モンスターはそこらにいるけど《狩人》が見当たりません(修正中) 作:眠たい兎
《狩人》はハンターと読んでもらえると助かります
2019年10月17日 修正
野生の肉食獣と言えば、普通は捕食者側、狩人の立場を連想するのでは無かろうか。
ただし、その肉食獣をモンスターと言えば立場は一転し、勇者であり某ゲームにおいてはそれこそ狩人に狩られる側へと立場になる。
「取り敢えずこんなもんだよな」
背負い式の鞘に片手剣を収納し、腰から小型の解体用ナイフを取り出す。仕留めたポポを解体しつつ狩場の近くに置いておいた荷車へと積み込む。
「旅に出ようかなぁ」
ここ数年で癖になってしまった独り言を零し、荷車を引いて村へと帰る。幾ら草食獣とはいえど、ポポは人間より遥かに巨大な体躯を誇る。とても重い。
「むむ⋯⋯村の人達も、これだけでいいから手伝ってくれないかな」
このモンスターが大自然を
一応モンスターの襲来に備えて武具を扱う店はあれど、ただの鉄製武具等は飛竜は元より鳥竜種共にも効果は期待出来ない。精々が牽制だ。
「むぅ⋯⋯アイルーとか! メラルーとか! 手伝ってくれても良いのよ⋯⋯?」
タダでさえ重い荷車を引いて傾斜のきっつい山を越え、民家と畑、申し訳程度の柵くらいしかない村へと帰ってくる。
「ミコトが帰ってきたぞ!」
「成果は!? 怪我はしとらんか?」
「でっかい肉を持って帰って来たみたいだ」
「村長呼んでこい!」
近付くまでは静まり返っていた村が息を吹き返した様に活気に溢れる。大概問題児な俺だが、その問題児故にこの村では唯一の自称《狩人》だ。
「ただいま。出来ればこれ引っ張るの手伝ってくれ」
村の入口に荷車を止めると、先ずは子供が駆け寄って来て、次にガタイのいい親父共が群がるのである。何せ一週間ぶりの肉だ。
「ミコトよぉ、お前さんうちの婿にこねぇか?」
今更だが俺の名前はミコトだ。人を婿に勧誘するのは鍛冶屋のおっちゃんで、俺が狩りに出掛けるようになってからはある意味一番お世話になっている人だ。因みに彼の娘はまだ3歳程度であり、流石のロリコンも対象外だと言わざる得ない年齢である。
いや、俺はロリコンでは無いが。
「何歳下の嫁だよ、おっちゃん。早く本格的に解体して届けてやってくれ」
願わくば乳が大きくなっていい感じに育ったらその時には嫁にください。
「おぉ、あとそれを受け取っとこう。手入れがいるだろう?」
腰から片手剣を取り出して預けると、肩掛け型のポーチから採掘してきた鉱石をポポの毛皮で包んで持たせる。ちなみに俺は鉱石の見分けなんか出来ないので、そのへんは全て鍛冶屋に丸投げである。
「おぉ、悪ぃな。また新しいのが作れそうなら連絡するわ」
こうして渡した鉱石は大部分が包丁や農作業用の鍬なんかになるのだが、一部は彼が加工の練習や実験に使っている。いずれは俺の武器となる予定だ。
そうして一旦彼が工房に戻った所で村長と、村の娘達がやって来た。彼女達は村長の家で織物や食べ物の加工なんかをしているので、俺の帰還⋯⋯ではなく肉の到着を聞いて急ぎやってきたのだろう。
「ミコト、此度も見事な肉じゃな。これでこの冬も越せようて」
「それは良かった。まぁ早く解体して加工する分は加工しちまってくれ。駄目になるって事は無いだろうが鳥が虎視眈々と狙ってるからな」
そう言うと男連中がさっさと荷車を運び、村長と村娘達がそれに続く。何故村娘という呼び方なのか? 俺が好きだからである。なんか字面が良くない?
