ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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9話 結局最後はゴリ押しになる

 ………………。

 

 静寂……。ひたすら静寂……。

 

 今にも放たれようとしていた大火球が掻き消され、その残り火が宙を漂う中、自分を含め誰もが状況の変化についていけず、静止していた。

 

 

 

 ……一瞬の出来事だった。

 

 子どもを焼き殺そうとする魔王の姿が見えた瞬間。

『ふざけるな!』という想いのまま腕を突き出せば、見たこともない光が溢れ出した。それは文字通り光の速さでメラゾーマに突き刺さると、謎の文様を浮かび上がらせ、次の瞬間には呆気なく火球が分解されていたのだ。

 戦闘中に行った無理矢理の誘爆とも違う。発動前に消し去る、まさに『分解』という言葉が相応しい現象だった。

 

「本当に……、なんだったのだ、今のは?」

 

 改めて考えても訳が分からない。普通ああいう場面では、凄い砲撃とか斬撃とかが出るものではないのか? こう……、生命力と引き換えに逆転の一撃を放ち、『先生! 僕たちのために犠牲にッ』みたいな劇的な最期になるような……。

 いや、さすがに犠牲になるのは嫌だけども。

 

「うーーむ……?」

 

 

 

「――――貴様……」

 

 

 

「ッッ!?」

 

 聞こえてきた声に身体が硬直し、状況を思い出す。

 敵を目の前にして、致命的な油断……。たかが一度攻撃を防いだだけなのに、完全に意識を逸らしてしまっていた。今の一瞬で殺されていたかもしれないというのにッ!

 

「貴様……、今の技は……一体なんだ?」

「――へ?」

 

 だが慌てて振り返ってみれば、ムドーは不意打ちするどころか、大きく距離を取ったままこちらを見据えていた。しかもその表情は、今までのような嗤いや見下しといったものではなく、紛れもない“警戒”の念に覆われていたのだ。

 

「技の骨子はマホトーンのようだが……、効力に関しては段違いだ。私の魔法を幻術ごと消し去るなど、他の魔王たちにすら不可能……。答えろ1182号、貴様その呪文、一体どうやって手に入れた?」

「い、いや、そんなこと聞かれても……」

 

 初めて使ったんだから詳しいことなんて知らんがな。マホトーンに見えたんなら、それで合ってるんではないの?

 ……というかさっきの光、幻術まで消し去っていたのか。すごいなマホトーン、どうやったんだ。

 

「……なるほど、……当人は無自覚……。後ろから手を回してあわよくば、といったところか。……フン、―――め、相変わらず忌々しい」

「いやだから、一体何の話を……って、んん!?」

 

 待った待った待った! 驚き過ぎてついスルーしてしまっていた!

 もしやあいつ今、私が『マホトーンを使った』と言ったのかッ?

 ……それって確か、僧侶職の中盤で覚える呪文ではなかったか?

 敵の詠唱を阻害し、魔法の発動を封じる補助系呪文。魔導士との戦いではまさに必須の技だが、熟練度で言えば中級に当たり、使用にはある程度の技術を要求されるという。

 

 その“マホトーン”を、この一瞬で覚えた?

 ホイミに一月かかったこの私が?

 そんなことがあり得るのか……?

 

「……いや、待て? 中級のマホトーンを、一瞬で習得していた…………?」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「ならば……、上級はどうなんだ?」

 

 そうだ、この際理由などは大した問題ではない。今重要なのはとにかく、僧侶の高位呪文を使えるようになっていたということ。

 

「す、すごい……魔王の攻撃を……掻き消してしまうなんて……! 先生ッ、魔封じの術まで……使えたんですね! ゲホッ、さすがですッ!」

「…………。なあレックよ、少し楽にしていてくれるか?」

「……はい?」

 

 虫の息のまま興奮する、という器用な真似を見せる弟子に対し、手をかざして魔力を集中する。

 そして――

 

「ベホマッ!!」

「ふわッ!?」

 

 詠唱を口にした途端、ホイミを遥かに上回る光が発生し、レックの全身を覆った。それは身体の各部、折られた手足や切り裂かれた皮膚へ一斉に注がれ、痛々しく腫れ上がっていた部分が瞬く間に修復されていく。

 そして五秒ほどが経過した頃には、あれほどの重傷が最初からなかったように綺麗に消え去っていた。

 表層を治すだけのホイミとは比べものにならない。内部器官も含めた全機能を一瞬で治す、まさしく奇跡の御業。これまで大魔王城で何度も見たその光景が、何よりも欲しかったベホマの呪文が、私の目の前で確かに発動していたのだ。

 

