「ぐぅ……!」
頭を垂れる己の周りで地面がひび割れていく。空間が歪み、暴風が吹き荒れ、極寒の冷気が肌を突き刺す。そして、それらが些事に思えるほどの尋常でない圧が背中へ降りかかる。
鍛え込んだはずの肉体がギシギシと軋み、全力で抵抗してもなんとか体勢を維持するのがやっと。直接何もされていないにもかかわらず威圧感だけでこの有り様だ。疲労からではない汗が滝のように流れ、地面にいくつも染みを作っていった。
……甘かった。
昔より強くなったことで、どこかでこの方を舐めていた。鍛え上げた今の自分であれば対抗できるだろうと、何の根拠もなくそう思っていた。全くもって大甘だった。
思い出せ。この方は魔王。数百万の軍勢を統べる、大魔王軍の最高幹部。所詮は一量産型に過ぎない私などが、対抗できる相手であるはずがなかったのだ。
…………だが!
「ぐ、ぐぬううう!!」
だがしかし! 力の差が大きいからといって命を諦めたわけではない!
私は誇り高きサタンジェネラル、絶望的な状況でも決して諦めはしない。
故郷を旅立って見聞広めたのはこんなときのため。今こそ培ってきた全てを駆使し、この難局を乗り切ってみせる!
断固たる決意のもと、私は決然と顔を上げ、絶対上位者に対して想いの丈を叫んだ。
「すいませええん!! ちょおおおっと辛いので威圧緩めてもらえませんかあああ!? 今からきちんと謝罪と弁明を行いますので!! ホントお願いしますウウウウ!!」
――そう! 言い訳して! 誤魔化して! 同情を誘って! 靴の裏を舐めてでも命乞いをしてやるのだ!
え? 反旗を翻してかっこよく倒すんじゃないのかって?
馬鹿野郎! こんな化け物相手に量産型が勝てるわけないだろ! 今私がするべきことはただ一つ、どんなに見苦しくとも生き残ることだ!!
「ではその弁明とやら、聞かせてもらおうか?」
「はい喜んでええええ!!」
私は満面の笑みを浮かべ、新たな上司様へ事情説明を開始したのである。
社会人生活で鍛えられた言い訳能力、とくと見よ。
Q1、なぜ人間界にいるのか?
A1、近年実力に伸び悩みを感じ、修行のためにこちらへ来ました。とても真面目な理由なんです、はい。
Q2、それにしては祭りなどを楽しんでいたようだが?
A2、ゴホッゴホッ!? ……しゅ、修行には適度な休息も必要でして、昨日は偶然休みの日だったのです。……ふ、普段は当然厳しい訓練を行っておりますとも!
Q3、大魔王城所属の者に勝手な移動は許されていないはずだが、許可は得ているのか?
A3、(ギクッ!?) ……あ、あれえ? 確かに報告したはずなんですが、ど、どこかで行き違いになったかなあ……? ず、杜撰な管理体制には困ったもんですなあ。あはは……。
Q4、人間の町で暮らしていた理由は?
A4、えーとえーと……、あ、そうだっ、人間の技術の中に強くなるヒントがあるのではと考え、観察をしておりました。敵の調査という意味でも、魔王軍の役に立つかと愚考いたします。……け、決して仲良くなってなどいませんよ!?
Q5、なぜ我が軍の侵攻を妨害した?
A5、そ、それは大きな誤解であります! 野良モンスターの襲撃が起こったと誤認してしまい、町の調査が終わっていなかったため止む無く撃退したのです。……い、いやあ、まさかあれがムドー様の配下だったとは! かーー、気付かなかったなーー! サンマリーノ周辺の魔物ばかりだったから見事に間違えちゃったなーー! 仕方なかったとはいえ、これは不徳の致すところだなーー!
……。
…………。
………………。
Q6、…………そうか。
A6、………………そ、そうなんです。
……説明終了。
そして私の命も終了しそう。ボロが出るどころか話全体がズタボロだった。
それを表すように、問いが終わってからずっと黙っているムドー様。頭の中で処刑方法でもお考えなのだろうか?
待たされているこの間が地味にキツい。冷たい空気の流れる音だけがビュービュー響いて気まずいことこの上ない。あれだ、学校で先生に質問されて何も答えられない状況に似ている。
ウオェ、緊張で胃が痛くなってきた。お願いムドー様っ。生かすにしろ殺すにしろ、素早くパパッと決めちゃって下さい!
