ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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 長く間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。
『内容忘れたよ』という方のために、2章のあらすじを簡単に書いておきますね。

 サンマリーノで神父見習いになる。→ 弟子が二人できる。→ 優しく指導する。→ 祭りの日に魔物襲来。→ みんなで頑張って戦う。→ 主人公やり過ぎて町が炎上、えらいこっちゃ。(今ここ)

 では、続きをどうぞ。




8話 やはり、もう大丈夫と思ったときが一番危ない

 メラゾーマ。火炎系の最上位に位置する攻撃呪文。

 デイン系という例外を除けばその威力は最も高く、まともにくらえば大抵の敵は一撃で死に至る。はざまの世界の猛者たちを相手にしても主戦力たり得る、まこと頼りになる呪文なのだ。

 唯一つ、単体攻撃ゆえに制圧力に劣るという欠点があったが、それも今回画期的アイデアによって解消された。

 

 ――そう、『一発で足りないなら、百発撃てばいいじゃん』理論である。

 

 私は大量の火球を一気に射出することで、メラゾーマの攻撃可能範囲を劇的に向上させることに成功した。最高の単体魔法を、最強の全体魔法に進化させたのだ。

 その効果は先ほど実演した通り。海上の町にも(かかわ)らずサンマリーノは大炎上、魔物の群れは蜘蛛の子を散らすように逃げ去ることとなった。素晴らしい成果である。

 

 さらにこの新技には別の使い方もある。

 メラゾーマの火球をすぐに発射せず周囲にストックしておくことで、一撃で死なない相手にもすぐに追撃をかけられる。また、一発程度なら弾いてしまうような堅い敵がいたとしても、複数同時に撃ち込むことでその防御を突破することも可能となるのだ。

 ああ、なんという汎用性の高さだろうか、素晴らしいにも程がある。

 

 難点として『消費魔力が絶大なこと』、『細かな制御が難しいこと』が挙げられるが、そこは気合いと根性でなんとかすればいい。

 今回だって、あの数のメラゾーマを捻り出すのはさすがに死ぬかと思ったが、町のみんなの無事を願うことでギリギリまで力を振り搾り、なんとか敵の撃退を成し遂げたのだ。

 

 いやあ、さすがは私。なんとも感心な心優しき神父見習いであるな。

 

 

 

 

 

「――と、このように、メラゾーマとは素晴らしい呪文であると同時に、連続使用の際には高い魔力と技術、何よりド根性が必要であり」

「…………」

「それを何十発も大盤振る舞いした私が、この町を本気で助けようと必死だったことに疑う余地はなく――」

「…………」

「こ、ここは寛大な心をもって……で、できれば情状酌量をお願いしたい次第でして……」

「…………」

「……え、えーと、つまり……その……」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「…………ゆ、許してつかぁさい……」

 

 

 多くの視線が集中する中、私は全力で土下座した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 さて、なぜ私がこんな状況に追いやられているのか説明しよう。

 ハッサンたちと別れた後、私の取った行動を羅列すると次の通りだ。

 

 1、外の魔物を追い払う。

 2、上空から町の様子を観察する。

 3、大量のメラゾーマをぶっ放す。

 

 とまあこんな感じ。

 町のみんなを助けるため、私は精一杯頑張ったのだ。

 

 

 ――だがしかし、世間の風は冷たかった。

 大戦果を挙げて空から降りてきた私を待っていたのは、ものすごい形相をした警備兵たちの群れだった。

 

『あれ、功労者に対してこの態度は変だな。まるで犯罪者を見るような視線だな、おかしいな~』

 

 などと不審に思いつつも、『きっと戦の後で気が立っているのだろう』と考え、私は大人しく彼らに連行されていった。

 が、町長宅まで連れて行かれた私を待っていたのは、さらにヤバ気な表情をした人たち――町長&町の役人たち――だった。

 私は顔中に血管が浮き出た彼らにボコボコにされ、そのまま問答無用で牢屋へ放り込まれ、そして絶賛土下座中の今に至る。

 

 ――と、こういうわけなのである。

 

 

 …………。

 

 いや……いやいや、これはちょっと酷いと思わないか?

 

 町を守るために走り回り、片っ端から魔物を追い散らし、最後には生命力のギリギリまで魔法を捻り出して敵を撃退した功労者に対して、この仕打ちはあんまりではなかろうか?

 

 控えめに言っても私、大手柄だよな?

 改めて考えても、こんな犯罪者のような扱いを受ける謂われはないよな?

