ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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7話 ああ、素晴らしきこの世界

「あーあー、頑張ったのだがなー。初対面の相手の頼みを聞いてやったのだがなー」

「…………」

「いきなり襲いかかってきた相手のお願いを、快く聞いてやったのだがなー」

「…………」

「城に忍び込むという、お尋ね者待ったなしのミッションに挑んでやったのだがなー」

「…………」

「それなのに相棒を置いて逃げていくとはなー。どんな状況でも人の心は忘れてはいけないと思うなー」

「…………」

 

 今現在私とテリーは、町を見渡せる丘の上で身を潜めているところである。

 

 あれから本当に大変だった。兵士たちは真面目に職務に励んでいるだけなので攻撃するわけにもいかず、ただひたすら町中を逃げ回る破目になった。ギンドロ組をぶっ飛ばすよりよほど疲れたぞ、主に精神的に。

 

 ……ああ、なぜ私がこのような発言をしているのかと言うと、だ。

 テリーの奴め、合流した直後まるで何事もなかったかのような態度をとりおったのだ。『あれ、お疲れだね。なんかあった?』みたいな超他人事な感じ。

 これには温厚な私もさすがにキレた。

 ゆえに、私が如何に傷付いたのか分からせるため、今はこうしてネチネチと責め立てているわけだ。武人たる私にこんな女々しい振る舞いをさせるとは、まったくけしからんことである。

 

「……ふぅ、そうだな。確かに自分だけ逃げたのはよくなかったよ」

 

 私が小姑よろしく嫌味を重ねていると、さすがに悪いと思ったのかテリーが申し訳なさそうな態度を取った。

 

「だからそのお詫びってわけじゃないけど、……これやるよ」

 

 その態度を見て、『仕方ない、あとは一言謝れば許してやろう』と思っていると、テリーはそれ以上謝罪を重ねるのではなく懐から某かを取り出した。

 

「…………なんだ、それは?」

 

 それはなにやら茶色の物体だった。表面は薄く焦げており、油か何かがついているのかテカテカと光沢がある。

 まさかこれは――

 

「燻製肉」

 

 テリーがしれっとその物体の名を口にする。

 

 ――――こ、こいつめ、仮にも魔族の将たるこの私を、よりにもよってそんなもので釣ろうというのか!? 舐めるなよテリー、厳格な武人がそのような手で懐柔されるものか! 私を落としたいなら霜降り肉を持ってこい!

 …………いやしかし、これも美味そうではあるな……。

 

「要らないのか?」

「いや……、それは……」

 

 テリーがにこやかに燻製肉をこちらに差し出す。次の瞬間、得も言われぬ香りが鼻腔を刺激した。胃が自らの役割を思い出したと言わんばかりに、激しく蠢動し始める。

 くそっ、たかが燻製肉っ、さして高い物でもないっ。しかし、その塊から目を逸らせない! 意図せず腕が持ち上がり、肉を受け取ってしまうっ!

 

「んじゃ、これで手打ちってことで」

「はっ!?」

 

 気が付けば私は、右手でしっかりと燻製肉を握りしめていた。

 

 …………。

 

 ――――ま、まあ、口でいくら謝っても本心からの言葉とは限らんしな? 誠意は言葉ではなくアイテムとも言うしな? こういった形での謝罪もありだよな? うむ、テリーよ、お前の誠意、確かに受け取ったぞ。

 

「チョロい」

「ん? 何か言ったか?」

「いやいや別に。……しかしよお、随分な大騒ぎになっちまったなあ」

 

 テリーが町の様子を見ながらしみじみと呟く。話題をすり替えたいという狙いは見え見えだが、まあよかろう。私は質実剛健なサタンジェネラル、小さなことにいつまでも拘るほど狭量ではないのだ。

 

「あれだけ派手に暴れたのだからな、はむはむ、王家もギンドロ組には手を焼いていたのだろうし、もぐもぐ、これを機に力を削ぐ目的なのだろう、むぐむぐ」

 

 ギンドロ組のアジトを見ると、倒れている組員を運び出す傍らで屋敷の中を検分しているようだ。おそらくは人命救助という建前で、いろいろ証拠品になりそうなものを押収しているのだろう。あの王子はなかなか抜け目のない性格をしているらしい。

 ん? 一人子供がいるな。組員の誰かの子か? ふむ、あの子供にとっては大切な親だしな、ぶっ飛ばしてしまったのは多少申し訳なく――

 あ、いや、別に悲しんでないぞ、あの顔は。むしろ汚らわしいものを見るような顔だ。視線の先は…………親分か?

