私に助力を願った少年改めテリーは、ギンドロ組によって連れ去られた姉を取り戻したいらしい。
元々身寄りのなかったテリーとその姉『ミレーユ』は、このガンディーノに住むある老夫婦に引き取られ、しばらくはまあまあ幸せに暮らしていた。がしかし、そのミレーユが美人だったのがまずかった。
この国の王は圧政者であると同時にとても好色だ。各地からいろいろな美女を攫ってきては王宮で囲っているらしい。で、そんな国王といい関係を築きたいギンドロ組は定期的に女を献上しており、ある日奴らが目を付けたのがミレーユだったというわけだ。
テリーたちを引き取ってくれた老夫婦は善良な人たちだった。しかし同時にどこまでも普通の人たちでもあった。暴力組織に脅されてなお子供を守れるほど強くはなく、結局は泣く泣く義娘を差し出すことになったという。
テリーだけは抵抗しようとしたのだが、悲しいかな当時の彼は七歳。奴らに敵うはずもなく、ミレーユは連れ去られてしまう。
その後、みすみすミレーユを差し出した義理の両親に対して
なんとか隣の町までたどり着いたテリーは、今のままでは奴らには敵わないと考えて自分を鍛え始めた。魔物退治などをしながらガンディーノ国内を転々とし、同時に国王や城、ギンドロ組についての情報を集めていったのだ。
そして、あれから五年の月日が経った今、力をつけたテリーは姉を取り戻すべくこの町に舞い戻ってきたのである。
理想を言うなら、もっと成長して強くなってからのほうが成功率は高くなる。だがこうしている間にも姉が酷い目に遭わされているかもしれない。そう思うともう居ても立ってもいられず、今回難しいのを承知で決行するつもりだったそうな。
……。
…………。
………………。
とりあえずテリーの過去を聞いて思ったことを一つ……。
――――テリーのフットワーク軽すぎいぃ!
いや、姉が連れ去られるのに抵抗するところまではわかるよ?
でもその後家を出たり、ギンドロ組のアジトに突貫したり、魔物がウジャウジャいる外を死にかけで行軍したり、魔物退治を生業にしたりって……。
いくらなんでも行動力に溢れ過ぎでしょうよ。
それと比べると、百年間狭間の世界に引き篭もっていた私が駄目な奴みたいではないか。
……あ、いや止そう。なんだか不敬な発言をした気がする。ゲフンゲフン。
それにしても当時七歳だろう? 生き抜く力が凄過ぎるぞ。
資料によると、人間が満足に戦えるようになるのは、生まれてから二十年近く経ってからとなっているのに。これは誤植だろうか?
……いや、これが追い詰められた人間の底力というやつかもしれん、侮りがたし。大魔王様にも注意なさるよう進言しておかねばなるまい。
「しかしテリーよ。お前姉を取り戻したいのになぜギンドロの連中を襲ったのだ? 姉が今囚われているのは王城だろう。ならば奴らは無視して、城に忍び込む方法を探すべきではないのか?」
「う……。いや、そうなんだけど、五年ぶりにあいつらを見たら、忘れかけていた憎しみが再燃して、つい……」
後先考えず手を出してしまったというわけだ。行動力と冷静さを両立するのは難しいということか。
「目的を達成するには冷静にならねばいかんぞ。とりあえず奴らに対する怒りは一旦封印しておけ。最優先は姉を無事取り返すことだと、よく心に刻み込んでおくのだ」
「ああ、わかってるよ」
テリーはむくれながらも素直に頷く。最低限自分を律する分別はあるようで安心した。その点だけでもウチの連中よりは遥かに大人である。
…………いや、これは比較対象が悪過ぎるか。あいつらと比べたら大抵の奴が聖人になってしまう。
「で、城に忍び込む当てはあるのか? 他にも、姉のいる場所の情報とか」
「それは大丈夫だ。いろいろな町で情報収集してきたからな。城で働いていた元メイドとか、改修工事を担当した大工とかに話を聞けたんだ。あんな国王に対する忠誠心なんて誰も持っちゃいないからな。ある程度金を積んだらいろいろ教えてくれたぜ」
テリーが有能過ぎる件について。これ私要らないのではないか? この子一人で目的達成できそうなのだが。
「今日の深夜に忍び込もうと思ってる。城の構造も兵士の巡回時間もわかっているから、見つからずにいけると思う」
「ふむ……。私は何をすればいい? 話を聞く限り、お前一人でも大丈夫そうに思えるが」
「城の奥はさすがに警備が厳重だろうからな。気付かれないように見張りを倒して忍び込みたい。声を上げられる前に無力化するのがベストだけど…………できるか?」
