魔法少女さとり☆マギカ   作:へっくすん165e83

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でもね、私はこうも思うの。各人が各人の考えのもと好き放題やっているんでしょ? 目的は似通っているのに。もっと協力すればいいのにね。みんな自分の利益を優先しすぎだよ。もっと妥協しないと。強力に協力して、人力で尽力して。みんなで幸せになりましょう?


第十二話「ありがとう。そう言ってくれるのは貴方だけです」

「力が強いというのは、最も強いとは全く違う意味なのよ? 力だけがこの世の全てだったら、今頃ヒグマかライオンあたりが世界を征服しているでしょうね。でも、今この世界で一番繁栄している種族は人間。何故だかわかるかしら」

 

 八雲紫は空中に作った空間の切れ目に腰掛けながら、優雅に微笑む。

 

「人間には知恵があり、能力がある。戦いというのは常に力あるものが勝利するわけではない。どう? 今噛み締めているでしょう?」

 

 八雲紫は地面に転がる魔法少女二人を見下ろして言った。

 

「地面と一緒に」

 

 はじめは互角だった戦いも、次第に一方的になっていった。ほむらとまどかは遠距離攻撃を繰り返したが、紫に当たることはない。逆に、何処からともなく飛んでくる紫の攻撃を二人は避けることができない。二人が勝つには、まどかの攻撃を一撃でも紫に当てればいい。だが、それすら出来ていないのが現状だった。

 

「まあ、簡単な話よね。刀というものは、剣士が持つからこそ意味がある。刀の振り方も知らない幼児に与えたところで、ままごと以上のことは出来ない。力というのはね、使えるだけじゃ駄目なのよ。扱えるようにならないと」

 

 次の瞬間、地面に倒れていた二人が消える。どうやら、時間を止めて何処かに移動したらしい。戦いが始まって三十分。そろそろ二人の魔力も限界だろう。

 

「といっても、これ以上消耗させたくないのよねぇ。アレが魔力を使い切ったら、その時点で詰みなわけだし。だとしたら、ここは追わずに適度に回復させたほうがいいかしら?」

 

 紫は呑気にそんなことを考えた。だが、紫は知らない。あと三十分もしないうちにほむらの時間遡行が使えるようになるということを。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……追って、こない?」

 

 崩れかけたビルの陰に身を隠しながら、ほむらとまどかはソウルジェムにグリーフシードを押し当てる。ほむらと違いまどかの魔力の容量は大きい。だが、その分燃費が悪い為、かなりの速度でグリーフシードを消費しているのが現状だった。このままでは残りの時間を戦い切ることができない。そう危惧したほむらは一度紫との距離を開けることにしたのだ。

 

「おかしいよ、ほむらちゃん。今までだったら直ぐにでもワープしてこっちに来てたのに」

 

 まどかが不安そうな顔でほむらに訴えかける。確かに、先ほどまではソウルジェムの回復のために距離を開けてもすぐに追いつかれていた。それが、今回は気配すらない。追われていないことが逆に恐怖へと変わる。そんなまどかを見て、ほむらは少し不安になった。

 

「まどか、怪我は大丈夫?」

 

「うん、大した怪我じゃないよ。すぐに治ったし、痛みもない。ほむらちゃんは?」

 

「私もよ」

 

 ほむらはちらりと盾の中の砂時計を確認する。今まで時間停止能力のおかげで紫の攻撃を回避できていた。だが、その時間停止が使えるのもあと少しの間だ。逆に言えば、時間停止能力が使えないようにならないと時間遡行ができない。つまり、砂が落ちきった瞬間に時間遡行をしなければほむらたちはあっけなく紫の攻撃を貰い死んでしまうだろう。

 

「ねえ、ほむらちゃん……ちょっと、弱気なこと言っていいかな?」

 

 まどかは呼吸を落ち着けながら、ほむらの顔をじっと見る。そして弱弱しく微笑んだ。

 

「私、あの人に勝てる気がしない。こんなことなら、八雲紫を倒す力が欲しいってお願いしたらよかったかな?」

 

「……大丈夫。大丈夫よまどか。とっておきの秘策がある。後二十分。あと二十分耐えたら、この状況をひっくり返せるわ」

 

「必殺技かなにか?」

 

 まどかはほむらの言葉に目を輝かす。まどかは、ほむらがこのループを諦めていることを知らない。それどころか、時間遡行が最優先。その為ならまどかの命さえも犠牲に出来る覚悟がほむらにはあった。まどかを救うためにまどかを犠牲にする。普通に考えたら矛盾しているが、ほむらはその矛盾にすら気づけないほど追い詰められていた。

