Fate/Grand Order 魂の守護者   作:SKYbeen

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《A.D 2004 炎上汚染都市 冬木》
〈邂逅〉


 

「・・・・・・なんだ、此処は」

 

 

 本郷猛は死んだ。

 その疑いようのない事実は誰よりも自分自身が知っている。

 まだ死ねないと、だが願いとは裏腹に命は尽き、彼はただの朽ちた機械人形に変わる筈だった。

 

 しかし眼前に広がる情景。街という街を深紅の業火が包み、灼熱の波となって喰らい呑み込んでいく。火事やそこらの話では無い。大規模な空爆にでも見舞われたかのような地獄絵図は、未だ目覚めたばかりの本郷に多大な困惑を齎した。

 

 空間が焼け、炎が如き空気が喉へ流れ込む。常人なら即座に肉体への影響が及ぶそれは、改造人間には障害足り得ることは無い。

 そんなことより本郷が気に掛けるのは、如何にして自らがこの場所に立っているのか、それに尽きた。

 

 見渡せば赤、紅、赫。どこまでも続く炎の海。飾りのように散りばめられた廃墟の山が異質さを際立たせている。

 元を正せば何処にでもあるような街並みなのだろう。今は面影すらも感じないが、本郷が抱く違和感はそれでは無い。

 

 

(どういう事だ・・・・・・。俺はあの時ショッカーの秘密基地で・・・・・・)

 

 

 脳に流れる映像は山岳地帯の奥深く、人の手が及ばぬ未開の地。世界から身を潜めるように佇んでいる〈ショッカー〉の戦略基地だ。

 あの時、最新の兵器を格納しているとの情報を手にした本郷は一目散に街から離れた。自分が死した地があのショッカー基地ならば、街の中ではなく深い山中に居るのが道理。

 

 もっと言えば、そもそもこうやって思考をすることすら不可能だ。何故なら自分は死んだのだから。

 

 思考が次なる思考へ繋がり、連鎖し止まることは無い。無限に続くループとなる前に本郷は一旦それについて考えることを止めた。

 

 

(ううむ・・・・・・)

 

 

 散策を開始した本郷。衰える様子が全くない火の嵐を歩み、原因を探る。

 ショッカーの仕業だろうか? 奴らは大きな戦争を未然に防ぐべく、その起きるであろう戦争並に人々を脅かす。この有り様ではそう疑っても可笑しくはない。

 だが、本郷の行き着く結論は"No"だ。

 何処にでも居て何処にも居ない存在。ショッカーとは影に潜む組織でありながらも、一般人には知覚出来ない程までに社会へと紛れ込んでいた。当然本郷の強化された感覚なら容易く解ることだが、今はその気配を毛ほども感じない。

 

 代わりに覚えたのが言い知れぬ不快感。肉体に変調を来たすものなどではなく、あくまで感覚的。大気を満たすようなこの異質な感覚は一体何なのだ、と幾ら熟考しても答えは出ない。

 もしかすると、自分が生きている事と何か関連があるのか。その結論まで達した時、本郷の聴覚が声を拾った。

 

 女性の悲鳴だ。

 

 方角は東。距離にして凡そ1.4キロ。女性の他にも人間と思しきものが二つ。そして獣に似た唸り声が複数。この地獄を生き残った者が野獣にでも襲われているのだろうか。尤もこの地に生命の気配は感じないが・・・・・・。

 〈サイクロン〉を使えば一瞬だろうがアレはスクラップとなった。望める筈もない。

 だが幸いなことに距離はそう遠くはない。本郷の脚力を持ってすれば一分と掛からず辿り着ける。それまでに無事で居てくればいいが・・・・・・。

 

 

(間に合え───)

 

 

 本郷は全力で地面を蹴り上げた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 少年、藤丸立香はカルデア四十八番目のマスターである筈だった。

 しかし突如として原因不明の爆発事故が発生、状況を理解する暇もなく、彼はこの炎上する都市冬木へと転移した。

 瀕死の重傷を負いながらも英霊の力を授かることにより蘇生した後輩、マシュ・キリエライトと共に、この異変の原因を突き止めるべく行動していたのだ。

 生き残ったカルデア職員、ロマニ・アーキマンの支援もあり、道中所長であるオルガマリー・アニムスフィアとも合流でき、事態は良い方向へと向かっていると思ったのも束の間。

