Fate/Grand Order 魂の守護者 作:SKYbeen
ある意味で、ですがね・・・・・・。
「宝具の使い方を教えろ、だと?」
静かに頷く本郷に当惑するキャスター。いかにもな困り顔を浮かべ、蒼い髪をかき上げる。
宝具を使えるようにしたい。本郷はそう申し出た。サーヴァントとなり現界したこの身なら、己に由来する武具は使用出来てもいい筈。しかし、欠落した記憶では敵わない。だからこそ彼はキャスターへ懇願せざるを得ないのだ。
「今の俺ではどうやって扱えばいいのかまるで分からない。可能なら手ほどきをして欲しい」
「つってもなぁ、宝具ってのはサーヴァントそのものだ。はぐれにしろ何にしろ使えない事自体が異常。出来て当然なんだよ」
「・・・・・・そうなのか」
「そうだ。悪ぃがそう教えられるモンもねぇ。まぁ無いことも無いんだが」
「・・・・・・?」
「要するに魔力が詰まってんだ。後はそれをどうやって解放するかって話になる。
つまりは気合いの問題なんだよ。俺は出来る、やれる。そう思い込むのは実際肝要なワケだ」
「ふむ。精神的な問題ということか」
投げやりにも等しい適当な返答。が、全く的外れという風にも思えなかった。
記憶がないのは確かに大きな原因ではある。サーヴァントと化した己の根源を理解していない以上、宝具を使う事は難しい。
それでもいずれは扱える様にならねばならない。〈本郷猛〉のみでは救えない命がある。奪われる人々の命を護る為には、是が非でもあの姿になる必要がある。
焦燥。徐々に垣間見える焦り。呑み込めないもどかしさが何処までも鬱陶しい。出来て当然の事を行えない自分自身に苛立ちすら覚える。
血が滲むまでに拳を握り込む本郷。しかし、ふいに感じた手の感触に力を緩める。見れば、マシュが丁度手首の辺りを優しく掴んでいた。
「思い詰めないで下さい、Mr.本郷」
「マシュ・・・・・・?」
「サーヴァントとしての力を十全に扱えない。その気持ちは私にもよく分かります」
「だが君はその盾を使えてる。少なくとも俺よりはよっぽどサーヴァントとして優秀じゃないか」
「いいえMr.本郷。私は皆さんの役に立てていません。サーヴァントの力量を言うのなら、Mr.本郷の方が遥かに優れています」
自嘲を含んだ苦笑。俯きがちにマシュはそう語った。
デミ・サーヴァントとなり、しかし受け継がれたのは盾と固有の特性のみ。真名開放で初めて使える宝具も発動出来ず、戦闘経験のない彼女はフルにその力を発揮出来ていなかった。
思えば憧れていたのかも知れない。サーヴァントの記憶が欠如していても、本郷は臆する事なく敵に立ち向かい薙ぎ倒していった。強き信念を胸に抱き、誇りを持って戦っている。戦士として目覚めたばかりのマシュからすれば、本郷は戦地を駆ける英霊そのものなのだ。
「私もMr.本郷もまだまだ新米です。ですので、その、一緒に頑張りましょう。二人で力を合わせればきっと宝具だって使えます。だからあまり自分に腹を立てないで下さい」
「・・・・・・」
綺麗な目をしている。
深く美しい紫の瞳には一点の曇りすらない。純真な魂を持つからこそ、彼女に宿った英霊は力を託したのだろう。
小さな手だ。あんな大きな盾などまともに振るえない程に。触れれば壊れてしまうような可憐な少女だというのに、よもや励まされるとは。だが、お陰で余計な考えは払拭出来た。
「ありがとう。確かに君の言う通りだ」
「そうだぜ兄ちゃんよ。嬢ちゃんはともかくアンタは強ぇんだ。焦る必要は無いぜ。尤も、奴と戦う前までには使えるようになって欲しいがな」
「奴?」
「セイバーの野郎だ。奴ァ他の連中を片っ端からぶっ潰して自らの手駒にしてる。
なんてったって騎士王様だからな。その力は絶大、ランサーで召喚されてたなら話は違ってたろうが・・・・・・生憎今の俺にゃ厳しすぎる」
