【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、今までありがとうございました。


七十五時間目 これからの時間

 風を切り、4ストロークの力強いエンジン音と共に景色が流れていく。

 

「ここらへんでいいかな?」

 

 スロットルを戻しクラッチを握ってシフトダウン。速度を調節しハンドルを切って車体を歩道脇に寄せ、ブレーキを握って停車する。

 

「ふぅ……」

 

 エンジンを切ってヘルメットを脱ぐ。三月の温かい風が私の長い髪を巻き上げた。リボンで一本にまとめた髪を指で弄る。そろそろ切らないと駄目だめかな。でも、もう少し伸ばしたいしなあ。

 

「そうだ、連絡しないと」

 

 スマホを取り出しアプリを起動。メッセージを送る。文面は適当に到着しましたでいいだろう。それにしてもだ。私は行きかう大勢の歩行者から飛んでくる視線に意識を向けた。

 

「流石にテレビ局の前でサイドカー(ウラル)は目立つに決まってるか」

 

 そう言って燃料タンクを叩く。元はロシアの軍用サイドカーだから頑丈で耐久性が高く、しかも二輪駆動のお陰で悪路にも滅法強い。そのため私はとても気に入っているのだが、買ってきたときは酷くどやされたものだ。まあ衝動買いした私にも非はあるのだがな。

 

 とは言え向こうも何度か一緒にツーリングしているうちに気に入ったようで、文句は言わなくなったから問題はない。決してなあなあにしてやり込めたわけでないのだ。

 

「確か休憩時間はこのくらいって言っていたんだが……」

 

 腕時計を確認して時間を確かめようとしたその時だった。

 

「祥子ー!」

 

 聞き慣れた声。やっとお出ましだ。振り向けば建物の中から赤いドレス姿の美人が手を振って私に近づいてくるのが見える。その顔は街で見たドラマのポスターの主演とそっくりだ。

 

「ごめん、待たせた?」

「ううん、今来たばかりだよお姉ちゃん」

 

 私の言葉に磨瀬榛名こと雪村あかりは笑顔で頷いた。側車のシートに置いていたヘルメットを投げ渡す。放物線を描いたヘルメットがあかりの手の中にすっぽりと収まった。

 

「早く行こう? なんかすごい見られてるし」

 

 まあ当然のことだ。今話題の女優と厳ついミリタリーグレーのサイドカーに乗った女が話していたら、誰だって見るに決まっている。目立つのは嫌いじゃないがこれちょっと目立ちすぎだ。

 

「わかった。出すから乗ってくれ」

「うん!」

 

 ヘルメットを被り慣れた動作で側車に乗り込む。ドレスを着ているせいで酷くシュールだが致し方あるまい。

 

「早く着きたいから高速乗ろうよ」

「それは賛成だけどまた写真撮られてネットにアップされても知らないぞ」

「いいのいいの」

 

 あの時は私まで写っていたせいでしばらく面倒なことになった。だが、あかりがそういうのならいいか。

 

「じゃ、行こっか」

 

 スターターを蹴り飛ばしエンジン始動。750ccの水平対向エンジンに火が入りマフラーから煙を吐き出す。ミラー確認、後方車両なし。ウィンカーを点灯、シフトアップと同時にハンドルを切りスロットルを回す。

 

 加速していく車体。羽織ったレザージャケットの首元から春の心地よい風が入り込む。ふと視界に広がる青空に丸い月を捉えた。随分と丸くなったものだな。

 

「さて、遅刻しないようにしないとな」

 

 スロットルを回し更に加速。早く行こう、あの懐かしの旧校舎へ。

 

 

 

 

 

 あの3月12日から、もう7年が経過した。レーザーの光が収まり私達の視界に映ったのは、見慣れた校庭と見慣れた校舎。

 

 だけどそこにはいるべきはずの先生はいなかった。逃げれたのか、それともレーザーに当たって死んでしまったのか、それは私達にはわからなかった。

 

 ただ一つわかったのは私達はもうあの先生に会えないということだけ。そこから先は大変だった。皆でそれはそれは大きな声で泣き喚いたものだ。

 

 でも泣きながら教室に戻ってみると全員分の卒業アルバムと、卒業証書。そして一人一人に宛てたアドバイスブックが置いてあった。

 

 初めは泣きながら読み進めていたのだが、あまりにも長すぎるのと細かすぎるのもあって、連戦でくたくたになっていた私達は気が付いたら寝てしまっていた。

 

