ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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6話 騙される方が悪いのだ

「さあ、お前たち! 早くこの防具を身に付けるんだ!」

 

 放られた装備品に袖を通しながら、レックが部下たちへ叫ぶ。

 

「お、お待ちください、王子! 魔族から渡されたものなど危険です!」

「何を言うか、トム! 先生がくださったものに危険などない! ほら見ろ、このヒラヒラの服なんか凄く着心地良いぞ!」

「そ、それは水の羽衣!? 魔法使いの最上級防具ではありませんか! それに他の鎧や盾も、滅多に手に入らない希少品ばかり……。あの男、一体どこでこれほどの武具を……」 (※主にカジノと井戸)

 

 困惑する兵士長の下に、部下たちが歩み寄っていく。

 

「兵士長! 死にかけの我らを、わざわざ騙し討ちするとも思えません! 罠である可能性は低いのでは……!」

「そ、それは、そうかもしれんが……」

「――というかすでに、王子ご自身が身に付けられていますし……。今さら護衛の我々が尻込みするというのも……」

「あ! そうですよ兵士長ッ、確認しないと! お、王子、どうですか? 体調などに何か異変は?」

「いや、問題ない。すこぶる快調だ。皆にもお薦めしたいくらいだぞ!」

 

 両手を広げたレックがその場で一回転する。特に呪いや不調なども見られないその姿に、頑なだった兵士長の態度も緩み始める。

 

「む、むうぅ……」

「……どの道、今のコンディションのまま奴らと戦っても勝ち目は薄いです。賭けるしかありませんよ」

「兵士長! 魔物どもがこちらへ向かって来ます! ど、どうすれば……!」

「ッ!? くっ、迷っている暇はないか……!」

 

 迫る状況と部下の言葉に後押しされ、ついに彼は決断した。

 

「わかった。全責任は私が持つ! 各員防具を身に付けよ! 敵を迎撃するッ!!」

「「「はっ!!」」」

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「ほっ……」

 

 レイドック勢が魔物と対峙する様を確認し、僅かに息を吐く。

 どうなることかと焦ったが、なんとか全員が装備を身に付けてくれたようで一安心だ。レックのカリスマに感謝である。

 

「ほほう。奴らめ、まだ戦う力が残っていたか。これならばもう少し余興を続けられるかもしれんな。フフフ、協力に感謝するぞ、1182号よ」

「いえいえ、礼を言う必要などありませんよ。なにせ貴方様は、続きのシーンなど見られないのですからな」

「ほっ、言いよるわ!」

 

 見下してくる魔王に対し、こちらも笑顔で挑発を返す。一周回って恐怖感がマヒしてしまったのだろうか、無礼を遥かに通り越した暴言までスラスラ出て来る。

 ……こりゃ負けたら死ぬより酷い目に遭うな。

 

「ククク、ではそろそろ、こちらの余興も開始するとしようかの? 奴らと貴様、どちらが早く死ぬのか楽しみだ」

「フッ、それでは選択肢が足りませんな、魔王様。――答えは三番! 最初に死ぬのは貴方だッ!」

 

 弱気を吹き飛ばすよう強く叫び、その場を駆け出した。拳を固く握り締め、先手必勝とばかりに懐へ飛び込む!

 

「メラゾーマッ!!」

「!」

 

 ――と見せかけて左へ跳躍、側面から大火球を撃ち放つ。

『調子に乗ったあの態度なら確実に突っ込んで来るだろう』と思わせておいて、死角からの初手飛び道具。卑怯者呼ばわり上等のだまし討ちだった。

 そんな、格下からのあわよくばという一撃は、

 

 ――ボシュウゥゥ!

 

「ッ!?」

「なんだ? 元部下だからといって手加減など要らんぞ?」

 

 こちらを見もせず片手で握り潰された。見せつけるように開かれた掌には、火傷の跡すら付いていない。

 

「ちっ、……化け物め!」

 

 わかっちゃいたことだが実力差が半端ではなかった。攻撃・防御ともにあちらが圧倒的に上。下手に近付いてカウンターでもくらえば即座に終了してしまうだろう。

 ここは遠距離から削っていくしかない。

 

「ふんッ!」

 

 魔力を集中してメラゾーマを十発ほど生成、己の周囲に旋回させる。サンマリーノでの戦いを見られているならすでに手の内も割れているはず。今さら出し惜しみは無しだ!

