魔法少女さとり☆マギカ   作:へっくすん165e83

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八雲紫 境界を操る程度の能力
幻想郷の創始者の一人にして、妖怪の賢者。現在幻想郷の管理をしているのは八雲紫である。数千年の生きる妖怪であるため膨大な妖力を体内に有しており、物理的な肉体の破壊程度では死なない。妖怪としての力もさることながら、最も恐ろしいのはその能力である。彼女の能力は文字通り境界を自由に操ることが出来る。水面や壁、結界などの物理的な境界から、白と黒、幸福と不幸、生と死など、概念的な境界を操ることもできる。幻想郷にいるある歴史学者は彼女の能力のことをこう評した。

「対策も防御法も一切存在しない、神に匹敵する力」

彼女ならば、魔女化した魔法少女を元に戻すことすら可能かもしれない。


第十話「あ、はい。ご勝手に」

「うお!? びっくりした……ってさやか!?」

 

 人が目の前に降ってきた衝撃で一瞬降ってきたのがさやかだと判断するのが遅れる。杏子は一歩後退した後、さやかに駆け寄った。

 

「お前何処行ってたんだよ! 散々探したんだぜ? まどかのやつも心配してるしさ。アンタのボーイフレンドだって——」

 

「わかってる。わかってるよ、杏子」

 

「だったら何で……そこまでの事情ってやつ?」

 

 杏子の問いにさやかは頷いた。杏子は面倒くさそうに頭を掻くと、やがて安心したように微笑んだ。

 

「ったくしょうがねーなー。私が相談に乗ってやるよ」

 

「さっすが杏子! 話が早い」

 

 さやかは杏子の手に握ると拠点にしているホテルのある方向へと走り出す。杏子はいきなりさやかが走りだした為一瞬こけそうになったが、何とかさやかに付いて走りだした。

 

「って、どこ行くんだよ。ほむらと合流しないのか?」

 

「合流するのはマミさんたちだよ」

 

「はぁ!? マミだぁ? いやだよ。てかマミも生きてるのか?」

 

「マミさんだけじゃなくてなぎさちゃんも生きているよ」

 

 杏子は額を押さえながら大きくため息をつく。

 

「まあそのなぎさってのは知らないんだけどな。見滝原に魔法少女増えすぎだろ。そんなんでグリーフシードの供給が追いつくのか?」

 

「……多分追いつかないと思う。アレ? だとしたらさとりは……だとしてもさとりは……」

 

 さとりは私たちのために魔女を養殖したのではないか。一瞬そんな考えがさやかの脳裏に浮かんだが、たとえどんな理由があろうと人間を餌に魔女の養殖などしていいはずがない。

 

「まあとりあえず詳しい話はマミさんがしてくれると思う」

 

「はいはい」

 

 さやかは杏子を連れてホテルの中に入る。借りている部屋にはマミの姿はなかった。

 

「って、マミのやついねぇじゃねぇか」

 

「マミさんとなぎさちゃんは今さとりを見張ってると思う」

 

「さとり? さとりなんか監視してどうするんだよ。ていうかワルプルギスの夜も近いんだよ? さっさと戦力整えた方がいいんじゃない?」

 

 杏子はソファーにぐったりと座り込む。さやかはその様子に少々の違和感を覚えたが、すぐに納得した。

 

「あ、杏子ってホテル慣れてるんだっけ?」

 

「何の話? まあ確かに慣れてるよ。よく泊まってるし」

 

 さやかのイメージでは杏子は橋の下のホームレスだ。だが、別に杏子はお金を持っていないわけじゃない。いや、逆にそのへんの社会人よりもお金を持っているだろう。

 

「そんなお金どこから出てくるの? やっぱり強盗?」

 

「ん? ああ、ATMとか貯金箱だと思ってる。泥棒だと批難するかい?」

 

 杏子は試すようにさやかの目を見る。さやかは静かに首を振った。

 

「ATMはやめたほうがいいんじゃない? ヤクザの事務所からお金を盗むとかじゃダメなの?」

 

「嫌だよ。なんでそんな危険な金を狙わないといけないんだよ。下手するとこっちが売られちゃう」

 

