ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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2話 そうか、あれが噂に聞くヤクザか

 

 ついにやって来たぞ、人間界!

 

 ヘルハーブ温泉の井戸に飛び込み次元を超えた私は、生まれて初めて人間の土地に降り立っていた。両の手を広げると、涼やかな風が体を通り抜けていく。ああ、とても心地がいい。狭間の世界とはえらい違いだ。

 

 そしてもう一つ、大きな違いがある。あちらと比べるとこの世界は随分と明るい。さっきから眩くて目が眩みそうなほどだ。

 だが、なかなかどうして、この感覚も悪くない。どこか冷たく暗い印象のあった狭間の世界とは違い、太陽が世界中を照らしてくれている。

 

 そう、これは即ち、私の輝かしい未来の暗示! 

 明るい生活が待っているという、この世界からのメッセージ! 

 きっと天も私を祝福してくれているに違いない!

 とてもいい気分だ、はーっはっはっは!

 

 

 

 ……さて、感動に浸るのはこのくらいにしてさっさとダーマ神殿に行くことにしよう。

 方法は簡単、ウルトラキメイラに頼んで羽根を一枚拝借しておいたのだ。これがあればダーマまでひとっ飛びよ。

 さあいざ、私をダーマ神殿へと導くのだ、キメラの翼よ!

 

 

 サタンジェネラル1182号はキメラの翼を放り投げた。

 

 しかしなにも起こらなかった。

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「あれ、何も起こらんぞ? おかしいな、不良品か?」

 

 …………。

 

 ……あ! そういえば一度行ったことがないと意味がないのだった。

 くっ、抜かったわ! まさかこんな落とし穴があるとは!

 

 いや待て、落ち着け。ならば歩いていけばいいだけのことよ。私は誇り高きサタンジェネラル、この程度の障害には屈しない。失敗してもすぐにリカバリーすることが大切なのだ。

 

 

 まずは現在位置の確認だ。

 大魔王城になぜか置いてあったこのガイドブック『人間界の歩き方』によると、ダーマ神殿は世界の北のほうにあるらしい。しかし今いる場所がわからなければ、どちらに向かっていいのかすら判断できない。

 ゆえに、とりあえずは情報収集だ。

 

 偶然にも目の前には大きめの街がある。ここで聞き込みでもすれば、必要な情報はすぐに集まるだろう。

 人間の街は初めてなので少々不安だが、要は魔物とさえバレなければ問題はない。設定は武者修行中の剣士として、人との接触は最小限に……。これで完璧だ。

 ――よし。では、いざ!

 

「こんにちは!」

「怪しい奴め! 大人しくしろ!」

 

 おぶう、早速(つまず)いたでござる。

 どういうことだ、にこやかに挨拶をすれば初対面でも友好的になれると『人間界の歩き方』に書いてあったのに! 『こんにちは、死ね!』が横行する狭間の世界とは大違いだと感動していたのに!

 

「な、何を言うのかね。わ、私は普通の武者修行者だ。怪しくなどない」

「いきなり空中から現れて、高笑いしながらデカい翼を放り投げる奴が、怪しくないはずあるか!」

 

 しまった! 先ほどからの行動を見られていたのか!

 い、いやでもあれくらいのテンション、旅行先なら普通だろう? ガイドブックにも書いてあったぞ?

 狼狽する私に対して、門番は槍を構えてジリジリ近づいて来る。

 

「行動だけでなく恰好も怪しい奴め。ひっ捕らえてやる!」

「え? 恰好?」

 

 …………。

 

 あ、ああ! そうか、そういうことか!

 そういえば人間は服装とか見た目を特に気にする種族だった。この古式ゆかしい死神スタイルを見慣れていなかったのか。

 なんだよもー、早く言ってくれよ。だからあんな普通の行動も怪しく見えちゃったんだな?

