ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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5話 こちらにも立場というものがある

 うろうろ……うろうろ……うろうろ……。

 

 のそのそ……のそのそ……のそのそ……。

 

 ぐるぐる……ぐるぐる……ぐるぐる……。

 

 

「はああぁぁぁ……」

 

 

 レイドックの面々と邂逅した翌日、私は特に何をするでもなく自室でダラダラと過ごしていた。

 昨日レックが捕縛されたと聞いたときは、さすがに少しばかり動揺したが、かといって今さら心配して会いに行ったりと、そんな偽善的な行動をする気はなかった。

 所詮我らは魔族と人間、同情や手助けなど道理に合わないことだったのだ。あいつとは人生のレールが偶々少し交差しただけ。こんなのはさっさと忘れて寝てしまうのが吉である。よくあること、よくあること。

 

 

 

 ――と、ここでサラリと終われば、めでたく一件落着なのだが……、

 

 

「はああああああぁぁぁぁ…………」

 

 見ての通り私は、先ほどからファーラットのように廊下を七転八倒していた。目の前の警備兵の怪訝な視線も気にならないほど、頭の中がグールグルなのだ。それはなぜかというと、

 

「……あの、サタンジェネラル殿? もうそろそろ中に――」

「わかってるから……、心の準備が終わったら入るから……。だからもう少し待って」

「あ、はい……」

 

 

 ――ムドー様からまーた、呼び出しを食らっているのである……。

 

 

 今朝方、自室で脱走計画を練っていたときのこと。突然部屋の通信魔道具が起動したかと思ったら、玉座の間まで来るよう連絡が入ったのだ。これが厄介なことにムドー様本人からの直接連絡だったため、嫌な案件を受け流す秘儀、『ゴメーン、寝てた~』も使えなかった。

 

 正直、あんな恐ろしい相手になぞ二度と会いたくなかったが、直属の上司からの命令を無視するわけにもいかず……。仕方なくこうして玉座の間までやってきて、今は入るのが嫌過ぎて無駄な悪あがきをしていたところである。

 

 ……だって、呼び出される理由が分からなくて不気味なんだもの。

 最初は『昨日の背信行為がバレたのか!?』とも思ったが、冷静に考えればその可能性は低いと思う。レックと出会ったのは人目のない外郭部だったし、洞窟内を進む間も誰にも見られてはいなかった。レイドック兵とは顔すら合わせていないし、レックが協力者のことをペラペラ話すとも思えない。裏切りを疑われる要素はどこにもないはずだ。

 

 それともまさか、洞窟の出口付近でボーっと突っ立っていたのを誰かに見られたか? あのときは片付けのために何匹もあの周辺にいたから、確かにその可能性もなくはない。

 ……いやしかし、やっぱりそれだけでは裏切りとは考えないだろう。通りがかりに目についたとしても、せいぜい現場に出遅れた間抜けにしか見えなかっただろうし。う~む……。

 

「あーもう、考えれば考えるほど分からん!」

 

 思考が堂々巡りして頭がもう限界だった。

 ……ついでに警備兵たちの怪訝な視線も割と限界だった。ここはもう腹を括って入るしかない!

 

「失礼しますッ!」

 

 ガコンッと巨大な扉を開き大広間に入る。

 遠目から玉座の様子を確認。

 

 ――ずんぐり体型のシルエットを視認。……Oh、ジーザス。

 

『病欠でもしてくれれば良いのに……』などと不敬なことを思いながら歩き出す。最後の抵抗としてできるだけノロノロ進むも、それも大した時間稼ぎにはならず……。やがてたどり着いた御前にて、私は跪いて姿勢を正した。

 

「……サタンジェネラル1182号、参りました」

「うむ、急な呼び出しですまぬな」

 

 頭上から重厚な声が降ってくる。初日のような攻撃的オーラこそ出していないものの、相変わらず目の前にいるだけで凄まじい威圧感だ。こうして見るとやはり、最初から人間に勝ち目などなかったのだと実感してしまう。……今さら言っても仕方ないことだけれど。

 

「さて、本日呼び出した理由だが……」

「はっ」

「お前が人間の生態に詳しいと見込んで、少々意見を聞きたくての」

「はっ、何なりと……」

 

 ホッ……どうやら裏切り云々という話ではなかったようで、とりあえず一安心だ。

 だがしかし、新参の私に相談事とは……一体何を聞かれるのだ?

 

「すでに聞いているとは思うが、もう一度説明しておこうか。――昨日のことだが、攻め込んできたレイドック兵どもをこの城まで誘い込んだところ、なんと後を追って奴らの王子までやって来おってな。ククク……、私もそれなりに長く生きておるが、こんな珍事は初めてであったわ。まさか敵の重要人物が向こうから転がり込んで来ようとは」

「……無傷で捕らえた、と伺っておりますが……、まことでしょうか?」

「うむ。兵士諸共あの場で消してしまっても良かったのだが、初めて我が城を訪れた王族をあっさり殺すのも味気ない。ゆえに、とりあえずは生かして捕らえることにしたのだ」

「……なるほど、そういう経緯で……」

 

 ムドー様の説明に頷く。

 忠告したにもかかわらず、やはりレックは城へ無謀な突撃を敢行したらしい。そして奮戦むなしく捕まってしまった、と。

 

「しかしまあ捕らえたはいいが、あいにく魔王軍では捕虜など取ったことはなくての。このまま牢に入れておいたところで、正直持て余すだけであろう」

「それは……そう、ですね」

「ゆえにな、私は早々に処刑してしまうのが妥当と考えておるのだが、…………お前はどう思う?」

「ッ……」

 

 分かりきっていたこととはいえ、直接言葉にされるとやはりクるものがあった。

 …………いや、これはもうすでに割り切ったこと。今ここで言うべきは一つだ。

 

