Fate/Grand Order 魂の守護者   作:SKYbeen

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今回はマシュと本郷の特訓回です。変身はもう少しお待ちを・・・。


〈覚悟〉

 

 鉛のように重い空気が充満していた。大聖杯から近いのが原因だろう、爛れた黒い魔力がそこらに広がり重くのしかかってくる。魔術に疎い立香は兎も角、他の面々はこの異様な感覚に当てられ一層気を張り詰めていた。

 いや、この魔力だけではないだろう。この刺さる雰囲気を味わうのは一度や二度ではない。皆視線こそ合わせないものの、本郷のあの姿が気に掛かっていた。

 最もだ。突然〈飛蝗男〉の姿を見せればそうなるに決まっている。あれについてはある程度説明せねばかえって不信感を抱かせる事になるだろう。だが、いつ言えば良いのか。もうすぐ敵のお膝下、悠長に会話している場合ではない。自分の詳細を何もかも話すには時間が足りな過ぎる。その辺りは噛み砕いてまとめれば何とかなるが、さてどうするか。顎に手を当て何処かの彫刻像のように思案していると。

 

 

「皆、少し休みましょう」

 

 

 そうオルガマリーは束の間の休息を提案した。

 確かにここまで一度も立ち止まってはおらず、思った以上に疲れは溜まっている。本郷自身も〈飛蝗男〉への変身による負担はそう早くは治らない。ものの数分の間でも身体を休めておくのは肝要だ。それに、話すなら今が良い機会だろう。

 

 

「Mr.本郷、コーヒーはいかがですか?」

 

「ああ、ありがとう。頂くよ」

 

 

 何処に忍ばせていたのか、マシュから差し出されたコーヒーを受け取る。この芳しい香りを嗅ぐのもどこか懐かしく思えた。一気に喉へ流し込み、こみ上げる苦味と香ばしさを本郷は噛み締める本郷。こんな時だけは、どことなく日常を感じられるようで少し心が安らぐ。が、そんな穏やかな本郷をマシュはまじまじと見詰めていた。

 

 

「・・・・・・どうかしたか? マシュ」

 

「あ、いえ、失礼かも知れないのですが。というか九分九厘失礼に当たるのであまり言いたくはないのですが・・・・・・」

 

「構わないさ。言いたい事があるなら言えばいい」

 

「はい。では。その・・・・・・Mr.本郷はそんな顔も出来るのだな、と」

 

 

 マシュが目にした本郷の姿は、一言で体現するならば戦士だ。強敵を前にしても気圧されず、勇敢に立ち向かう者。諦める事無く、勝機を見出そうと戦況を見極めるその目は常に鋭く尖っていた。戦闘の場は気を抜けば死ぬのは自分自身、緊張の糸を保ち続けるのは容易ではなく、そうなると自然にまとう空気や表情というのは強ばってくる。本郷もまた例外ではない。

 つまりは意外だったのだ。コーヒーを飲む本郷の姿は本当に穏やかで、温和な青年そのもの。凛々しい顔をしていた人物と同一とは思えなかったらしい。そんな他愛のない事を生真面目に質問してくるものだから、本郷はつい笑ってしまった。

 

 

「むぅ、なぜ笑うんですか」

 

「いや、すまない。こういう話をするのも久々だからつい、な」

 

「久々、といいますと?」

 

「そのままさ。サーヴァントになる前からあまり日常的な会話も無くてな。だから少し笑ってしまった」

 

 

 改造されてより数十年、ひたすらに戦い続けてきた本郷に人間の日常など皆無であった。普通の家庭で親子が笑い合うような会話など有り得ず、あったとしてもかつての友人と砕けたジョークを言い合う位。マシュ程年が離れている少女とこんな談笑をするのも久方ぶりなのだ。

 だが、人の言葉の裏にある背景を読み取るのはそう難しい事ではない。本郷が語る日常的な会話がないというのは、そんな無駄口を叩く暇もない戦いがあったのだろうと、そう予想してしまうのだ。

 

 

「そう・・・・・・ですか。何だか申し訳ない気持ちになります」

 

「マシュが謝る必要は無いさ。ただ・・・・・・そうだな。皆にも話しておかなきゃならないだろう。俺の、あの姿については」

 

 

