魔法少女は自身の魔力を使うことによってある程度自由に魔法を使うことができる。物にエンチャントを施したり、魔力で道具を作り出すこと以外にも、テレパシーや結界の展開など、発想次第で様々なことが可能。
ほむらが杏子に協力を仰いでいる頃、マミとなぎさは風見野で買い物をしていた。マミは買い物のついでに杏子の姿も探していたが、すれ違いになっている為徒労に終わるだろう。
「新しい服に靴、携帯電話……よくこんなにお金がありましたね」
なぎさは髪を大きくツインテールで結び、眼鏡を掛けている。手には新しい携帯電話が握られていた。
「お金に関しては問題ないわ。……まあ、無駄遣いは出来ないけどね」
マミの通帳には大学を出るのに十分な程のお金が入っている。交通事故で両親が死んだ時に入ったものだ。二人ともそこそこの額の生命保険に入っていた為、無駄遣いしなければ一生働かなくても食べていける程度には口座に入っていた。
マミは記憶を頼りに杏子の居そうな場所を探していくが、一向に見つかる気配がない。それどころか魔力の痕跡すら見つけられなかった。
「おかしいわね。ここにもいないなんて……」
マミはゲームセンターの中をぐるりと見回し、小さくため息をついた。
「もしかして、見滝原に移動したのかしら」
「なるほど。キュゥべえあたりから魔女養殖の話を聞いてということなのですね。確かに杏子の性格上有り得そうなのです」
なぎさは知ったように杏子のことを語る。マミはその言い方に若干の違和感を覚えたが、そのまま話を続けた。
「だとしたら、すでに暁美さん達と接触してる可能性もあるか……だとしたら安易に近づくのは危険かしら。なんにしても明日一度見滝原に戻りましょう。さとりが学校に通っている時間帯がいいかしら」
場所さえ分かっていれば、読心を避けることはできるだろう。あとはどこまで範囲が広いという問題があるが、マミは今までのさとりの様子から既にある程度の読心範囲を掴んでいた。
「さとりの読心の最大半径は四十メートル。見た限りでは五十メートルには届かないように思うわ」
マミが最初にさとりに会った時、背後を取ったにも関わらずさとりはマミに狙われていることに気が付いていた。あの時は魔力や殺気に気づかれたものだとばかり思っていたが、もし読心によるものだったのだとしたら。
「私が最初にさとりに銃を向けた時、さとりはその場から逃げなかった。私の心が読めたのだとしたら、私が本気でさとりを殺そうとしていたこともわかっていた筈なのにね。もし逃げなかったのではなく、逃げられなかったのだとしたら」
「どういうことです?」
「あの時私はマスケット銃を構えながら少しずつ距離を詰めていた。さとりの読心の範囲に入る時には既に射撃の準備は整っていたの。もし私が銃を構える前に読心の範囲に入っていたとしたら、きっと逃げられていたでしょうね」
マミはゲームセンターを出て道路をまっすぐ指差す。
「範囲としては、あの理容店のサインポールぐらいよ」
「サインポールってなんですか?」
「あのぐるぐる回ってるやつ」
なぎさはあのぐるぐるにちゃんとした名前があったことに少し感動しつつ、距離を確認する。四十メートルと聞いたときは遠い印象を受けたが、実際に目にすると案外近いように感じた。
「凄いのです。ぱっと見で距離がわかるのですか?」
「距離感が正確じゃないと当たるものも当たらないもの。遠くなればなるほど誤差が出てくるけどね」
マミとなぎさはそのままゲームセンターをあとにする。
「今日はもう何処かのホテルに入りましょうか。明日の準備もしないといけないし」
「ハイなのです。チーズが食べられるホテルがいいのです!」
「う~ん、ルームサービスにあるかしら……」
二人は目星をつけていたホテルに向けて歩き始めた。
「いたわ。こっちには気が付いていないようね」
次の日の朝、マミとなぎさは見滝原中学が見えるビルの屋上に来ていた。学校との距離はおおよそ五百メートル。流石の魔法少女でも双眼鏡がないと厳しい距離だった。
「さとりお姉ちゃん。ちゃんと学校に通っていたんですね」