「それがよろしいかと。人間社会では子どもに機密など教えませんし、長々と尋問・拷問などをしても徒労に終わるでしょう」

「うむ、そうか。奴らに詳しいお前が言うなら、やはりそうなのであろうな」

「……はっ」

 

 同意し、深く頭を垂れる。その頭上から笑いを含んだ声が降ってきた。

 

「ククク、わかった。では早速闘技場へ向かうとしようか。もうそろそろ準備も整う頃ゆえな」

「ッ!? い、今からすぐ、でありますか!?」

「ああ、そうだ。実はな、昨夜からすでに準備の方は進めておったのだ。たかが人間の子どもとはいえ、相手は一応貴人。しっかり場を整えてやらねば無礼というものであろう?」

「そ、れは……ッ」

「フッ、お前も着いて来るがいい。見世物の観客は多いほど良いからの」

「~~~~ッ。……了解、いたしました……」

 

『どう思う?』などと相談の体をとっておいて、とうに処刑の準備は終わっていた。その事実に舌打ちが出そうになるのを、口の端を噛むことでなんとか堪える。

 

 ――大丈夫、自分はまだ冷静だ。このくらいどうということはない。

 心の中で幾度もそう唱え、下を向いて拳を握りしめる。

 

 そんな私の姿を見降ろしながら、目の前の上位者はただ愉快げに、クツクツと笑うばかりだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆の者! よくぞ集まってくれた! これより捕虜の処刑を執り行う!」

 

 ――ウウォオオオオオオオ!!

 

 貴賓席のムドー様が開始を宣言し、集まった魔物たちが歓声を上げる。

 それを離れた場所――観客席の最前列――から眺めながら、私は今自分がいる空間をグルリと見渡した。

 

 ――闘技場。本棟に隣接して建てられた巨大な訓練施設。普段は主に部隊の連携訓練に使用されているが、ときに逆らった部下の粛清に用いられることもある。

 狂暴化させたモンスターを闘技場内に放ち、そのまま罪人を死ぬまで戦わせるという、なんとも悪趣味な処刑方法だ。魔族は少々の傷では死なないため、倒れた後も魔物たちに群がられ噛みちぎられ、死ぬ寸前まで苦しむことになる。

 人間を対象にこれが行われるのは見たことはないが、おそらくは今回も同じ方法がとられるのだろう。それを示すように、闘技場中央には大きな檻が据えられ、その中に捕らえられたレックの姿があった。

 

「クックック。王子よ、最期に何か言い残すことはあるかな?」

「……ない」

「おや、いいのかね? 機会があればお国の知り合いに伝えるが?」

「くどい! やるならばさっさとやるがいい!」

 

 取り乱すことなく気丈にムドー様を睨み返すレック。その険しい表情からは、彼の詳しい内心まではうかがい知れない。部下は全て殺され、自分は捕まって敵の見世物にされている現状。……あいつは今、どんな気持ちであそこにいるのだろうか?

 

「ふふっ、これは失礼した。幼くともさすがは王族、見事な覚悟よ」

「…………」

「ではお望み通り、そろそろ演目を開始しよう! ――さあ、魔物どもを放て!」

「「はっ!」」

 

 ムドー様の合図に従い、闘技場両側の鉄格子が引き上げられていく。いよいよこれから刑が執行されるのだ。

 

 固唾を呑んでその様子を見守る中、まずは左側の扉が開かれた。カメレオンマンにバーニングブレス、ようじゅつしにデビルアーマー、ムドー城が誇る精鋭たちが登場する。

 いずれも只人では到底敵わない魔物たち。熟練の戦士が命懸けで挑んでようやく倒せるかどうか、という相手だ。それが優に三十体以上。子ども一人では到底助かる見込みなどなかった。

 

「……ッ」

 

 頭に思い浮かんだ光景を振り払う。

 今さら罪悪感を覚えるなど烏滸がましい。見捨ててしまった自分に今できるのは、せめて最後まで見届けてやることと、苦しまず終わるよう祈ってやることだけだ。

 

「では続けて、奴らを放て!」

「はっ!」

 

 

 

「…………はっ?」

 

 だが続いて右の扉が開かれた直後、私は先ほどの覚悟も忘れて呆けた声を上げていた。

 扉の奥から現れたのは、想像とはまるで違う者たちだったのだ。

 

「こ、これは一体……、どういうことだ……?」

「フッ、なんだ。お前は聞かされていなかったのか、1182号よ」

 

 私の疑問の声に対し、隣にいた『魔王の使い』が意外そうに告げる。その顔にはこちらを見下すような笑みが浮かんでいたが、今はそんなことどうでもよかった。

 なぜなら――

 

「なぜレイドック兵が、あそこにいるのだ……ッ!!」

 

 そこにいたのは、殲滅したと伝えられていたレイドック兵たちだった。

 衣服には血が染みつき、辛そうに顔を歪めているものの、最低限の治療は施されているようで、全員が自分の足でしっかりと立っていた。

 そしてその手には、唯一渡されたであろう武器が握られている。

 

 運営役以外は誰もこのことを知らなかったのか、観客席の魔物の間にもザワザワと困惑の声が広がっている。ムドー様はこの状況にも薄く笑うのみで何も言わず。そしてその答えは、処刑されようとしていた張本人から返ってきた。

 

「ど、どういうことだ、ムドー! 僕が大人しく捕まれば、彼らを解放するのではなかったのか!」

「ククク、すまんな。私はそのつもりだったのだが、彼奴らにそのことを説明したところ、『絶対に承服できない』と騒ぎ始めての。約束を破るのは心苦しかったのだが、ああも真剣に頼まれては断るのも忍びない。ゆえに、不本意ながらこういう形を取らせてもらった」

「な……何を……」

 