「騎士王・・・・・・アーサー王伝説の?」
騎士王という単語を聞き、頭に浮かんだのはいつの日か読んだ伝説だ。中世を代表するアーサー王の伝記には心踊った事もある。その騎士王その人が今回の大敵とは本郷は思いも寄らなかった。
「奴はヤバ過ぎる。正面切って勝てる相手じゃねぇ。一人じゃな」
「成程。つまり貴方は単独ではセイバーに太刀打ち出来ない。だから私達に目を付けた、そういう事ね?」
「悪い話じゃないと思うがな。利害は一致してんだ、協力するのが一番合理的だろ」
オルガマリーは訝しげにキャスターを睨むが、実際彼の言い分は正しい。今の所戦力になるサーヴァントは本郷を含め三人。これだけの実力者が居ればさしものセイバーとてそう簡単にはこちらを打ち破れない筈だ。そういう意味ではキャスターの提案は有難い。異変解決の助力にもなってくれるし、何より彼の豪胆だが面倒見の良い性格はまだ経験の無いマシュや立香を導いてくれる。
「奴は大聖杯の元に居座っている。その上、護衛としてアーチャーのクソッタレとバーサーカーを手前の寺に配置してやがるんだ。セイバーの所に辿り着くにはまず奴等をどうにかしなきゃなんねぇ」
「その二人はこれまでのサーヴァントとは違うのか?」
「アーチャーは何とでもなるが厄介なのがバーサーカーだ。セイバーにゃ劣るが相当手こずるぜ。出来る事なら一体ずつ相手にしたいんだがな」
「そう簡単にやらせてはくれない・・・・・・か」
不安を見せる立香。だが、まだ仕方ない部分も大きい。何せついこの間まで只の一般人だったのだ。こんな非現実的な事象が立て続けに起これば不安に駆られるのも頷ける。
ここは既に敵地。いつ襲撃があるのかも分からない。不安など払拭し戦わねばならないのは理解しているが、どうにも心が曇り掛かってしまう。そんな彼を励ますようにキャスターは背中をドンと叩いた。
「心配すんな坊主。嬢ちゃんもやる方だしそこの兄ちゃんも強ぇ。何よりこの俺が居るんだ、あんな連中なんざあっという間よ」
「キャスター・・・・・・」
「藤丸くん。君はリーダーなんだ。慌てふためいたりせず、どんと構えていればいい。そして俺達をこき使え。リーダーっていうのはそういうものだよ」
続き、本郷も激励する。
立香はただ一人のマスターだ。云わば肝心要の砦、彼が動じてしまえばそれだけで狂いが生じる。だからこそ、何にも動揺する事なくただリーダー然としていればそれで良い。動くのは本郷らサーヴァント、自らの手足だ。
二人の教えに思う所でもあるのか、拳を握り俯く立香。暫くして顔を上げれば、腹を括ったようなそんな凛々しい顔を浮かべている。
「分かったよ。でも俺には皆をこき使うなんて真似は出来ない。同じ場所で戦ってる以上、俺も戦う。何が出来るか分からないけど・・・・・・兎に角じっとしてるなんてイヤだ」
「ハッ! 坊主、お前中々見どころあるじゃねぇか。その意気だ。が、あんまりしゃしゃると死ぬからな?」
「分かってるよそれ位は。・・・・・・本郷さん?」
「・・・・・・」
立香の決意とは裏腹に本郷は苦虫を噛み潰したような面持ちだった。
戦う、彼は今そう言った。その言葉の重みを彼は理解した上で言ったのだろうか。無論、戦うといっても前線に赴き自分達のように力を振るう訳では無い。彼は何の力も無いただの人間だから。そんな事は立香自身もよく知っている。
覚悟は認めるが、しかし危うさもある。いつかとんでもない災厄が彼に降り掛かるのではないか、そんな邪推もしてしまう。
本来なら立香程の年代の少年が命を賭してまで戦う必要は無い。普通の、平凡な人生を歩んで欲しかった。今となっては過ぎ去った事だが、せめてもの彼の力となろう。本郷は固く決意した。
「・・・・・・っと、着いたぜ」