 杏子はそういってケラケラ笑った。そのような無駄話をしているうちに、部屋のドアが開いた。

 

「美樹さん? あまり勝手な行動はしないで欲しいのだけど……久しぶりね、佐倉さん」

 

 入ってきたのはマミとなぎさだった。

 

「うわ、ほんとに生きてるじゃねぇか。なにやってたんだよ?」

 

 杏子はソファーから立ち上がるとマミの前まで歩み寄る。そして真正面からマミを睨みつけた。マミも真剣な表情で杏子の目を見る。そして二人同時に微笑み、握手を交わした。

 

「ごめんなさいね。無駄に探させちゃって。ちょっと世界を救うために暗躍してたのよ」

 

「なんだ? まだそういうの引きずってんのか?」

 

「ちょっとかっこつけてもいいじゃない」

 

 マミは頬を膨らませながら紅茶の準備を始める。杏子は先ほど座っていたソファーに座りなおした。

 

「で、なんでさとりなんか監視してるわけ? 確かに怪しい存在だし、考え方も人間とは違うみたいだけど……もっとやることあるだろ? ほら、ワルプルギスの夜とか近いしさ」

 

「ワルプルギスの夜は大丈夫よ。戦力は充実しているし、グリーフシードのストックも十分」

 

「まあ、確かにあんなことがあった後だからグリーフシードのストックは十分だわな。でも、その犯人の問題もあるんだよ?」

 

 マミは杏子の前にティーカップを置く。そして杏子の対面に腰掛けた。

 

「だから、その犯人の問題を解決するのよ」

 

「……はぁ?」

 

 杏子はわかりやすく首をかしげる。そして少し考えた後、はっと顔を上げた。

 

「じゃあ、魔女の養殖はさとりが?」

 

「ええ。その通りよ」

 

 杏子はガシガシと後頭部を掻く。そしてマミの入れた紅茶を一口飲んだ。

 

「なんというか。今日は驚かされてばかりだよ。ほむらはほむらで信じられない話をするし。死んだと思ってたマミは生きてるし。んで? さとりが黒幕? ……って、それやばいんじゃないの? まどかは今さとりと一緒に暮らしてるんだよ?」

 

「それを何とかするために別行動をしていたのよ。そうね、どこから話したものかしら」

 

 マミは今までのことを少しずつ杏子に話し始めた。

 

 

 

 

 

「おかしい。杏子がいないわ」

 

 杏子に魔法少女の真実を話した次の日。私は杏子を探していたが、見滝原中を探しても見つからない。ここのところ一週間、杏子は私の家で暮らしていたのだが、昨日の夜は帰ってこなかった。杏子のことだ。外で何かやっているものだと思っていたのだが、昼になっても帰ってこないのはおかしい。

 

「……これはまさか。とりあえずまどかの安否を確認しましょう」

 

 携帯電話を取り出してまどかに電話をする。数コールも数えないうちにまどかは電話に出た。

 

『おはよぉ……ほむらちゃん』

 

 その声は物凄く眠そうで、きっとさっきまで家で寝ていたんだろう。起こしてしまって少し申し訳ないが、今はそれどころではない。

 

「まどか、杏子を見なかった?」

 

『杏子ちゃん? 昨日別れてそれっきりだけど』

 

「何時ごろ?」

 

『ほむらちゃんも一緒にいたでしょ?』

 

 ということは杏子を最後に見たのは私か。だとしたら少しまずいことになったかもしれない。私は電話を耳に当てながら出かける準備を始めた。

 

「まどか。今から家にお邪魔してもいいかしら。少し話したいことがあるのよ」

 

『うぇ!? う、うん。大丈夫だよ。あぁ! でもちょっと待って! 三十分だけ時間頂戴? さとりちゃん! 部屋の片付け——』

 

 そこまで話して、通話が切れる。どうやら、少し時間を置いてから向かったほうがいいようだ。私は携帯を机の上に置くと、本格的に外出する準備を始めた。

 

 

 

 

 

 部屋の中では、まどかがバタバタと片付けを行っている。私はそれをベッドに腰掛けて眺めていた。どうやらあと数分もしないうちにほむらがここを訪ねてくるらしい。

 

「さとりちゃんも手伝って~(でも散らかしたのほとんど私だし……)」

 