「お疲れ様、怪我してない?」
「お? てっきり肉に付いてったかと思ったよ」
一人残ったのは村長家の一番末の娘、リリである。一つしか歳が変わらない事もあり、狭い村では誰もがそこそこの付き合いだが一番仲がいいと言える相手だ。
「もう! そんなに食意地張ってないよ?」
とは言うがお前を残して全員が肉に付いて行っているのだ。実際俺が狩りに出るまで肉といえば年に数回の祭りで鶏を潰す程度、殆どのものは肉で腹を満たした経験など無かったらしいので肉に執着するのは当然ではあるのだが。
「悪い悪い、それでどうしたんだ?」
「それは⋯⋯えっと⋯⋯湯浴みするんでしょ? 手伝って⋯⋯あげようかなって」
「おぉ、それは助かるが⋯⋯大丈夫か?」
何故かは知らんが顔は真っ赤で縮こまっている。薪なんかは割ってあるので力仕事では無いが、火を維持するのは存外に大変だ。
「だ、大丈夫よ⋯⋯うん」
「んーまぁそれなら頼もうか、一人だと大変だしなぁ」
かつて現代人としてスイッチ一つで毎日風呂に入れていた覚えのある俺は、どんなに大変でも狩りのあとには風呂に入る。それを聞きつけてかちびっ子や仕事終わりのオッサンが押しかけてくることもたまにあるのが、湯船というのが如何に物珍しくも癖になるものかを物語っているだろう。
「うん⋯⋯」
何故か俯いてモジモジしているリリの手を引いて薪を運び、昨晩から用意しておいた給水機の下で火を焚く。構造は簡単で、栓の付いた大きな鉄の器に水を溜めておき、加熱してから栓を抜いて湯船に流し込むだけだ。
「そう言えばさ、今度少し旅に⋯⋯出ようと⋯⋯どうした?」
ガタッ
狩り終わりに思った事を口にすると、リリはこの世の終わりの様な顔をして目に涙を溜める。かつて初めて俺が狩りに行った時もこんな感じだと思ったが、漂う悲壮感は断然こちらが上だ。
「なん⋯⋯で⋯⋯?」
「っ!? いや、大きな村とかなら狩りに使える道具なんかもあるかなって⋯⋯えと、どうしたの?」
目尻に溜まっていた涙が重力に従い落下するのを見て焦る俺は、手を掴んだまま泣き出しす幼馴染の頭を撫でる。
「いい村があったら、そっちに住むの?」
「え、いや、少しは滞在するかもしれんが帰ってくるつもりだ」
きょとんとして固まった彼女を見るに、どうやら彼女は幼馴染が村を出ていってしまうと思ったらしい。前世での幼馴染が引っ越すのを聞いて泣き出すやつだろうか?
「というか、さっき何かにぶつけなかったか? 凄い音したぞ?」
ガタッ
「え、いや、それは私じゃないよ?」
その先を見ると村人数名が逃げていく後ろ姿が見えた、男の入浴なんか覗いても楽しくなかろうに⋯⋯
「⋯⋯男にも覗き魔って出てくるんだ」
「⋯⋯」
「取り敢えず風呂に入ろうか、いい感じに沸いただろうし。なんなら先に入るか?」
「え?」「ん?」
「あ、ううん。いいよ、早く流したいでしょ」
未だ返り血で所々赤く染まっている俺を見ての優しい言葉に、人をほっといて肉に群がる連中との暖かさの差を感じる。この娘やっぱり優しい(確信)
装備をガチャガチャと外し、濡れない程度に床に撒くと、彼女が拾って洗い場に運んでくれる。感謝しつつ栓を抜き、桶でお湯を掬って頭から被る。
「ん〜!」
彼女が帰ってくる前に彼女がいると洗いにくい所から洗い、布で身体を擦るとお湯に浸かる。少しばかり熱すぎたのは水で調節するが、熱い方が好きなので万人向けとは言い難い温度だ。
「あ、もう入ってる」
「男が目の前で身体洗ってても困るだろ?」
「いや⋯⋯それをやったげ⋯⋯まぁうん」
一部聞き取れなかったが結論は困るなので無問題だろう。身体が温まるまで彼女と話し、温まったら彼女に後ろを向いてもらってズボンだけは装備する。
「ん、そんじゃ交替しようか」
「え?」「ん?」
「えーっと⋯⋯何を?」
「入んねぇの?毎度やっといてなんだけどわりと準備大変だから俺一人入って終わりだと勿体無いんだけど⋯⋯」
因みに家主である俺が男なので、女性は滅多に湯船に入りには来ない。来る時は前もって『アレ』を貸して欲しいと言われ、準備だけしておくと使用中は追い出される。俺が追い出されているのを見ると村の未婚連中が徒党を組んで覗きに来るが、既婚組と見張りに大体撃退される。
「⋯⋯あんまり見ないでね?」
「お、おう」
普段なら振りかな? とか考えるが少し可愛いとか思っちまった、不覚。ちょっと照れてるのが顔に出てると思うので後ろを向き、準備をするように伝える。
「ん、いいよ」
