「せ、先生ッ!!」
「駄目です、王子! 近付いてはなりません!!」
「離してくれ、トム! 先生が……先生がッ!!」
「我々が行ったところで何もできません!! 無駄死にするだけですよ!!」
「でも……、でもあのままじゃ……!」
「兵士長! 魔物どもがまだッ!」
「くっ、動ける者は前へ! 迎撃せよ!」
――――
「……か……ふ……っ」
――ゴポリ。
反射的に出そうとした声は音にならず……、気泡混じりの血液が、喉を駆け上がる音だけが聞こえてきた。死を間近に感じるほどの痛みと苦しみ。久方ぶりに体験するそれらに苛まれながら、しかし頭の方は、より酷い混乱に包まれてそれどころではなかった。
一体なぜ……どうしてムドーがこの場にいる?
つい先ほど、確かにこの手で深手を負わせた。奴は片脚を失ったまま、まだあそこで苦しんでいたはずだ……。
それがなぜ、何の痛みも感じさせない声でこの場に立っている……!
……。
…………。
………………。
「(……いや待て……痛み? 痛みだとッ?)」
そこでようやく、不可解な点に気が付いた。
……そうだ、おかしいのだ。全力で『もろば斬り』を放っておきながら、なぜ何の反動も返ってこなかった? あれだけの威力を込めた捨て身技、両腕が粉々になってもおかしくなかったはず。なのになぜ私は、何の反動もなく剣を振り切れた? なぜ何の痛みもなく、即座に走り出せた?
それではまるで……、まるで、幻か何かでも斬ったような…………。
…………ッ! まさかッ!!
「さてと、いつまでもぶら下げたままでは傷に障ってしまう、なあッ!」
「がッ!?」
その可能性に思い至った直後、笑い混じりの声が聞こえ、私の身体は地面へ叩きつけられていた。
「グッ……カハッ! ゴホッ、ゴホッ!!」
咳き込む度に鮮血が飛び散り、腹に開いた風穴からは血の海が広がっていく。すぐに処置しなければ死に至るほどの重傷。それは一呼吸ごとに痛覚を責め苛んだが、おかげでかえって意識が覚醒してくれた。
「ハァ、ハァ、……そう……か……ッ」
ようやく、今の今まで忘れていた事実を思い出す。四大魔王にはそれぞれ、最も得意とする戦い方があったということを。
あらゆる能力が桁外れな魔王たちだが、中でもそれぞれの専門分野に関しては、輪をかけて化け物染みた力を持っているのだ。たとえ同格の魔王であろうと、相手のフィールドでは容易く敗れると言われるほどに……。
鳥獣種ジャミラスは、空戦と煉獄の炎を。
海魔種グラコスは、海戦と極寒の吹雪を。
魔戦士デュランは、近接戦と最強の肉体を。
そして、幻魔王とも称されるムドーの得意分野は――
「あなたは…………幻術使い、だったな……!」
「クハハハ。まあ、そういうことだ」
目の前のムドーが指し示す方向へ視線をやると、
――『がああああッ!! わ、私の足がああああぁぁぁぁッッッッ…………――――
地面へ転がる巨体の輪郭が朧気になり、騒がしい声も静まっていく。
闘技場の中央では今まさに、『片足を失って苦しむムドー』が煙のように消えていくところだったのだ。さらにその一帯は――いや、自分の周囲も含めた闘技場全体は、いつの間にか青白い霧に覆われていて……。
「なるほど……、これが……ッ」
そう、これこそが魔王ムドーの代名詞――『幻術』。
傀儡を作って誤魔化す程度の子供騙しではない。無限の魔力によって空間を掌握し、生物の五感すら支配し、相手を意のままに操り翻弄する。この化け物と戦うにあたって、最も警戒しておかなければならない、凶悪無比な固有能力だった。
それを忘れて正面から挑んだ挙句、罠に嵌めたつもりが逆に嵌められて危機に陥るとは、なんという道化だろうか。
「くそっ、戦いが始まったときには、すでに術中だったというわけか……!」
今さら気付いて地面を殴り付けたところで、状況は何ら好転しない。
――どころか、現実とはどこまでも弱者に甘くないもので……、
「ククク、少し違うな。“戦いが始まったときから”ではない。……“最初から”だ」
「な……に……?」
こちらを見下ろす魔王は、心底愉快気に嗤っていた。どこまでも悪意に塗れたその表情に、思わず聞き返すのを躊躇しそうになる。しかし今は、時間を稼ぐためにも会話を止めるわけにはいかなかった。
「どういう……意味です?」
「ククク、分からんか? ……では一つ質問をしよう、1182号よ。サンマリーノにいるお前を発見し、町まで遣いを送ったのは、一体誰だと思っておる?」
「? そ、それは当然……あなた、でしょう……?」
「然り。気まぐれで放った配下の様子を遠見の術で見ていたところ、偶然お前を発見してな。狭間の世界の者が一体なぜ人間界にいるのか? 理由が気になって詳しく見てみればさらに仰天よ。クククッ、まさか高位魔族が人間の街で暮らし、あまつさえ神父として働いていようとはの! まったく、あれほど笑ったのはいつ以来だったか!」
「で、ですから! その質問がこの戦いとどう関係するのですッ!」
一向に話が見えて来ないことに焦れて叫ぶ。すると奴はようやく、勿体ぶるようにその事実を口にしたのだ。
「ククク、そう焦るでない。……要するに、だな――
――海の向こうさえ見通せる私が、島の内部くらい、把握できないと思うのかね?
