ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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4話 塔の上から飛び降りたら普通は死ぬ

「姉さん!」

 

 テリーは勢いよく部屋に飛び込み、大声で叫んだ。

 その後ろから私も中を伺うと何人かが座り込んでいるのが見える。あの中の誰かがミレーユだろうか?

 

 しかし男女の違いがよくわからんな。こいつらは女でいいのだよな? 少し体が華奢で、髪が長め……か? 

 美醜についてはもっとわからん。城に連れて来られたということは、こいつらは『美人』というカテゴリーに分類されるのか? しかし全員目と鼻と口がついているのは同じだしな。町にいた者たちとどう違うのだろう。

 

 強いて言うなら、…………目か? 少し大きい気がする。

 

 なるほど、つまり美人とは目が大きい者のことなのか。よし、今度キラージャックに教えてやろう。

 

「ミレーユ姉さん! 俺だ、テリーだよ! どこにいるんだ!」

 

 テリーは仮面を外して顔を見せ、大声で呼びかける。

 ――が、返事がない。それどころか誰も大した反応を示さない。こちらをちらりと見るが、それだけだ。

 

 こちらに来る前に立ち寄った『絶望の町』の人間たちに似ている。皆生気がなくボーっと虚空を見つめるばかり……。無理矢理連れて来られてこんな所に閉じ込められては、無理もないのかもしれないが。

 

 大魔王様の侵攻が成功すれば世界中がこうなるのか? うーむ、辛気臭くて、なんというかこう、……ちょっと嫌だな。

 

「姉さん……ここには……いないのか?」

「坊主、誰ぞ探しておるのか?」

 

 姉が見つからず立ち尽くすテリー。そんな彼のもとに一人の人間が歩み寄ってきた。この中で唯一、目に光を宿している人物だ。

 

「ね、姉さんを探しているんだ。ミレーユという名前に聞き覚えはないか、婆さん」

「ミレーユ……、ミレーユ…………、おお、あの娘か。お前さんはあの子の弟かい。なるほど、面影があるのう」

「知ってるのか!?」

 

 しかし気になる、あの老婆も王に召し上げられたのか? 人間の男が(つがい)にする女の年齢は、もう少し下であった気がするが。確か二十歳前後だと聞いて、いや、ミレーユが連れていかれたのは十二歳のときだったはず。

 とすると、ガンディーノ王にとって女の適齢期は十歳から六十歳までということか。…………むう、よくわからないがなんだか凄そうだ。王としての器の大きさを感じる。

 

「教えてくれ! 姉さんはどこにいるんだ」

「……ここにはもうおらんよ」

「なんだって!? どういうことだよ!」

「それは……」

「もう逃げた後じゃよ」

 

 後ろの牢屋から聞こえた声に振り返ると、老人がこちらを見ていた。テリーが凄い勢いでその牢屋にかぶりつく。

 

「に、逃げたって、いつ!? どうやって!? 今は無事なのか!?」

「三年ほど前にの。この地下牢には抜け道があってそこから逃げたのじゃ。警備の隙をついて一人で逃げたので、今も無事かどうかはわからん」

「そんな…………そう…………なのか……」

 

 老人の話を聞いて、テリーはその場にへたり込んでしまった。

 

 その表情は複雑だ。

 決死の覚悟で助けに来たのに本人がいなくて拍子抜け。でも逃げられていたことは嬉しい。しかし今も無事なのか、もっと早く自分が来ていれば会えていたのではないか。そんな思いが顔に出ていた。

 なんとなくだが気持ちはわかる。ずっと掲げていた目標が唐突に消え去ってしまったのだからな……。

 

「姉さん……」

「…………」

 

 ――むう、仕方ない。私の柄ではないのだが……。

 

「テリー、どうするのだ?」

「……サンタ?」

 

 テリーが泣きそうな顔でこちらを見上げてきた。まったく、何て顔をしている。私に噛み付いたときの勢いはどうしたのだ。

 

「姉を助けにここまで来たが、その姉はすでに逃げ出せていた。ならば今回の作戦はここで終わりだ。……で、お前はこれからどうするのだ?」

「…………」

「お前の姉が死なずにどこかの町にたどり着けていたなら、それだけの生き抜く力があったなら、今も無事に生きていることだろう。もうお前が助け出す必要はない」

「……ッ!」

「姉弟と言っても、突き詰めれば他人に過ぎないのだ。必ずしもお互いが必要なわけではない」

「……ッ」

 

 う、苛めているようで、ちょっと罪悪感が出てきた……。いやしかし、もう一息――

 