「そこも謎の一つよね。さとり自身朝起きたらいつの間にかこの世界に来ていたと言っていたけど、本当かどうかもわからない。……いや、私は嘘だと思っているわ」
なぎさはキョトンとした目でマミを見た。
「嘘、というのは?」
「どうしてこっちの世界に来てしまったのかわからない。いつの間にか見滝原中学に通うことになっていた。この部分ね。本当にそんなことがあり得るのかしら」
なぎさは双眼鏡でさとりの様子を観察しながら考える。確かに、もっと自然な考え方もある。
「さとりお姉ちゃんが何かしらの能力を使って、まどかの記憶を書き換えたということですか?」
マミは真剣な顔つきで頷いた。
「さとりが私に話したこちらの世界に来た日付と、鹿目さんが話したさとりが海外から引っ越してきた日付は数日食い違っている。その鹿目さんが記憶している数日が、さとりによって作り出された記憶だったとしたら」
「さとりお姉ちゃんは何か目的があってこの世界にやってきた。ということなのですね」
「もしくは、幻想郷から来たという話自体も嘘かも知れないわ。なんにしても、無防備にさとりに近づかないほうがいいわね。もし記憶を改ざんする能力を持っているとしたら、さとりに近づいた瞬間、理由諸共敵対していた記憶そのものを改ざんされる可能性があるわ」
そうでなくとも、ほむらやさやかの記憶を改ざんして身を守る可能性もある。もっとも、あくまで予想の範疇だが。
「とにかく、今は読心の範囲に入らないようにしながらさとりを観察しましょう。何か能力の弱点や特性がわかるかも知れない」
マミは双眼鏡を置くと、大きく伸びをする。これはかなり長丁場になりそうだった。
その日の夜、さとりがまどかと共に家に帰ったのを見届けて、マミとなぎさはさとりの監視を解いていた。今日の様子を見る限りでは特に変わった様子は無いように感じる。本来ならば夜も見張るべきなのだろうが、流石にこの人数では難しい。
「初めてこんなことしたけど、張り込みって大変……。これ続くかしら」
疲れた様子のマミに対して、なぎさはケロリとした表情をしている。
「でも、驚くほど普通でしたね。学校に行って授業を受けて、家に帰る。特殊なことは何もしてないのです」
なぎさは携帯のメモ機能を見ながら今日のさとりの行動を振り返った。
「強いて言えば暁美さんが遅刻してきたことぐらいかしらねぇ。でも彼女の事情を考えると別に不審というわけでもないし……それに私もたまに魔女退治で学校に遅刻したりするしね」
そう、不審なことは何もないのだ。逆に言えば、気持ち悪いぐらい普通の女子中学生をしていると言える。
「今思えばそれもおかしい話だったのよね。さとりは数週間前までまったく違う生活環境にいたはずなのに、今現在何不自由することなく生活している」
「ただ生活に慣れただけなのでは?」
「もし、そもそも生活環境があまり変わってないとしたら?」
なぎさは立ち止まってマミの顔を見た。
「昼の話……ですか?」
「あの時は思いつきだったけど、そう考えたほうが自然じゃない? 私の考えはこうよ。古明地さとりはもともと現代の日本で暮らしている妖怪だった。さとりの目的はずばり鹿目さんの魔法少女としての素質を利用したものよ。さとりは自分の願いを叶えるために鹿目さんに近づいた」
マミは一度周囲を見回して人がいないことを確認する。
「さとりは鹿目さんを魔法少女にしようとしている。実際にさとりは美樹さんを魔法少女にしているわ。あれは多分実験ね。なぎさちゃんに話した理由は本来の目的を隠すための作り話だと思うわ」
本来ならばさとりの近くで真意を探りたいところだが、近づけない今の状態ではそれもできない。マミ自身も過剰に警戒しすぎているとは感じているが、今できる最大限の警戒をするに越したことはない。
「……――ッ!?!? あ……え? マミ、さん? それになぎさちゃんも」
だが、さとりを警戒しすぎたばっかりに、他が疎かになっていた。いきなり声を掛けられてマミとなぎさは振り返る。そこには目を見開いて驚いているさやかの姿があった。なぎさは頭を抱えるようにしながらマミに聞く。