 枚挙に押し寄せる魔獣達に、此度の異変の産物たる泥に呑まれたサーヴァント。多勢に無勢の状況に追い込まれ、彼らは次第に後退していった。

 

 

「くそっ・・・! このままじゃ・・・」

 

『ッ! マズいぞ皆! 前方からサーヴァントの反応だ! 今のマシュじゃ敵わない。こりゃ逃げた方が良さそうだ!』

 

「そうしたいのは山々ですが・・・・・・くっ!」

 

「きゃあああっ!? もうっ・・・・・・! 何でこうなるのよっ!」

 

 

 とめどなく迫り来る魔獣の群れ。捌いた所からたちどころに湧き上がり、倒しても倒してもキリがない。

 加えて軍団の中に鎮座する黒い影。汚染された聖杯の泥に呑まれ、性質が闇のものへと変異したサーヴァントが舐め回すようにこちらを見ていた。

 

 誰が見ても敗北は自明の理、なら尻尾を巻いて逃げれば良い。が、可能ならとっくにそうしている。それが出来ないからこうして後退を余儀なくされているのだ。

 

 

「うぐっ!?」

 

「なっ、マシュ!?」

 

 

 ジリジリと追い詰められる中、一体の骸骨兵が射った矢がマシュの右肩に突き刺さる。

 彼女はデミ・サーヴァントとなり、己の武装たる巨大な盾を構えながら戦闘を行っていた。現状、彼らの中では最も大きな戦力と言える。

 だが最大の欠点は彼女に戦闘経験が欠片もないということ。幾ら強大な力を持っていたとして、それを十全に使えなければ意味は無い。現に彼女は一瞬の隙を突かれ、決して浅くは無い傷を負ってしまった。治癒は可能だが、その暇もない。

 

 

『マズい! こりゃマズいぞ! 早く撤退を───』

 

「それが出来れば苦労しないわよっ!! どう見たって囲まれてるでしょう!?」

 

『そ、それは確かに・・・・・・。だけどこのままだと本当に───!? サーヴァントをもう一体探知した! これは・・・・・・速いなんてもんじゃない! 尋常じゃない速度でそっちに向かってるぞ!?』

 

「いよいよ打つ手なしなのかっ・・・・・・!」

 

 

 ロマニから告げられる絶望の一報。マシュが負傷した今、頼りになるのは魔術が扱えるオルガマリーのみ。が、彼女もあくまで魔術を使えるだけであり、骸骨兵はまだしもサーヴァント相手には塵芥も同然。天地が逆転しても敵わない存在がもう一体現れるというのだからいよいよもって絶望的だ。

 

 もう、ここでおしまいなのか。

 諦めが鎌首をもたげて来た立香達。

 

 だが、そんな彼等にもまだ希望は残されている。

 この地に降り立ったのは何も彼等だけではない。

 

 まだ一人、彼が居る。

 

 

「フンッ!!」

 

 

 突如として飛散する数多の骸骨兵。四方を取り囲む雑兵達は高速で移動する何かに弾き飛ばされ、マナとなり大気へ四散していく。

 驚愕の色を隠せない立香。周囲の骸骨兵が駆逐され、残るはサーヴァント一体となった時、彼の前に一人の男が立っていた。

 

 

「大丈夫か」

 

 

 外観は二十代後半かそこら。やけに大人びたように見えるのは、纏っている黒のライダージャケットに革のパンツという出で立ちのせいもあるだろうか。

 ともかく、目の前の男が自分達を助けてくれたことには間違いない。

 

 

「あ、あの・・・・・・」

 

「話は後だ。今は生き延びることだけを考えろ。あいつの相手は俺がする」

 

 

 一言忠告するやいなや、男は消えた。厳密に言えば、消えたように見えた。それ程までの速度でもって彼は敵サーヴァントに接近したのだ。

 空気を裂く拳。音速を優に超える拳撃は改造人間として極まった本郷だからこそ繰り出せる業。戦車砲に比肩する一撃は、サーヴァントでも只では済まない。

 

