ザオリクよりもベホマが欲しい   作:マゲルヌ

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2話 どうしてこんなになるまで放っておいた

「やっぱり噂は本当なんだろ!? なあ、俺の頼み聞いてくれよ!」

「もう何人も殺してきたんでしょ!? 今更一人二人増えても変わらないわよ!」

「親父が頑固で話も聞いてくれないんだ! なんとかわからせてやりたいんだよ!」

「私のジョセフがサンディにベッタリで、このままじゃ取られそうなのよ! なんとかしてよ!」

「教会は迷える子羊の味方なんだろ!? 助けてくれよ!」

「神様も気まぐれで人間虐殺するでしょ!? なら神父の暴力くらい許されるわよ!」

「なあサンタ!」

「ねえサンタ!」

「つーか誰だお前! 邪魔!」

「あんたこそ誰よ! 邪魔!」

 

「ええい、やかましいっ!」

 

 

 あの後私は仕方なく、この平和の破壊者どもを教会内へと運び込んだ。

 本当は二人まとめてお帰り頂きたかったのだが、残念ながら世間様の目には抗えず、こうして泣く泣く侵入を許してしまったわけである。

 

 で、なし崩し的に話を聞いちゃったところ、こいつ等の事情はそれぞれこういうことらしい。

 

 

 少年について。

 ・名前はハッサン。

 ・この街で大工を営む夫婦の一人息子。

 ・ハッサンの父は、息子に後を継いでもらおうと最近あれこれ指導している。

 ・だがハッサンは大工ではなく武闘家になりたくて、そのことを話した結果父親と大喧嘩になった。

 ・自分が夢に対して本気だとわかってもらうにはどうすればいいのか考え、強くなって父を負かせばいいのだ、と思い付いた。

 ・教会になんか強そうなのがいるぞ。鍛えてもらおう。←今ここ。

 

 少女について。

 ・名前はアマンダ。

 ・宿屋の娘。

 ・町長の息子ジョセフに恋している。

 ・しかし彼はサンディという少女に気がある模様。

 ・サンディをなんとか引き離したい。

 ・教会になんかヤバそうなのがいるぞ。脅してもらおう。←今ここ。

 

 

 

「つまりは跡継ぎ問題と、恋愛問題というやつなんだな? ……なるほど、お前たちの事情はよくわかった」

「おおっ、じゃあサンタ――」

「引き受けてくれるのね!」

 

 顔を輝かせる二人に対し、私は慈愛に満ちた心で吐き捨ててあげた。

 

「お帰りはあちらです、お気を付けて」

「ええ!?」

「すごく優しい声で断った!?」

 

 ……できるわけねーだろ。 

 こちとら無性生殖かつカプセル生まれ、夫婦関係も親子関係も存在しないのだ。こんな繊細な相談に乗れるわけないっつうの。

 

 だいたいこいつ等、『お悩み解決のために危険人物を頼ろう』という発想がまずおかしい。こんな変人どもと関わっていては、将来的にどんな目に遭うか分かったものではない。

 ゆえに、今の内にさっさとリリースするのが賢い選択である。

 

「さあ、帰れ帰れ」

「「いやー! おーねーがーいー!」」

「ダーメーでーすー!」

 

 両腕にそれぞれしがみ付く二人をブンブン振り回す。……が、全然離れない。

 えーいっ、このままばくれつけんを繰り出してやろうかっ。酔うぞ!? めっちゃ酔うぞ!?

 

「まあまあ、サンタ君」

「うっ……」

 

 しかし、ここで我々の様子を見ていた神父様から『待った』がかかった。

 私がソロリソロリと振り返ると、彼は予想に違わず慈愛の表情を浮かべていらっしゃった。

 

「そんなに冷たくしてはかわいそうですよ。せっかく教会を、いえ、サンタ君自身を頼ってきてくれたんですから」

「む、むう……」

 

 その通り……、確かにその通りではあるのだが……。

 なんだろう。テリーに助けを求められたときと違って、なーんか嫌なのだ……。

 

「それに……、このまま追い返すとこの子たち、すごく不味い行動に出そうな気がするんですよね……」

 

 神父様が珍しく苦笑いしながら言った途端、二人はギラッと目を光らせた。

 

