Fate/Grand Order 魂の守護者 作:SKYbeen
更新が遅くなり申し訳ありません⋯⋯。何とかしてペースを早めたい。
〈襲来〉
「転移成功。マスター及びサーヴァント、全員異常ありません」
一望すれば広がる緑の草原。のどかな風景が続くフランスの地は、何処か晴れやかな心持ちになる。
一見すれば、異変など何処にも起こっていないように見える。魔術に関する痕跡も、争いがあった様子もない。現状で判明する異変は、はるか頭上の空にあった。
「おい、見てみな」
キャスターが指し示す方角。皆が視線を空に向けると、巨大な光の輪が展開されていた。
「⋯⋯時間軸の座標を確認。1431年のフランスで間違いありません」
「少なくともフランス史にこんな事象が発生したという記録はない。異変の一端として考えていいだろうな」
「はい。まずはドクターに映像を送ります。ドクター、どうですか?」
『問題ないよ。少し粗いが映像も届いてる。
あの輪は興味深いね。もしかすると、何らかの魔術式かも知れない』
「にしたってデケェな。大陸がすっぽり入りそうだ」
巨大過ぎる空の輪は、明らかに異質なものだと分かる。果たしてあれにどんな意味があるのだろうか。気にはなるが、解析はロマンに任せるしかない。
『あれの解析は随時行っていく。君達はまず現地の調査を』
「分かりました。皆さん行きましょう」
何をするにもまず情報収集から。目下のところ、現地の人間を探す必要がある。他にもすべき事は多くあるが、この地に着いてからというもの、本郷はある違和感を拭えずにいた。
(この感覚は・・・・・・)
じっとりと、粘つく不穏な気配。何処にも見えないが、何処かにそれは存在する。生前数え切れない程経験した、彼等の気配だ。
有り得ない、そう言い切れる自信はなかった。現に自分自身というイレギュラーは既に発生している。彼等が・・・・・・〈ショッカー〉がこの世界に居ない、という保証はない。
自身の感覚器官を最大限駆使し、探知し得る限りの範囲まで拡げる。音、空気の流れ、目に映るもの全て。あらゆる現象に注力し、その根源を辿った。
しかし、空振り。現段階で〈ショッカー〉の足取りは掴めない。今の本郷でさえ捉えられないとなると、彼等は相当世界に溶け込んでいる事になる。
戦闘が起こったとして、改造人間に負ける気はしない。自身の実力もあるが、こっちには百戦錬磨のサーヴァントも居る。遅れを取ることはまずない。〈大佐〉程の手練れならば、また話は別になるが・・・・・・。
いずれにせよ、気を張っていなければならない。いつ襲われたとしても全く不思議ではないからだ。
闇に乗じての奇襲を彼等は得意とする。特に注意すべきは日の沈んだ夜。それまで少しの猶予はあるだろうが、警戒を解くわけにはいかない。
「どうした、ホンゴウ」
「嫌な予感がする。気を抜くな」
本郷の纏う空気には鬼気迫るものがあった。いつ臨戦態勢に入ってもいいように、気を張り巡らせている。
冬木や模擬戦闘の時も、彼が戦う意思を見せる瞬間をアルトリアは直に味わっている。愚直なまでに真っ直ぐな闘志は見上げたものだが、本郷が今纏うものは、それとは少し違う。
一体何に警戒しているのか。真相は知る由もないが、しかし本郷程の者がそう言うのなら、従う他あるまい。なにせ彼は、騎士王を打ち倒した男だ。
「・・・・・・ん? 皆、あれ見て」
「あれは・・・・・・砦ですね」
今のところ何事もなく進んでいると、前方に見えるのは大きな砦だった。周囲には哨戒に当たるフランス兵の姿も見える。ただ外壁は所々が崩壊し、正門から覗く内部は酷く荒れ果ていた。フランス兵達にも何処となく覇気がない。
何か様子がおかしいが、ともあれ事情を聴いてみない事には始まらない。立香達は正門の門番に近寄り、会話を試みた。
「すいません。少しお尋ねしたい事が・・・・・・」
「ヒィッ!? て、敵襲だー!」
「えっ」
やんわり話し掛けた筈が、何故か恐怖されてしまったらしい。おののきながら大声を張り上げ、兵士は仲間を呼び始めた。敵襲を知らせる鐘が鳴り響き、瞬く間に周囲を包囲されてしまう。
「くっ、やはりフランス語でなければダメでしたか」
「そういう問題!?」
「ったく、めんどくせぇな。死なねぇ程度に黙らせるか」
「いや、ここは俺に任せてくれ。間違っても仕掛けたりするなよ」