 困惑するレック対し、ムドー様が両手を広げて宣言した。

 

「喜べ王子よ! お前の仲間が我が軍勢に打ち勝てば、全員無事に解放すると約束してやったぞ!」

「なっ……」

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

「クハハハ、ムドー様もお人が悪い。あんなボロボロのなりで、一体どうやって勝てと言うのか」

「……そういうことか」

 

 二人の会話を聞き、ようやく私にも理解が及んだ。

 昨日レックが兵士たちに追い付いたとき、おそらく彼らは劣勢で、今にも殺される寸前だったのだろう。そこで本人が言い出したか、あるいはあちらから提案されたかは知らないが、『自分が身柄を差し出せば部下を開放する』という取引きを交わしたのだ。

そしてあいつは部下が助かったと思い込み、覚悟を決めてこの処刑に臨んだ……。

 

 だがしかし、忠実な部下がそんな条件を受け入れるはずがない。ましてや彼らは、命を捨てる覚悟でこの任務に臨んでいたのだ。王子の命と引き換えに助かろうなどと、一人たりとも思うわけがない。その結果が“これ”というわけだ。

 

「……ちっ、あの世間知らずめ、部下の忠誠心の高さくらいきちんと把握しておけッ。だいたい魔物が人間と交わした約束など、律儀に守るはずがないだろう!」

 

 子どもの甘い見通しについ悪態が零れる。そもそもの話、そんな取引きなどせずとも、その場で力ずくでレックを捕らえてしまえばそれで済んだ話なのだ。

 それをわざわざこんな回りくどい真似をした理由は一つ。人間を弄んで苦しめ、その様を楽しむためだ。『演目』とはこういう意味だったのだ。

 

「王子、このような目に遭わせてしまい申し訳ありません。今しばらくお待ちください、我らが必ずお助けいたします」

「ト、トム……!」

 

 兵士のリーダーと思われる男がレックに笑いかける。親しい間柄だったのだろうか、その顔には単なる主君に向ける以上の親愛が感じられた。

 リーダー以外も皆同様。渡された武器を握りしめ、ボロボロの体を奮い立たせ気炎を上げている。自分たちの主君をなんとしても助けよう、と。

 

「ダ、ダメだ! 捕まったのは僕の意思だ! お前たちの責任ではない! すぐに逃げるんだ!」

「それはできません。王族の皆様をお守りすることが、我らの最優先の任務ですので」

「責任という意味では、王子のことに気付けなかった我らにも十分責任はありますしね」

「本来なら昨日の時点で死んでいた身です。この場で主君のために命を使うことに、何の躊躇いがありましょうか」

「では王子、しばしの間お待ちを。――さあ行くぞ、お前たち! 奴らにレイドック兵の意地を見せてやれ!」

「「「おおおッ!」」」

 

「ま、待って! ダメだ、みんな! 戻るんだ!」

 

 レックの説得も空しく、レイドック兵たちは魔物の群れ目掛けて突っ込んでいった。

 

 ――そして……、『ショー』が始まったのだ。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 それは、とても戦いと呼べるものではなかった。

 彼らの体調が万全であれば、結果はまた違っていたのかもしれない。だが前日に重傷を負い、そこから満足に回復の時間さえ与えられなかった彼らに、もはや戦う力など残ってはいなかった。

 

「キシャアア!」

「ぐあっ!?」

 

 ふらつく兵士たちの攻撃はカスリもせず、逆にカメレオンマンの連撃が彼らを切り裂いていく。刺し違えるつもりで放った一撃は空しく弾かれ、デビルアーマーの重い一撃に武器ごと叩き切られる。

 妖術師のメラミが数人をまとめて焼き、動揺した残りをラリホーンのタックルが吹き飛ばす。そして倒れたところへダメ押しとばかり、バーニングブレスの火炎の息。さらに念入りに、灼けつく息や毒の息までが吹き付けられた。

 それはもはや戦いではなく、ただの蹂躙だった。

 

 ……それでもレイドック兵たちは全員引くことなく、震える身体に鞭打って戦い続け、一人、また一人と倒れていく。

 そして――

 

 

「ケケケッ、とどめだ!」

「ぐっ! が、は……」

「トムッ!」

 

 最後まで立っていたリーダー――トムと呼ばれていた男が力尽き、ついにレイドック兵たちは全滅したのだ。

 

 

――ウウォオオオオオオオ!!

 

 部下を失った王子が力なく項垂れる様を見ながら、観客たちが盛り上がる。

 傷だらけの人間たちが、多くの魔物に襲われ順当に力尽きた。なるべくしてなった結果、なんの意外性も感じられない無慈悲な予定調和だった。

 

(――それでも、それでも精鋭兵であればもしかしたらと、一縷の期待を抱いていたのだが……)

 

 ……いや、今さら不毛なことを考えるのはやめておこう。幸い兵士たちの蹂躙劇はあっさりと終わった。ならばレックの処刑も同様に、過度に苦しめられることなく終わってくれるはずだ。

 それでこの茶番も終了、今さら私がどうこう悩む話ではない。そう思って会場から目を逸らす。

 

「よし、では引き続いて……回復部隊をここへ!」

 

「…………はっ?」

 

 しかしホッと息をついたのも束の間、私の耳に不可解な言葉が聞こえてきた。

 その意味を問う間もなく、今度は闘技場の扉からホイミスライムの集団が現れ、その場に散らばっていく。彼らは倒れているレイドック兵らに近づくと次々にホイミを唱えていった。

 その異様な光景を観客が見守る中、やがて瀕死だった兵たちはヨロヨロと体を起こし始めたのだ。

 

「ッ……ど、どういうつもりだ、ムドー! 何を考えている!!」

 

 重傷を負っていた部下が立ち上がる。本来ならば喜ぶべきその光景を見ながら、レックはたまらず叫んでいた。

 慈悲深く回復してくれた? ――否、そんなことあるわけがない。いくらレックが世間知らずとはいえ、ムドー様のあの顔を見れば、ろくでもないことを考えているのは容易にわかる。

 そして案の定、魔王の悪意が会場中に轟いたのだ。

 

「さて、一度目の戦いは人間たちの敗北に終わった。……しかし、チャンスが一度きりというのも酷な話であろう? そこで、だ。私は彼らをもう一度戦わせてやることにした。いや、この際ケチ臭いことは言わぬ。彼らが諦めない限り、私は何度でも回復してやろうと思うのだが――――諸君はどう思う?」

 

 ――ざわりっ!

