自分の焔牙が拳だった件   作:ヒャッハー猫

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生きるために戦う。 そんなの、悲しすぎませんか。
                   桐生水守


ファースト・ブリット

『願わくば、汝がいつか【絶対双刃(アブソリュート・デュオ)】へ至らんことを』

 

 それを聞いて自分は頬に汗を垂らす。寧ろ、目の前にいるこの黒髪でゴシック・ファッショとロリータ・ファッションを合わせた......つまり、通称『ゴスロリ』と呼ばれる服に身を包んだ幼女? 少女? とにかく、まだ年端のいかない彼女を目の前にした時点で背中や額から汗が滲んでいた。

 

 嫌な予感しかしないのだ。自分がこの世界に生まれ変わって(・・・・・・・)から身体に染み付いた、危険を察知する直感が五月蠅く警報を鳴らしている。

 

 コイツに着いて行けば絶対ロクな事に巻き込まれない!

 

 自分が一歩足を退くとその彼女の後ろに控えていた眼鏡野郎が指でクイっと眼鏡を上げる、そのムカつく仕草をしたと同時に何本もの“突錐剣(スティレット)”と呼ばれる短剣が周りに出現する。

 どうやら臆して一歩下がったことが相手には構えを取ったように見えたようだ。今まで感じて来なかった殺気に足が竦みそうになる。表面上は何とも無いように見えるが裏は大混乱していた。

 

 ヤベェって!? アイツ滅茶苦茶、強そうなんだけど!? 武器まで出しちゃってさぁ!? 

 

 最近、やけに統率がとれた変な奴らが多く襲ってきたのは記憶に新しい。それも似たような武器を持って襲ってきた。

 その時はとにかく必死で何とも疑問に思わなかったのと、会う前から武器を所持していた奴らもいた。だが、こうして見て、感じて。

 

 どこからそんな物取り出した? 抜き出す所も見えなかったぞ。いや、違う。この状況に混乱し狼狽えていたとしても聞こえてきた一言。

 

 確かにヤツは──

 

『──焔牙(ブレイズ)

 

 そう言っていた。

 

 

 オイイィィィィ!? 

 

 生まれ変わってからクソ見たいな場所で生きてきたけど、今ハッキリと思い出したわっ!!

 

 

 この世界って【アブソリュート・デュオ】じゃね......?

 

 

 疑問系になっているが確信に近いものが目の前にいる。というか、自分はよくあるご都合的な感じで、これまたよくある“転生”って奴なんだろう。そうとしか思えない。

 生まれ変わる自体は望んだことじゃないが、貰えるもんは遠慮無しで貰うタイプなので別に今更って感じだ。それが同じ世界じゃないとしても二度目の人生を与えられたのだ。感謝こそすれ文句を言うわけが無い。

 

 だが、もっとマシな産まれ育つ場所ぐらいくれ。

 

 なんでスラムなんだ。

 

 なんで無法地帯なんだ。

 

 なんで日常的に銃や刃物を向けられないといけんのだ。

 

 なんで平和な日本にこんなチャイナタウンみたいな所があるんだ。

 

 取り敢えず、こっちも死ぬ気で生きるつもりだから抵抗はする。こっちは武器も何も無いけどなっ!

 

 銃を向けられようと、イノシシのように真っ直ぐ向かって顔面目掛けて拳を叩き込む。刃物を向けられようと馬鹿の一つ覚えのように一直線に走ってこれまたぶん殴る。囲まれていようと取り敢えず目の前の奴から殴る。

 

 自分はこの“拳”だけで生き残ったと言ってもいい。

 

 いや、本当は銃とか使ってみたよ? でも狙った方向に絶対飛ばないんだよね。刃物を使っても殴ったほうが早いし。

 

 つまり、結局の所、この目の前の眼鏡野郎に対して自分はこの拳だけで向かって行かなくてはならない。しかし、相手は銃をもった奴よりはるかに強い『超えし者(イクシード)』と呼ばれる超人。勝てる気がしない。

 

 でも、もし。

 

 これがご都合主義だとしたら俺にも力が......『焔牙(ブレイズ)』があるはずだ。

 

 今だけ、祈ってやる。感謝した事が一度しかない神に。後はもっとマシな所に生まれ変わらせろや、と呪詛を毎日送り続けた神に。今回だけは祈りを。

 

 右腕を上に突き出して手を開く。この手に現れる自分の『焔牙(ブレイズ)』──『魂』を思い描いて。この状況を打開できる為の武器が現れると信じて......ッ!!