 まどかは机の上の小物を整理しながら半分涙目でこっちをみていた。だが、私が見る限りそこまで散らかっているようには見えない。インキュベーター風に言うなら、部屋の中のエントロピーは大きくない。

 

「もう十分片付いていると思いますが」

 

「そうかなぁ……(さとりちゃんが言うなら大丈夫かな?)」

 

 自信がないのは結構だが、それに私を巻き込まないで欲しい。別に部屋が散らかっているぐらいでなんだというのだ。私の書斎なんて……いや、割と整頓していたか。

 

「まどかー、ほむらちゃんが来てるぞ(お茶の準備……いや、邪魔しちゃ悪いか)」

 

 下から詢子の声が聞こえてくる。それを聞いてまどかはわかりやすく飛び上がった。

 

「今行くー!(ほむらちゃんが私の部屋に来るのって一週間ぶりぐらいかな?)」

 

 まどかはバタバタと部屋を飛び出していく。これが相手がさやかなら、少しは違った反応になるのだろうか。そういえば一週間前に行ったお泊り会のときも非常に緊張していたことを思いだす。

 

「お邪魔するわね(さとりはいる。それにしてもまどかの部屋は落ち着くわね)」

 

 ほむらはまどかに連れられて部屋の中に入ってきた。ほむらは私のほうをちらりと見た後、部屋に異状がないかぐるりと見回す。そして安堵のため息をつくと部屋に置いてある椅子に腰掛けた。ほむらの思考を簡単に読んだが、どうやら今度は杏子がいなくなったようだ。

 

「単刀直入に言うわ。杏子がいなくなった(といってもまだ確定したわけじゃないけど)」

 

 それを聞いて、まどかはわかりやすく狼狽する。だが、流石にほむらの早とちりではないだろうか。

 

「昨日の昼までは一緒に行動していましたよね。だったらまだ失踪したと決め付けるのは早いのではないでしょうか」

 

「ええ、確かに。でも今までのことからして楽観視するべきではないわ。常に最悪を考える必要がある(最悪、Aに殺されている可能性もある)」

 

 そしてどうやら、ほむらは昨日杏子に魔女化の真実を教えたらしい。私は一瞬そのせいで失踪したのかと思ったが、その可能性は限りなく低いだろう。杏子はほむらが経験したどの時間軸でも、魔女化の真実を知った程度では絶望しなかった。もともと失うものが少ないからだろうか。杏子のメンタルは相当なものだと言える。まあ、それもそうだ。目の前で自分の父が一家心中を図った現場に居合わせても絶望しなかったメンタルだ。

 

「今日ここにきたのは、それを伝えにきたということですか?」

 

「いえ、それもあるけど……今日はあなたに釘を刺しにきたのよ。まどか(特に今の状況では、危険が大きい)」

 

 ほむらはまっすぐまどかを見る。まどかは杏子の失踪に相当なショックを受けているらしく、ほむらの話があまり頭に入っていなかった。

 

「絶対に、魔法少女になっちゃダメよ?(ワルプルギスの夜に対抗できる魔法少女は私だけになってしまった。だからこそ、だからこそまどかには契約させてはいけない)」

 

「わかってるよ! そんなことより杏子ちゃんを探さないと!(魔法少女になっちゃいけないって言うのはもう何回も聞いたよ)」

 

「本当にわかっているの? ならないほうがいいじゃないわ。絶対になるなと言っているのよ?(少し、言い方きつかったかしら)」

 

 ほむらの強い口調に、まどかは少し萎縮する。ほむらがここまで強い口調でまどかに言いつけるのは初めてのことだった。

 

「わ、わかってるよ(でも、なんでそこまで……)」

 

 ほむらはふぅと息を吐いて肩の力を抜く。そしてちらりと私のほうを見た。

 

「(ワルプルギスの夜まであと数日、さとりは……戦力にはならないわね。当日はまどかの監視でも頼もうかしら)」

 

 どうやら、それなりに信頼してくれているようだ。私もほむらのことは信頼している。ほむら一人ではワルプルギスの夜は倒せない。過去何回戦っても倒せなかったのだ。今回に限って奇跡が起きるとは到底思えなかった。というわけでほむらには悪いがまどかはどこか遠くに避難してもらおう。

