Epic_of_Remnant another 完全臨界特区 高天ヶ原(Fate/Grand Order) 作:RUM
遅れましたが、更新を再開します。
斉天大聖孫悟空。別名孫行者。
中国の四大寄書「西遊記」の登場人物。おそらく中国大陸最強の戦士の一人であろうこの人物は、最初は猿たちに崇められる美猴王だった。だが不老不死を求めて仙人に弟子入りした際に孫悟空という名を貰う。そんな彼が最も世界に名を馳せた逸話といえば、三蔵法師とともに天竺へ旅立つ話であろう。
彼はその時の功績で仏の名に連ねることになった。
「なんていうのは、もう意味のない戯言だ」
彼は決まって自分の過去話の最後を締めくくる。彼にとっては仏の名は通過点に過ぎなかった。
天界、人界、冥界。孫悟空はそれすら広いと感じていた。そして自分はその中で最強だった。負けことはあったが敗北はしたことがない。最後は勝っていた。天狗のように鼻を伸ばすほどに得意げになったが、世界を知った時、伸びきった鼻は完全に折られてしまった。
斉天大聖は天竺への旅で、世界を知った。自分の過ごしてきた天界も人界も冥界ですら世界の一部分でしかなく、仏の序列など無意味だと気づいた。「世界は広い」と一度は聞いたことである言葉を彼はプライドを抉られるほどに思い知らされた。英雄となって座に名を刻んでからは更にそれが加速した。
古代ウルクの英雄王、影の国の女王、ブリテンの騎士王、古代エジプトの太陽王、中東の大英雄、施しの英雄、授かりの英雄。そして、獣の因子。
世界は広過ぎた。
天狗でいたことが恥ずかしい。
だが、それで最強を諦めるほど馬鹿ではない。
誓った、あの軟弱泣き虫法師に。
「俺っちは最強だ」
初めて会い、弟子となったあの瞬間から法師の中での最強は俺になった。普通は信じないだろうが、あの法師はどこか抜けてて馬鹿正直に「そうなんだ。だったら、旅も安心ね!」とほざいて、手当たり次第に連れ回されて「悟空がいれば大丈夫!」とか小っ恥ずかしいことも連呼された。
しかし、それがいかにせん嬉しくなり、いつしか自分の誇りだった。玄奘三蔵法師の最強の弟子の称号に居心地の良さとプライドを詰め込めるほどに。
だから、この大見栄を切ったからには、最強で居続けるしかない。これで最強でないと笑われでもしたら、今度こそ本当に自分は泣き虫法師に顔向け出来ない。
「俺っちは最強だ。アイツの弟子としてそれだけは譲れない!たとえ世界に強豪がいようとも、俺っちは最強で居続けてみせる!」
ゆえに、孫悟空は棍棒を振るう。
「さぁ。死にものぐるいで、プライドも、誇りも、全て賭けた勝負と行こうか!」
「こい、英雄!」
「おうよ!」
道路がえぐれるほどの踏み込みで悟空はスカサハに肉薄し、棍棒を振り下ろし叩きつける。スカサハは赤槍で向かい打ちながら槍を倒して勢いの向きをずらす。棍棒は赤槍を辿りながら道路を破壊し、沈黙した。
「甘い!」
スカサハは2本目の赤槍を左手に編み出し刺突したが、ライダーの鎧をかすっただけに終わり、ライダーはスカサハが二槍流に変わったため、追撃をやめて身を引いた。
「どうした?来ぬのか?」
「二槍流はちと珍しくてね。思わず避けちまった。そういえばスカサハの武術は最大六槍流だったな。腕が何本もある如来様ならイメージつくが、俺っちにはどうみても腕二本に対して六本の槍をあやつれるようには見えな……っ!?」
目を離した隙にスカサハの周囲に赤槍4本が支えもなく宙に浮かんでいた。切っ尖は常にライダーに向けられ、発射態勢で待機している。
「マジ、かよ」
「残念、こう言うことだ」
一斉に4本の赤槍が射出された。悟空は足元に霧を生み出し目にも留まらぬ速さで赤槍全てを避けてみせた。
「危ねぇな!でもこれで六槍流のからくりはわかった。この程度俺っちなら屁でもねぇ!」
悟空は霧を乗ってスカサハに向かって道路を滑走させる。
「さぁ、真名解放した俺っちの必勝パターンを見せてやるぜ!」
スカサハは槍を撃ち出し迎撃するが、全て棍棒に弾かれるが、悟空の速度は落ちない。むしろ上昇し、悟空は神速を持って、棍棒で辻斬りしようと言うのだ。対してスカサハは間合いを見計らい最小の動きで身を逸らした。
だが……いくら身を逸らしても棍棒はスカサハの身を捉え続ける軌道を描く。体を倒しても棍棒は自立しているように形を変える。
回避は不可だ。スカサハは守りルーンの出力を最大にする。
―――バコンッ!
鋼、いや超硬合金を押しつぶす重厚な破裂音がスカサハの横腹を突いた。悟空は全身に力を込めて高速下で棍棒をフルスイングした。スカサハの体がバットに打たれたボールのように放物線を描きながら宙を飛び、道路脇の服屋のショーケースに突っ込んだ。
「クリティカルってわけじゃねぇな?だが手応えはいい感じだ。ダメージくらいは入っただろ」
悟空はスカサハが突っ込んだ服屋に向かった。店内はスカサハが飛んだ軌跡を中心に物が散乱し、それ以外は理路整然としていて目立った損壊がない。
スカサハは店奥の服の山に埋もれていたが、悠長にしているとライダーの追い討ちが来る。彼女は衣服を払いのけて立ち上がった。
「どうだ?俺っちの一撃の重みは?」
「なかなかだ。腹が二つに割れると思ったぞ?」
「そりゃいい。もう一丁行こうか!」
悟空は俊足でスカサハに突貫する。
槍と棍棒がぶつかり合い火花が散る。
悟空はスカサハに対して反撃を許さず、一方的に棍棒を繰り出す。切り上げ、振り下げ、薙ぎ払い、突き崩す。しかしその全てをスカサハは槍で流し、悟空はそのたびに自然な動きで流れた攻撃を次の攻撃に繋げる。
まるで演舞だ。
一貫した流動的な攻防は一進一退というより一心同体。互いに自分の手の打ちを相手の手の打ちに照らし合わせて、最善の動きを連続させる。
悟空が攻撃側、スカサハが防御側。この構図は互いの武器の動きが止まるまで変化することはなかった。スカサハが一度、ルーンで加速して距離をとったからだ。
「厄介だな。その棍棒、ただの棍棒ではないな?」
交えてみてわかった。
悟空が本気を出した最初の一撃はスカサハの読み通りなら確実に避けることができたはずだ。しかし棍棒の軌道は常に腹を狙った。悟空はこれといって持ち手を長くするといった特別な動きをしていたわけではない。そしてこの攻防で、ライダーの攻撃は『一撃一撃の間合いが変化』していた。二度と同じ距離はなく、微妙な長さの違いがあった。
つまり、あの棍棒は……
―――瞬間的に長短が変化する。
「ああ。これも俺っちの宝具だ。面白いだろ?ケルト神話には無い意外性に富んだ武器だ」
悟空は朗々と語り、スカサハは緊張で手に汗を感じた。
彼女の読みは当たっている。
彼の持つ棍棒、名を『如意金箍棒』と言う。
孫悟空の持つ宝具の一つ。当初は海を支える重りとして置かれていたが、孫悟空が奪い取ってからは武器として使った。効果は単純で『長さ、太さ、硬さを任意の状態に変化させる』だけ。しかしその汎用性と拡張性は他の宝具とは一線を画す。
「間合いを測ろうとしても長さを変えられてしまうか……面白い」
間合いを自在に変化させられるなら、元から全領域が間合いだと割り切ればいい。
次はスカサハから詰め寄った。槍の間合いギリギリから攻め、棍棒の動きだけでなく長さにも注意を払う。スカサハの対応は適切で、先程の守勢がウソのように棍棒を流して攻勢を変えない。
悟空も何度か攻勢に転じようとしても、スカサハの動きが自分の動きを全て読み切っているせいで、守勢に回らざるを得ない。
悟空はスカサハとの実力差を如意棒の自在性で補うつもりだったが、これでは意味がない。
「だったら!」
悟空は突然、後ろに下がり火球を撃った。スカサハは槍で火球を両断して打ち消し、悟空に詰め寄るが悟空はよりも早く後退して、屋外に飛び出した。
「作戦変更としましょうか」
ライダーは足元に霧を生み出した。
孫悟空の第ニ宝具「筋斗雲」である。
「さて、影の国の女王様は高機動戦はお得意で?」
「知らんな」
「そうかい!」
悟空はスカサハに一撃。
防がれる。
続けて筋斗雲の流れに乗って後ろに回り一撃。
防がれる。
「甘い!」
スカサハは棍棒を押し込んで悟空の体勢を崩した。悟空の実力と宝具の特性を理解し、戦い方は完全に把握した今のスカサハなら容易いことだ。その隙に瞬時に二槍流に変え、魔力を槍にかける。
刺し穿ち、突き穿つ、不可避の宝具ーーー『貫き穿つ死翔の槍』が発動しようとしていた。
スカサハは踏み込んだ。二槍が赤く発光し、赤い六本の軌跡が悟空を空間に縫い付け……
―――ビリッ!