 

「ほうッ、極大魔法の並列使用か。生で見るとなんとも凄まじい威力よ。クックック、これは油断すると本当にやられてしまうかもしれんな?」

「……ちっ、思ってもいないことを」

 

 ……だが、今はありがたい。

 基本性能で完全に負けている以上、こちらが勝つには、侮られている間になんとか最大の攻撃を叩き込むしかないのだ。

 

「せいぜい最期まで、油断していてくれッ!」

 

 再び死角に回り込みメラゾーマを二発牽制で打ち込む。

 腕の一振りであっさり消し飛ばされるが、今度はこちらも想定内。気にせず動き回り、死角から魔法を連打し続ける。

 幸いストック型メラゾーマのおかげで手数はこちらが上(――というかそこしか優位点がない!)、一撃でも打ち込めればそれが突破口になるはずだ。

 

 さらに三発分を射出。

 流れ作業のように消し飛ばしながらムドーが哄笑する。

 

「どうした! 同じことの繰り返しばかりではつまらんぞ!」

「ならば――こういうのはどうだッ!」

 

 改めて手元に火球を生み出し、射出する。

 一見何の変哲もないただのメラゾーマ。それを先ほどと同じく、奴が握り潰そうとしたところで――

 

「弾けろッ!」

「ぬッ!?」

 

 直前で分離させ、四方からムドーを強襲。頭部を中心に着弾させて視界を奪う!

さらに一瞬硬直した隙を見逃さず、残りのストック全て注ぎ込んで集中攻撃!

 

 ――ズガガガガアアアアンッ!!

 

 全弾が余さず命中。大型モンスターを一瞬で焼き尽くす火球が十発以上爆ぜ、ムドーの巨体を覆い隠した。

 

 

 ――うおおッ!? な、なんだこの揺れは!?

 ――あのヤベー奴らに決まってんだろ! どっちもバケモンだッ!

 ――今は無視しろ、無視! こっちに集中だ!

 

 

 闘技場全体が震えるほどの威力に、レイドック勢が何やら叫んでいる。

 ……そりゃ戦闘中に驚かせたのは悪いとは思うが、私までヤベー奴扱いなのはちょっと納得がいかない。せっかく助けてやったのに……。

 

「……フン、まあいい。これだけの量を叩き込んだのだ。いくら魔王といえど、多少はダメージが入っているは、ず――ッ!?」

 

 思わず気を緩めようとしたその瞬間、ゾクリと背筋が震え、私は全力で後ろへ跳んでいた。煙に覆われた爆心地からおよそ三十メートル。通常の倍以上の間合いを開け、何が起きてもいいように全身の神経を研ぎ澄ませる。

 ……特に何か攻撃されたわけではない。しかし、先ほどから体全体に悪寒が走り、脳内に響く警鐘が止まなかった。

 そして、その感覚を裏付けるように……、

 

 ――ボッ!!

 

「ッ!?」

 

 黒煙と炎が弾けるように吹き飛び、瓦礫が四方へと散っていく。

 プレッシャーに冷や汗が流れる中、やがて煙の晴れたその中心では、

 

 

「……クックック、今のはなかなか肝を冷やしたぞ?」

 

 

「嘘……だろ」

 

 傷一つない魔王が、何の痛痒も感じさせぬ顔で嗤っていた。

 あれだけの数の極大魔法を撃ち込んだというのに、全くの効果なし。……いや、体表面が淡く光っているということは、魔力障壁を張る程度には脅威と認識されたようだが、そんなもの大した気休めにもならなかった。

 こちらの最大攻撃を、ほんの少し力を入れるだけで防がれてしまったのだから……。

 

「ではそろそろ、こちらからもいくぞ?」

 

 動揺する私に構うことなく、ムドーは右腕を高く掲げて嗤い、

 

「イオナズン!」

「ッ!?」

 

 凄まじいエネルギーを秘めた光球が投げつけられ、咄嗟に横へ跳ぶ。その瞬間、先ほどまで立っていた場所が轟音とともに消し飛んだ。

 

 ――ズガアアアアアンッ!!

