Epic_of_Remnant another 完全臨界特区 高天ヶ原(Fate/Grand Order)   作:RUM

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第二章になります。
最後の最後にオリジナルサーヴァントが現れます。
なにぶん素人なので、誤字などがあれば遠慮なく。



fate /grand order 完全臨界特区 高天ヶ原 第二章

「う、ううん……」

目が覚めた。地面に横たわり、天を向いている。目覚めた瞬間に天頂の星とそれに届くであろう高さのビルが視界に入った。

「ここは、東京?」

スクランブル交差点の真ん中で倒れていた。電光掲示板も街灯も車も人気もない気配もない、何もない。どういうことだ?

「東京だよな?」

その疑問は、周囲を見ればすぐにわかった。あらゆるところで日本語表記が見られ、標識にはしっかり日本語で「東京」の文字がある。

だとしてもこれは不自然すぎる、静かすぎる。犬も猫も人も鳥の存在が感じられない。完璧な無の世界だ。普通こんなことはない。ここは東京のスクランブルだぞ、世界でも有数の交通量を誇る場所だというのに……

「とにかく、歩いて探索しよう」

 

―――一時間後

 

立香はビルの屋上にいた。

無人の都会を迷わない程度に探索をしてみたが、自分の知っている東京都は若干赴きが変わっている。高所に登って俯瞰して見ても、東京タワーもスカイツリーらしい建物も確認できない。加えて最も気になったのは―――周囲を囲む城壁だ。

悪性隔絶魔境「新宿」の時と酷似した数百メートル近い壁が東京の外周を囲っている。加えて、本来の東京にはない建物もいくつか見受けられた。

 

―――バレルだ。それも数基が城壁の接点に立てられている。

 

新宿で衛星を装填するために作られた惑星破壊の装置。あの時は衛星を破壊して終わらせたが、まさかあのアラフィフ紳士がまたやらかしたのか? だったら今度もまた何かコンタクトがあってもおかしくないのに。

「――――――」

 ふと手の甲を見た。赤い令呪の文様がはっきりと残っている。カルデアで意識を失ったときはひどく痛んでいたが、今は痛みが一切ない。それに黒ずんでいる。

(どういうことだ?)

「新茶がやるには大胆だよな、それに……」

犯罪界のナポレオンは現在、俺のサーヴァントで協力者だ。彼がまた悪さをするとしても、想像できるのは特異点一つを使ったマジックショー程度だろう。

「そのマジックが問題なんだけどな……」

チェイテピラミッド姫路城のメカエリちゃんの件もある。だがその程度ならギリギリ許容範囲内。

「にしても、ここまで何もないと……」

特異点の時はマシュがいた。亜種特異点ではカルデアのサーヴァントたちがいた。しかし今はどうだ。誰もいない。自分一人で何もかもやらなければならない。

「考えても始まらない」

まずは行動あるのみだ。衣食住ができる場所を確保して、カルデアとの通信ができれば御の字だが、生憎通信機器がない。一方的に通信が来れば願ったり叶ったりだ……

「レイシフトは国連で禁止されている。ダヴィンチちゃんの救出部隊が来るかもわからない……」

絶望的可能性の低さ。あきらめも肝心だというが、これでも往生際の悪さだけは自信がある。

「よし、まずは食料と住居だ」

電気は通っているようだから、コンビニで食料は確保できる。住居はビジネスホテルがあれば十分だ。だったら、まずは駅を探そう。駅の近くに、コンビニもホテルもある。願わくば自分と同じ境遇の人がいれば……

 

 

―――いなかった。

 

 

 コンビニは店員がいない。ビジネスホテルには従業員がいない。総じて客もすれ違う人もいない。本当にもぬけの殻だった。コンビニは商品が整然と並び、道沿いの商店も異常が見られない。ビジネスホテルも確認してみたが、全室の鍵が揃っている。まさに『生物だけがごっそり消えた』ようだ。

 しかし分かったこともある。

今日の日付は十月十八日、午後九時過ぎ。レイシフトしたのであればカルデアとの時間の差異も説明できる。人もおらず時間が止まったような世界だが、時間の概念はあるようだ。

「本当に人だけいなくなってる」

コンビニから食べ物を、服屋から上着を、ビジネスホテルの一室を、それぞれ書置きを残して借り受けた。ビジネスホテルに戻り、気分転換にシャワーを浴びて、ベッドで休むことにした。カルデアとの連絡は依然なく、しばらく待つことになりそうだ。