スカサハの体が麻痺した。突如、槍の発光が止まり、宝具の魔力が大幅に減衰し、悟空の一歩手前でただの槍になった。
「なっ!」
突然のことにスカサハは目を見開いた。悟空は槍を不発にされて隙だらけになったスカサハに、悟空は逆襲の一撃を浴びせる。ルーンで防御を固めていたもののスカサハの体は立ったまま、道路を引きずられるが、姿勢は崩さない。
「呪詛か!」
驚きが隠せない。守りのルーンは抜かりなく張り続けたというこに、ライダーの『宝具封印』が宝具を使用不能にし、威力も大幅に低下させた。
「ご明察!俺っちの神通力の一つで俺っちよりも強い奴らへの切り札だ。『貫き穿つ死翔の槍』と『死溢るる魔境への門』は俺っちにしてみれば相性最悪だ。この二つがある限り俺っちに勝利はない。だが!」
悟空が急接近し、スカサハは防御姿勢を取ったが間に合わず、彼の棍棒がまた同じ腹部に叩きつけられる。
「くっ!」
今度はルーンの守りを突破した。スカサハは痛みを無視して悟空に反撃しようとするが、体が震えが止まらず、思うように力を出せない、反応も遅すぎる。
「そらよっと!」
悟空は後ろに周りスカサハの腰椎に蹴り飛ばし、先程突っ込んでめちゃくちゃになった商店に鋭く蹴り込んだ。
「これぞ、ダイナミック入店ってか?」
斉天大聖は感嘆の声を上げ、勝ち誇った様子で店内を覗いた。二度の派手な入店のおかげで、店内は暴動の後のように荒らされ、床に所狭しと新品の服が散乱し、壁に掛けてあった服も全て落ちた。
その中にあった服の山の一つからスカサハは現れた。
「ほう、腰椎をへし折ったはずだが生きていたか?」
「生憎、弟子がいる以上、師は其奴よりもしぶとくなければならん。見事な一撃だが、それでもお前の蹴りはルーンの併用で容易く凌げる程度でしかない」
「言ってくれるじゃないか?宝具は沈黙してるっていうのに顔色一つ変えやしねぇ。でも、時間稼ぐくらいにはなるだろ。てな訳で、そろそろキャスターの言いつけを果たしますかね……っ!」
悟空はスカサハに突撃した。鍔迫り合いになると悟空は力尽くでスカサハを押し込み筋斗雲の加速力を上乗せしながら壁に激突し、轟音が店の壁を破った。砂煙とコンクリート片が飛び散るなか、二人は道路に飛び出した。スカサハは投げ出されて砂煙から抜けると、空中で態勢を戻しながら槍で勢いを殺しつつ着地した。
「どこだ?」
スカサハが見回すと彼女の上空で一筋の雲のが高速で流れている。
悟空の筋斗雲だ。
「っ、やってくれる!」
追いかけようとするが、筋斗雲と瞬足では分が悪い。加えてスカサハはマスターからも仲間のサーヴァントからも突き放されてしまった。
そもそも悟空の動きには不可解な点があった。妙に戦闘を伸ばしながら決定打になる立ち回りを避けていた。
スカサハはそれをわかっていたが、仲間のサーヴァントがマスターを確保する時間を稼ぐために乗らざるを得なかった。
―――悟空の目的は自分と同じ時間稼ぎ。
それがわかっていながら、時間を長く稼ぎすぎた。スカサハの顔から余裕が消えた。
スカサハが悟空との戦闘に苦戦している最中、藤丸とアサシンも苦戦を強いられていた。先回りしていた傀儡兵に車を大破させられ、徒歩での移動を余儀なくされた。
傀儡兵が追いかける中を、アサシンは藤丸を背負いながら片手で刀を握り逃走していた。持ち前の俊敏な動きも藤丸を背負っては発揮できず、傀儡兵もアサシンには劣るものの侮れない練度を持っていたため徐々に追い詰められている状況だ。
「アサシン、敵に先回りされてる」
「わかっている。だがお前がいる以上、無茶な動きができない」
今のアサシンに出来ることといえば、追手を正面から突破するか細い道に入ることで攻撃される方向を制限させることだけ。ジリ貧に変わりなく、下手に逃げれば袋小路に追い詰められてしまう。
「そこを退けぇ!」
アサシンの一閃は傀儡兵の首を刎ね、砂塵に返す。そこで生まれたわずかな陣形の穴をすり抜け、程よく手薄な場所を見計らって逃げる。
「はっ……ハーハー、ハー」
息が荒くなった。敵は明らかに自分の消耗を狙って追い詰めている。マスターを背負っての逃走はサーヴァントであれ重労働だ。消耗すればするほど傀儡兵でもサーヴァントは仕留められる。
「敵の思う壺か……」
かといってマスターを置いていくこともできない。自分は助かってもマスターが傀儡兵に殺されてしまう。それでは意味もない。
「アサシン、大丈夫か?」
「少し辛いがなんてことはない。この程度のことは生前で何度も味わった。気にするな」
「でも、辛そうだ」
「だが、休むわけにもいかない。今のうちに距離を稼がなければまたライダーが襲ってくる(しかし一体何者だ?あの火炎はサーヴァントのものだ。私たちを援護したように見えたが、あれは味方なのか?)」
っく、考えるな。それは安全圏に出てからだ。
アサシンは裏路地を突っ切り、大通りに出た。
「考えが甘かった……すまない」
アサシンが呟いた。
何事と藤丸が周囲を見回すと、敵だらけだった。通りには重装歩兵が長槍を突き出しながら数列に連なり、屋上には数十という射手が弓を引いている。いつでも襲い掛かれる状態でアサシンを待ち構えていた。
「アサシン、これまでだ」
重装歩兵の横隊から紅の鎧に身を包んだサーヴァントが姿を現した。右手には赤い長槍、左手には業物の日本刀を握り、額にはハチマキ、鎧は軽装で日本の趣があった。
「サーヴァント!」
アサシンは刀を構えた。マスターを背負っての戦闘自滅行為だがこうも囲まれては、戦わざるを得ない。
「いいのか、アサシン。このままではマスターは死ぬ」
「知ったことか。ランサー、お前には関係ない」
アサシンは大見栄を張ったが顔色は険しく説得力に欠ける。紅のサーヴァントもそれを承知している。
故に……
「マスターを渡せ!そうすればお前も助けよう!」
「ッ断る!」
即座に毅然と否定する。
「そうはいっても、マスターの方はどうだ?見てみろ、今にも死にそうだ」
「え?」
アサシンは藤丸を横目で見る。
思返すとあのサーヴァントが現れてから藤丸は何も反応を見せていない。アサシンは怪訝に藤丸を揺らしたが、応答がない。
「おい、どうした…………っ!」
藤丸の意識がない。前に回した腕が力なくだらりと垂れ、視線を落とすと、ズボンまで赤い線が引かれ、袖口からポタポタと血が滴っている。
「傷が開いたのか?しっかりしろ!」
アサシンが何度も問いかけても藤丸は答えない。
「わかったかアサシン。このままじっとしていてもマスターは死ぬ。お前が抵抗したところで彼の寿命が縮む以外になにも得はない。渡せ。渡せばマスターはこちらで治療する」
「信じられるか!」
「我々の目的はマスターだ。それに最後まで生きていてもらわないと困る。だから、みすみす死なせることはしない」
「……」
アサシンは思考を巡らせるが、打開策は思いつかない。そのうちにもマスターの命が危ない。
「さぁ、主人をこちらに渡せ、アサシン!」
鎧武者が声を張り上げた時、彼の足もとに丸い塊が一つ落ちた。手のひらサイズの陶器製の黒い塊で………まさか!
「焙烙玉ッ!」
刹那の驚愕の最中、閃光と煙が鎧武者の視界を塞いだ。
―――バゴンッ!