 

 

「──『焔牙(ブレイズ)』ッ!!!」

 

 

 その『力ある言葉』に呼応してその右手の先──ではなく。

 

 右腕全体(・・・・)が燃え盛る炎の焔に包まれていく。それは荒れ狂う激流のように右腕に絡みつき太陽と言っても過言では無い程の輝きを放った。その焔は右腕の肩甲骨の辺りまで及んでいた。

 その余りにも熱い魂が、情熱がこの身を焼き尽くさんと雄たけびを挙げる。

 

「っぐ、ぐっがあぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 右腕が熱い!! なんだこれは!!?

 

 だが、いくら痛くとも、今にも楽になりたいと思っても。

 

 

 この『魂』がそれを許しはしない。

 

 

 故に、自分はその『魂』に委ねた。

 

 その時、まさにその『焔』が......『魂』が形を成して現れる。光が消え、その焼き付ける痛みは消えても自分は熱いまま。しかし、この熱さは違う。魂の火だと感じた。そして、自分の右腕を見て驚愕する。

 

 右腕全体に覆われた金色と朱の混じった装甲。背中には三本の紅い羽根がある。

 

「こ、これは......」

 

 きっと、自分の髪は逆立っているだろう。そして、(まさ)しく今の自分の状況にとってはお(つら)え向きだ。しかし。

 

 ......いや、なんでだよ。

 

 何でここでシェルブリット? 自分てば得物が出るとばかりと思ってたから手広げて待機してたのよ?

 いや、確かに刀とか長物とか出てきても扱える気はしないけどさ。それでも今の現状をどうにかするにはこれしかない。

 

 

 ──チクショォ、こうなればやくけくそだ。

 

 

 何もないよりましだ。見てみればゴスロリと眼鏡野郎が驚愕の表情をして固まっていた。それは自分が焔牙(ブレイズ)を発現させたからか。それともその(ブレイズ)の“形”を見てなのか。

 まあ、この世界に置いて自分は『異端者(イレギュラー)』だ。そのせいで何かが変わってしまったとしても知らない。こっちは明日を生きるためにやるしかない。

 

 

「さあ! さあ! やろうぜ......ッ!!」

 

 

 自分の『魂』が叫び声を挙げる。自分はシェルブリットを本能のままに振るった。

 

 

 

「──喧嘩だァァァァァァッ!!!」

 

 

 

 

 

 卍

 

 

 

 

 

 桜が舞い落ちる中、ある青年は気だるそうに真っ直ぐ“昊陵(こうりょう)学園入学式場”と書かれた看板が立っている講堂へと重い足を進めていた。

 

 百八十は余裕でありそうな長身に、その体躯に見合った手足。ボサボサの短髪でその下の顔を見れば鋭い目付きの三白眼が覗かせる。

 もしこれが猫背ではなくて、さらにちゃんと髪をセットしていたなら、まだ少なからずマシな感じになっていただろう。

 

 現に、何人かの同じ制服を着た生徒達が怖がってそそくさと離れて歩いている。中にはコソコソと話している生徒もいるようだ。

 

 しかし、彼は全く気にした様子も無く講堂へと真っ直ぐ向かうだけだ。否、ただ眠たいだけである。 

 

 

 あのゴスロリ野郎。何で自分が入学しないといけんのだ。何が『これも貴方の為ですわ』だ。俺の為ならホームグラウンドに帰して欲しいんだけど?

 こんなあっちより危ない場所になる予定の学園よりかは、断然スラムの方がマシだ。

 

 先にある講堂を見ながらため息を吐く。

 

 この世界がどういう場所かは知っている。しかし、細かい事まで覚えてないのだ。

 この先どうなるのか。何が起きるのか。どういった経緯でそれが起きたのか。

 

 そういった事、全て記憶に無いのだ。

 

 ただ、今のところ分かっているのは主要なキャラの立ち位置や話の流れ。そして、これは勘だが、この先はロクなことが起きないであろう、としか。

 

 ただ、先ほど言ったように、ここが中心点となるならば自分がいた不法地帯より危険な場所になると予想できる。

 

 

 だって、『超えし者(イクシード)』を育てる教養機関だぜ? 絶対、死者とか出るって。

 

 まぁ、可愛い子も多いしまた高校生活を送れるのは嬉しいけどねっ!