 マシュの謝罪を制しながらも、本郷はとうとう重い口を開いた。

 

 

「最初に言っておくが、今全てを語るには時間が足りない。だから俺が変身したあれについてだけ言及させて貰う。それでいいか? 所長」

 

「ええ、構わないわ」

 

「助かる。・・・・・・さて、あの姿についてだが・・・・・・あれは云わばもう一人の俺だ」

 

 

 それにいち早く反応したのはキャスターだ。

 

 

「するってーとあれか? 兄ちゃんのもう一側面が具現化した、そういう事か」

 

「端的に言えばそうなる。詳しくは言えないが、強く意識する事で肉体が活性化し、あの姿・・・・・・〈飛蝗男〉になる」

 

「〈飛蝗男〉・・・・・・確かに言われてみればバッタっぽかったような」

 

 

 あの時の光景を浮かべる立香。本郷の変貌ぶりを間近で捉えていたのだから恐怖を感じずにはいられない。自分の脳裏に流れた映像にさえ少し恐れてしまう。そう考えてはいけないのは分かっているが、本能で怖がっているのだからどうしようもないのだ。

 そんな立香に苦笑しつつも本郷は説明を続ける。

 

 

「あれは凄まじい熱を生む。溢れる衝動を抑えるのでやっとだ。所長も言っていたが、理性が吹っ飛び本能のまま暴れるバケモノさ」

 

「う、聞こえてたのね・・・・・・」

 

「耳が良いんでね。まぁ、気にしてない。逆にそれが正しい反応じゃないか。あれをバケモノと言わずしてなんて言う?」

 

 

 ギクリとたじろぐオルガマリーだが、実際本郷は全く怒ってなどいない。寧ろ当たり前の反応だと笑って返す。あれで怖がらない人間がいれば、それは相当卓越した精神を持っているか、余程神経が図太いかのどちらだろう。

 

 

「だがあれが本当の姿じゃない事は確かだ。本来ならまた別の形態があるんだが・・・・・・」

 

「宝具を使えない事が影響している、と?」

 

「・・・・・・もう少しの筈なんだ。もう少しで使えると思うんだが・・・・・・」

 

 

 焦燥に駆られる本郷。現状まともに戦える姿が〈飛蝗男〉だけでは燃費も悪く、何より理性が尽く破壊される為に理知的な行動が難しくなる。バーサーカー戦においては何とか冷静な判断が出来たが、次に変身すればその保証は無い。一刻も早く、本当の意味での変身が出来なければならないというのに。

 どうにか扱えないものか。悩みに悩んでいる本郷だが、おもむろに立ち上がったキャスターはある提案を投げ掛けた。

 

 

「成程。てことなら話は早ぇ」

 

「・・・・・・? キャスター?」

 

「特訓だ二人とも」

 

 

 突拍子の無い発言に、本郷ですら目を見開いた。

 

 

「特訓って・・・・・・もう敵はすぐ目の前だっていうのに何言ってるのよ」

 

「だからこそだ。あの野郎(アーチャー)も言っていたがセイバーの強さはイかれてる。宝具が使えなきゃ確実に勝てねぇ。この段階まで来てまだ使えないってんなら無理矢理叩き起こすしかねぇだろ」

 

「け、けど・・・・・・」

 

 

 実際その通りだった。この時はまだ知る由もないが、大聖杯と繋がっているセイバーに魔力切れは存在しない。途切れぬ無限の魔力ソースがある限り、自身の宝具を打ち放題という訳だ。そんな化け物を制するにはまず宝具が無ければ話にならない。荒療治に他ならないが、なりふり構ってられないのもまた事実なのである。

 

 

「・・・・・・一理あるな。今の俺は〈飛蝗男〉への変身でかなり消耗してる。宝具を発動出来なきゃ相当苦戦を強いられるだろうからな」

 

「特訓がどういったものなのかは分かりませんが、概ね私も賛同します。せめて力をくれたサーヴァントの方に報いる為にも、何より先輩や所長を守る為にも宝具の力は必ず必要になります」

 

「決まりだな。潔いのは嫌いじゃないぜ」

 

 

「ところで特訓というのはどのような?」

 

「単純明快だ。お前らには俺と戦って貰う。もちろん、全力でな」

 

「えっ」

 

「む」

 

「はいぃ!?」

 