「ッ!?」
告げられた言葉に息を呑む。
同時に、気にも留めていなかったいくつもの違和感がよみがえり、脳裏を過っていった。
――レックの処刑を告げたとき、奴が私の反応を観察するようにジッと見ていたのは、なぜだ?
――下僕の反逆に怒り心頭であったはずが、戦いが始まるときには上機嫌で笑っていたのは、なぜだ?
――そして……、島で起こった全てを把握していたムドーが、素知らぬ顔で私を泳がせていたのは、一体なぜだ?
これら全ての違和感を繋ぎ合わせてみれば、答えは自ずと浮かび上がってくる。
「……そうか。“最初から”とはそういうことか……! 島全域を見通せるあなたには、私がレックを助けたことなどとっくにバレていた。その反逆者を大勢の前で処刑するため、わざわざ一晩泳がせ、その間にこんな大掛かりな舞台を用意した。そういうことなのだなッ!」
「う~む……惜しい! もう一声だ」
「…………はぇ?」
真相を見抜いたと息巻く私の言葉は、やんわりと否定されていた。ここからどこぞの裁判よろしく逆転の流れに持って行こうとしていたのに、なんともあっさり即却下である。……若干きまずい。
「王子に肩入れするところを見て決めたわけではない。正しくは、『お前がサンマリーノで戦う姿を見たときから』だな」
「……え? …………は? …………えっ……それは、どういう……?」
「クククッ」
いや、本当に訳が分からない。一体どういうことなのだ……?
――私がサンマリーノにいたときから、こうなることを予見していた?
あの時点ですでに、私の逆心がバレていたとでも言うのか?
それこそ“まさか”だ。人間の街への潜入などこれまで何度も行われてきた作戦であり、それだけで反逆を疑われるとは思えない。遠見の術で見られたところで、『大魔王様の命を受けたらしい魔族が、サボり気味に任務に当たっている』くらいにしか思わなかっただろう。
……いやそれ以前にそもそも、あの時点では本当に、反逆の気持ちなど欠片も抱いていなかったのだ。たとえ心を読まれようとも、粛清される理由などどこにもなかった。
「そうだ……。それこそ、偶然レックに出会うようなことでもない限り、こんな事態など起こりようも――――?」
……。
…………。
………………。
「……??」
……いや待て……、本当に……偶然か?
思考を一旦止めて、奴の言動をもう一度よく思い返してみる。
「最初から、全て…………。……最初から…………? ――――ッ!?」
その瞬間だった。
ゾワリ――と。
殺されかけたときよりもさらに、大きな悪寒に襲われていた。
「ま……さか……、それも含めて、全部……? いや、まさか……」
「……ククク、ちなみにの、1182号? レイドックの国土全域と、奴らがいつも使用している航路……。それらも当然、私の知覚範囲内だ」
「ッ!?」
最後のヒントとして告げられたその言葉により、今度こそ全てが繋がっていく。
――『戦いの始まりからではなく、“最初”からだ』
――『遠見の術により海の向こうまで見通せる』
――『人間と仲良くしている姿には大いに笑った』
――『サンマリーノでの戦いのときからこの展開を予見していた』
これらの点を繋ぎ合わせた結果、導き出された結論は……、
つまり――!