 

 ......彼女とか絶対無理だろうなぁ。

 

 考えてみても主人公(九重透流)ハーレムだったし。こんな目付きだし、人を一人二人殺ってそうな目だし。半殺しはしたけど一人も殺ってないから。

 

 それに下手に介入しよう物なら原作の流れというのが崩れるのでは無いだろうか? そして、主人公が死んで、バットエンドになるなんて目も当てられない。

 

 まあ、ただただ自分は主人公のイチャイチャするのを見せつけられるモブの一人でいい。イラつく事があるかもしれないが、それで済むならそれでいい。

 しかし、それも何度も見せつけられるようであれば一発殴りたい。というかこういう状況を作った朔夜に文句を言いたい。よし殴ろう。あの眼鏡野郎を。

 

 何て心の中で理不尽な事を考えていたら前に突っ立っていた人とぶつかってしまった。

 

「──おっと、悪りぃ。前、見てなかったわ」

 

 驚いたようにこちらを振り向いたのは同じぐらいの身長をした同性で短髪。振り向いて見えた相貌は中々のイケメンである。それも、しかめっ面をしていてもイケメンと言える。

 

 なるほど、リア充予備軍か。どこ見てほっつき歩いてんだ、あぁん? ......て、それは俺か。

 

「あ、ああ。こっちこそすまない」

 

 なんか引かれてるですけど? まあ、こんなヤバそうな目をした奴が後ろにいたらそうなるか。

 さっさ、中に入って軽く寝よ。

 

 目の前の男子生徒を通り過ぎて講堂へと入る。中には疎らだが何人か入っており、隣の生徒と談笑していたり、しおりを見ていたりしている。

 自分も指定された席に行くと隣には既に先客がいた。何だかいかにも真面目そうな生徒だ。こっちを一目見てすぐ手元のしおりに視線を戻す。

 

 だが、一瞬動揺していたのを見逃さなかった。初対面だとほぼ怖がられるな、と少し心に傷を負いながら椅子に座った。

 

 ......あれ? さっきの男子って主人公じゃね?

 

 今さらながら気がついてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 腰まで届く銀色の髪(シルバーブロンド)に透き通るような雪色の肌(スノーホワイト)。故に際立つ深紅の瞳(ルビーアイ)は、一目で異国の少女だとわかる。

 

 そんな幻想的な容姿の美少女に見惚れていた時だった。

 

「おっと、悪りぃ。前、見てなかったわ」

 

 後ろからぶつかられて前のめりに倒れそうになるが、直ぐ持ちこたえる。荒い口調で謝られたので、少し不機嫌になりつつもこっちも、ぼーっとしていたので非はある。

 

 しかし、振り返って見れば自分より少し高い位置にある顔で、今にも襲ってきそうな目付きをした男子生徒。こちらを見下ろすその視線に圧を感じた。

 

 コイツ......何者だ?

 

 ここに来る途中に何人か生徒を見たが、こんな目をした奴はいなかった。明らかに敵意を感じつつも、一応こちらも謝る。

 

「あ、ああ。こっちこそすまない」

 

 戸惑いを隠せずに謝ってしまったが、その男子生徒は一瞥しただけで横を通り過ぎて行った。

 

「何アイツ、感じワル」

 

 いつの間にか隣にいたポニーテイルの女子がため息混じりに呟く。

 確かに態度は良くなかったが、謝ってきたので少なくともマシと言える。もしかしたら、ただ目付きの悪いせい、と言うこともある。人は見た目だけでは無いのだから。

 

「............。ねぇ、せめて相づちくらい打ってくれないかなぁ?」

 

 肩をとんとん、と叩かれて初めてその女子の方を向いた。

 

「もしかして、俺に言っているのか?」

 

「他に誰がいるわけ?」

 

 彼女と自分の周りを見てみれば、確かに近くにいるのは自分しかいなかった。

 

「......すまない、悪かった」

 

 謝罪すると、女の子は笑みを浮かべた。

 

「ふふっ、案外普通に話せる相手ってことかな」

 

「は?」

 