 

「なるほど、恰好が問題だったのだな? ちょっと待ってくれ。今フードを取るから、よいしょっと…………ふう。……ほら、この通り」

「!?」

 

 私は怪しくないことを示すため素顔を晒した。しかし、

 

「なな、なんだそのヤバそうな顔色は! ますます怪しいだろうが!」

「え? ええ?」

 

 門番はさらにいきり立ってしまった。

 こっちだってますます意味が分からない。この顔色が一体何だと言うの――

 

 …………。

 

「あ、あーーっ! そ、そうだ、思い出した! 人間って肌の色で人を差別するみみっちい種族だった!」

「何をわけのわからんことを! もういいっ! 捕えてから素性を暴いてくれる!」

「そおい!」

「げふう!?」

 

 ……。

 …………。

 ………………よし、息はしているな。このまま壁に立てかけておけば……これでよし。

 

 

「ふう……、人と魔物が分かり合うというのは大変なことなのだな……」

 

 私は異種族交流の難しさを噛み締めながら、街の中へと足を踏み入れたのである。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 首尾よく街に侵入した私は、情報収集の前にまず武器屋に行くことにした。いつまでもフード姿では、またトラブルになるかもしれないからな。こちらに溶け込める恰好をしなければならない。

 一応あちらで使っていた装備品も持って来てはいるが、あのような一目で高価とわかるものを往来で身に着ける気にはなれん。特に、任務中に偶然手に入れたあのメタルな兜なぞ、その最たるものだ。確実に盗人の目を引いてしまう。

 

「やはりここの店で一式購入するのがいいだろうな」

 

 なあに、金ならたんまりある。大魔王様への献上品の中にあった人間界の貨幣を、出発前に少々拝借したのだ。金など魔物社会では無用の長物、精々私が有効活用するとしよう。

 人間界では金がとても重要らしいからな。噂では金を巡って親兄弟や仲間内で殺し合うことすらあるそうだ。なんと恐ろしいことか。

 

「お、ここか。御免」

 

 剣の絵が描かれた看板を見つけたので、そのまま扉を潜る。

 

「へい、らっしゃい!」

 

 中に入ると、威勢のいい声と共に色とりどりの武具が私を出迎えてくれた。

 

 買い物をするのは初めての経験だ。少し緊張する。

 だが武具に関しては私も一家言を持っているからな。下手な物を買うのはプライドが許さん。気合いを入れて品定めをしなければ。

 

「お、これは……」

 

 壁に掲げられている内の一振り、赤い剣を手に取っていろいろな角度から眺める。なかなか良い品質だ。

 

「旦那、お目が高いですね。そいつはウチの店の一押し、『ほのおのつるぎ』でさあ。炎に弱い敵に大ダメージを与える上、イオの魔法も込められているっていうお得な武器でね。弱い魔物を一掃するときなんかに重宝しますぜ?」

「ほう、魔法が使える武器か。剣そのものも悪くない……。ん? こちらも結構な品ではないか?」

「そいつは『ゾンビキラー』って言いまして、アンデッド系に効果絶大な剣です。この辺りにもゾンビ系の魔物が出ますからね、持ってて損はありませんぜ?」

 

 武骨な外見の割にセールストークが達者な店主である。どちらも良さそうで迷ってしまう。

 

 もういっそ、両方買ってしまうか? どうせ泡銭(あぶくぜに)であることだし……。

 よし、ならあとは鎧と盾と……。

 

「決まったぞ店主。『ほのおのつるぎ』と『ゾンビキラー』、『ドラゴンメイル』と『ほのおのたて』を頼む」

「おお、太っ腹ですな、旦那! 毎度どうも、69500ゴールドになります!」

「では、70000ゴールドから」

「はい確かに。500ゴールドのお返しです。では鎧のサイズ合わせをしますね」

「いや。その辺りのことは自分でできるので結構だ」

 

 また肌の色で騒がれては困るので、用心に越したことはない。

 

「そうですか。ではお包みしておきますね」

「うむ」

 

 店主が上質な布で武具を包み始める。四つもあるのでそこそこ時間がかかりそうだ。

 

「…………」

 

 ……なにやら手持無沙汰で気まずいな……。こういうとき客は何をしていればいいのだろうか? 

