ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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2章
1話 もう大丈夫と思ったときが危ない


「お願いします、神父様! こいつを助けてやってください!」

「落ち着きなさい」

「こいつっ、俺を庇ってこんなことに……」

「安心なさい、神は決して彼を見捨てません。さあ、そこであなたも祈ってあげてください」

「は、はいっ」

「では……。おお、わが主よ! 全知全能の神よ! いまひとたび、トンヌラに命の息吹をあたえたまええええ! …………………………ザオリク」

 

 なんと トンヌラは いきかえった!

 

「あ、あれ? オラは一体?」

「おお! トンヌラ!」

「え? ど、どうしたんだ、そんなに泣いて……」

「よかった! 本当によかったぞお!」

 

 仲間が生き返ったのを見て青年が号泣する。

 その様子からトンヌラとやらも状況を理解したのか、嬉しいような申し訳ないような表情を浮かべて仲間の背を叩いていた。

 

「ふふ、よかったですね」

「あ、ありがとうございます! 神父様のおかげです!」

「おお、神父様が助けてくれただか。ありがとうごぜえます」

「いえ、私はまだ神父ではありません。あくまで見習いでして、神父様の留守を預かっているだけなのです」

「そ、そうなんですか? ……いえ、ですがトンヌラを助けてもらったことには変わりありません」

「んだあ。妙ちくりんな恰好してっけど、オラの恩人には変わりねえだ。感謝するだよ」

「こ、こら、トンヌラ! 失礼だぞ!」

「ははは、構いませんよ。教会でこんな恰好をしていれば妙に思うのも当然でしょう」

「す、すみません、失礼な奴で……」

 

 焦る青年に笑って返せば、彼は恐縮そうに頭を下げた。

 

「じゃあ見習い様、せめて名前を聞かせてほしいだよ。神様にお祈りするときに見習い様のことを言ってあげるだ」

「トンヌラ! またお前は失礼な呼び方を!」

 

 のほほんとした相棒に青年が再び怒り出す。彼はずいぶんと真面目な性格なようで、このままでは手が出そうな雰囲気だった。

 

「まあまあ、落ち着いて。私は気にしませんから」

 

 せっかく生き返らせたというのに流血沙汰になっては困る。なにせまだ回復魔法は覚えていないのだ。

 よって、ここはさっさと名乗って場を治めることにしよう。

 

 コホン。では傾注するのだ、人間たちよ!

 

「我が名はサンタ! このサンマリーノ教会にて神父見習いをしている者! いつか必ず神父道を登り詰め、回復魔法の全てを極めてやるのだ!」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 さて皆さん、お久しぶり。サタンジェネラル1182号改め、神父見習いサンタです。

 

 なぜ私が今こんなことをしているのか。もしかしたら気になる人がいるかもしれないので、簡単に説明しておこう。

 

 

 

 ――ガンディーノを出発した後、紆余曲折を経てなんとか私はダーマ神殿まで辿り着いた。

 がしかし、なんとダーマはずいぶん昔に滅んでおり、今は瓦礫まみれの廃墟が残るのみだったのだ。

 この悲しい現実に直面した私は、失意のままに見知らぬ土地を彷徨い、気が付けばこの港町サンマリーノへ辿り着いていた。

 

 人間界に来て通算三つ目の街。

 ここに来てようやく犯罪の蔓延っていない真っ当な街に巡り合えたわけだが、そのときの私にはそれを喜ぶ元気もなかった。

 

 ――ああ、駄目だ。希望は絶たれた。やはり魔物には回復魔法なんか縁遠い代物だったのだ。ちくしょう、神よ呪われろ。

 

 なんて呟きながら、埠頭(ふとう)に座り込んで日々を過ごしていた。きっと付近の住民にとっては恐ろしいことこの上なかっただろう。

 なにせ全身マント姿の怪しい大男(成人男性の1.5倍)が、日がな一日港で呪詛を吐き続けているのだ。通報されなかったのがむしろ不思議なくらいである。

 

 ――今思えば、この街の警備兵は何をやっていたのだろうか。私が人畜無害なサタンジェネラルだったからよかったものの、ブースカあたりだったら大惨事だったぞ。

 まったく、少しはガンディーノの第一王子を見習え。あいつなら例え善意の第三者だろうが容赦なく豚箱にブチ込んでくれるぞ。

 