 

 ――ああ、なるほど、親分の娘。あの発言を聞いていたのか。ならあの顔も納得だ。これなら子供が跡を継いで組が復活ということもないだろうな。先のこともとりあえずは安心できそうだ。

 

 

「ギンドロ組もこれで最期か……。なんか……終わっちまえば呆気なかったな……」

 

 不意に、テリーがポツリと呟いた。それは風に乗って消えてしまいそうな小さな声だったが、不思議と私の耳によく響いた。

 

「……嬉しくないのか?」

「いや、嬉しいのは確かなんだけど……、何だろうな、これ……。……はは、よくわかんねえや……」

 

 そう言ってテリーは、年齢に似合わない苦い笑みを浮かべた。

 むぅ、その笑顔は少々マイナスだぞ。

 

「……、テリーよ、少し休んでいっても良いか? 私も大勢を相手にしてさすがに疲れたのだ」

「…………そうだな。……俺もちょっと、疲れたかも……」

「よし、では休憩だな。……ふふふ、ちょうど城から拝借してきたワインがあるのだ。これは中々の一品だぞ?」

「すでに盗みを働いてたんかい。アジトで止めた俺の苦労は何だったんだ……」

「硬いことを言うでない。ほれ、お前も一杯やれ」

「子どもに酒を勧めるなっつうの」

「えー……、一人酒は寂しいぞ」

「………………はあ、……一杯だけだぞ?」

「ふふ、そう来なくては。ささ、ぐいっと」

「まったくもう……。んく、んく…………うぇぇ、苦ぁ……」

「ふははは、お子様めー」

「うるへー」

 

そのまま私たちはしばらく、アジトを眺めながらのんびり酒盛りに興じたのである。

 

 

 

「…………ありがとな」

 

 再び風に乗った微かな声は、気のせいということにしておいた。

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「さて、テリーよ、とりあえず今回のことは終わったが、この後はどうするのだ?」

 

 小宴会が終わった後、空気を変える目的で私から話題を振ってみる。するとテリーは少し考え込んだ後、口を開いた。

 

「……まずはこの国の中で、姉さんの足取りを探せるだけ探してみる。それで会えればそれでいいし、会えなければ他の国も含めて世界中探すだけさ」

「ふむ、そうか。私も手伝ってやろうか? ここまで関わったわけであるしな」

「いや、そこまで迷惑はかけられねえよ。なんとなくわかるけど、サンタにもやるべきことがあるんだろ? ならそっちをやってくれ。ほら、『優先順位を間違ってはいけない』、だしな?」

 

 そう言ってテリーは肩を竦めてみせた。

 はっはっはっ、一端(いっぱし)の口を利きおって、生意気な。

 

「ぬわっ、ちょ、や、やめっ、頭を撫でんな!」

「すまんな、ちょうどいい高さにあるものでな」

「ぐ、ぬ、ぐえ、……えーい! いい加減にしろ!」

 

 あ、逃げおった。子供はもっと素直であるべきだぞ? せっかく褒められているのだから喜べばよいものを。

 

「……ったく、最初は真面目な武人かと思っていたのに、実際は滅茶苦茶軽い適当男なんだもんな」

「む、心外な。私はストイックに己を鍛える、まさしく真面目な武人だぞ。ただ同時に楽しく生きようとも思っているだけだ」

「…………はあ、俺もそのくらい適当に生きるようにしようかな。今までは肩に力が入り過ぎていたような気もするし……」

 

 今度は肩を落としつつため息を吐きおった。極めて心外である。せめて柔軟と言っていただきたい。

 まあ、軽口を叩けるくらい心に余裕ができたのはよいことだ。これなら姉を助けるために無茶を重ねるということもないだろう。

 

「ああ、そうだ。借りてた鎧返すよ」

「いや、よい。それはお前にやろう」

「え、でもこれ結構高いやつだろ? それは悪いよ」

 

 テリーが律儀にドラゴンメイルを脱ごうとするが、一度渡した物を取り上げる程私はケチではないぞ。

 