 

「……そうね。ある意味、私の一番の必殺技。……来たわよ」

 

 ほむらは使い切ったグリーフシードを盾の中にしまい、まどかの手をとって立ち上がる。次の瞬間、空間が割れ、八雲紫が姿を現した。

 

「回復できたかしら? 魔女になったら元も子もないしぃ。さて、最後に提案してあげるわ。貴方たち二人のソウルジェムを私に渡しなさい。そうすれば、苦しまずに殺してあげるわ。双方共に手間が掛からなくてオススメよ」

 

「まどかを魔女になんて、絶対にさせない。貴方こそ、今すぐ自分の城に帰るべきね。こっちの面倒はこっちで見る。関係ない貴方が関わるべき問題ではないのよ。この『余所者』」

 

「余所者だからこそ、こちらの問題に巻き込まれたくないのよ。理解しているかしら? 貴方たちは今核爆弾のスイッチを手にしていることを」

 

「貴方も理解していないのでは? その核爆弾に再三攻撃を加え続けていることを」

 

 少しでも時間を稼ごうと、ほむらは慣れない口論に打って出る。だが、その焦りが気取られたのか紫はすぐに攻撃を再開した。

 

「あら、知らないの? 核爆弾って外から衝撃を加えた程度じゃ爆発しないのよ? 逆に、強い衝撃で壊してしまえば、爆発することはない」

 

 紫の生み出した光の玉が一気にまどかとほむらを襲う。ほむらは時間を止め必死にそれを避けるが、時間を止めた分だけこちらが消耗し、現実の時間の進みも遅くなる。紫にとっては四十分程度の戦闘だが、まどかとほむらにとっては既に数時間にも渡る死闘になっていた。あと二十分。その二十分が永遠に感じる。

 

「まどか!!」

 

「うん。いくよ!!」

 

 まどかが放った矢は紫の作り出した空間の割れ目を掻い潜り、紫に迫る。だが、次の瞬間には紫は別の場所に移動している。空間の割れ目という盾、それと瞬間移動。この組み合わせが非常に強力で、まどかの攻撃は全く紫に届かない。

 

「やっぱり届かない。ほむらちゃん、どうしよう……」

 

「攻撃を続けるのよ、まどか。攻撃することで、少しでも相手の攻撃の手が止まる。攻撃は最大の防御よ」

 

 そう、あと二十分。あと二十分耐え切れば、ほむらたちの勝ちだ。

 このまま状況が動かなければだが。

 

 

 

 

 

「……まどかたち、大丈夫か? かなり押されているみたいだけど」

 

 杏子は双眼鏡を覗きながら、ポツリと呟く。その顔には冷や汗が流れていた。

 

「信じるしかない。私たちが行ったところで、すぐに殺されるだけだよ。まどかとほむらだからこそ、まだ戦えてる」

 

 さやかは杏子の隣で強く手を握り締めた。応援できるほどの距離に行くわけにはいかない。移り変わる戦場を追いながら、ただ見守るしかなかった。

 

「マミさんたち、大丈夫かな。さとりを監視してるって言ってたけど」

 

「大丈夫もなにも。あの弱っちいさとりを監視してるだけだ。マミが遅れをとる事はない。さとりに今逃げられると厄介だ。あの読心能力が紫に加わったら、あっという間にやられちまうだろう」

 

「その心配はないわ」

 

 後ろから声が聞こえて、杏子とさやかは振り返る。そこには服を軽く血で汚したマミが立っていた。

 

「――ッ!? マミ!? どうしてここに……さとりは?」

 

 杏子は双眼鏡を取り落とし、マミの肩を両腕で掴む。マミは弱弱しい笑みを浮かべながら呟いた。

 

「殺したわ。ちょうど、初めて美樹さんと会った時と同じように」

 

「……そっか、それが正解かもですね」

 

 さやかはマミの言葉を聞いて、どのような状況だったのかをすぐに察する。つまりは、縛り付けて頭に弾丸を撃ち込んだということだ。あの時行わなかったことを、今やった。そういうことだろうと。

 

「さやかと初めて会ったとき? どういうことだ?」

 

 杏子が双眼鏡を拾いなおし、また戦場のほうを見始める。杏子の質問はもっともだ。杏子は、そのときのことを知らない。

 