「マミ、見つかってしまいましたがどうするんです? 警戒していたのではなかったのですか?」
「警戒していたのはさとりの魔力だけで、ほかはそうでもなかったから」
マミは小さくため息をつくと、さやかの肩をがっちりと掴む。そしてにっこりと微笑んだ。
「美樹さん?」
「は、はい!」
なぜマミとなぎさが生きているのかという疑問が浮かぶ前に、さやかはマミの雰囲気に飲まれてしまう。
「ごめんなさいね。美樹さんは今ここで死んだわ」
「は、はいぃ?」
さやかは状況が飲み込めず、首を傾げるしかなかった。
見滝原の外れにあるホテルの一室にマミとさやかとなぎさはいた。夜も随分遅くなっているため、なぎさは既にベッドで寝ている。
「それにしても生きててよかったです。てっきり死んでしまったものとばかり……」
さやかは備え付けられているソファーに座る。マミはその対面に腰掛けた。
「ええ、死んだように見せかけることが目的だったから。上手く誤魔化せたようでなによりよ」
マミは自分の仕掛けた偽装が上手くいっていることがわかり、安堵のため息をつく。その様子にさらにさやかは困惑した。
「だとしたらなんで……今酷いことになってるんですよ? 佐倉杏子とかいう魔法少女が見滝原に入ってきたと思ったら案外いいやつだったり、魔法少女の正体が……あ、でもこれは……」
さやかは今日の夜にあったことを包み隠さずマミに話した。
「ほんと、びっくりですよ。キュゥべえがあんなやつだったなんて」
さやかは頭を抱えるようにしてため息をつく。そして自分のソウルジェムを取り出した。
「まさか私の魂がソウルジェムになっているなんて。まああの時は恭介の命も危なかったし、迷いはなかったけど……でもそういうことはもっと早く、契約の前に教えて欲しかったといいますか……」
「ごめんなさいね。私も最近知ったばかりなのよ。……ところで美樹さん。その時、さとりの様子はどうだった?」
さやかはいきなり予想外な人物の名前が出て少し混乱する。今の話とはまったく関係ないと思ったからだ。
「え? さとりですか? ……別に、いつも通りだったと思いますけど」
さやかは意識が戻ってからのことを思い出す。
「あ、でも少しほむらを責めているような口調だったかな? ほむらはこのこと知っていたみたいだし」
「でしょうね」
マミはさやかの話を頭の中で整理する。そして改めてさやかのほうを見た。
「まあ、仕方がないか。美樹さん。今から少しショッキングな話をするわ。心して聞いてくれる?」
「ショッキングってソウルジェムの話よりもですか?」
さやかはふざけた様子でマミに聞くが、マミの真剣な表情を見て小さく唾を飲み込んだ。
「ええ。何処から話したものかしら……。長くなると思うわ」
マミはソファーから立ち上がると備え付けられているティーバッグで紅茶を淹れる。いつも飲んでいるものに比べれば紛い物に等しい品質のものだったが、今はどういった形でもカフェインが欲しかった。マミはティーカップを3つ用意すると、その一つをさやかに渡す。
「美樹さん。エントロピーという言葉を聞いたことがあるかしら」
「えんとろぴー? 何か科学の用語ですか? それとも新しい必殺技?」
「まあ、私も調べるまで知らなかったわけだし。エントロピーというのは簡単に言えば、どれだけカオスであるかということよ」
「カオス……」
さやかは神妙な顔で繰り返すが、まったく理解している様子ではなかった。マミは軽く微笑むと、簡単に言い直す。
「たとえば、ここに紅茶があるわ。この紅茶にミルクを垂らすわよ」
マミは小さなカップのミルクを紅茶に少し入れる。ミルクは紅茶の中で複雑な模様を描いた後、次第に混ざり合っていった。
「このように、ミルクは次第に広がっていく。これをエントロピー増大則というのよ。この混ざり具合のことをエントロピーというのね。この紅茶でわかるように、エントロピーというのは増大する一方で減少することがない。こちらから手を加えない限りね。でも、手を加えることでエントロピーを減少させる以上の労力を使う」