「全て……、最初から全て、計算ずくだったということかッ!? レイドック兵がここへ攻めて来ることも、その中に王子がいることも、私が子どもに肩入れするであろうことも、全てあなたの狙い通りだった! そのためにわざわざ私を呼び寄せ、強引に配下へ招き入れたのか!」
「クハハハハハッ!!」
その瞬間ムドーは、今日一番の嗤いを浮かべて手を叩いていた。その顔はまさに、この答えこそを何より待ち望んでいた、と言わんばかりだった。
「おめでとう、1182号! ようやく正解にたどり着いたな!! いやはやまったく、ここまで持ってくるのに随分苦労したぞ!」
「狙いは最初から王子ではなく、私の反逆……、いや、私との闘いだったのか!」
「その通り。こうも長く生きておると時間を持て余すものでな、暇潰し一つ探すのにも難儀するのだよ。数少ない趣味といえば闘いくらいなものだが、部下ども相手では運動にもならん。さりとて、他の魔王連中に喧嘩を吹っ掛けるわけにもいかん。というわけで、この頃はほとほと鬱憤が溜まっておったのだ。そこへ都合よく、お前という存在が現れた……。これはもう神の啓示なのではないかと、魔王の身で天に感謝を捧げてしまったぞ!」
「ッ……なぜ、こんな回りくどい真似をした……! あなたの立場であれば、呼び出して強引に勝負を吹っ掛ければそれで済んだはずだッ」
「クックック、分かっておらんな? 言ったであろう、暇潰しだと。いかに高位魔族といえども、魔王が本気で戦えば決着などすぐについてしまう。ゆえにそこまでの過程も十分に楽しまねばならん。特に今回は、『人間と仲の良い魔族』などという希少な生物が獲物なのだぞ? 骨の髄まで遊び尽くさねば勿体ないではないかッ」
「――ッの野郎……!」
あまりの怒りにハラワタが煮えくり返り、傷口から大量の血が溢れ出る。ムドーは種明かしをするのが楽しくて仕方ないのか、ますます饒舌に語り続けている。
「ククク、そう怒るでない。私とて、ここまでうまくことが運ぶとは思っていなかったのだぞ? 今回の主目的はお前に反発心を抱かせることでな。『後々反逆に繋がれば儲けもの』くらいには期待していたが、現時点で動く可能性はほとんどゼロだと思っていたのだ。……それがまさか、こうも怒りを露わにしてかかってくるとはの。ククク、そんなにあの子どもが大切だったか? 本当にいろいろな意味で愉しませてくれるな、お前は!」
「~~~~ッ!」
……なんのことはない。つまりは最初から全て、こいつの掌の上だったということだ。
レックと出会ったことも……、同情から手を貸したことも……、我が身可愛さに見捨てたことも……、子どもを嬲る姿に憤ったことも……、そして今、恐怖を振り払って立ち上がったことすらも!
ここまでの道中、諸々の葛藤も含めて、全てが奴の楽しみの内だった。
レックのために勇気を振り絞ったときも、本心を隠して嘯いたときも、命を賭けて拳を振るっていたときも……。奴は幻の後ろに隠れ潜み、愚か者の足掻きを嘲笑い愉しんでいたのだ。
なんてことだ、畜生めッ。こんなもの始めから、戦いすら成立していなかった。もはや道化どころの話ではない、ただ弄ばれるだけの玩具ではないか!
「お……のれ……!」
「おっと、無理をするな。まだ寝ているが良いぞ?」
「がっ!?」
「クククッ、昆虫標本ならぬ魔族標本か。なかなかに趣があるな、今後の趣味の一つにしてみようか」
立ち上がろうとした手足は、マヒャドによって地面に縫い留められていた。刺された箇所からは凍傷が広がっていき、まともに動かすことすらできなくなる。くそッ、これでは最期に相打ちを狙うことも不可能だ!