「私がさとりを初めて見たとき、殺そうとしたのよ。こう、マスケット銃を額に突きつけてね。今思えば、あの時殺しておくべきだった。あの時やり残したことを、今やっただけよ」

 

「でも、これで八雲紫のところにさとりが行くことはないですね。……なぎさちゃんは?」

 

 さやかは周囲を見回してなぎさの姿がないことに気がつく。マミはさやかに指摘されて、ようやくそのことに気がついた。

 

「そういえば……まださとりの死体の前にいるのかしら」

 

「——ッ!? おい、冗談じゃねぇぞ……」

 

 杏子の言葉に、マミとさやかは杏子のほうを見る。杏子はまた双眼鏡を取り落としていた。

 

「それでさとりとなぎさ二人きりにしてきたってのか!?」

 

「なに言ってんの杏子。マミさんがさとりのやつを殺したからなぎさちゃん一人でしょ?」

 

「忘れたとは言わせねぇぞさやか。アンタ、一回さとりの頭を剣で串刺しにしてるじゃねぇか!! 頭に剣が刺さって平然としてるやつが弾丸一発程度でくたばるもんか!!」

 

 杏子は先ほどの場所に向けて走り出す。ようやく事態を把握したのか、さやかが顔を真っ青にしながら杏子の後を追う。マミは困惑しながら二人の後を追った。

 

「待って! どういうこと?」

 

「そっか、そのときマミはいなかったか。さとりのやつ、一回私とさやかの喧嘩に巻き込まれたことがあるんだよ。その時、私は槍でさとりの腹を、さやかは剣でさとりの後頭部を眼球にかけて貫いた。だがその時、さとりのやつは倒れるどころか痛がりもしなかったんだ!!」

 

 そう。二人が喧嘩したとき、既にマミとなぎさは姿を隠していた。そう、知らないのだ。さとりの妖怪としての耐久性を。

 

「それじゃあ今頃さとりは……」

 

「なぎさのやつが食い止めてりゃいいが……とにかく急ぐぞ!!」

 

 三人は急いでさとりを縛り付けていた場所に向かう。だが、そこにはさとりどころかなぎさの姿すらなかった。争った痕跡はない。

 

「くそ。やっぱりいねぇ……」

 

 杏子は固く拳を握り締め、さとりを縛っていた電柱を殴りつける。マミは信じられないようなものを見る目で切られたリボンを見つめていた。

 

「し、知らなかったのよ……だって、呼吸も心拍も止まってたし……——!! 大丈夫よ! なぎさちゃんもいないってことはなぎさちゃんはさとりを追ったに違いないわ! 私たちも追いかけましょう!」

 

「馬鹿、楽観視しすぎだ。なぎさはさとりの仲間になった。そう考えるのが自然だよ。さとりのやつが生きていたとしても、あの拘束から抜け出ることは出来ねえはずだ。リボンが切られているってことは、なぎさが協力したってことだ」

 

「そんな……嘘よ! あのなぎさちゃんがそんな……」

 

 マミはヒステリックを起こしたように騒ぎ立てる。そんな様子を見て、杏子は頭を抱えた。

 

「奴は心が読める。小学生一人誑かすなんて朝飯前なはずだ。とにかく急ぐぞ。やつが八雲紫に接触する前にどうにかして食い止めねぇと」

 

 さやかはしゃがみ込み、足跡を探すべく周囲を見回す。

 

「待って! なぎさちゃん居た!」

 

 そして、なぎさを見つけた。なぎさは少し離れたところに倒れていた。服は泥だらけだが、傷は見当たらない。さやかは急いでなぎさを抱きかかえる。その様子に、杏子は静かに安堵した。

 

「なぎさちゃん! しっかりして!!」

 

 マミがなぎさのソウルジェムにグリーフシードを当てようとするが、ソウルジェムが濁っている様子はない。ただ単に気を失っているだけだった。

 

「……ぅ、……はわ!? 大変なのです!! さとりが!」

 

 なぎさは飛び起き、駆け出そうとする。

 

「だ、大丈夫!? さとりがどうしたの!?」

 

「さとりが生きてたのです!! 早く追わないと!!」

 

 なぎさはさやかを振りほどき、走り出そうとする。だが、さやかは必死にそれを抱きとめた。

 

「待てって、ここはいつもの方法で行くぞ。あいつの足だ。まだそう遠くには行ってねぇはず……」

 

 杏子は魔法少女に変身し、ソウルジェムを取り外す。なぎさはそれを見て、何か決意を固めたように一度目を瞑った。

 

