「ええ!? そりゃないぜ、師匠。年に一回のお祭りなんだぜ? よいさっ」
「いや、別にそんなことは言わんよ。二人とも良い感じで修行は進んでいるしな。一日くらい構わんだろう」
「ほんとか! よっしゃ!」
「ありがとう師匠!」
実を言うとこの二人、かなり筋が良いのだ。
ハッサンのほうも、見た目を裏切らない高い身体能力の持ち主だ。初日こそ泣きながら逃げ惑っていたが、魔物に慣れた次の日以降は半ば楽しみながら修行を行うようになった。
実際今も、余裕を持って敵の攻撃を躱しながら草原を駆け回っている。足腰も大分鍛えられたことだろう。
「そうだ、ハッサンよ。そろそろ親父殿に努力をアピールしてみてはどうだ?」
ゆえに、そろそろいい機会かと思い、そう勧めてみたのだが、
「あっ、それなんだけど聞いてくれよ、師匠! 昨日親父と決闘したんだけどさ!」
「いやお前何しとるの? 努力を認めてもらう方向で行くんじゃなかったの?」
「それが……最初は口で説明してたんだけど、親父の奴全然認めてくれなくてさ……。終いには馬鹿にされて頭に来ちまって、『俺が勝ったら認めろー』って殴りかかっちゃった」
「何をやっているのだ……」
「野蛮ねぇ」
今朝から気になっていた頭の包帯はそういう理由だったわけか。
「…………で、今も修行を続けているということは?」
「ボコボコにやられちゃいました……」
「情けないわねぇ」
「うぐぅ……。お、俺が弱いんじゃない、親父が強いのがいけないんだ。何なんだ、あの腰の強さは……」
「まあ……大工だからなあ」
仕方のない話ではある。肉体労働者が弱いわけはないのだ。
重い資材を運んだり、デカい金槌を何度も振り下ろしたり、そんな重労働を長年続けてきたのだから。
――なるほど、これが人間の男が越えるべき壁、『父の背中』というやつなのだな。
「……もうしばらく鍛えようか、ハッサン」
「……はい」
ハッサンは神妙に頷いた。
やはりしばらくは地道に修行するしかない。怠けずに続けていれば、いずれは父親が絆されてくれる可能性だってあるだろう。肉体派の親子は筋肉によって分かり合えると本にも書いてあったしな。
「ああ、そういえばアマンダ。さっきもう芸は必要ないと言っていたが、あれはどういう意味なのだ?」
「ふふんっ! よくぞ聞いてくれました!」
ふと、もう一方のことも気になって声をかけると、アマンダはその場で嬉しそうに立ち上がった。あ、ベビー転がり落ちた。
「師匠は知らないでしょうけど、お祭りっていうのは男女の仲が急接近しやすい特別なイベントなのよ」
「そうなのか?」
「ええ。いつもと違う非日常の中で気分が盛り上がってそのまま一気に!ってこともよくあるの」
「なるほど……。つまり」
「ええ…………。勝負に出るわ」
アマンダは静かに宣言した。
いや、静かなのは声だけか。その瞳は決意の炎でメラメラと燃えている。
「おそらく明日、ジョセフはサンディと一緒にお祭りを回るはずよ」
「……それを邪魔するのか?」
「…………。前までの私なら、そうしていたでしょうね。そしてジョセフからの心象を悪くして、その恨みをサンディにぶつけていたかもしれない。……まったく、自分でも子どもだったと思うわ」
「ということは、今は違うのだな?」
半ば確信を以って問いを重ねると、アマンダは微笑を浮かべた。それは己自身と向き合った者のみが持てる、穏やかな笑みだった。
「ええ。そんなことをしても、得られるものなんて何もない。だから……だから私は……、自分の全力を以って、真っ直ぐにぶつかっていくの」
「ほう……」
……正直言って、私は驚いていた。
ここしばらくの修行で多少の変化が見られたとはいえ、根本の気質というのはそう簡単に変わるものではない。なので、今回も彼女が良くないことを考えているのではと思っていたのだが、ここまで清廉な決意を抱いていたとは……。
これは謝らなければいけないようだな。
……いや、それは後で良いか。今はただこいつの胸の内を聞いてやって、背中を押してやらねば。
「きっとお祭りのどこかで、ジョセフとサンディは二人きりになるわ。そこを狙って――」
「なるほどな。つまりそこでサンディに宣戦布告をして――」
「ベビーに二人を襲わせて! 私が颯爽と助けるのよ!」
「お前最低だな!?」
ここまでの爽やかな流れが一瞬で台無しである。
やはりアマンダはアマンダのままだった。恋する乙女というのはここまで凶悪になれるのか……。
「それに、サンディは魔物を見るのは初めて。もしかしたらジョセフを見捨てて一人で逃げるかもしれないわ。ふふふ、そうなればきっとジョセフも幻滅するわねぇ、ぐふふふ」
「えげつないっ!」
これはもはや恋する乙女どころではない! 謀略の徒、軍師アマンダがここに誕生したのだ!
