私たちが扉を壁ごと蹴破って家の中に入ると、組幹部と思われる者たちが五人、そしてその奥に守られるように一人の人間が立っていた。おそらくはあれがギンドロ組のトップなのだろう。確か親分というのだったか。
「襲撃者ってのは、おめえらか! 一体何が目的だ!? 俺たちがギンドロ組と知っての行動なんだろうな!?」
「ふむ、目的、目的か……。まあ、わざわざ言うほどのものでもない。強いて言うなら、気に食わないというだけの話だ」
冷静に考えるとなんという迷惑な動機だろうか。
しかしまあ、迷惑な存在なのはこいつらも同じ。迷惑者どうしで潰し合うのだから、神様もきっと目を瞑ってくださるだろう。
「てめえふざけてんじゃねえぞ! ギンドロ組に手を出して無事でいられると思うなよ! てめえだけじゃねえ、親兄弟、親類縁者全員、生まれてきたことを後悔させてやる!」
別に構わんぞ。サタンジェネラルが数千体だが、それでもよければ。
「関係者全員含めると数百万人になるが、まあ頑張ってくれ。ではそろそろいくぞ」
「待ってくれ、サンタ」
「ん? どうした?」
「左の奴は、俺にやらせてくれ」
振り返るとテリーがこちらをじっと見ていた。仮面の上からでもその真剣さが伝わってくる。
なるほど、因縁のある相手というわけか。
「わかった。やられるなよ?」
「大丈夫だよ」
テリーに場所を譲り、私は親分以下残りの連中に向き合う。
「さて、
「舐めんじゃねえぞ! 殺れ! てめえら!」
親分の怒声に呼応して幹部たちがこちらに飛び出す。しかし親分自身は後ろで見物の態勢である。リーダーともあろう者が臆病風に吹かれたか。なんと惰弱なことか。魔王軍なら即下剋上が発生するぞ。
確かに指揮官なら、場合によっては後ろから戦況を把握するべきときもある。しかしこのような少人数による戦闘ではその必要もあるまい。加えて、今回は彼我の実力が大きく離れているのだ。ならば全員が無事な内に一斉にかかるのが最適解のはず。
だというのに、部下の陰にただ隠れているだけとは……。
目を見ればわかるぞ。あれは冷静に戦局を見据えているのではなく、ただ怯えて下がっているだけだ。なんと情けない、それでも一組織の長なのか。
「ばくれつけん!」
「かふっ」
「ぶげっ」
「へぶっ」
「あばらっ」
ほら、一斉にかからないから一瞬で部下がやられてしまった。自分も含めて五人でかかっていれば、部下がやられる一瞬を使ってこちらに攻撃できたかもしれなかったのに。これでもう勝機はなくなってしまったぞ。
「く、くそっ、こうなったら!」
お、ついに自分でかかってくるか。やはり最後はそう来なくてはな。
「おいお前、金ならいくらでもやる! 他に欲しいものがあるなら何でもくれてやる! だからここらで手打ちにしておかねえか!?」
「…………」
………………この男、そんなに自分の手で戦うのが怖いか。しかも命乞いをするでもなく、この期に及んでまだ自分が優位であるかのように振る舞っている。
状況が理解できないのか。それとも他者に対して下手に出たことがないから、頼み方がわからないのか。いや、もはやどちらでもよいか。
大将らしく、せめて最後は華々しく散らせてやろうと思っていたが、こいつにはその必要もない。
――――すぐに刈り取ってやろう。
「ま、待て! そうだ、女が欲しいのか!? ならその辺りから適当に何人か攫ってきてやるぞ!? なあに、誰も文句は言わんさ!」
「…………」
「そ、その辺の女じゃ不満か? ははっ、好みにうるさいんだな! そうだ、ならウチの娘なんかどうだ!? まだガキだが見た目は悪くねえ、好きにしな! 親公認てわけだな!」
「…………」
「そ、そうだ! いっそのこと俺とお前で手を組まねえか!? そ、そうだな、それがいい! そうすりゃもう誰も俺たちの邪魔はできねえぞ! 何だって思いのままだ!」
まだ何か喚いているようだが、もはや耳に入れる気も起きない。
腰を深く落とし、腕を引く。狙いは真っすぐ、後方まで打ち抜くように。
「貴様も組織の長なら、最後くらい潔くするがいい」
「ま、待て、やめろ。こんなことをしてただで済むと……。やめ、たのむ、死にたく――」
「せいけんづきいいい(弱)!!」
「げふうううう!」
勢いよく突き出された拳が胸部を打ち、腐れジジイは壁に叩きつけられた。そしてそのまま力なく床に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなった。どうやら気を失ったようだ。
……はあ、今までで一番つまらない相手に拳を振るってしまった。これならブースカをぶっ飛ばすほうが遥かにマシだ。少なくともあいつは自分の力と意志でこちらに挑んで来るからな。理由が出世欲なのが少々気に入らんが。
