ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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5話 とどめを刺して蘇生=回復

 書物というのは大変ありがたいものだ。自分と関わりのない人、物、技術などであっても、書物を読めば詳しく知ることができる。生まれてからずっと狭間の世界にいた私が人間界に行こうと思い至り、そして今それなりにうまくやれているのも、全てこのガイドブックのおかげだ。

 書物とは言わば、自分を新たな世界へと導いてくれる鍵なのだ。

 

 だがしかし、気を付けなければならない点がある。

 それは『書物が全て正しいとは限らない』ということ。そしてもう一つ、『書物の内容を読者が誤って解釈することがある』ということだ。

 

 これらを解消する一番の方法とは何か? それは簡単だ。

 実際にその場所へ行き、見て、聞いて、触れて、感じるのだ。書物から得た情報を現実と照らし合わせ、自分の中に取り込む。そうして初めて、それは『生きた知識』となるのだ。

 

 そして今回、私は新たな知識を手に入れた。

 

 

 

 ――――そう、人間の首は真後ろまでは回らないということを、そして、手足の関節が四つもありはしないということを、(相手の)身をもって学んだのだ。

 

 

 

 

 

 …………いや、人間の生態の謎に振り回されて少し混乱していたのだ。動揺して少し力加減を間違えただけなのだ。だからそんな責めるような目で見ないでほしい。

 

「うっぷ、まだ吐き気が……」

「ん? テリー、どうした? 頭も打っていたのか?」

「ちげーよ! さっきの惨劇のせいだよ! ぐるりと回った首と目が合っちまったぞ! うう、夢に見そうだ……」

 

 テリーがただでさえ白い顔をさらに青白くさせている。確かに子どもに見せるべき絵面ではなかったかもしれない。よし、ここはフォローを入れておこう。

 

「テリー、もっと視野を広く持つのだ。あれくらいは大したことではない。世の中には踊りながら首を一回転させる者もいるのだぞ? こう、地面に垂直にぐるりと……」

「どこの化け物だよ!?」

 

 化け物とは失礼な。パペットマンは踊りに命を懸けているだけだ。きっとあの動きだって、何らかの繊細な感情を表現しているのだ。

 

「というかサンタ、回復魔法まで使えたんだな。あれがベホマってやつか」

「いや、あれはベホマではなくザオリクだ」

 

 自分のために使う機会などない無駄呪文だ。いや、さっきは滅茶苦茶使ったけども。

 

「ザオリク!? 超高等呪文じゃねえか! てことはバトルマスターでもパラディンでもなく賢者なのか? その身体能力で? 適性おかしいだろ……」

「落ち着けテリー。ザオリクは生まれつき覚えていただけだ。それに他の回復魔法等はまったく使えん」

「ええ……。それもおかしいだろ。そんな人間いるか?」

「!? お、おおう、こ、ここにいるではないか、はは」

 

 テリーの鋭い一言に肝を冷やしていると、広い空間にたどり着いた。水が多少溜まっているが歩く分には問題ない深さだ。左手を見ると上に穴が開いており、そこからロープが垂れ下がっている。

 

「お、テリーよ、ここからはあのロープを伝って昇っていくようだぞ」

「みたいだな。…………うへえ、結構高いな」

「文句を言っても仕方あるまい」

「へいへい、わかってますよ、っと」

 

 テリーを先頭にして我々は縦穴を昇り始めた。この順番にしたのは万が一ロープが切れたときのための配慮である。テリーが私の下敷きになったらおそらく死ぬので。

 

「そういえばテリーよ、バトルマスターとかパラディンとか賢者とかいうのは何なのだ? いや、響きからなんとなくの想像はできるのだが」

 

 昇りながら、先ほどのテリーの発言の中で気になった単語について聞いてみる。

 

「何って。職業に決まってるだろ?」

「職業? 大工とか料理人とか?」

「いや、そうじゃなくて。人間の魂に備わっている適性みたいなやつ」

 

 テリーの説明をまとめるとこうだ。

 