 むしろ今すぐスイートルームに案内されて、高級なワインと料理を振る舞ってもらって然るべき。神様だってきっとそう言うはず。

 

「……いや、まあ? ちょ~っとだけ規模を間違えてしまったのは、反省せねばならない点だと思うが……」

「『ちょっとだけ』……だと?」

「えっ、あ、いや、その……」

 

 し、しまった、声に出ていた。

 黙っていた町長の額がピクリと動き、再び血管が浮き上がる。慌てて取り繕おうとするも少々遅かった。

 

「町を火の海にしておいて何が『ちょっと』だ!? 頭おかしいのか、君は!?」

「ひぇッ、も、申し訳ない……」

 

 血管が千切れそうな町長に対して、私は再び土下座した。これは相当に怒っている様子だ。

 

 ……うん、確かに。よく考えてみれば、メラゾーマ百発は多過ぎだったかもしれない。はざまの世界でもお目にかかったことのないような、大規模破壊魔法になってしまった。

 

 …………。

 

 ……や、しかしだな、制御に関してはきっちり行っていたので、死者や家屋倒壊などの大きな被害はなかったのだぞ?

 そりゃあ道が多少陥没したり、街壁が焦げ付いたりはしたが、それくらい人命に比べれば微々たるものだろう。ならプラスマイナスゼロで許してくれてもいいではないか。誰か口添えくらいしてくれてもいいではないか。

 

 というか弟子たちよっ。町のために一緒に戦った仲なのだから、ここはまずお前たちが率先して弁護するところだろう!

 

 そう思い、私は脇にいる二人にチラリと視線を向けた。しかし――

 

 

 

――――

 

 

 

「大丈夫アマンダ? どこか怪我してない?」

「べ、別に怪我なんてしてないし、手当なんか要らないわ。……ほ、ほら、離れなさいよ、サンディ」

「あ、ダメよ。今は戦いの興奮で痛みを感じていないだけかもしれないわ。ほら、もっとよく見せて?」

「……べ、別に私が怪我してたってアンタには関係ないでしょ。放っておいてよ」

 

 アマンダの対応は相変わらずトゲトゲしい。しかしそれを見ても、サンディは優しく微笑み続ける。

 

「いいえ、関係あるわ。だって私を助けるために戦ってくれたんだもの。このくらいはしないと私の気が済まないわ」

「い、いや、別にアンタのためってわけじゃ……。そ、それにあれは、元々私が悪くて……ゴニョゴニョ」

「それにね? さっきのことだけが理由じゃないわ。例え自分と関係ない出来事だったとしても――友達が怪我してたら心配するわ」

「と、友達っ!?」

 

 ばつの悪そうだったアマンダが、思わずといった具合に跳び上がる。その顔には驚きと、そして僅かだが、喜びのような感情が見て取れた。

 

「え、なんでそんなに驚くの? 私たちって友達でしょ?」

「え? い、いや、別にそんな……私たちは……」

「…………違うの?」

「う……」

「……友達だと思ってたのって、私だけ? もしかして……迷惑だった?」

「う、いや、えっと……」

「アマンダ……」

 

 今までいろいろ疚しいことを考えていた相手に対し、アマンダは何と答えたものか迷っているようだった。だがしかし、どんどん悲しそうになっていくサンディを見て、彼女はアワアワと視線を彷徨わせる。

 そしてついに、アマンダは白旗を上げた。

 

「う……うううううっ! わ、わかった! ……と、友達よ、友達! アンタと私は仲の良い友達! ほら、これで文句ないでしょ!?」

「! アマンダ~~!」

「わ!? ちょ、は、離れなさい! 暑苦しいのよ!」

「えへへ、アマンダ~~」

 

 

 

――――

 

 

 

「…………」

 

 なにやら……女子たちの間で名状しがたい何かが誕生していた。とても声をかけられる雰囲気ではない。

 ……なんだろう、これも一種の愛情の形なのだろうか? 普通ああいうのって男女の(つがい)で発生するものじゃないの? 私にはまだちょっと分からない領域だった。

 

「『アマ×サン』……、いや、『サン×アマ』か…………hshs」

 

 そして後ろのジョセフは一体何を言ってるのだろう?

 恋人(女)が他の女に夢中な姿を見て興奮する……?

 ……輪をかけて意味不明だった。やはり人間とは複雑怪奇な生物である。

 

 

 

 いや、今はこんなこと考えてる場合ではなかった。ええい、アマンダがダメならばこっちだ。ハッサン、助けて!