有象無象の兵士だが、敵ではない。単純に異邦の者達に一時的な敵意を向けているだけだ。話し合えば分かる筈。キャスターを制し、本郷は両手を上げ、無抵抗だと証明する。尤も、これがこの時代においてそういう意味に捉えられるのかは定かではないが。
「頼む、話を聞いてくれ」
「黙れっ! 怪しいヤツらめ、お前達も魔女の仲間だな!」
「その魔女がなんなのかすら、我々は分からない。だがあなた達の敵じゃないのは確かだ。信じてくれ」
「う・・・・・・」
槍を向けられ、弓が放たれる寸前としても、本郷は動じない。兵士の目を見つめ、ひたすらに敵ではない事を訴えかける。立香達もまた、抵抗の意思は示さずにじっと静止していた。
それが幸を奏したのか、フランス兵達は困惑しながらも徐々に武器を降ろしていく。最後の一人が武装を解除するまで、本郷は全くの無抵抗を保った。
「すまない、異邦の方々よ。ここのところ敵襲が多く、我々も警戒を高めていたのだ」
「感謝する」
階級が高いであろう、幾らか立派な甲冑を纏った兵士が謝辞を述べた。同時に、他の兵士達がくたびれた様子で砦の中へ戻っていく。
やはりおかしい。何故ああも疲弊し切っているのか。訳を問いただそうと、本郷は兵士に向き直る。
「ところで、このフランスの地に何用かな? 今この地は危険だ。急ぎの用でなければさっさと引き返す事をお勧めするぞ」
「俺達はここで起こっている異変を解決しに来た。教えてくれ、今フランスで何が起こっているんだ?」
「おお・・・・・・! この国を救ってくれるのか!? 神は我々を見放していなかったのだな・・・・・・!」
安堵、というより僅かな希望に縋るような、掠れた声だ。余程窮地に立たされているのだろう。素性の知れぬ自分達を信用している辺り、この兵士達の心身はかなりやられているらしい。
「さっき魔女と言ってたな。魔女とは誰だ?」
「あ、ああ。取り乱してすまない。魔女というのは我らが英雄、ジャンヌ・ダルクだ。彼女は悪魔と契約して生き返った」
「フランスを救った聖女が魔女⋯⋯? おかしな話ですね」
ジャンヌ・ダルク───フランス史において重要な役割を果たした聖女だ。神の言葉に導かれ、たった十七歳の少女は国を救う為に立ち上がったのだ。イングランドに捕らえられ、火に焼かれる直前まで屈辱の日々を味わうものの、遂にその心が折れる事はなかった。彼女の祈りは、フランスを救ったのだ。
故に、解せない。救国の為に奔走した彼女が、その国を壊そうとしている。つまり、これが特異点の原因だろう。
「彼女は・・・・・・いや、ヤツは魔物達をフランス全土に送り込み、手当り次第破壊している。我々もこの通りだ」
「ふむ・・・・・・魔物というのは例えば?」
「我々が遭遇したのは、動く骸骨に空飛ぶ竜だ。骸骨は我々だけでも対処出来るが、竜相手だとそうもいかない。戦闘の度に消耗し、今ではこの有り様だ」
『冬木にもいた骸骨兵だね。それに竜も存在するなんて・・・・・・いよいよもって特異点の影響が色濃く出始めたか』
少なくともこの時代のフランスに竜が現れた歴史はない。そもそも空想上の生物だ、特異点の影響でなければ説明がつかない。この兵士達は圧倒的に不利な状況にあるにも関わらず、よくここまで生存出来たものだ。
「あとは・・・・・・ついこの間、恐ろしく強い敵が現れたんだ。何人かの兵を殺した後に立ち去ったが・・・・・・あんなバケモノもいるとは」
「バケモノ、ですか。それはどのような?」
「なんと言えばいいのか⋯⋯形容し難い姿をしていた。人間を象ったカマキリ、とでも表せばいいのか」
本郷に電流が走った。人間を象ったカマキリ。それが正しければ、彼等が相対したのは〈蟷螂男〉に違いない。鋭い鎌を持ち、鉄をも切り裂いてしまう〈ショッカー〉の改造人間だ。
本郷が初めて遭遇したのは1971年。石渡明という連続殺人犯が改造された個体だ。それ以降も何度か別個体と交戦した事がある。
やはり、そうなのか。
〈ショッカー〉はこの世界にも、その魔の手を伸ばしているのか。
「・・・・・・本郷さん、大丈夫?」
「・・・・・・大丈夫だ」
大丈夫な、ワケがない。
〈ショッカー〉は何処まで無関係な人々を巻き込むつもりなのか。歴史にまで介入し、世界を、人類の歴史を壊そうとするなど。
・・・・・・人類の歴史を壊す?