「君って、さっきからずーっとしかめっ面してたから、さっきの奴みたいなちょいワルなのかなって思ってさ」

 

「ちょいワルって......」

 

 確かに色々と考え事をしていたから、不機嫌そうに見えたかも知れないが、先ほどの男子生徒と一緒にされるのは余り嬉しくなかった。

 

「あー......悪かったよ。ちょっと考え事してたんだ」

 

「その考え事も、異国の美少女には勝てなかった、と」

 

「ははっ、そういうことになる」

 

 悪戯(いたずら)そうな笑みを浮かべてのツッコミに苦笑いをする羽目になる。

 

「まっ、同性とはいえその気持ちはわかるけどね。あんな綺麗な子だもん、目を惹かれて当然だよね。......でも、どうしてわざわざこんな学校(・・・・・)へ入学して来たのかな」

 

 こんな学校、とポニーテイルの女子が言うのは訳がある。

 

 今日から自分が入学する昊陵(こうりょう)学園は一般的な学校と違い、特殊技術訓練校という面がある。この学校で行われる特殊技術訓練とは即ち

 

 ──戦闘訓練。

 

 平和な日本において、日常的に必要としない技術を教えるという特異な学校だ。

 

「何か事情でもあるのだろう」

 

 そんな事がなければ、こんな学校に来ない。ましてや、『超えし者(イクシード)』になるなど......。

 

 ──『超えし者(イクシード)

 

 それは、数年前ドーン機関という組織が開発した『黎明の星紋(ルキフル)』という名の生体超化(・・)ナノマシンを投与された者のことを指す。

 千人に一人と言われる『適性(アプト)』を持った者へ投与すると、人間の限界を遥かに超えた身体能力を得ることができ、同様に超化された精神力によって『魂』を『焔牙(ブレイズ)』と呼ばれる武器として具現化させる能力も得る。

 

 簡単に言えば、特殊な力を持った特殊部隊といった感じだろう。ここはその隊員を養成する学校と言うことだ。

 

「えっと、妙な感じになっちゃったけど、取り敢えず自己紹介ってことで。私は永倉(ながくら)伊万里(いまり)

 

「俺は九重透流(ここのえとおる)。よろしくな、永倉」

 

「伊万里でいいわ、透流」

 

 パチリとウインクをし、伊万里が笑みを見せる。こうして互いに名乗りを交わした。

 

「って、そろそろ中に入らないと」

 

「ああ、そうだな」

 

 伊万里が先導して自分達も講堂に入っていった。自分達が座った頃には殆ど席は埋まっており、中には舟を漕ぎだした生徒達もいた。

 その中に先ほどのぶつかった男子生徒も見えた。左右の椅子に座っている生徒が若干距離をとっているが分かる。

 

 やはり、人というのは第一印象は大事なのだろう。

 

「あ、入学式が始まるみたいね」

 

 ちょうどスピーカーのスイッチが入り、マイクテストの声が講堂に響く。壇上へ続く階段脇に立った二十代後半と見られる男性教師らしき人物──三國(みくに)が進行を行う。

 

 壇上に上がってきたのは、先ほど自分に『黎明の星紋(ルキフル)』を投与した黒衣の少女だった。

 

『昊陵学園へようこそ、理事長の九十九(つくも)朔夜(さくや)ですわ』

 

 投与のときですら驚いていたというのに、あの子が理事長だという事実と、わざわざその立場の人間が自分に投与したのも驚きだった。

 手伝い、という感じでは無かった。やはり、自分の『焔牙』と関わりが......?

 

 驚きから半ば呆然として、理事長の式辞が耳に入ってこなかった。しかし、式は何の滞りもなく進んで言った。

 

 そんな中、トラと言う友人がいたり、『黎明の星紋(ルキフル)』の話をしたりと時間が過ぎていった。

 

『願わくば、汝がいつか【絶対双刃(アブソリュート・デュオ)】へ至らんことを』

 

 そして、理事長が再びあの言葉を口にした。しかし、式辞を終えたにも関わらず、理事長は登壇したままだった。

 その不思議に答えるように理事長が再び口を開く。

 

『これより、新入生の皆さんには当学園の伝統行事【資格の儀】を行って頂きますわ』

 

「伝統行事?」

 

「進行表には何も書かれてないけど......」

 

 壁に張られた進行表を見る限りは、次は在校生代表による歓迎の挨拶なのだが......。

 