「おおそうだ、テリーの奴はどうなったかな? お?」
「はははっ、どうしたこのガキ! さっきから逃げてばかりじゃねえか!」
「…………」
「体力が尽きたときがてめえの最後だ! そしたら簡単には殺さねえぞ。じわじわ痛めつけてたっぷり恐怖を味わわせてやる!」
「………………こんなもんだったのかよ……」
ちらりとこちらに視線を向けたテリーと目が合う。
どうやら大丈夫そうだ。テリーは相手の動きを完全に見切っているし、周りを把握する余裕もある。複数人相手でも問題なかったことだろう。
対して相手のほうは力任せにナイフを振り回すだけ。目の前のテリーしか見えておらず、こちらの戦闘が終わっていることにも気付いていない。
そして相手が大振りした瞬間、テリーが決めに動いた。ナイフを躱しつつ高速で相手の真横に移動し、鋭く拳を突き出す。
「がっ!?」
顎先を痛打された男は、殴られたことにも気付かないままその場に崩れ落ちた。
そのまましばらくテリーは油断なく相手を見据え、やがてもう立ってこないことを確信した後、ゆっくりと構えを解いた。
「見事だ。危なげない勝利だったな」
「……ああ」
労いの言葉をかけつつテリーの傍まで近づくが、気のない返事が返ってくる。テリーは仮面を外して息を整えながら、今しがた倒した相手をじっと見下ろしたままだ。
「どうした? 浮かない顔だな」
「…………。……こいつ、姉さんを連れ去った奴らの内の一人なんだ。……あのときはぜんぜん敵わないと思ったのに、ちょっと鍛えただけのガキが勝てるくらいチンケな相手だったんだな……」
テリーは悲しみとも怒りともつかない顔で相手を見続けている。
おそらくは、こんな弱い奴に自分たち姉弟の人生は台無しにされたのかと、遣る瀬無い思いなのだろう。そして、なぜあのとき今くらいの力がなかったのかと自分を責めているのだ。
「う、うう……」
「む? ……まだ息はあるが、殺さないのか?」
「…………」
復讐は被害者の権利だし、それで気が晴れるなら止めはしないが……。
――あー、いやしかし……。おそらくだが、テリーはまだ人を殺したことはないだろうし。わざわざ手を汚させるのも……。いやでも、踏ん切りをつけるという意味では必要……なのか? いや、しかし、う~~~む。
私が表情に出さずに悩んでいる間、テリーもまた悩んでいた様子だったが、やがては首を横に振った。
「…………いや、やめておく。こいつを殺したって何にもならないし、五年前に一応、一矢は報いたから」
「ふむ、そうか? ……いや、そうだな。お前がそう決めたのなら、それが一番いいのだろう」
本人の中で納得できているなら何も言うまい。テリーはもう一端の戦士、自分の心には自分で折り合いをつけられるだろう。
そもそも、人間の感情の機微がわからん私がどうこう言うべきことではないしな。私にできるのは、せいぜい下手な冗談を繰り出すことくらいである。
「ありがとうな、サンタ。こいつを俺に任せてくれて。これで一応の区切りにはなったと思う」
「それは何よりだ。私も世のため人のため、私怨で暴れた甲斐があったというものだ」
「ははっ、そうだな」
私の軽口に対して、テリーがニカッと笑う。出会ってから初めて見る、満面の笑顔だった。まだ姉は見つかっていないが、過去の因縁の一つと決別できて心の重みが少し減ったのだろう。
――ふむ、依頼の報酬としては悪くない。タダ働きはごめんだからな。
よし! これにてギントロ組討伐終了。
はー、終わった終わった! 柄にもなく真面目な空気を出してしまったぞ。やはりこういうのは私には合わんな。
もっとちゃらんぽらんに生きていきたい。のんべんだらりとぐうたらして、偶に戦いつつまたぐうたらしたい。
――お? そう思っていると目の前にいいものが……。
「さて、そろそろ行こうか……って、何やってんだ、サンタ」
「いや、少々金目の物を拝借していこうかと。ほら、安定した生活には金が欠かせないので」
私がぐうたら生活のためにタンスなどを漁っていると、テリーが呆れた目を向けてきた。
「お前なあ……人が爽やかな空気を出してるんだから、そのまま終わらせてくれよ。だいたいギンドロ組相手でも窃盗は犯罪になるぞ。捕まるからやめとけって」
「なぬ? 我が国以外の地域では、『他人の家に勝手に押し入って、何でも盗んでいって構わない風習』があると聞いたのだが、あの情報は誤りだったのか?」
「ねえよ、そんな風習! どこの魔境だ!? 盗賊だってもう少し奥ゆかしいわ!」
むう、またガイドブックに誤りが……。いつか執筆者に文句を言ってやらねばならんぞ、これは。
「ほら、早く行くぞ、サンタ」