「ええッ!? こ、これってまさか……ベホマですかッ? 先生、神官の上級呪文まで使えたんですかッ!」

「…………」

 

 全快したレックが目の前で飛び上がって驚く。しかし私は、それに反応を返してやることもできなかった。

 

 

 

「……フ……フフフフ……ッ」

「…………先生?」

 

 つい含み笑いが零れてしまう。

 いや、今は堪えなければ……。戦闘中に気を抜いてはいけない。

 まだ何一つ、危機を脱してはいないのだ。

 

「グフ……グフフフフ……ッ」

「……あの、先生?」

 

 だというのに、さっきから口角が吊り上がって仕方がない。

 溢れる喜びが途切れない。

 込み上げる笑いを止められない!

 

「――ク、ククククク……!」

「せ、先生……?」

「クフフフフッ……、フハハハハ……! ウワーッハッハッハッハ!!!!」

「せせせ、先生ーー!? ど、どうしちゃったんですか! ま、まさか傷が深過ぎてついに脳まで――!?」

「フハハハハッ、安心しろ、レック! 求めていたものが急に転がり込んできて感動に打ち震えていただけだ!」

「え……そ、そうなんですか……?」

「うむッ! なぜだか知らんが結果オーライよ!」

 

 大変に気分が良い。なにやら罵られたような気がしても、全く気にならないほど大らかだ。なにせずっと求め続けてきたそれを、この土壇場で手に入れられたのだから。

 いや、それよりも何よりも、今一番嬉しいのは――

 

「喜べ、レックよ!」

「え?」

「……勝ちの目が出たぞ」

 

 この場にいる全員を、生きて帰す可能性が生まれたことだ。

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 ――なあ。あれってやっぱり……、王子が殺されそうになったから、かな?

 ――い、いやでも……、あいつ魔族だろ? そんなことってあるか?

 ――今さら気にするような話じゃないだろ。明らかにずーっと助けてくれてたじゃん。……本人は隠してたつもりっぽいけど。

 ――さっきも当たり前のように、王子を先に回復してくれたな。

 ――会話から察するに、ここへ来る前にもいろいろ助けてくれた感じか?

 ――……じゃあ本当に……王子のために覚醒を……?

 

 

 ――…………なるほど。つまりあいつは、顔に似合わずハートフルな魔族だったんだな……?

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「「「はぇ~~~~」」」

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 むッ、なんだ? なにやら背中に生温い視線を感じる? ムドーの炎よりダメージが大きい気がするのはなぜだろう?

 ……いや、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 作戦が決まった以上、とにかく目の前の戦いに集中するのみ!

 

「よし、では始めるぞ、レック。お前は手筈通り兵士たちの方を頼む。攻撃の巻き添えを食らわないよう慎重にな」

 

 闘技場を見渡してレックへ指示を出せば、不安そうな顔がこちらを向く。

 

「…………あ、あの、本当にやるんですか、先生?」

「ああ……。言っただろう? 他に方法はないと。遥か格上の相手へ挑むのに、リスクを避けては勝てるものも勝てんよ」

「そ、それはそうですけど……、先生だけがそんな危険な真似……」

「おいおい、お前にだって十分命の危険はあるのだぞ? 気を抜いてポカでもされたら、むしろそっちの方が困るんだが……。ほら、笑って手元が狂ったりとか」

「茶化さないでください! 僕は真面目に心配して――うわわっ!」

 

 まだ渋るレックの頭をワシャワシャと撫でてやる。

 

「……安心しろ。私の頑丈さは知っているだろう? それに今はベホマまで習得しているのだ。即死でもしない限りは何とかなる」

「…………」

「それでも心配と言うなら、どうか任務を完璧に熟してみせてくれ。そうすりゃ私も安心して戦えるから。……な?」

「…………、わかりました。……絶対に、死なないでくださいね、先生?」

「無論だ。なにせ私がこの世で一番大切なのは、自分の命なのだからなッ」

 

 冗談めかしてそう告げれば、レックは心苦しそうな顔を見せつつもそれを振り切って走り出した。

 その小さな背を見送りながら、こちらも一歩を踏み出す。

 

「さてと、――お待たせして申し訳ありませんでしたな、ムドー様。しかしまさか、話している間ずっと待ってくれるとは思いませんでしたよ。魔王様は意外と紳士なのですな?」

 

 ジッと佇んだままだったムドーへ軽口を飛ばす。

 本日通算三回目の魔王との対峙。できればこれで三度目の正直としたいところだが……さてどうなるか?