長く続く階段を登ると、大きな社が眼前に見えた。セイバーが鎮座する洞窟、その入り口となる柳洞寺だ。黒い魔力が大気を蠢き、言い知れぬ感覚が一行を包んだ。
「ふん、まだ生きていたのか」
広場の奥、社の屋上からアーチャーは本郷達を見下ろした。冷たく凍てついた眼差しは測り知れない重圧を感じさせる。手前には鈍色の巨人、バーサーカーが微動だにせずその場に待機していた。
「抜かせ田吾作が。ご丁寧にバーサーカーまで用意しやがって。お膳立ては整ったってか?」
「その通りだキャスター。いい加減君も飽きただろう、そろそろ死にたまえ」
溢れ出る殺意。濃密な気配に当てられた立香やオルガマリーは堪らず後退りしてしまう。サーヴァントの放つ殺気というのは一般人なら昏倒してしまう程、耐えたのは見事だと言えよう。
そんな二人を庇うように本郷は前に出た。鋭い眼光がアーチャーを射抜く。
「悪いがそこを通してもらうぞ」
「ほう、私達に勝つつもりでいるのかね? はぐれのサーヴァントよ。その威勢は認めてやるが、果たして実現出来るかな?」
「■■■■■─────!」
始動する狂戦士の咆哮。大気を震わす叫びは並み居る他者を恐怖させる程の力を孕んでいる。だが、本郷は寸分も臆する事無く果敢に迫った。
直後に飛び込んで来る巨大な塊。バーサーカーが用いる斧剣は膨大な質量も相まって途方も無い威力を発揮する。その圧倒的暴力から逃れられなければ即ち死に直結するのだ。
大振りだが、故に単純で迅速。ひたすらに叩き付けるだけの剣戟は、バーサーカーの強靭な膂力に掛かれば回避不可能な一撃と化す。だが、本郷はそれを百戦錬磨の戦闘経験で補う。相手の所作を見切り、寸前で避ける。元々軌道は読みやすく、回避自体は容易だった。
問題は・・・・・・。
(硬い)
回避の後、本郷は右の拳を打ち込んだ。鉄をも砕く改造人間の殴打だ。大きくは響かなくとも少なからずのダメージは与えた筈。そう思うのは至極当然だった。
しかし本郷は驚愕の色を覗かせる。バーサーカーへのダメージは全くのゼロ。蚊に刺されたとでも言うように、気に止める素振りすら無い。
絶え間無く放たれる殺意の剣。一寸の狂いが死へ繋がるそれを避けつつ、ただただ拳を打ち込む。腹に、脇に、胸に。僅かに生じた隙に叩き込めるだけ叩き込む。本郷に出来るのはこれしかない。
「■■■■■────!」
「くっ・・・・・・!」
しかし、先が見えなかった。ダメージが蓄積されているのかすら定かではない。
サーヴァントには相性がある。中でもバーサーカークラスは攻撃面で優れているが防御は弱い。本郷の攻撃も通らない訳は無いのだが、それでも倒れないのは明確な理由がある。
本郷には圧倒的に魔力が足りていなかった。加えて神秘も無い。必殺の一撃を与えた所で、ダメージとして通らなければ無駄だ。
更に相手も悪かった。バーサーカーが並の英霊であるならば倒せるだろう。だが目の前の巨漢はかのギリシャ神話の英雄ヘラクレス。泥に呑まれ変質したとはいえ、語り継がれる力は健在だった。
「余所見をしている暇があるのか?」
本郷の聴覚が捉えた低く通る声。殺意を多分に含んだ忠告が届いた直後、彼の本能が警鐘を鳴らした。このまま留まっていては拙い。後退の必要があるが、そんな事をさせる程アーチャーは甘くは無かった。
飛来する赤光。名は
これを喰らえば良くて瀕死、直撃すれば消滅も有り得る。思考をフル回転させ躱す手段を錯誤するが、それは杞憂に終わった。
「させません!」
「余所見してんのはテメェだボケが!!」
「チ・・・・・・!」
甲高く響く轟音。本郷を護るようにして立ったマシュが盾を構え偽螺旋剣を防いだのだ。次いで放たれる業火。乱れ打ちされたアンサズがアーチャーに襲い掛かる。
高台に留まるのは不利と判断したアーチャーは黒と白の剣を手元に出現させ、炎を弾きながら地面に降り立った。
本郷は驚いたように二人を見る。