「追い詰められた戦士は何をするか分からんからな。念には念を入れて追撃させてもらった。これでも私はお前のことは高く買っておるのでな。……まあ、丈夫で楽しい玩具という意味でだがな、クハハハハ!」
「かふッ、けほッ! ……く……そ……」
悔しさと怒りを原動力になんとか動こうとしても、もはや身体を起こすことさえ難しかった。地面に磔にされているからというだけではない。腹部の損傷と激しい出血の影響で、ついに意識が霞んできたのだ。いよいよもって命の終わりが近付いてきたらしい。
「くっくっく、哀れなものだな。戦いの駒として生み出され、消耗品として酷使され、ようやく逃げ出した先で平穏を得たかと思えば、結局最期まで弄ばれて惨めに死んでいく。まったくもって無意味な一生だ。他人事とはいえ、さすがに私も同情するぞ、ハーッハッハッハッハ!」
「…………ッ」
まったくもってその通り。言い返す言葉すらなかった。
何もかもが通用しなかった無力感。全てが無為だったという徒労感。最期まで奴の良いようにされてしまったという、あらゆる意味での完全な敗北感。
絶え間なく襲ってくる痛みと苦しみも相まって、今すぐにでも膝を屈してしまいそうだった。
……。
…………。
………………。
……だが!
「ぐ……ぬう……!」
「おや……?」
だが、それでも!
ここで諦めることだけは決してしない!
這いずるだけでも構わない、絶対に足を止めてなるものか!
手足に刺さった氷柱を強引に圧し折る。肘や膝を使って身体を引きずり、ムドーの視線をレックたちから逸らしていく。
「……ふむ? これは少し意外だったな。てっきり、ここで心折れて絶望するものと思っていたが……」
そう言って首を傾げるムドーに向かって、粗雑に言い捨ててやる。
「……ハッ! 戦う前にも言ったはずでしょう? あなたの語る言葉など、全て今さらの話だと!」
「む……?」
できるだけ不敵に聞こえるように、内心など欠片も悟らせないように……。
「戦いの駒扱い? 消耗品として使い捨て? ……ハッ、今さらそれがどうしたと言うのです? 無意味な殺し合いも、上位者からの玩具扱いも、生まれてこの方ずっと味わい続けてきた日常だ。この期に及んで少し弄ばれたくらいで、落ち込むような繊細さなど持ち合わせておりませんわッ」
……嘘だ。
敗北の悔しさと情けなさが絶え間なく襲い掛かり、気を抜けばこの場で喚き散らしてしまいそうだ。
「ああそれとも、死に際に泣き叫ぶ姿でもお望みでしたか? それならば申し訳ない。なにせ生後すぐ戦場へ放り込まれ、殺し殺されを続けてきた身でしてね。死への恐怖だの、殺しの罪悪感だの、そういったお上品な感情はさっぱり育ってくれませんでしたよッ」
……嘘だ。
間近に迫った命の終わり。暖かな日々へ二度と戻れない現実を前に、今にも身体が震えてしまいそうだ。
「ムドー様もそんなに戦いたいのでしたら、一度狭間の世界を訪ねてみてはいかがです? 相手が格上だろうが上司だろうが、嬉々として挑みかかって死んでいく、そんな馬鹿どもが大勢揃っていますよッ。こんなみみっちい謀略を考える小物となら、さぞかし釣り合いが取れることでしょう!」
「……フム」
だがそれでも、最期の意地だけは張らせてもらう。無様に命乞いなどして、これ以上楽しませてなるものか。
たとえ掌で踊らされた結果であろうとも、あいつを助けたいと思った心までは否定させない。私が私の意志のもと、私の信念に従い立ち上がったのだ。
ただ命令に従って殺すだけだった下っ端が、最後の最期に自らの意志で支配者に抗ったのだ。このささやかな成果をもって私は、笑いながら死んでやるともさ!
「……ふぅむ、なるほど。狭間の世界の精鋭ともなると、死を間近にしてもこんなものか。もう少し愉快な反応を期待したのだがなあ……」
「く、ははッ……、きっと魔物の性格は創造主に似るのでしょう。これが貴方の部下ならば、お望み通り無様な反応を見せてくれるのでは?」
「ん? おお、そうだな、それは気付かなんだ! では次の機会には配下の者どもを使って遊んでみることにしよう。クククッ、有益な提言に感謝するぞ?」
「…………チッ」
精一杯の煽りも効果を発揮することはなく……。ひと笑いしたムドーは大きく息を吸い込み、体内に大量の炎を溜め込んだ。どうやらこの一撃で決めるつもりらしい。
くそっ、挑発に乗ってもっと時間をかけてくれれば良いものを……。強いくせにこういうところでそつがないのも最高に腹が立つ。もっと油断しろっての。
「ではな、今度こそさらばだ、1182号よ。期待以上に楽しませてくれた礼として、最大の火力で葬り去ってやろう。四大魔王からの最期の手向け、ありがたく受け取るがいい」
「……ッ」
――――死ね。
轟ッッ!!!!