鎧武者は逃げる素ぶりを見せる間も無く爆風に覆われた。続けて焙烙玉が十数個放り込まれ、同様に爆発し煙幕が敵横隊の視界を完全に奪った。加えて煙幕には目潰し用の薬剤が混ぜ込まれているようで、鎧武者は目の痛みを抑えながら必死に音で周囲を探る。
「全隊下がれ!一時撤退する!」
鎧武者は唇を噛み締めた、血が顎をつたるほどに。彼は一矢報いるべくアサシンへ走る。煙幕は大して広くなく数歩で抜けられたが、途端にサーヴァントが一騎、横這いからギラリとした殺気をもって仕掛けてきた。
―――風魔小太郎だ。
目潰しが効いていたが鎧武者は殺気だけで敵の距離を感じ取って槍で空を薙ぎ払い、小太郎は寸前で回避して距離を取りながら「主人を連れて逃げてください!」とアサシンに言った。
「させてなるものか!」
ランサーは逃せまいと槍を地面に突き立る。槍の先端に魔力を込める炎が生まれ、ランサーを周囲を包み込んだ火柱によって煙幕を振り払った。目潰しの薬も全て燃え尽き、ランサーは小太郎とマスターを目で捉えた。
「逃さん!」
「させません!」
小太郎は再度ランサーに焙烙玉を投げつける。ランサーは防御姿勢をとったが、ただの煙幕が広がりアサシンとの間に壁を作った。ランサーは煙幕を振り払い視界を確保したが、小太郎はアサシンを先導しながら路地裏に逃げた後だった。
「周囲を隈なく捜索しろ!」
ランサーは傀儡兵に命令を下し、兵士たちは分隊規模で散開した。アサシンは小太郎に導かれながら包囲網を離脱し、傀儡兵に見つかることなく適当な建物に入った。
「早くマスターを下ろしてください。応急手当します」
「なら私も手伝う。ガーゼとタオル……縫うものをがあれば一番なのだが……」
藤丸を長椅子に下ろして傷の程度のほどは小太郎が青ざめるほどだった。彼の着ているカルデア礼装の腹部が血で染まり、赤黒く染まっている。小太郎は服を脱がせる時間も惜しみ「御免」と言ってクナイで服を裂いた。
小太郎の手当の手際の良さには目を見張るものがあった。治療を施しながら片手間でアサシンに的確な指示を出し、彼女が行った手当の倍の早さで難なくこなしてみせた。
「血止めは終わりましたし、応急処置は済ませました。アサシン……でよろしいですか?あなたもご苦労様です」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。絶体絶命の所をかたじけない。自己紹介がまだだった、私は藤丸立香のサーヴァント、クラスはアサシンだ」
「こちらもアサシンです。言葉遣いからするに、同郷の方でしょうか?」
「真名は、まだ言いたくない。私は、コイツを認めたわけではない」
「ーーー訳ありなんですね。では合流地点に案内します。詳しい経緯はそちらで話してもらいます」
「承知した。だが傀儡兵がうろつく中をどうやって抜ける?」
「それは私の専売特許です。任せてください」
「なら、マスターは引き続き私が担ぐ。小太郎は………」
突然、二人は停止した。
何かに気づいた様子を見合う二人は窓に気配を感じ、それが何かを瞬間的に目配せだけで理解し、気配の先を見た。
その直後である。
窓を高速で突き破り室内を掻き乱しながらサーヴァントが飛び入る。
先程スカサハと戦闘していたライダーだった。
彼はほどのほどの戦闘で時間を稼ぎながらスカサハをマスターから突き放し、その機動力のアドバンテージをもってマスターの確保に回ってきた。
「見つけたぞ、カルデアのマスター!」
小太郎はアサシンの前に出る。
「逃げてください!ここは危険です!」
「逃すかよ!」
悟空は距離を詰める。小太郎はクナイを胸元から取り出して投擲するが、彼の纏う鎧に為すすべもなく弾かれてしまう。
「させません!!」
小太郎は煙幕玉を足元に落とし、目くらましを計った。室内は煙で満たされてマスターもサーヴァントも見失った。
「っち。やりやがる!だが俺っちにその手は通じるものかよ!」
方向を変えて窓を突き破った。
眼下にはマスターを背負い必死に走るアサシンがいる。
「マスターは頂かせてもらう! おっと!」
悟空が突き破った部屋の煙幕からクナイが飛ぶ。悟空は身を翻して避けると次は小太郎が現れる。
「っ!」
首を狙う小太郎の一閃を華麗に躱し、アサシンを追う。小太郎は悟空のすれ違ったまま向かいのビルの壁を蹴り、悟空の背部を狙う。
「しつこい!」
悟空は小太郎に如意棒の先端を向けて火球を放った。小太郎は反応はしたものの、回避動作ができずに火球を受け、火に包まれながら墜落する!
「なっ!」
アサシンは息を飲んだ。ライダーとアサシンは同じ四騎士とはいえ二人のポテンシャルの違いは歴然であった。
マスターを守るため、自分を守るため、アサシンはライダーに体を向け右手に刀を握る。攻めることはできずとも、防戦であればやりようはある。
ーーーそう思っていたが
「うっ!」
アサシンの体が痙攣に襲われた。前兆もなく脚の筋肉が痺れ身動きが取れない。しかひ通電するような痺れに膝をついても刀はライダーに向けていた。
「呪詛、か!」
「もらった!」
ライダーはアサシンとのすれ違い様にマスターを強引に引き剥がして抱え込む。そしてライダーは速度を維持してビルの陰に消えていった。
「マスターは貰っていく!」
ーーー数秒もなかった。
アサシンは痺れる体を起こしながらアスファルトに拳を打った。何度も、何度も、血が出るほどに何度も。奥歯が割れるほどに歯を軋ませながら鋭い表情でライダー消えた先を睨んだ。
ーーー明日を変える夢を見た。
自分なら世界を変えられると思った。
自分の可能性を、自分の志を持っていた。
しかし世界は無情にも私を拒絶した。
ーーー女だから無理だと言われた。
ーーーそれでもと立ち上がった。
ーーー愚直に訓練を繰り返した。
血を吐くほどの努力をした。女を切り捨て、男になろうとし続けて、常人の数十倍以上の思いを胸に、全てを投げ打って努力した。
しばらくして私は至った。
男よりも強く凛々しく厳しく育ち、男を超えた。名実ともに、自分に叶う男など数を数えるほどしかいないと確信できるくらい。
ーーーそれでも無理だった。
ーーー結局は男社会。女の居る場所は家だけ。
ーーーでも、それでも!
言い続けた。言い続けて、言い続けて、言い続けて、言い続けて、言い続けて、言い続けて、言い続けた。
涙で床を濡らした日も、雨に打たれ絶望した日も、土に汚れ恥を晒した日も、男に中傷され心を裂かれた日も、全否定を否定し続けた。
ーーーすべて女を否定した。
ーーーすべて男を拒絶した。
ーーーすべての人生を捨てた。
ーーーーそして最後に残ったのは残酷な夢だった。
これが後に仲間と絶望的な戦いに赴く運命となった瞬間になろうとは……
「ん、んんん!?」
どこだ、此処。藤丸立香は目覚めた直後に思わず飛び起きた。一見するとカルデアのマイルームに似ているが部屋の広さや設備も異なる。どちらかというと、マイルームに似せてあるように感じられる。
「傷が、消えてる」
包帯は新しく巻かれ、傷を触っても不快感や痛みはない。包帯を解いても傷跡らしいものが薄っすら残るだけで、完全に治癒されていた。
「何があった?」
記憶を思い返す。アサシンに連れられてライダーや土の傀儡兵から逃げる最中に意識が遠くなって気絶した。
「逃げ切れたのか?」
希望が胸を温めたが、程なくしてドアが開いた途端それは一気に冷え切った。
「こんにちは、カルデアのマスター」
見覚えのない人だった。紺色の浴衣を着た短髪の成年の男性で悪を感じさせない晴れやかな笑顔でこちらに話しかけてきた。
『直感がつけている。この人はサーヴァントだ』
状況的にもサーヴァント以外あり得ないが、論理を思考する前に確信を持てた。この魔力量は常人を遥かに凌ぐ、それも威圧感すら感じるレベルだ。
「キャスターのサーヴァント!」
「ほほぅ。名乗る前にクラスを当てるとは、さすが人理の守り手。最後のマスターの異名は伊達ではないか……」
「ここはどこだ!」
「東京の国立国会図書館の地下空間。私が作ったところだ。地脈や龍脈の関係上、ここが一番の最適だからね。それと注意事項を先に言っておく。出歩く時は私を呼んでくれ、インターホンをつけてあるからそれを押してくれると早く来れる。間違っても一人で出歩かないことだ。死にたくなければね」
「何を言う。すでに死にかけてていた。どうして治療した。俺を殺すのが目的じゃないのか?」
「半分正解だ。最初に殺しかけたのは此方の兵卒の行動がオートだったからだ。その点は謝罪する。あの時は本当に死にそうになっていたから、あの手のこの手で延命させた。小道具を一式を集めて、アサシンを誘導するのは骨が折れたよ」
「半分ってことは、結果は変わらないって意味か?」
「いや、そうじゃない。私が求めているのは君の命であって死ではない」