 

「ぐぬうッ!?」

 

 爆発の余波だけで吹き飛ばされ地面に転がりそうになる。……が、そうなってしまっては一巻の終わり。とにかく足を止めずに動き回り、狙いを外し続ける。

 

「ふはははッ、まだまだいくぞ! どこまで避けられるかな!」

「くっ!」

 

 逃げ惑う小動物を追い詰めるように、ムドーは嬉々として爆撃魔法を展開していった。

 

 全力で逃げる進行方向を狙って一発。発動を察知してサイドステップで回避。

 着地点を取り囲むようにさらに三発。爆破寸前にジャンプして天井に張り付く。

 爆炎を突き破り、追尾するように光球が二発迫る。

対抗してメラゾーマを二発射出。一つが命中、誘爆。もう片方は――ちっ、外れた!

なら魔力を込めた拳で弾き――後ろにもう一つッ!?

 

 ――ドオオオオオンッ!!

 

「ぐううッ!!」

 

 咄嗟にメラゾーマを発動、爆風を相殺しながら後ろへ跳んだ。

 ガードした両腕が見る間に焼けていく。減衰させたにもかかわらず、あっさりと防御を抜いてくるこの威力。魔力の保有量が圧倒的に違う!

 さらに加えて、広域魔法を圧縮して自在に操るなど、私のストックメラゾーマ以上の高等技術だ! 魔力量だけじゃなく技術でもこちらの上を行くとかホントふざけんな!

 

「くそッ、化け物ぶりも大概に――ってウオオッ!?」

「そらそら、気を抜くな!」

「フ、フバーハああ!」

 

 悪態を吐く暇すらなく今度は猛吹雪が迫ってくる。光の衣で身を守りながらメラゾーマ三発を連続射出。吹雪を散らすと同時に、反動でブレスの範囲から脱出する。

 続いて襲ってきたのは荒れ狂う稲妻。身体を折り畳んで被弾箇所を最小限に、己の麻痺耐性を信じて突っ切る!

 雷雲を抜けたところで、視界いっぱいに迫る激しい炎。身を捻ることでなんとかギリギリで躱し、軽く肌を焼かれながら地面へ降り立つ。

 息も吐かせぬ怒涛の攻撃、気休めに回復する暇すらない!

 

「くッ、メラゾーマ!」

「ではこちらも――メラゾーマ!」

「んなッ!?」

 

 苦し紛れに放ったこちらのメラゾーマは、同様に放たれたメラゾーマにより容易く押し返され――いや、飲み込まれたッ!? 大きさにして軽く十倍以上、同じ呪文にカテゴライズして良いモンじゃないぞアレは!!

 

「くっ!」

 

 だが巨大さゆえか、弾速の方はさほどでもない。余裕をもって回避し、もう一度中距離でムドーと向かい合う。

 よしッ、焦りはしたが、結果として良いところで一息吐けた。これで一旦仕切り直しに――

 

「おや、避けてしまって良かったのかね? ――死んでしまうぞ?」

「は? 何のこと――ッ!?」

 

 反射的に振り返る。

 

 

 ――そ、総員退避ーーッ!!

 ――無理です! 間に合わ――ッ

 ――盾隊、構えええーーーッ!!

 ――王子こちらへ! 早くッ!!

 

 

「チィィッ!!」

 

 考えるより早く地面を蹴り砕いていた。背後からの追撃のことなど今は思考の外。風を巻いて進む大火球を一瞬で追い越し、彼らとの間に割って入る。

 勢い余って『もっと速く動けッ、鈍間!』と罵ったことは許してほしい。……なにせこっちは、今から進んで傷を負わないといけないのだから……。

 

 浮足立つレイドック勢を背にして、深く腰を落とす。

 両手に魔力を集中し、踏ん張りが効くよう足の方にも少し。

 ……身体? その辺りはまあ根性で。

 

「せ、先生ッ!?」

「前に出るな! 身を低くしろ!」

「なっ!? 貴様何の真似だ!」

「見ての通り馬鹿な真似だ! 盾隊は強く構えッ! 衝撃に備えろおおおッ!」

「ッ!? 総員防御態勢ーーーッ!!」

 

 そして目の前で、太陽が炸裂した。

 

 

 ――――カッッッッ!!