「そうなのです。焦っちゃ元も子もないのですよ。わかったのです。みんなのソウルジェム、私が責任を持って預かります」

 

 それを聞いて、マミとさやかも頷く。そして二人とも魔法少女に変身し、ソウルジェムをなぎさに預けた。

 

「それじゃあ、いつも通りに行くわよ。私と佐倉さんと美樹さんでさとりを追跡。なぎさちゃんは少し後方ね」

 

「わかったのです」

 

 追跡している側が気が付かれたら意味がない。マミの指揮の下、三人は動き出した。そう。三人は。

 

「ごめんなさいなのです」

 

 マミ、杏子、さやかが一定距離まで遠ざかった瞬間、なぎさが反対方向に駆け出した。双方遠ざかったことであっという間にソウルジェムの遠隔操作範囲外に出てしまう。そのまま、マミ、杏子、さやかの三人は意識を手放した。

 

「でも、さとりお姉ちゃんの邪魔をさせるわけにはいかないのです」

 

 なぎさは慎重に三つのソウルジェムをポケットの中にしまう。

 

「さとりお姉ちゃんが八雲紫を説得したら、誰も死なないのです。今まで私たちのために一人戦っていたさとりお姉ちゃんなのです。きっと八雲紫も説得できるはずなのです」

 

 なぎさはソウルジェムの範囲内に入らないように注意しながら移動を始める。三人の肉体を残して。

 

 

 

 

 

 あと十分。あと十分で砂が落ちきる。グリーフシードの消耗と残りの時間を考えれば、十分乗り切れる時間だった。

 

「無駄なのがわからないのかしらねぇ。遠距離攻撃は当たらないわよ?」

 

「そんなの、試してみないとわからないわ」

 

「そう。なら存分に試すことね。それこそグリーフシードが無くなるまで」

 

 これでいい。たった後十分逃げ切ればいいのだ。私は時間停止で空間の切れ目に入ることを回避しつつ、まどかが攻撃しやすい位置に移動する。攻撃が当たることはないが、攻撃を貰うこともない。そう、これでいいのだ。

 

「お待たせしました」

 

 だが、ふとしたことで均衡は崩れる。突然、紫の横にさとりが現れる。私は咄嗟に距離を取ろうとするが、その前にさとりは顔を顰めた。

 

「八雲紫、急いだほうがいいですよ。彼女、時間遡行を考えているみたいです。その準備があと十分で完了するとか」

 

「——ッ」

 

 気が付かれた。

 

「あの盾のようなものが時間停止、時間遡行を行うためのものです」

 

「そう。じゃあソウルジェムごと頂いちゃいましょうかね」

 

 巨大な魔力を感じ、私は咄嗟に時間を止め、距離を取る。

 

「ほむらちゃん、今のって……」

 

「ええ、私の秘策が読まれたかもしれない」

 

 まさかさとりが追いついてくるとは。いや、もしかして今まで隠れていただけなのか?

 

「……いや、確実に読まれた。このままじゃ拙いわ。早くさとりを始末しないと」

 

「そう……だよね」

 

 まどかは少し悲しい顔をしながら、さとりに向かって弓を引く。まどかの放った矢はまっすぐさとりに向かって飛んでいき、そのまま空間に固定された。時間を動かしたら、そのままさとりの体を貫くだろう。

 

「ほむらちゃん、あの」

 

「動かすわよ。準備を」

 

 私は時間停止を解除する。次の瞬間、さとりは落下した。

 

「何ッ!?」

 

「あ、どうも」

 

 そう、さとりは八雲紫が咄嗟に開けた空間の切れ目に落ち、難なくまどかの一撃を回避した。次の瞬間、左腕に鋭い痛みが走る。流れ弾を貰ったかと考えた瞬間、私の意識は私の肉体を離れた。

 

 

 

 

 

「ほむらちゃん!? ほむらちゃん!!」

 

「終わったわね。貴方の負けよ、鹿目まどか」

 

 まどかは必死に意識がなくなったほむらをゆするが、起きることはない。理由は簡単だ。ほむらの左腕は、肘から先が無くなっていた。

 

「彼女の命はこちらにあるわ」

 

 八雲紫はそう言って、ふらふらと何かをまどかに向かって振る。それはどう見てもほむらの左腕だった。次の瞬間、ほむらが意識を取り戻す。涙を浮かべているまどかを確認し、遅れてやってきた腕の痛みに呻いた。