 

 観衆が大きく息を呑む。そしてそれは徐々に、愉悦の笑いへと変わっていった。

 全員が理解したのだ。この処刑はただ殺すためのものではない。人間をどこまでも痛めつけ、絶望させ、その様を愉しむのが目的なのだと。

 

「くっ、全員集まれ! 壁を背にして半円陣を組むのだ!」

「「は、はいっ!」」

 

 前後不覚になっていたレイドック兵たちも、ムドー様の言葉で状況を理解したのだろうか。周囲から嘲笑が降り注ぐ中、なんとかこの窮地を脱しようと戦闘態勢を整えていく。

 

 ……無駄だと分かっていても、彼らには他に選択肢などなかった。王子を助けるため、自分たちが生き残るため、死力を尽くすしかないのだ。

 例え可能性がゼロだとしても……。

 戦い抜いた先にあるのが絶望だけだとしても……。

 

「み、みんなッ! くそっ、やめろ、ムドー! もう勝負はついただろう!」

「おや? せっかくチャンスを与えてやったのに不服かね? それとも、回復などせず死なせた方が良かったか? ならば次に倒れたときはそう言うが良い、『どうか彼らを見殺しにしてくれ』とな。そうすればそのまま、魔獣の餌にでもしてくれよう」

「っ!? そ、それは……」

 

 嘲笑混じりに提案され、レックがグッと押し黙る。

 苦しむ部下たちのことは助けてやりたい。しかしだからと言って、『そのまま彼らを死なせろ』などと、幼い少年に言えるはずもなかった。

 

「ククク、納得してくれたようだな? では、二回戦を始めようか」

 

 

 そして再び、闘技場は熱気に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 腕を斬られ――――治される。

 

 腹を刺され――――治される。

 

 顔を焼かれ――――治される。

 

 骨を圧し折られ――――治される。

 

 胴体を踏み潰され――――治される。

 

 手足を切り落とされ――――治される。

 

 治される。

 

 治される。

 

 治される。

 

 治される。

 

 治される。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 

 あれから、何時間が経っただろうか? 何度目かの全滅の後、回復されたレイドック兵たちは再び身体を起こした。ひたすら痛めつけられ、体力はとうに底をつき、動くことすらままならない状態で、それでも彼らは諦めずその場に立ち続けていた。

 

「や、やめるんだ、お前たち……。もういい……もういいからッ……」

「だ、大丈夫ですよ、王子。まだまだ……これからです……!」

「ケケケ、そうだな、お楽しみはこれからだッ!」

「ぐあっ!?」

「ッ!? や、やめろ……。もう攻撃するな……やめろ……!」

 

 制止の声など届くはずもなく、再び無慈悲に攻撃が加えられる。

 燃やされては治され、刻まれては治され、砕かれては治され、貫かれては治される。すでにボロボロだった彼らは避けることさえできず、ボロ雑巾のようにひたすら嬲られ続けた。

 

「ああ……、なぜ……なぜこんなっ……。……すまない! すまない、みんな! 僕を、僕を助けるためにこんな……!」

 

 親しい者たちのそんな惨状を見せられ、少年は自己嫌悪で項垂れてしまう。

 そこへ意外なことに、ムドー様が優しげに声を投げかけた。……ただしその口元は、いやらしく吊り上がっていたが……。

 

「クククッ、王子よ、そう自分を責めることはない。むしろ、奴らが今生きていられるのはお前のおかげなのだぞ?」

「……え?」

「あのような雑魚どもなぞ、私が少し手をかざせば一瞬で塵と化す。昨日あっさりと全滅したところをお前も見たであろう? それが今もこうして無事でいられるのは、一体なぜだと思う?」

「な、なに……を……」

 

 唐突な質問に困惑するレックに、魔王は楽しげに言葉を重ねていく。

 

「それはな……、お前のおかげだ、王子よ。お前があの場に現れたからこそ、私はこのゲームを思い付き、奴らを生かしてやろうと考えたのだ」

「……あ」

「わかったか? そう、つまりだ。お前が間抜けにも我らに捕まったおかげで、奴らはこうして生き永らえることができているわけだな。……ククク、まあそのせいで、一瞬で死ぬより苦しい思いもしているようだが、忠実な部下ならそれも本望であろうよ」

「あ……あぁ……」

「命と引き換えに主君の助けになれるとは、騎士冥利に尽きるというものだ。きっと奴らもお前に感謝していることだろう。――『何もできないくせについて来て、我らを苦しめてくれてありがとう』とな!!」

「あ……あ……あああっ……!」

 

 鉄格子に縋りついたまま、ついにレックが膝を着いた。王族らしく気丈だった態度は崩れ去り、その顔は激しい後悔と罪の意識に苛まれている。

 

 ――ケケケ、見ろよ、あのガキの面。

 ――ヒッヒッヒ、いつ見ても良いなあ、人間が苦しむ表情ってのは。

 ――最初はつまんねえ処刑になるかと思ったが、さすがムドー様は人間で遊ぶのがうまいぜ。

 ――ケケ、後はどうやって殺すかだな。せいぜい良い絶望顔を見せてほしいもんだ。

 ――ゲギャギャギャギャ!!