 ちなみに今も半分くらいしか読んでない。一応なるべく読むようにはしているが、如何せん長すぎる。

 

 そんな感じで色々と大変だったのだが、本当に大変だったのは卒業してからだった。事情聴取に次ぐ事情聴取。事態が事態だけに事情聴取は苛烈を極めた。

 

 とは言え酷かったのは私だけで他の人はそうでもなかったらしい。まあ、あのことに関しては仕方あるまい。

 

 肝心の殺せんせーのことなのだが、後からやってきた政府が裏山を調べたところ木の枝に引っかかった殺せんせーの服と帽子を発見したそうだ。

 

 そして諸々の証拠を鑑みた結果、殺せんせーは死んだ。ということになったらしい。少なくとも表向きはそういうことになっている。

 

 地の盾が破壊されたことに関しては民間人が避難していたことをいいことにそもそもなかったことになったらしい。適当なことこの上ないがあれだけ大げさに危険性を訴えて、取り逃がしたなんて言うわけにもいかない。あれくらいが妥当なところなのだろう。

 

 当然私には疑いが掛けられた。疑いも何も実行犯は私なのだが、人的被害も証拠も一切ない上に防犯カメラには市外を出歩く私の姿がばっちり映っている。何度も事情聴取を受けたが、結局証拠は見つからず私は殆ど黒に近いグレーということで落ち着いた。

 

 表向きはそれで終わったのが、そんなことをしでかせばマークされるわけで、案の定監視が付いた。向こうは隠れているつもりだったのかもしれないが、私からすればバレバレである。

 

 まあその監視も高校を卒業するころには見なくなったので危険度は低いと判断されたのだろう。真相は知る由もないが今のところ普通に生活できている。その事実だけで十分だ。

 

 柳沢についてはどうやら生きていたらしい。殺せんせーに吹き飛ばされてバリアに激突。全身の臓器と筋肉を触手に置き換えていた彼は言葉では言い表せない状態になっていたそうだ。

 

 自慢の反物質生物の研究も制御不可能の烙印を押されて学会から追放され文字通り全てを失ったそうだが、なんと驚くことに復活して今はバイオ工学の第一人者として第一線で働いている。

 

 ネットで見た奴の顔は相変わらず偉そうだったが、その目には以前見た仄暗い執念や人を見下すような感情は消えていた。いったい誰に()()()されたのだろうな。

 

 浅野理事長については、私の予想していた通りE組のシステムや暗殺を容認していたことを糾弾され理事長の職を追われることになった。今は塾長時代の教え子ともう一度塾を立ち上げている。顔を見る限り理事長をやっていた頃よりもずっと楽しそうだ。相変わらず苦手なことには変わりはないが。

 

 報酬の三百億円については直接止めを刺したわけではないので支払われないと思っていたのだが、口止めも兼ねていたのだろう。初めの頃と同じ額の百億円が支払われることになった。そもそも死んでないだろうと言いたかったが、向こうは何がなんでも殺したことにしたいらしいので遠慮なく受け取ることにした。

 

 で、その使い道なのだが皆で話し合った結果、学費と一人暮らしの頭金を貰って寄付もして、少し大きな買い物をして残りは全部国に返した。私だけは事情もあるので少しだけ多めに貰ったのだが、正直誤差の範囲内だと思う。

 

 そうやって全てのことに片が付いたのは、四月に入ってからだった。そこから先はひたすら平穏な生活だ。人を撃つこともないし、暗殺を依頼されることもない。私の半生と比べれば酷く地味だが、何よりも代えがたい人としての真っ当な生活だ。

 

 祖父母に会ったのはそれからだ。初めの頃は酷くぎこちなかったけれど今では一緒に食事をするくらいには仲は回復した。正直なところまだ家族とは思えないけれど、いつか家族と思える日が来ることを信じている。

 

 結局藍井祥子に戻ることはなかった。祖父母は酷く渋ったが、私はやっぱり臼井祥子なのだ。

 

 三日月は段々と姿を変えている。いつかは人々の記憶からは忘れ去れるだろう。あれから色々なことがあったけど、今日も私は元気だった。

 

 

 

 

 

「まさか、渋滞に巻き込まれるとは思わなかった……」

「ああ、もう首都高なんて絶対乗るもんか……」

 