振り返ると湯船に浸かって首だけ出した彼女、お湯を追加して湯加減を彼女に合わせる。
「どうだ?」
「あったかい⋯⋯」
ほぅ⋯⋯とか聞こえてきそうなくらい気持ちよさそうな彼女を見て、久しぶりに髪を洗ってやろうと櫛と大桶を持ってくる。
「ほら、背中を」
「ふふ、ありがとう」
櫛⋯⋯と言っても木の板に刃物で深い切れ込みを入れてちょっと整えた程度のものを、彼女の長い髪に入れつつ流していく。
「ねぇ、外ってどんな感じなの?」
不意に尋ねる彼女の言う『外』とは、当然ながら村の外の事だ。基本的に一生の殆どを村で過ごすらしいこの村の住人は、外に出る事に極度の躊躇いを感じるらしい。よって、今では俺以外には外を見て回った事がある人間はいない。
「そうだな、結構沢山のモンスターがいるぞ。今日狩ってきた⋯⋯俺の数倍はあるやつは近場に多いし、すばしっこい角の生えた小柄なのもいる」
「危なくないの?」
「危ないよ。けどそいつらは基本襲っては来ないし、時々突っ込んでくるのもいるけど大怪我した事はないだろ?」
『外』を知らない彼女は、今まで生きたモンスターを見た事が無い。ガウシカやポポなんかは飼い慣らせそうではあるが、ポポは兎も角ガウシカを捕まえるのは難しそうだし、ポポは下手すると潰されるくらいの重さと大きさをしているので引っ張って帰るのは無理だ。
「昔、あったよ。血塗れで帰ってきたの」
「⋯⋯今だからいうけど、アレはいきなり現れたモンスターにびっくりして崖から落ちたのが原因」
「⋯⋯なにそれ」
当時血塗れで帰った俺を見て大泣きされた身としては、まさか分不相応に肉食獣に挑んでボロ負けして逃げ帰ったとは言えない。村長以外には言ってないのは、言えば必ず狩りに待ったがかかるからだ。
「でもまぁ、危ないのは本当だ。俺が狩りをする時の数倍早く狩りをする奴もいるし、大きな抜け殻を見た事もある」
「無理して挑んじゃダメだよ」
「⋯⋯あぁ」
挑戦して負けた後です、なんて言えない。なんだかしんみりとした雰囲気を打開すべく、真っ直ぐになった髪に布を押し付けて水気を抜くと、頭を撫で、立ち上がる。
「もういいぞ、早く行かんと折角狩った肉が無く⋯⋯あっ」
「うん、そうだ⋯⋯ね⋯⋯ッ!? 」
ゴッ!
恐らく人体が発してはいけない、以前大猪にどつかれた時以上に酷い音と共にぶっ飛ばされた。
「もう!」
顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒る彼女の、一瞬垣間見えたマシュマロは、兼ねてよりの予想以上に大きく柔らかそうだった。このあと暫くの記憶はない。
「さて、報告を」
いつもとは段違いに真面目な空気の中、村長の言葉を聞いて前に出たのは覗組である村長の所の長女と鍛冶屋の妻だ。
「結果は失敗、いつも通りです」
失敗した作戦とは、自称《狩人》の青年、ミコトを村に括り付ける為の作戦である。奴に自覚があるかは兎も角、奴の時々見せる発想なんかはまさに革命的の一言であるし、奴が『外』に出て肉や薬草を持ち帰るようになってからは病気になる奴も減ったし死人も減っている。
「やはり、旅に出るとか言う考えは捨てさせられんか⋯⋯」
今ここに集まっているのは、ミコトに近い立場にある者だ。村長家、俺(鍛冶屋)、その他ご近所が集まり『旅に出ようかなぁ』等と呟く奴の試みを阻止する為の会議だ。
「だがよぉ、村長。前までなら兎も角、今奴が不在になるのは不味いぜ?」
「分かっとる。万一旅先で他の村で同じ事をされたら、その村はミコトを手放さんだろうしの」
この村の『外』にも、村があるにはあるらしい。とはいっても交流はなく、あくまで御先祖が言うにはだ。
「何よりこの村でモンスターと戦えるだけの経験があるのはミコトだけだ。俺達も力任せに刃物を振るう程度は出来るだろうが⋯⋯」
そう言うのはこの村の東側一帯で、掟破りを拘束する事を生業にしてきた一家の主だ。戦闘能力は他の村人よりあるはずだが、以前鳥竜種の襲撃を受けた時には成す術もなく逃げ惑うしか無かった。
「力任せではより力の強いモンスターには勝てぬ。不意を付けば傷付けるくらいは出来ようが⋯⋯」
そもそも襲い来るモンスターの不意をつくのが殆ど不可能だ。モンスターの知覚は常人を遥かに凌駕するので、こちらが見つけた時にはあちらはもう走り寄っている。
「最早嫁を娶らせるくらいしか無いと思ったが⋯⋯リリも存外にヘタレじゃからなぁ」
リリはこの村の女の中でもミコトとの距離も近く、リリがミコトに惚れているのは周知の事実だ。知らぬはミコトばかりである。