 

「詰みよ。これで貴方の時間停止は潰した。いや、貴方を人質に取ったことになるのかしら」

 

 紫はほむらの左腕から小指を毟り取り、口の中に放り込む。その光景はまるでお菓子でも食べているかのように自然だったが、どう見ても人間の仕草ではなかった。

 

「ひっ……」

 

 まどかの顔が恐怖に歪む。ほむらはその光景を見て、自分たちが完全に敗北したことを悟った。

 

「そんな……私は結局まどかを……」

 

 流れ出る血液と共に、胸の奥から湧き上がる冷たい何かをほむらは感じる。敗北を認めたほむらの心は、途端に絶望を感じ始める。紫の持つほむらの腕に嵌められたソウルジェムが、凄い速度で濁り始めた。

 

「あら、これ以上敵が増えても面倒ね」

 

 紫はゴミでも捨てるかのようにほむらの腕を放り投げる。ほむらの腕はそのまま遠隔操作の範囲外に出たのか、ほむらはまた意識を失った。

 

「ほむらちゃん……私……」

 

 まどかは優しくほむらの肉体を地面に寝かせる。そしてそのまま、紫のほうに歩き出した。まるでその身を捧げるかのように、変身を解いて紫に近づいていく。

 

「いい心がけね。そのまま絶望しきる前にこっちにいらっしゃい」

 

 紫はまどかの目の前にスキマを作り出す。そのスキマの向こう側には、優しく微笑む紫の姿が見えた。まどかは力なくスキマをくぐる。スキマをくぐった先は見えたとおり紫の目の前だった。

 

「ごめんなさいね。私だって本当はこんなことやりたくないのよ? でも貴方危険すぎるんですもの」

 

 紫は優しくまどかの顔に手を伸ばし、頬を優しく触る。まどかは一度深呼吸をすると、確かな目つきで紫を見た。

 

「お願い。殺すのは私だけにして。ほむらちゃんやみんなは見逃して」

 

「嫌よ。他はともかく、暁美ほむらは危険すぎる。また時間遡行されても厄介だし……最後のお願いを聞く道理もないしね」

 

 そう言って紫は微笑むが、まどかを横でじっと見つめていたさとりが突然目を見開いた。

 

「まどか、貴方まさか!?」

 

「私は取引がしたいの。もし私以外の安全を保障できないなら、私は魔力を暴走させて爆発させる」

 

「八雲紫、まどかは本気のようです。もしそれが行われたら、地球どころか宇宙が消し飛びますよ」

 

 紫はちらりとまどかの右手を確認した。そこには、ピンクのソウルジェムが握りこまれている。まさに、いつでも自爆できる用意がされているようだった。

 

「私のソウルジェムは、みんなの安全と交換」

 

 そこには、先程までの弱腰で弓を引く少女の姿はなかった。紫はまどかを核爆弾に例えたが、まどかは今まさに自身を核爆弾に見立てて交渉を行っているのだ。

 

「さとり」

 

 紫はまどかの真意を計りたいのか、さとりをちらりと見る。だが、さとりは黙って首を振った。

 

「……はあ、仕方が無いわね。でも、本当にそれでいいの?」

 

「……え?」

 

 紫がぽつりと呟いた言葉に、まどかは反応する。

 

「貴方は魔法少女なのよ。今はね」

 

 紫はまっすぐまどかに手を伸ばす、まどかはその手を警戒し、一歩後ろに下がった。

 

「約束は守るわ。他の魔法少女には手を出さない。それでいいかしら?」

 

「……はい。約束、守ってくださいね」

 

 まどかは握っていたソウルジェムを紫に手渡す。紫はソウルジェムを太陽にかざすと、一瞬笑って、そのソウルジェムをスキマの中に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 ここはどこ? 私、いったいどうなって……

 

「惜しいなぁ。惜しいよ。あ、いや。嘘惜しくない。惜しいのは貴方じゃなかったね。惜しいのはアイツで、貴方は惜しくないから自分の命を投げ出した」

 

 惜しいってなんのこと?

 

「見事にキュゥべえに踊らされてやんの。あーあ馬鹿らしい! 魔女化のプロセスは、希望から絶望への相転移。ということは、はじめは希望がなきゃ」

 

 希望?