「令呪……」

赤い刺青の紋章。サーヴァントとの契約が残っているのなら、サーヴァントとの繋がりは残っているということだ。それならばいつかカルデアと通信できるはずだ。希望的観測に過ぎないがダヴィンチちゃんもサーヴァントもカルデア職員も優秀で信頼できる。マシュも全幅の信頼を寄せられる理想の後輩だ。彼女たちなら必ず、助けてくれる。

「だったら……」

こうしていられない、自分もできる限りの情報を集めないと……

食べ物を口に放り込むと、もう一度付近の探索に出ることにした。もしかしたら何か見つかるかもしれない。

ビルの切れ目の大通り。コンビニ、飲食チェーン店、デパート、証券会社、不動産、保険会社。左右にぎっしりと詰まった店の数々。店内を可能な限り確すると、書きかけの書類、口の開いた宅配便、電源が入ったままのパソコン。どうやら人のいた気配がある。証券会社の個人用のパソコンをいじって最終更新時間を見てみたが……少なくとも数日前のようだ。

路肩に寄せられた宅急便のトラック、駐車場の民間車両の全て車内を確認してみたが、飲みかけの缶コーヒーやどれも人がいた気配がある。クール便のトラックからは魚や生肉の腐敗臭で鼻が曲がりそうだ。しかし確かめないわけにもいかないので、吐き気がする臭い扉を、意を決して開いてみると……

「……こ、これは……ぐぶッ!」

ヤバイ、吐きそうだ。積みあがった発泡スチロールから腐った臭いが車内に充満している。赤みが所々黄色く変色し、油の分解が進んでいるのか、妙に甘い匂いが鼻につく。

「少なくても数日はここに放っておかれたみたいだな……」

口を押えながら扉を閉めて密閉する。人間が消滅してから少なくとも数日、ここはモヌケノ殻ということは特異点ができて少なくとも数日は経っているわけだ。

 訂正。そもそも特異点である保証もない。下総国の際は平行世界だった。一概に決めつけるのは良くない。だが、この区域を囲っている巨大な壁、新宿のバレルのような複数の建物が、脳裏で怪しく焼き付いていた。

「何があった、ここで……」

特異点だろうと異世界だろうと、並行世界だろうとやることは変わらない。だが、自分一人で何もかも解決できたためしがない。隣にはいつも後輩がいて、背中はサーヴァントたちが守ってくれていた。自分は前を向き、自分に出来る最大限のサポートをするだけだった。

「―――なにか、他に出来ることはないのか……」

奥歯をかみしめた。平凡な自分の頭をフル回転させて、できることを模索する……

「―――よし、決めた」

バレルに行こう。あの施設が重要なところであるのなら、敵であれ味方であれ、サーヴァントがいるはずだ―――敵がいるのは御免被りたいが、今はそれしかない。

 

 

―――閑話休題

 

 

「ここか……」

最寄りのバレルの前で見上げる。新宿の特異点では惑星破壊用の銃身だった建物が、この東京には城壁の一部として数基が取り込まれている。入り口は正面に一か所だけ、他の侵入口はなく、窓らしいものも見当たらない。まるで巨大な金属の柱だ。前にこの建物に来たときはエミヤオルタが守っていたが……

「雀蜂百人とかやめてくれよ……」

警備員らしい人影がないのはうれしいが奇襲されないとは限らない。警戒していこう。

「……お邪魔します」

恐る恐る内部に入った。室内は薄暗く、照明も最低限で、棚どころか家具もインテリアもない。円形の柱だけが立ち、白い床が一面に広がり、最奥のエレベーター乗り場が直接見える。まるで支店が入っていないデパートのようだ。

しかし天井の四隅に監視カメラが自分を監視していた。赤ランプがついているということは、最低限起動しているようだ。

「見られているのか?」

しかし、場は物音も風音もなく静まり返っている。藤丸は息を呑んだ。このような状況は経験したことがない―――無意識に体全体の筋肉が収縮して身構える。

「―――落ち着け……」

深呼吸して心臓の鼓動を抑える。周りが静かすぎると心臓の緊張した鼓動が耳まで届いて余計に強く感じる。呼吸を深くして肩にこもった力を抑え、片手で軽くもんで強張りを緩めて前方を見据える。