 

 

「ぐおおああああああッ!!」

 

 迫りくる大火球を正面から受け止める。ジュウジュウと掌が焼けるような音…………は聞こえてこない。代わりに聞こえてくるのは、カサカサボロボロ――という乾いた音で…………?

 

 ……あ、これ火傷じゃなくて炭化だわ……。両手にメラゾーマ纏って全力防御してるのに、加速度的に腕が焦げていってる。単に傷付くどころではなく、凄い勢いで腕の組織が崩れ落ちていって――って、いやホントやべえよ死ぬゥゥ!!

 

「くおおおおッ!! ウェルダンになってたまるかあああッ!!」

 

 魔力の出力をさらに上昇。両手を火球の中へ突き込み、内部でメラゾーマを複数発動、そして内側から――破裂させる!

 

 

 ――――ボーーンッッッッ!!

 

 

「ぬがあッ!?」

 

 やがて許容限界に達した火球は膨張・破裂し、周囲に大量の炎を撒き散らした。一番近くにいた私は当然それをモロに食らい、視界が激しい光に包まれる。

 

 そして――

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 ――……ッ!?

 ――~~ッ!!

 ――…………っ!

 

「――んぉ!? お、おおッ……無事か」

 

 一瞬飛んでいたらしい意識が覚醒する。耳に藻が詰まったような音に反応して振り返ると、煤だらけだがなんとか無傷なレイドック勢と、その向こうに二十体ほどの魔物たちが立っていた。

 私の周囲、扇状に残された地面以外は全て消し飛んでおり、そこにいた魔物どもは軒並み消滅した模様。これで残りの敵は半分以下に……すげーや魔王様、ナイスアシストだぜ。

 

「せん…………じょう……すか!?」

「???」

 

 レックが何か言っているようだがほとんど聞き取れない。……どうやら炸裂時の衝撃で、鼓膜が弾け跳んでしまったようだ。ええい、面倒な。

 

「お……、ど…………つも…………ける……のか!」

「もし…………を……たす…………れ…………?」

「そん…………のか? でも……かばっ……くれ…………」

 

 ……いや、むしろコレ会話ができた方が面倒な気もするな。兵士たちが何とも言えない表情でこちらを見ているし、ここは適当に流しておこう。

 

「あーあー、全く聞こえーん。耳が馬鹿になっているため、質問は一切受け付けません! とりあえずお前たちは、残りの敵を倒したらとっとと逃げてしまうこと! 他にはもう何も求めないから、ホントそれだけ頑張って。いいな、わかったな、約束だぞ? じゃッ」

「あっ、ちょ――」

 

 一方的に捲し立ててその場を離れる。

 歩きながら側頭部に手を当てホイミを発動。とりあえず聴覚だけでも治しておかんと戦闘もままならない。内部に魔力を注いで組織を再生して、と…………よし、完治!

 ふふふ、回復魔法の扱いにもだいぶ慣れてきたな。この調子なら次のステップもそう遠くはなかろうて。フハハハ、待っているがいいぞ、ベホマよ!

 

 ――と、やや現実逃避気味に元の位置まで戻ると、待っていたのは愉しげに笑う元上司の顔。

 

「クックック……、まさか人間などを庇うとはの。一体どういう風邪の吹き回しだ、1182号?」

「フフン、あまり簡単に死なれても面白くないでしょう? 悔しがるあなたの顔を見るためにも、もうしばらくは生かしておいてやりますよ」

「ほほう、そいつはサービス精神旺盛なことだ」

「ええ、ええ! こう見えて私、魔界一気がきくサタンジェネラルを自負しておりますので! 魔王様もせいぜい、我がエンターテイメントに酔いしれるが良い、フハハハハッ!」