「えっと、なんの話です?」
まあ、一見この話は魔法少女には関係ない。
「このエントロピーの増大はもっと大きなスケールで見ても言える話らしいのよ。すべての物質は最終的に平衡状態になる。科学者はこの状態を宇宙の熱的死と呼んでいるわ」
「よくわかりませんが、エントロピーのせいで世界が滅ぶってことですか? 何年後ぐらいですかね?」
「そうねぇ大体百京年後ぐらいからって話だけど。正確な年数はわかってないわ」
「百京年……」
予想以上に大きな数字が出てきて、さやかの思考はフリーズした。そもそも百京年などイメージできる大きさではない。
「ちなみに今の宇宙の年齢が百三十八億だといわれているわ」
「まだまだじゃないですか! そんな先の話を問題にしても……そもそも人類いるんですか?」
さやかはほっと安堵した。世界が滅亡するという話には少々ドキッとさせられたが、まだまだ先の話だ。
「それを問題にしている存在がいる。それこそ、人類がまだ猿に毛が一本生えたぐらいの時代からね」
「え、それって宇宙人ってことですよね」
宇宙人と言われて、マミは少し混乱する。だが、言われてみればそうだった。
「宇宙人、そうよね。宇宙人なのよね。その宇宙人は宇宙の熱的死を回避しようと研究を進めた。宇宙のエントロピーの増大をなんとか食いとめようとしたのよ」
「へえ、いいやつらですね。宇宙人」
「それが、そうとも言えないのよ」
方法が方法なら、さやかの言ういいやつらに該当したかも知れないが、人類にとってはそうとは言えない。
「その宇宙人は熱的死を回避するためにエントロピーを凌駕するエネルギーを探した。それで目をつけたのが感情をエネルギーとする技術。だけど、その宇宙人には感情がなかった」
「へぇ、感情をエネルギーにするってなんだかロマンチックですね」
マミはさやかの反応に苦笑した。まあこの話だけ聞いたらそう感じるのも無理はないだろう。
「その宇宙人は人類に目をつけた。宇宙人は人類に知恵と技術を与え、進化を促した。それと同時に、人類から感情エネルギーを収集するシステムを作り上げた」
「人類からエネルギーを収集する……感情豊かな人類からエネルギーを集めるって言うのはなんだかわかる話ではありますが……」
「宇宙人が目をつけたのは、第二次性徴期の少女が幸福から絶望へと転じたときの爆発的な感情エネルギー」
「第二次性徴期?」
「小学生から中学生ぐらいの歳のことよ。宇宙人は少女の願いを叶えて幸福にした後、厳しい環境に陥れて絶望させる。絶望した少女は姿を変え、今度は少女を絶望させるシステムの一部となる」
「それって私たちに似て……」
さやかはそこまで口に出して、それが自分のことだと悟った。
「じゃあ、宇宙人っていうのはキュゥべえのことで……絶望したらシステムの一部になるって言うのは……」
「ソウルジェムが濁り切った時、魔法少女は魔女へと変化する」
「……」
さやかは言葉が出なかった。ソウルジェムの話はまだ多少は納得のできる話でもあった。冷静に考えれば生身のまま魔女と戦いたくはない。だが、そもそもの元凶がキュゥべえとなると話は別だ。
「全てはキュゥべえが仕組んだこと。いえ、インキュベーターというべきかしら」
「インキュベーター……じゃあ、私たちの戦いって、なんだったんですか? そんないつくるかわからない宇宙の終焉を回避するために同じ魔法少女相手に戦っていたってことですよね?」
「そういうことになるわね」
さやかは気がつかないうちに両手を握り締めていた。
「それって、そんなことって……」
「みんなインキュベーターに騙されていた。戦いの先にあるのは平和でもなんでもない。ただ自分の延命と同族殺しの結果だけ」
さやかはもう何も言うことはできなかった。ただただキュゥべえに騙された悔しさと、人類のことなど何も考えてないキュゥべえの非道さにただただ拳を振るわせることしかできない。だが、それもマミの一言で終わった。
「さて、前置きはこのぐらいにして。本題に入りましょうか」
