ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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5話 恋する女の全力

「さあベビー! しっかりやりなさい!」

「キキー!」

 

 親分からの指示を受け、舎弟が元気よく飛び出していった。小さな羽根を勢いよく羽ばたかせ、あっという間に二人の眼前へと躍り出る。

 

「きゃあっ!?」

「ま、魔物!? なんで町の中に!」

「キッキキー!」

 

 突然草むらから飛び出したベビーゴイルに、ジョセフとサンディは慌てふためく。初めて魔物を見たであろうことを考えるとこの反応も当然と言えよう。

 そんな彼らの周りをベビーがグルグルと飛び回る。時折りフォークを振りかぶりながら、蛇行、旋回、宙返りと、派手な動きを交えて威嚇していく。

 

 ……心なしか、楽しそうにも見える。普段アマンダに抑圧されている分の反動だろうか。……まあ多少のはっちゃけくらいは良いが、くれぐれも手元は狂わせないようにしてほしい。

 

「よーし、いい感じね。そのままうんっと怖がらせなさい」

 

 そしてこちらも随分楽しそうな様子。恋敵を怖がらせることができて嬉しいようだ。

 

「くっ、魔物め。サンディには指一本触れさせないぞ!」

「ジョ、ジョセフ様っ。危険ですよ!」

 

 そうこうしている内に動きがあった。ジョセフがサンディを守るべく、脇に置いてあった角材を持ってベビーに向かって構えたのだ。

 さすがに多少腰は引けているが、初めて見る魔物に対して果敢に立ち向かっている。中々に気骨のある少年だ。

 

 …………。

 

 ……いや、あの娘がいるからこそ……か。

 

「ああ、ジョセフかっこいいわ……。守る対象がサンディなのが口惜しいけど、やがてはあの位置に私が立つことになるのね」

「…………」

「さあ、サンディ、さっさと逃げるのよ。そして残されて傷付いたジョセフに私が手を差し伸べるの!」

 

 アマンダがこの後の展開を期待して煽る。

 しかし――

 

「サンディ! 君は逃げるんだ!」

「だ、ダメです! 一緒に逃げましょう、ジョセフ様!」

「一斉に逃げたら後ろから攻撃されてしまう! 僕が押さえておくから、君は早く行ってくれ!」

「そんな……、私だけ助かっても意味がありません! 足止めなら私がします! ジョセフ様がいないと私は……!」

 

 どちらともその場から離れない。

 恐怖から動けないのではない。互いが互いに、相手に助かってほしいと心から願っているのだ。激しい恐怖を感じてはいても、それ以上に相手を想う心がそこにあった。

 

 無論、戦術的なことだけで言えば、サンディのやっていることは愚行だ。

 どちらも魔物との戦闘は未経験であり勝てる可能性は低い。ならば、まだ僅かなりとも戦えそうなジョセフだけが残って足止めし、その間にサンディを逃がすのが正しい。少なくとも一人は確実に助かるのだから。

 

 しかし…………それができないのが、人間の感情なのだろう。

 

 理性だけでは行動できない。想う心ゆえに不合理な行動を取ってしまう。

 敵わなくても戦おうとするのも、相手への想いゆえ。

 見捨てられずに残ってしまうのも、相手への想いゆえ。

 

 なるほど、これが、この如何ともし難い強い想いこそが、

 

 

 ――人間が『愛』と呼ぶものなのか……。

 

 

 ああ、また一つ人間について理解できた。

 やはり、彼らは儚くも美し――

 

「えーい、早く逃げなさいよ、サンディ! まったく忌々しいわね!」

「…………」

 

 せっかく脳内でいい感じの流れにしていたというのに……、ここに、その機微を理解できない小娘が一人。

 ……誰かを想うあまり勢いで行動しちゃうコレもまた、愛の形と言えるのかなあ? ……言いたくないなあ。

 

「……なあアマンダよ、ここらでもうやめておかないか? これ以上は無駄な気がするのだが……」

「何言ってるの! ここからが勝負よ!」

「いや、ここからって。どう見ても両想いだし、もうやりようが…………ん?」

 

 ――…………ォォォォ……。

 

 どうにかアマンダを思い留まらせようとしていたそのとき、不意に、空気が変わる気配がした。

 何かが近付いているような感覚と、同時に地鳴りのようなものも聞こえてきたのだ。一体何が起きたのか。

 

「ジョ、ジョセフ様! 外からも魔物が!」

「な!? あ、あんなにたくさん!?」

 

「なにっ!?」

 

