妹のフランドールに送るプレゼントの準備が
やむを得ず、彼女は自力で作り始める
よろしくお願いします
ある年の十二月二十四日。窓から外を見れば細い月に照らされて留まることなく降る雪が。つまるところのクリスマスイブだ。人里にはまだその文化は浸透していないらしい。
だがしかし、ここ、紅魔館の当主レミリア・スカーレットにとってそんなことは関係ない。外は寒いからどっちにしろ人里まで出向く気は無いし、何より紅魔館の中でのクリスマスのことで頭がいっぱいなのだ。
小さな机に頬杖を突き、誰もいない部屋の中でレミリアは溜息を吐く。
今年、彼女は初めてプレゼントを贈るのだ。プレゼントを与える立場は憂鬱である。いざその身にならなければ、この憂鬱さは分からないものだろう。まして相手は自分の妹であるフランドール・スカーレットなのだ。好みが全く分からない。ぬいぐるみなどが好きらしいが、自分自身がぬいぐるみに関して何も知らないので選びようがない。と言うか今から買いに行く時間は無い。
だが安心して欲しい。レミリアはこんな絶望的状況を打破する手段を既に整えているのだ。だからこそ、こんな所で悠々と頬杖と溜め息をついているのだ。
コンコン、ノックの音が軽く響く。姿勢を正して咳払いをしたレミリアは「入りなさい」と澄ました声で言った。
「失礼します」
「来たわね」
「来ましたけど……こんな時間にどうしました? 定時の報告はもう終わった筈ですが……」
入って来たのは寝間着スタイルの紅美鈴。激務の門番を終え、今は完全に休息モード。入ってきた瞬間に欠伸を噛み殺し、いかにも眠たそうだ。
だがそう易々と眠らせるレミリアではない。レミリアは昼間にぐっすり眠ったのだから。お構いなしである。
「単刀直入に言うわ……貴方、フランとそれなりに仲が良いじゃない。フランへのプレゼントをどうするか、貴方に相談したいのよ」
「はぁ……妹様は最近、ウサギのぬいぐるみが欲しいと仰っていましたが、それでは駄目なのですか?」
「私には今その手持ちがないわ。却下よ」
「……逆に、何を持っているのです? もう日付変更まで間近。昼間に妹様は散々遊んでいましたから今は眠っていますけど、朝になれば起きると思いますよ」
その言葉がレミリアに突き刺さっているとはつゆ知らず、寝ぼけ眼の美鈴は欠伸を堪えながらそう告げる。
逆に何を持っているのか。何を持っている訳ないだろう。でなければこうして相談していないのだから。だからと言って正直に「何も持っていない」と言う訳にはいかない。当主とはそう言うものだ。見栄を張り通さなければならない。
「ん、勿論」
「……ぬいぐるみ、作りましょうか」
「ちょっとぉ!? 持っているわよ!? えぇ、ちゃーんと準備しているわよ!?」
「……分かり切っていましたけど、何も持っていないからこうして私を呼んだのですよね?」
「……うー」
レミリア、唸る。眠たい部下にフルボッコにされたレミリアはそれでも抵抗しようとしたが、結局上手くいかなかったのであった。
そして時間は過ぎて凡そ日付が変わる頃。レミリアは再び唸っていた。美鈴は隣で机に突っ伏して眠っているが、そんなことは気にしない。
問題なのは、縫物が予想を遥かに超えて難しいと言うことだ。美鈴やメイド長の十六夜咲夜が普段しているのを見たことはあるのだが、そんな難しそうには見えなかった。がしかし、やってみると何だこれは。一応、『縫物の基本』だとか言う本を美鈴から借り、参考にしながら縫っている。だが、そう簡単にいくものではない。
原因はいきなりぬいぐるみなんて作っているからであろうが、しかし進まないし上手くいかない。
「うー……」
何度となく美鈴を起こそうかとも思ったが、美鈴に作らせたのでは意味が無いと言う思いが彼女の中にできていた。
呼び出したとはいえ、本来、今美鈴は寝ている時間なのだ。呼び出したとはいえ、それは知恵を借りる為。幾ら相手が部下とは言え、明日の勤務に支障が出そうなことを彼女は進んでしないのだ。夜に付き合わせることはしても、既に眠った誰かしらを起こしたりはしない。
何より、ぬいぐるみを作ることがいつの間にか楽しくなっていたのだ。生まれてこの方したことのないことを、今こうして一人挑戦している。それが何故か楽しいのだ。僅かではあるけれど、始めた頃よりも綺麗に縫えるようになっている気がするし、そう実感できると余計に沸々と楽しさが湧いてくる。いい加減、目が疲れてきたけれど、休んでいる暇はなさそうだ。