「何言ってんのアンタ!?」

 

 

 これまたいきなりなキャスターの言葉。本郷は意外なまでに冷静を保っていたが、他の三人は中々に困惑した。

 

 

「アンタねぇ! もうちょっと論理的に教授するとかあるでしょうが!?」

 

「ンなもん出来たら苦労はねぇさ。これは精神的な問題だからな。お前らはハジける必要があるってこった」

 

「ふむ・・・・・・そういう事か」

 

「どういう事ですか!?」

 

 

 一人納得のいった様子の本郷だが、マシュはというとちんぷんかんぷんである。というよりこんなスパルタ式だとは思いもよらなかったのだ。

 

 

「つまりはだマシュ。俺達に必要なのは理論理屈じゃない。有り体に言ってしまえば、頭を空っぽにして精も根も尽き果てろ、という事だろう。恐らく彼はそれを言っているんじゃないか?」

 

「頭の良い奴は理解が早くて助かるね。最初にも言ったが単に魔力が詰まってるだけなんだ。早い話がブッ飛べばいいんだよ」

 

「そ、そんな滅茶苦茶な・・・・・・」

 

 

 絶句の極み。何とも脳筋な方法に言葉を失う。いくら時間が無いとはいえ余りに乱暴過ぎやしないだろうか。嫌な汗が浮かぶ立香とオルガマリーだが、当の本人であるキャスターに巫山戯た様子は毛程も無い。これは彼の経験から裏打ちされた方法でもある。そしてそれに耐えられると見越したからこそ、本郷とマシュに持ち掛けたのだ。

 

 

「ま、イヤだってんなら無理強いはしねぇ。所詮嬢ちゃんもそこまでってだけの話だ。だが一つ言っておく。これを乗り越えられなきゃどっちにしろ詰みだぜ」

 

「ッ」

 

 

 強い口調で言い放つキャスター。特にマシュへその言葉は響いた。この盾を完璧に使いこなさないと、いずれにしろサーヴァントとしてマスターを守護する事など出来やしない。それは痛い程分かっている事だ。なら、答えは一つ。

 

 

「・・・・・・やります。キャスターさんの言う通りです。私がやらなくちゃ、皆を守れない」

 

「ハッ、その意気だ」

 

 

 決心のついたマシュの瞳には強い意思が宿っていた。どうやら覚悟は出来たらしい。これなら遠慮はせずに英霊のいろはを存分に叩き込める。キャスターは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

「言っとくが手加減はしねぇ。そこの坊主と高飛車女もブッ殺すつもりでいく。腹ァ括れよ」

 

「ちょ!? 藤丸は別として何で私まで巻き込まれなきゃならないのよ!?」

 

「俺は別って酷くないですか!?」

 

「簡単なこった。坊主は嬢ちゃんのマスターだし、アンタはこの異変を解決したい。云わばお前らは運命共同体なんだよ。死なば諸共ってヤツだ」

 

「違うと思うんですけどぉー!?」

 

 

 揺るがぬ覚悟を決めたサーヴァント達とは裏腹にことマスターと所長の二人は未だに文句を垂れていた。主にオルガマリーが喚いていたが、そんな些細な事など気にも止めず、キャスターは杖を本郷とマシュへ向ける。野生の獣にも似た殺気が周囲を漂う。

 

 

「何はともあれ実践だ。遠慮はしねぇぜ───!」

 

「ああ。来い」

 

「先輩と所長は下がっていて下さい。戦闘、開始します!」

 

 

 特訓とは名ばかりの熾烈を極める戦闘が始まった。開戦の合図とばかりに無数の火球が視界を埋め尽くす。洞窟の中にも関わらずこの物量、キャスターは明らかに本気で殺しに来ていた。

 これでは確実に立香達へ被害が及ぶ。瞬時に判断した両者は己の役割を果たす為に動いた。マシュは盾を、本郷は拳を握り込み駆け出した。

 

 

「くっ・・・・・・う!」

 

「マシュッ!」

 

 

 怒涛の如く押し寄せる火の嵐。一つ一つが膨大な熱を孕み、敵を焼き尽くさんと大気を焦がす。マシュの構える盾は高い防護を誇るが、しかし扱うのは半人前のデミ・サーヴァント。とめどなく盾を打ち付ける火に押され、次第に後退を余儀なくされた。