「命であって死ではない?」
意味がわからなかった。魔術的な意味なのだろうと推測できたが、それ以上は分からない。
「まさか、体から命を抜き取るってことか?」
キャスターがニヤリとしたということは当たりなのだろう。
「察しが良くて助かる。一から十まで言っていては日が暮れる。あ、ここは常に夜だったな」
「冗談を言える余裕があるなら教えてくれ。俺の命で何をするんだ?」
「一意一願の儀式といえば、聞こえはいいかな。この特異点を作ったのも、君を召喚したのも、ライダーに君を誘拐させたのも、願いを叶える布石。そのために私たちはいるのだから、当然ではないのか?」
「傍迷惑な願いだな。願いがあるなら聖杯を使えばいい」
「ああ。答えがそう単純ならよかった。でもそれは無理だ。聖杯は別の願いのために、その魔力リソースすべてを使い、消失してしまった。ここに聖杯はない。それに特異点の核は別にあるし」
「別?」
「おっと、これ以上は言えない。万が一にも脱出されて妨害でもされたら一大事だ」
「止める気はないってことか?」
「そもそも、願いに君は不可欠だから、止めようがない。代用も考えたが不確実すぎるし、出来ても不確定要素の温床で無理矢理やるわけにもいかない。すまないが、これは決定事項だ」
「じゃあ、アサシンも敵なのか?」
「ああ、君の味方すべて敵だ。でも同時に私たちは君の味方でもある。この計画の要は藤丸立香、君だ。君に死なれては困るし、この計画の妨害には君を殺すのが最適解だ。そういう意味でなら、私は味方だ。絶対に裏切ることのない味方だ」
「ーーーー」
彼らの起こす計画は一体。藤丸は今までの経験すべてを思い返して考えて見たが、結論が出せない。ホームズやモリアーティーのようにうまく推理できるわけもないが……
「さて、話はこれで一旦終わらせてもらう。こちらにも、準備がある。カルデアのことも考えて後始末しないとならない。やはや、身を削る思いさ」
キャスターは顔色を変えることなく部屋を出て行った。
ーーー都内某ホテルロビー
アサシンはため息を吐いた。
合流したカルデアのサーヴァント3体から注がれる険悪な視線を無視しつつアサシンは壁に寄りかかりながら通信の様子を伺っていた。
「状況は一通り飲み込めた。それで、君がマスターを守護していたサーヴァントってことでいいかい?」
「ああ。私が護衛していた。ライダーに連れさらわれたがな」
「それはしょうがないとしかいいようがない。斉天大聖孫悟空の筋斗雲の速さは随一。一撃離脱に置いては彼の優勢は揺るがないし、高位のサーヴァントでもあの速度は捉えられない」
「残念だったな。私が、最上位サーヴァントでなくて」
「いや、上位であろうが最上位であろうが関係ない。君はマスターを守った、でも無理だった。ただそれだけのことだ。あの宝具はそういうものだと考えるしかない」
天才ダ・ヴィンチにはアサシンの皮肉は無意味のようだ。裏を返せば、あの筋斗雲はシャレにならない性能ということでもある。
「かのアキレウスの神速でもアレを超えるのは難しいだろうね。なんたって孫悟空は中国の文献史上最強の一人。哪吒大夫でも三蔵法師でも手を焼く問題児だ。それを止めるのは骨が折れるどころか、砕け散るだろうね」
「倒すのは困難そうですね」
「時間稼ぎでも私と互角に鍔迫り合ったサーヴァントだ。この中で対等に渡り合える人選は私しかなかろう」
だが孫悟空は甘くない。時間稼ぎでもスカサハをやり込めた実力は本物で、この特異点での最大の壁になり得るサーヴァントだ。
「そういえば、スカサハ様は大丈夫でしょうか?呪詛をかけられたと仰ってましたが……」
「すでに解呪した。原初のルーンでも解呪が難航するほどに強い呪いだったがどうにかなった。次は遅れは取らん」
「それともう一騎。あのアサシンが言うにはランサーらしい。アサシン、あのランサーはどんなサーヴァントなんですか?」
「私も実際に交戦したわけではないから、なんとも言えない。ただ油断ならないサーヴァントだとは思う」
「規格外の孫悟空に不明瞭なランサーか。今回もなんとも言えない困難な任務になりそうだ。こちらからも精一杯援護してみるが、レイシフト前にも言った通り、君たち三人をここに送る際に多大な電力を消費した。これ以上、新たなサーヴァントを送ることは不可能だ。マスターの救出も特異点の修復も、アサシンを含めた四人でやってもらう」
「難しい任務ですね。せめてあと一騎居れば、負担も大きく減らせると思うのですが……」
「しかしカルデア側の魔力が少ないのでは全体の機能に大きな制限がかかる。こればかりはどうしようもなかろう」
「スカサハの言う通りだ。できるのなら、カルデア総員で惜しげも無く支援したい。しかし、現状サーヴァントを一騎をレイシフトしてしまえば、マスターの戻ってくる際の電力まで消耗してしまう。その特異点はレイシフトの時間が長く色々な意味で遠いんだ。通信するにも電力消費は馬鹿にならない」
「では、我々はこれからどうすればよいのでしょうか?マスターを探すと言っても闇雲に探すわけには……」
「だろうと思ってこの特異点をできうる限りサーチしてみた。まず、この特異点の調査結果から言おう。この特異点は東京都が何かしらの外的な要因で空間ごと歪められてしまった異界の都市だ」
「その、外的要員というのは?」
「未だに不明。現在鋭意調査中といったところかな。だが異界化には説明がつけられる。魔術のなかに空間を異界にする秘術があるからね。おそらく、それを応用して大規模にしたものだろう」
「来てわかったがここは魔境に何当てはまるほどの異郷の趣きがある。これは相当、厄介な特異点になるな」
「いくら異界化の魔術があっても現実を塗りつぶす大魔術となると発動はおろか維持も困難なはずなのでは?」
「うん、ごもっともな意見だ。お陰でその付近の空間には維持目的の魔力で満ちている。しかも空間かみ飽和するほどの量がね。神代では大気中に大量の魔力が自然と存在したが、この特異点はその比じゃない。場所によっては神代よりも濃いところもある。加えて、この特異点自体が限界に近い。魔力の飽和もあるが、特異点に圧縮されて貯蔵される魔力が異常を振り切って規格外の数値を叩き出している。これでは、ひとつ間違えればこの特異点が丸ごと大爆発する」
「これも聖杯の影響でしょうか?聖杯が特異点を魔境に変えてしまったとか……」
「うーん、どうだろう。聖杯は万能のように見えて万能じゃない。できる限度に限りはあるけど、その限度を未だにハッキリ確認できてない所もあるから断言できない」
「でも聖杯はここにある。回収できれば何かしらの変化は期待できますね」
「ですが、逆に聖杯を得ることでこの特異点が制御不能にはなるとは考えられませんか?」
インフェルノは不安を隠せない。マスターの身の安全が保障できないことはしなくないのだろう。小太郎も同じ心境のようで、インフェルノの意見に頷く。
「そこがこの特異点の肝だ。目的と理由もわからない状態で、我々はマスターを失うことになった。つまり主導権は全て敵側にあるってことになる。これを打開しない限りどうしようもない」
替えの効かないただ一人のマスターを盾にされてはカルデアは何もできない。藤丸立香の性格からして従わせるのは無理でも、沈黙させるくらいはできるだろう。
ーーーサーヴァントたちが口を閉ざした。優先権が彼方にあるのなら不用意に動くわけにもいかない。アサシンのクラスである小太郎ですら、潜入という手段を口にしないくらいだ。効果はある。
静寂が始まってから数秒。口を閉ざしていたアサシンはため息をしながら、寄りかかっていた壁から背中を離した。
「大丈夫だ。今のところ、アイツらは何があっても藤丸に危害を加えない」
「ほう?どういうことかね?」
「ランサーが言っていた。『最後まで生きてもらわなければ困る。みすみすマスターを死なせることはしない』と、マスターに拘りを見せていた。もしカルデアの動きを封じる目的で攫うのなら『最後まで生きてもらわなければ』とは言わない。交渉材料を生かすのは『殺す』という選択肢を持ち続けたいから。なのに、殺す選択肢を最初から放棄している言い方をするはずがない」
「言葉のあやとも考えなれないか?」
「可能性は捨てきれない。だが『動けば殺す』を真に受けて、何もできないと決めつけるのは『諦めた』と同義だ。藤丸という人間は、それは絶対にしない。絶望感の淵に叩きおとされようとも、立ち塞がる強敵に足を震わせようとも、足掻き続ける。だから、私も最大限のことをする」
「なら君はここから出て行って何をするんだ?」
「調査する。元来、アサシンは隠密に長けたサーヴァントだ。本拠地への侵入は無理でも周囲の偵察くらいはできる」
「威力偵察ということか?なら風魔小太郎、君も彼女に同行してくれ。一人より二人の方が状況把握も迅速に行える」