 

 幼い子どもの心が嬲られ、魔物どもが醜悪に笑っている。

 そんな、胸糞の悪い光景を見せられながら私は――

 

 

 

「…………フン」

 

 特に何を感じるでもなく、静かに席に座っていた。

 

 ――動揺?――憤慨?

 

 するわけないだろう、そんな無様な真似。この程度の仕打ちなど十分に予想していたこと、むしろ直接傷付けられていないだけ想定より大分マシだ。無関係の私がしゃしゃり出て口を挟む必要など、どこにもない。

 

「…………ッ」

 

 ギリギリギリギリッ!

 

 ……ああそうとも、自分は何も感じてなどいない。何度も何度も忠告はしてやったのだ。それを無視して勝手に死にそうになっている愚か者のことなど、助ける義理も義務もないッ。

 

 

 

 

 

「どうした、王子よ? まだ助かる見込みはゼロではないぞ。そら、大将ならしっかり部下を応援してやらぬか。『何を寝ている、この下僕ども。さっさと俺を助けろ!』とな」

「そんな……そんな、こと……」

「なんだ? 貴様は足を引っ張るだけでなく、応援すらできない役立たずなのか? ならば先ほどの発言も撤回せねばならんな。ククク、こんな情けない主君のために死ぬことになるとは、奴らも浮かばれんことだ!」

「う……うぅ……。ごめん、みんな……ごめん……」

 

 

 

 

 

「……ッ!」

「何だ1182号? 急に立ち上がってどうした?」

「ッ……い、や……なんでも、ない!」

 

 思わず何か叫ぼうとした口を強く噤み、その場に腰を下ろす。

 

 ――動揺するな、余計なことを考えるなッ、今は自分が生き残ることに集中しろ!

 一時の感情に流されてあんな化け物に歯向かえば、全てが終わってしまうぞ。

 何のために人間界まで逃げて来たと思っている。危険な殺し合いの日々から抜け出し、平穏な生活を手に入れるためだ。この場を乗り切りさえすれば、望んだものはすぐそこなのだ。半端な情など捨ててしまえ!

 

「そうだ、所詮我々は異種族。人間の子どもなど助けて、私に一体何の得がある? これまでと同じように、自分を最優先に生きていけばそれでいいのだ。気に病む必要などどこにもない!」

 

 これが正しい選択なのだと、強く自分に言い聞かせる。

 それでもなお、体の中心から湧き出る不可解な感情は治まらず……。私はそれを押さえ込むように、強く胸に手を当てた――

 

 

 

 ――コツリ。

 

 

 

「……?」

 

 ……不意に、指先に何かが触れるのを感じる。

 懐の奥に丁寧に仕舞い込まれていたそれは、緩く丸みを帯びた、硬い材質でできた『何か』だった……。

 

 特に何かを意図していたわけではない。

 だが……、何もできずにいる自分を誤魔化すためか、私は無意識の内に手を突っ込み、懐からそれらを引っ張り出していたのだ。

 

 そして――

 

 

「……あ」

 

 

 

 

 

 

 

『俺一人の力じゃ難しいんだ! 頼む、助けてくれ!』

『何年かかってもいい。絶対また姉さんに会うんだ!』

『さっきはその…………助かったというか、なんというか……』

『いろいろありがとうな! お前に会えて良かったぞ!』

 

 ――それは、ガンディーノでテリーに貸してやった、白い仮面だった。

 

 

 

『あんたに頼むのがきっと一番だ!』

『いーやー! おーねーがーいー!』

『なあ、ちょっと聞いてくれよ、師匠!』

『師匠の言う通りだったわ、ありがとう!』

 

 ――それは、買い過ぎて余らせてしまった、いろんな薬草の束だった。

 

 

 

『このスープ私が作ったやつだから、後で感想聞かせてね?』

『師匠のこと尊敬してなくもないぞ! これからもよろしくな!』

『ずっとここにいれば良いじゃない!』

『ここがあんたの居場所だろ?』

 

 ――それは、何度も読み返してクシャクシャになってしまった、色とりどりのメッセージカードだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 実際には、ほんの数秒の出来事だったのだろう。しかし私の頭の中では、人間界に来てからこれまでのことが走馬灯のごとくよみがえっていて、

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「……ぅぅぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛……」

 

 気付けば天を仰ぎながら、なんとも言えない声を出していた。

 様々な感情が胸の内を駆け回り、さらには唐突に、今度は未来の光景まで頭に思い浮かんできた。このままここで静観した場合の、自分の未来の姿だ。

 

 

 ――そう、仮に……、もし仮に、ここを何事もなくやり過ごせたとしよう。

 

 ……なるほど、確かにこの場における平穏は手に入れられるだろう。裏切りの疑惑は完全に無くなるし、再び人間たちが攻めて来たとしても、一度見捨ててしまったのなら二度目も同じこと。次も同様に我関せずを貫けば、何の問題もなくやり過ごせる。そしてその内、隙を見てここを逃げ出せば、晴れて私は自由の身となれるだろう。

 ……なるほど、確かに己の身の安全だけを願うなら、これがベストな選択だ。

 

 …………。

 

 

 それで……? その後自分は、一体どうする?

 

 ほとぼりが冷めた頃を見計らい、再びノコノコとサンマリーノに戻るのか? もう一度神父として活動しつつ、休みの日には息抜きにハッサンとアマンダを鍛えてやったり……?

 それとも……、魔王軍に見つからないよう世界中旅しながら、テリーとの再会でも目指すか? あれからさらに強くなったであろうテリーの実力を見てやって、今度はあいつの師匠として稽古をつけてやったり……?