 二人の焦った声にそちらを振り返り、そして驚愕した。

 なんと外壁の隙間から大量の魔物が町へ入り込んでいたのだ。この辺りの魔物たちが、ハッサンに嗾けた群れの軽く三倍は集まり、こちらに向かって迫って来ていた。

 想定外の事態に思わず私まで立ち尽くしてしまう。

 

「馬鹿な! い、一体なぜ、街の中にこんな大量に………………はっ!?」

 

 そのとき、私の脳裏にとても嫌な予感が過った。こんなことをやりそうなヤベー奴に心当たりがあったからだ。

 隣にいる容疑者に恐る恐る確認を取ってみる。

 

「ま、まさかとは思うが…………、アマンダ……お前」

「恋は戦いなのよ……。どんな手段を使ったって、最後に相手を手に入れた者が勝者なのよ!」

「…………」

 

 や、やっぱりお前か~~~~!?

 

「お、お前! あんな大量の魔物を一体どうやって連れて来たのだ!?」

「毎晩街の外へ行って、コツコツぶちのめしてきたの」

(たくま)し過ぎるだろ!! お前ほんとに町娘!?」

 

 こ、こいつは将来本当に魔物使いとして大成するかもしれん。いずれ魔王軍にとって甚大な脅威となるかも……。

 って、今はそんなことはいい。あっちだ、あっち! なんとか追い返して二人を守らないと――

 

「って、……んん?」

 

 とそこで、私は向かって来る魔物たちに対し再び違和感を覚えた。何やら平静じゃないというか、何も見えていないというか、そんな気配を感じたのだ。

 隣にいる被疑者に対して、念のため問いを重ねてみる。

 

「な、なあアマンダよ。あの連中妙に興奮しているというか、目の色が変な気がするのだが……」

「ああ、ベビーみたいに調教したわけじゃないからね。ただ倒しただけだから完全に従っているわけじゃないの。でもま、単純に人間を襲わせるだけならそれで十分よ」

「え! 襲わせるって、実際に攻撃させるのか!?」

「ええ。だから攻撃が届きそうになったら師匠が防いでね?」

「い、いや、万が一があっては危険だろう! きちんと命令して、攻撃するフリだけにさせてだな……」

「え、無理よ。だって『ほしのかけら』使って混乱させちゃったし」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「なんでそんなもの使ったああああ!?」

「言ったじゃない。完全に従っているわけじゃないって。その状態であの数に命令するのはさすがに難しいから、混乱させて目の前の相手に襲い掛かるだけの状態にしておいたの。頭いいでしょ?」

「頭おかしいわ!」

 

 普通男を手に入れるためにここまでする!? やっぱりこいつは想像以上のヤベー奴だった!

 

 ――キシャアアアアアアッ!!

 

「ああ!? も、もうあんな近くまで来ている!」

「さあ師匠、行くわよ! あの群れを颯爽と倒し、私はヒロインの座を勝ち取るのよ!」

「こんな悪辣なヒロインがいてたまるか! ああ、こら待て!」

 

 嬉々として飛び出すアマンダを追い、自分も走り出す。まさかこんな大変な事態になってしまうとは想定していなかった。

 これでもし二人に何かあったら本当に申し訳が立たんぞ!

 

「サ、サンディ! 君だけでも早く逃げてくれ!」

「ならジョセフ様も一緒に!」

「キキー!?」

 

 視線の先では蒼い顔をしたジョセフとサンディが悲痛な声で叫んでいる。罪悪感で胃がキリキリ痛む。

 そしてそんな師匠の気も知らず、アマンダは颯爽とポーズを決めて二人の前に飛び出した。

 

「助けに来たわよ、ジョセフ!」

「え、アマンダ!? なんでここに!?」

「偶々通りかかったのよ。見つけた以上は放っておけないわ! 助けてあげる!」

 

 自分でやっておいて、よくもまあそんな台詞が吐けるものである。

 しかしまあ、この期に及んではやるしかない。せめて二人を完璧に助けてやって、アマンダへの心象を良くしておいてやろう。

 ……バレたときの酌量になるかもしれんし……。

 

「あ、危ないわ、アマンダ!」

「ふん、私の実力ならあれぐらいなんてことないわっ。あんたなんてお呼びじゃないの! どっか行ってなさい、サンディ!」

「ア、アマンダ……」

「さあ行くわよ、魔物ども! カアアアア!!」

「ギギャアア!?」

 

 アマンダの冷たい息によって魔物たちがダメージを受けていく。だが一撃で全て倒すまでには至らない。仕方がないので私も協力することに。あまり目立ちたくはないのだが止むを得ん。

 

「スゥゥゥーーッ、」

 

 

 ――――ゴォアアアアアッ!!!!