「わかった。小太郎、付き合ってくれ」
「はい!」
「二人はここで待機。先ほどの戦闘での消耗があるだろうから、休息の間に英気を養ってほしい」
「ーーーーん?」
国立国会図書館の地下施設の一室。藤丸立香用に作られたマイルームが何者かによって開かれた。
「何者だ?」
眠りかけていた眼を開いて侵入者を捉える。
侵入者は紅の鎧姿の武士だった。サーヴァントなのは自明だったが、敵対心はなかった。ここの主人であるキャスターの命令で「敵対心を向けないようにしている」雰囲気ではない。もっと深い部分での信頼のような違和感を感じた。
「あなたが藤丸立香ですか?」
「うん」
藤丸は頷いた。
「人理焼却を解決してみせたカルデアの人類最後のマスターですね」
「うん」
ふっ、とサーヴァントはほくそ笑んだ。
「なるほど。迷いの無い眼だ。サーヴァントを前にしても、逃げようとせず。命の危険を前にしても平然としていられるとは」
「いつも平然としているわけじゃない。今は内心いつ殺されるか不安でたまらないけど、あなたはそれを感じない。だから平然としていられる」
「ふ、期待せてすまない。マスター、君はキャスターの儀式が始まれば死ぬ。これは変わらない。それに君の死を私は心から願ってる。それが義に反しているのことも重々承知だ」
「ならどうして、キャスター側に着く?」
「私がそう望んだからだ。私は聖杯に叶えなければならない願いがある。しかし、その願いはふつうの聖杯では叶えられない。だからこのいる。キャスターは自分と来れば願いを叶えると言った。私はそれを信じている」
「その願って?」
「今は語るまい。時がくればわかろう。それまでは此処でジッとしていることだ。あともう一つ。あのスーツ姿のアサシンは信用するな。あれは、マスターに隠し事をする不届き者だからな」
「なぜ、アサシンのことを知っている?」
「知っているも何も、あれは元は私たちの仲間だ」
「ーーーーーえ、アサシンが?」
そのあまりに自然と語られた言葉に藤丸は目を丸くした。アサシンは自分を救ってくれた。これは疑いようのない事実だ。たしかにアサシンは真名を隠し続けたが、疑わしいことは何一つなかった。誠実で忠実なサーヴァントだった。
「疑っていないのか?さすがマスター、その心のあり様は素晴らしいの一言に尽きる。でも、君は何度裏切られた。バビロニアでは作業行為の如くエルキドゥに刃を向けられ、新宿では自分の誠実さをモリアーティーに利用され、アガルタでは裏切り以前にそもそも価値観の共有もできなかった」
「何が言いたいんだ。アサシンが裏切るということか?」
「違う。元よりこちら側から決裂した奴だ。もう私には関係ない。だがアイツがそういう精神を持つことを忘れるな。あれは『悪』属性だからな」
「だからなんだ」
「アサシンは『必要であれば外道を許容する』ということだ。お前が気に入らなくても」
「だけど『悪』だって色々ある。エレシュキガルも悪だ。アタランテだって、小太郎だって、アステリオスだって悪属性だ。だから俺は、そのあり方で人を判断したりしない。人には立場と役割があるのだから」
「そうか、君はそういう人だったね。阿呆を晒したのは私の方か………」
損した気分だ、と言いつつランサーは身を翻した。
「儀式まで残り数刻ある。覚悟を固めておけ」
「ーーーー」
東京の摩天楼を跳びながら横断する偵察組二人。本場の忍である小太郎が先行し、そこから若干の距離取ってアサシンが追いかける。これはアサシンが遅いとか小太郎が速いからではない。
本場の忍の持つ天性の勘と危険感知が敵の目を避けるには役に立つと小太郎自らがアサシンに提案したことだ。アサシンは偵察が効率的になるのならと少し苦い顔を見せたが一応承諾した。
二人は異界化した東京で強い魔力の反応がある場所を目指していた。ダ・ヴィンチちゃん曰く「特異点をスキャンした時に見つかった一番怪しい場所」だそうだ。
「ここならどうでしょうか?」
小太郎はとあるビルの屋上で足を止めた。同行するアサシンは小太郎の横に着き、彼の指差す方向を見た。地図と照らし合せるとちょうど、ダ・ヴィンチちゃんが言っていた怪しい場所だ。
小太郎は通信機のチャンネルをカルデアに繋いだ。
「あの建物でしょうか?どうにも敵の拠点には一切見えないのですが……」
「いや、ここで正解だ。地図と検知器が反応を示してる。ちょっと待ってくれ、シルエットと現存する建物と比較する。ーーーーーーー確認できた。あれは元は国立国会図書館だそうだ。異界化しているせいか元の場所とは違う位置に飛ばされているみたいだね」
「結界のような防御陣が敷かれているようには見えませんが、そちらでも同じでしょうか?」
「うん。キャスターの陣地作成スキルで工房化していると覚悟していたが、まさか結界すら広げられてないなんて同じキャスターとしてこれは驚きだ」
「こちらから仕掛けて来れないとわかっているからでしょうか?」
「違うだろうね。結界こそないが、あそこの地下から濃密な魔力が漏れ出している。結界がないのは、結界を起動したところで魔力の反応を抑えきれないからだろうし、特定のされても防ぐだけの力と算段があるからに違いない」
「同感だ。地下はキャスターの絶対領域になっているはずだ。侵入しようものなら傀儡兵の物量に押し込まれてしまう」
工房は魔術師にとっては、自分の体内のように入り口から異物が入ればすぐさま反応し、免疫がそれを排除する作りだ。特にキャスターの工房となれば内部に自動防衛装置張り巡らされていたり、方向感覚を狂わせる入り組んだ迷宮だったり、異界化して人間が通れない構造だったりとデタラメな拠点の可能性もある。
「傀儡兵だけなら易しい方と考えるべきでしょうか?」
「どちらにしろ。突っ込んで見ないかぎり内部はわからない。ガワは同じでも内部は全くの別物ということもある」
「もう少し近づきますか?」
「無理してまで近寄る必要はないよ。ここからでも解析はできるからね。少し待っててくれ、スキャンする」
ーーーーピピィ!
数分後に解析機器が停止しダ・ヴィンチちゃんは険しい顔で資料を眺めると、国立国会図書館を一瞥して一言。
「うん、正面突破しかないね」
自称天才が言うのだから間違いない、とダ・ヴィンチちゃんは念を押した。つまり絡め手を使っても意味がない、もしくは逆に危険になるということだ。
「あの陣地は見事なものだ。ネズミ入る隙間もない。キャスターの肩を持つわけじゃないが、あれは天才的だ。あの建物自体がキャスターにとっての結界。体内だ。外部に半円型の結界を広げていないのは、建物自体に結界としての効果を持たせている。たぶん、キャスターの道具作成スキルの応用かな」
「結局見つかるのなら堂々と入る。これがお前の答えか、ダ・ヴィンチ」
鋭い眼差しのアサシンに「そうだ」とダ・ヴィンチちゃんは冷静に断言した。
「容赦ない一言だ。でもこれで腹は決まった。帰るぞ、小太郎。拠点で強襲の案を練るぞ?」
「強襲の案ですか?こう言って難ですが、傀儡兵を突破しない限り、突入は不可能と思われます」
「十中八九、スカサハに孫悟空の相手をしてもらうしかない。小太郎、アサシン、インフェルノの三人で突入してもらう他ない」
キャスターのクラスはこと拠点防衛に関しては他のクラスのサーヴァントよりも有利に立ち回れる。陣地作成と道具作成のスキルによる恩恵だ。
「突入したとしても内部構造が不明なことも問題になってくる。下手に動けば袋の鼠。傀儡兵の物量で押し切られる……こんな悪条件だらけの救出任務だけどやってくれるか?」
「でもやるしかありません。マスターを救い出すにはこれしか……ないのなら、私はやります」
「難しい任務ですが、全うしてみせます」
「もとから一人でもやるつもりだ。だが暗殺者二人と弓兵一人では少々機動力が心もとない。手頃な車を私が運転する。騎乗スキルはないが、多少の運転なら経験済みだ。それとスカサハ、お前のルーンの力を分けて貰いたい」
「ルーンの加護か?可能だが、過信はできんぞ」
「最悪一撃凌げればいい」
「でしたら車にも加護をお願いできませんか?私が立って応戦できる程度で構いませんので」
「ああ、もとよりそのつもりだ。キャスターがいないとなれば、私がする他ないにしても重労働だ」
「しょうがないですよ。槍兵が術者の真似事なんて畑違いなんですから」
巴と小太郎がスカサハの手伝いをしている最中、アサシンはぼんやりと空を見ていた。
「どうしたんだ、アサシン。何か気になることでも?」
「なんでもない。ただ彼方に思いを馳せていただけだ」
「想いね……恋煩いか?」
「ーーはぁ、つまらん」
アサシンはダ・ヴィンチちゃんに背を向けて霊体化した。ダ・ヴィンチちゃんとしては、戦いの前に呆けているのは危険な兆候と言いたかったが……