疑問が生じた。それでは〈ショッカー〉の行動理念と矛盾している。人を恐怖で支配し、歴史を裏で操るのが彼等だ。認めたくはないが、その働きで多くの災厄が回避出来たのも事実。倫理を大きく逸脱しているといえ、人類という種を存続させようとしているのが〈ショッカー〉だ。
だとするならば彼等が人類史の破壊に加担するとは思えない。何故、〈ショッカー〉は特異点に?
『───みんな、魔力反応だ! 何かが近付いてきている!』
深まる謎を解明すべく思考を巡らせた本郷だが、飛来する殺意にそれは塗り潰された。空を見上げると、そこには大挙として押し寄せる竜の群れ。大量のワイバーンがこちらへ接近していた。それに加え、地上からも数多の骸骨兵が押し寄せる。
生まれた疑問はひとまず頭の片隅に追いやろう。今はこの敵を倒さねば。本郷はすぐさま臨戦態勢に入る。
「へっ、やっと来たか。ちょうど退屈してたトコだ」
「所詮は烏合の衆だ、さっさと蹴散らすぞ」
「戦闘、開始します!」
だがそれよりも先に、三人のサーヴァントは武装を展開し、敵へ戦意を向けていた。アンサズが空中を駆けるワイバーンを焼き尽くし、煌めく黒剣が次々と骸骨兵を切り伏せていく。熟練の英霊二人は瞬く間に敵を殲滅していった。
マシュも負けてはいない。巨大な盾を振るい、迫る骸骨兵を叩き潰す。力に任せた戦い方だが、彼女も次第にその力をものにしていった。
これでは自分の出る幕はないかも知れない。そんな事も考えた本郷だが、その余裕は一瞬で消え去った。湿り気のある、重い殺気を後方に感知したのだ。
「伏せろ立香!」
「えっ、うおわっ!?」
本郷は崩壊した砦のレンガを拾うと、全力で投擲。大砲を凌駕する威力の塊は立香の背後にある壁に衝突、大きな衝撃と風圧が巻き起こる。
そこに居たのは、人のような生物。肌は緑色で、何より異様なのが、まるでカメレオンのような頭部だ。
〈人間カメレオン〉───周囲の風景と同化する能力を持ち、気配を完全に殺す暗殺タイプの改造人間である。その能力を使い、既に紛れていたのだろう。僅かに漏れた気配に反応出来なければ、立香はその心臓を貫かれていた。
「な、なんだコイツ・・・・・・!」
「立香、なるべく俺の背後にいるんだ。離れるんじゃない」
「わ、分かった」
改造人間は一体だけとは限らない。〈人間カメレオン〉以外にも複数体いるだろう。
今の自分では変身せずとも倒せる。それが分からない〈ショッカー〉ではない。数を増やし、物量で攻めてくる可能性もある。そして実際、その読みは当たっていた。
「うおっ! ンだこりゃあ!?」
「くっ・・・・・・」
「セイバー! キャスター!」
本郷の前方、あらかたの敵を倒し終えた二人に飛んできたのは、糸。それもただの糸ではない。万力が如き力を込めても決して緩むことのない、強力な捕縛力を誇る特殊な糸だ。出処は二人の先、十五体の〈蜘蛛男〉が矢継ぎ早に糸を射出し、捕らえた獲物を絞め殺そうとしていた。
このままでは拙い。本郷は群がる〈蜘蛛男〉達へ迫った。
改造当初ならいざ知らず、現時点で本郷猛は最強の改造人間である。変身の必要は、ない。
姿が霞む。残像すら残さぬ速度で敵へ接近し、一体一体の急所を的確に粉砕。一秒にも満たぬ間に、十五体全員を地へ伏した。
「す、すごい・・・・・・!」
「感心している場合じゃないぞ。敵はまだ来る」
本郷は依然として戦意を緩めない。その聴覚が敵の存在を常に探知しているからだ。
蜂に似た羽音。それが五十八。四方を取り囲むように敵が接近してきている。