 だが、ただやられるだけではない。マシュが守りに徹しているのなら、本郷の役目は攻撃だ。

 

 

「ふんッ!」

 

「おおっと!」

 

 

 持てる脚力を総動員し、一気にキャスターへ接近。ボディに鋼鉄の拳を放つ。バーサーカーにこそ効き目は無かったが、元来鉄をも砕くパンチだ。耐久の低いキャスターが命中すれば最悪消滅も有り得る。しかし、それを予見しない彼では無かった。予め身体強化のルーンを刻んでいたキャスターは素早く身を翻し、本郷と距離を取る。

 

 

「やるな。流石ってところか。だが・・・・・・本調子じゃあないみてぇだな」

 

「・・・・・・くっ」

 

 

 余裕綽々だ。キャスターに恐れや焦りは微塵も感じない。本郷はその逆だった。消費した体力、魔力は未だ回復には至らず、身体の動きは平常時の半分にも満たない。身体強化を施したとはいえ、キャスターに攻撃を当てられないのが良い証拠だ。

 

 

「オラァどんどん行くぜぇッ!!」

 

 

 振るわれた杖から飛び出すは火球の雨あられ。勢いの止まぬ炎達は一挙に本郷へ襲い掛かった。懸命に肉体を駆動させ捌いていくが、量が量。弾いたところで次弾が飛来し、本郷を焼いていく。幾ら人間を上回る強度とはいえ、魔術の火に耐えられる筈も無かった。

 

 

「ぐ・・・・・・あ・・・・・・!」

 

「Mr.本郷!」

 

「他人を気に掛けてる場合じゃねぇぜ嬢ちゃんよ!」

 

「ッ!? うあぁッ!!」

 

 

 それは一瞬の不注意。凶弾に倒れる本郷へ気が逸れたマシュの隙をキャスターは見逃さない。跳躍して距離を詰め、至近距離で極大の火を放つ。集約された炎はいかに優れた盾だとしても脇をすり抜けれられては意味が無い。抑え切れない衝撃にマシュは堪らず吹き飛ばされてしまった。

 

 

「どうした? そんなもんかよお前らは。ンな程度じゃあ主人を守れねぇぞ」

 

「ぬ・・・・・・う」

 

「かはっ・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・」

 

 

 見れば、二人の身体は酷く傷付いていた。アンサズをまともに喰らった本郷には大小様々な火傷が刻まれ、極小機械群がすぐさま再生に走るものの、苛烈なまでの熱の嵐はその働きを鈍らせていた。盾のあったマシュは比較的損傷は少ないが、これまでの戦闘による疲労が重なり、体力は尽きかけている。両者、戦闘続行は不可能に近い。

 

 だから、どうした。

 

 

「まだ・・・・・・まだだ」

 

「私だって・・・・・・戦えます・・・・・・!」

 

「・・・・・・へっ、上等」

 

 

 よろめき、今にも意識が飛びそうな激痛。それでも本郷は拳を構え、マシュは盾を打ち立てる。内なる闘志を燃やし、肉体の限界を超えてもなお立ち上がる。そして言い放つのだ、"まだこれからだ"と。

 やはり間違いじゃ無かった。最初はどうかとも思ったが、キャスターの見込みは正しかった。この二人ならば、きっとこの一撃にも耐えてくれるだろう。無論、無傷で済ませる気はさらさら無いが───!

 

 

「ならコイツを耐えてみせろ! 根性の見せ所だぜ!!」

 

 

 キャスターは大きく後退し、詠唱を開始する。辺りには濃密な魔力で満たされ、キャスターの元へと集約していく。

 

 

「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社───

 倒壊するはウィッカーマン! オラ、善悪問わず土に還りな───!」

 

 

 そして大地より出るは炎を纏いし巨人。キャスターの宝具であり、必殺の魔術。ケルトより受け継がれし灼き尽くす炎の檻は贄を求めその手を伸ばす。アンサズなどとは比較にならない熱と炎は何もかもを塵に還す程の魔力を漲らせていた。幸いにも洞窟の天井は高く崩壊の危険は無いが、これでは逃げ場が無い。

 正に絶体絶命。策は無いかと本郷は頭をフル回転させるが、そんな折マシュが前へと躍り出る。

 