 ガイドブックには何て書いてあったか……えーと、……ああなるほど、世間話がてら情報収集をするのか。

 ならば今の状況にピッタリだな。やってみよう。

 

「自然に……、自然に……。コホン……あ、あー、ときに店主よ、少し聞きたいのだが。この町、妙にピリピリしてはいないか? 先ほども門番に居丈高に詰問されたし、町全体の空気が張りつめているように思えるのだが?」

 

 私がとても自然に質問すると、作業をしていた店主は何とも言えない表情を浮かべてこちらを見た。

 

「あー、……それはですね。……旦那、この国のことはあまりご存じではないんですかい?」

「ああ、未開の地にいたので世情には疎くてな。説明してもらえるとありがたいのだが」

 

 未開の地どころか異界の地だけども。

 

 

「うーん。仕方ない、ウチの財政を潤してくれたお礼でさ。ただ、大きな声では言えないのでちょいとお耳を……」

 

 店主は少し悩んだ末、苦笑しながら了承し、顔を寄せてきた。

 

「実はですね、このガンディーノの国では随分前から圧政が敷かれているんですよ。重税をかけるし、手当り次第女たちを召し上げるしで、民の暮らしは散々なんです」

 

 おお、所謂暴君というやつか。人間界の七不思議の一つだな。特に強くもない奴が好き勝手やって、それに誰も逆らわないという謎の現象だ。

 

「で、さらに厄介なのがギンドロ組って無法者たちの存在なんでさあ。こいつらがもうやりたい放題いろいろやりやがってね。しかも王様が黙認しているもんだから、誰も逆らえないんですよ。だから目を付けられないように、みんな息を潜めて暮らしているんでさ」

 

 はー、なるほど。王ではなく、そのギンドロ組とやらがこの国での強い者というわけだ。力の強い奴らが幅を利かせて、弱い者たちはやられっ放しと。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 ……な、なんということだ、狭間の世界と似たようなものではないか。よりにもよって記念すべき人間界第一訪問国がなぜあちらと似たような状況なのだ! せっかく穏やかな日々が手に入ると思っていたのに!

 

「旦那も気を付けてくださいね。奴らは余所者には特に苛烈ですから、身包み剥がされてポイっなんてことになりかねません。特に用がないんだったら早くこの国を出たほうがいいと思いますぜ」

「ああ、わかっている。無駄に危険に近づく趣味はない。早いところ次の町に行くとしよう」

 

 包んでもらった武具を脇に抱え、店を出る。

 

「では、世話になった」

「ありがとうございました、お気を付けて」

 

 まあ人間相手に別に危険は感じないが、目立たない方針であるしな。あえて揉め事を起こすこともあるまい。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 …………と思って町を出ようと思ったのに、何やら尾行されている。さっきの警備兵か、もしくはギンドロ組とやらか? 何れにしても面倒な。

 

「……仕方ない。適当なところに誘い込むか」

 

 騒ぎになっても面倒なので、人気のないところで処理することにする。

 不自然に見えないように裏路地へ入り、そのまま奥へ奥へと歩いていくと、だんだんと人通りも疎らになっていく。薄暗いのも相まって如何にも通り魔が現れそうな雰囲気だ。

 そしてさらに二、三個角を曲がって少し歩いたところで、私は襲撃者が狙いやすいように足を止めた。

 

 ――はい、カモン。

 

「ギンドロの腐れ野郎! くらえ!」

「そおい!」

「へぶ!?」

「……おや?」

 

 予想通りに後ろから襲ってきた相手をとりあえず殴り飛ばしたが、妙に手応えが軽かった。子供か? 兵士でもないし、セリフからしてギンドロ組でもなさそうだ。どういうことだ?

 

「うーむ……、まあとりあえず縛っておいて、と。…………おーい、起きろ」

 

 縄で縛った後、適当に体を揺すって襲撃者を起こす。

 

「う、う~ん…………はっ! あ、て、てめえ、何しやがる! この縄を解け!」

 

 手応えの軽さから思った通り、襲撃者は年若い少年だった。目を覚ました途端こちらを鋭い目で睨み付けてくる。

 

「何しやがる、はこちらのセリフなのだが。一体なぜ私を狙ったのだ? 追剥ぎか?」

「はん! 追剥ぎはてめえらだろ。町のみんなから何でもかんでも奪っていきやがって。自分たちが奪われるのは嫌ってか!」

 

 私が追剥ぎ? まさか私のことをギンドロ組と勘違いしているのか? いや、確かに怪しい見た目だけども。

 

「少年、私はギンドロ組とやらではないのだが」

「惚けるな! さっき武器屋で大金払ってたろうが! 今この町であんなに羽振りがいいのはギンドロ組の連中くらいなんだよ!」

 

 ああなるほど、そういう経緯か。しかし少々短絡的ではないだろうか?