「そ、そうだよ! 俺すごく悩んでいるんだ! だから相談に乗ってもらえないと何するかわかんないぜ!? 金槌(かなづち)持って親父に襲い掛かるかもしれないぜ!? そしたらサンタのせいだぞ!?」

「わ、私だってそうよ! すっごく悩んでるんだから! このままじゃサンディを実力で排除するかもしれないわよ!? 食事に毒を仕込むかもしれないわよ!? 捕まったらサンタにやらされたって言ってやる!」

「最低だ、こいつら! 脅しにかかりやがった!」

 

 なぜ嫌な感じがしたのかわかった! こいつら悪ガキだ、自分のためなら大人に迷惑かけることを躊躇しないんだ!

 おのれ、これだから甘やかされた子どもは駄目なのだ! 姉のために土下座したテリーを少しは見習え!

 

「ははは。サンタ君、住民の平穏を守るのも教会の役目です。この子たちが犯罪に走らないよう、ちゃんと見ていてあげてください。ほら、『汝の隣人を愛せよ』とも言いますし」

「ぐぬぬぬ……」

 

 隣人を愛するなど自分にできるとは思えないが、このままこいつらを返しては風評被害が広がる恐れがあるのも事実。そうなってはもう神父修行どころではなくなってしまう。

 

 ゆえに私は仕方なく……、本っ当に仕方なく返事をした。

 

「りょ……、了解した……」

「本当に!?」

「やったーっ!」

「はあぁ…………」

 

 どの道、神父様がこいつらに慈悲を見せた時点で、こうなるのは決まっていたのだ。ならばもう、抵抗せずにさっさとやってしまうほうが精神衛生上まだマシである。

 私はそう思って自分を納得させた。

 

「ただし! 私にこういう経験はないからな? うまくいく保証などできんからな?」

「大丈夫よ! あなた以上の適任はいないわ!」

「俺も同意見だ! 強くなるにはあんたに頼むのがきっと一番だ!」

「なんなのだ、その全幅の信頼は……」

 

 釘を刺しても全く怯まない様子にゲンナリしつつ、とにかくこうして私は、子ども二人の人生相談を受けることになったのである。

 

 

 

「サタンジェネラルが人生相談とか……、歴史上初だぞ、きっと……」

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 さて、やると決めたら腹を括って取り組むのが私の信条。

 早速二人の現状を解決しようと策を考え始めたわけだが……。

 

「まあとりあえず、ハッサンのほうは問題なくやれると思うぞ?」

「ほ、ほんとか!」

「うむ」

 

 割と考えなしに見えるハッサンだが、今回の発想そのものは悪くない。

 父親を負かすという部分はどうかと思うが、その手前、『強くなって自分の本気をわかってもらう』というところまでは正解だと思う。

 そして鍛えるという一点のみなら、脳筋の私でも十分対応できる範囲だ。

 

 …………というか実際、それくらいしかやれることがない。一緒に話し合いの席に着いて父親を説得してくれ、とか言われても困る。

 だって魔物の話し合いなんて基本乱闘なんだから……。

 

「欲望の街の統治者決めバトルロイヤル、あれは酷かったなあ……」

「え?」

「いやなんでもない……。とにかく、だ。強くなりたいということなら私も通ってきた道だから任せてもらって構わない。その後父親をどう説得するか、というのはまだ思い付かんが……。まあ最初はひたすら鍛えていく方向でいいだろう。もしかしたらその努力を見て認めてくれる、ということもあるかもしれんしな」

「おうっ、よろしく頼むぜ!」

「で、ハッサンはそれでいいとして……、アマンダのほうだが……」

「はいっ」

 

 アマンダが期待の表情でこちらを見ている。しかし、

 

「正直、全く解決できる気がしない……」

「なんでよ!?」

 

 一瞬で瞳を曇らせてしまった。すまぬ。

 

「ハッサンには神父っぽくいろいろ導いてたじゃない! 贔屓なの!?」

「いや、だって私、恋愛とかよく分からんし……」

 

 あれだろ? オスとメスが、なんかこいついいなって思った後交尾するのだろ? それくらいしか知らんけど。

 

 私の態度から贔屓ではないとわかったのか、アマンダは怒気を静めた。

 