「へ?」
さやかはぽかんと口を開けて間抜けな表情をしてしまう。今の信じられないような話が前置きだとしたら、本題はいったい何なのかと。
「ま、前置き? 今のが? てっきり私は『私と一緒にインキュベーターと戦いましょう』みたいな話になるのかと思ってたんですが」
「それは無理な話よ。魔法少女になってしまった今、私たちとインキュベーターは切っても切れない関係になってしまった。私たちが生きていくには、インキュベーターの作ったシステムに従って生きるしかない。それに関しては半分諦めるしかないわ。人類より文明が発達している存在に真っ向から戦いを挑んでも勝てるはずがない。解決には長い対話が必要になると私は考えているのよ。だから、とりあえず目先の問題を解決するところから」
マミは紅茶を一口飲むと、話を切り出した。
「古明地さとり。私となぎさちゃんは今古明地さとりの陰謀を阻止するために動いている」
「え? さとりの陰謀? なんで?」
さやかは予想していなかった名前が出て首を傾げる。
「美樹さん。これは貴方にも関係してくる話よ。貴方が魔法少女になった原因を作ったのは、さとりなんだから」
「そんなことありません! 私が魔法少女になったのは病室に現れた魔女を退治するためですし……」
「上条くんの病室にグリーフシードを仕掛けたのはさとりよ。彼女は美樹さんが魔法少女になるように誘導した」
さやかの背筋に汗が浮かび、ゆっくり背中を伝っていく。さやかは何かを否定するように首を振った。
「そんな、一体なんの証拠があって……」
「なぎさちゃんがその時一緒にいたらしいのよ。半分さとりに騙されていたみたいだけど。病気に伏している母親を助けるためになぎさちゃんはさとりに縋った。美樹さんの一件はその時のことね」
マミはさとりとなぎさの関係を簡単に説明する。マミの話を最後まで聞いて、さやかは軽くため息をついた。
「結果的になぎさちゃんのお母さんは助かったけど、腑に落ちない……でも、さとりはなんでそんなことを……」
「私は実験だと考えているわ」
「実験?」
「さとりは鹿目さんを魔法少女にしようとしている。それはおそらく自分の目的のためよ」
マミは自分の推測をさやかに話した。覚妖怪の話から幻想郷にいたことが嘘かも知れないという話まで。もっとも、これはあくまでマミの推測だ。だが、さやかには予想以上にしっくりきてしまった。
「妖怪……そう、ですよね。さとりは妖怪なんだ。それに心を読むって……」
気持ち悪い。怖い。今までの自分の感情が全部駄々漏れになっていたと思うと、今すぐにソウルジェムを叩き割りたい気分になった。
「じゃあマミさんたちはそれで姿を隠していたんですね。さとりの読心を回避するために」
「ええ。魔法少女というシステムを何とかするより、そっちのほうが重要だからね。」
まどかが契約すること自体も阻止しないといけないことだが、その莫大なエネルギーを有している願いをさとりの陰謀のために使われるのはもっと避けなければいけない。
「なにより、他人の都合にまどかを巻き込むわけにはいかない。なんとかしなきゃ」
だが、具体的にどうすればいいのか。考えれば考えるほどさとりの持つ読心の能力が厄介だと感じる。そもそも近づけないというのが問題を大きくしている。一方的に心を読まれては、対話や交渉の余地がない。
「そう、なんとかしなきゃなんだけどね……今のところ成果無しよ」
マミは大きくため息をつき、肩を落とす。なんにしても、今さとりから目を離すべきではないだろう。
さやかが仲間に加わってから既に一週間が経とうとしている。その間ずっとさとりの監視を続けているが、そろそろ限界が近かった。体力的な問題ではない。精神的な問題だった。
「う~ん、恭介やほむらにこれ以上迷惑掛ける前に解決しなきゃ……」
ここ一週間。ほむらを筆頭にまどかや杏子、恭介までも協力してさやかと魔女養殖の犯人を捜していた。もっとも、魔女を養殖した犯人はさとりなので見つかるはずもない。実質的にはさやかを探しているだけだ。