 サイドカーで急勾配を登りながら私達はぼやいた。もうすぐ学校だが私達は到着前だと言うのに酷く疲れていた。

 

「ありがとね律、ナビしてくれて」

『どういたしまして、でも次からはちゃんと渋滞情報見なきゃ駄目ですからね!』

 

 本当にそう思う。バイクで日当たりの良い日に渋滞にはまることの怖さを身を以って思い知った。何度ヘルメットを脱ぎ捨てたい衝動に駆られたことか。

 

「祥子、そんなライダース着てて暑くない? 」

「暑いけどもう着くからそれまでの辛抱だ」

 

 とは言っても汗がインナーを湿らせ酷く不快だ。ここは少し飛ばそう。私は暑さを吹き飛ばすためにギアを上げてアクセルを吹かした。

 

「ちょ、祥子速い! 速いって!」

「あはは! 聞こえなーい!」

 

 二輪駆動のサイドカーは急こう配をものともせず土を蹴り飛ばし進み続ける。そして森をかき分けヘルメットの向こう側に懐かしい旧校舎が見えてきた。もう皆来ている頃だ。このまま派手な登場と行こうじゃないか。

 

 更にアクセルを吹かす。加速したサイドカーは駐車スペースを通り越し校庭に突っ込む。視界に見慣れた皆の横顔が飛び込んできた。リアブレーキを強くかけて後輪をスライド。校庭に轍を刻みつけサイドカーが止まった。

 

「おーい! みんなー!」

 

 クラクションを鳴らし大声で私が叫ぶと皆が一斉に私達に振り返った。校舎の陰で見えなかった者もエンジン音に反応して次々と顔を見せた。

 

「あ、ほんとにバイクで来た」

「しかもサイドカーかよ、かっけーなおい」

 

 片岡と前原に手を振りながらエンジンを切ってヘルメットを脱ぐ。そしてパーキングブレーキを掛けてシートから降りて皆に駆け寄る。

 

「よ、朝ドラ女優! それに臼井も」

「ごめんね、先に来るって言ったのに遅れちゃって。渋滞にハマっちゃってさ」

「うわ、大変だったね。大丈夫だった?」

 

 先ほどの炎天下を思い出し私とあかりは同時に眉を顰めた。それが面白かったのだろう。片岡達は一斉に笑った。

 

「髪の色といいお前らほんとそっくりになったよなあ。背は全然ちげぇけど」

「まあな、七年も一緒に暮らしてたら色々似てくるよ」

 

 そうやって他愛のない雑談に興じる。こうやって話していると7年前を思い出すな。あれから皆も色々変わったが、根っこの部分は相変わらずだ。

 

「もう始まってるでしょ? 手入れ」

 

 視界の先の旧校舎では皆が箒掃除をしたり屋根の修理をしたらい思い思いの手入れをしている。私達も参加するとしよう。ジャケットを脱ぎ腰に巻く。日光で火照った身体に風が当たって心地良い。

 

「じゃ、やるとするか手入れを」

 

 私達は歩き出す。今までも、そしてこれからも。

 

 

 

 

 

「祥子ちゃん久しぶりー!」

「久しぶり……って言っても一月前に会ったばかりだけどね」

 

 箒を手に桃花と下らない雑談を楽しむ。あの時に比べると色々な意味で大きくなっているな。あかりが悔しがりそうだ。

 

「あ、今日はポニーテールじゃないんだ」

「バイクだし、ヘルメット被ってたからな」

「前にツイッターであかりちゃん横に乗せて運転してる写真見た時ほんとびっくりしたよ。大丈夫? ちゃんと安全運転してる?」

「安心しろ。もうすぐゴールド免許だ」

「あはは、なら大丈夫だね」

 

 暗殺の件もあって一度は閉鎖されることになった旧校舎だが、報酬で貰った百億を使って裏山ごと買うことで保護した。理事長と殺せんせー、そして私達の思い出の詰まったこの学び舎を壊されたくなかったからだ。

 

 しかし、私有地になったとしても無断で侵入し荒らす者はいるわけで、私達はこうして定期的に集まってみんなで手入れをしている。またいつか誰かがここを勉強のために使ってくれると嬉しいのだが、それまではこうして私達が面倒を見るとしよう。

 

「にしても、結構来てないのもいるんだな」

「仕方ないよ、みんな忙しいし」

 