呟きと同時に業火が解き放たれた。勢いよく吐き出されたそれは、散らばる瓦礫を一瞬で焼き尽くしながら、見上げる壁となって押し寄せてくる。
(くそ……、悪足掻きも……ここまでか……)
なんとか最後の抵抗をしようと試みるも、もはや視界すら霞んでおり、手足もほとんど動かない。
……その完全なる“詰み”を理解し、私は最後に残っていた身体の力も抜いた。
そして――
――先生ーーーーッ!
「………………死ぬなよ、レック……」
意識が落ちる間際、微かに聞こえた声へせめてもの言葉を送りながら、やがて私の視界は激しい光に塗り潰されていった……。
――――
……。
…………。
………………。
……暗い。
……寒い。
……誰もいない。
そんな空間にただ独り、静かに力なく横たわっていた。
なるほど……これが“死”か。『終わってみれば呆気なかったな』と、つい苦笑が込み上げてくる。あれほど嫌がり、なんとか避けようと躍起になっていたというのに。
……意外なことに、恐怖は感じていなかった。想像していた最期より、いくらかマシな結末だからだろうか?
所詮は自分も殺しに明け暮れてきた無頼漢。いずれ独り惨めに死ぬことぐらい、とうの昔に覚悟していたのだ。
それが何の因果か人と関わり、初めて破壊以外に力を振るい、そして最後は、誰かを助けるためにこの命を使うことができた。殺戮人形の末路としては十分マシな部類だろう。これ以上贅沢を言っては罰が当たるというものよ。
(――ならば……、最期くらいは覚悟を決め……、見苦しくないよう逝くとしようか……)
そんな思いのまま、ついに私は最後の意識まで手放そうとして――
――…………ッ。
(……?)
――……せいッ。
(…………? ……なんだ?)
――……きて、……せいッ!
(何かが……聞こえる……? 一体何の……。
いや……今さら気にしても仕方がない……。もはやこの身はただ消え去るのみ……)
――……イミ! ……イミ!
(――――?
……いや待て。
何かが、おかしい。…………なんだ?
……。
…………。
………………。
ッ……あ、そうだ……、考えてみればおかしかった。
……死ぬ間際の私に、どうしてまだ意識があるのだ……? どうしてまだ……耳が聞こえているのだ……?)
――……うじ! ……の様子……どうで……!
(?? これは……誰かの、呼び声…………か?
……いや、そんなわけはない……。私は独りで死んだはず……)
――なん……血は止まっ……! 後は……!
(そうだ……。無謀な戦いに一人挑み、力及ばず死んだのだ)
――…………もどって…………んせいッ!
(やると決めたことさえやり通せず、道半ばで情けなく死んだのだ)
――おねが…………ッ! …………ないでッ!
だからもう……もう二度と……、この声が聞こえてくるはずが――ッ!
「お願い先生ッ、死なないでッ!!」
「あ……」
全身に暖かい空気を感じた直後、一気に意識が浮上していく。
急激な眩しさに戸惑いを覚えながらも、しかし徐々にその目を開いていけば、やがて視界に飛び込んできたのは――
「盾隊、踏ん張れッ! 後衛はサポートを! とにかく全力で支え続けるのだッ!!」
「「「はッ!!」」」
隊列を組んで、必死に炎を押し返すレイドック兵の背中と、
「お願い! 目を覚まして、先生! ホイミ、ホイミ、ホイミッ!!」
懸命に回復魔法を連発する、四人目の弟子の顔だった。
……。
…………。
………………。
……そのときの感情を、言葉で正確に言い表すのは難しかった。覚醒した直後で頭がうまく働いていなかったし……、何より、いろいろな想いが絡み合っていて、自分でも判然としていなかったから……。
だから私は、とりあえず頭に浮かんだその疑問を、素直にぶつけることにしたのだ。
「き……、貴様ら一体、何をやっておるのだッ!!!?」
――それに対し、返ってきた答えは、
「えっと……、見ての通り、馬鹿な真似……です?」
――なんだかどこかで、聞いた覚えのある言葉だった……。