 

 

「グギャアアアッ!?」

「ひええ!?」

 

 私は大きく息を吸い、おたけびを上げた。

 迫っていた魔物の半分ほどが音波に飲み込まれ、その場で気絶していく。――同族だが許せ、殺さないだけマシと思ってほしい。

 痙攣する同胞たちに対し、私は小さく謝罪し手を合わせた。

 

「す、すごい、この人叫びだけで……」

「ふふん、二人とも驚いたかしら? 私この人に師事して強くなったの。まだまだこんなもんじゃないわよ?」

「へ、へぇ、そうなのか……。…………じゃ、じゃあいずれ、アマンダもあんな怖い技を使うように……」

 

 ん? 何やら雲行きが怪しいような……。

 

「さあ、じゃんじゃん行くわよ! あまい息ーー!」

「グギ? ギ……ギィ……すぴぃ……」

 

 アマンダの口から溢れた薄紅色の気体によって、魔物たちが次々と眠りこけていく。

 

「……あ、こういう平和的な技もあるのか」

 

 お、これは意外に好感触――

 

「どくの息ーー!」

「グギギギギィ!?」

「ひえっ、魔物が酷い顔色で倒れてっ」

 

 ――じゃない。ダメだ、すごく怖がっている。

 

「やけつく息ーー! あはは、動けまい! このっ、このっ!」

「ひぃぃ、動けない敵を足蹴にっ」

 

 ああ、いかん……。これは完全に引いている。

 

「お、おーい、アマンダー?」

「あはははは! 私はモンスターマスター・アマンダ! 畜生どもよ、我が前にひれ伏すがいいわ!」

「……駄目だ、全く聞こえていない」

 

 完全にスイッチが入っちゃったアマンダを前にして、私は無力感に苛まれながら説得を諦めたのである。

 

 

 

 ――この後彼女は、もはや楽しくなっているとしか思えない表情で魔物たちを蹂躙していった。

 ……自分で嗾けた魔物を自分で倒すとか、魔王様もビックリの悪辣ぶりだった。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 そして魔物殲滅後――

 

「ふう、スッキリ――いえ、悪を退治できてよかったわ!」

「そ、そうか……」

 

 アマンダはやりきった表情で汗を拭っていた。

 

「いえ、悪とか関係ないわね。やっぱり一番の理由は、友達が危険な目に遭うのを見過ごせないってことよねー」

「うん、そうだな……」

 

 そしてこれ見よがしに、ジョセフへのアピールの台詞を吐いている。

 ……が、しかしだな、

 

「ああ、でもそれも違うかしら? 何と言っても頑張れたのはやっぱり、す、す、す、好きな人のためだからっ――きゃ! 言っちゃった!」

 

 あー、ダメだ。これ以上は聞いていられん!

 

「盛り上がっているところ悪いのだが!」

「ちょ、何よ。今いいところなんだから邪魔しないでよっ」

「いや、いいところでも何でもなくて……。後ろを見ろ、後ろを」

「はあ? 後ろ? あんたさっきから何を言って……い……るぅ?」

 

 私の指摘にアマンダは後ろを振り返り、そして、調子外れの声を漏らした。

 彼女の視線の先、そこにはひび割れた石畳や、倒れ伏した魔物といった惨状が広がるのみ。

 つまりは誰も――いなかったのである。

 

 表情の消えたアマンダは、ギギギッという音が鳴りそうな動きでこちらを見た。

 

「…………ふ、二人は……どこへ?」

「途中でお礼を言って避難していったぞ。……二人きりで」

「は、はあっ!? 私が戦っていたのに逃げたの!? なんで!?」

「いや、お前がサンディに言ったではないか、『どっか行ってなさい』と」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「そ、そういう意味じゃないわよ! なんで文字通りに受け取ってるのよ、あの娘!」

「『ありがとう、アマンダ』って嬉しそうに笑っていたぞ。よかったな、好感度アップだ」

「そっちは要らないわよ! そ、そうだジョセフ! ジョセフの方はなんて言っていたの!?」

 

 あー、それ聞いちゃうか。これは言わないほうが良いような気が……。

 しかし黙っていてもいずれ本人に会えば分かるし……。仕方ない。

 

「ゴホン……。えー、『助けてくれてありがとう。それと、君なら子犬くらいいくらでも従えられるよ。もう僕が話を聞く必要もないと思う。これからも頑張って』だそうだ……」

「…………」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「…………アマンダ?」

「かはあっ!」

「あ」

 

 しばらくプルプルと痙攣していたアマンダは、やがてその場で膝を着いた。

 再びキラキラした何かを口から溢れさせながら、頭を抱えて慟哭する。

 