「だれもいないよな……」

一切のリアクションがないのは、逆に緊張する。だからと言って、敵が出て来られても困る。味方のサーヴァントなら言うことないが、だったら気付けばすぐに駆けよるだろう。

「いたとしても敵性勢力か……」

監視カメラから自分の姿は見えている。呼びかければ聞こえるか? やめよう、そんな機能があるとは思えない。このような場合は挙動不審な行動しないことを心がけよう。

「それよりも、上に行こう」

一階突き当りのエレベーター乗り場で、上りボタンを押すと、すでに一階で待機していたようで、一秒も待たずエレベーターの扉が開いた。

「―――」

最上階は六十階を行き先に設定する。この階数ともなると高さは超高層ビルなみだ。このような建物が周辺に数基あるとなれば、現代の東京にしてみれば異質だろう。少なからず、この異常な状態に対して影響を与えているとすれば、この建物の存在にも合点がいく。

「なんたってあのバレルだもんな」

最上階へ向かうエレベーターの中で藤丸立香は呟く。新宿の時の記憶がよみがえる。ホームズ、モリアーティ、ジャンヌ、セイバーオルタとの楽しくも厳しい戦いだった。その決戦の地にまた登ることになろうとは思いもよらない。

 

―――ピンポンッ!

 

 最上階六十階に到達した。エレベーターが開いて、まず目に入ったのは―――強大な石碑だった。

 魔術の方陣が描かれた床の中心に佇み、見ているだけで風が体に吹き付けを感じさせる強い魔力の気配が、モノリスから放たれていた。モノリスを囲む方陣は紫に発光し、モノリス自体も紫のオーラを纏っていた。

「結界か?」

魔術の素人でも経験則で分かる。ゲームでもモノリスは大体仕掛けの中心になる。特にこのようなあからさまに重要そうな施設なら容易に推測できる。

「―――どうする……」

モノリスの近くまで寄るか? 見たこともない石の柱に藤丸は興味を抱くが、理性が動きを躊躇させる。見るからに重要そうな施設に防御設備の一つも配置しないのは、明らかに可笑しい。自分であればセンチネルの一体でも配置する。アサシンエミヤやロビンフッドあたりは、このフロアに来た時点で出入り口を完全封鎖してビルごと爆破解体すると言い出すだろう。

「―――何もなければいいが……」

モノリスの接触は無理でも、モノリスを囲む円形の方陣の外からは見ても支障はないはずだ。藤丸は慎重に一歩一歩安全を確かめて足を踏み出す。モノリスまで約五メートルのところまで来た。円形の方陣の外周ギリギリの地点、足先が術式のすぐそこまで来ている。

「メディアが来てくれていれば一番良かったんだけど……」

自分も多少の魔術の手ほどきは受けたことがあるが、実戦的とは言えない。あくまで習い事としての軽い講座だ。魔術というにはほど遠い。

「これでもマスターなんだ…… 何か役立ちそうなことはないか?」

身を乗り出し、眉をひそめてモノリスを注視すると、表面を削って彫り込まれていた。

 ―――どこかの記号か、文字のようだ…… すり減って何なのか見分けがつかない。文字であるとするのなら、日本語ではない、英語の筆記体でもない、マニアックなところではウルク語も除外できる。古代エジプトの象形文字も無論除外。 

 もし完全な記号だとするのなら魔術的意味の略称、公職詠唱用の記号が考えられるが、これも専門外の分野だ。

「うーん……」

もうここで分かることはない。さっさと逃げよう。時間が経つほど危険度が高まる。

 藤丸はその場を引き返してエレベーターに乗る。エレベーターに乗る際にも、ここで爆破すれば始末は簡単だろうに……と思いつつ、一階のボタンを押す。

 エレベーターは静かに一階へ降りていく。

どうも腑に落ちない。自分を呼び寄せたのが敵とするのなら、今の今まで接触がないのはあり得ない。仮にここに来たのが偶然だったとして、ここはどこなんだ。先ほどのモノリスは明らかに本来の東京にない人工物。しかも、新宿の時のバレルにあった。

「人工物が自然にできるはずがない……」

何かある。見逃している何かが……

 腕を組み、眉を寄せて考える。今わかっていることすべてをまとめて、客観的に思考してみたが、あの探偵のようにはいかない。

「やっぱり、魔術素人が探偵の真似事などできるわけ………」

 

―――ゴドン!