 

 ……ああなるほど。どちらもきっと楽しいだろう。皆喜んで迎えてくれることだろう。

そして、再会の感動もある程度落ち着いてきた頃、あれからどんな出来事があったのか聞かれ、私はあいつらにこう答えるわけだ。

 師匠の武勇伝を期待する弟子たちに対し、自信満々の表情を浮かべながら、何の臆面もなくこう言い放つわけだ――

 

 

 

 

『危うく上司に殺されるところだったが、お前たちと同い年くらいの子どもを見殺しにして、なんとか生き延びてきたぞ!』――と。

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 

「――ウボァァァ゛ァ゛ァ゛……」

 

 思わず、何かから隠れるように顔を覆っていた。

 別に誰に見られているわけでもない。しかしそんなことを考えてしまった自分を、猛烈に消し去りたくなった。

 

「あー、いかんよ……、これはいかん……。これはいくらなんでも――」

 

 

 ――――カッコ悪過ぎるんじゃないか……?

 

 

 

 

「おい1182号ッ、さっきから何をゴチャゴチャ言っている。観戦の邪魔だぞ!」

「…………」

 

 不意に、妄想の世界から現実に引き戻された。横から聞こえてきた不機嫌そうな声に振り向けば、魔王の使いが眉をひそめてこちらを見ていた。どうやら途中から内心が声に出ていたらしい。

 問いには答えず、私は再び闘技場へ視線を戻しながら、弁明するように口を開いた。

 ……いやなんかもう、今すぐいろいろなことに対して言い訳したい気分だったので……。

 

「…………別にな? 可哀そうだから助けてやろうだとか、私がいきなり慈悲の心に目覚めたとか……、そういう話ではないのだ。いつだって私は自分優先。今までだってそうしてきたし、それはこれから先もずっと変わらん方針だ」

「は……? 何の話だ?」

 

 無視して続ける。

 

「ただなあ……。今ここで尻尾を巻いて逃げたとしたら、再会したときにあいつらめ、なんて言ってくると思う? ……きっと化け物と対峙した私の気も知らないで、こんな感じに言うに違いないのだ」

 

 

 

 

『え~~! 師匠逃げちゃったの!? 俺たちには散々強い魔物(けしか)けておいて、当の本人は格上から逃げ出しちゃったの!? ヒュ~、さすがはお偉い師匠様、自分だけは特別扱いが許されるってわけだ! その面の皮の厚さ、俺も見習いたいね~~!』

『ちょっとやめてあげなさいよw。元々この人、故郷での争いが嫌で逃げてきた敗残兵なんだからw。格上に挑むような根性なんて、綺麗さっぱり落っことしてるわよw。弟子の私たちだけでも優しくしてあげないとw』

『あー、うん……、まあ仕方ないよ、相手は滅茶苦茶強かったんだろ? 俺だってギンドロ組相手に喧嘩売っておいて、無様に逃げ出したことあるしな! うん、よくあることだから気にするなって! あ、あははは……はは……』

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 

「師匠の面目! 丸潰れじゃねえかッ!!」

「っ!?」

 

 冗談ではない! せっかく築き上げてきた『頼れる武人』というイメージが一気に落ちぶれてしまうぞ!

 

 いや、それだけならまだ良い! これが冷たい目で見られるどころか、可哀そうな視線で同情なんてされた日には、いよいよもって立ち直れなくなってしまう! 

 人生において最も忌避すべきこととは何か? 

 それは嫌われることでも憎まれることでもなく、憐れまれることだ! 憐れみとはそれすなわち、侮られ、下に見られるということ。『あなたにはできなくても仕方ないよ』と、何の期待もされなくなることだ。

 そんな屈辱的仕打ちを弟子たちから受ける? この剛勇無双のサタンジェネラルたる私が? まったくもって冗談ではないぞ!

 

 その悲劇を回避するためには、今このとき! この場で! 私はなんとしても立ち上がらなければならない! 己の地位を守るため、弟子にデカい顔する権利を守るため、私は今こそ腹を括り、全力で戦わなければならないのだ!

 

「わかるか!? だからこれは、決して優しさから出た行動などではなく、あくまで自分の利益を考えた上での打算的行動なのだからな! くれぐれも勘違いするんじゃないぞ!」

「いや、だから何の話を……ッ!」

「あと、お前に特に恨みはないけども! 残しておくと面倒そうだから、先に片付けさせてもらうぞ!? 悪く思うなよ!?」

「だから貴様! さっきから何をゴチャゴチャ言っt「そおおおいッ!!」――ぶべらあああ!?」

 

 立ち上がるとともに、ムカつく同僚の顔面にせいけんづきを叩き込む。

 無防備に座っていた魔王の使いはそのまま吹き飛んでいき、闘技場の地面へ轟音とともにめり込んだ。

 

 

 ――――ドオオオオオンッ!!

 

 

「うおおおおっ!? な、なんだ一体!?」

「誰か吹っ飛んで来たぞ!」

 

 戦闘中に謎の物体が飛び込んできて、その場の全員の動きが止まる。

 

「……えっ? まさか……、ま、魔王の使い殿ッ!?」

「い、一体誰がこんな……!」

「あ、あそこッ! あの緑の奴の仕業じゃないか!?」

「あれは……、魔族、なのか? ま、まさか、魔物どもが同士討ちをッ?」

「え……? あ、あれって……」

 

 眼下では魔物もレイドック兵もレックも、皆がこちらを見ながらポカンと固まっていた。ちょうどいい、この隙にいろいろと済ませてしまおう。

 ……というか、このまま勢い任せで突っ走らないとまた肝心なところでヘタれてしまいそう。今はもう何も考えずにゴーゴーゴー!だ。

 

「ハッ!」

 

 私はテンションそのままに大きくジャンプし、レックが入れられている檻の前に降り立った。状況の変化に着いて来れていないのか、囚われの少年は目を白黒させ混乱したままである。