「どうする? 姉のことは忘れるか?」

「…………か……」

「子供のお前が五年間も頑張ってきたのだ。ここでやめても、誰もお前を責めはしない。安穏とした生活に戻るのも一つの選択だ」

「…………るか……」

「ん? 聞こえんぞ?」

「…………があるか……」

「聞こえん! もっと大きな声で!」

 

 テリーが勢いよく立ち上がり、こちらを睨みつけるような顔で叫んだ。

 

「そんなわけがあるかっ! 探す! 探し出すに決まっているだろ! 何年かかってもいい! 絶対にまた姉さんに会うんだ!」

「ふっ、そうか」

 

 

 

 ――はあ、よかった。燃え尽きてやる気がなくなったかと思って凄く焦った。これで『もう探さない』なんてことになったらさすがに後味が悪い。もしそうだったら気合いを入れてやろうかと思っていたのだが、そんな心配は要らなかったか。

 やっぱり強い男だ、こいつは。

 

 それにしても姉を助けるためにここまで懸命になれるとは、肉親の情というのは凄いものだな。いや、家族で争うこともあるから必ずしもそうとは言い切れないのか?

 ……待てよ、そういえば資料にも仲のよい姉弟の話が載っていたな。

 姉を庇って刺されたり、姉を助けるため魔物と決闘したり、姉の幸せに自分は邪魔だと感じて最後は旅に出たり。この話もミレーユとテリー同様、姉と弟の話だ。これらから導き出される結論は……。

 つまりはこういうことか、『肉親の情は絶対とは限らない、ただし弟が姉を大好きなのは確定事項』と。

 よし、また一つ人間に関する理解が深まったぞ。むむ、だとすると――

 

「あのな……、サンタ、その……」

「む、何だ?」

 

 今度は兄と妹について考察しようとしていると、テリーが遠慮がちに私のマントを引っ張っていた。

 

「いや、その、なんだ、さっきはその…………助かったというか……なんというか……」

「何がだ? 私はこれからどうするのか聞いただけだぞ?」

「え? あー、いや、それは……その……なんつーか……だから、あー……もうっ…………ああそうだな! 俺強いしな! ああくそっ、らしくねえこと言っちまったぜ!」

 

 テリーは焦ったような表情で捲し立てる。

 うむうむ、何が言いたかったのか私にはさーっぱり分からないが、元気が出たのなら何よりである。

 

「よし、用事も済んだし、さっさとこんなとこから脱出しようぜ、サンタ!」

 

 そして元気小僧は、謎の勢いのまま出口に向かって走り出そうとした。

 が、振り返ったところで再び顔を曇らせる。

 

「あ、この人たちは……」

 

 奴隷部屋の女たちを見て、テリーは脱出しようとしていた足を鈍らせたようだ。囚われている者たちを見て、助けるべきか否か迷っているのか。或いは自分の姉と重ね合わせているのか。

 

「坊主、気にせんでいい」

「婆さん……」

 

 そんなテリーに対し、老婆が諭すように言い聞かせる。

 

「足手まといを連れて逃げるなぞ無理じゃろ。お主たちまで捕まってしまうぞ」

「でも……」

「それにの、この女たちは心が折れてしまっておる。無気力な状態じゃ。無理矢理ここから助け出しても、大半は自分の力で生きていくこともできんじゃろう。この子ら全員が立ち直るまで、坊主が面倒見てやるつもりかい?」

「それは……」

 

 普通に考えて無理だろう、経済的にも時間的にも。そもそもテリーは姉を探さなければならないのだ。他の者に構っている余裕はない。

 

「テリー、お前のすべきことは何だ? それを忘れてはできるものもできなくなるぞ。優先順位を間違えてはいけない」

「サンタ……」

 

 まだ迷っているテリーの背中を押してやる。

 そもそもテリーに彼女らを助けなければならない理由はないのだ。かわいそうな話だが、最終的に自分を助けられるのは自分だけだ。例え誰かの力を借りるとしても、まず自分の足で立たなければ何も始まらない。

 こんな冷たいことを考えてしまうのは、私が魔物だからだろうか? 弱者が淘汰される世界で生きてきたからだろうか?

 

「気にかけてもらえただけで十分だよ。坊主、お前さんは優しいのう。できればその優しさをずっと持ち続けていておくれ。それでいつか、お前さんの手で助けられる者がいたら助けてやるとええ」

「…………うん」

 

 …………むう、しんみりしてしまったな。いかんいかん、釣られて私までらしくないことを考えてしまったぞ。

 私は軽妙洒脱なサタンジェネラル。どのような状況でも飄々(ひょうひょう)と生き抜くのが信条なのだ。

 はい、深刻な場面終了! 誰かー! パパッと空気を変えてくれー!