「なんで! なんでよ、ジョセフーーー!」

「いや、あの反応も無理はないと思うが……」

「なんでよ!? 私のどこがダメだって言うの!?」

「……口から毒や冷気を吐いて魔物を足蹴にする女って、割と人を選ぶと思うぞ?」

「はっ!?」

 

 そう指摘すると、アマンダは口をあんぐりと開けたまま固まり、

 

「そ、そうだったああ! 淑女は口から毒液を吐かなかったああ!」

「淑女でなくても吐かないと思う……」

「颯爽と倒すだけでよかったのに! なんで全部の技を使っちゃったのよおおお! あふ……」

 

 後悔の叫びを上げていたアマンダは、ついにその場で崩れ落ちた。

 我を忘れて暴れ回り、想い人から距離を取られ、その上恋敵の手助けをする形になってしまったのだ。これはダメージも相当であろう。

 

「うえ~ん、ジョセフ~~。なんでえ~~? えぐっ、ふぐっ、うえぇ~~」

 

 そして最後には泣き出した。

 よく女がかわいこぶってやるような抑えた泣き方ではない。ホンマモンの見苦しいガチ泣きである。

 

「うあ~~ん! ジョセフうう! う、うおおおん!」

「……アマンダ」

「びえええええ!」

 

 はっきり言ってやり方は悪かったし、百パーセント彼女の自業自得なのは間違いない。下手すれば二人が怪我をしていたのだから。

 ……ただまあ、こいつなりに頑張ったのも事実ではあるし、このまま放置するのも可哀そうな気はする。……なので、

 

「アマンダよ、そう落ち込むな。……ほら、周りをよく見てみろ」

 

 彼女の前に膝を着き、目線を合わせる。

 

「ぐす、ひぐぅ。う~、周りが何よぉ……えぐぅ」

「ああもう、とりあえず顔を拭くのだ。ほれ、ぐいぐいっと」

「あぶふう。お、乙女の顔を乱暴に拭うなぁ……」

 

 このままでは埒が明かないので、やや強引に顔を上げさせる。手ぬぐいで目元をグニグニと擦ると、彼女の赤くなった目元が(あら)わになった。

 

「よし、これでよく見えるだろう。ほら、あれを見るのだ」

「ううぅ、だから何のことよぉ…………ほへ?」

 

 しつこく指摘を繰り返したことで、ようやく彼女は渋々と周りに目を向け、そして、間の抜けた声を上げた。

 

「え、え、え、何……これ」

 

 それも当然。なんと彼女の周りでは、今し方倒した魔物たちが膝を着き頭を垂れていたのだから。

 

「決まっているだろう。彼らはお前の力を認め、配下として下ったのだ」

 

 私の言葉にアマンダは再び口をあんぐり。戸惑いながら周りを見回す。

 

「え、えええ……、そんなつもり全然なかったんだけど……」

「それでもお前が成し遂げたことには変わりない」

「こ、こんなの求めてないわよお……。肝心のジョセフからはフラれちゃったし……ぐすん」

「……まあ、それに関しては、な。……だがこれだって、今回お前自身が成した立派な成果だぞ?」

 

 ジョセフにフラれた穴埋めには到底ならんだろうが……、これで少しは気分が紛れないだろうか。っておい、なんだそのジト目は。

 

「ぐすっ……ねえ師匠、なんか妙に優しくない? ……もしかして、これで有耶無耶にしてさっさと立ち直れって思ってない?」

「うっ、いや少しはあるかもしれんが……。お前のことをすごいと思ったのは本当だぞ? これは誰にでもできることではない。正しく『偉業』と言うべきものだ」

「え、え~? そう……かなあ?」

「嘘ではない。初めは魔物から悲鳴を上げて逃げ回っていたお前が、正面からこいつ等と対峙し、見事これだけのことを成し遂げたのだ。理由は少し邪だったかもしれんが、お前のあの背中を見たときは私も少し震えたぞ」

「え、う、う~、なんか……そこまで言われると照れるというか、何というか……」

 

 満更でもない様子だ。よし、もう一押し!

 

「誇れ、アマンダ。お前は十分頑張った」

「え、あ、ええと」

「他の誰が認めなくとも、この私が認めてやる」

「う、いや、だから」

「よくやった。偉いぞ、アマンダ。凄いぞ、アマンダ。立派だぞ、アマンダ!」

「あ、ああ、もうっ! わ、わかった! わかりました! わかったからもう恥ずかしいこと言わないで! なんかゾワって来る!」

 

 ついにアマンダは腕を振り回しながら立ち上がった。

 まだまだ元気が出たとはとても言えないが、それでも先ほどよりは目に光が戻ったように見える。……これなら少しは安心していいかな?