「ったく、一人で戦おうとすんじゃねぇ。敵は二人、それも強敵だ。ここは協力しなきゃだろうが。なぁ嬢ちゃんよ?」
「はい! アーチャーは私達が倒します! Mr.本郷はバーサーカーを!」
「二人とも・・・・・・」
本郷を背に、二人はアーチャーに向け駆けた。雄々しく、勇猛に。それはかつて戦地を共にした盟友達の姿に似ていた。
立ちはだかる災厄に共に立ち向かう戦友。久しく忘れていた存在を本郷は思い出す。そして笑った。独りでいる事に慣れきってしまった自分を馬鹿らしく思う。今はこんなにも頼れる仲間がいるというのに、一体自分は何をやっているんだ。
熱い闘志に更なる火が灯る。
「・・・・・・分かった。頼んだぞ!」
「おうよ! 兄ちゃんもやられんじゃねぇぞ!」
「お任せ下さい!」
頼もしき仲間を背に本郷もまた跳んだ。地面が抉れるまでの脚力で、がら空きなバーサーカーの顎へ蹴りをぶち込む。これまで不動を保っていたバーサーカーでも流石に堪えたのか、僅かながらに足取りを乱した。人体の構造上顎は最大のウィークポイントの一つでもある。稀代の英雄とは言えそれは同じ、大した効果は見込めないものの、態勢を崩す事に成功した。
「おおおおっ!!」
殴打に次ぐ殴打。
蹴りに次ぐ蹴り。
雄叫びと共に今持ち得る全ての力を一気に打ち込む。通じていようが無かろうが関係ない。その鉄壁の牙城が崩れ落ちるまで攻撃あるのみ。
しかし、やはりそこには埋められない差があった。
「■■■■■────!!!」
「ッ! しまっ────」
再起したバーサーカーが本郷の脚を掴み、巨大な腕力で投げ飛ばす。後方のへ飛ばされた本郷は壁に激突し、停止した。
苛烈な痛みが迸る。強化された肉体とはいえ耐久性はあの姿より格段に劣る。骨も何本か折れ、極小機械群による再生には激痛が伴った。
だが問題はそこではない。痛みなど、とうに慣れている。今本郷を埋め尽くすのは、このままではバーサーカーに勝てないという事だ。
あれだけの猛攻でさえあの化け物には通用しない。明確に効いたと思えるのは態勢が崩れたあの瞬間だけ、直後にも再起しここまで投げ飛ばしたのだ。
底が見えないタフネスに本郷ですら見劣りする膂力。到底生身の本郷で勝てる相手では無い。
そう、
「・・・・・・なるしか・・・・・・アレになるしか・・・無いのか・・・・・・だが今は・・・・・・!」
悲壮に歪んだ、しかし覚悟を決めた表情を刻み、本郷は歯を食いしばった。
その時だった。本郷の顔に傷痕が浮かび上がる。身体を震わせ、何かに抗うかのように苦悶の顔を浮かべる本郷。すると徐々に肉体が変貌していく。目玉は大きく膨れ上がり、昆虫を思わせる真っ赤な複眼に。骨格ごと肥大化した頭部、その額から伸びた二つの触覚は生きているかの如く空を彷徨った。口はばっくりと裂け、咥内には鋭く研ぎ澄まされた牙が覗いていた。
それだけでは無い。手足は次第に節くれ立ち、やがて深緑へ色が変わり、びっしりと棘に覆われた。
肉体の変貌により裂けるジャケット。顕になったその上半身は凡そ人間のものとは言い難い。
それはまるで────飛蝗そのものだった。
「────!!!!」
かち合った金属にも似た、耳を劈く咆哮。バーサーカーのものすら上回る音圧は周囲を巻き上げ、最早一種の音響兵器となって響き渡った。
「な・・・・・・なによ・・・・・・アレ・・・・・・」
「本郷さん・・・・・・なのか?」
顔を強ばらせ、目の前で変貌を遂げた本郷に向ける立香の眼差しは、驚愕ではない。
恐怖だ。掛け値なしの恐怖。恐ろしい魔獣に変身した本郷への恐怖に他ならなかった。戦闘を続けていた他サーヴァントも動きを止め、本郷へ視線を注ぐ。
これが改造人間、本郷猛のもう一つの姿。忌むべき力である人外の証左。
〈飛蝗男〉は荒れ狂うようにバーサーカーへ飛び掛かった。