「盛大に負けフラグを立ててくれなければいいか。彼女は一人にしておこう」
ダ・ヴィンチちゃんは他三人に助言に向かった。
藤丸は夢を見た。
誰かの夢だった。
誰かの一生だった。
ーーー私は誓った。心に誓った。
「私は死ぬほど戦う、最後まで絶対に」
仲間は消えた。仲間は死んだ。仲間は殺された。仲間は捕まった。仲間は拷問された。仲間は次々死体に変わった。
その中でも自分は動き続けた、誓いを果たすため。約束を最後まで遂げるために。
しかし現実は違った。
私は生き残った。無残な醜態を晒しながらも地べたを這いながら死に抗い続け、戦った先にあったのは敵の温情による生存という、度し難い生き恥だ。
「チクショウ!」
寝室で血まみれで倒れていた私は、医者から告げられた一言に慟哭した。
自分は誓いを立て、それを全うすると身に刻みつけたというのに私はそれを破り捨てた。なぜ、運命は私を最後まで生かした。なぜ、仲間は私を残して散ってしまったんだ。
傷だらけの身体で怒りに任せて刃を振るった。無造作に剣技などない、振り回しすだけの暴力。恨みを自分に向ける嘆きの暴挙で、寝室の壁がズダズダになるまで、傷口が開き動けなくなるまで、それは続いた。
「なんで、こうなる……私は何を間違えた」
慟哭に震えながら泣き続けた。
そして暫くして私は、受けた傷が病気を誘発して、そのまま息き絶えた。
私は、運命を呪った。私は、人生を呪った。
全てを捧げたモノに誓った願いすら果たせぬまま死んだ不幸を恨んだ。
ーーーああ、馬鹿げている。
「ーーーーん?」
また無意識に眠っていたようだ。
悲しい夢だった。目頭が熱く、雫が垂れる陰惨な誰かの一生の終わりを見た。サーヴァントとの契約でサーヴァントの夢を見ることはあったが、ここまで強い感情を持った夢は珍しい。
「あの夢、もしかして」
夢の主に思い当たる人がいたが、すぐ頭を振って忘却した。次に会うときは必ず元気な顔を見せなくてはならないから。
「よく眠っていたな、気を張っていたせいか?」
突然の侵入者に藤丸の眠気は吹き飛んだ。ベットから飛び起きて身構えたところ、侵入者は「警戒せずとも何もしない」と手を見せた。
侵入者は紅の鎧姿の武士だった。サーヴァントなのは自明だったが、敵対心はなかった。ここの主人であるキャスターの命令で「敵対心を向けないようにしている」雰囲気ではない。
「あなたが藤丸立香ですか?」
「うん」
藤丸は頷いた。
「人理焼却を解決してみせたカルデアの人類最後のマスターですね」
「うん」
ふっ、とサーヴァントはほくそ笑んだ。
「なるほど。迷いの無い眼だ。サーヴァントを前にしても、逃げようとせず。命の危険を前にしても平然としていられるとは」
「いつも平然としているわけじゃない。今は内心いつ殺されるか不安でたまらないけど、あなたはそれを感じない。だから平然としていられる」
「ふ、期待せてすまない。マスター、君はキャスターの儀式が始まれば死ぬ。これは変わらない。それに君の死を私は心から願ってる。それが義に反しているのことも重々承知だ」
「ならどうして、キャスター側に着く?」
「私がそう望んだからだ。私は聖杯に叶えなければならない願いがある。しかし、その願いはふつうの聖杯では叶えられない。だからこのいる。キャスターは自分と来れば願いを叶えると言った。私はそれを信じている」
「その願って?」
「今は語るまい。時がくればわかろう。それまでは此処でジッとしていることだ。あともう一つ。あのスーツ姿のアサシンは信用するな。あれは、マスターに隠し事をする不届き者だからな」
「なぜ、アサシンのことを知っている?」
「知っているも何も、あれは元は私たちの仲間だ」
「ーーーーーえ、アサシンが?」
そのあまりに自然と語られた言葉に藤丸は目を丸くした。アサシンは自分を救ってくれた。これは疑いようのない事実だ。たしかにアサシンは真名を隠し続けたが、疑わしいことは何一つなかった。誠実で忠実なサーヴァントだった。
「疑っていないのか?さすがマスター、その心のあり様は素晴らしいの一言に尽きる。でも、君は何度裏切られた?バビロニアでは作業行為の如くエルキドゥに刃を向けられ、新宿では自分の誠実さをモリアーティーに利用され、アガルタでは裏切り以前にそもそも価値観の共有もできなかった」
「何が言いたいんだ。アサシンが裏切るということか?」
「違う。元よりこちら側から決裂した奴だ。もう私には関係ない。だがアイツがそういう精神を持つことを忘れるな。あれは『悪』属性だからな」
「だからなんだ」
「アサシンは『必要であれば外道を許容する』ということだ。君が気に入らなくても」
「でも『悪』だって色々ある。エレシュキガルも悪だ。アタランテだって、小太郎だって、アステリオスだって悪属性だ。だから俺は、そのあり方で人を判断したりしない。人には立場と役割があるのだから」
「そうか、君はそういう人なのを忘れていた。阿呆を晒したのは私の方か………」
損した気分だ、と言いつつランサーは身を翻した。
「儀式まで残り数刻ある。覚悟を固めておけ」
「ーーーー」
「もう少しだ、もう少しで夢が叶う」
キャスターは玉座から天を仰いでいた。視線の先にあるのは巨大な球体状の術式。二次元的ではなく三次元的に表された模様の多彩な重なり合わせによって姿を変える特殊な魔術式である。
「あれが本命ってわけですか?」
彼方に想いを馳せるひと時に水を差したのは、ライダーこと孫悟空であった。ライダーの作法も知らない無粋な態度にキャスターは、今すぐ不届き者の首を刎ねてしまいたい衝動を抑えながら、毅然とした態度を貫いた。
「ライダー、お前に答える義理はない」
「でも俺っちがマスターを連れて来なければこの術は完成しなかった。もう起動はできているんでしょ?だったらどんなものか教えてくれてもいいんじゃないか?」
「そうだな……。では一つ質問しよう。ライダー、お前はどうしても取り戻したいモノはあるか?」
「取り戻したいモノ?家族、親戚、友人、恋人ってあたりか?」
「概ね正解だ。そして、成せるのはどんな奇跡か、わかるか?」
ライダーはあごを触りながら考え、突然ハッとした。彼が行おうとしていること、それは……
「第三魔法か!だがどうやって蘇らせる。魂は一度人から完全に抜けてしまえば、戻ることはないし蘇ったとしても本人である可能はどうやって保証する?」
「魔法を使えば誰であれ、魂の固定は可能だ。しかしいくら第三魔法でも、無から有を生み出すのは不可能だが、もしここに魂の欠片があったらどうだ?魂とは元は無色だ。そこに色付きの魂を組み込めば、魂すべてその色に染められる」
「だったら何故あのマスターなんだ?アイツでなくても………。そういうことか。キャスター、まさか二つの魔法を同時に起動する気か?万能の願望機の出力を使って……」
「さすがライダーだ。察しがいい。それでこそ、斉天大聖だ。で、これからどうする?私の目的を知ってもなお、それでも従うか?」
キャスターは手元の剣に手を伸ばした。ライダーがもし抑止力となってこちらに叛旗を翻すのならばここで首を斬り落すつまりだった。しかしライダーは前触れもなく吹き出し、大声で笑った。
「ああ、最後まで従おうじゃないか!元から俺っちの目的は一つ、最強になることだ。それにキャスター、俺っちは今感動しているんだ。生前見たこともない大偉業がこの目の前で成されるんだ。こんな面白いことは生前を全て見返してもほとんどない。まさに世界を揺るがす瞬間に立ち会えるなら光栄さ」
「そうか、なら最期の一手はお前に任せよう。ライダー、斉天大聖孫悟空よ。敵を討ち果たし、汝の願い存分に楽しめ」
「ああ、いいさ。やってやろうじゃないか!」
悟空は満足そうに気を高ぶらせて去っていった。
キャスターはまた天を見上げ、折り重なる秘術の体現を刻々と待ちながら安らかな顔で微笑みながら呟いた。
「我が主よ、しばしお待ちを」
「では作戦をもう一度確認しよう。今回、相手は物量戦を仕掛けてくると予想される。狭い空間は物量線には適しているが、小回りは効かない。そこを利用して、アサシン2人とアーチャーで突入する。もっとも驚異の高い孫悟空に関してはスカサハに任せる。異論は?」
首を傾げる人はいない。
「では、オーダーを実行する!」
副司令の気迫ある号令により作戦の開始が通達され、サーヴァントたちは行動を始めた。
アーチャー・インフェルノ、アサシンと小太郎はそれぞれボンネットに乗り、スカサハはあらかじめ車のフレームに刻み込んだルーンを起動する。
直後、都内の無数の無人車が一斉に唸りを上げ、国立国会図書館に向け走り出す。
この策はアサシンによって提案された。相手の戦力は千人規模で正面から相対するのは難しい。ならば頭数を増やす他ない。
どうやって?