 

「ったくもう……。本気なのか冗談なのか分からないのが、こいつの性質悪いところだわ。……顔見えないし。素性知れないし。ちょくちょく頭おかしいし」

 

 口を尖らせながらポツポツと失礼な呟きを漏らすアマンダ。

 目元を押さえ気味なのは気になるが……、とりあえず、憎まれ口に関しては復活したようで何よりである。

 ゆえに、

 

「うむうむ、それでいい。しおらしいお前など調子が狂っていかんからな。これからもその調子で頼むぞ、毒舌娘よ。ふはははは」

 

 なんて笑いながら、私はお転婆な弟子の頭をグリグリと撫で回したのである。

 

 

 

 

 

「………………ふんっ!」

「いだあ!?」

 

 

 ――噛み付かれた。

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 その後、『こんな顔じゃ町に戻れない』と言うアマンダの化粧直しを待つこと30分ほど。

 時折りグスグスと鼻を啜りつつも、ある程度感情に折り合いが付いたのか、振り返った彼女の顔に涙の跡はもうなかった。

 

「あーあ、これで私も本格的に魔物使いかあ。なんか、ますます男に縁遠くなりそうね……」

「まあそう腐るな。この能力は使いこなせると役に立つぞ? 魔物だけでなく動物にも使えるのだ」

「へー、そうなの? ……あ、じゃあせっかくだし、本当に犬か猫でも飼おうかしら? せっかくゲットした能力を無駄にするのも勿体ないしね」

「お、いいのではないか? 動物を飼うと『あにまるせらぴー』とやらが働いて、健康にも良いらしいぞ」

 

 ついでに、今度こそ性格も穏やかになることを期待しよう。

 って、言ってるそばから(しか)めっ面しよった。

 

「何よ、それ。またその謎本の情報? それって変なことばかり書いてあるけど、信用できるんでしょうね?」

「む、失礼な。とても役に立つのだぞ?」

「胡散臭いわねえ」

 

 まったく信じていない顔である。

 

「えーい、ならば追加で何か良い情報を教えてやる。待っていろ、え~と…………あ」

「え、なに?」

「い、いや、なんでもない」

 

 この本の素晴らしさを分からせてやろうとパラパラとページを捲っていたところ、不穏な文章を見つけてしまった。

 今のアマンダの状況にピッタリな一説。さすがに今言うには可哀そうな内容だった。ここは沈黙一択である。

 

「ねえ、なんなのよ?」

 

 と、配慮しているのにこいつはグイグイ来よる。

 

「い、いや、これは別に知らなくていいことだ……」

「何よ、変なことでも書いてあったの? 秘密にされる方が感じ悪いんだけど」

 

 そして見る見る機嫌が急降下していく。えーい、女の感情は風向きが読みにくいな。

 

「……本当に、言ってもいいのか?」

「大丈夫よ。今日はもうガツンと傷付いちゃったし、今更悪口の一つくらい気にならないわ」

「で、では……」

 

 私はできるだけ厳かにその教訓を読み上げた。

 

 

 

 ――フラれた直後に犬や猫を飼い始めると、そのまま結婚できない女へ一直線、熱っ! 熱つ! こ、こら、火炎の息はやめろぉ! 

 

 ――うるさい! タイミングを考えろ、この馬鹿師匠!

 

 

 

 まったく、暴言はまだしも暴力はいかんぞ。年頃の娘がはしたない。

 

 …………しかしまあ、元気になるならばこのくらいは受け止めてやるか。

 失恋の痛みはその後もしばらく続くらしいし、もしかしたらこれから泣くことだってあるかもしれんが……。まあそのときはまた、特訓でも口喧嘩でも好きなだけ付き合って発散させてやろう。

 

 ――なんと言っても私は、師匠なのだからな。

 

 

 

 よし! 爽やかに締めたところでこの件は完了!

 願いを叶えてやれなかったのは残念だが、流血沙汰の恐れもあったことを考えればこの結果でも上出来だろう。

 後はもうハッサンをただ鍛え続ければいいだけだし、特に危険なことはないはずだ。

 

 は~、よかった、よかった。

 一時はどうなることかと思ったが、これでやっと平和な日常が戻ってきそうで――

 

 

「師匠、大変だ! サンマリーノに魔物の大群が近付いて来てる!! このままじゃ町が滅んじまうよ!!」

「…………」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「ア、アマンダ……お、お前……」

「そ、それは私じゃないわよ!? 本当よ!?」

 

 

 

 ――神よ、どうやら平穏はまだ遠いようです……。

 

 

 


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