 敵───ライダーのシャドウサーヴァントは本郷が放つパンチが顔を掠める度、恐怖を抱いた。

 紛れ込んだ鼠を始末しようと骸骨兵を引き連れ遊んでいた、それまではいい。ところが突然現れたこの男に一網打尽にされ、あまつさえ自分に肉薄している。

 

 有り得ない。歪んでしまったとはいえ英霊、得体の知れぬ"はぐれ"に負けることなどあってはならない。

 自身の得物を構えた、その瞬間。

 

 

「ヌンッ!!」

 

「ッッ!!?」

 

 

 本郷の拳が、ついにライダーを捉えた。

 鳩尾にめり込む鉄拳。途方もない鈍痛と衝撃が身体中へ伝導し、直後遥か後方へと吹き飛ばされる。背後に聳える廃墟のビルに激突するまでライダーは空を弾丸のように進み、再度巨大な衝撃と共に活動を停止した。

 

 

「す、凄い・・・・・・サーヴァントをたった一発で・・・!」

 

「大した相手じゃなかった。動きも単調だったし、隙は多い。ショッカーの改造人間の方がよっぽど厄介だ」

 

「・・・?」

 

「いや、こっちの話だ。それより何処か安全な場所に移動した方がいい。敵はまだ来る。話はまずそれから、だろう?」

 

 

 本郷の聴覚が捉えるは新たな駆動音。軽く乾いた音を喚きたて、不様に歩みを進める骸骨兵達。

 あれはショッカーの戦闘員に似ているが、無尽蔵さに関してはこちらに軍杯が上がるだろう。それに倒したサーヴァントが先の一体だけとは限らない。

 

 

「確かに・・・・・・一理あるわね。貴方の素性は気になるけどあとにしておきましょう」

 

「話が早くて助かる」

 

 

 所長の席に身を置いているだけあり、オルガマリーの判断は極めて冷静だ。急速に変化する状況に混乱しがちではあるものの、一度飲み込んでしまえば彼女は有能そのもの。未だ当惑の最中にある二人を叱咤し、一旦この場から離れることを決断する。

 芯の強い少女だ。まだ幾許もいかない年頃だというのに臆することなく二人を率いている。その強さは同時に、幼少からそうであるように刷り込まれたのだろう。

 

 ほんの少し、本郷の表情に陰が差し込んだ。

 

 

「一先ずは移動しましょう。藤丸、キリエライト。・・・・・・そこの貴方も」

 

 

 オルガマリーの一言と共に一行は歩を進める。

 本郷はしんがりだ。彼等の動向も把握出来、敵が如何にして襲撃してくるかも察知しやすい。

 尤も本郷の感覚器官であるならば、例え三キロ先から狙撃されたとしても瞬時に反応出来る。不測の事態に備え、本郷はあらゆる感覚を研ぎ澄ませた。

 

 だが、それも取り敢えずは杞憂に終わった。敵と鉢合わせること無く、周囲も比較的安全が保たれた橋下に一行は到着する。

 

 

「今は一息くらいついても大丈夫でしょう。キリエライトも少し休みなさい。デミ・サーヴァントになってからまだ数時間しか経っていないのだし」

 

「分かりました、所長」

 

「さて・・・・・・貴方」

 

「む?」

 

 

 ずい、とオルガマリーが本郷へ詰め寄った。

 

 

「私達を助けてくれた事には感謝します。でも何処の馬の骨とも知れない人とは正直行動を共には出来ないわ」

 

『ちょっと所長!? 対面したばっかりなのに何言ってんの!?』

 

「いいから黙ってなさい! ・・・・・・失礼、部下が喧しくて」

 

「いや、構わない。君の言っている事も何となく分かる」

 

 

 颯爽と現れ、瞬く間に敵を蹴散らす姿はあるいは正義の味方にも似たものがあったのだろうか。少なくとも立香、マシュ両者に本郷への敵対心は無い。

 対してオルガマリーは敵対心というよりは猜疑心に溢れていた。

 危機的状況を都合良く救済してくれる存在。それをそのまま受け止める事が彼女には出来ない。何かしらの思惑があるのでは、と疑ってしまう。悪い癖とも取れるが、混沌めいた現状では仕方の無いことだ。