 

「クックック、いやなに、師弟の最期の会話となるのだ。それを邪魔するほど私も無粋ではないぞ?」

「ほう、それはそれは……。寛大な御心に感謝いたしますよ」

「なに、構わぬよ。遠慮も感謝も必要ない。――なにせお前は」

 

 ――ドズンッ!!

 

「今この場でッ、確実に殺すと決めたのでなッ!!」

 

 ムドーが強く地面を踏み締め、咆哮した。魔力は全て封じられているはずなのに、その怒声と気迫だけで凄まじいオーラを幻視してしまう。

 ここへ来てついに、魔王が本気になったのだ。

 

「……できれば、なぜ急にやる気になったのか、教えてもらいたいところですが?」

「ククク、構わんぞ? では貴様が死ぬときに冥土の土産として持たせてやろう。心残りなど綺麗になくし、安心してあの世へ旅立つが良いッ!!」

「ああ、そうかい…………。――上等だ、このフーセン野郎が!」

 

 相手の意気に呼応し、こちらも魔力を解放する。遠慮なく殺気を上乗せし、挑発するように相手へ叩き付ける。

 本気の魔王が殺しに来る……?

 ハッ、今さらそれがどうした! 恐怖など微塵も感じぬわ!

 なにせ今の私には、最強の武器と最高の秘策があるのだからな!

 

「覚悟しろ、魔王! 今度こそお前をその座から引きずり落とすッ!」

「抜かせ、下等種が! 一片も残さず塵としてくれるわッ!!」

「――行くぞぉああああッ!!」

 

 全力で地面を蹴り、その場を飛び出した。

 両足にあらん限りの力を込め、真正面からムドーへ突っ込んでいく。

 

「ハッ、またお馴染みの攪乱(それ)か! ならばフィールドごと全て焼き尽くしてくれよう!」

「ッ!」

 

 ――灼熱ッ!!

 

 轟ッッ!!

 

 吐き出された煉獄の炎が高速で迫って来る。本気という言葉に相応しい、これまでを大きく上回る凄まじい威力の獄炎。まともに浴びれば大ダメージは必至だった。

 ムドーの方も回避を予測しているのだろう。左右どちらへ逃げても追撃できるように、両手をフリーにして待ち構えている。

 

「舐めるなよ、ムドー。今の私は一味違うぞ! ――フバーハ!!」

 

 光の衣を身に纏い、両腕で急所をガードする。

 そして――

 

「うらあああ゛あ゛あ゛ッ!!」

「なにッ!?」

 

 勢いを緩めることなく、そのまま業火へ身を投じた。炎に身体を焼かれながらも、ひたすら真っ直ぐ突き進む。

 さあ、しかと見るがいい、魔王よ!

 ここに来てついに完成した、我が逆転のリーサルウェポン! その名も――!

 

「ベホマで耐えながら接近し! ゴリ押しで致命打を叩き込み! それを死ぬまでやり続ける作戦だあああーーーッ!!」

「ッ!?」

 

 どうだ! 私のタフネスにベホマの超回復を掛け合わせた、これ以上ないほど完璧な戦法!

 マホトーンで魔力を封じられた今、奴お得意の強力な魔法は使用できず、飛んでくるのはブレス系などの全体攻撃のみ!

 

「ならば凍えて死ねい! かあああああーーーッ!!」

「ぬッぐおおおおッ!!」

 

 ムドーの専門は魔法。ゆえにブレス系はジャミラスやグラコスほどの威力はなく、フバーハさえあればなんとか耐えられる!

 

「くらえッ!!」

「ふんッ、はッ、どりゃあああッ!!」

 

 投げつけられる岩石には体術で対応。

 みかわし脚に爆裂拳、回し蹴りに受け流し。素早く捌いて無傷で回避!

 

「雷よッ!!」

「がああああッ!? ――こッ、の程度おおおーーーッ!!」

 

 強力な電撃だけはさすがに防げないが――そこは根性で押し通る!

 そして削られた体力は、

 

「ベホマッ!!」

 

 頼れる新技で回復しながら、ひたすら距離を詰めていく。

 玉砕覚悟の万歳特攻、死んでも死なないゾンビアタック。

 奴の喉元に届くまで、しつこく、途切れず、何度でもッ、無限に復活して喰らい付いてやる!

 マホトーンで幻術は解けているので、今度は騙される恐れもない!!