 人間には向き不向きがあり、同じ練習をやっても人によって習熟度は異なる。よって、人はできるだけ自分に向いたものを見つけてその腕を磨いていくのだが、実はその向き不向きは人間の魂に生まれつき刻まれており、適性がない分野については練習してもほとんど上達しないのだ。

 

 しかし駄目だと言われるとやりたくなるのが人間の性分なのか、数百年前、人に新たな適性を付与する術式が生み出された。これを行うとその人が全く向いていなかった分野について、最低限の才能が呼び覚まされるという。

 もちろん最低限というだけあって、その後厳しい修行を積まなければ熟練者になることはできない。また、元々才能を持つ者が努力するほうが遥かに効率的なのは言うまでもないし、この方法で誰もが何にでもなれるようになったわけでもなかった。

 しかしそれでも、『向いていなくてもどうしてもやりたい』という者にとって、これは確かな光明だった。

 開発者のもとには志を同じくする者たちが集まり始め、呼び覚ますことのできる職業の種類も少しずつ増えていき、いつしかそこは、新たな生き方について模索する者たちが集まる一大組織となっていった。

 

 これがダーマ神殿の成り立ちである。

 

 

 

「まあ才能がない奴のための場所とは言ったけど、実際は自分の適性を知らない奴が、それを教えてもらうっていう利用法が一番多かったみたいだな。神官に自分の魂を見てもらえば、向き不向きを教えてもらえたんだと」

「向いている職を教えてくれるのか。それは便利だな」

 

 きっとダーマ神殿ができる以前は、不向きな分野に手を出して挫折する者もたくさんいたのだろう。その人物が何に向いているかなど、見ただけではわからないからな。

 私の周りの奴らだとどうだろう? ヘルクラッシャー、ガーディアン、ずしおうまる、キラージャック辺りの適性が戦士。トロルボンバー、キラーデーモン、バトルレックス辺りが武闘家か? うむ、しっくりくるな。

 

 え? 魔法使い? HAHAHA、ウチに居るわけないだろう、そんな賢さ担当ポジション。

 

「元々適性があって、自分でもそれを自覚している奴がダーマに行くことも結構あったらしい。呼び覚ましを行って才能の開花が進んだって例もあったとか」

「ほうほう、そんな利用法もあるのか。才能が足りない者の後押しまでしてくれるとは魅力的だな」

 

 ブースカが武闘家になれば、あの大振りパンチも矯正されるかもしれない。ついでに体も絞れればなお良し。

 あの体型はちょっと問題だ。早さが足りない、まったく足りてない。

 

「でもまあ、さっきも言ったように、適性が十分ある奴がその能力を伸ばすのが一番上達は早いよ。そういう奴らはダーマに行く前から才能を自覚していて、早くから効率のいい修行ができていたんだと。ダーマに行くことなく一つの職を極めた奴もいたらしい。俺はサンタもそのタイプだと思ってたんだよ。さっきもバトルマスターや武闘家の技をバンバン使ってたから」

 

 そうか。鍛えている内になんとなく習得できた体術や剣技、あれらは職業適性によるものだったのか。近接戦闘に適性があり、正しく修行できていた、と。なるほど、武人としてはとても嬉しい事実だ。大変、大変嬉しい事実だ。

 

 ――が、今重要なのはそこではない!

 

 そう、今私にとって最も重要なのは、『才能がない者にも道を開いてくれる』という点である。

 これはつまり、脳筋の私でも回復魔法を覚えられる芽があるということ! すなわち、ベホマに手が届くかもしれないということだ!

 ふっふっふ、ダーマに行っても駄目な可能性も覚悟していたが、これは期待してもいいのではないか? うおおお! やる気が漲ってきたぞ!