 

「外国の者は?」

「え?」

「外国から来た金持ちは、そこには含まれないのか?」

「え、えーと……」

「私、さっきこの国に着いたばかりの、外国出身者なのだが?」

「あ、いや、その、……そ、そもそもそんな怪しい恰好しているのがわる――」

「少年、間違ったときは謝罪をせねば…………な?」

「うぬぬぬ……」

 

 少年は悔しそうにこちらを睨み続ける。早とちりで襲い掛かった挙句、自信満々に糾弾しておいて勘違いだったので、ばつが悪くて素直に謝れないのだろう。

 ……仕方ない。年下を導くのも年長者の務めだ。

 

 私は横たわる少年の目をじっと見据えた。こういうときは誠意が大切だという。心だ、視線に心を込めるのだ。

 

「いいか少年、よく聞け」

「な、なんだよ……」

「私の故郷ではな、『相手の言うことが気に食わないなら、殺して自分の意見を押し通せばいい』という考えが主流でな」

「!?」

「それとな、『自分が間違っている場合でも、相手を殺して有耶無耶にすればいいや』という考えも蔓延(はびこ)っていてだな」

「っ!?」

「私自身、自分を殺しにかかってきた奴らを今まで何人も八つ裂きにしてきたわけだが」

「――っ!?」

「いや、それは今関係なくて、つまり何が言いたいのかというとお前――」

「すみませんでした!! だから殺さないで!!」

 

『自分の非を認められないと、ウチの奴らのような碌でもない大人になるぞ』と諭したかったのだが、その前に謝られてしまった。しかも命乞いまでされてしまったぞ。

 失礼な。あいつらがそうなだけで、私はそんな野蛮ではないのだぞ。あくまで返り討ちにしていただけだ。

 

「殺さん、殺さん。基本的に私は平和主義者なのだ。敵をバリバリ殺していたのも昔の話だ」

「ほっ……」

 

 恐怖心からの謝罪ではあったが、一応の反省は見られた。なので縄は解いてやることにする。

 

「これからはちゃんと確認してから殺らないと駄目だぞ、少年」

「…………平和主義者なのに、殺しを咎めないのかよ」

「まあ、私は少年の事情も知らぬしな、頭ごなしに否定はできんよ。ただ、今みたいにやり返される可能性もあるということは心得ておくのだぞ?」

「……ふ、ふん、わかってるよ」

 

 やれやれ。資料によると、子供とは虫取り網片手に野山を駆け回るのが正常だというのに、ナイフ片手に暗殺者の真似事とは世も末だ。

 この国が乱れているという話は本当のようだな。私に子供時代はないからよくわからんけど。

 

「見つけたぞ! あのガキだ!」

「ん?」

「あ!」

 

 この国の行く末を憂いながら縄を解いていると、なにやらぞろぞろと四人ほど現れた。妙ちくりんな服を着た奴らである。浮浪者だろうか?

 

「よう、クソガキぃ。さっきはよくもやってくれたなあ?」

 

 その内の一人が少年に対して嬉しそうに話しかけてきた。

 

「なんだ少年、知り合いか?」

「ギ、ギンドロ組の奴らだよ! あんたの前にあいつらを襲撃したんだけど、失敗して追われてたんだ!」

「おいおい、追われている途中で私を襲ったのか? 見境なしだな、少年」

 

 襲撃は計画的にやらないと駄目だぞ。ターゲットは絞っておいて、行動パターンを観察して確実に仕留めるのだ。そして、失敗したときの逃走ルートも複数用意しておかなければならんぞ。

 

「んだてめえは! 見せもんじゃねえぞコラ! さっさと消えねえと殺すぞコラ! ああん?」

「てめえこのガキの仲間か、ああん? だったらちょうどいい、一緒に城の堀に沈めてやんよゴラあ!」

「ひゃははは! 仲間じゃなくても見逃さねえけどな! ちょうどサイフの中身が少なくなってたんだよ。恨むんならマヌケな自分を恨みな!」

 

 まあそれは置いておくとして、ふむ、こいつらがギンドロ組か。確かに攻撃的な雰囲気を感じるな。だがしかし、はて……?