 

 取り込み中のアマンダを諦め、私はもう一人の弟子へと助けを求めた。しかし――

 

「…………スン」

「え……?」

 

 しかしハッサンは、スッと視線を逸らしおった。一瞬だけ見えた顔には、心配や敬意などの感情は欠片も見られず、ただただ駄目なものを見る目だけがあった。

 

 ……いや馬鹿な、そんなはずはない。

 今のハッサンは魔物を撃退した達成感と、父と和解できた喜びに満ち溢れているはず。そんな少年が師匠に対して、『残念なものを見る目』を向けるはずがない。さらにその父親が、『頭のおかしい奴を見る目』を向けてくるはずがない。

 

「お、おーい、ハッサン? 師のピンチだぞ? 助けてくれてもいいのだぞ?」

「…………」

 

 返事がない。屍じゃないのに。

 

「…………お、おいっ、なんだその冷たい態度は。そ、そういえばさっき合流したときもなんだか返事がおざなりだった気が……。な、なんだっ、私が何かしたのか!?」

 

 私の言葉にハッサンがチラリとこちらを見るも、すぐに視線は明後日の方向へ……。

 この反応ではっきりした。聞こえていないわけではなく、奴はわざと師匠を無視しているのだ。この尊敬すべき立派な師匠を!

 余りの仕打ちに、私は鉄格子に組み付いて叫んだ。

 

「おい、酷いぞ、ハッサン! さっきは間一髪のところを助けてやったのに! 今度はお前が助けてくれる番だろうが!」

「……は?」

「お?」

 

 ハッサンの肩がピクリと動いた。ようやく反応が返ってきたことに少し安心する。

 がしかし、奴は素早く振り返ると、勢いそのままに鉄格子まで走り寄って来て――

 

「ふざけんなああ!!」

「ぐぼうっ!?」

 

 師の顔面にせいけんづきを叩き込みやがった!? 超痛い!

 

「何が『助けてやった』だ!! もう少しで死ぬとこだったぞ、このスットコ野郎が!!」

「なっ、貴様! 師に対してなんだその言い草は!」

「うるせえ! 最近俺まで常識を放り投げちまってたけど、さっきのアレでようやく思い出したわ! いつもいつも頭のおかしいことばかりしやがって! 子どもに魔物(けしか)けて喜ぶとか何考えてんだ、この変態め!」

「こ、この野郎っ! 人がせっかく親切でここまで指導してやったのに! 今までの恩を忘れたか!!」

「何が指導だ! あんなの虐待か拷問で十分だ!!」

「ム、ムキーーッ!! や、やっぱりお前なんぞ人に迷惑ばかりかける悪ガキだ! 幼児学級で礼儀をやり直してこい、このチンピラ頭が!」

「なんだと、この不審者!」

「黙れ、半裸モヒカン!」

「逃亡犯罪者!」

「脳みそ筋肉!」

「無能僧侶!」

「貧弱武闘家!」

「――――っ!」

「――――っ!」

 

 その後しばらく、我々は牢屋越しに不毛な師弟対決を繰り広げたのである。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 そして――

 

「ゼェ、ゼェ、ゼェ」

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 やがてお互いの悪口がネタ切れになった頃、ようやく第三者から言葉がかけられた。

 

「まあまあ二人とも。もうそのくらいにしてはどうです?」

「う……」

「おお、神父さま!」

「何事も、熱くなり過ぎて良いことはないですよ。ね?」

 

 例によって例のごとく、困ったときの神父様である。この人が登場するだけであら不思議、荒ぶっていた馬鹿弟子も一瞬で鎮静化してしまった。

 おそらく、疲弊した私に代わってこの場を治めてくれるつもりなのだろう。本当に頼りになる御仁である。

 

「さあ、では神父様! この分からず屋にぜひありがたい説法を!」

「サンタ君」

「……ほへ?」

「いくら人助けのためとはいえ、メラゾーマ百発はやり過ぎです。あなたの実力なら、他にいくらでもやりようはあったでしょう?」

「あ、あれ?」

 

 期待とは裏腹に、神父様の矛先はこちらを向いていた。しかもいつもの柔らかな笑顔の中に、どことな~く渋いものを感じる。

 ……あれ、これもしかして、神父様も結構怒っていらっしゃる?