 

「というかこれ結構有名な話だぞ。戦いを生業としている奴なら普通知ってるんだけど。あれだけ強くてなんで知らないんだよ?」

「え!? あーいや、私の故郷は僻地だったのでな。情報が余り届かないのだ。で、そこで戦闘要員として生まれた私は勉強する暇もなく、来る日も来る日も戦っていてな。そこそこ強くなれたのはそのためだろう。弱い者は粛清されてしまうから必死に鍛えたものだ」

「ええ、なにそれ怖い……」

 

 こちらを振り返ったテリーが、ヤバイものを見る目をしている。

 

 いや、そりゃ魔物ですけどね? その中でも特に過酷な環境だったけどね? そんな目しなくてもいいんじゃないかな?

 ……まあ追求が止んだのでよしとしようか。今の私は天にも昇る気分、多少のことは気にしない。

 

「お、地上に出られたぞ」

「む、ようやくか。結構高かったな」

 

 先に昇っていたテリーが縦穴の淵に手をかけて体を引き上げる。続いて自分も出口から顔を出すと、新鮮な空気が頬を撫でていった。その冷たさと僅かな月明かりのおかげで、そこが外だとわかった。

 

「あー、息苦しかったぜ」

「開放感に浸っているところ悪いが、また仮面を付けておけ。どこに人目があるかわからんぞ」

「うええ、結構息苦しいんだよなあ、これ。……まあ、仕方ないか」

 

 再びマスクマンとなったテリーは、仮面の位置を調節しながらキョロキョロと視線を彷徨わせた。

 

「あれ、町の中かここ? でかい屋敷だな。……ん? なんか見覚えがあるような……」

 

 テリーに釣られて周りを見ると、確かにそこは、どこかの屋敷の庭先だった。自分たちはどうやらこの家の井戸から出てきたようである。水が湧いていたからもしやとは思っていたが、本当に井戸だったとは。

 ん、待てよ? とするとこの家の人間は、中に人が住んでいる井戸の水を飲んでいるということか? 何という剛毅な……、私にはとてもできない。

 

「誰だ、てめえら!」

 

 とそこへ誰何(すいか)の声がかけられた。出所を見ると、先ほどぶっ飛ばした連中と似た雰囲気の奴らがいた。それを見てテリーが跳び上がる。

 

「げ!? ここギントロ組のアジトだ! しかも本部だぜ!」

 

 え、ここがギンドロ組本部? こいつら庭先に隠しアジトを作ったのか? 普通は離れた場所に作るものだろう。敷地内に作って一体何の意味があるのだ?

 

「おうてめえら、侵入者だ! 手の空いてる奴らは来い!」

 

 疑問に思っている内にワラワラと組員が集まってきて、周囲を取り囲まれてしまった。

 顔ぶれが変わっても中身はやはり同じなのか。どいつもこいつも地下の四人と同じく、痛めつけて楽しんでやろうという考えがありありと滲み出ていた。

 

 ――しまったなー、これじゃ逃げられないなー。基本的に争いは避けたい私だが、この状況では止むを得ないなー。

 

「ど、どうするんだ、サンタ! …………って、そうだったな。焦る必要ないんだったな。もうパターンは読めてきたぞ」

 

 おお、冷静さを保てるようになったか、テリー。一つ成長したな。

 では心の成長ついでに、本格的な戦闘も見せてやろう。井戸の中でのアレは…………ちょっと参考にならなかっただろうから。

 

「城ではあまりやることもなかったからな。ここらで少しばかり働いておこう」

 

 言葉とともに斜に構える。

 

 ……まあ正直、この国でギンドロ組が横暴を働いていようと、他の世界出身の私がどうこう言う筋合いはない。人間同士で争うなら勝手にやっててくれというところである。

 ……がしかし、こうも何度も絡まれていると、さすがに鬱陶しくもなろうというもの。こいつら、呼んでもないのにワラワラ寄って来ては毎度毎度不快感を撒き散らしおって……。

 これはもう、勢い余って奴らを壊滅させてしまっても仕方ないよね? 衝動のまま暴れてしまっても誰も責めないよね?