 

 ………………。

 ――などと、平静を装って嘯いたものの、実際言葉ほどの余裕はなかった。

 ストック型メラゾーマを防御に回すことでなんとか食らいついてはいるが、この技はとにかく燃費が悪いのだ。今の短い攻防だけで、実に三割がたの魔力を削られてしまっていた。

 対してあちらは全く余裕の表情。メラゾーマより消費が激しいイオナズンを連発しているというのに、息切れ一つ起こしてしない。このまま同じことを続けていれば、どちらが先にガス欠になるかなど明らかだった。

 

(チッ、あいつらが逃げる時間くらいは稼げる目算だったのだが)

 

 どうやらその読みは甘かったらしく……。

 気は進まないが、ここはもう賭けに出るしかなかった。どの道魔力が尽きれば近付くしかなくなる。早いか遅いかの違いでしかないのだから……。

 

 静かに覚悟を決め、脳内で戦術を組み立てる。

 魔法をいくら当てても効果は薄かった。ならば危険を承知で接近戦を仕掛け、強力な物理攻撃を直接叩き込むしかない。

 その際狙う部分は――脚だ。なんとか片足だけでも傷を負わせ、すぐには動けないよう機動力を奪う。その後とって返して雑魚どもを一掃、壁に穴を開けて城外へ逃げ、キメラの翼で島から脱出する。――こんなところか。

 

 ……正直、勝算はあまり高くないが、相手はまだこちらを侮ってくれている上、先ほどまでの攻防で私のチキンぶりは伝わっているはず。いきなり捨て身でかかって来るとは思うまい。

 弱気になるな。為せば成る!

 

「ではそろそろ……、続きといきましょうか?」

「ククク、せいぜい最期まで足掻いて楽しませてくれ」

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「メラゾーマッ!」「イオナズンッ!」

 

 同時に放たれた魔法を合図に、再びムドーの周囲を旋回し始める。

 狙いを悟られないよう攻め方は先ほどと同じく、大火球を雨あられと乱れ撃つ。

 

「なんだ、また攪乱戦法か! 芸のないことだな!」

「ハッ、それにしては必死に防いでいるようで!」

 

 減らず口を叩きながら魔法を連発。残りの魔力全て使いきる勢いで、際限なくメラゾーマを撃ち込んでいく。

 ――私はチキン、接近戦などできない臆病者。使用技は得意なメラゾーマのみで、例え通用しなくても、他の戦法を試すなんて怖くて無理!

 そんな心情を動きの端々に乗せながら、ひたすらフィールドを逃げ惑う。

 

「そらそらどうした! もっと速く動かんと当たってしまうぞ!」

「うぐっ! メラ、ゾーマああ!」

「クハハ、効かぬわッ!」

 

 当然の如くこちらの攻撃は一切通用しない。いくら数を増やそうとも、やっていることは先ほどとほぼ同じ。桁外れな魔力障壁を突破するには至らず、逆に己の傷ばかりが増えていく。

 

 そしてやがて……弱気が首をもたげてくる。

 所詮は一山いくらの量産型。四大魔王に挑もうなどと、身の程知らずの実力不足だったのだ。そんな空気がその場に蔓延していく。

 

 ――そう、思わせるのだ。

 

「そら、横がガラ空きだ!」

「がふッ!?」

 

 ――故にこそ、活きる。

 ここまで一度も使っていない技たちが……。

 メラゾーマ以外の固有技と、そして、通常のサタンジェネラル種では持ち得ない、鍛錬によって身に付けた自分だけの技が……。

 都合よく周囲は瓦礫の山、島の地下には活火山。やれる条件は十分に整っている。

 

「クックック、どうやらここまでのようだな?」

「ハァ、ハァ、ハァ……ッ」

 

 ついに壁際まで追いやられた。息は上がり、足も震え、今にもとどめを刺されそうな絶望的状況。ムドーは嘲笑とともにこちらを見下ろしている。

 ――まだだ、まだギリギリまで引き付けろ……。

 動くのは次の攻撃後、相手を追い詰めたと油断し、奴が気を抜ききったその瞬間だ!