「構わんよ。もうお前に合わせて調節してしまったしな。それに、お前の因縁の戦いで使った装備なのだ。記念に持っておけ」

「う、うーん、そういうことなら、ありがたく貰っておくぞ? 後で返せって言われても困るからな?」

「言わん言わん。ほれ、肩当てと脛当ても持っていけ。私がこれだけ装備したら伝統スタイルに戻ってしまうからな」

「伝統スタイル?」

「ゴホン、いやなんでもない。体がでかくなったら全て装備するといい。それまでちゃんと鍛えておくのだぞ?」

 

 誤魔化しつつ、肩当てと脛当てをテリーに押し付ける。謎の単語に一瞬困惑していたテリーだったが、やがては力強く頷いた。

 

「ああ、わかったよ。この鎧に見合うように、これからもっと強くなるさ。いろいろな技も見せてもらったことだしな。……そうだ、今までは姉さんを取り戻すためだけに鍛えていたけど、これからは純粋に強くなるために鍛えるのもいいかもしれないな」

「おお、よいではないか。そういう前向きな目的があると楽しくなるぞ。私も目標とした奴に追いつくためなら、骨が折れても内臓が潰れても全く気にならなくなったしな」

「…………いや、そこまではいいや」

「そこは力強く返事をするところだろうに……」

 

 なぜ頭のおかしい奴を見る目をするのだ。強くなるのに体を苛め抜くのは当然ではないか。

 まあ、これから自分を鍛えていけばいつかわかるだろう。武人はボロボロになってこそである。

 

「さて、私はそろそろ行くとしようか。あまり長居をして兵に見つかっても面倒であるしな」

「……そうだな。俺も隠れ家を引き払ったら出発するよ」

 

 やるべきことは終わらせたし、語るべきことも語った。後はそれぞれの道に戻るだけだ。

 

「では、達者でな、テリー。姉と会えることを祈っているぞ」

「ああ、サンタも。目的が叶うのを祈ってるぜ」

 

 そのまま二人別々の方向に歩き出す。うじうじと別れの言葉を繰り返すのは性に合わんからな。別れはさっぱりいくとしよう。

 

 お互い生きていればまたどこかで会うこともあるだろう。そのときはどのくらい強くなったか確かめてやるか。あれだけいろいろな技を見せたわけだし、テリーの才能ならすぐに使いこなせるようになるだろう。うむ、先の楽しみが一つ増えたぞ。

 

 図らずも弟子のようなものができたことにくすぐったい気持ちを抱きながら、歩く速度を上げようとしたところで、

 

「サンターーーーーー!!」

「なんだなんだ、ここは黙って別れる所だぞ。まったく仕方のない奴め」

 

 苦笑しつつ振り返ると、テリーが遠くからこちらに向かって手を振っていた。

 

「いろいろありがとうなあーーーー!! お前に会えてよかったぞーーーー!!」

「ほあ?」

 

 あの捻くれ小僧の口から、随分と真っ直ぐな感謝の言葉が飛んできた。大悪魔ともあろう者が、不覚にも一瞬面食らってしまう。

 

「じゃあ、またなあーーーー!!」

 

 そして私が驚いている間にテリーは言いたいことを叫び終え、今度こそ振り返らずに走り去っていった。

 私はその場でしばらくポカンとした後、

 

「…………ふん。なんだ、素直な態度も取れるのではないか。仕方のない奴め」

 

 なにやら負け惜しみっぽい物言いをしていた。……いや、何に負けたのかよくわからんけど。

 

「まあ……、これはこれでいいか」

 

 私の思うかっこいい別れとは若干違うが、偶にはこういうのも悪くはない。

 最後に、見えなくなったテリーに向かって私も一度だけ手を振り返した。我ながら似合わない動作だなと笑いながら踵を返す。

 

「さて、行くか。……ん?」

 

 そして歩き出そうとしたとき、空が妙に明るいことに気が付いた。先ほどまで真っ暗であったのに、どういうことだろうか。

 疑問に思って光源を探していると、どうやらそれは海の向こうにあるようだった。

 

 興味を引かれて、そちらをじっと見やる。……すると、

 

「……お? ……おお? ……おおおお!?」

 

 水平線から太陽が少しずつ姿を現していく。海が光りだし、世界がだんだんと明るくなっていく。

 暴力沙汰で荒んでいた心まで洗われていくような、美しい光景だった。

 