「さあ明日よ! 早く来おおおい!!」
「わ、私は……とんでもない怪物を育ててしまったのかもしれない……」
「師匠、恋愛って過酷な戦いなんだな……」
高笑いする少女の背中を見ながら、私は強く天に祈った。
――どうか明日の祭りが、恋人たちの解体ショーになりませんように、と。
◇◇◇
そして翌朝。
「で、なんで師匠まで着いて来るのよ?」
「い、いや気にするな。……す、少し心配だっただけだ」
私はベビーを連れたアマンダとともに、街の一画に身を潜めていた。
最初は見て見ぬふりをしようかとも考えたのだが、やはり自分の指導が原因の一端と思うと放置もできず、こうして監視に勤しんでいるわけである。
……くそう、初めて平和的な行事を体験できると思ったのに、なぜいつも通り野蛮な臭いのするところにいるのだ、私は。
「あ、ジョセフとサンディが来たわ」
しかし嘆いていても時間は止まらず、ついに対象の二人が現れた。
彼らは仲良さ気に手を繋ぎ、町の中央広場に向かって歩いている。その姿はどう見ても、初々しい恋人どうしにしか見えなかった。
「相変わらず距離が近いわねえぇ……!」
「ステイ。アマンダ、ステイ」
早速不穏な気配を出し始めたアマンダをなんとか宥める。
昨日は『二人の仲が良い』という現実を受けとめているように見えたが、やはり理解と納得は別の話ということか。人間の感情の難しさである。
「……ふ、ふん、まあいいわ。とりあえず気付かれないように後を追いましょう。そして人気のないところに移動したら、その場で作戦決行よ」
「う、うむ」
我々は楽しい祭りの日に、恋人たちのストーキングを開始したのである。
――――
「あの、ジョセフ様。やっぱり私なんかが御一緒するのは……申し訳ないです」
「何言ってるんだい、サンディ。僕の方から誘ったのに、気にすることなんかないよ」
「で、ですが……、私はただの下働きですし……」
「別に一緒に出掛けちゃいけないなんてことはないだろ? …………まあ、僕がサンディに嫌われているなら無理強いはできないけど」
「き、嫌いだなんてっ、そんなことありませんよ!」
「ふふ、じゃあ一緒にお祭り回ってもいいよね?」
「う…………ジョセフ様、意地悪です」
ジョセフは笑いながらサンディの手を引いて歩き出した。大変仲睦まじい。
――ギリギリギリッ。
「ステイ。アマンダ、ステイ。歯軋りはやめるのだ」
「サンディは船が好きだよねえ」
「はいっ、見るのも好きだし乗るのも大好きです。風がとても気持ちいいんですよ」
「じゃあ今度、遊覧船に乗ってみるかい?」
「え? 遊覧船……ですか?」
「うん、新しく始まるサービスでね。この辺りの海をグルリと回って、綺麗な景色とかを見せてくれるらしい」
「ぜ、是非乗りたいです!」
「ふふ、じゃあ今度二人で行こうね?」
「はい!」
祭りを回りながら次のデートの約束を取り付けた。ジョセフ坊ちゃん積極的である。
――ピキピキピキッ。
「ステイ。アマンダ、ステイ。冷たい息が漏れてる」
「すごい。あんなに素早く魚を解体できるなんて。私もあれくらい上手になりたいなぁ」
「今でも十分うまいと思うけど?」
「いえ、私なんてまだまだです。今もお給金に見合う仕事ができているのか不安なくらいで……」
「ふーむ、そっかあ。…………あ、じゃあ、お金が発生しなければいいのかな?」
「ええっ!? わ、私、解雇ですか!?」
「いやいやそうじゃなくてさ。…………家族になっちゃえばいいのかなってこと」
「!? も、もうっ、何言ってるんですかっ」
大きな声で怒るサンディ。だが言葉とは裏腹に、その表情はとても嬉しそうだ。
――メリメリメリッ。
「キ、キキィ……」
「ステイ。アマンダ、ステイ。ベビーの頭が潰れる」
――――
そんなこんなで、彼らはこの後も楽しそうに祭りを巡っていった。
その間二人の仲睦まじい様子を際限なく見せ付けられ、アマンダの殺気はどんどん膨れ上がり、私とベビーの胃はどんどん痛んでいった。
そして太陽が中天に昇った頃――
「殺るわ」
「落ち着け」
今我々がいるのは町の端っこ、海を見渡せる港の一区画だ。視線の先のベンチでは、ジョセフとサンディが楽しそうに会話を続けている。
恋人たちが静かな場所で二人になりたがるのは自然なことらしいが、私としては『なんでこんな場所に来ちゃったかなあ』というところである。人目がない上に海が近いから、完全犯罪し放題だ。
……い、いや、それを防ぐのが私の役目。そのためにも最後の打ち合わせをしておこう。
「よし、もう一度確認しておくぞ? 襲わせると言っても脅かすだけで、絶対に危害は加えないこと。ベビーは威嚇したり、至近距離を飛び回ったりするだけで、直接攻撃は禁止。二人が怯えたのを確認したら、アマンダが飛び出して二人を逃がす。……これでいいな?」
「ええ、問題ないわ」
「キキー」
……はあ。なぜ魔族の将たる私が、コソコソ子どもを脅す算段など立てなければならないのか。自分で蒔いた種とはいえ、結構精神にクるものがある。
が、だからと言って放置はできない。今のアマンダを一人にしておくと何をするか分からないからだ。ならばせめて目の届く範囲で行動させ、やり過ぎないよう手綱を握るしかない。
怖い思いをするであろう二人には誠に申し訳ないが、私にはこれ以上の方法は思い付かなかった。実害は出ないよう全力を尽くすので、どうか許してほしい。
「じゃあ、やるわよ……。ベビー! ゴー!」
「キキーッ!」
こうして、酷過ぎる恋愛アプローチが始まったのである。