『それでは【資格の儀】を始める前に貴方達にして頂くことがありますわ。隣に座る方を確認して下さいませ。その方がこれよりの儀を行うに当たり、パートナーとなる相手ですの』

 

 伊万里は自分を見て、自分は伊万里を見た。

 

『これより、貴方達にはパートナーと決闘して頂きますわ』

 

「なっ.......!?」

 

 行事の内容を伝えられた瞬間、そこかしこで驚きの声が上がった。

 

『此れより、開始する伝統行事【資格の儀】は、昊陵学園への入学試験ということになりますの。勝者は入学を認め、敗者は黎明の星紋(ルキフル)を除去し後、速やかに立ち去って頂きますわ』

 

 自分達の驚きとは正反対に、涼しげな顔で理事長がとんでもないことを口にする。一瞬、会場内が静まりかえり......やがて言葉の意味を理解すると、新入生がざわめきだす。

 

「い、いくら戦闘技術訓練校だからって入学初日から!? それに入学試験って何よ! 『適性(アプト)』があれば誰でも入学出来るんじゃなかったの!?」

 

「そこは僕も気になる。大体、そんな伝統があるなら入試に落ちた人から、何らかの情報があってもおかしくないんじゃないか?」

 

 しかし、その問いに答えたのは理事長ではなく、進行役の三國だった。

 

『入学試験が存在しない、などとお伝えした憶えはありません。【適性】があれば入学資格があるとお伝えしたことは確かですがね。そして、情報に関しては、当学園の内情は様々な形で情報規制を行わせて頂いているのですから』

 

 薄笑いを浮かべながら、簡潔に説明する様は一流の詐欺師と遜色ないとさえ思える。

 

『ご理解頂けたのでしたら、試験のルールについて説明をしますわ』

 

 未だ、動揺と困惑している新入生に理事長は淡々と説明をする。

 

 基本的に何をしようとも自由。それこそ『焔牙』の使用は勿論のこと。決着はどちらかの敗北宣言、もしくは戦闘不能とこちらが判断した場合。また、制限時間内に勝敗が決まらないのであれば両方とも不合格というものだった。

 

 しかし、ルールを説明しようと新入生が納得する訳が無かった。次々、怒声が飛び交う。

 

「負けたやつはどうなるんだよ!!」「ふざけるな!!」「責任とってくれるわけ!?」

 

 だが。

 

『......これは、どこにでもある入学試験ですわ。他人を蹴落として自分が生き残るという、単純なルールに基づいて行われる生存競争、ごく一般的な受験戦争ですのよ。時期と内容は違えど、ね』

 

 怒声すら意に介した様子も見せず、冷たい視線、冷たい言葉を放ち、その雰囲気に新入生の声は封殺される。

 

『いつか必ず、貴方達には闘う時が訪れますわ。超えし者(イクシード)としてドーン機関の治安維持部隊へ所属した後、時には命懸けともなるような闘いが、必ず。......けれどもその時は貴方達の都合でまってくれませんの──と、ここまで言えばお分かりですわね』

 

「......【資格の儀】ってのは、最初の決断の時ってわけか」

 

『そのとおりですわ』

 

 俺の言葉にくすりと理事長が笑う。

 

『もし当学園のやり方に納得が出来ないのでしたら、出て頂いて構いませんのよ。ただしその場合、当然のことながら昊陵学園への入学は諦めたと判断させて頂きますわ』

 

 しん、と講堂内の空気が凍り付く。沈黙が講堂を支配する──

 

 

「え? マジで?」

 

 

 ──ことは無かった。

 

 たった一人だけ、言葉に反応し答えを返したのだ。講堂内はその一人に注目される。短髪に三白眼の男子、それはさきほど講堂前でぶつかった彼だった。

 

「このまま出ていけば入学取り消しに......?」

 

 その彼の質問に理事長は鋭い視線を送る。彼は少したじろぐ反応を見せ、身体の向きは出口の方向に向いていた。

 帰る気満々だった。

 

『......ええ、先程の言葉に偽りはありませんわ。ただ、貴方がそのまま帰ると言うのなら......負け犬(・・・)のとしての烙印を押されても構いませんわよね?』

 

「......あァ?」

 