 

「なんにしても、杏子のことはしばらく様子を見たらどうです? 一晩いない程度よくあることじゃないですか」

 

「まあ、杏子に関してはそこまで心配しているわけでもないわ。明日当たりひょっこり顔を出すんじゃないかと思ってもいる(でも、こうも立て続けに人がいなくなるとね)」

 

 まあ、失踪していなかったとしても戦力が足りないことには変わりない。今日の晩、少しお金を稼ぎに行こう。ワルプルギスの夜まで余裕がない為、まどかを避難させるとしたら次の休日だろうか。

 

「そ、そうだよね。杏子ちゃん、だもんね(でも、さやかちゃんもまだ見つかってないのに……)」

 

 その後もほむらとまどかは今後について話を進めていく。私はそれに相槌を打ちながら、どうやってお金を稼ぐか考えた。

 

 

 

 

 

 ひとり、またひとりと私の前から人がいなくなる。最初はマミ、なぎさ。あとを追うようにさやか。しばらくして杏子もいなくなった。まあ、いつものことだ。

 

「……最悪な目覚めだわ」

 

 私は自室のベッドから降りると、眠たい目を擦りながら大きく欠伸をする。いや、もしかしたらまだ起きていないのかも知れない。

 

「随分な事言ってくれるじゃない。まるでお化けでも見たかのような目ね」

 

「お化けのようなものじゃない。死んだことにはなってるし」

 

 なぜ、今日の朝が最悪なのか。答えは簡単だ。起きた瞬間、私の目の前に死んだはずのマミの顔があった。

 

「はぁ。私も随分疲れているわね。こんな幻覚を見るようになるだなんて」

 

「おいおい、勘弁してくれよ。マミはともかくさ。私は実質三日程度じゃねえか」

 

「……あ、うん。……え?」

 

 私はコーヒーを淹れて一口飲む。そして、ようやく状況を理解した。

 

「マミ、なぎさ。杏子まで……今まで一体何処に行っていたの?」

 

 私はコーヒーの入ったカップを机の上に置くと、特にマミを睨み付ける。マミは申し訳なさそうな顔で苦笑した。

 

「ちょっと事情があってね。隠れていたのよ」

 

「事情……ね。マミ、いきなりで悪いけど――」

 

「いきなりで悪いけど、ワルプルギスの夜は後回しよ」

 

 ……今、マミはなんと言った? やはり私はまだ寝ぼけているようだ。

 

「何故、そのことを?」

 

「その他にも、いろいろね。ソウルジェムのこととか、魔女のこととか」

 

 私は大きくため息をつき、カップを三つ用意する。そしてゆっくりカップを持ち上げた。

 

「説明してくれるのでしょうね?」

 

 

 

 

 

「つまり、さとりを警戒するために、みんなして隠れていたってわけね。それにしてもさとりが魔女を養殖した犯人だなんて」

 

 ほむらは空になったカップを机に置くと、深くため息をつく。その表情は怒っているようでもあり、笑っているようだった。

 

「で、どうしてこのタイミングで私の前に?」

 

 もっともな疑問だろう。マミは真剣な表情で答えた。

 

「さとりがまどかを誘拐した。今朝、そこそこ大きな荷物を抱えて二人で家を出るのを確認したわ」

 

「——ッ!! それは非常にまずいわ。あなたの話が本当なら、さとりはワルプルギスのことも含めて魔法少女のことをよく知っている。ワルプルギスの夜が来るのは明日。時間がないこともあってさとりはまどかを魔法少女にしようとすると考えられるわ。……今、まどかの現在地は?」

 

 マミは携帯電話を取り出すと何処かに電話をかけ始める。そして、携帯電話を机の上に置いた。

 

『やっほー、さやかちゃんだよー! マミさん、そっちで何かあったんですか?』

 

「美樹さん。現在地を教えて」

 

『えっと、今丁度電車に乗ったところですね。買った切符の値段からして相当遠くまで行くようですよ』

 

「わかったわ。ありがとう」

 

『ほむらとは合流できましたか?』

 

「ええ、合流したわ」

 