 

「もはや小細工など必要なし! この攻撃を突破したとき、それが貴様の最期だ、ムドーッ!!」

「ほざけッ! かあああああッ!!」

「うぅおおおおおッ!!」

 

 再びの激しい炎。――焦げ付く臭いを無視してさらに進む。

 稲妻で全身が痺れる。――何度も食らってもう慣れた。構わず前へ突き進む。

 続いて吹き付ける凍える吹雪。――近付くとさすがに威力が増してくる。凍傷になる前に、腕ごと焼いて氷を融かす。

 ダメージが(かさ)んできたらすかさずベホマ。一瞬で全快、さらに前へ。

 

 すでに半分以上の距離を踏破。ベホマのおかげで想定より大分余裕がある。

 ならばここらで――――思い切って仕掛ける!

 

「メラゾーマッ!!」

 

 多数の火球を生み出し連続で撃ち込む。先ほども使用したメラゾーマの同時展開。魔力防壁が無くなっている今、ムドーとてこれを無視することはできない。不規則に乱れ撃って意識を逸らし、そして……、一斉に起爆して視界を奪う!

 

「ぬぐッ!?」

「(――今だ!)」

 

 爆炎が生じた隙に加速し、一気に懐へ潜り込む。

 右腕を大きく振りかぶり、狙うは奴の巨大な腹部。頑丈な奴の肉体の中で、唯一と言って良い脆い弱点。クローン体であるブースカとの戦いで何度も確かめたので間違いない。

 同じように拳を突き入れ、内部から一気に焼き尽くしてくれる!

 

「終わりだ、ムドーッ!!」

「――馬鹿めッ! 二番煎じが通じるか!!」

「ッ!?」

 

 だが次の瞬間、目論見は崩された。

 攻撃の直前に炎が割れ、そこからムドーの巨体が現れたのだ。

 

(しまった! 呼び込まれたのか!?)

 

 ムドーは私が飛び込むタイミングに合わせて踏み込み、巨大な拳を振り下ろしていた。

 恐ろしいほどの威力と――そして速さだった。

 完全に意表を突いたつもりだったのに、逆にこちらが誘い込まれていた。速度自体も大きく上回られており、このままでは間違いなく奴の拳が先に届く。

 

 その結果待っているのは、一方的な虐殺だ。

 互いの身体能力には倍以上の開きがある。たとえこちらの拳が先に刺さっても決定打にはならず、逆に私の身体は何の抵抗もできず砕かれるだろう。

 魔法を封じられても、攻撃を耐えられても、こうして至近距離まで迫られても、ムドーの顔には一片の焦りすら浮かんでいなかった。

 

「クハハハッ! 終わりだ! 愚かな反逆者よッ!!」

 

(…………く、そ…………ダメだったか……)

 

 スローモーションで眼前に迫ってくる拳を睨みながら、胸中で諦めの言葉を呟く。

 もうどうにもならない。とても避けられるタイミングではない。

 苦い後悔が頭を過る。

 自分が挑んでいるのは歴戦の魔王。一度見せた戦法がそのまま通じるほど、甘い相手ではなかったのだ。

 この化け物に対して楽に勝とうなどと、本当に舐めた考えだった。

 

(ああ、くそ…………あまり痛いのは……嫌だなあ……)

 

 今さら後悔したところで時はすでに遅く……。

 ゆえに、追い詰められた私は――

 

 

 

 ――――当初の予定通り、捨て身で刺し違えることを決めたのだ。

 

 

 

「だがこうでもしないと、勝てないのでなッ!!」

「ッ!?」

 

 身体に魔力を巡らせる。発動のイメージを脳裏に描く。

 マホトーンもベホマも一発でいけたのだ。ならばこれとてやれないはずはない!

 さあ来い、魔王よ! 正面から受け止めてやる!

 

「スカラッ!!」

「な――」

 

 全身から赤い魔力光が噴き出した直後、

 

 

 ――ズッ――――――ンン……!

 

 

「なんだとッ!?」

「ぐッ、ガフ……!」

 

 振り下ろされた魔王の右拳は、私の横腹を消し飛ばしたところで停止していた。勢い余って内臓の二、三個は潰されたが、その程度なら問題ない。

 腕を捕らえて動きを封じ、さあ今度はこちらの番だ。

 密着状態からのボディブロー、この距離ならリーチの短いこちらが速い!

 

「くっ、貴様の攻撃など――ッ」

 

 わかっている。私の攻撃では魔王の防御を突破できない……。

 だからこそここに、我々は逆転の秘策を用意したのだ!

 

「今だ、レック!!!!」

 

 

 ――――「ルカニッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 後方より飛来した蒼い光がムドーの全身を包む。何かが抜け落ちる気配とともに、圧倒的な防御力が一気に減衰していく。

 

「こ、これはッ――あの小僧か!?」

 

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

 

 ムドーが咄嗟に睨んだ先では、兵士たちに囲まれたレックが、両手を突き出したまま息を荒げていた。

 ――これこそが秘策。私が捨て身で動きを止めたところで、レックが新たに習得した『ルカニ』を使って防御を削るという作戦。子どもの参戦など微塵も考えていなかったムドーは、まったくの無防備で弱体化魔法をくらってくれた。

 この状態であれば――!