「まあ、よかろう」
「ヒィ!? やっぱり殺すのは無しの方向で!――って、……え?」
あまりにあっさりとした口調だったため、先走って情けない反応を返してしまった。聞き間違いでなければ今、確かに『許す』と言われたような気が……。
「あ、あの……、もう一度……お聞かせ願えますか?」
「我が軍への攻撃は不問に処すと言ったのだ。元々あれはお遊びのようなもの。失敗しても然程問題はなかった」
「………………ほ、本当に?」
「ああ。二言はない」
……。
…………。
………………。
…………い、いやっふううううう!! 生き残ったああああ!!
なんだよもうーー、本当に私の読み通りだったのかよお! こんな査問だなんて仰々しい真似しちゃって、ムドー様も人が悪いなーー!
まあそりゃそうだよな! 私はデュラン様の細胞から生まれたクローン、つまりムドー様から見れば甥っ子みたいなもの! それをちょっとミスしたからって簡単に殺したりするわけなかったよなー、いやー、焦った焦った!
開放感からその場で小躍りする。
御前にて少々不敬ではあるが、粛清が常の魔王軍で命を助けてもらえたのだから仕方がない。ああ、寛大な上司様に感謝である。迷惑な魔王様とか思っててごめんなさい。
「よし、ならこれにて一件落着ですな! それではムドー様っ、部外者の自分はさっさと失礼させていただき――」
「では1182号よ、今後は我が
……。
…………。
………………。
「……え?」
これで憂いなく帰れると思い踵を返そうとしたそのとき、……今度こそ聞き捨てならない
…………え? 働く? 誰が?――――私が?
どこで? 我が麾下――――ここで!?
……い、いやいやいや、きっと何かの間違いだ。
「…………あ、あの、ムドー様。……ふ、不問というお話では?」
「ああ、昨日のことで特に処罰する気はない」
「で、ですよね! なら――」
「――しかしな? 我が軍は今、多数の重傷者が出て非常に困っておる。不幸な行き違いゆえ誰ぞに責任を問うことはできぬが、兵の数が足りずにとても困っておるのだ」
「あ、いや……」
「ああ、もちろんこれは強制というわけではない。お前は私の部下ではないのだからな。困り果てた一指揮官の、単なる『お願い』というやつよ」
「や、ちょ、待っ……」
「お互いデスタムーア様直属という同格の立場。例え勘違いで自軍を攻撃されようが、目の前で失礼な態度を取られようが、私にはとても文句など言えぬよ」
「あ、あの、ムドー様? や、やっぱり怒っ――」
「ゆえにな1182号よ? お前が何も気にせず……、やらかした責任を取りもせず……、例え遠慮なくこの話を断ったとしても…………」
――――私は全く、気にせんのだぞ?
「ヒェ……」
(絶対的上位者からの『お願い』、それはもはや『命令』と同義なのでは?)
とか、
(口とは裏腹にさっきより威圧感が凄いんですけど!)
とか、
(冷静に見えてやっぱりキレてらしたんですか!?)
とか……、
言いたいことはいろいろ思い浮かんだものの、もちろんそんなこと口に出せるはずもなく、
「…………サ、サタンジェネラル1182号、……つ、謹んで、拝命いたします」
「おお、そうか。期待しておるぞ」
再びこちらを叩き潰すような圧が襲い来る中、粛々と長いものに巻かれたのであった。
…………え? 権力に屈するなんて情けないって?
馬鹿野郎っ、上司の『お願い』に部下が勝てるわけないだろ!
ここは世界最悪のブラック企業『魔王軍』! 断る=死なんだよコンチクショウ!
……とりあえずこんな感じで、本社から支社への転属が決まったのだ。
◇◇◇
辞令
統一歴722年、実りの月16日、サタンジェネラル1182号の大魔王城守備隊の任を解き、人間界侵攻部隊・ムドー軍への異動を命じる。
今後の活躍を期待する。 以上
「……脳筋の魔王軍に書類なんて存在したのか」
手元の上質な紙を眺めながらポツリと呟く。
生まれてこの方100年余り、初めて知る驚愕の事実であった。ムーア城では見たこともなかったというのに、魔王軍とは案外まともな組織だったのだろうか?