 

「聞いていますか、サンタ君?」

「ひゃ、ひゃい!」

「君の生い立ちが特殊だということは聞いています。ですがだからと言って、全てを育ちのせいにして改善を怠って良いわけではありません。下手をすれば誰かが大怪我する可能性もあったのですから」

「え、あ、いや……そのぉ」

「人里で平和に暮らしたいのなら、少しずつでも常識を身に付けるよう努力しないと。『皆慣れたからもう大丈夫だろう』、なんて安易なことを考えてはいけません。……いいですね?」

「……は、はい、以後気をつけます」

 

 人間界に関する新たな知識――『いつも優しい人が怒ると怖い』

 後で本に書き加えておこう……。

 え? はざまの世界ではどうなのかって? ……優しい人なんていねーから。

 

「やーい、やーい、怒られてやんの。このダメ見習いめ~」

「ぐ、ぐぬぬっ」

「……ハッサン君、君もですよ?」

「へ?」

 

 振り返った神父様の視線が、調子に乗ったハッサンを貫く。

 

「危ない目に遭わされて腹が立ったのはわかりますが、今日まで指導してくれたことに対してまで悪く言うのは感心しません」

「う……」

 

 お、今度はハッサンの番だな? よーし、言ったれ神父様!

 

「確かに彼は多少常識がずれているところがあります。『……え、マジかよ』と思うことも多いです。けれどそんな中でも懸命に努力し、君を大きく成長させてくれたのは事実です」

「う、それは……」

 

 そうだ、そうだ、神父様の言う通り。指導なんて初めてなのに頑張ってやったのだぞ。お前はもっと私に感謝すべき。

 

「おつとめで忙しい中、彼は毎日休むことなく指導に当たっていました。ときには睡眠時間を削ってまで時間を捻出することもあったのですよ?」

「うう……」

 

 そうだ、そうだ、神父様の言う通り。こんなに律儀なサタンジェネラルなんて他に存在しないのだぞ。お前はもっと私を敬うべき。

 さすがは神父様、物事をよくわかってらっしゃる。

 

「ね、ハッサン君。虐待だの拷問だのと言ったことはきちんと謝らないと」

「う、ううう~~っ」

 

 神父様に(さと)され、だんだんと追い詰められていくハッサン。――しかし、

 

「~~~~い、いいやっ! 俺間違ったことは言ってないもんね! さっきはホントに酷い目にあったんだから! 絶対に謝らないからなッ!」

 

 しかしハッサンの奴は、それでもなお頑なな態度を崩さない。

 よほど私に頭を下げるのが嫌なようだ。師匠を何だと思っとるのか。

 ……いや、思い返してみれば、こいつに敬われた記憶なんて一度たりともないような……。あれ? ひょっとして私、弟子たちからすごく舐められている?

 

「……ふーむ、仕方ないですね。では目に見える証拠を見せましょうか」

 

 私が地味に傷付いている最中(さなか)、神父様は妙なことを言いながらこちらを振り返った。

 

「サンタ君、両手を前に出してくれますか?」

「む、手を? ……こう、であるか?」

 

 言われるがままに両手を突き出す。

 親指どうしを軽く合わせ、足は肩幅よりやや広めの姿勢。例えて言うなら、ちょうどアレフガルドの魔王様のようなポーズだ。これで一体何がわかるのだろう?

 

「???」

 

 (いぶか)しげな我々に構わず、神父様はにこやかに告げた。

 

「はい、ではそのまま唱えてみてください。……いきますよ? せーのっ、ホイミ!」

「ホイミ!――って神父様、何をやらせるのだ。今まで何回やってもダメだったのだぞ? それを今更唱えただけで発動するわけが【サンタの傷が回復した】って発動したアアアッ!?」

「うおっ!?」

「ひ、光っとる!! めっちゃ光っとる!?」

 

 適当に唱えた呪文で両手が光り始め、私は絶叫していた。

 冷静沈着たるサタンジェネラルに有るまじき醜態だが、今は気にする余裕もない。

 

「あわわわ! き、傷が、傷が塞がっていくぅ!」

 

 指先が暖かい光に包まれ、メラゾーマの乱発で負った火傷が見る見る癒えていく。目の前で疑いようもなく、自前の回復魔法が発動していたのだ。私、大混乱である。

 

「え、なんでっ!? どういうこと!? 昨日まで全くウンともスンとも言わなかったのに!!」

「おめでとうございます、サンタ君。神父として二人の子どもを導いたことにより、君の回復魔法の才能が芽吹いたんですよ」

「み、導いた……から……?」

「はい。教会の神父はいろいろなおつとめを果たすことでその才を芽吹かせます。その内容は下働きだったり、教えについて学んだり、善行を積んだりと様々ですが、共通するのは『本気で人を思いやって何かを成す』ということなのです。今回のサンタ君の場合、他者を教え導く行為がそれに当たったのでしょう」

「お、おお……」

 