「ああ、可能だ」
普通の人間相手なら造作もないことである。……ただ、
「一つだけ聞きたいのだが、……『無力化』とは、『殺す』ということか?」
どちらであるのかでいろいろと対応が変わってくるぞ。
「…………嫌々国王に従わされている奴らも多い。……できるだけ殺さないように頼む」
「ふむ、心得た」
「…………何も言わないのかよ。甘ちゃんだ、とか……」
「リーダーはお前だ。文句は言わんよ」
「……そうかよ」
ああよかった、人間界に来てまで虐殺など嫌だぞ。もし皆殺しと言われていたらあれこれと丸め込んで説得しなければならないところだった。いいぞテリー、何事も穏便にいくべきだ。
「じゃあ深夜にバルコニーから忍び込むから、それまで待機だな」
「了解した。何か準備することはあるかね?」
「いや、必要なものはもう用意してあるから、あとは時間まで体を休めるだけだ。……俺はもう隠れ家に戻るけど、あんたはどうする?」
「では私もご一緒していいかな? 別れてまた合流するのも面倒だからな。………………ああいや、それよりも重大な理由があったな。私は宿には泊まれないのだ」
「な、なんだよ。もしかしてあんた犯罪者だったのか? 指名手配されてるとか?」
あ、テリーが警戒してこちらを見ている。危ない奴を見る目だ、失礼な。
「いや、単純にもう金がない。先ほどの500ゴールド弾でスッカラカンだ」
「…………結果的に、あいつらに有り金渡すことになったんだな……」
あ、テリーが呆れてこちらを見ている。しょうもない奴を見る目だ、失礼な。
◇◇◇
さて、日がとっぷり暮れて深夜、現在私とテリーは城壁の横の茂みに隠れている。この後タイミングを見計らって、二階のバルコニーにあるメイド用の小扉から城内に入る予定だ。
テリーには正体がばれないように仮面を付けさせ、また万が一戦闘になったときのため、昼間に私が買ったドラゴンメイルも装備させている。サイズが大きいので微調整して丈を合わせ、肩当てと脛当ては取り外しているが。
そして私は引き続きの死神スタイル。この恰好は顔も体型も隠せるので本当に便利だ。いつか魔王軍の正式装備に推薦しておこう。
「よし、巡回の兵は行ったぞ、今の内だ。……でも本当に大丈夫なのか?」
テリーが不安そうな顔で聞いてくる。
「ああ、時間をかけないほうがいいからな。縄梯子は不要だ。では行くぞ、口を閉じておれ」
私は安心させるように薄く笑い、片手でテリーを抱え上げた。テリーがしっかり掴まるのを確認すると軽くジャンプし、バルコニーの端に手を掛ける。そして顔だけ出して周りを見回す。
辺りに兵がいないことを確認し、体を引き上げて、侵入完了だ。
「ふ、ざっとこんなものよ」
「すげえな、サンタ。どんだけジャンプ力あんだよ。しかも俺を抱えた状態で」
テリーが信じられないと言わんばかりの顔をする。
いや、さすがにこのくらいはできないといかんのだ。何せ大魔王城は岩山の上に建っているので。この城の外壁くらい一足で飛び越せなければ話にならない、お家に帰れない。
「なに、これくらいお前もできるようになるさ。そうだな、魔物の群れにわざと追いかけられて足腰を鍛えるのとか、お薦めだぞ。命が懸かっているから限界の一つ二つすぐに超えられる」
「お、おう、考えとく……」
そうそう、私の名前は『サンタ』ということにしている。馬鹿正直に『サタンジェネラル1182号』と名乗るわけにもいかんしな。サタンを単純に並べ替えて『サンタ』だ。
『ジェネル』という案もあったのだが、そちらはやめておいた。理由はよくわからないが、後で恥ずかしい気分になる気がしたのだ。理由はよくわからないが。
なぜかあの同期のブースカの野郎が頭の中に現れて、『え? ジェネル? かっこいいー! その偽名自分で考えたの? かっこいい名前自分に付けちゃったの? ひゅー! 俺にはとても真似できねえぜ!』と煽ってきたので、やめておいたのだ。一体あれは何だったのだろうか。
「む、まずいな」
首尾よく目標の小扉を発見したが、テリーの情報とは異なり兵士が見張っていた。物陰から二人、そっと様子を窺う。
「ちっ、配置が変わったのか?」
「他のルートがないなら、無力化するしかあるまい」
「……そうだな、頼めるか?」
「承知した」
テリーの言葉に従って動き出した私は、素早く兵士の背後をとり、その首に手を伸ばした。
それ、キュキュっと。
「ぐ!?…………かふ……」
兵士は抵抗らしい抵抗も見せず、その場に崩れ落ちた。