「なるほど、これが日の出というものか……。なんと神々しい……」

 

 そういえば物語の中では、日の出は物事の始まりに例えられることもあった。だとしたら今の状況にぴったりである。

 自分が物語の主人公になったような気分になり再び笑いが零れる。本当にいろんな体験ができるな、人間界は。

 

「よし、では改めて出発だ! 進路は北へ! 必ず回復魔法を手に入れてやるぞ!」

 

 

 

 身体の奥のほうがじんわりと暖かくなるのを感じながら、私は再びダーマを目指し、足取りも軽く歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガンディーノ。この国では王が圧政を敷くとともに、ギンドロ組という暴力組織が幅を利かせ、長らく国民は辛い生活を強いられてきた。しかしある日、一夜にしてそのギンドロ組の本部が壊滅するという事件が起こる。親分以下、組員ほぼ全員が半死半生に陥り、屋敷も激しく破壊されたのだ。

 以前からギンドロ組を取り締まりたいと考えていた第一王子は、これをチャンスと考え、配下の兵を率いてギンドロ組の屋敷へ出動。けが人の治療をしつつ屋敷内を調査した。

 これまでは犯罪の証拠を掴もうとしても組員の妨害・隠蔽などにより失敗していたが、今回は全員が行動不能になっていたために、全ての証拠品や書類を押収することに成功する。

 これにより組員の大部分を逮捕することができ、ギンドロ組はその勢力を大きく削られることになった。残念ながら親分や主要幹部の幾人かはうまく追及を逃れ逮捕することは叶わなかったが、組の力の大部分を削げたこと、あまり追い詰めすぎると何をするかわからないことから、第一王子はここを落とし所として事件を収束させた。

 

 その後、ギンドロ組という手駒を失った王は、誰に言われるでもなく息子である第一王子に王位を譲り隠居した。

 もともとギンドロ組に唆され、その力を(たの)みに王位についた身である。即位してからも度々ギンドロ組に脅され便宜を図っていた情けない王だけに、自分もギンドロ組のようになるのではないかと恐れ、あっさりと権力を手放した。どうやらギンドロ組の壊滅を、第一王子の手によるものと思い込んでいたようだ。

 隠居してからもいつ命を狙われるのかと恐々とし、その心労からかほどなくして唐突に息を引き取った。突然の出来事に暗殺も疑われたが、積極的に真相を調べようとする者もいなかった。脅されていたとはいえ、王自身も様々な悪事に手を染めて甘い汁を吸っていたのは事実。そんな男が死んだところで、同情する者は誰もいなかったのである。

 

 その後、第一王子が即位し新たな国王となってから、ガンディーノという国は驚くべき早さで建て直された。奴隷は社会復帰までの面倒を見た上で解放され、高すぎる税率などの悪法も全て撤廃された。

 もともと人格者だった新国王は王子時代からこの国を変えたいと思っており、情報収集や貴族たちへの根回しなどを秘密裏に推し進めていた。ギンドロ組が父王や悪徳貴族と繋がり、様々なところに根を張っていたため足踏みをしていたが、奴らが壊滅したことで邪魔されることなく改革に成功したのだ。

 

 さて一方、ギンドロ組を壊滅させた謎の人物についてだが、詳しいことは不明だ。周辺の住民の目撃証言から、全身をマントで隠した大男で、剣術と格闘術の達人である、ということのみがわかっている。

 目撃者が一般人なので、本当の実力が如何ほどなのか定かではないが、全ての組員を一撃で戦闘不能にしたという点は確かであるらしく、凡百の戦士を遥かに上回る力を持っていることは間違いない。

 正体については、組に個人的な恨みを持つ者、もしくはそれらの者に頼まれて組を潰しに来た傭兵という意見が大勢だが、それにしては誰も殺していない点が疑問視されている。また騒動鎮圧に出動した兵たちが誰も傷付けられていないことから、悪人ではないのだろうとも言われているが、いずれも推測の域は出ていない。

 

 が、こちらについても前国王の暗殺疑惑と同様に、あまり真剣に調査されていない。

 というのも当然と言えば当然であり、この人物がギンドロ組を潰したおかげで新国王が即位し、悪政が終わったからだ。もともとギンドロ組に悪感情を持っていた国民は多く、奴らが壊滅させられたからといって喜びこそすれ、悲しむ者などいるはずがなかった。せいぜいギンドロ組に擦り寄ってお零れを頂戴していた者くらいだろう。