 マミの代わりに、ほむらがさやかの問いに答えた。

 

『だったら早く合流しろー! 一人ぼっちは寂しいよー』

 

 ぷつ、という軽い音とともに通話が切れる。マミは携帯電話を仕舞うと椅子から立ち上がった。

 

「というわけで、さとりの後を追うわよ。暁美さん、準備はどのぐらいで出来る? 四十秒?」

 

「四秒。……準備できたわ。行きましょうか」

 

 ほむらはカップを手に取ると、流し台に置く。そしてマミのほうに振り返った。

 

「作戦は歩きながら話すわ。とにかく、今は美樹さんと合流しましょう」

 

 今から新幹線に乗り込めば、先回りが出来るはずだ。マミ、なぎさ、ほむら、杏子の四人はほむらの家を後にした。

 

 

 

 

 

 ワルプルギスの夜当日。私と紫は見滝原にあるホテルの最上階にいた。私は地霊殿にあるようなソファーに腰掛け、窓の外を見ている。外は既にかなり風が吹いており、町に人通りは少なかった。

 

「大きな魔力が近づいていますね」

 

 他の魔女とは違う。大きさもそうだが、質も桁違いに高い。ほむらが勝てないはずだ。

 

「ワルプルギスの夜。今の時点では最強の魔女よ。でも、囲んで叩けば勝てない相手ではないでしょうね」

 

 紫はそう言って微笑んだ。確かに、ワルプルギスの夜は強大だが、今までの時間軸で一回も勝てていないのかといえばそうではない。ワルプルギスの夜を倒すことが出来た時間軸も存在している。ただ、そういった時間軸ではまどかが死んでいるだけだ。

 

「にしても、鹿目まどかという少女。確かに凄い魔力ね。これなら確かにこの世界を滅ぼしかねない」

 

「平凡な少女にここまでの魔力を持つことは珍しいことらしいです。ですが、理由を知って納得しました」

 

 魔法少女の持つ魔力はそのものの因果の量で決まる。もともとまどかの因果はそれほどでもなかったのだが、ほむらがループを繰り返すことによって複雑に因果が絡み合い、大きな因果となった。これはほむらも知らないことだった。

 

「不憫というか、哀れというか」

 

「いえ、健気……ですよね」

 

 そう、ほむらは健気だ。たった一人の友達のために、自分を犠牲にして戦い続けている。本当にまったくもって——

 

「理解できないわ」

 

 そう言って、紫は軽く顔を歪めた。私もその意見には賛同だ。ほむらがまどかのことを非常に大切にしていることは知っている。自分の命に代えてでも守ると決意していることを知っている。

 

「だからこそ。ほむら一人を残したらかわいそうです。ワルプルギスの夜との戦いが終わったら、皆殺しにしてあげなくては。仲間はずれを作ったら可哀想ですし」

 

 一番初めに殺すのは誰がいいだろうか。やはりほむらか。彼女が時間を戻せば、全てが無駄になってしまう。いや、ほむらだけがこの世界から消えるという可能性もあるが、楽観視はできないだろう。

 

「始まったみたいね。ここも巻き込まれるかしら」

 

 私は窓の外をぼんやり見る。そこでは巨大な魔女と戦う五人の魔法少女の姿があった。

 

「あら、苦戦しているようよ?」

 

 私はソファーから立ち上がると、紅茶を淹れ始める。そして紅茶の入ったカップを紫に差し出した。

 

「苦戦しているだけです。勝ちますよ。彼女たちは」

 

 今までの時間軸と比べると、今回は非常に条件がいい。五人の魔法少女に私が作ったグリーフシードが沢山。

 

「何せ、あのグリーフシードを造るのに何百人という人間の命が使われているんです。勝てないわけがない」

 

 私の言葉通り、ほむらたちは傷つきつつも確実にワルプルギスの夜にダメージを与えている。ワルプルギスの夜が力尽きるのも時間の問題だろう。

 

「さて、準備は整っているかしら」

 

 紫は紅茶を一口飲むと、胡散臭い笑みを浮かべる。私はソーサーにカップを置き、その問いに答えた。

 

「勿論。整っています」

 

 

 

 

 