本郷の眼がその姿を捉えた。極端に細い手脚に不釣り合いな程巨大な羽根。〈蜂女〉の大軍が押し寄せていた。
〈蜂女〉の肉体は虚弱で、一般的な銃火器ですら倒せる。しかし高機動かつこちらの攻撃範囲外から狙撃してくる為、数が増えればかなり厄介な相手となる。
ここは確実に始末せねば。本郷はある武器を呼び寄せた。英霊相手には通用しない考え使わなかった・・・・・・そもそも使える事にすら驚いたが、今この瞬間、これ程最適な武器もあるまい。
「二人とも、耳を塞いでろ」
「えっ──きゃあ!?」
「な、なんだ!?」
瞬間、爆音が鼓膜を揺さぶった。空気が引き裂かれるような衝撃が、本郷を中心に発生する。数秒後に音が止むと、地面には無残な〈蜂女〉の残骸が転がっていた。迫っていた〈蜂女〉はその尽くが肉体を砕かれ、木っ端微塵に吹き飛んだのだ。
M61A1バルカン砲。本来なら航空機に取り付ける重火器である。本郷専用に改造されており、重量三百キロ弱、ドラム缶ほどの弾倉を加えれば、全長は四メートルにも及ぶ。秒間に百発もの二十ミリ弾を吐き出し、万物を塵と変える化け物だ。
本郷には遠距離に適した攻撃手段が限られている。しかしあくまで限られているだけであって、存在しないという事はない。
『えええ!? Mr.本郷ってそんなのも使えちゃうの!? 思いっ切り現代兵器じゃないか! まぁバイク使ってる時点で今更だけど・・・・・・』
「無駄口叩いてるヒマがあるなら索敵でもしていて下さいドクター!」
『うおっ、マシュに怒られた!? こりゃとうとうボクも焼きだなぁ・・・・・・っとと、索敵索敵。
・・・・・・なんだありゃ!? 黒い集団がこっちに押し寄せてくる!』
ロマンが慌てふためくのは当然だった。押し寄せるのは改造人間の波。真っ黒な強化服を纏った〈ショッカー〉の戦闘員が、緑の大地を黒く染め上げ疾駆している。
〈蚯蚓男〉と称されるその改造人間は、性能が低い代わりに量産性に優れる、云わば使い捨て要員だ。それでも改造人間である以上、常人より遥かに強靭な肉体を持つ。重ねて敵は大群。過去にこのバルカン砲で蹴散らした事はあるが、あいにく弾切れだ。
「ふむ、中々に多いな」
対策を講じる本郷の隣に、アルトリアは威風堂々と立っていた。走行中の車両すら絡めとる〈蜘蛛男〉の糸を抜け出したのだ。だが、驚くと同時に納得する。彼女程の英霊が、〈兵士級〉の改造人間に手こずる筈がない。
「流石だな」
「フン、侮るなよホンゴウ。あの程度の連中に私がやられるものか」
「⋯⋯セイバー、流石にあの数だと俺も骨が折れる。頼めるか」
「骨が折れる、だと? どの口が言う。だが、よかろう」
大きくうねる黒い波、その眼前にアルトリアは立つ。欠片も怯まぬ鋭い眼光は〈蚯蚓男〉の群れを捉えた。
聖剣から燐光が溢れ出る。莫大な魔力を宿した切っ先は天へと掲げられ、迫り来る軍勢へと解き放たれた。
「エクスカリバー⋯⋯モルガァァァン!!」
元より、彼女の宝具は威力もさる事ながら広範囲に及ぶ。堅牢な砦、敵の大群。徒手空拳だけではどうにも出来ない相手を制するのが、騎士王のエクスカリバーだ。
地形が変化する程の光が消え去ると、そこに敵の姿はなかった。逃げる間もなく、無慈悲な光に掻き消されたのだ。
「他愛ないな。しかし、奴らはいったい何なのだ? 竜や骸骨共とも違う、明らかに異質な連中だったが」
「⋯⋯それについては後にしてくれ。俺にはまだやるべき事がある」