「ああ、別に恋を成就させてくれとは言ってないわよ。ただサンディをちょーっとだけ怖い目に遭わせて、ジョセフに近づけないようにしてくれればいいの」

 

 が、今度はなにやら酷いことを言い出した。

 

「…………恋愛はよく知らん。よく知らんが……それが不味いというのはなんとなくわかるぞ?」

「うん、俺でもわかる」

「何よ、今更良識派みたいなこと言わないでよ。今までいっぱい虐殺してきたんでしょ?」

「だからしとらんわ!(人間界では)」

 

 まだ誤解していたのか、失礼な奴め。

 というか虐殺者だと思っている相手に、よくここまで横柄な態度が取れるものだな。度胸あり過ぎだぞ。

 

「むう……。じゃあもう最後の手段で…………消すしか――」

「最後の手段早過ぎいい!」

「……女って怖えな」

 

 違った、こいつは度胸があるとかじゃない。人として何か大事なものを見失っている。今の内に矯正しないと取り返しが付かなくなるぞ。

 

「コホン。……アマンダよ、その方法はダメだ。良くない」

「何がダメなのよ?」

「えー……、そんな真顔で聞かれても……。普通に法律違反だからね? 人の道に反するからね?」

 

 魔物に道徳について説かせるとか……、どうすりゃいいのだ、この娘……。

 

「むう、仕方ない……。秘密兵器を」

 

 困りきった私は、懐から秘蔵の品を取り出した。

 

「なんなんだ、それ?」

「私が故郷から持ってきた秘蔵本の一つだ。社会の仕組みや、人の営みを学ぶためのアレコレが書いてある。タイトルは、『人間を知るために』」

「へえ、深いな……。人間そのものを解き明かそうってことか」

「いや、別にそんな高尚なものでもないが……」

 

 これもなぜか大魔王城にあった謎の品だ。人間について妙に詳しく書かれた著者不明本。一体誰が書いたのだ、こんなもの。

 ……いや、今はそんなことはいい。えー、心の章……、心の章……。

 

「ふむ。ふむふむ…………、よし、理解した。……アマンダよ」

「な、なによ?」

「法律云々を置いておくとしても、だ。そうやって誰かを排除して愛を得ようとしてもうまくはいかんぞ。もし仮にサンディがいなくなったとして、それで即ジョセフの心がお前に向くのか?」

「そ、それは…………、ならないけど……」

「むしろいなくなった人間というのは厄介らしいぞ。想い出の中で美化され、残された者の中で特別な存在となる。そうなってはもう新たな恋などしなくなるかもしれない」

「じゃ、じゃあ、どうすればいいのよ……」

 

 よし、こっちの話を聞く気になったな。

 

「心をこちらへ向けさせるには、まず相手と深く関わらねばならん。お前、ジョセフと一日どのくらい話しているのだ?」

「え……」

 

 それによって今後の方針も変わってくるが……。

 と思っていたら俯いたぞ。一体どうした。

 

「…………のは…………まえ……」

「は?」

「……最後に話したのは…………五日前…………。『おはよう』って……」

「…………」

 

 ……親しい女友達くらいだと思っていたら、ただの知り合いレベルだった模様。

 

「……お前、それでよく『私のジョセフ』とか言えたな?」

「ひ、酷い!? ちゃんと毎日毎晩遠くから見てるのよ!?」

「完全にストーカーではないか……」

 

 これはいかん。本格的にまずい。

 恋愛とか関係なしに、こいつにはまずまともなコミュニケーション能力が必要だ。

 

「アマンダよ、まずジョセフと面と向かって毎日話せ。全てはそれからだ」

「それができたら苦労しないわよ! 話すってどうすればいいのよ!」

「ええぇ……。……ちょ、ちょっと待て」

 

 まさかこれほど拗らせているとは予想外だった……。

 えー、会話の章……会話の章………………。

 

「コホン……。要するに話す切っ掛けがあればいいのだ。挨拶のついでにちょっとした会話が弾むような、何か共通の話題があればいい。日々継続的に話せるものであればなお良し」

「そ、そんなこと、急に言われても……」

「なあに、難しく考えることはない。相手が興味を持っているもの、いつも行っていることなどを話題にすればいい。そうすれば向こうも話し易いだろうし、あわよくば『自分に興味を持っている』と感じてくれるかもしれない。どちらにせよ悪い気はしないはずだ」