 崩れたビルの破片の上で、私たちは空を見上げていた。先ほどまでの嵐は何処へやら。空は晴れ渡り暖かい光が私たちを照らしている。

 

「終わった……のよね」

 

 私は流れる雲を見ながら小さな声でつぶやいた。

 

「ええ、終わったわ」

 

 横にいるマミが私のつぶやきに答える。

 

「ふわぁぁ……疲れたのです」

 

「おつかれーなぎさちゃん」

 

 なぎさがぐったりと寝返りを打ち、さやかが優しくなぎさの頭を撫でた。

 

「みんな、本当にお疲れ様」

 

 ひとりコンクリートにぺたんと座っているまどかが、目に涙を浮かべて言った。その手には、ひとつのグリーフシードが握られている。それは先ほどまで戦っていたワルプルギスの夜のものだった。

 

「さて、レスキューが来る前にとっとと退散しようぜ。いつまでも魔法少女の姿でこんなところに寝ていたら補導されちまうからな」

 

 杏子は一気に体を起こしてまどかのほうを向く。それに合わせて私たちも起き上がりまどかのほうを向いた。

 

「えへへ、ほんとにやるの?」

 

 まどかが苦笑しながらもグリーフシードの下端をつまむ。私たちは変身を解くと、ソウルジェムを手に取った。

 

「まあまあ、確かに悪ふざけだけど、折角だしいいんじゃない?」

 

 まどかは戸惑いつつも、一回深呼吸をする。そしてワルプルギスの夜のグリーフシードをまっすぐ突き出した。

 

「えっと、それじゃあ。私たちの勝利を祝して……」

 

「「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」」

 

 七人の声が混ざり合い、静まり返った見滝原の街に響く。それと同時に私たちはまどかの持つグリーフシードにソウルジェムをくっつけた。その瞬間、私たちは固まってしまう。グリーフシードとソウルジェムに混じって、ひとつのワイングラスがあったからだ。私は冷静に伸びている腕の数を数える。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ……ななつ。私はその見慣れない白い手袋の先を目で追った。

 

「おめでとうございます。貴方達の勝利を祝福致しますわ」

 

「――ッ!?」

 

 そこに立っていたのは女性だった。変わったデザインのドレスに白い手袋。腰まで伸びた金髪。そして何より、顔面に張り付いた不気味な笑み。

 

「おい、お前誰だよ……」

 

 杏子が首だけを動かしてその女性のほうを見る。何故体ごと女性のほうに向けないのかと思ったが、違う。向けないのではなく、向けられないのだ。それどころか、私は一歩もその場から動けなかった。

 

「これは失礼致しました。幻想郷の管理者の八雲紫と申します」

 

 その女性はまどかの持っているグリーフシードを摘み上げると持っているワイングラスの中に入れる。そしてグラスの中でくるりと回すと、グリーフシードごとワインを飲み干した。

 

「今日は少々用事があってこちらの世界に来ました。なに、少し世界を救いに来たんです」

 

 女性は両手を胸の前で合わせて傾け、にっこりと微笑む。それは所謂可愛らしい仕草というやつなのだろうが、私はその仕草に不気味さしか感じなかった。

 

「せ、世界を救いに? ワルプルギスの夜を倒しに来た……ということかしら」

 

 私はなんとかその女性のほうに向き直る。私が動いたことによって、ようやく皆少しずつ体勢を変え、八雲紫に向き直った。

 

「それは貴方たちが倒したでしょうに。私が言っているのは──」

 

 その女性はまっすぐまどかを指差した。

 

「世界を滅ぼす魔女になる、ソレです」

 

 次の瞬間女性の纏っていた雰囲気が変わる。今まで放っていた不気味な雰囲気に一気に殺気が混じった。

 

「まどか!! 逃げてッ!!」

 

 私はまどかを庇うようにまどかの手を引っ張る。そして魔法少女の脚力にものを言わせて一気にその場から飛び退いた。

 

「あああああああああああッ!! 痛い! 痛い! 痛いよ……」

 

 その衝撃でゴキリという鈍い音と共にまどかの肩の関節が外れる。それはそのはずだ。人間の腕はそのような衝撃に耐えれるようには作られていない。だが、なりふり構っていられる場合ではなかった。先ほどまどかのいた場所に『止まれ』の看板が突き刺さっている。一秒でも遅ければまどかは串刺しになっていたことだろう。