 新国王にしても、一応は事件なので調査している体はとっているが、そこまで力は入れていないようだ。未確認だが、側近に対して次のように語っていたという情報もある。『彼がギンドロ組を潰してくれたおかげで助かった。また会う機会があれば礼を言いたいな』と。

 

 まあ謎の男の正体が何にせよ、巨悪は倒れ冬の時代は終わった。まだまだ傷跡は深く残っているが、これから新国王のもと、ガンディーノという国は少しずつ住みよい場所になっていくことだろう。

                        (とある情報屋の手記より抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海を越え、野を越え山越え、河越えて、ようやくここまでやって来た。二日前に大きな河を越えたので、今いる場所がダーマのある大陸で合っているだろう。

 

 いやあ、ここまで長かった。地図上だとすぐに思えたのだが、意外と広かった人間界。

 この地図大きな町しか載っていないからなあ、野宿ばかりで苦労したぞ。屋根のある場所で眠れたのは、途中ロンガデセオという町に立ち寄ったときのみだ。

 しかも驚いたことにこのロンガデセオという町、なんと犯罪者や奴隷など、後ろ暗い過去を持つ者たちが集まってできた町だったのだ。誰が呼び始めたのか別名『ならず者の町』。真っ当な人間は町に入ることすら断られるらしい。

 

 私か? フリーパスだったがそれが何か?

 

 …………ちくしょう、あの門番め、一目見ただけで私のことをお尋ね者と決めつけおって。しかも『何人殺して流れてきたかは聞きませんが、この町では勘弁してくださいよ?』だと。

 なぜに殺人限定なのだ!? 顔が怖いからか!? マントで見えていないはずだろう! 雰囲気か! 雰囲気だけで私は人を殺していそうに見えるのか!?

 

 ……いやまあ、そのおかげで町に入れたわけではあるのだから、助かりはしたのだが。

 

 しかし、入れたはいいが町の中でもまあトラブルばかり。『ならず者の町』というだけあって、ケンカ騒ぎや恐喝なんぞ日常の一部。当然新入りの常として私も絡まれた。全員壁に埋め込んでやったが。

 

 くそう、穏やかな毎日を求めて人間界にやってきたのに、今のところその目標は全く達成できていない。最初に訪問した町は悪政と暴力が蔓延り、次に寄った町は犯罪者の巣窟ときた。

 なんだろう、人間界は大魔王さまが手を下すまでもなく、すでに暴力と恐怖に支配されているのだろうか? 資料によると、人間とはもう少し穏やかな種族であったはずなのだが……。

 そして、これでも狭間の世界よりは遥かにマシというのがまた頭の痛くなる話。

 なにせあっちは即命のやり取りである。しかも憎しみやら覚悟の上でではなく、日常の延長なのだから狂っている。なぜに会議の途中で炎や雷や爆発が発生するのか、白熱するのにも限度があるぞ。

 

 …………。

 

 ……あーやめやめ。嫌な過去を思い返すのはやめよう。とにかく私はこちらで回復魔法を覚えて、しばらくゆったりと暮らすのだ。

 なあに、まだ二つの町を回っただけ、その内穏やかな場所も見つかるだろう。なんだったら修行のためにダーマに留まるのもいい。

 自己を鍛えるための場所なのだから、自分を律することのできる者が多いはず。少なくとも、誰彼構わずケンカを吹っ掛けるような者は少数派であろう。

 

 お、噂をしていると見えてきた。遠くに薄らとだが、神殿のようなものが建っているのが見える。

 えーいグズグズしていられん! よし、ここからは走っていくぞ!

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 うーむ、まだ距離はあるがここからでもその大きさがよくわかる。多くの者が修行に励むだけあって広い敷地が必要なのであろうな。

 

 だがあまり飾り気はないようだ。神殿というから華美なものを想像していたが、そうでもないのか。やはり鍛錬をする場所なだけあって、過剰な装飾など不要ということなのだろうな。うむ、いいぞいいぞ、私の気質に合っている。修行をする上で贅沢などは必要ないからな。

 

 おや? しかしところどころ独特な造りになっているな。あの柱なぞ途中で途切れている。

 なるほど、華美にはしない代わりに、変わった造りにして遊び心を演出しているというわけか。そうだな、真面目一辺倒では潰れてしまう恐れがあるからな。心に余裕を持つのはよいことだ。

 

 ……しかし些か独特過ぎやしないだろうか? 柱はいいとしても、屋根がないのは神殿としてどうなのだ?