「流石に申し訳なくなってきたというか、これ以上恭介のレッスンの邪魔をするのも……」
さやかはビルの屋上から双眼鏡を構えつつ、ブツブツとつぶやく。さとりは今マミとなぎさが追跡中だ。さやかは一人ほむらと杏子の様子を伺っている。二人はなにやら公園のベンチで会話をしているようだが、流石に会話の内容まではわからない。
『そうは言っても、まだ何の対策も立ってないのです。マミが提案した滅茶苦茶な作戦もありますが、綱渡りしながらお手玉するようなものですし』
なぎさは電話越しにさやかの泣き言を聞いて深くため息をつく。マミはそれを聞いて頬を膨らませた。
『なんでよ。私はいいアイディアだと思ったんだけど。ソウルジェムが私たちの魂なら、それさえなければ心を読まれることもないはずよ』
『本当に心を読まれないっていう確証がないのです。それに、いくら体を遠隔操作できるといっても、百メートルが限度ですし。危険な綱渡りになるのは目に見えているのです』
マミの考えはこうだ。さとりの読心の範囲は長くて五十メートルほどだと推測している。そしてソウルジェムが体を操作できるのは百メートル前後まで。ソウルジェムだけさとりの読心範囲から出せば、心を読まれることはないのではないか。
『体の遠隔操作はそこまで難しい話ではないわ。というよりかは、意識せずとも普通にできると言った方がいいわね』
「それは確かに試したのでわかりますけど……さとりが逃げた場合追うのは至難の技ですよ?」
そう、近づき過ぎず、遠ざかり過ぎずを維持しながら追わなければいけない。万が一ソウルジェムの範囲外に体が出てしまったら、完全に無防備を晒してしまう。肉体を失ってしまったら、例え死ななくても死んだも同然だ。
『それに三人じゃ人数が少なすぎるのです。一人でソウルジェムを管理したとしても、動けるのは二人だけ。それに、ほむらと杏子の説得も同時に行わないといけないのです。今の二人にとって、さとりは仲間の一人なのです。それを捕らえたとなると、いくらマミやさやかでもいざこざは避けられないと思うのですよ』
単純に説得するだけなら話は簡単だが、さとりがその場にいるだけで確証が持てなくなる。ほむらや杏子のこころが読めるさとりなら、その場でほむらや杏子を味方につけてしまうかもしれない。もしそうなったら単純な戦力でも敵わないだろう。
『さとりはともかく、暁美さんと佐倉さんは敵に回したくないわ』
「そう。だから流石にマミさんの作戦はリスクが大きいというか。でも早いうちになんとかしないと……」
うがぁぁぁ! とさやかは頭を抱える。そして、何かを思いついたかのように顔を上げた。
「人が足りなくて敵が多いんだったら増やせばいいし減らせばいいじゃん」
その言葉にマミは首を傾げた。
「ちょっと杏子を勧誘してきますね」
さやかはなんでもないことのように告げると、無造作に立ち上がる。
『ちょ、美樹さん!? 勝手なk――』
さやかは通話を切り、ほむらと杏子が別れたのを確認する。杏子が完全に一人になったのを確認した後、さやかは杏子の目の前に飛び降りた。
マミによる古明地さとりに対する考察
古明地さとりは他の町で静かに暮らしていた。だが風の噂で魔法少女のことを耳にする。魔法少女になる代わりに何でも願い事が叶えられるという話を。古明地さとりは妖怪である。ゆえに自分が契約することはできない。古明地さとりは自分の願いを叶えるために潜在魔力の多い鹿目さんに近づき、取り入ろうとした。鹿目さんを魔法少女にするために古明地さとりは実験を繰り返す。グリーフシードに関する実験、実際に魔法少女を作る実験、使い魔を魔女にする実験。古明地さとりが本格的に動き出すのはワルプルギスの夜がする頃だろう。
張り込み
考えてみてほしい。何をするでなく、ただただ人の日常を見ているだけの生活を。
インキュベーターとの共存
するしないではなく、せざるを得ない。
エントロピーに詳しいマミ
敵のことを調べるのは基本……というわけでもなく、ただ単に張り込み中暇だったから色々調べていただけ。