 

「酷い事するわ。あれじゃあ中の神経ごと切れているんじゃないかしら」

 

 ようやく事態を把握したのか、他の四人も散り散りに逃げ始める。私もまどかを抱え上げ、皆と離れるように走り出す。あれは拙い。いや、ヤバイ。今までいくつもの時間軸を旅してきた私だが、あれは……

 

「うぎゃ!」

 

「いたっ!」

 

「へぶっ」

 

 私は何かにぶつかって後ろに尻餅をついた。私はすぐさま立ち上がり、何にぶつかったのか確認する。そして、騒然とした。そこに転がっていたのは先ほど別の方向に分かれたばかりのマミ、さやか、杏子、なぎさの四人だった。

 

「って、固まるのは駄目だ!!」

 

 杏子がそう叫び、再び私たちは反対方向に逃げ始める。とにかく距離をとって、早くまどかの怪我の治療を行わなくては。肩なんてあまり嵌めたことはないが、応急処置だけでもしなくては。私は崩れかけたビルの中に逃げ込み、近くになった部屋にまどかを寝かせた。

 

「まどか、少し我慢して」

 

 魔力で傷を治そうにも、まず間接を嵌めなければそれもできない。私は苦しむまどかの腕を掴むと、一気に捻った。

 

「あああああぁぁぁああああぁぁぁぁ……」

 

 絹を裂くような悲鳴が部屋に響く。この声で今の場所がバレたかも知れない。私はまたまどかを抱え上げると、ビルの外に向けて走り出した。

 

「ビルの外は、屋上でしたとさ」

 

 先ほど入ってきたビルの入り口を抜けた先は、何処にでもあるようなビルの屋上だった。

 

「――ッ!?」

 

 私はとっさに振り返り、扉の先を見る。そこには先ほどのエントランスはなく、無機質な階段が下に向けて続いているだけだった。

 

「一体何が……」

 

「あら、結構強引な方法で間接を嵌めたのですね。ソレ、既に脂汗まみれですわよ」

 

 私は声のした方向を見る。ビルの柵の外側、十メートルほど離れた場所に八雲紫が座っていた。勿論、そんな場所に足場などあるはずがない。八雲紫は空間の裂け目のような場所に、優雅に腰掛け、ワイングラスを揺らしていた。その中身は先ほど見たワインではなく、私にとって見慣れたものだった。あれは、血液だ。

 

「あなたは、一体何? 何が目的でまどかを狙うの!?」

 

 私は魔力でまどかを治療しながら八雲紫を睨み付ける。八雲紫はにっこり微笑むと、グラスの中身をゆっくりと空中に溢した。血液は少しずつグラスから滴り落ち、空中にある何かを赤く染める。それは、空間の裂け目に貫かれたさやかだった。

 

「さやか!?」

 

 さやかは口から血を流し、虚ろな目には意識があるとは思えない。それどころか、生きているかもわからない状態だ。

 

「端的に言えば世界平和の為。この世界を滅ぼす魔女を殺しにきました。いや――」

 

 八雲紫は不気味な目でまどかを見た。

 

「魔女候補を」

 

「いや、一体何をかっこつけているんですか。さっさと殺せばいいじゃないですか」

 

 聞きなれた声が出入り口のほうから聞こえてくる。その声の主はいかにも面倒くさそうな目を三つ、私に向けた。

 

 




対ワルプルギス戦
ワルプルギスの夜は最強の魔女ではあるが、魔法少女複数人で袋叩きにしたら勝てない相手ではない。特に時間を止めることが出来るほむら、万能の回復役さやかがいることによって戦力が何倍にもなっている。また、さとりが生み出したグリーフシードのおかげで魔力が尽きることもない。


みなさん、ここまで読んでくださりありがとうございます。作者のへっくすん165e83です。察しの良い読者様なら気が付かれているかもしれませんが、11話、12話は諸事情によりだいぶ投稿が遅れます。具体的には11話12話は4月の22日に同時投稿になります。新年度で忙しい時期にもなりますので、どうかご了承ください。

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