 

「では、さらばだ、愚かな反逆者よ。――イオナズンッ!」

「ぐああああッ!?」

 

 目の前で大爆発が起き、煙で視界が覆われた。その直後、

 

(――今だ!!)

 

 ブラフの悲鳴に紛れて一気に動き出す。周囲に散在する多数の瓦礫、ここまでの攻防で破壊されてできたそれらを、手当たり次第に蹴飛ばし投げ飛ばしていく!

 

「クハハハ、まあ量産型にしてはよくやったほうだ。一言褒めてやろ――」

「岩石落としいいいッ!!」

「なッ!? ぐおおおおッ!?」

 

 突如煙の中から飛び出した岩石群が、呑気に感想を述べていたムドーを強襲する。終わったと思い込んでいた奴は無防備にそれをくらい、呻き声を上げながら身体を丸めた。さらにそこへ、間髪入れずに追撃の剣を振るう。

 

「さみだれ剣ッ!!」

「ぬぐっ!?」

 

 その名の通り不可視の斬撃が雨のごとく空中を奔り、ムドーの身体に裂傷を刻んでいく。この戦いでようやく魔王が負った手傷。やはり魔力に由らない攻撃は有効のようだ。

 ならば今こそ秘策を出すときッ!

 

「岩石落とし! プラス、さみだれ剣!!」

 

 ズパパパパーーーンッ!!

 投げ上げた岩石に向かい斬撃を放つ。幾千幾万にも細断された瓦礫が弾幕となり、あらゆる角度からムドーへ降り注いでいく。

 

「ぐおお――ッ!? な、舐めるなあッ! かあああーーッ!!」

 

 だがそこはさすがの四大魔王。動揺はいつまでも続かず、弾幕は激しい炎で迎撃され片っ端から灰になっていった。

 

「ハッ、ただ埃を撒き散らすだけの技か! こんな子供だましが私に通用すると思ったか!」

「(思ってないわ、この間抜けめッ!!)」

 

 通用しなくても構わない。これはあくまでも目くらまし、本命は後ろに控えるこちらの方だ。

 砂礫のカーテンに隠れたまま、地面に手を当て地脈を探る。魔力の枝を長く深く伸ばしていき、目的のものを探っていく。

 100メートル、500メートル……、1000…………2000…………3000!

 

(見つけたッ!)

 

 ついに探り当てたそいつを、魔力で暴走させて一気に地上へ引っ張り上げる!

 

「来いッ、ひばしらあああーーーッ!!」

 

 

 ――ドオオオオオオンッ!!!!

 

 

「ぐおおおおおッ!? こ、これはッ!?」

 

 暴走した溶岩流が一気に溢れ出し、ムドーの身体を飲み込んだ。地中深くのマグマ溜りに魔力をぶつけ、無理やりに引き起こした大噴火だ。

 効果のほどは見ての通り。活火山を利用した強化ひばしらは通常の何倍もの威力を発揮し、ムドーの身体を凄まじい勢いで焼いていく。切っ掛けは魔力によるものであっても、マグマ自体は自然な物理現象。魔力障壁で防ぎ切れるものではない!

 

「くッ! こ、こんなもの、移動してしまえば……!」

「メラゾーマああッ!!」

「ガッ!? き、貴様あああ!!」

 

 前方と左右から挟み込むようにメラゾーマを放ち、動けないよう釘付けにする。溶岩を防ごうと魔力を下に集めているため、今の奴は上半身がガラ空きだ。この隙に削れるだけ削ってしまえッ!!

 

「こ……、この程度で、私がやられるか! かああああーーッ!」

「ッ!? ちぃ!」

「……ク……ハハハッ、残念だったな! 貴様の魔法ごとき、片手間でも容易く跳ね返せるわッ!」

 

 できればもう少し痛めつけたいところだったが、ムドーはさらに大量の魔力を捻り出し、メラゾーマを全て跳ね除けてしまった。

 少しばかり安堵も取り戻したのか、爆炎の向こうでは得意気な嘲笑が上がっている。格下が必死に考えた策を力で打ち破り、喜色満面といったところなのだろう。

 だが――

 

(馬鹿め! ここまでが狙い通りだッ!)