問いただすアルトリアだが、今の本郷はそれどころではなかった。砦の向こうにある森林、そこから激しい戦闘の音が聴こえた。敵と戦っているのは、一人。多勢に無勢なのか、苦戦しているようだ。
本郷は〈サイクロン〉を呼び寄せた。シートに跨ると、スロットルを全開にし、圧倒的な加速で急行する。同時に、ロマンへの通信回線を開いた。
『どうしたんだいMr.本郷? 僕個人のチャンネルに通信なんて』
「ロマン、すぐに調べて欲しい事がある」
『すぐに調べて欲しい事⋯⋯? 構わないけど、いったい何を調べて欲しいんだい?』
ほんの一瞬、躊躇いのような感覚が頭をよぎった。だが、明らかにしなければならない。彼等が
本郷は、重い口を開いた。
「⋯⋯〈ショッカー〉という組織について、だ」
◇◇◇◇◇
「やはり、並の改造人間では触れることすら敵わないか」
そこは教会、というにはあまりに荒れ果てていた。全てが朽ち、神の威光に照らされていた面影はない。祭壇に当たる場所に備えられた執務用の机が、とても不自然に際立っていた。
〈大佐〉は椅子に背を預けたまま、当然のように言った。何の感嘆も驚愕もなく、平然と。その様子を遠くの壁にもたれ、眺める青年が一人。冷酷に言い放つ〈大佐〉に、その青年は苦笑した。
「仮にもアンタの部下だろ。何とも思ったり・・・・・・しない、よな」
「所詮は駒に過ぎない。今も昔も、それでしかない」
「そうかい。だが実際、便利だよな。アンタのスキルってヤツは」
「・・・・・・」
『
我ながら大層な名だ。自嘲するように〈大佐〉は笑った。
自身の魔力が尽きない限り、〈ショッカー〉の改造人間を無尽蔵に召喚し、使役する。何の変哲もない、単純そのものの召喚スキルだ。
どちら、と言われれば、キャスタークラスの魔術に該当するだろう。だが、〈大佐〉は王だった。前線基地であった、〈ショッカー〉日本支部の長。閉ざされた国の王であるが故の、この能力だ。尤も、もはや〈仮面ライダー〉にとって改造人間は塵芥に過ぎない。どれだけ数を揃えたとしても、全くの無意味だろう。
「君にも働いてもらおう」
〈大佐〉は青年に見向きもせず呟いた。僅かに、青年の顔が訝しげに歪む。
「俺はアンタの下僕じゃないんだがな。だが、まぁ、アンタがそう言うなら従う」
「そうか」
「ああ。・・・・・・しかし、何でまたこっちの情報を流すなんてマネ、しようとする? 〈同盟〉に流出させたのも、アンタ、だろ?」
「その点については、否定はしない」
青年の問いに、〈大佐〉は平然と答えた。組織の長が、その機密を漏らす。有り得ない反逆行為とも取れるが、〈大佐〉が悪びれる様子はない。
音もなく椅子を回転させ、〈大佐〉は青年に向き直った。端正な顔立ちは、未だあどけない子供にも見える。きっちりとしつらえてある軍服が、その異質さを際立たせた。十五の頃に改造されてより、彼の肉体に衰えはない。
「・・・・・・何故、君を殺さないと思う?」
「利点がない。アンタだって、壊れたオモチャは面白くないだろ? それに俺を使えば、アイツと戦える。そう踏んだから、アンタは俺と手を組んだ。一時的に、だけどな」
〈ショッカー〉に抗う組織───〈アンチショッカー同盟〉に青年は居た。世界中の政府組織が秘密裏に結成した秘密結社だが、その実態は〈ショッカー〉とさして変わらない。打ち倒した暁には、〈同盟〉が〈ショッカー〉に成り代わるという、ろくなものではなかった。
それでも、〈同盟〉は確かに〈ショッカー〉と相反していた。元来、二人が手を取り合う事は、万に一つも有り得ない。〈大佐〉程の幹部級なら、尚更だ。
