劉鳳
五日目の午後、いつものように恒例のマラソンなのだが......。
「遅いな......」
黄昏時になっても、穂高がゴールしていないことに対して呟く。それどころかゴールから見える範囲にも穂高の姿は無かった。
昨日はもっと早く走り終えていたはずだが......。
空の色が変わり始めた頃にゴール。それが昨日のことで、しかも倒れて気を失う事も無かった。たった、数日ででも目に見えて変化があったというのに、今日はどうかしたのだろうか。
「みやびのことか?」
俺の呟きを耳にし、橘が聞いてくる。橘は今日も女子のトップで完走し、今はついさっきゴールしたばかりの女子に酸素吸入器を当てていた。
ちなみに男子、そして、全体でのトップは九十九だ。九十九も橘と似たようなことを男子にしていた。ただ、酸素吸入器とかではなく紙袋だったが......。
「橘も......ってルームメイトだもんな。気になって当然か」
「ああ。もしかしたら、みやびはもう......」
その先の言葉は聞かなくてもわかる。ここ数日、毎日のように一人、二人と
入学早々厳しい訓練ばかりだから仕方ないとはいえ、日増しにクラスの人数が減っていくのは寂しく思える。
今しがた橘に介抱されている女子も「もうついていけない......」と弱音を吐いていて、その姿が穂高と被る。
穂高もそう思っているんじゃないかと想像して。
「あァ? 何このぐらいで弱音吐いてんだァ? ただペースを保って走るだけだろうが。お前は走り方がヘンだからもっと背筋伸ばして腕を振れ。だから遅ぇんだよ」
......アイツの言い方も
確かに彼は走り方が可笑しく無駄な体力を使っているためタイムが遅い。中にはちゃんと九十九のアドバイスを聞いてタイムが上がったヤツもいた。
最初の方は特に何も言って来なかったが、退学していく奴等を見て思う所があったのだろう。それから、橘のように走り終わった者の手当や先ほどのようなアドバイスをするようになった。
ただ、やはり言い方が悪く気持ち的に滅入った人にとってはキツイ物があるのか、泣きそうな表情をしていた。
「九十九! そんな言い方は無いだろ!」
そして、毎度のこと橘が九十九に突っかかって行く。
「ハッ、まだ優しい方だろ。同年代には十キロの荷物持ってマラソンしてる奴等だっているんだぜ? そいつらは『
「そういうことを言ってるんじゃない! 他にも言いようが──」
こうなると、どっちも譲る気が無いので平行線が続く。いつもなら自分が九十九を宥め、穂高が橘を宥めるのだが肝心の穂高が帰ってきてない状況だ。
「......。ちょっと様子を見てくる」
それだけ言い残してコースを逆走し始めた。それを見ていた九十九は後ろ頭をガシガシと掻いて寮のある方へと向いて気怠そうに歩き始めた。
「......後、任せるわ」
「あ、おい! まだ話は終わってないぞ、九十九!」
寮生の全員が寝静まった時間帯に自分は呼び出された。本来ならこの時間にはもう寝ているのでとても眠い。生活リズムが崩れるのは余り好きでは無かった。
「たく、何だよ。こんな時間によ」
呼び出した本人──朔夜はクスリッと笑う。
「定時報告と通達を少々したいと思いましてのことですわ」
「......今更、定時報告って言われてもな......で、何が聞きたい?」
「彼らはどうですか? 特に九重透琉は」
どう、と言われても返答に困る質問だ。良くて秀才、悪く言えば凡人のちょっと上ぐらい。突出する所も無ければ才能を持っているようにも見えない。
第一にまだ五日目だ。事細かいとこまで見てないから評価のしようがないのだ。
「まあ、もう自主退学していくヤツはいねぇだろな。必死にしがみついてると思うぜ」
質問の答えとは言い難いが、朔夜も分かっている、というよりかは、そこまで自分の回答に期待していないのだろう。
「そうですか」
朔夜はそう呟くとティーカップを片手に持って中身を飲む。......本当にそれだけかよ、分かっていたけどさ。質問してきたのはそっちだろうに。まあ、今に始まったことではない。
朔夜がティーカップを置いて少し考えたような素振りをしたのち手を前で組んだ。
「明日、『
「俺だけ休みってことか」
「本当の所はアナタがいると邪魔だからです」
「......」
ホント、何で朔夜は自分をここに入れたのか理解出来ない。言わんとすることは解らなくも無いが、言い方というのがあるだろう。
......ああ、そういうことか。委員長が言っていたこと。これがいじめっ子はいじめられっ子の気持ちが分からないってヤツか。
大方、自分が朔夜と関わりがあることはアイツ等も気が付いているだろう。まあ、ワザと気が付かせるような節を感じたが。それで自分に取り入る......つまり『
それを防ぐため......いや、そんなことするなら隠し通す方が良くないか? わざわざ、そんなメンドクサイことをするとは思えない。
こちらをじっと見る朔夜の視線を感じて悪寒が走る。ダメだ、理解出来ない。何が目的なのかさっぱりだ。
「ああ、それと。『
「──はぁ?」
朔夜の言葉に耳を疑った。
卍
「おっハロー♡ みーんな無事に『
「相性がよかったんです」
「わわっ! どんな相性? どんな相性!?」
「性格! 性格の相性だから!?」
「ちぇー......」
期待していた答えと違うな主人公。そこはやっぱり......というかさっきから視線が痛い。そんなに俺を見て楽しいか?