簡単だ。この東京には車が無数に放置されている。これを利用するのだ。車全てにルーンを刻み、あらかじめ設定させたルートを走らせ、敵をひき潰す。サーヴァントに近い能力はあれど車と衝突すれば足止めは出来る。加えてどの車もルートは違えど目的地は同じに設定することでサーヴァントたちは車のボンネットを移動することで兵士の壁を抜けられる。
「最初聞いた時はなるほどと頷いてしまいましたが、実際に見てみると、これは詰まるところゴリ押し作戦ですね」
「ええ、まるでステータスを筋力のみに極振りしたような作戦です」
「だがそれしかない。我々はこれ以外の突破手段を思いつかなかった」
「はぁ、車一台一台にルーンを刻むのは重労働だった。キャスターの領分はあまり好かぬ」
それぞれはルート別に国立国会図書館を目指す。それぞれに与えられた車は大小合わせて20台前後。車体もルーンで若干の強化を加えているので、正面衝突すれば低級サーヴァントでも無視できないダメージにはなる。
「なんだ、ありゃ!」
国会図書館の屋上で胡座をかいていた悟空は、車が一斉にこちらに猛スピードで向かっている異様な光景に、目を丸くした。
あまりに豪胆な策に思考が停止したと思えば、程なく吹き出し、腹を抱えてゲラゲラと笑い転げた。
「そうきたか!そうきたか、カルデア!面白い!面白すぎる!こうでないとな!」
「なん、だ。マジか?」
キャスターは驚愕のあまり言葉を失った。物量にはそれなりの物量を投入するというのは、作戦のひとつしてあるがまさか頭数をこのように増やすとは思いもよらなかった。だが冷静な思考は止めない。
「全軍に通達。防楯を前面に押し出し、進行を食い止めよ!ライダー、カルデアを食い止めろ!ランサー、最終防衛線は抜かせるな!」
「御意!」
「あいよ!」
通達を終え、キャスターは玉座を降りて工房の最奥に急いで向かう。
「私も出ざるを得ないか。もう少し猶予が欲しかったが仕方ない。まさか未完成のまま宮廷を使うことになろうとは」
同時刻。国会図書館の外周では人身事故が多発していた。兵士をひき潰し、跳ね飛ばしながら大小様々な車が人の壁を超える車の潮流に傀儡兵は懸命に逆らっていた。車は爆発炎上するモノもあれば、横転するモノもある。これを防楯を駆使して兵士が車を押しとめる。わざと横転させることで進行を阻もうとするが、それを行うよりも車が押し返す力の方が強く、上手く横転させられない。横転させられても後続の車両が押し続ける。
「うん、いい具合にしているね。これなら兵士のほとんどは車の進行妨害に回されているだろうね」
「いえ、そうは上手く行かないかとしれません」
「え?」
小太郎は高空を指差した。そこにはほうき星のような一線の光の筋が宙を舞っていた。
ーーーライダーだ。
「さて、まずは!」
狙いを定め、直角に急降下。宝具筋斗雲の亜音速が地上に激突した。
さながら流星の墜落だ。大地震のように地を揺らしながら数百の傀儡兵、車両の一団はおろか地表を纏めて粉砕して藻屑と化した。地を揺らすほどの爆煙を巻き上げられ、地上にはぽっかりとクレーターだけが残り付近のビルが一斉に倒壊。
明らかにやりすぎである。
因みに肝心の悟空はというと破壊行為に興奮したようで恍惚な表情で誠に楽しそうに高空に戻って行った。地上で突入目前のメンバーは目を見張った。
「なんですか!あれ!デタラメもいいところです!チートです!チーターです!」
「あの程度で気を冷やしては先が思いやられる。あのようなじゃじゃ馬は影の国では日常茶飯事だ」
「なっ!嘘ですよね。影の国って本当に地球の国ですか?それって魔界か何かですよね!」
「うるさい。インフェルノ、弓で牽制しながらこちら側へ誘導をしてくれ」
「は、はい。承りました」
若干引き気味ながらインフェルノは矢をつがえ、引き絞る。
「届けぇ!」
紅蓮を纏った矢が高空を射抜く。ライダーも地上からの迎撃に驚きながらも回避する。そして唇を舐めて「いいだろう、次はそっちだ!」と筋斗雲を翻して急速落下する。
「食いついたか!」
インフェルノは次々と矢を放つ。相手の動きを読みながら一撃一撃に魔力を込める。
「当たらんよ!この程度じゃなぁ!」
「ならば!」
インフェルノは一度に数本の矢をつがえ、同時に散弾のように射出した。一本一本に狙いを定め、逃げ道を塞ぎながら撃ち続ける。しかし全てが避けられて当たらない。
「残念、これもムダだ……っ!」
「だったら!」
インフェルノは第四波の矢を放った。ライダーは筋斗雲を見事な制動で操り、矢弾を回避しようとしたが、突然矢弾が爆発した。これを機に悟空を包むように矢弾が次々に撃ち込まれ、悟空は火炎に揉まれながら一旦離脱した。
「なんだありゃ、矢がナパーム弾になったぞ!」
「逃すか!」
第五波の矢弾が悟空の空域を丸ごと焼く。炸裂する矢、炎を広げる矢、破壊力を突き詰めた矢を織り交ぜながら悟空に微量ながらダメージを与えていく。
「くっそ!なんだあのアーチャーの矢は、炸裂焼夷榴弾かよ!だが、それでも、俺っちを倒すには足りないんだよ!」
悟空はインフェルノの矢弾によるダメージを無視し、迎撃をもろともしない急降下爆発を敢行する。
「えぃ、南無三!」
インフェルノは軌道修正も不可能と見るなり、ボンネットを伝いながら流星の射線から離れようとするがライダーも方向転換しながら追尾する。
インフェルノは縦横無尽に飛びながら、矢を放ちつつ動き続けた。しかしライダーを止めることはできない。
「大将首ひとつ目、貰い受けるぜ!」
矢の嵐を避け切ったライダーの一撃が、インフェルノを地上ごと解体するその時であった。
紅蓮の一閃がライダーの横這いから突き上げるように薙ぎ払った。
「待ってたぜ、スカサハァァァァアア!」
「待たせたな、猿」
悟空は紅槍を如意棒で受け止めながら筋斗雲で姿勢を保つが、スカサハの一撃は悟空の急降下を殺しながら筋斗雲の軌道を完全に自身の槍の勢いに向けさせた。悟空は紅槍の勢いに堪らず、身体を反らせて力を流しつつビルの屋上に降り立った。
「スカサハめ。俺っちの必殺技を完全に相殺しやがった。あれが回避不可能の朱槍、ゲイ・ボルグか?」
「うむ。ちと違う。これは彼奴にやった槍よりも一昔古い品でな。ただの棒切れみたいなものだ」
「あれで、棒切れかよ!影の国ってのは異星の帝国なのか?」
「心外だな。昔は私もか弱い小娘だ、最初の方は苦労させられた」
「逆を言えば、あの影の国で苦労しかしてないんだよな……だ、だが寧ろ、そっちの方がやる気が出るってもんだ」
悟空は筋斗雲を展開しスカサハに踏み込む。彼女が如意棒を受け止めると悟空は筋斗雲を浮かせ、スカサハの体を押し切る。スカサハと悟空は勢いそのままに更に背丈の高いビルの側部に文字通り突撃し、オフィスの壁を打ち破りながら通り抜け、スカサハを空中に投げ出しながら、悟空は如意棒を突き出しした。
「伸びろ、如意棒!」
突き出された如意棒は銃弾のように伸びてスカサハの腹を捉えた。
「ぐっ!」
「そのまま、伸び続けろ!」
スカサハは伸び続ける如意棒を握りながら体を反らせて宙返りして如意棒に乗り、棒に沿って悟空に向かう。
「そうでないとな!縮め、如意棒!」
スカサハは棒を蹴って空中に身を投げ、ルーンを駆使してビルの壁面に着地し、脚力で空中の悟空に接近する。悟空は如意棒を突き出しスカサハはルーンで空中に足場を作ってスレスレで避ける。
「甘いわ!!」
悟空が如意棒に魔力をかけた次の瞬間、如意棒の先端がスカサハの腰椎を劈きつつ、ビルの外壁を撃ち抜いてオフィスに突っ込んだ。
如意棒の先端だけを曲げて、縮めることで奇襲したのだ。
「スカサハ!」
スカサハが叩きつけられた衝撃で怯んだところに、悟空は一閃の閃光となって、オフィスに畳み掛ける。悟空はビル一階分を粉砕しながらビルを貫通。支柱から壁までなにもかもが解体されたオフィスは、もはや一階分の空白以外の定をなさず、上層階が下層にだるま落としのごとく崩落した。
「くっ、やってくれるな」
間一髪のところでスカサハは脱出して隣のビルに飛び移ったため、下敷きならずにすんだが、蓄積されたダメージは無視できず、ルーンの防御も限界近かった。だが悟空からしてみれば、スカサハのしぶとさは呆然とせざるを得なかった。
「アレでまだ生きてやがる……なんだ?アイツはミュータントなのか?」
『冗談を言っている余裕があるのなら、スカサハを早く倒せ』
キャスターの思念がライダーの耳に入る。
「んなこと、わかってるが……アイツはトップサーヴァントの中でも最上位級だ。いくら俺っちが最強でも苦戦くらいはする」
『そんなことは百も承知だ。だからこそ、リソースの一割をそちらに割いている。ランサーの倍の魔力を渡しているだけの働きはしてくれ』
「あいよ。しっかし、どうにもならんな。ルーンの防御は限界だろうが……問題はあの朱槍……どのタイミングで使ってくる……」
スカサハの宝具は正真正銘の一撃必殺の呪槍。神すら容易に葬る死の閃光だ。筋斗雲という地球最速に近い宝具を持っていたとしても因果を捻じ曲げる極みから逃げ切れるはずがない。
だが対策は無いわけではない。
「考えてもキリがない。こうなりゃ、出たとこ勝負……しかないよなぁぁぁ!」
悟空は最高度からスカサハのいる屋上に突進する。地上を崩落させ、クレーターを作ったあの一撃だ。
彗星のような煌めきがビルに狙いを定める。
「やるしかあるまい。調子に乗った小僧に少々仕置せねばな!」
スカサハは正面から迎え撃つ構えを取り、槍に魔力をかける。必中にして必殺の呪槍ゲイ・ボルグが脈動し、先端から因果を歪める呪いが槍を包み込みながらスカサハは槍を構える。
「斉天大聖、お前を試してやろう!」
「来い、スカサハ!」
呪いの槍を携え、スカサハは跳躍した。
流星を撃ち抜かんとする六つの紅の彗星と敵味方問わず粉砕する流星が虚空で交じり合い、溶け合うように互いを飲み込む。
空間に敵を縫い付ける一撃を悟空は耐えていた。彼の持つ鎧は呪いに対する耐性を有している。それでもスカサハの技に悟空は押されていた。キャスターのバックアップがあったとしても、基盤となる自力が違う。
「舐めるなぁぁぁぁあああ!」
悟空は咆哮する。スカサハの絶技を目の前にしても、呪いの槍の強大な潮流を目にしても、彼の闘志は衰えない。
全ては「最強になる」の資格のために、あの泣き虫の高僧と約束した出まかせのようなハッタリを実現させるべく………
ーーーーうぇぇぇん、助けて悟空!