利害の一致・・・・・・その一言で片付けるには、互いに事情が複雑過ぎる。だが現時点において、それこそが最善だと理解しているのだ。
〈大佐〉は、本郷猛との邂逅を。
青年は、この異変の収束を。
二人の能力を持ってすれば、願いは成就される。
「だが、勘違いするなよ。アンタはあくまで、〈ショッカー〉の人間だ。俺に・・・・・・アイツにとっては、敵だ」
「それが解らない程、私は愚かではない。君も、本郷猛も、私には等しく敵だ。君達は、〈仮面ライダー〉だからな」
「・・・・・・」
〈大佐〉には、絶対に勝てない。敵とみなすには、力量の差が天と地程も離れている。彼が本気を出さずとも、一秒と経たずに殺されるだろう。壊れた改造人間に、道具としての価値はない。
だが、〈大佐〉にとって、青年は敵だった。敵足り得る存在だった。それは、青年が〈仮面ライダー〉だからだ。
〈仮面ライダー〉という名は、本郷猛と青年の、二人の記号だ。
「さて、無駄話も過ぎた。行くといい。・・・・・・護衛は必要かね?」
「要らねぇよ。〈ショッカー〉に護って貰ったって、これっぽっちも嬉しくない」
「そうか。それは残念だ」
「思ってもない事は言うもんじゃないぜ。⋯⋯アンタはじっとしてろ。ただでさえ、あの黒い聖女様に睨まれてるんだからな」
吐き捨てるように言い放つと、青年は扉を開けた。埃が勢いよく舞い、嫌な匂いが鼻腔を撫でる。外は不思議なまでに快晴だが、あの教会はいつでも陰気で、暗い。まるで〈ショッカー〉を体現しているようで、全く好きになれなかった。
「さて、と」
青年が目指すべき地は、フランスの各地にある街や砦だ。そこに居る人々に警鐘を鳴らし、避難させ、あるいは迎撃の用意を促す。〈大佐〉の指示は、黒いジャンヌの蛮行から人々を救い、無為な命を散らさない事だった。
〈大佐〉は命を軽んじてはいない。だが、広義的な意味でだ。種としての人類は護ろうとしても、一個人には目もくれない。〈ショッカー〉とは、そういう組織だ。人の尊厳を踏みにじる、悪だ。
故に解せない。〈大佐〉は矛盾している。恐怖で人を縛り付ける男が、今度は人を救えと命じている。今この瞬間にも、自らの配下をフランス各地に送り、人々を惨殺しているというのに。彼の真意は全くもって不明瞭だ。だが、それがあの男の命令だというなら、従う他ない。
何より、足跡を残す必要があった。自分がサーヴァントとして現界したという事実を、本郷猛に知らせる為に。移動、そして連絡の手段が限られている今、この方法しかない。
「バイクでもありゃ、楽なんだがな」
空を見上げれば、広がるのは清々しい青。深呼吸すれば、たちまち青空にでもなってしまいそうな程、気持ちの良い天候だ。仰々しい巨大な輪さえなければ、文句のつけ所がない。
青年は歩き始めた。そして、気付けば地に伏していた。全くの無意識だった。唐突に全身の力が抜け落ち、巡る思考が崩れていく。
「⋯⋯おいおい、頑張ってくれよ、俺の身体。せっかく生き返ったってぇのに、もう一度死ぬなんてのはゴメンだぜ」
右手が弱々しく震えた。地面を掴み、握り込む。ぐしゃりと潰れた土が、指の隙間から落ちていった。
改造人間として、自分は欠陥品だ。滅びゆく運命を暗闇で待つ、スクラップだ。兵器としての価値は、ゼロに等しい。サーヴァントであろうとも、この事実は揺るがなかった。
何とか身体を持ち上げる。立ち上がり、踏み出した一歩は、ひどく重かった。