 神父様の言葉に対し私は短い相槌を返すことしかできない。念願の回復魔法、その第一歩目を踏み出したという事実に、まだ実感が追い付いていないのだ。

 

 

 

「本気で……思いやる……」

「ふふ、どうですか、ハッサン君?」

「え? ……あっ」

「そう。これが、彼が心から君を想っていた証拠です。神父として、いえ一人の先達として、君たちに親身に寄り添っていた証です。……面白おかしく甚振(いたぶ)っていたのなら、決して癒しの術は発現しなかったはずですよ?」

「…………」

 

 フ、フフフフ……。

 

「……そもそもの話、優しくない人が、高価な装備品や薬草を買い込むなんて気配りしませんよ。それも……いきなり押しかけてきて悪評を広めようとした相手に、ね?」

「うっ」

 

 ムフ、ムフフフフ……。

 

「こんなにも弟子を大切に想ってくれる、優しい良い師匠ではないですか。……君も本当はわかっていたし、感謝もしているのでしょう? 勢い任せに言い過ぎてしまったせいで、今はちょっと素直になれてませんけどね?」

「うう……」

 

 デュフ、デュフフフフ……。

 

「ほら、意地を張らないで『ごめんなさい』しましょう? 大丈夫、彼はいつまでも引きずるタイプではありませんし、すぐに仲直りできますよ。弟子のために時間もお金も、真心さえも費やしてくれる、立派な師匠なんですから」

「う、う~~~~っ! …………あ、あ~~もう! わかった! わかったよ! い、言えばいいんだろ、言えば!?」

「ふふっ。はい、頑張ってください」

 

 ふははっ、ふはははははっ! 

 

「スー、ハー、スー、ハー……。…………あ、あのな、師匠? さっきはあんなこと言っちゃったけど……、今日親父と和解できたのは、師匠のおかげだし…………。つまりその、何と言うか……、ほ、本当は俺、すごく感謝してるわけで……、だ、だからその…………さっきのことはゴメ――」

「ぬおおおおっ!! やっったぞおおおお!!」

「いや黙って聞けよここは!?」

 

 むははははっ、やった! ついにやったぞっ! 念願の回復魔法習得、超嬉しい!

 しかも、しかもさらに嬉しいことに、私は勢い余ってその先の真理にまで到達してしまった!

 

「おい聞いてんのか、馬鹿師匠! 今俺結構勇気出したんだからな!? コラ無視すんな、こっち向け!」

 

 さっきから何か聞こえる気もするが、今はこっちが優先だ!

『初心者を魔物の群れに放り込んでスパルタで鍛える』という行い。これが正解だったということはつまり――だ。

 

「つまり! 弟子を追い込めば追い込むほど、私の熟練度も上がるということなんだな!?」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「…………は?」

「なら話は早い! おい、ハッサン! 明日から、いや、今からすぐに修行再開だ!」

「…………」

 

「ムフフフ、今度の修行は前ほど温くないぞ。質も量も一気に引き上げてやる。そうだ! いっそのことサンマリーノ周辺の雑魚ではなく、ガンディーノの魔物を相手にするのはどうだろう? これなら修行効果は軽く三倍は見込めるぞ!」

「…………」

 

「なあに、怪我の心配などするな。今の私にはホイミがある! 最悪の場合でもザオリクがある。何の問題もない!」

「…………」

 

「これでハッサンはもっと強くなれるし、私はさらなる回復魔法を手に入れられる! まさにあれだな、『うぃん―うぃん』な関係というやつだ。誰も損せず皆幸せになれる理想的な間柄。いやー、本当に素晴らしいものだな、師弟関係というやつは!」

「…………」

 

 先ほどからの素晴らしい出来事の連続に、私のテンションは鰻のぼりである。ハッサンもきっと喜んでいるに違いない。

 このやる気を無駄にしないためにも、早速今から修行を開始せねば!

 

「よし、ハッサン! ただちにキメラの翼と魔法の聖水を買い占めるのだ! そしてその後はお待ちかね! ガンディーノにひとっ飛びして、楽しい楽しい修行ツアーの始まりだぞッ、うはははは!」

 

 私は幸せな未来を思い描き、地下牢に笑い声を響かせたのである。

 

 

 

 

 

「……なあ神父様。やっぱり俺、謝らなくてもいいと思うんだ……」

「……そうですね。これはさすがに何と言うか……アレですね」

「ん?」

 

 だがしかし、振り返った私を迎えたのは、弟子と上司の冷たい眼差しだった。

 否、二人だけではない。気が付けばその場にいた全員が、私に対して同様の視線を向けていた。

 