 

 

 

 

「ふわあああ…………。おっと、寝ちまってたか……。おい、起きろよ」

「んあ? なんだ、朝か?」

「違うっつうの、まだ夜中だ。警備中に寝るなよ」

「人のこと言えねえだろ、涎ついてるぞ。だいたいポーカーやって遊んでるんだから今更だろうが」

「ははっ、違いねえ! って、あ、鍵開いてんじゃねえか。いつ開けたっけかな? ……まあいいか。おい、閉めとけよ」

「それくらい自分でやれよな、ったく。……あれ、鍵がねえぞ? どっかで落としたか?」

「はあ? 何やってんだよ。ああもう、俺ので閉めるよ」

「はは、悪い悪い。んじゃ、続きやろうぜ。確か俺が勝ったとこだったよな?」

「ふざけんな、俺のフラッシュが決まったところだったろうが」

 

「…………」

「…………」

 

 …………あちゃー、起きちゃったか。いや確かに空気は変わったけども、主にこちらの空気が張りつめる方向で。

 

 しかしこいつら本当に……何と言うか…………アレだな。

 気絶を居眠りと勘違いするのはまあ仕方ないとしても、憶えもないのに鍵が開いているのを簡単に流すとは……。

 しかも牢の鍵を失くしたのを大して気にしないって、正気か? ウチなら上司から粛清されるレベルだぞ。もしかしてこの城は兵士全員がこんななのか?

 侵入する側からすればありがたいと言えばありがたいのだが、気合いを入れていた身としてはなんだかなあ……。

 

「ど、どうするサンタ? 逃げ道が塞がれちまったけど……」

「……そうだな。こちらにも鍵があるから出られないわけではないが、鍵を開けている間に気付かれて応援を呼ばれるだろうな」

 

 いくら不真面目とはいえ、さすがに不審者が鍵を開けようとしているのを見逃すほど間抜けではあるまい。

 鉄格子ごと蹴り飛ばす手もあるが、それをやると恐らくあいつらが死ぬ。フラッシュどころかクラッシュしてしまう。肉体とか命とかがグシャっと。それは少しかわいそうだ。

 

「ふむ……。ご老人、抜け道があるという話だったが、我々にも使わせてもらえないかね?」

「…………ま、いいじゃろう。ほれ、ここじゃ。他言無用で頼むぞ?」

 

 目の前の老人が床に手をついたと思ったら階段が現れた。外の通路のどこかにあるのかと思いきや、まさかの牢屋の内側だった。

 …………え? 囚人の近くになぜこんなものがあるのだ? この老人が作ったのか? だとしたらなぜ本人は出ていかないのだ?

 

 ……いや、詮索は止そう。人にはいろいろと事情があるのだ。そうだ、きっと牢屋マニアなのだろう。ツボックと一緒だ。

 

「感謝する。……ではお前から行ってくれ、テリー」

「お、おう」

 

 テリーがおっかなびっくり階段を下りていく。心配しなくとも敵の気配はないぞ。強くなりたいなら気配も感じ取れるようにならないとな。

 さて、では私も……っとその前に一つ。

 

「……ご老人、ミレーユを逃がしたのは、なぜだ?」

「…………なぜそんなことを聞く?」

「いやなに、少し気になっただけだ。あなたは『かわいそうな人をなんとか助けてやりたい』という性格には見えないのでな。数多くいた奴隷の中で、なぜミレーユを助けたのかと疑問に思ったのだ」

「…………」

 

 老人はしばし逡巡した様子だったが、じっと待っているとため息とともに答えてくれた。

 

「……あの娘からは不思議な力が感じられた。だから助けた。あの娘が何事かを成し遂げれば、わしの人生にも意味があったと思えるのではないかと、そう考えただけだ」

「ふむ、なるほど」

「さあ、早く行け。この抜け道が見つかったら面倒なことになる」

 

 老人は急かすように言うが、気になることはまだあるのだ。

 

「すまぬ御老人、もう一つだけ。どうしても聞かせてほしいことがある」

 

 老人はウンザリしたような顔をするが、これだけは聞いておかなければならない。むしろ本命の質問はこちらなのだ。そんな想いを視線に込めると、老人も真面目にこちらを見てくれた。

 

「……一体なんじゃ?」

 

 私は強い想いを込めて、その疑問を口にした。

 