……あ、それとも大魔王城が特別酷い修羅の国だっただけ? 何しろあそこは上司から同僚まで頭のおかしい連中ばかりだったからなあ。支社より本社のほうが無法地帯とか、ホントやばいぜ魔王軍。
…………。
「はあああ……」
などと嫌味を呟いても現状が変わるはずもなく。私は重たい空気を身体から追い出すように深くため息を吐いた。
ここはムドーの島の外縁部、周囲の海一帯を見渡せる高台の上だ。急転直下の出来事を受けた翌日、とりあえず心を落ち着かせたくてウロウロ彷徨っていたところ、この場所へと辿り着いたのだ。
誰もいないからと人には聞かせられない罵詈雑言を撒き散らし、今は一段落して休憩していたところである。
……え、どんな内容なのかって? 言えるわけないだろそんなこと、粛清されちゃうわい。
「はあああぁぁぁぁ。…………まあ、即座に殺される最悪のパターンでなかっただけ、ありがたいと思うしかないか」
最後にもう一度大きく息を吐き出し、澱んだ気持ちを切り替える。
終わったことでいつまでもウジウジ悩んでいても仕方がない。それよりは真面目に先のことを考えた方がいいだろう。
今回、強制的にムドー軍に所属させられてしまったわけだが、別に即座に命の危険があるわけではないのだ。人間との争いも今は小康状態だと聞いているし、すぐさま戦いに駆り出される心配はない。
懸念していた人間関係にしても、部下は従順で襲い掛かって来る恐れはなさそうだし、ムドー様直々の指名で転属したわけだから、その唯一の上司様から冷遇される可能性も低い。
今現在受けている命令なんかはないし、部隊に所属していないから訓練する必要もなし。仮に任務を課されたとしても、新参者に任される仕事など大したものではないはず。
顔を隠さずに生活できる点も地味にポイント高い。
つまり、これらのことを総合的に判断すると、導き出される結論は――
「私はいずれ命じられる任務に備え、日々ぐうたら生活していればそれで良い……?」
……。
…………。
………………。
…………あれ? 最高じゃね?
――天啓が舞い降りた気がした。
「…………よし、悩むの終了。昼寝でもしよう」
厄介だったはずの悩みがアッサリと解決してしまい、私はその場に寝転んで肩の力を抜いた。柔らかな地面が布団代わりになってとても心地良かった。
……え、真面目に考えるんじゃなかったのかって?
いや、考えた考えた。考えた上で悲観することはないっていう結論に達しただけだから。
やー、いけないなー。ちょっと環境が悪くなったからって不貞腐れてちゃいけないなー。
昔から『住めば都』とも言うし、要するに物事は考えようなんだよ。最近ちょっと働き過ぎて疲れ気味だったし、つまりこれは少し身体を休める良い機会だったんだよ。適当に軽い任務請け負いながらダラリと暮らせる生活とか、悪くないどころか最高じゃないか!
かー、いけないなー。100歳超えて現代っ子みたいな反応しちゃって恥ずかしかったなー。
「あ、そうだ!」
一旦リラックスしたおかげか、いざというときに逃げ出すためのアイデアまで思い付いてしまったぞ。
その名もズバリッ、
――『危険な任務を請け負って、死んだと見せかけてトンズラする作戦!』
以前小耳に挟んだ話だが、この世界の北東海域辺りに謎の宝物殿があるらしいのだ。なんでも滅茶苦茶強い番人が宝を守護しているらしく、そいつには魔王軍の最上級兵でさえ殺られる可能性があるんだとか。
つまり、そのお宝を奪ってくると宣言して出撃し、現場に適当な負傷の跡を残して逃走すれば……、おおっ、見事に『戦闘中行方不明』の完成ではないか!