 

「な、なんだ」

爆発音がした。地面から藤丸のいるエレベーターまで伝わるほどの揺れだった。幸い、揺れば微弱で姿勢を保てていたが藤丸は迷うことなく、非常停止装置を押したエレベーターは最寄りの階に停止し、ドアが開いた。

「十六階…… 一階までは遠いが、しょうがない」

エレベーター脇の非常階段を急いで下る。爆発の原因がどうであれ、火のないところに煙は出ない。

「―――はー、はー、はー、ふう、やっと着いた……」

足を止めずに下り続け、一階まで下ると息を歩きながら軽く整える。一階に変わった様子はなく、爆発が起きたとは思えないほどだ。つまり、ここに影響が起きない地点で爆発が起きたわけだ。

「ハ――、はぁ…… よし、行こう」

藤丸は施設の外に出て付近を見回したが、爆発の影響があった様子はない。もっと遠くで起きたのだろう。藤丸は寝床に決めたビジネスホテルがある方向に走る。何かあったとして今の自分に一番重要なことは安全な場所を確保することだ。

 爆発の方向が分からない以上、ビジネスホテルに戻る方が賢明だ。あそこならどこに何があるのかは調査済みだから何かがあってもすぐに逃げられる。

「―――――ッ!」

バレルから百メートルほどの十字路の角を曲がった直後、藤丸は急に足を止めてビルの物陰に姿を隠した。

 

―――人がいた……

 

 数人の全身フル装備の鎧の兵士が徘徊している。藤丸は顔を半分陰から出して様子を伺う。今、見えている兵士は六人、装飾のない簡略化された甲冑なので兵卒(最下級の兵士)だろう。身長は自分と同じくらいか、それ以上。

(さっきまで誰もいなかったのに……)

何もなかったところに、兵士が現れた。であれば、その敵もいる。爆発を起こした原因と爆発を止める敵、二つの勢力がこの周辺にいるとするのなら、俺はどこの勢力に付けばいいのか……

「―――ここは危険だ」

敵の近くにいることはサーヴァントのいないマスターにとって命の危機そのものだ。出来れば安全なところまで逃げたい。藤丸は呼吸を押し殺し、体を前に向けたまま静かに後退する。足音一つ、吐息一つが命の取捨を分けえない状況に、バクバクと拍動する心臓の脈が、耳の中で大きく聞こえる。ゆっくり、ゆっくり、姿を悟られないように、身を引いていき……

 曲がり角まで後退するとビルの陰に身を隠して心臓を落ち着かせる。敵らしい人影はここからは見えない。まずは一安心。

「ふう……」

肩に入った力が抜け、藤丸はその場に腰掛ける。サーヴァントがいないだけで、安心感がまるで違う。自分独りだけで全てを熟さなければいけない場面はほぼなかった。はぐれても待っているだけでサーヴァントたちが守ってくれた。寂しくてもマシュが温かく微笑んでくれた。

 だが焚火のような温かさはない。感じたことのない孤独感と恐怖に手が震え、寒さが体の芯に届く。大丈夫、大丈夫と心で呪文のように唱えながら、藤丸はまた立ち上がった。

―――休憩は終わりだ、ここから逃げよう。

 敵がいることを考えると、他にも複数の集団がいるかもしれない。最悪の事態でない限り走りは厳禁。見つからないように、某潜入ゲームのように動くことを心得なければ。

「―――参考になればいいけど」

藤丸は曲がり角を警戒しながらゆっくり物陰から物陰に移動する。車の影を巧みに利用して動き続ける。

―――ヤバイ!

突然、十数メートル先の交差点から兵卒の横隊がこちらに曲がって来た。藤丸は乗用車の陰に身を潜めてゆっくり横隊をみる。横に五人、縦は……兵卒が重なっていて詳しく把握できないが、一番危険なのはこちら側に向か合ってきていることだ。

(これじゃあ、見られる。物陰に隠れても見つかる)

乗用車の長さでは横隊の視界の広さをカバーしきれない。

―――こうなったら……

逃げ道はなくなるが、車体の下に隠れてやり過ごすしかない。藤丸は車の下に潜り込んで息を殺す。それでも荒い息が収まらないので両手で口を塞いで鼻だけで呼吸をする。

 規則正しい歩幅で同じ動き方で歩く兵士たちが藤丸の隠れる乗用車に迫る。横隊が藤丸のすぐ脇を通過する。

―――見つからないでくれ……頼む……

口を押える両手に力がこもる。ここで見つかれば確実に殺される、恐怖で涙が目にあふれ、背筋が凍り付く。頼む、頼む、頼む、と心で連呼して横隊が完全に通り過ぎるまでの一分間ずっと呼吸を殺し続けた。

―――行ったか?