 

「おい、何落ち着いてんだよ! 早く逃げるぞ! ていうかさっさと縄解いてくれよ! いつまでかかってんだ!?」

「いやすまん。さっきからやっているのだが、固く結んだせいで解けないのだ」

「だったらナイフかなんかで切ればいいだろ!?」

「それは駄目だ。これは荷物を縛っていた縄なのだ。綺麗に解いて再利用せねば」

「あんな大金持ってる奴が貧乏くさいこと言ってんじゃねえ! ていうか状況見ろ!」

 

 まったく、これだから最近の若い者は。物を大切にしないと罰が当たるぞ。どんなにチンケなものにだって使いようはあるのだ。人間界の格言にもあるだろう、『スライムのいない戦は敗け戦』と。

 …………いや、これは間違いだったな。演習では初手ブレスで一掃されていたわ。やはりただのスライムでは駄目だな。鍛えないと使えん。

 

「おいてめえ! 無視してんじゃねえぞゴラあ!」

「ん? ああ、すまん、考え事をしていてな。お前たちに聞きたいことがあったのだ。一つ無知な私に教えてはくれぬかね?」

「ああん? 何だよ? へへ、いいぜ。有り金貰う代わりだ、答えてやるよ」

 

 下手に出てみると、男は剣呑な空気を一旦収め、ニヤニヤと先を促した。怯えて従順になったとでも思ったのだろうか? ますます不可解である。

 

「では遠慮なく。………………お前たちがやっている、その、首を上下や前後に動かす動作には、何の意味があるのだ? 笑いを取るための動きか?」

「……は?」

 

 男の動きが止まった。

 

「あと、先ほどからああんああんと喉を鳴らしているが、風邪というやつか? ならば家で寝ていないと駄目だぞ?」

「…………」

 

 薄笑いが消えて真顔になった。

 

「で、これが一番聞きたかったことなのだが……。ギンドロ組とは強い力でこの国を支配している者たちだと聞いているが、お前たちからはそんな力が欠片も感じられない。ブチュチュンパにも劣る雑魚さだ。これはどういうことなのだ? お前たちは捨て駒で、後ろにはちゃんと強い者が控えているということなのか?」

「…………な」

「な?」

「舐めてんじゃねえぞゴラああ!!」

 

 おお? ナイフを抜いたぞ。少しばかり挑発が効きすぎたか。これは困った。

 

「おおい! 何やってんだ!? めちゃくちゃ怒ってるぞ、あれ!」

「おお、少年。そういえば奴らはお前と敵対しているのだったな?」

「今敵対してるのは、どちらかっつうとあんただよ!!」

「喜べ少年。リベンジのときだ」

「へ?」

 

 むんずと少年の襟首を掴みあげる。

 そうだ、元々敵対していたのはこの少年なのだ。ならば私ではなく、少年がこいつらを倒せばよい。

 

 ――ではいくぞ。少年を相手の頭にシュゥゥゥーッ!

 

「ごは!」

「ぐえっ」

 

 お、一発で倒れおった。やはり弱いではないか。なぜこの国の者たちはこんな奴らに従っているのだ?

 まあいい、そら、もう一発!

 

「ぎゃあ!」

「いだっ」

 

 また一発で倒れた。曲がりなりにも戦う者ならば少しは避けようとすればよいのに。棒立ちのままやられるとは情けない。ほい、三人目!

 

「げは!」

「ぐふ」

 

 それにしてもこの少年はなかなか頑丈だな。奴らが一発で沈むのに対して、少年は多少痛がるだけだ。きっとギンドロ組と戦うために鍛えたのだろう。うむうむ、戦う者ならばそうでなくては。

 こいつらも少しは少年を見習うべきだ。威嚇や雄叫びばかりいくら鍛えたところで補助にしかならんのだぞ。まず体を鍛えるのだ。

 

「ち、ちくしょう! 覚えてやがれ!」

 

 仲間がやられたことで、最後の一人が背を向けて逃げ始めた。

 今更逃がすと思っているのか、状況判断の甘い奴め。逃げるなら仲間がやられ始めてすぐに行動するべきだったのだ。

 

「逃がすか! くらえ!」

「ぎえ!」

 

 指で勢いよく500ゴールド硬貨を弾く。固い弾丸が後頭部に直撃して鈍い音を立て、男はそのまま地面に倒れた。

 

 よし、少年によって悪のギンドロ組は倒された。何の問題もない。最後のも硬貨による攻撃であって拳ではない。セーフセーフ。

 