 

 声に出して罵倒してやりたいところをグッと堪え、気配を少しずつ薄めていく。

 ――そう、本当の狙いはここから。奴が常の余裕を失い、視野が狭まったこの瞬間だった。

 

『物理攻撃で虚を突き、自然の力まで囮に使い、しかし最後はやはり遠距離からのメラゾーマだった。これをしのぎきった今、もはや奴に打つ手はない!』

 

 おそらくこう考えているムドーの頭の中では今、近付かれることなど全く意識されていない。加えて、多方向からの攻撃に全魔力を振り分けているため、他の部分の防御は極端に薄くなっている。まさに好機だった。

 数発のメラゾーマをその場に残し、静かに移動を開始する。その間も遠隔操作でメラゾーマを撃ち続けながら、気配を絶って後方まで回り込む。

 

(スウゥゥゥゥ……!)

 

 気配が漏れないよう静かに、大きく息を吸い込む。全身に溜めた気合を両腕に集め、これで全ての準備は完了した。

 残りのメラゾーマを奴の正面に配置し、最後の賭けとばかりに一斉に撃ち込む!

 

「馬鹿めッ、まだ足掻くか!!」

 

 ムドーが魔力のほとんどを前方に回し、メラゾーマへと叩きつける。飛来する火球が魔力壁にぶつかり次々炎を撒き散らすが、強固な障壁を貫くまでには至らず……。

 やがて最後の一発が爆ぜ、長く続いた怒涛の攻撃もついに終わりを迎えようとする。

 

「くははは、どうだ! 全てしのいでやったぞッ!」

「(――ここだッ!)」

 

『最後の悪足掻きも叩き潰してやった』と、ムドーの意識と防御に一瞬の空白が生まれる。これこそが狙っていた瞬間だ!

 さあ覚悟しろ、腐れ魔王め。今こそ渾身の一撃をくらうがいい。

 3、2、1、――今!

 

「終わりだッ! 1182ご――」

「もろば斬りいいいッ!!!!」

「なッ!? がああああッ!!!?」

 

 背後から全力で振り下した一閃は、遮られることなく右大腿部へ吸い込まれていった。不意を打たれたムドーは最低限のガードすら間に合わず、右脚を付け根から斬り飛ばすことに成功する。

 

「ナアアアアッ!? ど、どういうことだぁ!! わ、私の、私の足があああッ!?」

 

 片足を失った巨体が、驚きと痛みに叫びながら地面へ転がった。

 遥か天井の存在――四大魔王が目の前で倒れ、苦痛と恐怖に喚いている。量産型が格上からもぎ取った、この上ない大戦果だった。

 

「よしッ! 逃げるぞ、レック!!」

 

 その成果を最後まで見届けることなく、即座にレックのもとへ走る。散々見下してくれた分嘲笑を返してやりたいところだったが、残念ながらそんなことをしている暇はない。

 奇跡的に全てがうまく嵌まってくれたが、それでも相手は常識外の化け物。足がなくとも追って来れる可能性は十分にある。動揺が続いている今の内に、さっさと逃げてしまうのが最善だ。

 闘技場の隅を見れば、レイドック勢はなんとか敵を残り十体まで減らしていた。よし、あの程度なら一息で倒しきれる!

 

「せ、先生ッ!!」

 

 こちらを振り返ったレックが、驚きに目を見開いて固まる。その焦ったような表情に、こんな状況でつい苦笑してしまう。

 ――さてはあやつめ、私があっさりやられてしまうと思っていたな?

それが善戦どころかこんなに早く倒してきたものだから、予想外過ぎて驚いているのだろう。……全く、出会った頃からナチュラルに失礼な奴だ。

 

 ふっ、まあいい、今は奴らを連れて脱出するのが先決。アイアンクローの刑は後回しにしてやろう。説教するのも笑い合うのも、生きて帰ればいくらでもできるのだからな。

 

「どけ、お前たち! あとは私がやる!」

 

 望む未来にたどり着いた達成感を噛み締めながら、私は穴だらけの闘技場を全速で駆け抜けた。

 そして最後に、この勝利を確実なものにするため、連中へ向けて大きく腕を伸ばして――

 

 

 

 

「先生、後ろッ!!」

 

 

 

 

「――は?」

 

 ――グシャリッ!!