 

「マシュ!? 何を──!」

 

「私が・・・・・・私が使えなきゃ皆を守れない! そんなのは嫌なんです! だから・・・・・・だから見てて下さい! 私の、宝具───!」

 

 

 その瞬間、光が周囲を埋め尽くした。眩い閃光が支配し、視界を奪い去る。同時に降り掛かる爆音と衝撃はしかし、誰にも影響を与える事は無い。光が収まると、目の前には城が聳えていた。厳密にはマシュの盾を基盤に城壁のような蒼光がウィッカーマンを防ぎ切った。

 この結果が意味する事───ついにマシュは宝具発動へと至ったのだ。

 

 

「・・・・・・こいつァ驚きだ。完璧にノーダメージとはな。おまけに坊主共々無傷とはちょいと傷付くぜ。ま、何はともあれモノにしたな嬢ちゃんよ」

 

「マシュ! やったな!」

 

「せ・・・・・・せん、ぱい。私・・・・・・私・・・・・・やったぁ!」

 

「うわっ、ちょっ、マシュ!?」

 

 

 土壇場ではあったが、宝具の発動を成功させたマシュ。歓喜が溢れ出てしまい、目尻に涙を溜めながら立香へと飛び付いた。いきなり抱き着かれた立香は耳まで真っ赤に赤面しながらも共に喜びを分かちあっていた。

 

 だが、素直にマシュを祝えない男も居る。

 

 

 「・・・・・・」

 

 

 風は、吹かなかった。

 

 本郷は腰元に視線を落とす。まだ何かが足りない。限界まで振り絞っても、欠けたピースは埋まらなかった。一体何が問題なのだろう? 自問するが答えは出ない。どれほど考えたところで切っ掛けすら浮かばなかった。

 深刻な顔を刻む本郷。そんな彼の肩を叩いたのはキャスターだ。

 

 

「そう思い悩むな兄ちゃんよ」

 

「キャスター・・・・・・だが俺は」

 

「気にすんな。さんざ嬲っておいてなんだが、確かに兄ちゃんは全身全霊で戦った。だが宝具は使えなかった。ただそんだけの事だろ」

 

 

 精神的にも肉体的にも、本郷は余力を残すことなく戦い切った。現に立っているのもやっとな程、平静を装ってはいても神経を繋ぐ痛みは凄まじい。

 だが、それ以上に心苦しいのはやはり宝具の発動が適わなかったという事。精根尽きたとて必ずしも扱える訳では無かったのだろうか。マシュのような少女でさえ皆を守りたいという強い心から宝具を解放したというのに、自分はなんだ。遮二無二戦って得られたのは深まる疑問ばかりで何の力にもなれない。これ程悔しく、虚しいものは無い。

 

 

「・・・・・・何が原因なんだろうな。俺にはそれが分からないんだ」

 

 

 本郷は苦々しく呟いた。

 

 

「兄ちゃんに分からねぇんなら俺にだって分かんねぇよ。ただ・・・・・・そうさな。結局はやっぱり意思の持ちようだ。切っ掛けってのは案外身近にあるのかも知れないぜ?」

 

 

 突き放すでもなく、キャスターはそう諭した。今回キャスタークラスとして現界した彼は他者を導く性質を付与されている。もし本来の、というより本分とするランサーで呼ばれていればここまで肩入れする事も無いだろう。他人に教えを説き、導く姿は頼もしく見えた。

 

 

「・・・・・・すまん。俺はサーヴァント失格だな」

 

「だから気にすんなって。ほら、傷治してやっからこっちに来な。俺の炎は堪えたろ?」

 

「ああ。次はもう少し弱めの火加減で頼む」

 

「ハハハッ! 考えといてやるよ!」

 

 

 軽く冗談を飛ばしながら、本郷は立香達の元へ歩く。

 

 

(案外身近に・・・・・・か)

 

 

 思い返すのは生前を含めたこれまでの行動。肉体を改造され、友と出逢い、そして〈ショッカー〉と戦う道を歩んだ。友と交わした約束を、人間を護るという誓いの為に今まで戦ってきた。答えはきっと、その中にあるのだろう。

 

今一度、本郷は拳を握り締める。

 

 

風はまだ吹く事は無い。

 

そう、"今"はまだ───。

 

 

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