「完璧だ……。完璧過ぎて自分の頭脳が恐ろしくなってくるほどだ……」
唯一の懸念事項だった逃亡方法まで思い付いてしまい、ついに私にはやることがなくなった。後は決行するに適した時期を選定するだけであり、そのときが来るまでの数か月はまるっと全部休暇期間となってしまった。
素晴らしい、社内ニートの誕生だ。
「ああ……、もう何も怖くない」
ついに頭の力までも抜き去る。恐怖感と絶望感から解放された脳みそが一気に軽くなり、心なしか周囲の景色まで変わって見えてきた。
左を見る。不気味で恐ろしい城も、今は安心感溢れる実家に見えた。
真上を見る。陰気で暗い空も、今は趣ある渋い空模様に感じた。
右を見る。相変わらず荒れ狂う海。しかし今はその荒々しさが逆に頼もしく思えた。
ほら、こちらに向けてやって来る武装船の連中も、荒波で激しく翻弄されてあんなにテンテコ舞いだ。いつもこうして我らを守ってくれる、厳しくも優しい母なる海よ。
「ふっ、世界とは感じ方一つでこうまで変わるのだな……」
最後にもう一度空を見上げ、小さく呟く。
新たな居場所で学んだ大切な教訓を胸に刻みながら、私はそのまま心地好い眠りに就くべく、ゆっくりと瞳を閉じるのであった――
……。
…………。
………………。
「――――んんんっ!!!?」
意識が落ちようとしたまさにそのときである。先ほどの視界に無視してはならないものが映っていた気がして、数拍遅れでガバリと飛び起きる。
「……え? 船? 武装している集団? ……え、カチコミっ!? この魔王城にっ!!!? ……いやイヤ待て待て冷静になるんだまずはかくにんDA!」
バクバクと鳴る心臓を落ち着けながら、私はゴ○ブリのごとくソロリソロリと地面を這った。高台の端から顔だけを出し、そっと下の様子を窺う。
じっと目を凝らした視線の先。そこには案の定、先ほど見た謎の小船が停泊しており、
「よし、行くぞお前たち! ここはすでに魔王ムドーの領域、全員油断するなよ!」
「「「はっ!」」」
「…………」
――カサカサカサ……。
私は無言で後退した。
……。
…………。
………………。
「…………い、いやいやいや、……ないないない。こんなとこに人間来るとかありえないから」
そうは言いつつも身体の方は冷静に気配を絶ち、再びソッと鎧姿の集団を盗み見る。その時点でもう察しているようなものだが、生憎私は諦めの悪い漢。最後まで希望を捨てはしない。
船でやってきたからといって人間とは限らない。魔物の中にだって船使う奴くらいいるだろう。こんなとこに泳いで来る奴なんて余程の馬鹿魔族だけだしな。
そうだ、きっとあれは『さまようよろい』か『ぬけがら兵』の団体だ。みんなして田舎を旅立って、ムドー軍に集団就職しに来たに違いない。そうだ、そうに決まっている。
よーし、ならば先輩として優しく迎えてやろうじゃ――
「レイドック兵の名にかけて、今日こそ魔王ムドーを討ち果たすぞ!!」
「「「おーー!!」」」
「NOOOOOOOO!!」
希望は粉々に砕け散った。
◇◇◇
レイドック。西大陸中央部に位置する歴史ある大国。
立地的にムドー城から最も近い場所にあり、魔王軍の人間界侵攻に対して真っ向から立ち向かっている数少ない国の一つだ。
開明的な王族によって善政が敷かれており、国力や民衆の意気は非常に高い。比例して軍事力も高く、兵士一人一人がムドー軍と真っ向から戦えるほどに強いという。
また、海に面していることから造船技術にも長けており、その海軍力の強さは人間社会でも有名だ。ムドー軍とも散々海戦でやり合ってきたらしく、いくつかの戦いでは魔物側を撤退に追い込んだこともあるとか。
多くの国々が滅ぼされていく中、レイドック以西がまだ陥落していないのはこの国の防衛力のおかげであり、ムドー軍にとって現状最大の敵国であると言える。
――がしかし、最近になってその国力に陰りが見えているらしい。
というのも、人間は戦える者の数が限られている上、戦えば戦うほどその兵数は減っていく。対して魔物側は全員が戦闘要員であるのに加え、培養カプセルや生成魔術によっていくらでも戦闘員の補充が可能だ。戦いが長引けば長引くほど、その均衡が魔物側に傾くのは必然と言えた。
同時に、現在レイドックでは政治的な問題も発生しているという。
側近である大臣が王の意に反した政策を推し進めたり、横領によって私腹を肥やしたりとやりたい放題。さらに一部の兵の中には、これに同調して甘い汁を吸おうとする者までいる始末。
ただでさえ魔物との戦いで疲弊しているというのに内部までが腐敗してしまい、まさに内憂外患状態なのである。
ゆえに魔王軍では、『このまま行けば数年の内にレイドックは瓦解するだろう』、と考えられていたのだが――