「な、なるほど……」

「馬鹿な……サンタが神父っぽいだと?」

「お黙り。神父なのだ」

 

 茶々を入れるハッサンのモヒカンを引っ叩いておく。説法中はお静かに。

 

「す、すごいわ、サンタ。正直暴力以外は全く期待してなかったけど、すごく参考になったわ!」

 

 こいつもこいつで失礼だな、おい。

 ……まあ素直になったからいいか。これだけ瞳が輝いていれば犯罪にも走るまい。

 

「うーん、でも……、何を話題にすればいいのかな?」

「ふふん、その辺りも手抜かりはないぞ?」

「え?」

 

 頭を悩ませるアマンダに対し、私は安心させるように言った。

 

「ジョセフについて詳しくは知らんが、見習い仕事の最中、彼の自宅での様子は見たことがある。おそらくはアレが取っ掛かりになるはずだ」

「す、すごいわ、サンタ! もう具体的に考え付いていたのね! どんな話題なのっ?」

「言っただろう、相手の好きなものや習慣を話題にすると。ならばこの場合、お前がやるべきは一つしかない!」

「そ、それは一体!?」

 

 そして私は、期待するアマンダに渾身の策を提示したのである。

 

 

 

「犬を飼うのだ」

 

「………………はい?」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ――翌日、サンマリーノ郊外にて。

 

「いやあああーー!」

「怖がるんじゃない! ますます噛まれるぞ!」

「そんなこと言ったってえええ!」

「あちらも怖いのだ! お前の心の乱れを感じて、怖くて攻撃してくるのだ! 平常心だ!」

「いやあれ絶対楽しんでる! 目が笑ってるもの!」

「気のせいだ! 怖いと思うからそう見えるのだ!」

「絶対嘘だあああ! っていうかあれ犬じゃないじゃんか、この嘘吐き!」

「手に入らなかったのだから仕方ないだろう! 代わりに一番似ているのを連れて来たんだから我慢しろ!」

「全く似てないいい!」

 

 さて、今現在我々はサンマリーノの街の外、遥か地平線まで見渡せる荒野に来ている。

『犬を飼ってジョセフと話そう』作戦決行のため、まずはアマンダを動物に慣れさせることから始めているところだ。

 

 が、これが中々うまく行かない。

 アマンダの家は宿屋だし、普段動物と関わらないから苦手というのも分からないではないのだが、ちょっと大げさに怖がり過ぎである。

 まったく、これではいつ実行に移れるか分からんぞ。

 

「ふうむ……、たかがベビーゴイルにあそこまで怯えなくてもいいものを……」

「いやいやいやいや! 何言ってんだ、サンタ! あれ動物じゃなくて魔物!」

「落ち着けハッサン、似たようなものだろう。実際、身体能力的にはそう変わらんぞ?」

「内面が違い過ぎるだろ! めっちゃ笑って攻撃してるぞ! 人間甚振(いたぶ)るのが楽しくて仕方ないって顔してるぞ!」

「そりゃまあ……、基本的に魔物は人間に敵意を持っているからな。特に低級モンスターの場合本能が先走ってしまうのか、目に入れば即座に襲い掛かって来るのだ。お前も遭遇したときは気を付けるのだぞ?」

「何冷静に解説してんだ!? 今気を付けるのはあっち!」

「そう慌てるんじゃない、この都会っ子め。心配しなくても、あれくらいなら何の問題もなく――あ、ギラくらった」

「アマンダーーーー!?」

「うーむ、失敗かあ……」

 

 視線の先で、倒れて動かなくなったアマンダをベビーゴイルがフォークで突っついている。

 さすがにこれ以上放っておくと危ないので、とりあえずベビーゴイルを追っ払って回収。

 地面に寝かせ、念のため全身確認。……特に外傷などはなし。

 なので安心して揺り起こす。

 

「おーい、起きるのだ。訓練はまだ始まったばかりだぞ?」

「う、うううっ……、この人でなし……!」

「何を言うか。ちゃんと『みずのはごろも』をくれてやったではないか。ギラなんぞ百発食らってもノーダメージだ」

「死なないからって怖くないわけないでしょ! こっちは魔物を間近で見るのも初めてなのよ!?」

「だからこその、慣れる訓練だろう? 安心しろ。今ここでキッチリ慣らしておけば本番の犬なんぞ楽勝よ」

 