 あれから7年。就活も終わりこれから本格的に社会人として生きていく時期だ。全員で集まれる時間はもっと少なくなるだろう。寂しいと思う気持ちと、それ以上に皆が思い思いの道を進んでいることに喜びが込み上げてくる。

 

「あの時はほんとに楽しかったなー」

 

 桃花が昔を懐かしむかのように空を見て笑う。気持ちはわかる。それだけあの一年は光り輝いていたからだ。

 

 でも──

 

「今も楽しい、だろ?」

「……うん! そうだね」

 

 昔も楽しかったが、別に戻りたいとは思わない。だって今も最高に楽しいからだ。やるべきことがあって、やりたいことがあって、そのために刃を磨ける。楽しくないわけがない。

 

「そう言えば祥子ちゃん、教員採用試験受かったんだよね。おめでとう! どの学校行くとか決めたの?」

「いや、それなんだがな……」

 

 これを言ったらきっと驚くだろうな。私だって今でも驚いている。本当にあの人は……

 

「実は私理事……じゃなかった浅野先生の塾で働くことになったんだ」

「嘘! ほんとなの!?」

 

 桃花は口を大きく開いて強烈に驚いた。気持ちはわかるがそこまで驚かなかくてもいいだろうに。いや、私も中学時代の妄想がまさか本当に現実になるなんて思ってもいなかったから似たようなものか。

 

「大学一年からあの人の塾でアルバイトしてたんだが、気が付いたら書類の前でサインする直前だった」

「あ、あはは……」

 

 渚も狙っているらしいが、その前に目の前の獲物を確実に仕留める、といったところだろう。やっぱりあの人は苦手だ。とは言えあの人なら信用できるし悪い選択肢ではないだろう。ただ、もし心変わりした時に逃げられるビジョンが浮かばないことだけが気掛かりだった。

 

「話は変わるが、カルマも経済産業省に入るらしいぞ。しかも楽勝だったらしい、電話でそう言ってた」

「カルマ君は相変わらずって感じだね」

「あそこは色々大変だって聞くけど、まあ、あいつなら大丈夫だろ」

 

 私はあの不敵な笑みを浮かべる赤髪の男を思い浮かべた。あいつならどこにいようとも、誰が相手だろうとも好き勝手にやる光景しか思い浮かばない。

 

 こんな感じで皆はそれぞれの道に進んでいる。これから先辛いことも沢山待っているだろうけど、それでも不本意な道を進むものだけはいないと信じている。

 

「臼井さん、矢田さーん、どっちかでいいから手伝ってくれないかしら」

「じゃあ私行く! じゃあね祥子ちゃん」

「ああ、じゃあな」

 

 桃花は私に手を振ると校舎の窓から手を振る原に向かって走っていった。残された私は一人校舎を眺める。懐かしい光景だ。制服を身にまとい腰に拳銃を差し込んで登校していた時を思い出す。

 

「なーにしてるの祥子」

「ああ、お姉ちゃんか」

 

 あかりは何も言わず私の横に立つ。そして二人で一緒に旧校舎を眺める。少し古くなって所々修繕が必要だけど、それでも私達の大切な思い出の地だ。

 

「懐かしいね」

「そうだな」

 

 言葉は必要ない。共にあの黄金のような一年に思いを馳せる。苦しいことも、哀しいことも、楽しいことも、嬉しいことも、全てをあそこで手に入れた。

 

「もうすぐ私が戦っていた時間よりも、そうでなかった時間のほうが長くなる」

 

 もう硝煙の臭いがどんなものだったのかも思い出せない。銃の撃ち方も忘れてしまった。もし今の私とあの時の私が勝負したらきっと苦戦することだろう。もっとも、負ける気もないがな。

 

「……たまに思うんだ。これは全部夢なんじゃないかって。目が覚めたら戦場で私は痛い痛い痛い!!」

 

 頬を抓られ痛みに悶える。下手人はあかりだ。半目で睨みつけその綺麗な指で私の頬を抓ってくる。爪が食い込んで地味に痛い。

 

「変なこと言う口はお仕置き!」

「ごめん! 変なこと言ってごめん! だから離してお姉ちゃん!!」

 

 頬を解放され必死にさする。でも、この痛みが私がここにいることを教えてくれる。夢ではない、夢などではない。全部現実だ。

 

「酷いよもう!」

「はぁ、こういうところだけは相変わらずだよね祥子は」

「……こればっかりは性分なんだよ」

 