 

「え? え? 先生? え、なんでここにッ!?」

「まあまあ、細かいことは気にするな。今はとりあえず――ふんぬッ!」

 

 気合一発、鉄格子を捻じ切り、メダパニ状態のレックを檻の中から引っ張り出す。

 

「わわわっ!?」

「おっと、暴れるな。折れた鉄柵が突き刺さるぞ」

 

 そのままざっと全身を確認する。見る限り、装備品は取り上げられているものの、外傷などはほとんど負っていなかった。実力差が大きかったことが逆に幸いしたのだろう。その無事な姿にホッと胸を撫で下ろす。

 ――とそこへ、再起動した魔物たちが食ってかかってきた。

 

「サ、サタンジェネラル殿! これは一体どういうことですか!」

「今のでラリホーンが挽き肉になってしまいましたぞ!」

「こんな話は聞いていませんよ! いくら演出だとしても限度というものが「ばくれつけんッ!!」

「「「ぐがああああーー!?」」」

 

 返答代わりに高速の連打をくれてやる。急所に一発ずつ拳を入れてやると、連中は観客席のあちらこちらへ吹き飛んでいった。

 

 

 ――――ズガガガアアアアアンッ!!

 

 

「「「うわああああーーーッ!?」」」

「こ、今度は観客がミンチに!」

「反逆だあああ! サタンジェネラル殿が御乱心なされたああ!」

「に、逃げろ! ここにいたら巻き込まれるぞッ!!」

 

 ……おっ? ついでに今ので結構な数の観客まで逃げてくれたようだ。ナイス結果オーライ、これでひとまずここは安全だ。

 

「せ、先生! あの! えっと!」

「どうどう。混乱する気持ちは分かるが落ち着け。まずはお前を彼らに返さねばな。……ほれ、後ろを見てみろ」

「え?」

「王子ーー! ご無事ですかああーーッ!?」

 

 レックが振り返った先からは、レイドック兵たちが必死の形相で走り寄ってきていた。先ほどまであんなにフラフラだったというのに、一刻も早くレックの無事を確かめようと我が身も顧みず走っている。

 

「み、みんなッ!」

「フッ、そんな状態でいち早く主君の元へ駆け付けるとは、なんとも見上げたものだ。……良い部下を持ったな、レックよ?」

「ッ…………はいっ!」

「ふふふ、さあレイドック兵たちよ、貴様らの大事なものを受け取るが良――――って痛ッ!? いたたた!? 痛いッ!? え、ちょ、何すんの、君たちッ!?」

 

 良い雰囲気で受け渡そうとしたら、助けてやった兵士たちにメッチャタコ殴りにされてるんだけどッ!?

 え、何なのッ、どういうことッ!? 

 

「ちょ!? や、やめないか、お前たち! 助けてくれた恩人に何をするんだッ!?」

 

 そ、そうだ、そうだ! 王子を助けてやった上に敵も減らしてやって、謝礼を貰っても良いくらいだぞッ! もっと言ってやれ、上司!

 

「何をおっしゃってるんですか、王子! そいつは魔物――いえ、その中でもより高位で危険な存在、魔族ですよ!!」

「え?」

「え?」

 

 ……。

 …………。

 ………………あ。

 

 ……し、しまったあああ! そういえば思いっきり素顔晒したままだった! そうだよッ、普通の人間の反応はこれが当たり前だった! レックの反応が変わらな過ぎてすっかり失念していたわ!

 

「その上味方を殴り殺して笑うようなサイコ野郎ですよ! 危険ですから早く離れて!」

 

 しかもなんか酷い誤解までされてる!? いや、状況だけ見れば確かにその通りだけども!

 

「え、あの……先生? ……えっと……じょ、冗談、ですよね?」

 

 ああ、腕の中のレックが見る見る困惑顔に……! ど、どうする!?

 

「せ、先生……?」

「…………」

 

 ……。

 …………。

 ………………仕方ない、この辺りが潮時か。

 考えてみれば、王子が魔族と親しいのもいろいろとマズイ気がするし……、むしろ都合が良かったかもしれん。

 

 ――――よし! ではここからは寡黙な武人ではなく、冷徹な悪魔ムーブでいく! 人間どもよ、クールでカッコ良い悪魔の姿、とくと見るがいいッ!

 

「せ、先生――「そう喚かずとも今返してやるわ! そら受け取れ!」――うわわッ!?」

「うおっと!? お、王子ッ、ご無事ですか!?」

「ケホッ、ケホッ。う、うん、僕は大丈夫……だけど」

 

 仲間の元に戻れたレックへ向け、できるだけ嘲笑に見えるよう笑みを浮かべてやる。

 

「フンッ、王子に取り入れば後々役立つかと思ったのだがな。こんな情けないガキではわざわざ利用する価値もないわ!」

「き、貴様っ! 王子を愚弄するか!」

「ハッ、そうだったな、利用価値がないのは貴様らも同じだった。ムドーに手傷の一つでも与えてくれるかと期待したが、何の成果もなく全滅とは……。まったく、レイドックとは王族から部下まで無能ばかりの国なのだな!」

「~~~~ッ!!」

 

 おお、トムさんの顔が真っ赤に……。いい感じに怒ってくれて、これならレックが疑われることもなさそう。

 よし、なら後は、身を守れるようこいつもサービスだ!

 

「だがこのままあっさり死なれても面白くない。貴様らにはせいぜい足掻いてもらって、魔王への嫌がらせとなってもらおう。そら、こいつも受け取れ!」

「ッ!?」

 

 ガシャン、ガシャンと、彼らの足元に武器防具類を放り投げてやる。

 ほのおのつるぎ、ゾンビキラー、のこぎりがたな、プラチナメイル、みずのはごろも、ドラゴンシールド、などなど。

 ガンディーノからこっち、井戸の店やカジノまで網羅していろいろ買い漁ってきた無駄コレクションだ。人間界レベルでは最高峰の装備品、これを使ってこの場を切り抜けるがいい!