「ご老人、あなたは……………………爺さん? それとも婆さん?」

「ジジイに決まっとるだろうが! あれだけ凄味を出しておいてなんじゃその質問は!? 見ればわかるじゃろう!」

「いやそれが、高齢者を見るのは初めてなのだ。タダでさえ男女の見分けがつかないというのに、年をとっているともう同じにしか見えなくて……」

「嘘じゃろ……。お主どんなところで育ったのじゃ……」

「若い武人ばかりが集められて、年中無休で殺し合っているようなところだ。年老いて弱った者は粛清されてしまう……」

「何それ、この国より酷い……」

 

 はい、まったくもってその通り、酷い場所です。

 

「はあ、無駄に緊張してドッと疲れたわい。早く休みたいからもう行ってくれ……」

「うむ、では世話になったな、ご老人。達者で暮らされよ」

「わかったから早く行けい、まったく」

 

 そう言って老人改め爺さんは蓋を下ろした。先ほどまでの厳めしい表情は消えていたが、今度は疲労感溢れる表情だった。

 抜け道に対するせめてもの礼として、最後に笑いを提供しようと思ったのだが、私のせっかくの冗談も不発に終わったようだ。あそこで爺さんが、『囚われの身でどう達者に暮らすんだ』と返してくれれば、いい感じのやり取りになったのだが。やはり人間の感情とは難しいものよ。

 

 というかさっきは勢いで『なるほど』と言ってしまったが、爺さんの言ったことも実はよくわからなかった。他人が何か成し遂げたからといって、自分に得るものがあるのだろうか。『欲しいものは自分でもぎ取れ』が主流の魔物社会では馴染みのない考えだ。うーむ……。

 

「まあ……おいおい理解していけばよいか……。とりあえず今はテリーに追いつかねばな――――って、何をやっているのだ、テリー。そんな所で座り込んで」

 

 私が階段を下りるとテリーがまだそこにいた。てっきり先に行っていると思っていたのだが。

 

「……いや、なかなか来ないから待ってたんだよ」

「先に行っておればよいのに。私のほうが歩幅が大きいのだから、すぐに追い付くぞ?」

「別にいいだろ、追手がいるわけでもないし。忍び込むのが一緒だったんだから、脱出するのも一緒がいいんじゃないかと思っただけだよ」

「そんなものか?」

「そんなもんだよ、知らねえけど」

 

 ん? どっちだ? 知らないのに断定できるのか?

 

「さあ行こうぜ」

 

 聞こうと思ったらテリーはさっさと歩いていってしまった。一緒がいいと言った矢先に置いていくのはどういうことだろうか? やはり人間とは難しい。

 

 釈然としないながらもテリーの後を追って私も通路を歩いていった。

 というか今気付いたが、これ土を掘っただけのトンネルではなく、普通に石壁の通路になっているぞ。これをあの爺さんが作ったのか? 捕まっている身で一体どうやったのだ? そしてこんな大規模工事に城の人間は誰一人気付かなかったのか? いやほんと理解が難しいな、人間。

 

「あ、行き止まりだ。……いや、穴が開いてるのか。さすがにもう一回階段作りは面倒だったのかな?」

 

 考えて込んでいる間に通路の端まで到達した。壁際には大きな穴が空いており、わずかに空気の流れも感じられる。

 どうやらここから飛び降りた先にまだ道が続いているようだ。

 

「ふむ、また下に通路があるのか。一体どれだけ頑張ったのだ、あのご老人は」

「そのおかげで脱出できるんだから、文句も言えないけどな。……じゃあまた俺から行くぞ。とりゃああああああぁぁぁぁぁぁ………………」

 

 飛び降りたテリーの声は、どんどん小さくなっていった……。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 着地音が聞こえない……。

 

「……え? すぐ下にまた通路が作ってあるんじゃないの、これ?」

 

 え、落とし穴? これ落とし穴なの? 牢屋の地下にこんな通路作っただけでも頭おかしいのに、さらにそんなもの掘ったの、あの爺さん?

 ていうか、そこから幼い女の子を逃がしたのか? ロープ引っかけるようなところないんだけど……、人間ってそんなに丈夫にできてたっけ……?

 

 ……いや、詮索は止そう。大人にはいろいろと事情があるのだ。そうだ、人間には底力があるのだろう。テリーの身の上話で考察したではないか。姉も一緒なんだ、きっと。

 

「よ、よし、とりあえず私も行くぞ、それっ」

 

 

 ――ヒュウウウウ――――、ドォーーーーン!