 

 何かが潰れる音が、身体のすぐ近くから聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 …………ポタ、……ポタ……タ……。

 

 

「……コ……フ……?」

 

 静かな空間に水音が響く中、私の口からは意図せず、か細い吐息が零れていた。

 それらを疑問に思う暇もなく、今度は上半身が反り返り、視界が無理やり上へ向けられていく。

 天井から降り注ぐ魔力灯の光が、やけに眩しく感じられた。その疑問を口にしようにも、うまく言葉が出てこない……。

 

「……ゥ……ァ……?」

 

 ――なんだ? 一体、何が起こった……?

 どうして私は、動けなくなっている?

 どうして、地に足がついていない?

 どうして身体の中心が……こんなに痛んでいる?

 

 これではまるで……、まるで誰かに奇襲でも受けたような……ッ。

 

 

 

「――ククク、狙いは悪くなかったぞ?」

「ッ!?」

 

 背後から聞こえてきた声に全身が粟立つ。

 

(ば、馬鹿な、そんなはずはないッ。ついさっき、確かに私がこの手で……!)

 

 その声はどこまでも平静で、落ち着いていて……。先ほどまで見苦しく喚いていたとは到底思えなくて……。

 受け入れがたいその事実を否定しようと、声にならない叫びを上げながら視線を下へ向けていく。

 ……しかし当然、そんなことで現実が変わるはずもなく、

 

「だが残念だったな。――相手が悪かった。それだけのことだ」

「ゴ……フ……っ」

 

 

 

 腹から生えた血濡れの腕を見ながら、私は鮮血を吐き出していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タイトル通りやられてしまいました……。
さすが魔王、強い。


以下、細かい独自設定の補足。

・さみだれけん(五月雨剣)
 ゲーム中のエフェクトが透明っぽく見えたという個人的印象から、本作では『不可視の飛ぶ斬撃』という設定になっています。字面だけなら凄く強そうに見えますね、本編ではかなりの不遇技なのに……。
 というのもこの技、『五月雨』という水っぽい名称でありながら属性は『岩石』なので、岩石耐性を持つ敵にはすごく効きづらいんです。そして本気ムドーは岩石耐性大。つまり、この技でダメージが通っちゃったらおかしいんですね。
 あの辺りの一連の攻防が、実は罠だということを示す地味な伏線でした。


・ひばしら(火柱)
 火山地帯で威力が上昇するという、ロマン溢れる大技。もちろん完全な捏造です。海上で使えない制約があるのなら(これは公式)、逆に火山でプラス補正が掛かればいいのにな、という個人的願望でこんな感じに。
 今話ではマグマ溜まりから直接引っ張り出したので威力が爆上がりしています。ダメージ量でいえばだいたい1000ぐらいですかね? すごい威力です。結局当たってませんけども。


・もろば斬り
 だいたいゲームの通り。きあいためと併用可能なのも公式仕様です。ただ、与ダメージの1/4が返ってくるのがどういう原理なのか悩みまして。
 この技、ゲーム中の記述では『〇〇は キケンを かえりみず ××の ふところに きりこんだ!』となっているんです。なので最初は、

 1、力任せに武器を振り回して自分に当たっている。
 2、捨て身で突っ込んでカウンターをくらっている。

 ――の二通りを考えたのですが。
 1だと『剣術の達人がそんなアホな真似をするか?』という疑問が生じまして。2の方でも、眠った相手を攻撃したときのダメージや、ミスしたときにノーダメージである説明が付かず……。
 それで結局、『限界以上の力で敵を叩き切るため、腕やら身体やらに強い負担がかかる技』と解釈しました。なんとも回りくどい表現ですが、他にこれだと思える案も思い浮かばなくてとりあえずこんな感じに……。
 どなたか真相をご存じの方がいましたら、ぜひご一報を。



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