「よし、気絶したぞ。……ん? どうしたのだ?」
「前に首を殴って気絶させるのを見たことがあるんだけど、あんたのやり方は違うんだな」
「ああ、こうすると頭に血が巡らなくなって簡単に失神するのだ。……というか私の経験上、首を殴って気絶させると高確率で死ぬ。安全を期するならやめたほうがいい。どうしても殴って気絶させたいなら、せめて顎を狙うのだ」
なにせ力加減を間違えて首を殴ると、頭ごと飛んでいくからな。繊細な一撃が求められるのだ。その点、顎ならば失敗しても下顎が消し飛ぶだけなので安心である。
「お、おう、気を付ける……」
どうしたのだろうか、先ほどからテリーの歯切れが悪い。初めて王城に潜入するということで緊張しているのか? ふむ、無理もないか。ではここは城上級者である私が先達として導いてやらねばな。
「急ぐぞ、テリー。異変を察知される前に地下牢へ行かなければ」
「あ、ああ、わかった。ここからは急いで行こう」
気絶させた兵士を物陰に隠した後、私たちは地下牢へと向かった。隠れ家で作戦会議をした際、ミレーユは地下牢にいるとテリーが断言したからだ。
そう判断した根拠は、王妃の厄介な性格にあるらしい。
――ずばり、嫉妬深い。
城に献上された娘でもとりわけ美しい者は王妃の嫉妬を買い、奴隷として地下牢に放り込まれるという。で、テリー曰く『姉さんほど美しい人があの王妃の嫉妬を買わないわけがない。確実に地下牢にいる』とのこと。
私には人間の美しさだの嫉妬だのはよくわからないが、ミレーユに最も近い存在であるテリーがそう言うということは、きっと合っているのだろう。
「よし。こっちだ、サンタ」
「うむ」
テリーの指示のもと、私たちは城内を駆け抜けた。
ときにメイドをやり過ごし、ときに兵士を気絶させて隠し、慎重かつ迅速に地下を目指す。
――そして、侵入からおよそ10分後、
「あ、あそこか……?」
「そのようだな」
我々はトラブルなく地下牢の入り口までたどり着いていた。
途中で兵士などに見つかることもなく、ここまでは理想的な展開だ。しかしこの先はさすがに厳重な見張りがあるだろう。ここらで本格的な戦闘をしなければならないかもしれない。
「い、いよいよだな……」
「ああ、気を引き締めねばな」
我々は壁に背を預け、慎重に先を窺った。
どれ、まずは門番たちの様子を確認して――
「くらえ、ストレート!」
「残念! フラッシュ!」
「なにぃ!?」
「だーはっはっは、また俺の勝ちぃ! いいのか? 今月の給料がなくなっちまうぞ?」
「くそ、まだまだ……」
「…………」
「…………」
…………二人しかいない上に遊んでいやがった。
あれは人間の娯楽、カードゲームというやつか? 資料によると確か、多くの人間の悲哀と絶望を生み出したという闇のゲームだったはずだ。
警備中にそんなゲームをやっているとは、けしからん。
お前たちは曲がりなりにも王に選ばれた臣下であろう。自らのやるべきことを忘れ、個人的趣味にうつつを抜かすとは何事だ! 恥を知れ!
「そおい!」
「わんぺあ!?」
「ぶたっ!?」
ダメ兵士たちの背後まで高速で移動し、拳を顎に掠めてやる。二人は珍妙な鳴き声を上げ、呆気なく気絶した。
そのまま椅子に座らせておいて、帽子を被せる。よし、これでカードゲームを続けているように見えるだろう。
「む、これは牢の鍵か。やったぞ、テリー、牢屋を破壊しなくても済みそうだ。…………ん? なぜそんな釈然としない表情をしているのだ?」
戦果を上げて振り返った私の目に入ったのは、ジメッとした視線を送ってくる相棒の姿だった。
「……弱者に拳は振るわないっていう矜持は、いいのか?」
「ん?…………あー、あれか、あれだな。うむ、時と場合によりけりだ。この場合はセーフだ、セーフ。人助けだからな」
「…………随分と融通の利く矜持だな」
「頭が固いと物事うまく行かんぞ? ほれ、そんなこと気にしていないでお前の姉を探すぞ。時間がないのだから」
「……おう。………………こいつ、その場の気分で適当なこと言ってる気がするぞ……」
仲間から心無いセリフを浴びながら、手早く地下牢の中を探す。
すると、一つだけ木製の扉があるのを見つけた。普通の鉄格子の牢屋ばかりの中で、この部屋だけ明らかに浮いている。おそらくここが『当たり』だろう。
「おいテリー、ここではないか?」
「……そう……みたいだな。…………よし、行くぞ……!」
そしてテリーは、怖々とした表情で朽ちかけた扉を開け放った。