 本質的に臆病なのはいつまでたっても治らないと思う。でも心配性なところも私の良いところだ。私はそう思うしあの人だってきっとそう言うだろう。

 

「しょうがないなー祥子は」

 

 手を伸ばし頭を撫でる。あの時に比べたら随分と背が伸びたお陰で撫でる動作もかなり自然なものになった。二十歳を超えて一、二歳の歳の差なんて誤差の範囲になったが、それでもあかりは私のお姉ちゃんだ。

 

 それはさておき……

 

「いつになったら渚と結婚するんだ?」

 

 あかりの手が止まった。どうやらフリーズしているようだ。身体を離すと撫でたままの姿勢で硬直している。私も相変わらずだが、あかりも渚のことになると相変わらずだな。

 

「な、何言うのよ祥子! け、結婚なんて! ま、まだ!」

「まだ、ねぇ……じゃあいつか結婚するんだな」

 

 私は知っているんだ。渚とよく二人きりで出かけているのを。というか高校の時から付き合ってるのになんでまだこんな初心なんだろうか……

 

「あ、ちが! そうじゃなくて……ああもう! 祥子!!」

「からかってごめん。でも、本気で応援してるからね」

「…………ありがと」

 

 烏間先生とビッチ先生はとっくの昔に結婚したし、元E組のメンバーの中からも怪しいのが出てきている。そろそろゴールインしたっておかしくない。というか家で惚気話を聞かされる私としてはとっととくっ付いてほしい。

 

「確か渚は今日教育実習だったな」

「聞いてる。なんかすごい不良高校行くらしいよ」

 

 私もネットで調べてみたが、この平和な日本にあそこまで荒れた学校があるなんてある意味奇跡、というレベルの学校だった。しかし、その事実を知ってもなおあかりの目には不安の色は微塵も見えない。

 

「全然心配してないんだな」

「だって、渚だよ?」

「はは、それもそうだ」

 

 確かに渚にかぎって言えばむしろ相手のほうを心配するべきだろう。相手が誰だろうが、あの一年で出会ってきた者達に比べれば可愛いものだ。彼がはへこたれる姿など微塵も想像できない。きっと立派な先生になって帰ってくることだろう。

 

「……先生か」

 

 不意にあのお節介な黄色い元担任のことを思い出した。あれから殺せんせーには一度も会っていない。

 

「どこ行ったんだろうね、殺せんせー」

「さあな、案外近くで見てたりして」

 

 もしかしたら私達の知らない所で殺されてしまったのかもしれない。まあ何にせよもうあの人の力を借りなくても私達は歩いていける。そのための刃は磨き続けている。錆なんて一つもない。

 

「また会えるといいね」

「会えるさ。だって約束したからな」

 

 でも、欲を言うのならまた会いたい。会って話がしたい。私はこんなに成長したのだと見せてあげたい。あの人はどんなふうに笑うのだろうか。どんな風に喜んでくれるのだろうか。

 

「そろそろ手伝いに戻ろっか」

「ああ、そうだな」

 

 あの一年で色々な命を教わった。どれだけ時間が経っても、どれだけ環境が変わっても、この輝きは決して色あせはしない。

 

「祥子、行くよー!」

 

 あかりが小走りで私を追いこす。そんなあかりを追うように、私はいつものように走り出した。

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

「……ん?」

 

 背後で、聞き慣れた風切り音がした。とても懐かしい衝撃波が私の髪を撫で付ける。

 

 忘れようもないあの騒々しい音速の衝撃波。ゆっくりと、振り返る。

 

 そして私はいつものように笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます……先生!」

 

 

 

 

 

 銃と私、あるいは触手と暗殺 完

 

 




用語解説

もう必要ありません。




 これにて「銃と私、あるいは触手と暗殺」を完結させていただきます。今まで応援してくださり、本当にありがとうございました。主人公はこれからも普通に生きて、普通に歳をとって、普通に老いて、そして普通に死んでいくでしょう。

 もしかしたら結婚したり、ひょっとしたら子供も生まれるかもしれません。何が起きるかは皆さんの想像に任せます。しかし一つだけ確かなことがあります。それは主人公の人生に銃はもう必要ないということです。

 一応、本編はこれで完結しますが、引き続き番外編を更新する予定なので、そちらのほうもよかったらどうぞ(露骨な誘導)

 最後に、今まで誤字報告をして下さった読者の皆様にこの場を借りてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

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