横隊が曲がり角に消えるまで隠れ続けて、安全を確保したところで車の下から這い出た。

「ハァ、ハァ、ハァ、危なかった……」

動いてもいないのに息がとぎれとぎれ。藤丸は一旦息を整えてから、また歩き出した。

 

―――閑話休題

 

 藤丸は途中で何度か兵士を隠れてやり過ごしながらビジネスホテルに向かって歩を進めていた。ビルの間の横道を巧み使って兵士をやり過ごし、屋上から屋上に飛び移るといった芸当までして見せた。それでも兵士たちは巡回範囲を広めているようで、何度も見つかりそうになりながらも、追いかけられることはなかった。

「あともうすこし……」

ビジネスホテルまで四分の一もない地点まで来た。ここまで何もなければいいが―――そう、うまくはいかないよな……

 藤丸が横断しようとする道路の先に兵士が迂路ついていた。

毎度のごとく物陰に隠れて動きを探ってみると、彼らは部隊を分割してビルの中をしらみつぶしに探している。あれではビジネスホテルに戻っても見つかるかもしれない。しかし迂回できたとしてもこの周辺は敵兵だらけで、いつ見つかってもおかしくない。彼らが生きている人間ならば声をかければどうにかなるが、全身鎧で槍、刀、剣を握っている時点で、現代の人間か怪しい。もしかすれば、イスカンダルの「王の軍勢」のような使役されるサーヴァントの可能性もある。

 要するに今は逃げるか身を潜めるしかない。あの兵士たちを避けて包囲網されていないどこかに逃走するしかない。

―――ビジネスホテルに逃げるのはやめよう。

 引き返すことも考えたが兵士がどこにいるかもわからない以上、また同じところに行くのは愚行だ。もっと兵士がいない、隠れる場所にでも行かない限りはどうしようもない。

―――ここではないもっと別のところに行かないと……

 藤丸は車の影を移りながら、兵士がいないと思われる方向に進む。通りの先にいる敵に見つかれば一巻の終わりだ。

藤丸の拍動が高鳴り、息をひそめても息遣いが抑えられない、深呼吸しても拍動が止まらない。あらゆる音を抑えても、自分と兵卒以外誰もいない空間ではほんの少しの音も大きく聞こえ、致命的になる。それが藤丸の恐怖を煽る。自分が何もできないのが、怖い。

走れない、走ったら見つかるから。

呼吸を潜めろ、呼吸音が止まらない。

 足音を隠せ、影を移るときは早足になる。

 移動する行為すべてが藤丸のプレッシャーを与え、個々から動かない方がいいと思わせる。だが、それでもは意味がない。ここに兵士たちがいる以上、必ず見つかってしまう。動かないのは、愚行過ぎる。今まで遭遇した兵士の数を思い浮かべても、それは自明だった。

 車の陰から街路樹へ、街路樹の陰から車へ、車の陰から建物の柱まで……

 一つ一つ細心の注意を払って、先へ先へ進む。

 そして歩くこと十数分、藤丸は最初に自分が倒れていたスクランブル交差点の入り口まで戻った。

「ここまで来たのか……」

兵士たちを避けて避けて避け続けて、よもや最初の地点に来るとは思いもよらなかった。スクランブル交差点はその広さ故にかなり開けた作りになるのが常だが、此処には兵士たちは見当たらない。まだ来ていないだけかもしれないが、ひとまず誰も見当たらないのは幸運だ。

「……ふう」

藤丸は大きく息を吐いた。バクバクした心臓を落ち着かせ、一旦膝に手を付く。座ってもいいが、このような場面ではすぐ動けないといけない。何より、一旦座ってしまったら立ち上がれなくなるかもしれない恐怖があった。

「―――早く休めるところに行かないと……」

息も整え、心臓も落ち着いた。

「―――よし、行こう」

行く当てはないが、来た方向に歩いて行けば兵士たちから逃げられるはずだ。

 藤丸がスクランブル交差点を避けて、歩き出した直後!

 

―――ブスッ!