 なにせ命を狙われた後なのだからな。それに比べればどんなに気性の荒い犬とて恐るるに足らずよ。

 きっと噛まれたって笑っていられる。『ほら怖くない、怖くない』って感じに。

 

「だったら最初から本物の犬で慣れさせてよぉ」

「今いろいろと伝手を当たっているから見つかるまで待て。それより今は訓練の続きだ。ほれ、また逝って来い」

「ううううっ! やっぱり人でなしっ!」

「ふはははは、その通りだ(本当)」

 

 私は再びアマンダを荒野へ送り出した。

 みずのはごろもが目立つのだろうか、即座にベビーゴイルがやって来て彼女に群がる。ふふふ、効率のいい修行ができて嬉しいだろう。くちぶえ要らずだぞ。

 

「さあ頑張れアマンダ。相手の目を見て、お互いの心を通わせるのだ!」

「無理いいい! これ絶対大怪我するうう!」

「でぇじょうぶだ、ザオリクがある!」

「怪我どころか死んでるじゃないの!」

 

 文句を言いつつも必死に攻撃を避けるアマンダ。

 よしよし、やる気があるのはいいことだ。これならそう遠くない内に恐怖を克服できるだろう。

 さらにこの作戦では、『動物との触れ合いで荒んだ心が癒される』という副次効果まで期待できる。きっとこの訓練をやり終えたとき、アマンダは物腰柔らかな優しい少女となっていることだろう。

 

「ふっ、我ながら素晴らしい育成力だ……」

 

 

 ――さて、お次は……。

 

 

「ひえええ。女相手にあれとか、本気で厳しいな。俺武闘家修行でよかったあ……」

「何を他人事みたいに言っておる。お前もやるのだぞ?」

「…………え?」

 

 ハッサンがギギギと、油の切れたキラーマシンのような動きでこちらを向く。その顔にはこう書いてあった、『え、冗談でしょ?』と。

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 

 

「ぎょええええーーーー!?」

「そらっ、走れ走れ! チンタラしていると喰われるぞ!」

 

 アマンダがベビーゴイルと戯れている原っぱの逆側、こちらでは今ハッサンが魔物の群れから逃げ惑っている。

 この辺りの魔物を全種類牽引してきただけあって、その顔触れはとても豪華だ。ギズモにハエまどう、バブルスライムにビッグフェイス、どろにんぎょうにヘルホーネット。

 これだけの数と種類に追われれば、修行効果は相当なものになるだろう。ほら、ハッサンも泣いて喜んでいる。

 

「な、なんで俺がこんなことをーー!」

「まさか型の練習や対人組手だけでいいと思っていたのか! そんなわけがなかろう! むしろ真っ先に魔物と対峙すべきだ!」

「聞いてないぞおおーー!!」

 

 そりゃ言ってないからな。というか、言うまでもないことだと思っていたのだが……。

 

「魔物と戦った経験のない武闘家など物の役に立たん! そんな奴が『本気で武闘家を目指している』などと言って誰が信じるのだ!? 親だって納得するわけなかろうがっ!」

「ここまで求める親はいねえよ!」

「だからこそ本気が伝わるのだ! そら走れ走れ、クソ走れ!」

 

 まったく、さっきから泣き言ばかり言いおって。そんな奴に本格的な技術指導などまだまだ先の話だ。初心者はとにかく体力作りと精神修養あるのみ!

 

「俺は格闘を教えてほしいのにーっ!」

「だからこうして、根性鍛えると同時に足腰も鍛えている! まったく上半身ばかり筋肉を付けおって! 下が貧弱で武闘家になどなれるか!」

「なら普通のトレーニングにしてくれよお!!」

「人間命の危機に直面したときが一番頑張れるのだ! わかったらつべこべ言わずに走れ走れ走れーーーー!!」

「ちくしょおお!! 頼る相手を間違えたああーーーー!!」

 

 

 

 こうしてしばらくの間、我々は有意義なトレーニングに勤しんだのであった。

 

 

 

 

 


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