「「「………………」」」

「お、おい、皆どうしたのだ? なぜにそんな冷たい、ゴミを見るような目で私を見るのだ?」

「では町長さん、彼には地下牢で一晩反省してもらう、ということで。上司として承認しますね」

「うむ、承知した。ではみんな、そろそろ行こうか。町の無事を祝って、ささやかな宴の席を用意しておる。ぜひ楽しんでいってくれ」

「お、そりゃありがてえ」

「ゴチになりまーす」

「明日から町の修復作業に追われるし、英気を養っておきませんとね」

 

 ガヤガヤガヤガヤ…………。

 皆は楽しそうに連れ立って地下牢を出ていく。こちらを一瞥すらしない。

 

「…………お、おーい? 冗談はそのくらいにして、そろそろ出してほしいなあ……、なんて……」

「人手がたくさん必要になるな」

「荷運びならモンスターたちに頼めるけど……」

「え、アマンダそんなことできるの!? すごい!」

「べ、別に大したことじゃないわよ…………えへへ」

 

 ……返事がない、誰も聞いていないようだ。こちらをまるで気にすることなく地下牢を出て行く。

 

「……え、あの、ちょっと? え、ホントにおいて行っちゃうの? 私一番の功労者よ? な、仲間はずれは酷いと思うな! ねえちょっと聞いてる!?」

「まあとにかく明日からのことです。皆さん、今日は思い切り羽根を伸ばしましょう」

「「「はーい」」」

 

「…………ヤバい」

 

 ここに来てようやく私は、皆が割とガチギレだという事実に気付いた。

 冷静に考えてみりゃ、そら(町を炎上させられたのだから)そう(この反応も当然)である。

 ここはキ○ガイだらけの狭間の世界ではないのだ。常にどこかしら崩壊している大魔王城と同じノリで考えてはいけなかったのだ。

 

「……ご、ごめんなさい! 正直さっきまで適当にお茶濁そうと思ってました! 『モンスター追っ払ってやったんだからあれくらい良いじゃん』って思って本気で謝罪してませんでした!」

 

 途端に今までの強気を翻し、全身全霊で謝罪した。

 もう本気も本気、石畳を砕く勢いでの全力土下座である。

 

「こ、今度こそちゃんと反省します! キッチンでメラゾーマは使わないし、お供え物を勝手に食べたりもしません! 酒は一日三本までにするし、カジノで使う金も千ゴールドまでで我慢します!」

「……あいつ、見習いのくせに何やってんだ」

「……普通破門じゃないの、神父様?」

「…………人柄は良いんですよ……人柄は」

「っ!? そ、そうでしょ? 人柄は善良でしょ? こ、こんなとこに入れられなくてもちゃんと反省できるよ!?」

 

 ようやく皆が反応を返してくれたことに、私は僅かな希望を見出した。ここぞとばかりに全力で()(へつら)い、何とか脱出を図る。しかし、

 

「だ、だからここから出して! 誰か助けて! ちょ、無視しないで! ああっ、ちょっ、行かないで! みんな待っ――」

 

 ――ガチャン。

 

 時すでに遅し。

 懇願空しく地上への扉は閉じられ、私は『人間に逮捕された魔物第一号』という、全くありがたくない称号を獲得することになったのだった。

 

「N、NOOOOOOOOOーーーーーー!!」

 

 

 

 

 ……おーまいごっどである。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ――悲報。魔族の将サタンジェネラル、人間に捕まる!

 ――魔族の面汚し。不良品の疑い有り!?

 ――培養カプセルに不具合か? 製造元は否定のコメント。

 ――徹底解説! 1182号とはどんな人物? 普段の素行に問題が?

 ――朝まで生討論! 大魔王城ひきこもり問題。100年間は長すぎる!

 ――同僚B氏に独占インタビュー! 1182号の素顔とは!

 

『え~~っ!? あいつ人間ごときに捕まっちゃったの!? うっそだろ!? え、なに? 勇者とかそういう強い奴に出会っちゃったの? まあそれじゃあ仕方な――えっ、ただの町民!? あいつ一般人にやられたの!? サタンジェネラルが!? はざまの世界の戦士が!? ただの一般人にやられちゃったの!? ひゅ~~っ! さすがは一流の武人さんだ! 俺にはとても真似できねえぜ!』

 

 

「――う、うがあああああッ!」

 

 バキッ、バキッ、バキッ――と。

 

 地下牢に置き去りにされたその夜更け、私は妄想の中のブースカを殴りつけながら鬱憤を晴らしていた。その余波で壁や床が砕けてしまうが、気にせずゴンゴン殴り続ける。

 これで痛みの一つでも感じてくれれば冷静になれるのに、頑丈な拳にはスリ傷一つできやしない。ああ、魔族の屈強な体が今は恨めしい。

 

 

 ――ピーヒャララ~~。

 ――かんぱ~い!