 ……コホン、話が逸れた。

 

 ともかく、そうやってダラダラ水平線を見続けていたある日、彼がやってきたのだ。

 

 そう、当教会の神父である。

 

 彼はボーっと海を見る私に笑いながら話しかけてきた。内容自体は大したものではなく、取り留めのない世間話だ。

 が、彼のほんわかとした空気に私はだんだん取り込まれ、最終的に何があったのかを話してしまった。もちろん魔物だの狭間の世界だのは伏せたが……。

 

 で、全て聞き終った彼は私にこう言ったのだ、『でしたら丁度いい。教会の仕事を手伝ってくれませんか? そうすれば回復魔法も覚えられるかもしれませんよ?』と。

 

 最初、私は神父がからかっているのだと思った。『教会の雑用をしただけで魔法を覚えられるわけがあるか!』と怒鳴りもした。だが――

 

『だって私はキアリーもザオリクも、そしてベホマも使えますよ? 神父として修行しましたから』

『!?』

 

 

 ――――目から、鱗が落ちた。

 

 

 そうだ。そうだよっ。そうだったよ!

 人間の神父たちはみんな回復魔法が使えるじゃないか!

 ダーマがないこの時代にこれだけの人数が習得しているじゃないか!

 ということはそれって、ダーマ以外でも回復魔法は覚えられるってことじゃないか!

 

 ダーマに拘る余り、いつの間にか視野狭窄に陥っていたようだ。

 私は(もう)(ひら)いてくれた彼に深い感謝を捧げた。

 

 そして土下座した。

 

『弟子にしてください、師匠』

『とりあえずその呼び方は却下です』

 

 こうして私は、サンマリーノの教会で蘇生の手伝いをしつつ、見習い神父として暮らすことになったのだ。

 

 

――――

 

 

 そして今は、教会前広場を箒で掃き掃き。これも見習いとしての大事な修行だ。続けていればきっと熟練度とやらに繋がるはず。

 それ、回復魔法目指して掃き掃き、掃き掃き。

 

「やあ、サンタさん。おはよう」

「おお、おはようコーディーさん。いい朝だな」

「おはよう、サンタ。ウチで採れた野菜だよ。神父様といっしょに食べておくれ」

「おお、これはありがたい。神とエイダさんに感謝を……」

「見習い殿、今日の礼拝はいつじゃったかの?」

「昼過ぎからである。是非来られるとよい」

 

 

 ――ああ、平和だ。すこぶる平和だ。

 

 この教会に厄介になり始めた当初は、皆私のフード姿に戸惑っていたが、今ではにこやかに声をかけてくれるようになった。

 これも偏に、神父様の人柄の賜物であろう。彼が私に気安く接してくれたからこそ、ここまで早く街に馴染むことができたのだ。それだけあの人は住民から信頼されているのだろうな。

 

「ふ、それも当たり前か。なにせ素性も知れぬ私をポンと教会に置いてくれるような御仁だ。器の大きさが常人とは違う」

 

 きっと姿が見えない幽霊や透明人間に対しても、同じように優しく接してくれることだろう。まさにスーパー神父よ。

 

「サンター、おっはよー。行ってきまーす」

「転ばないように気を付けるのだぞー」

「サンター、遊ぼうぜー」

「学校が終わった後でな」

「サンター、骨付き肉あげるー」

「なぜそんなもの持っておるのだ。……もらうけど」

 

 

 ――ああ、平和だ。限りなく平和だ。

 

 廊下の角を曲がる度に命の危険に晒される大魔王城と比べ、この街のなんと落ち着くことか。

 これこそが、私が長年求めていたものである。

 

「おお、神よ。どうかこんな穏やかな日々が、ずっと続いてくれますよう――」

「あんたがサンタだな!? 頼む! 親父の奴をボコボコにする手助けをしてくれ! ヤクザ組織を潰したあんたなら楽勝だろ!?」

 

 ざわっ!