 

 

 体感で建物五階分ほどの高さを数秒で落下し、地面に降り立つ。私の重量と相まって結構な音と振動が発生した。

 サタンジェネラルの肉体なら全くダメージにはならないが、人間にはどうなのだろう。やはり脱出路としては欠陥だと思うのだが……。

 

「おっと、それよりテリーは無事か? おーいテリー、大丈夫か?」

「……な、なんとかー」

「お、そっちか……ってどうしたのだ!」

 

 後ろからの声に振り返ると、テリーが壁際で倒れ込んでいた。膝に手を当て、辛そうに顔を歪めている姿を見て、慌てて駆け寄る。

 

「おい、大丈夫か? どこか怪我でもしたのか?」

「い、いや、なんとか着地したんだけど、さすがに足が痺れて、いててて……」

「な、なんだ、脅かしおって……」

 

 大事ではない様子に、私はホッと胸を撫で下ろした。

 言葉通りテリーに大きな怪我などはなく、少し待てば回復しそうだった。

 

 しかし子どものテリーがこの程度で済んだのを見るに、やはり人間とは思ったより丈夫な生き物のようだ。ならばこの脱出路も十分合理的だったと言えるのだろう。……いろいろ疑って申し訳なかった、ご老人。

 

 私は相棒の強さに安心しつつ、天井に向かって謝罪の手を合わせた。

 

 ――と、そこへ、

 

 

 

 

「なんだなんだあ、今の音は?」

 

 ガヤガヤガヤ――、と。

 我々が座り込んでいる通路の奥、灯りの届かない暗がりから幾人かの人間たちが現れた。

 妙ちくりんな被り物を装備した男(?)たち。彼らは皆一様に迷惑そうな表情を浮かべ、物騒な悪態を吐いている。

 

「誰か井戸の上から死体でも落としたのか?」

「へへ、イタズラだったら思い知らせてやらねえとな!」

「いっそそいつも死体にしてやるか? ひゃはは!」

 

 …………。

 

 ……いや、そりゃ夜中にあんな騒音聞かされれば不機嫌になるのも仕方ないとは思うけども。

 少々発言が過激過ぎやしないか? あれが一般的な市民だとすると、ちょっとこの国荒れ過ぎだぞ。

 ――って、んん? なんだかこやつら、妙に見覚えがあるような気が……?

 

「あ、あーーー!? て、てめえは昼間の!」

 

 彼らの姿に既視感を覚えジッと視線を送っていると、先頭の男がこちらを指差し大声を上げた。その顔と珍妙な動きを見て、私の記憶もよみがえる。

 ……ああそうだ、こいつらは昼間にテリーで、いや、テリーが倒したギンドロ組の奴らだ。

 

「おお、お前たちか。ということは、ここはギンドロ組関連の場所なのか?」

「はん、そうだよ。ここは俺らギンドロ組の隠しアジトだ。こんなとこでまた会えるとはラッキーだぜぇ」

 

 ひとしきり驚愕の表情を浮かべた後、今度は嗜虐的な笑みを零す先頭の男。

 いや、こいつだけではない。気付けば全員がこちらに対し、ニヤニヤと嫌な笑いを向けていた。

 

「ははは、ここに迷い込んだのが運の尽きだな! 昼間の恨みを晴らしてやるぞコラ!」

「お? よく見りゃガキのほうも居やがる。ちょうどいい、二人まとめて殺ってやるぜ!」

「なんだか知らねえが、ガキは弱って動けねえようだな! チャンスだ、今の内にやっちまえ!」

 

 そして強気な発言で威嚇してくる。どうやら自分たちのテリトリーにいるからと気が大きくなっているようだ。誰も助けに来ないこの空間で、延々と(なぶ)ってやろうという考えが透けて見える。

 

 ――だがしかし、そういうのは自分が相手より強い場合にのみやれることだ。こいつらは昼間にアッサリと伸されたことをもう忘れたのだろうか? こちらとしてもあまり無意味な暴力は振るいたくないのだが……。

 

「なあ、お前たち、我々はここから脱出したいだけなのだ。お前たちと争う気はないし、ここは一つ穏び――」

「いくぞ、てめえら! 痛め付けてやれ!」

「「「おう!」」」

「あーーもうーー。…………仕方ない」

 

 会話を無視しつつこちらへ向かってきた連中に対し、私はゆらりと構えを取った。

 昼間はテリーを投げて撃退したわけだが、ダメージを負った今の状態で同じことをするわけにもいかない。

 そして今いる場所は相手のホームゆえ、逃げてもいずれは追い付かれることだろう。

 よって――

 

「仕方がないので、今回はまともに相手をしてやろう。そら、かかって来い」

「死ねやあああ!!」

 

 今回は私自ら、手を下してやることにしたのである。

 

 ……まあ、人間が意外に頑丈なこともわかったわけであるしな。手加減も少しで問題なかろう。

 気楽な話だ、ふっふふーん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後、滅茶苦茶ザオリクした。

 

 

 

 


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