 ――町の平和に感謝を~!

 ――もっと飲め飲め~~!

 ――わははははは!

 

 

「嗚呼、楽しそうだなあ……」

 

 不意に、明かり取りの窓から賑やかな声が聞こえてきた。

 ときおり楽器の音も響いていることから、昼間の祭りの続きでもやっているのだろうか。寒々しい地下牢と比較し、より一層寂しさが沁みた。

 

 ……ついでに怒りも沸々と湧いてきた。

 

「ちくしょうハッサンめ、なんと酷い奴なのだ。師匠の顔面を凹ませた上、地下牢に置き去りにするとは……」

 

 アホ弟子に対する愚痴がつらつらと漏れ行く。昼間の所業を思い返すとまた腹が立ってきた。今度の修行は絶対に十倍にしてやろうと固く決心した。

 

「……いやハッサンだけじゃないな。あいつらめ、みんな揃って私を除け者にしおって。なんと冷たい奴らなのだ」

 

 さらに愚痴は派生していく。

 町を救った自分に対してこんな扱いをするなど、他の連中もけしからん。

 これが現代人の心の冷たさというやつなのか。まったくもって嘆かわしい。華やかな都会で犯罪が多発するわけである。

 

「人間同士でそんな有り様なのだ。なら人と魔物が分かり合うことなんて到底ありえないのさ。ケッ」

 

 きっと今日のことで町の皆からも敬遠されたに違いない。

 なにせフランク曰く、私は逃亡してきた大量殺人犯なのだ。どうせ皆いつも笑顔の裏で『怖いなあ』とか、『どっか行ってくれないかな』とか思っていたに違いない。そうだ、そうに決まっている。

 

 ふん、それならそれでいいさ。

 元よりこの身は魔物、自分こそを最優先として生きてきたエゴイスト。

 結局のところ我々の関係など、お互いに引っ叩き・貶し合い・利用し合うくらいでちょうどいいのである。

 

 ……そこ。『怒られてヘソ曲げた子どもみたい』とか言うんじゃない。

 これは種族間の軋轢についての高尚な思索であって、断じて不貞腐れているわけではないのだ。

 

「……ふん、まあいい。今回であいつらの悩みはほぼ解決したし、これ以上関わることもないだろう。この辺りが縁の切れ目だ、後は修行でも恋愛でも勝手にすればいいのさ。ああもう、人間なんて知らん知らーん!」

 

 そんな投げやりな言葉とともに、私は床にあったトレーを台に載せた。

 不貞寝している間に運び込まれたのであろう夕食。色とりどりの品が並べられたトレーからは、食欲を誘ういい匂いがふよふよと漂っていた。

 嫌なことは食って寝て忘れてしまうに限るのである。

 

「お、屋台で売っていた串焼きに、こっちは魚の香草焼きか。はざまの世界には海産物がないから食べてみたかったのよな~。うむうむ、この茸スープもすごく美味そうだ。おっ、さらにワインとグラスまで付いているのか。なんだなんだ、えらくサービスが良いではないか~」

 

 無慈悲に投獄されて嘆いていたが、どうやら看守の性格は悪くないようだ。私の好物を用意してくれた上、よくよく見れば奥の方に真新しい布団セットまで置いてある。細やかな気遣いが感じられて大変よろしい。

 ハッサンもアマンダも、少しはこういうところを見習えば良いのだ。いつもいつも師匠を(ないがし)ろにしおって、あの悪ガキどもめ。

 

「ふふん、今更改めても遅いがな。失ってはじめて師のありがたさを思い知るが良いのだ。……お、紙エプロンまで付いているぞ。むはは、本当にサービスがいいな、ここの牢屋は」

 

 思いがけぬ好待遇に高笑いしながら、私はトレーに添えられた四つ折りの紙を開いたのであった。

 そして――

 

 

 

『今日はいろいろありがとう、師匠。このスープ私が作ったやつだから、後で感想聞かせてね?』

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「…………ほあ?」

 

 そして見事なカウンターをもらい、珍妙な声を上げていた。

 

 ……そこにあったのは、柔らかな文字で綴られた、弟子からのメッセージカードだった。普段見られないその素直な言葉に、不覚にも一瞬マヌケ面を晒してしまう。

 さらに、添えられていたのはそれ一枚だけでなく、

 