 

 ――おお、神よ。平和がひび割れる音が聞こえてきました。

 

 

 

「聞いてくれ! 実はウチの親父が酷くむぐうう」

「ヘイ、少年。ちょっとこっちへ来るのだ」

 

 私は言動も恰好もおかしいモヒカン少年を教会の裏手まで引っ張っていった。

 

 だって道行く人々がこっちをガン見してるんだもの。先ほどの発言を聞いて、『本当だろうか?』って猜疑の目を向けて来るんだもの。これ以上の風評被害を避けるためにも、人目のない場所で此奴から事情を聞かねば!

 

 ……あと魚屋のフランクよ。お前が『やっぱり……』と呟いたことは忘れない……。

 

 

 

 

 

「で? 一体誰から聞いたのだ? ……いや、別にそんな事実はないけど、い、一応確認しておきたいってことでな……」

 

 冷静に考えれば、まさかガンディーノでの出来事がこんなに早く伝わって来るとは思えない。

 ということはおそらく、私を怖がる連中が広めた噂が偶々事実を掠っていた、という感じのオチだろう。なら慌てることはない。

 

「街のみんなが言ってたんだ! 教会の怪しい大男は、他国で罪を犯して逃げてきた大量殺人犯だって!」

「事実より酷い!?」

 

 大ショックである。これまでの生活で住民とは結構仲良くなれたと思っていたのに、まさか陰でそんなことを言われていたのか……。

 

 ――いや待て。子供の言う『みんな』は当てにならない。一人二人いるだけで安易に『みんなが~』と言うのだ。

 

「おい少年。本当に皆が言っていたのか? 何人くらいに聞いたのだ?」

「え?」

 

 私がじっとりした目線で詰問すると、少年は気まずそうに顔を逸らした。

 

「い、いや、そりゃ聞いたのは多くないというか……。まあ、一人だけど……」

「……誰だ?」

「…………魚屋のフランク……」

 

 よし、あいつは後で魚のエサにしてやる。

 

 い、いや、今はそれよりもこっちだ。

 幸い住民全体に噂されていたわけではないし、この少年さえどうにかすれば事は収まる。なんとか丸め込んでお帰りいただこう。

 

「……オホン。少年よ、悪いがそのような事実はない。私は品行方正に生きてきた、犯罪とは無縁の男よ。……さらに言うと、無軌道な暴力は私が最も忌避するものだ。よって、反社会的な行為に協力する気もない」

「い、いや、別にそんなことをしようってわけじゃ……。あ、言い方が悪かったよ。ちゃんと説明するから、とにかく話を聞いてくれよ」

「ダメです、見習い神父はやることが多いのです。それに、ここは神に祈りを捧げ、心の安寧を得るための神聖な場所。暴力の持ち込みはご遠慮いただいております」

「ぐ、ぐぬぬ……」

「さあ、帰った、帰った」

 

 私が正論をぶつけると少年は悔しそうな顔になったものの、最終的には納得したのか、トボトボと来た道を戻り始めた。

 その力ない背中に少しばかり良心が痛んだが、ここは心をデーモンにしなければならない。

 

 あの少年の目的が何かは知らないが、暴力が絡んでくるとなると関わるわけにはいかん。今の私は神父として修行に励んでいるのだ。暴力的行為に手を染めては進むものも進まなくなってしまう。

 よってしばらくの間、暴力はノーサンキュー。野蛮な臭いのするものには退散していただきます。

 

 そんな想いで私が見送る中、少年は建物の陰に消えていった。

 

「ふうっ、一時はどうなることかと思ったが、なんとか凌げたようだな」

 

 よし、では今度こそ天に祈りを捧げるとしよう。

 

「おお、神よ。こんな穏やかな日々が、ずっと続いてくれますよう――」

「あなたがサンタね!? お願い! サンディの奴を脅して、ジョセフから引き離してほしいの! 老若男女虐殺してきたあなたなら簡単でしょ!?」

 

 ざわっ! ざわっ!

 

 ドドドドドドっ――

 

「や、やっぱり噂は本当だったんだな!?」

 

 

 

 ――おお、神よ。平和が砕け散る音が聞こえてきました。

 

 

 

 




 お久しぶりです。なにやらアイデアが降ってきましたので投稿を再開しました。
 おそらく不定期になるかと思いますが、ちょこちょこと進めて参ります。

 ※また、これに合わせて一章を少し改稿しました(ストーリーは変わっていません)。多少はマシになったな、と感じていただければ幸いです。(2018/09/01)

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