 

「正拳突きいいいーーーッ!!」

「ぐうッ!!!?」

 

 ――私の拳でも、魔王を貫くことができる!

 

「もう一発ッ!」

「ぐぅッ、は、離れろ!」

「――チッ!」

 

 ムドーが腕を振り払い後方へ跳躍する。さすがに一撃だけでは仕留めきれなかった。今の動きを見る限り致命傷には程遠く、スピードもまだまだ私より速い。

 

「灼熱!!」

「ぐううう!?」

 

 ブレスで牽制しながら、ムドーがさらに後ろへ跳ぶ。接近戦で自身を脅かす可能性を感じ取り、形振り構わず距離を取ろうとしているのだ。

 全力で逃げに徹した格上を追い込むなど至難の業。このままもう一度距離を取られたら、おそらく二度とチャンスは巡って来ない。そしていずれこちらの魔力が切れてしまえば、今度こそ本当の詰みとなってしまう。

 

「フハハハッ、残念だったな! あと一歩足りなかったようだ!」

 

 ゆえに、この場にてもう一手。

 

「……誰が、これで終わりと言った?」

「ッ!?」

 

 ――我が弟子には、命を振り絞ってもらったのだ!

 

 

 

「ライデイーーンッ!!!!」

 

 

 

「なッ!? ぐおああああああーーーーッ!!!?」

 

 ドームの天井が割れ、上空から凄まじい雷光が降り注いだ。

 闘技場を揺らすほどの落雷をまともに受けたムドーは、全身から黒煙を噴き上げ膝を着いた。白濁した瞳をレックへ向け、驚愕の表情を浮かべ叫ぶ。

 

「ば、馬鹿な……ライデイン……だとッ!? ま、まさか……あの小僧は……ッ!!」

 

 それは、勇者にのみ許された攻撃呪文。

 あらゆる防御を貫いて痛撃を与え、その動きを封じてしまう格上殺し。しかしその威力ゆえに消耗も激しく、失敗すれば自身を灼いてしまう可能性もある諸刃の剣。

 選ばれし者が果てしない修練の末にようやく手に入れられる、最強無比の必殺魔法である。

 それをこの土壇場で習得し、さらには完璧に操ってみせるなど――

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ! あとは頼みます! 先生ッ!!」

「――まったく! 天才ぶりも大概にしておけよ、我が弟子ッ!!」

 

 叫びながらその場を飛び出す。

 防御を削り、動きまで止めてもらうという、弟子におんぶに抱っこのみっともない作戦だったが、これにてお膳立ては整った。

 

「ぐッ、くそ……! カラダがッ……う、動かん……!!」

 

 硬直したままのムドーへ肉薄する。

 筋肉は弛緩し、手足も全く動かない無防備状態。

 狙うは先ほど付けた腹の傷跡、今度はもう外しはしない。

 

「……おッ…………おのれええ、ルビス!! これも貴様の差し金かああッ!!」

「そのルビスさんが何者かは知らんが……、貴様が敗れた原因はそれではない」

 

 右手にメラゾーマを発動する。

 一発だけでは削り切れない。同時に複数を展開し、右腕全体に炎を乗せる。

 10……、20……30、……まだ足りない。

 サンマリーノでの戦いを思い出せ。守るべきものを守るため、限界を超えて魔力を捻り出せ。

 

「貴様の過ちはただ一つ……。弱者の足掻きを……、人間たちの力を、想いをッ! 甘く見たことだッ!!」

「がっはッ!?」

 

 100個の火球を凝縮する。その全てを右腕に込めて、魔王の身体に突き入れる!

 

「終わりだ、ムドー! 他者を見下し嗤うその性根、閻魔様にきっちり叩き直してもらえ!」

「や、やめろッ! 馬鹿め、この距離で撃てば貴様も無事では済まんぞ!!」

「心配ご無用、こっちにはベホマがある! お前一人で、安心して地獄へ旅立つが良いッ!!」

 

 全魔力を注ぎ込み魔法を発動する。

 全身に激しい虚脱感、右腕に凄まじい灼熱感を覚えた直後、ムドーの身体が風船のように膨張し、

 そして――

 

 

 

「ま、待っ――」

「メラゾーマッ!!!!」

 

 

 

 ――――カッッッッ!!!!

 

 その場の全てが、激しい光に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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