 本郷もそれを理解しているからこそ、咎める事は無い。

 

 

「俺は本郷猛という。気を失っていたらしくてな、気付いたら街が燃えていた」

 

「てことはこの街の生き残り?」

 

『いや、それは無いですよ所長。彼もサーヴァントですから』

 

「やっぱりそうなのね・・・・・・。ま、そうでなきゃ敵サーヴァントなんて倒せないだろうし」

 

「・・・・・・その」

 

「まぁいいわ。取り敢えずは味方ってことにしておきましょう。それで貴方のクラスは?」

 

「・・・・・・サーヴァントとはなんだ?」

 

 

 本郷が呟いた一言。何気なく言ったものだとしても、この場にいる全員を驚愕させたことに違いはなかった。

 特にオルガマリーは目を見開いて本郷を凝視していた。

 

「ちょっと待って。貴方自分がサーヴァントだってこと自覚してないの?」

 

「まずサーヴァントがどういう意味なのか理解出来ないんだが・・・・・・」

 

「嘘でしょ・・・・・・こんなの有り得ないわ」

 

 

 盛大な、いっそ清々しいまでの溜息である。

 

 

「その、出来ればサーヴァントとやらのことを教えて欲しいんだが」

 

『あぁ、彼女は一度思考のループに嵌ると暫くはずっとああなんです。代わりに僕が説明します』

 

「すまない、頼む」

 

 

 矢継ぎ早に、それでいて簡単な説明を受け、本郷は概ね今自分が置かれている状況を把握した。

 サーヴァントとは歴史に名を刻んだ英雄が使い魔となり現界した存在。その一人に自分は選ばれ、こうしてここに召喚された。

 

 自分が英雄、か。

 

 自嘲気味に本郷は笑う。英雄などと呼ばれるようなことはしていない。彼はただひたすらに人々の命を、未来を守る為に戦った。姿も見えない組織に一人立ち向かい、牙を剥き、拳を振るった。それでも救えない命の方が遥かに多く、人々は両手をすり抜けて行く。

 常に闇の中で戦ってきた本郷猛。彼が歴史に名を残すような功績は一つも無いというのに。

 にも関わらず今こうして現界している。そこには明確な理由があり、果たすべき役割が常に介在しているのだろう。

 

 

(やるべき事・・・・・・か)

 

 

 死を迎える瞬間まで、彼は人の守護者足り得ようとした。人間の尊厳を、その魂を守らんと。それはこの先変わることは無く、再び命尽き果てるまで戦い続ける運命にある。

 待ち構えているのは地獄。死んだ方が幸福な辛苦のみが蔓延る世界。それでもなお、本郷猛は戦わねばならない。サーヴァントだろうと何であろうと、その力を人々の為に使うと、本郷は固く誓った。

 固く───誓ったのだ。

 

 

「あの、そう言えば名前を言ってませんでした。俺は藤丸立香。一応彼女のマスターです」

 

「私はマシュ・キリエライトと申します。気軽にマシュとお呼びください。あとあそこでブツクサ独り言を言ってるのがオルガマリー所長です」

 

『僕はロマニ・アーキマン。ロマンと呼んでください。・・・・・・所長、いい加減にしたらどうです? ・・・・・・あぁダメだこりゃ。ほっといた方が良さそうだ』

 

 

 口々に名乗るカルデアのメンバー達。まだあどけなさが残る顔立ちだが、早くも覚悟の色が見えている。腹は括っている、という事だろう。

 これは彼等の期待に応えねばならない。

 

 

「では改めて。俺の名は本郷猛だ。よろしく頼む」

 

 

 柔和な笑みを刻み、本郷は右手を差し出した。間違っても立香の手を握り潰さないように優しく握手を交わす。

 こうして本郷は、人類最後のマスターと共に戦うこととなった。

 

 

 ────頑張れよ。

 

 何処かでふと、そんな声を聞いた気がした。

 

 

 

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