「はいはーい みんなも気になってるよね? 実は九十九くんは
ウゼェ、なんか胡散臭い先生なんだよなぁ。とういうかお前等こっちみんな。喋らねぇからな? そんな見ても喋らねぇからな? 喋ったら朔夜に何されるか分かったもんじゃねぇから。
「さてさて、正式に『
その宣言に教室がざわめく。主に驚きと戸惑いによって。まあ、模擬戦はあると言われていたがこうも早くあるとは知らなかっただろう。自分もこの前、朔夜に聞かされた時は驚いたもんだ。主に俺に対する
「それじゃあ、その内容を説明するけど。自分達以外は全員敵っ! だよ♡ 日程は来週の土曜日──つまりGWの前日ね。誰かが病院送りになってもいいように休み前にやるってわけ♪」
よぉーし、一人二人殴っても問題無いということか。まあ、俺が殴るのは主人公テメーだけだ。これからずっと銀髪美少女と同室ってことだろ? 一発ぶん殴ってもいいよね? え、ダメ?
「開始は十七時、終了は十九時までの二時間ってことで、時計塔の鐘が合図だからねー。場所は北区画一帯になるよー♪」
なるほど、てことは校舎内もありか。
「みんな『
へぇー、だいぶ実践的な感じだな。そりゃあ、こんなことを一年生の頃からしてれば強いはずだ。まあ、俺の時の場合はやっぱり地理が分かってなかったからか、逃げればそうそう追い付かれることは無かったな。
......指定された、北区画って場所へ少し歩いてみるか。
「それじゃあ、みんな『新刃戦』に向けてガンバろー♪」
その日の昼休み。俺はユリエ、橘、穂高、トラ、タツと共に学食で飯を食っていたのだが──『新刃戦』の話題が出ると、穂高は牛乳の入ったコップを手にしたまま、憂鬱そうにため息を吐いた。
「はぁ......まだ『
「決まったばかりだからだと私は思うぞ、みやび」
「俺も橘と同じだな。この時期だからこそ、意味があるんだと思う」
橘と俺の言葉に隣にトラも頷く。
「どういうことなの?」
問われ、橘が自分と同じ考えの内容をみやびに説明した。
「なるべく早い内から実戦形式の戦闘を経験させておきたいのだろう。確かにこれからの授業で『
「習うより慣れろということだな」
時間帯や範囲の広さ、それにバトルロイヤルというルールからしても不確定要素が多く、より実践的な状況を作り出している。更に、開始時間が十七時というのもまた考えられている。終了までの三十分間は完全に日が落ちて視界が悪くなる。視界が悪いと戦況へ大きな影響を及ぼすため、それも経験させておくのだろう。
「そっかぁ、色々理由があるんだね......あ、ってことはさ。つ、九十九くんってどうなるの? やっぱり一人でやるのかな?」
この場におらず、食堂にも姿が見当たらない。話によるとパンを片手に何処かに歩いていったらしい。考えられるのは会場の下見、と言った所か。
「
「トラもやっぱりそう思うか?」
あの組手以来、手合わせをしていない処かあれ以来一度も組手をちゃんとしていない。のらりくらり流すばかりだ。だが、あの時の一回だけで理解出来ている。アレが全力な訳が無い。他にも日ごろの訓練などを見れば明らかだ。一人だけ実力が違う。
「そもそも、俺はアイツの『
それだ。トラの言う通りこの場、いや、今のところ誰一人、九十九の『
今まで『
『焔牙《ブレイズ》』は切り札だ。それを無しにしても高い実力を持っている。もしかしたらそれを考慮して
「まあ、それも今回で分かるだろう。アイツも流石に『
おそらく、いや、ほぼ確実にクラスメイト全員が、今日に放課後から『
ここで重要なのは、他の『
たとえ、同じ種類の武器でも使い手によって大きく変わる。戦闘スタイルは人それぞれ、千差万別となる。
言って仕舞えばもう既に情報戦という観点から見れば、現時点で『新刃戦』は始まっていると言っても過言では無い。
「まったく、厄介な話だな......」
「ふんっ、顔はそうは言ってないぞ、透琉」
「お互い様だろ」
強い相手と手合わせすることに楽しみを覚える。単純な性格だとは思うが、性格なのだから仕方ない。
「こ、九重くんもトラくんも、凄いやる気いっぱいだね......。やっぱりあの賞与があるからなの......?」
『新刃戦』で優秀な成績を収めた『
必ずしも一度で『
しかし。
「賞与があるからってわけじゃないんだけどな。もちろん、それも理由の一つだってことも否定はしないけど」
と、穂高に返しつつ、トラに視線を送る。
「ふんっ。貴様と本気で
「ああ、そうだな。俺と当たる前に敗退するなよ?」
「それは僕のセリフだ」
不敵な笑みを向け合い、軽く拳をぶつけ合う。
「え、えっと......」
「ふふっ、みやびには少々わかり辛い関係かもしれないな。だが、この二人に負けないよう私たちも頑張ろうではないか、みやび」
「う、うん......。でも、私じゃ足手まといに......」
「大丈夫だ。確かに現時点でみやびの技量や能力はこの二人に劣る。それならば劣っている力量を埋めるための策を立てればいい。何より私というパートナーがいることを忘れないでくれ。これは一対一ではなく『
九十九カズヤという謎の多い人物。不安が積もりつつも高揚感が高まっていくのを感じた。
──『新刃戦』の幕が上がるのは近い。
うーん、『新刃戦』を始めるつもりでしたが意外とキリが良かったので切らせてもらいました。大体、流れは変わりませんがシェルブリットを出すか出さないか......そこで変わりそうですね。