「人類の劣勢を覆すには、我々が今日ここで魔王ムドーを討つしかない! 生きて帰れる保証のない過酷な任務だが……、皆、覚悟はできているな!」
「「「はっ!」」」
「よしっ! では気付かれぬ内に、迅速にムドーの元へ向かうぞ! 総員、我に続け!」
「「「おおおおっ!」」」
彼らは気合いを入れた後、勢い良く島内の洞窟へ突入、そのままムドー城への進軍を開始した。その言動や鎧のマークから察するに、やはり間違いなくレイドックの正規兵のようだ。人数は二十名ほど。
どうやら将来の敗北を回避するため、少数精鋭でトップを――すなわちムドー様の首を――奪りにきたらしい。正面切っての会戦では負けが込んでいるため、親玉の暗殺による一発逆転を狙ったということか。
なるほど、その理屈は理解できる。なんとも勇敢な選択だ。
命を惜しまず任務に当たる彼らには敬意すら覚えるほどだ。
だが――
「何も、今日でなくても良いだろうに……!」
彼らの事情は理解しつつも、あまりのタイミングの悪さについ恨み言が漏れてしまった。
せめて後一年、いや半年も待ってくれていれば、私は十分に休暇を満喫した後、悠々とトンズラできていたというのに……。それがまさか移籍翌日に決戦が勃発しようとは、なんとも間の悪い話である。
さて、どうしたものか……。
……。
…………。
………………。
「…………よし。見なかったことにしよう」
対応に悩むこと暫し、私はこの出来事をまるっとスルーすることに決めた。
ムドー様からも敵を迎撃しろという命令は受けていなかったし、それに何より、関わるといろいろ厄介事に巻き込まれそうな気がするからだ。
君子危うきに近寄らずとも言うし、ここは一流のサラリーマンらしくのらりくらりと躱しておくことにしよう。
…………。
……正直なところを言えば、見捨てるようで多少心苦しくはある。
彼らも人間の中では精鋭なのだろうが、ムドー様とは比べるべくもない。おそらく戦いにすらならず勝負は決するだろう。
ゆえに、彼らの無事を想うならここは制止した方が良いのだが……。
偶然巻き込まれた一般市民ならまだしも、彼らは覚悟を決めて戦いに臨んだ戦士だ。引き止めるのは逆に侮辱となるだろう。
「済まないな。せめて一人でも生き残ることを祈っているぞ」
胸の奥に微かな痛みを覚えながら、私は兵士たちに薄っぺらい祈りを捧げることしかできなかった。魔王軍が人間を見逃すことなどないとわかっているのに……。
「……いろいろと、ままならないものだな」
自分の言葉の空虚さにフッと自嘲した後、私はしんみりとした空気のまま、その場を後にするのであった。
…………。
そして――
「でやあっ!」
「のひょーうっ!?」
背後から降ってきた攻撃に驚き、珍妙な叫び声とともに跳び上がっていた。
神妙な雰囲気も一瞬で霧散。スウェーバックの状態から慌てて後ろを振り向き、襲撃者の姿を確認する。
「ななな、なんだ貴様!? い、いきなり人の背後から襲い掛かるとは、一体どういう了見だ!」
「うるさい! 覚悟しろ魔物め! 僕が退治してやる!」
「え……? こ、子ども? 子どもがなぜこんなところに……?」
意外な光景に驚きの声が漏れる。
そこにいたのは、10歳を少し過ぎたくらいの年若い少年だった。鱗の鎧に身を包み、鋭い視線でこちらを見据えながら銅の剣を構えている。
刃物を手に大男を襲撃する子ども……。なんだかどこかで見たようなシチュエーションである。
「お、おい、ちょっと待て少年。まずは剣を下ろして話を――」
「でやああっ!!」
「危なっ!」
突然の事態に混乱しながらも、とりあえず相手を落ち着かせようと声をかけてみた。 しかし少年の方も割といっぱいいっぱいなのか、聞く耳も持たずに銅の剣を振り回してくる。非常に危なっかしい。
くそう、話を聞かないところもそっくりだ。こんなとこまで似なくてもいいものを。
「って、痛っ! いだだだッ!? ちょ、やめんか貴様! へぶっ!? ちょ、ホントに痛い! 意外に良い腕してる!?」
「でやああっ!!」
「あだだだだ!?」
ああもうっ、シリアスな空気なんて完全に吹き飛んでしまった。せっかくハードボイルドに決めていたというのに、これではドタバタB級コメディではないか。
ガンディーノでもサンマリーノでも、ついには魔王城でもこんな感じだ。……ひょっとして私って、ポンコツな展開になる呪いでもかかってるんじゃないだろうな?
「でやああっ!!」
「いだだっ! ちょ、待っ、話を!」
「でやああああっ!!」
「へぶっ!? おまっ、だから落ち着けと言って――」
「でやああああああっ!!」
「ひ、で、ぶふっ――ああもうっ、いい加減にせんか!」
「ぶべらっ!?」
――今度、教会でお祓いでもしてみようかな。
溜め息まじりにそんなことを考えながら、私は襲い来る青髪の少年を優しくブッ飛ばしたのだった。
※辞令の年月日は適当です。