「ああっ、せめて、せめて宿代だけでも!」
「えーい、見苦しい! 親分相手に潔くしろって言ったのは自分だろうが!」
「状況によりけりだ! 生活が懸かっている場合は別の話だ!」
「お前の矜持はほんと臨機応変だな!」
そのまま二人でぎゃいぎゃい騒いでいると、外から多数の人間が歩く音が聞こえてきた。
「あ! テリーよ、どうやらこの国の兵がやって来たようだぞ?」
「ん? ああ、ギンドロ組の敷地で騒ぎが起こっているから、様子を見に来たんだろうな」
「おお、そうか! ならば私が案内してやろう。彼らもギンドロ組には手を焼いていただろうからな。もしかすると謝礼の一つもくれるかもしれんぞ」
「あ、おいっ――」
テリーの気が逸れた隙に逃げ出す。あのままだと説教が始まりそうであったからな。
まったくテリーめ、激動の人生を歩んでいるくせに真面目な奴だ。普通もう少し擦れていくものではないのか? きっと生まれついて性格が穏やかで優しいのだろうな。狭間の世界生まれには眩しいぜ。
お、彼らがこの国の兵か。遠巻きにこちらを警戒しているな。もう危険はないと教えてやるとするか。
「おーい、ここだ!」
「!?」
目立つように手を振ると、彼らはゆっくりとこちらへやって来た。
お、先頭にいるのがリーダーか。恰好からして偉い立場の者ではないか? ふふ、これは謝礼も期待できるかもしれんな。ここは友好的にいこうではないか。
「やあやあ、お勤めご苦労である。すぐに来てくれて助かったぞ」
そう言ってにこやかに手を差し出した私に対し彼らは――――――鋭い視線とともに槍を向けてきたのである。
「うんうん、職務に熱心で大変結構なことで――」
…………。
「――――え?」
「王子、怪しい奴です!」
「怪しい奴を発見しました!」
「ああ、とても怪しい」
…………え? 待て待て、なぜ私が槍を向けられて取り囲まれているのだ?
……い、いや待て、落ち着け。状況を整理しよう。
つまりはこういうことだ。
彼らはこの国の治安維持組織。本来人間が眠るはずの深夜に騒ぎが起こっているので様子を見に来た。しかも騒ぎが起こっているのは悪名高いギンドロ組のアジト。これは大ごとではないかと、多数の兵を引き連れてアジト周辺で様子を窺うことに。
とそこへ、アジト内から謎の人物が登場し、こちらを呼んでいる。誰かはわからないが、マントで全身を隠した大男がこちらを呼んでいる。
仕方ないので注意深く近づいて周りを見渡せばあら大変、アジトの入り口は大破、周りには半殺しで横たわる組員多数。そして目の前には不審人物……と。
…………。
うん。どう見ても凶悪事件とその犯人ですね。これは槍を向けられても仕方ありません。犯人なのは本当だから弁明のしようもないですね……。
「王子、きっとこいつが下手人ですよ!」
「この国の人間がギンドロ組に手を出すとは思えません。とすると他国の人間か!?」
「ギンドロ組を潰して他国に一体何のメリットが? 個人的な怨恨か?」
「いや、愉快犯がただ暴れただけかもしれないぞ!」
すごいなガンディーノ兵、だいたい合ってる。
「この人数を倒すとは只者ではないぞ。皆、相手が一人とはいえ油断するなよ!」
「「「はっ!!」」」
今気付いたが、このリーダーは王子だったのか。わざわざ兵たちの先頭に立ってやって来るとは感心だ。ギンドロ組の親分にも見習わせたいくらいであるな。統率力や状況判断力も悪くない。敵の実力を過小評価せず、相手が一人でも油断しないように指示を…………一人?
はて、この国の王族は数字の数え方も知らないのか? 私には信頼できる相棒がすぐそばに――
私が後ろを振り返ると、部屋の中には幹部たちが倒れているのみだった。
――――テリーがいない。
……。
…………。
………………。
………………そうかそうか、状況を冷静に判断して逃げ出したんだね。
そうだね、あの場で出てきても二人目の犯人扱いだものね。だったら自分だけでも逃げたほうが合理的だよね。うむうむ、冷静な判断力だね。きちんと成長が見られて私もうれしいぞ、はははは…………。
……。
…………。
………………。
あの野郎! 相棒を見捨てて逃げやがったな! 途中殊勝げな態度を取っていたくせに掌返しおって! 誰だ、あいつを穏やかで優しいとか言った奴は!
畜生っ、これだからアウトローな世界で擦れたガキは! きいいいいい!!
「捕まえろおおお!!」
「「「おおおお!!」」」
「ま、待て! 私は決して怪しい者ではっ!」
「こんな怪しい恰好と状況が他にあるか!」
「ごもっともです!」
その後私は、みかわしきゃくでなんとか包囲を潜り抜け、戦利品も謝礼も得られず逃走したのでした。
ちくしょう、何も盗ってないのに犯罪者扱いだ。