 

「き、貴様、一体どういうつもりだ!」

「フン、分からんか? 魔王へのささやかな嫌がらせだ。こんなガラクタでも貴様ら雑魚にとっては有用なはず。これを使ってせいぜい見苦しく生き延びるが良い!――ん、なんだこれ? 太陽の紋章が入った兜? こんなの買ったかな? ……まあいい、どうせガラクタだろうし、ついでにこれもサービスだ! ふはは、嬉しいか!」

「お、おのれ、どこまでも愚弄しおって!」

 

 よし、これでこの場はオーケー。

 さすがに忠誠心の高い魔物は逃げていないようだし、自分の身は自分で守ってもらわんとな。

 

「あ、あのッ、先生!」

「フン、貴様と話すことなどもうないわ」

 

 レックの言葉を遮り、振り返る。

 あいつはまだ何か言いたそうだったが、これ以上話しているとボロが出るかもしれんので却下。

 

 ……というかもう実際、そんな猶予などなかった。

 なにせずいぶん前から、主賓をお待たせしたままなのだから……。

 

 レイドック勢をその場に残し、闘技場中央に進み出る。――するとついに“それ”が解き放たれたのだ。

 

 

 

 

『さて……、もう話は済んだかの……?』

 

 

 

 

 ――ズグンッ!!

 

「ッぬ!? ぐぉぉぉ……ッ!」

 

 上階からとてつもないプレッシャーが叩きつけられる。

 初日のアレがお遊びに思えるほどの圧倒的な魔力圧。たちまち地面が陥没し、壁や天井に亀裂が走っていく。まさに四大魔王の本領発揮といったところか。

 その重さを振り払い、気合を入れてグッと顔を上げれば、……さあ、ついにラスボスとのご対面だ……!

 

「1182号よ、一応最後に聞いておこうか……。これは一体、何の真似だ?」

 

 不気味なまでに静かに問うムドー様。それを正面から見返して、笑いながら言い捨ててやる。

 

「ハッ、察しが悪いですな。見て分かりませんか? ――反逆ですよ」

「……ほう?」

 

 ムドー様の口の端が小さく吊り上がった。

 …………やっべえ、超怖え。何も喋らなくとも感じられるこの圧倒的殺意、早くも意思が揺らいでしまいそう。

 

「……私はな、これでも気は長い方だ。今すぐその人間どもを始末して場を収めるのなら、許してやらんこともないぞ? ――まだ死にたくはあるまい?」

「……ッ」

 

 い、いや、これはもう決めたこと。強気で行け、サンタ!

 

「フン、お断りですな! 私は生きたいように生きるためにこちらへ来たのです。それなのに再び誰かに使役される立場に甘んじるなど、もう我慢なりませんな!」

「…………」

「それに……死の恐怖ですって? ハッ、何を今さら間の抜けたことを! こちとら大魔王様に粛清される恐怖をぶっちぎって出奔してきたのですよ? それを今さらただの中間管理職ごとき、恐れるはずがないでしょう! むしろちょうどいい機会だ。ここであなたを倒して、我が覇道の第一歩としてくれようッ!!」

 

 ――ジュワアアアッ!!

 

 …………なんか、聞き覚えのない音が響いた。

 怒り出したムドー様が地面を蹴り砕いた音?

 

 ……いや、そうではなかった。

 溢れ出した魔王様の魔力の余波によって、玉座が“蒸発”していく音だった。……嘘やろ……?

 

「ふぅ、惜しいな。せっかく見つけてきた貴重な駒だったのだが……。まあこれも、余興の一つと考えれば悪くはないか。……くれぐれも一瞬で死んでくれるなよ、1182号?」

「ピぃッ!?」

 

 ついに四大魔王の一角が立ち上がった。

 口調も表情も薄く笑ってはいるが、額には見事な青筋、そして周辺は圧倒的魔力で消し飛んでいて――――あ、コレ静かにブチ切れてらっしゃる。マジで死んだかも!

 

「フ、フン、そちらこそ! 魔王が量産型に負けてしまった理由を今から考えておくのですな!」

 

 しかし出した唾は今さら引っ込められない! 声が震えないよう気を付けながら、さら無礼に煽ってやって――ってあ゛あ゛あ゛あ゛! さらに青筋が酷くうううッ!?

 コレもう完全に臨界点越えてるよ! 初日の比じゃないよ!

 ああもう、なんだってこんなことにッ! 勢いで行動するとホント碌なことにならんなッ!!

 

「せ、先生ッ!」

「ッ!? フ、フン、邪魔をするなよ、人間ども! 貴様ら弱者はせいぜい隅で縮こまり、自分の身を守っているがいい!! ――さあ、覚悟しろ魔王よッ、今こそ下克上のときじゃあああッ!!」

 

 ちくしょおお、これが最後だ!

 ここを生き延びたら最後、もう絶対に子どもなんぞ助けんからなあああッ!!

 

 

 

 

 ――こうして中途採用新人は、社長への反逆を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 ここで改めて、本作ムドーのステータスを。

 魔王ムドー
 HP 9000
 MP  無限
 攻撃 1150
 守備 1050
 速さ  470

 使用技:メラゾーマ、マヒャド、イオナズン、はげしいほのお、こごえるふぶき、しゃくねつ、荒れ狂う稲妻、まばゆい閃光、怪しいひとみ、他呪文多数。



 サンタ
 HP 1500
 MP  800
 攻撃  700
 守備  400
 速さ  400


 …………どうやって勝つんだ?




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