 さっきとは打って変わって強い怒りを滲ませ、理事長へと向き直す。そこには逆鱗に触れられた龍が立っていた。その反応を見て理事長は初めから分かっていたように話を進めた。

 

『それでは開始前に一つ、貴方達が心置きなく闘えるよう、焔牙(ブレイズ)について補足の説明をさせて頂きますわ。焔牙(ブレイズ)とは超化された精神力によって【魂】を具現化させて造り出した武器──故に傷つけることが出来るのもまた【魂】のみという特性を持っていますの。つまり攻撃した相手の(・・・・・・・)精神を疲弊させる(・・・・・・・・・)だけであり(・・・)肉体を傷つけ(・・・・・・)命を奪うことの無い(・・・・・・・・・)制圧用の特殊な武器なのですわ』

 

 それは自分が傷つく恐怖だけでなく、相手を傷つけるという恐怖を無くす、悪魔の囁きというものだった。

 

 これがどれほど新入生を安堵させ、迷いを揺さぶるものだっただろうか。動揺が広がる様子が目に見えてわかる。それと同時に一人、また一人、と決意を固める様子もまた。

 

 厄介なことになってきた。

 

 理事長の言葉も最もだが、この試験を降りると言うのなら負け犬(・・・)という烙印を押される、というのも闘う決意の起因となった。

 ここまで来て、入学出来ず、さらに惨めな思いをするぐらいなら闘う方を選ぶ。人間の闘争本能の当たり前の心理だ。

 

 自分は迷っていた。内容を受け入れるか否かではない。このまま試験が始まれば、伊万里を蹴落とさなければならないことに対してだ。

 

 今朝知り合ったばかりの相手で、小一時間、話した程度の仲だ。

 

 だけど、自分は......。

 

 その思いで自然と手を上げそうになった時だ。

 

 

「何迷ってんだ、さっさと出せよ。お前の『焔牙(たましい)』をよォ」

 

「え、え」

 

 彼だった。彼のパートナーである男子は怯えて混乱しているようだった。

 

「......時間はくれてやった。それで負け犬(・・・)になっても文句は言うなよ?」

 

 彼が黒い指無しグローブを着けた右手を突きだして人差し指から順に曲げていき骨が軋むほど強く握り込む。その瞳の奥には炎のように熱い気迫のような物が写っていた。

 それが、ヤる気だと本能的に理解したのは、それを向けられているパートナーとその瞳の奥を見た者だけだろう。

 

 

【深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いている】

 

 

 その言葉を彷彿とされるように、講堂が彼の闘争本能に呑み込まれていく。そして、それに火を着けるように理事長が鋭い声でいい放つ。

 

『闘いなさい、天に選ばれし子(エル・シード)らよ!! そして、己の未来をその手で掴みとるのですわ!!』

 

「──う、うわぁああああっ!」

 

 彼のパートナーが発した叫び声が合図となった。何人かが悲鳴を上げて入り口へ逃げ出す。その場でパニックになる者もいた。

 

 そして、この試験を、決闘を受け入れた者達は次々と『力ある言葉』を口々に叫び、あちこちに紅蓮の『焔』が発せられた。

 

 そんな中、彼は『力ある言葉』を言わない。さっきは、ああ言っていたが、パートナーが『焔牙(ブレイズ)』を出すまで待っていた。

 腰は引けているが長物の《槍》を構えて彼を睨んでいる。彼はニヤリと口元を緩めて嗤った。

 

「いい目をすんじゃねぇか。それじゃあ、ヤろうぜ──」

 

 

 

「──喧嘩だアァァァァッ!!」

 

 

 

 そう叫び声を上げて真っ直ぐ突っ込んだ。そこに常人では見切れないほどの速さで槍が突きだされる。例え、彼のパートナーが槍など扱ったことなど無くとも、『超えし者(イクシード)』の身体能力は馬鹿にならない。

 

 理事長は肉体を傷つけないと言ったが、それでも危険な物には変わり無い。故に、自分も咄嗟に叫びそうになった。

 

 しかし、彼は槍を紙一重で避けると、そのままの勢いでパートナーの顔面に拳を叩き込んだのだった。キレイな一回転を決めて地面に落ちるパートナー。

 

「......は? マジ? 嘘だろ?」

 

 そして、何故か彼が唖然としていた。

 

 

 

 




色々と、はしょったのは仕方ないんです。

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