「ーーーああ、だから……絶対に負けてなるもんか!如意棒、筋斗雲、魔力を食い尽くせ!!光を超えろ!呪いを超えてみせろ!」
「………なっ!これは!」
流星は赤い彗星を飲み込む。スカサハは悟空に押し込まれる。
「見事だ、斉天大聖!だが……まだ甘い!」
ここに来てスカサハは微笑んだ。
「見せてみろ、選手としての意地を!私の本気でお相手いたそう!ーーー第二宝具起動!」
悟空の後方に巨大な魔力の塊が生まれた。それらは門となり、万物を死の誘いを与える力となる。
「超えてみろ、勇者よ!真名解放『死溢るる魔境への門』!」
「なにィィ!」
筋斗雲の制動が揺らいだ。ブラックホールのように森羅万象を吸い込む死の門が悟空を筋斗雲ごと吞み込もうとしている。
悟空は歯を食いしばりながら魔力を限界まで引き上げる。
ーーーアイツに笑われるなんて、ごめんだ。誓いを破ってなるものか!負けてたまるか!
走馬灯に見る懐かしき顔を思い出を胸に絶望への争いを開始した。
スカサハは悟空の筋斗雲が勢いを失うと、宝具を起動させたまま落下し、ルーンで足場を作り再度跳躍し発射態勢を取った。
「勇者よ!手向けとして受け取れ!」
「来る!」
スカサハの持つ極み。一撃必殺の死の真名がついに解禁される。
「刺し穿ち!突き穿つ!貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」
空間を引き裂くほどの投射。赤い螺旋を描きながら迫り来る死の恐怖に悟空の背筋が凍る。槍の軌道上にいる生物には等しく死を与える魔槍の輝きは、虚無で感情の無い、無機質な力だった。
勝利に飢える渇望も、敗北に抗う度胸もない。ただ死を与える強大すぎる一撃。
だが、それで諦めるわけにはいかない。
ーーー狙うは心臓、謳うは必中。だからこそ、避けることも逃げ切ることもできない。ならば……やれることは一つだ!
死の門に争いながら態勢は辛うじて立て直し、最強を誓った斉天大聖は全力を込める。
「迎え討て、如意棒!」
如意棒は主人の命令に従い、光となった。宝具如意棒ができる最大を絶望をぶつける。
「うぉぉぉぉぉ!」
軋み合う宝具。絶望と意地のぶつかり合い。決して到達できる極みに存在する槍兵に敗北を叩きつけられるチャンスだというのに……
ーーーパリッ!
砕け散る音がした。
悟空の手元で何かが弾けた。
だが、認めない。決して見ない。
割れる、砕ける、何かが。呪槍の閃光が眼前で光を増していく。視界すべてが紅に染まる。
ーーーまだ、耐えられる。
「ーーー諦めるな、如意棒!」
叫んだ。
最後まで抗った。
しかし、全力全開全身全霊が目の前で塵となって緋色の閃光がついに流星を貫く。
緋色の光が弾けた。
流星は消滅した。
勝者は敗者の最後を見届ける、自分が与えた絶望に全力で争った者を。
敗者はぽっかりと空いた胸に手を当て、血まみれの傷口を拭って敗北を認めた。
「あー、負けちまった。負けちまったか……」
虚空を落ちながら、敗者の霊基が散る。
実体を保てぬ体は光となって消え、勇者が消える姿をスカサハは無表情で眺める。
「……次は絶対に勝ってやる」
その声は決して届かない。
喉は潰れ気道は沸き立つ血反吐で塞がった。
それでもいい。
あの高僧が泣かない世界を作れるのなら、自分が最強であると証明できるのであれば……
『覚悟しておけ、女王。俺っちは絶対に追いついてみせる』
次の瞬間、星屑は常夜の空に消え去った。
時を同じくして小太郎とアサシン、インフェルノはキャスターの工房を駆け抜けていた。幾重にも重なる傀儡兵の波を、時に押し抜け、時にすり抜けながら最奥を目指す。
「ダ・ヴィンチ殿、マスターはこちらの方におられるのですね!」
『その通り。マスターが狙いなのは向こうも同じだからね。私の天才的な予想が正しければ、一番安全な場所、つまり最奥部にいるはずだ』
「しかし広いですね。遠目で見たときはこの数分の一の広さに感じましたが……」
「空間を歪曲させて数倍の広さに拡張しているんだろう。キャスターのやりそうなことだ」
もう数分以上走り通しだ。
地脈の中心はこの建物の地下にある。マスターを監禁し、キャスターが自分のテリトリーで圧倒的に優位に立てる場所はそこしかない。
「となると、階段の位置も偽装されているのでは?」
『その点は大丈夫。偽装されているのなら、その部分をしらみ潰しに探すだけさ。でも、今回は……』
「見てください!」
インフェルノが指差した先、つまり自分たちが向かっている方向に体育館のような広い空間があった。無論、ただの広場のはずがない。
ーーーそこにはランサーがいた。
紅の鎧を纏い、紅の槍を構えて仁王立ちする武士が待ち構えていた。三人が広場に差し掛かると、後方の通路が幾重にも遮蔽され、魔術的封印で完全に封じ込められる。
「逃げ場なしですか……」
「そんなこと、ここに来る前からわかっていることだ」
「ええ、後ろがダメなら前に突き進むだけです」
三人は迷うことなく広場に入った。
「ランサー、マスターはどこだ?」
アサシンが刀に手をかける。
「この先にいるが、生憎ここは遠さん。それに辛うじて私を倒したところで、ここは開かないようになっている。ここを破れるのはキャスターが用いる神性と同等以上の神性を有する者だけだ。そんなことは百も承知じゃないのか、アサシン?いや、抑止力のサーヴァント!」
『ーーー抑止力だって?』
場の視線がアサシンに注がれる。アサシンはめんどくさそうにため息をついて……
「そんなことに何の意味がある。私は、私の誓いのためにここにいる。お前もそうじゃないのか?」
「それも私たちを裏切ってそこにいるがな?」
「ああ、わかっている。私は一度お前たちを裏切った。そして抑止力という馬鹿げた阿呆になった。だがそうでもしなければ、お前たちは止められない!」
『何を言っているんですか?あなたは主人のサーヴァントではないのですか?』
「正解であり、間違いだ。私は抑止力と一つ取引をした。それは『召喚される場所を一度だけ指定する見返りに一度だけ抑止力として働くことだ』」
「どういうことですか?」
「分からんか?ならもっと単順に言ってやる。私は藤丸立香に呼ばれる代わりに抑止力として働くことを承知したんだ」
『どうして、そんなことを。抑止力なんて事後処理をしたり事前に危険の芽を潰すだけの役目になったんだ?』
「それはアイツに会ってから説明する。これは私と彼の問題でもある。この落とし前は自分でつけなければならない」
アサシンは足を前に踏み出し、ランサーを見据える。小太郎も追従しようとしたが、インフェルノがなにかを察して彼の行く手を塞いだ。言葉を交わさなくとも彼女の真剣な眼差しで、言いたいことがわかった小太郎はその場でクナイを下ろした。
「一人で戦うのか?」
「そうだ。お前は私が倒す。こればかりは他人に譲れん、私だけの戦いだ」
スーツの娘武者は刀を抜いた。凛とした顔に殺気が宿り、切っ先が敵と重なる。
「そういうのであれば、止める義理もない……」
ランサーは槍を構えた。
「今度こそ決着をつける!勝負だ、ランサー!」
「来い、アサシン!」
ーーーーガギンッ!
高速の剣線がすれ違った。
ぶつかり合う刃と刃。それを口火に負けられない攻防が始まった。アサシンは持ち前の速度を駆使してランサーの死角を攻めながら距離を詰め、対してランサーは槍の間合いの広さを十二分に使いながらアサシンを翻弄し寄せ付けない。
突き出される槍を紙一重で避け続ける、アサシン。
攻め入る隙を与えず隙も作らない、ランサー。
お互いに出方を理解しているような先読みの先を見た動きに立会人は魅入られる。
アサシンの速度はランサーに優っているがランサーに見切られていた。ランサーの槍さばきはアサシンを翻弄していたが決定打にはならない。
そんな戦いが続いた数分後、両者は距離を取った。アサシンは攻め方を変えるため、ランサーはアサシンの間合いから遠のくため、未だ互いの闘志はまだ消えていない。
「どうしたアサシン、その程度か?」
「その言葉そのまま返すぞ、ランサー。日ノ本一の武士の名が泣くぞ?」
「日ノ本一の武士?」
アサシンの一言にインフェルノと小太郎がハッとした。
この日本が世界一長く続いている国でも、最も優秀な武士と言えば一人しかいない。その人物は大阪冬の陣で獅子奮迅の活躍をし、夏の陣では徳川軍の本陣に斬り込み、あわや敗北寸前まで追い込んだとされる赤備えの勇将。後世に語り継がれる、その鬼神の名は………
「真田信繁……豊臣を最後まで守り続けた徳川の天敵の一人……」
「違うな。コイツはそんな大層な名前じゃない。もっと庶民的で不定形な存在だ。」
アサシンは刀を突き出した。
「紹介しよう。彼こそ、後世に創造され語り継がれ鋳造された願望のステンドガラス、真田十二勇士が頭目、真名『真田幸村』だ!」
第二部二章ゲッテルデメルング
一周目と二周目では印象がかなり変わる部分が、面白く感じられました。
私もそんなシナリオを書いてみたい。