 元よりこの身は魔物、魔族の将サタンジェネラル。ならば偶には魔物らしく、破壊と恐怖を振りまくのもいいだろう。

 

「あまりやり過ぎるなよ? ……って、なんで俺がギンドロ組なんかの心配してるんだ。……うう、さっきの光景が思い浮かんでつい慈悲の心が……」

「心配せずとも、先ほどの四人で戦闘時の手加減は完璧に覚えた。どこを切落とすも()()るも思いのままよ」

「だから怖いっての!」

「てめえら、やっちまえ!」

 

 

 チンピラA~Zが あらわれた!

 

 

 リーダーの掛け声とともに奴らが一斉に襲いかかって来る。ふむ、敵を取り囲んで一気に潰すのは定石、悪くないぞ。だが、

 

 サンタは さみだれけん をはなった!

 

「ぎええ!?」

「あぐっ!?」

「ぎゃああ!」

 

 逆に自分たちが一気にやられることもあるので注意しろ。

 

「ああ、そうだ、盗めそうな技があれば盗んでいいぞ」

「速過ぎて見えねえって……」

「それならそれで目の訓練になるな。ちゃんと見ておくのだぞ?」

 

 幸い相手はどんどん湧いて出てくるので、いくらでも技を見せてやれる。

 さあ、どんどんいくぞ! 

 

 サンタは はやぶさぎりを した! 

 サンタは しんくうぎり をはなった!

 サンタは 意味なく ドラゴンぎり をはなった! 

 サンタは 性根の腐った奴に ゾンビぎり をはなった!

 

「ぐわああああ!」

「な、なんだこいつ!? 滅茶苦茶つええ!」

「カチコミか!? どっかの組に雇われた達人か!?」

「この国にゃ俺ら以外に組はねえだろが!」

 

「ほう、そいつはいいことを聞いた。ではお前たちを潰しても、有象無象が無軌道に暴れだすことはないということだな?」

「な、なんだと!?」

 

 ふふふ、私の記念すべき第一訪問国が狭間の世界と同類など我慢ならん。我が力によって貴様らを滅ぼし、この国の治安を良くしてくれるわ! 私と出会った不幸を留置場で呪うんだな! ふははははは!

 

「安心しろ、命までは取らん。動けなくなる程度に留めておいてやろう」

「な、なめやがって! てめえら、ギンドロ組の名にかけて、絶対にこいつを殺るぞ!」

「おう!」

「ぶっ殺す!」

 

 サンタは うけながした!

 

「へぶっ」

「ぐげぅ」

 

 サンタは まわしげり をはなった! 

 サンタは とびひざげり をはなった! 

 サンタは がんせき(にんげん)を ほうりなげた!

 

「ぎえっ」

「ごあっ」

「ぎゃふっ」

「だ、駄目だ! こんなの勝てるわけがねえ!」

 

「逃がさんぞ!」

 

 サンタは しっぷうのごとく きりつけた!

 

「ぐああっ!」

 

 一際素早い斬撃を受け、最後まで立っていた男が倒れる。

 

 

 チンピラたちを やっつけた!

 

 

 これで外の連中は全て片付いた。後は屋敷の中のみ。幹部を片付けたら終わりである。

 

「お、おい、……大丈夫なのか、こいつら?」

「大丈夫だ。全員原形は保っているし、息もしているだろう?」

「いやでも、……痙攣してるぞ?」

「痙攣しているということは動いている、つまりは生きているということだ。問題ない問題ない」

「えええ……」

 

 恨んでいるはずのギンドロ組を心配してやるとは、なんと優しい奴。だがしかし、こいつらにそんな慈悲など勿体ない。

 

「どうしても気になるというのであれば、さらに致命傷を与えた上でザオリクで蘇生するという手もあるが」

「よし、放っといて行こうか」

「うむ」

 

 わかってくれて嬉しいぞ、テリー。

 そもそも、こちらを嬲り殺そうと襲い掛かってきたのだ。命があるだけ感謝してほしいくらいである。

 さて、残りも手早く済ませようか。

 

 

 

 


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