『馬鹿息子を鍛えてくれたこと、礼を言う。大工仕事が必要なときはぜひ声をかけてくれ』

 

 無骨な文字で……、

 

『町長としては言えないので、一人の町民として……。この町を救ってくれたことに、心から感謝する』

 

 厳格な文字で……、

 

『一晩そこで過ごせば、怒っているお役人たちも納得してくれると思います。今度特別ボーナスも出しますから許してくださいね?  追伸:食事と寝具は住民の皆さんが用意してくれました。怖がられていないから安心してください』

 

 穏やかな文字で……、私への気遣いと感謝が綴られていた。

 

 ――そして、最後に添えられた一枚には、

 

 

『さっきは流されたからもう一回だけ言っとくぞ? …………強くしてくれてありがとう! 親父と仲直りさせてくれてありがとう! あと、師匠のこと尊敬してなくもないぞ! つーわけでこれからもよろしくな! 以上!』

「…………」

 

 何度も手直しして、ボロボロになったその紙には、下手くそな文字で想いが綴られていた。

 

 ――それはとても生意気で、回りくどくて、取っ散らかっていて、……でもだからこそ本心だとわかる言葉で、

 

「…………。……ふ、ふん、文字だけなら何とでも書けるし? ……いや別に、本音だとしても(ほだ)されたりしないし? 一流の武人がこの程度のことで動揺するわけないし?」

 

 ――負け惜しみのように悪態を吐くものの、頬がムズ痒い事実は如何ともしがたく、

 

「…………あーー……で、でもまあ? あいつのほうから歩み寄ってきたのは評価できるし? よくよく考えてみれば、私にも少しばかり悪いところがあったし?」

 

 ――これからもこの町で暮らしていくなら、こういう(わだかま)りを残すのも良くないわけで、

 

「……な、なのでまあ? 今回だけは……、寛大な心で仲直りしてやっても良い……かな~?」

 

 ――とりあえず今日のところは、変に意地を張らず、皆の言葉をクールに受け入れることにしたのである。

 

 

 

 ……そこ。『褒められて機嫌直すチョロい子どもみたい』とか言うんじゃない。

 これは分別ある大人として子どもの言葉に折れてやっただけであり、断じて何かに絆されたわけではない。

 

 …………だからこれは、口角が上がりそうなのを口数で誤魔化しているとかそういうことではないし、『皆に感謝されて嬉しい』などというシャバい反応でもない!

 何やら体温が上がっているのもスープの湯気が熱かったからであって、『弟子の言葉に照れている』などということは絶対にないのだ!

 いいな!? わかったな!?  ホント勘違いするなよ!? 

 

 よ、よしっ、では感情の整理も付いたところで、日課のお祈りでもしようか! 何しろ私は敬虔なる信徒であるからして!

 

「オ、オホンッ。おお神よ、どうかこんな穏やかな日々が、ずっと続いてくれますように――」

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 見習い神父が、空に向かって手を伸ばす。

 いつかと同じく独りぼっち、場所も寂しい地下牢で、冷たい隙間風が体を撫でる。

 さりとて不思議とその身は暖かく、彼は一人、月明かりの下で小さく笑った。

 

 この温もりは一体どこから来たのか。

 言葉通りスープの熱さか、回復魔法を覚えられた喜びか、はたまた他の某なのか? それは本人にも分からない。

 ただ一つだけ、確実に言えることがあるとすれば、彼がこの温もりをこの先もずっと大切にしていくだろうということ。

 

 数多の魔物の中で偶然生まれた突然変異(?)、回復魔法を覚えたいという変わり者のサタンジェネラル。彼が本当の意味で癒されるのは、一体いつの話になるのか?

 

 

 ……もしかしたらそれは、そう遠くない未来かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、お祈り終わり! さ~てと、では屋台飯とやらを味わってみるかな~? ムフフフ~、どれも美味そうでいいぞ~。んじゃあ、いただきま~――」

 

 

 

 

 

 

「――サタンジェネラル1182号だな?」

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 

「………………え?」

 

 ――なんと まおうのつかいが あらわれた!

 

「ムドー様の御命令だ。我が軍のサンマリーノ侵攻を妨害した件で貴様を査問する。速やかにムドー城まで出頭せよ」

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

 ――前言撤回。まだまだ平穏は遠いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お読みいただきありがとうございました。これにて2章終了です。
 昨年中にここまで投稿できれば良かったのですが、書き直しの連続でズルズル時間がかかってしまいました。
 次章はもっと早く書けるよう頑張ります。(2019/07/12)
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