 

 突然右足に力が入らなくなった。「なんだ?」と思った瞬間、右足のモモから熱い不快感と激痛が体を駆け巡った。

「ああああああああああああ!」

脚に矢が刺さっている。太い矢尻が右足を貫き、矢の半分が真っ赤に染まっていた。貫いた矢からぽたぽたと血が伝わって地面を紅くする。赤く矢じりで裂けた血肉がズボンの中でふくらみを作り、ズボンが赤く染まる。

藤丸は立っていられずその場に膝をついた。周囲を見回すと、左から兵士の一団がこちらに走ってきている。藤丸は歯を食いしばって使えない右足を庇って立ち上がり、全体重を左足で支えながら右足を引きづって逃げ続ける。走ろうとしても足が動かない。歩くよりも遅く、敵との間は狭まるばかり。

兵卒たちは藤丸が動けると分かるなり、また弓を射る。矢が上空から何本も降ってくる。大半は僅差で外れていくが…… 

そのうち一本が、藤丸の背中を貫き、下腹部から血染めの矢じりがギラギラとした切先を覗かせていた。

「ぐう、ぐう、ぐあああああああ……」

体から一気に血の気が抜ける。体を貫いた不快感と痛みのあまり膝をつく。矢じりからドロっとした赤黒い血と、ザクロのような鮮血が入り混じった鉄臭さが鼻を衝く。体が酸素を欲して息が事前と荒く、動こうとしても血が抜けすぎて力が出ない。足を動かしても蹴る力が足りず、ズリズリ地面を靴が滑るだけで一向に動けない。

右手を矢じりが貫いた下腹部に当て、赤黒くなった左手、地面を滑る左足で何とかその場から動こうとする。四つん這いならぬ、二つん這いで少しづつ動くが、それよりも早く血が抜ける。矢先から音を立てて血が滴るたびに息が荒くなり、動く力が消えていく。

 後ろから敵の足音が高くなる。

 藤丸は逃げる。足を、手を、体を、全てを使ってもあきらめずにがき続けるが、血だまりが広がるだけでほとんど動けずに、ついに力尽きて自分の作った血だまりに倒れた。粘性の冷たい血液が頬に触れる。鼻腔が鉄臭さで充満し、手の色が青白く、死体のように色味が抜ける。

―――敵の走る音が止まった。

 ガチャガチャと鎧の擦れる音が耳元で聞こえる。

 だがそれも遠くなる。意識が深くまで埋没するようで、体が寒く感じ、眠気が藤丸を死の淵に沈む。視界が霞み、さっきまで見えていたビルにドット絵のモザイクがかかる。

 兵士たちは藤丸の周りを囲む。

藤丸は力を振り絞って、手を伸ばす。どこにも触れることはなく、ただ逃げるために手を伸ばし続ける。

あきらめたくない、諦めたらそこで死ぬ。

―――意識が遠くなる。

考えろ、逃げる方法を探せ。

―――息が途切れ途切れになる。

考えるのをやめてしまったら、もう自分という意識を保てない。

―――血だまりが広がる。

カルデアのサーヴァントの顔がよぎる。

―――体温が地面に奪われ、冷たくなる。

 愛すべき後輩が『先輩』と自分を呼ぶ。

意識をかき集めて必死に抗う。抗う理由なんてとっくに考えられなくなった。それでもまだ、まだだ。諦められない。誰かのぼやけた笑顔が、掠れた誰かの呼び声が、自分の力をかき集めていく。誰かは分からなくなっても、『彼女』だけは悲しませたくないと、体全体が叫ぶ。魂に力が集まり、自分の中にあるすべてが抜け落ちた部分を修復するがごとく、死にあらがう。

―――今持てる最後の力を振り絞り、右手に力を籠める。

何ができるかわからない。

右手に、「何か」があったかもわからない。

目を向けても、全力で見開いても、視界全てが真っ暗。

「あきら、なるも、んか!」

右手に満身の力を籠める。最後の力すべてを集めて「彼」は心で体で、魂すべてを込めて助けを求められる「存在」に向かって全力で、叫んだ。―――だれでもいい、悪魔でもいい。「あそこ」に帰るために…… 

 

「―――来い、サーヴァント!」

 

 一瞬だけ、右手が光った。

 そして、声が聞こえた。それは救世の声か、それとも神の声か、藤丸に確かめる時はなかった。

『―――諦めの悪さは、一人前だな。もう大丈夫。安心しろ、私が助けてやる』

 目の前に何かが現れた。人だ。人間だ。何かわからない、何かが現れた。

 視界が薄暗くて見えない。だが、それでも現れた何かが誰かと戦っている音がわずかに聞こえた。

 

―――ああ、本当に来てくれたのか…… ありがとう……

 

その瞬間、抗う力もなくなり、正真正銘すべてを使い果たした男の意識は闇の中に埋没した。

 




かなり長くなりましたが、第二章となります。
第三章は……かなり後になるかな?
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