「ぐぎぎ。何しやがんだ、この野郎……」

 

 少年が立ち上がり、こちらを睨みつけてくる。フラフラだが自分の足でちゃんと立っているあたり、根性がある。

 

「すまんな、少年。私には『弱者に拳は振るわない』という武人としての矜持があるのだ。ゆえに、代わりにお前に倒してもらった」

「…………俺は振るわれたぞ、拳」

「いやいや、少年は弱者ではないさ。あいつらを倒すために、自分なりに鍛えているのだろう? 先ほどの襲撃の動きもなかなかだったぞ」

「ッ……フ、フン……調子のいいこと言いやがる」

 

 あ、照れた。こんな適当な言い訳で誤魔化されるとはチョロい。奴らに向かって投げつけたのは、どちらかと言えばお仕置きの意味合いのほうが強かったのだが。まあ喜んでいるようなので黙っておこう。

 

 さて、奴らのほうから絡んできたので適当にあしらったが、これ以上ギンドロ組とやらに関わるのも面倒だ。さっさと行くとしよう。国名もわかったことだし、地図に従って歩けばその内ダーマにも着けるだろう。

 

「なあ」

「ん? 何かね、少年」

 

 少年が何か言いたげにこちらを見ている。

 ぶつけた頭が痛いのか? だが生憎回復魔法はまだ覚えていないのだ。薬草で我慢してほしい。

 

「あんた、かなり強いよな?」

 

 治療や金銭の要求ではなかった、一安心である。

 だがしかし、『強いか?』か。なんと答えるべきか……。

 

「うーむ、それなり……かな? 故郷では私より強い者などたくさんいたしな」

 

 魔王様方とか、……あと牢獄の町の魔導士とか。

 あれは理不尽だ。麻痺耐性突破してくるとか反則でしょうよ。……ああ、兵士長の方なら余裕余裕、あいつショボイ物理攻撃しかしてこないから。

 あ、それと忘れてはいけないのが、牢獄の町の門番だ。あの痛恨兄貴には随分痛い目に遭わされた。魔法まで封じてくるし、勝てるようになるまでには大分かかったものだ。

 

「それでも、この町のゴロツキどもよりは遥かに強い」

「それはまあ、そうだな」

「その力を見込んで頼みたいことがある。いきなり襲いかかっておいて図々しいのはわかっている。でも俺一人の力じゃ難しいんだ! 頼む、助けてくれ!」

 

 うおう!? こ、これは『人間界の歩き方』で紹介されていた人間の秘技、『土下座』! どうしようもなくなってしまった人間が、最後の望みをかけて使うという最終奥義!

 これをされた場合はできるだけ話を聞いてあげましょう、と本にも書いてあった。

 

 しかし、助けか。うーむ、魔物の私が人間を助けてもいいものか、迷うところだな。正直、武人としては、助けを求められるシチュエーションというものには憧れるが……。

 狭間の世界ではそんな場面はなかったからな。誰もかれも他者に弱味は見せないし、自力で苦難を食い破れない奴は死ねという世界だったから。

 

 ああいや、一個だけあったか。命だけは助けてくれという敵の懇願だ。でもそれで見逃してやっても、直後に背後から襲いかかってくるから、結局殺すんだが。

 

 ……改めて思い出すとなんという殺伐とした世界なのだ。

 

「あ、あの、駄目か?」

 

 酷い記憶を思い返していた私は、少年の声によって現実に引き戻された。下を見ると、彼は不安そうな顔でこちらを見上げている。

 こんな顔をされては――どうにも断れなかった。

 

「………………いいぞ、力を貸そう」

「ほ、本当か!?」

「う、うむ……」

 

 ま、まあ、これも修行だ。新しい経験を積むことで、武人としてまた成長できるかもしれぬ。ひいては魔王様への貢献にもなる、問題ない問題ない。

 

「では、少年。詳しい話を聞こうか?」

「わかった。……ただ、『少年』呼びはやめてくれないか。戦う力も何も持っていなかった頃を思い出しちまうんだ」

「ふむ、では名を聞かせてもらえるかな?」

「ああ」

 

 そして少年は、強い意志を秘めた眼で私を見据え、名乗りを上げた。

 

「俺の名前はテリー。奪われた姉さんを取り戻すために、あんたの力を貸してくれ」

 

 

 

 


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