こうして思えば自分がまだクリスマスにプレゼントを要求していた頃、咲夜や美鈴がこうして作っていたのだろうか。パチュリー・ノーレッジはいつも要らないと言っていたような気がする。
「……咲夜達も、こんな気持ちで作っていたのかしら」
一人、誰も聞いては居ないだろうけど呟いた。
プレゼントを贈る立場は憂鬱だ。こうして頑張っても、自分には何の得もない。この努力でさえも、気難しい妹に一蹴されたら水の泡。それこそ丸一日立ち直れないかもしれない。
そう思うと、ふっと心が軽くなった。美鈴の寝息が、少しだけ大きく聞こえる。ふと縫うのを中断したレミリアは、自分のベッドから毛布を引っ張って来た。
「お疲れ様」
起こさない様、突っ伏したままの美鈴に毛布を掛ける。すると「ふがっ」と変な声が聞こえ、思わずクスッと笑みを零してしまった。
さて、夜はまだこれから。朝まで後七時間程ある。レミリアの顔には余裕の笑みさえ浮かんでいた。
のだが、
「ねぇ……」
「どうしましたか? おかわりならございますよ」
「いや、何で?」
「何故、と聞かれましても……私はお嬢様のメイドですから」
いつの間にか机の反対側に咲夜が座っていた。
しかもメイド服だ。よく分からない。
「あぁ、そこはそうではありませんお嬢様」
「……そう」
温かい紅茶を淹れてきてくれたことはありがたいが、しかし凝視されるとやりにくい。
確かに心配なのはわかる。扱っているのは針だ。怪我をする可能性は十二分にあり得る。吸血鬼だからそんな些細な怪我は一時間もすれば完治しているだろうが、しかし咲夜のような人間にとってはそんな感覚ではない。
とは言え、ちょっとした話し相手が来てくれたと考えるとまだ良いのだろうか。紅茶を一息で飲み干し、レミリアは口を開いた。
「ねぇ、咲夜」
「はい」
「いつも、その……助かっているわよ」
「それは光栄ですわ。ありがとうございます」
「本当、いつも苦労をかけているわね」
「えぇ。いつも喜んで、お仕えさせていただいていますよ」
咲夜は奮闘するレミリアを見ながら微笑んだ。伝えたくなった感謝を伝えると、幾分心に余裕が生まれる。
レミリアは手を止めて伸びをした。ずっと丸くなっていた背中が心地良い痛みを訴えてくる。その間に咲夜が紅茶のおかわりを注ぎ、美鈴は寝息を立てる。その紅茶を半分ほど飲んだレミリアはまた縫い針を持った。
「急がないとね。朝になる前に済ませなきゃ」
「そうですわね。何か要望があれば申し付けてください」
「えぇ……言っておくけど、交代は無しよ」
「勿論、野暮な申し出だと心得ております。助言は致しますが、それ以上は申し出ませんのでご安心を」
よくできた部下にレミリアは笑みを浮かべ、両目を凝らしてぬいぐるみと向き合う。
現在進歩四割程。急げばなんとか朝までに間に合いそうだ。
「ムハッ!?」
レミリアは跳ね起きた。
いつの間に寝てしまったのか。起きた場所はベッドの上ではなく椅子の上。隣では美鈴がぐーすか寝ているではないか。
顔が青くなる。カーテンは閉じたままなのに、どう見ても陽の光が漏れている。勿論部屋は自室。もしここが妹の部屋ならまだ安心できただろうに。
そう、まだプレゼントを妹の部屋に置いてくる大事な工程を済ませていないのだ。これは非常にマズい。フランドールはまだサンタを信じている節があるが、主にプライド的な意味でマズい。自分で自分に『サンタになり切れなかった当主」の烙印を押してしまう。
「ぬいぐるみは!?」
完成させたかどうかの記憶は曖昧。急いで確認しようとした矢先、レミリアの顔が更に青ざめる。
無い。
そこに、ぬいぐるみが、無い。
「え? なん……え?」
パニックになるレミリア。美鈴は起きない。
どうしようと問い掛けても、当然のように答は浮かんでこない。頑張って作ったぬいぐるみが忽然と姿を消した今、焦燥とその向こうに虚無を感じた。
終わった。ベリー・カナシミマス。
レミリアは膝を屈してしまった。
丁度その時のこと。
「お姉さま!!」
バンッ!! というとんでもない音と共に扉が吹っ飛んだ。意気消沈のレミリアは膝を屈したままからくり人形のように首だけ動かしてそちらを見る。
例えるなら何であろうか。
冬の真ん中、それはどちらかと言うと春先の様な。
フワッと温かい感情が、彼女の心を見たし、そして瞳の奥が熱くなる。
「今年もね、サンタさん来たよ!!」
そこに立っていた妹、フランドールは握っていた。
両手でしっかり、みっともないウサギのぬいぐるみを。