 ……ああなるほど、華美な建物など要らないという考え、それを突き詰めたわけだ。真に己を鍛えたいのなら野晒しでも問題ない、むしろそのほうが修行は捗る、と。ダーマ神殿、なかなかに厳しい場所のようだな。

 

 …………そして入口に着いたわけだが、誰もいないのはどういうことだろう?

 …………ああなるほど、日中は皆修行に出払っているわけだ。神官たちもその監督をしており、怠けている者は誰もいない、と。さすがは修行の本場、皆勤勉なようだな。

 

 ………………ああーっと……しかし……あれだな、ところどころ床に血の跡が広がっているのはなぜなのだろうな?

 ………………ああ……ああ、なるほどね、戦士の修行の跡ね。そうだね、修行でも骨肉を砕くくらい真面目にやらないと成長しないものね。どう見ても祭壇にしか見えない場所が血みどろになっていても不思議じゃないよね? 血が固まってその上から埃が大量に積もって長い間誰も出入りしていないように見えても何も不自然じゃないよね? まったく驚かさないでほしいものだ、はっはっは……は…………は……。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 

「ダーマ!! 滅んでるじゃねーか!!」

 

 自分を誤魔化すのも限界だわ!

 どう見ても廃墟だよ! 惨劇の跡だよ! 完璧に滅んでるよ!

 

「ちくしょう、一体誰がこんなことを……」

 

 人間の才能を目覚めさせ、戦う力、学ぶ力、文明を築く力を向上させる素晴らしい施設だぞ。

 一国のみが独占するのではなく世界中の人々に分け隔てなく門戸が開かれ、人類全体の力を向上させる重要な場所! それを一体どこの誰が滅ぼすと言うのだ!?

 

「どう考えてもウチの連中だよ!!」

 

 そりゃそうだ! 人間が力を付けて困る奴なんて我々ぐらいだわ!

 当然だよね! 魔物だもんね! そりゃ真っ先に滅ぼすよね! さすが大魔王様! よっ、賢い! 手堅い! 小心者!

 

「せっかくここまで来たのに……。この仕打ちはあんまりではないか……」

 

 私はその場で打ちひしがれ、天を見上げた。

 

 ……ああ、この世界のどこかにいる神様、人間界に来て最初に訪問した町は圧政が敷かれ、二番目の町は犯罪者ばかり、そして三番目の町は滅んでいました。

 これはどういうことですか? 酷い町ばかりではないですか。あなたは真面目に仕事をしているのですか? もう少しちゃんと人の世を守ってくださいよ。回復魔法が無理なら、せめて穏やかな生活ぐらいは欲しかった。

 

 それともなんですか? 魔物である私なんぞには酷い町で十分ということですか? 邪な者同士でずっと争い合っていろという警告ですか?

 今までずっと狭間の世界で殺し合いやってきたんだからこれからも続けてろよさっさと帰れよクソモンスターめ、というメッセージですか?

 

 …………。

 

 ――――どうしよう、正論過ぎて返す言葉もない!

 

 

「ぐふう、自分の思考で自分にダメージが……。た、立ち直れない。た、頼む、誰か回復してくれぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――憐れな魔物が空に手を伸ばす。がしかし、仲間を呼んでも誰も来ない。彼には専属のベホマスライムなどいないのだ。だいたいいつも独りぼっち、その事実がますます胸を抉る。

 数多の魔物の中で偶然生まれた突然変異(?)、回復魔法を覚えたいという変わり者のサタンジェネラル、彼がいろいろな意味で癒されるのは一体いつの話になるのか?

 残念ながらそれは、誰にもわからなかったのである。

 

 

 

 

 

「ああもうほんとっ、ザオリクよりもベホマが欲しいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ここまでで、プロットで考えていたところまでは書き上がりました。一応続きの構想もふわっと浮かんではいるのですが、書くとしてもしばらく後になると思いますので、今回はこれにて完結という形にさせていただきました。
 ここまで拙作をお読みくださった皆様、誠にありがとうございました。(2017/12/25)

 更新再開しました(2018/09/01)
 

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