「奴も性欲が無いわけじゃないみたいなんがなぁ⋯⋯」
小指を立てて上下に揺らしていると妻から鉄拳が降ってきた。
「ミコトはなんというか⋯⋯その辺やけに慎重だからね。間違いなく一番強いのに威張ったりしないし、まぁそこがいい所なんだけど⋯⋯」
頬を赤らめながら言うのは奴に懸想する、リリ程では無いがやつと仲の良い娘だ。歳はミコトより幾つか上であり、奴には近所の優しい姉さんとしか思われていないのは自覚しているらしい。
「その辺はミコトだから、としか。元々落ち着いたやつだったから『外』を見に行くとか言い出した時は大騒ぎだったなぁ」
ご近所の、親のいないミコトの面倒を昔から見ていた男の発言で、昔の奴を思い返す。⋯⋯工房にやって来ては刃物を眺めて帰っていく変な奴だったな。
「まぁ今までちゃんと帰ってきてるんだ、案外奴なら何処に行こうとひょっこり帰ってくるだろうとは思うがな」
「だがなぁ⋯⋯こう言っちゃ何だがミコトがこの村にいる事の利点ってそう無いだろ?そこがなぁ⋯⋯家族でもいればいいんだが」
因みに、既に何度か議論は行われており、その度に彼に家族がいればいいという結論に達している。だからリリや他の女をけしかけているのだが、奴は一向に食いつかないのだ。
「女で駄目なら男は⋯⋯?」
それを口にしたのが誰だったのかは不明だ、有り得ないだろうし万一そうだとしたら誰が行くのだとも思う。空気が死んだ。
「それじゃ!」
「「「!?!?!?」」」
それでいかれても困る、というのが全男の総意であり、また一部奴に懸想する女は絶望した顔をしている。
「さて⋯⋯誰が仕掛けるかじゃが⋯⋯」
未婚の男共、特に奴の同世代が一斉に後ずさる。村長が一人一人の顔を覗き込み、誰をけしかけるかを考え始めたその時、
「村長!ミコトが来ます!」
「全員片付け!」
一斉に会議室の様相を崩し、さも肉を解体していたかの様な姿勢をとる。実際、話し合いに参加していなかった連中は解体と仕分けを行っていたので多分誤魔化せる。
戸を叩く音が聞こえ、村長が入室を促すとリリと二人で入ってくる。奴の頬に真っ赤な椛印が付いているのはなんだろうか、いや犯人は分かりきってるんだが。
「どうも、肉の解体は進んでる?」
「あ、あぁ。進んでるぜ」
先程後ずさった男の一人が応えるが、顔にはありありと『お前は男が好きなのか?』と書いてある。
「それは何より。手伝う事はあるか?」
親身に役に立ちたいと思ってるのは伝わるのだが、解体作業をしていた男はビクリと肩を震わせる。
「い、い、いや、大丈夫だ。あっちで休んでるといい」
「そうか?まぁこんだけいれば手数は足りるよな」
男が指差した先では男共が村長に何かを囁かれ、死んだ様な顔をしている。一緒に来たリリは姉等に連れていかれ、恐らくは椛印の理由と成果を聞こうとしているのだろう。成果は時間的に火を見るより明らかだが。
「さて、村長。俺はそいつの武器を手入れしてくるぞ、肉の処分先を決める時は呼んでくれや」
周りの男共から『お前だけ逃げるのか』なんて目線が突き刺さるが、幾ら何でも妻子持ちのゴツイ男が好みなんて事は無い筈だ。そもそも奴は普通に女好きだと俺は思う。
この後どうなるか、実に気になるが間違っても当事者にはなりたくないので後で妻にでも聞こうと決め、手を振って工房へと戻るのである。
よくよく考えたら村のほぼ全員が集まっているのだ、流石は有事の際の避難場所なだけあって大勢が集まるには十分の広さがある。
「⋯⋯なぁ、お前ら?」
「お、おう。なんだ?」
腰を下ろした先で目が死んだ男共が挙動不審にしていたので声を掛けたのだが、これは何かあるなと察知する。
「何かあったのか?」
「⋯⋯(隣の男を肘でつつく)」
「⋯⋯..(爆散寸前のカクサンデメキンの様な顔をして耳を貸せと仕草をする)」
同世代で割と仲の良い筈な二人の不審な動きに戸惑いを覚えつつも、近寄って来た男の小声を聞き漏らさぬ様に耳を澄ませる。
『なぁ、お前男同士の恋愛ってどう思う?』
⋯⋯は?
「⋯⋯え、なにお前ら。仲の良いと思ってたけどお前達実はそう言う⋯⋯?」
男二人は安心した様な顔で首をブンブンと振り、清々しい笑顔で肩を叩いて村長の元へと向かっていく。去り際に一言。
「お前にそっちの趣味があったらどうしようかと思ったぜ⋯⋯良かった」
「安心したぞ、うん」
この後俺が真剣に長旅を計画した。
またつまらぬものを書いてしまった
╮(´・ᴗ・` )╭