 

「貴方は、どうして魔法少女になったの?」

 

 私が魔法少女になった理由。どうして魔法少女になったんだっけ? 八雲紫を倒すため? 私たちが助かるため? いや、違う。私は……私は……

 

「貴方の願いは何?」

 

 私の願いは——

 

 

 

 

 

「キュゥべえ、例えばだよ。宝くじの一等を当てたいって願い事をするじゃない?」

 

「なんの話だい? まどか」

 

「いいから聞いて。その場合、絶対に一等が当たるんだよね?」

 

「もちろんさ。そういう願い事だからね」

 

「じゃあさ、もしもだよ? もしも、その人一生宝くじを買わなかったら、一等は当たらないんだよね?」

 

「当たり前じゃないか。宝くじは買わなければ当たらない。まあ、そういう願い事をするぐらいだ。買わないってことは万に一つもないんだろうけどね」

 

「そうだね、キュゥべえ。ありがとう」

 

「……理解できないね。なんで君から感謝されるんだい?」

 

「うふふ、内緒!」

 

 

 

 

 

 私は静かに目を開ける。青空に白い雲。顔を横に向けると崩れかけた見滝原の街。やっぱり、まだ生きてる。当たり前だ。だって当たり前のことだから。私は地面に手をつくと、ゆっくり立ち上がった。

 

「八雲紫さん。もう一度、交渉しませんか?」

 

 私の目の前には八雲紫さんとさとりちゃんがいる。さとりちゃんは私がどんな交渉をしようとしているのかわかったらしく、わかりやすく狼狽していた。

 

「ええ、いいわよ。言ってみなさいな」

 

 紫さんは先程とあまり変わらない笑みを浮かべて私の言葉を待っている。私は小さく息を吐くと、はっきりと宣言した。

 

「紫さん、私は『みんなで幸せに暮らしたい』と願いました。誰一人欠けることなく、楽しく、幸せな日々を送ることが私の願い事です」

 

「あら? それ本当?」

 

「本当です。さとりちゃんが証明してくれます」

 

 私はさとりちゃんをじっと見る。さとりちゃんは少し困った顔をしたあと、確かに頷いた。

 

「そう。それは困ったわねぇ。つまり今ここで貴方を殺してしまうと、貴方の願い事に矛盾が生じるというわけよね?」

 

「はい。その通りです。ですから、私達から手を引いてください。貴方が手を出さなくても、私は、私達は幸せな日々を送っていくことが出来ます」

 

 私はじっと紫さんの目を見た。紫さんも何かを試すように私の顔を見ている。そして、一つの質問をした。

 

「例えば、貴方が魔女になって世界を滅ぼす、というのは幸せな日々と言える?」

 

「勿論、言えません」

 

「そう。じゃあ私から言うことは何もないわ。古明地さとり。幻想郷に帰りましょうか」

 

 そう言って紫さんはスキマからほむらちゃんの腕を取り出し、私に渡す。そして、最後のダメ押しと言わんばかりに私に言った。

 

「貴方が手にした幸せを、無かったことにしてはいけない。彼女が二度とそんなことを考えなくてもいいように、貴方が彼女を幸せにしなさい」

 

「わかってる。もう、繰り返させない。もうほむらちゃんに辛い思いはさせない」

 

 紫さんは大きな空間の裂け目をつくると、先にさとりちゃんを通す。そして紫さんもその中に消えた。あとには、ほむらちゃんの手を握りしめた、私だけが残った。

 

「やったのです! やっぱりさとりお姉ちゃんは凄いのです!」

 

 遠くから走ってきたなぎさちゃんがくるくる回りながらはしゃいでるのが見える。私は倒れているほむらちゃんに近づくと、魔力で腕をくっつけた。

 

「――っ、……まどか。――ッ!? まどか!?」

 

 ほむらちゃんは飛び起きると、盾の中の砂時計を確認し、盾に手を掛ける。私はほむらちゃんが時間遡行を行う前に、ほむらちゃんを正面から抱きしめた。

 

「!? ま、まどか?」

 

「もういいよ。もう、頑張らなくていいよ」

 

「どういう——」

 

 喋ろうとするほむらちゃんの言葉を遮るように、私は更に強く抱きしめる。

 

「今まで私なんかの為に、本当にありがとう。今度は、私が頑張る番。私がほむらちゃんを幸せにする。だからね、もう繰り返さないで?」

 

 ほむらちゃんは混乱したように一瞬目を白黒させたが、素直に私の胸に顔を埋める。そして、今までの全てを洗い流すように、声を上げて泣き始めた。

 

 

 

 

 

「本当にこれでいいのですか?」

 

 私は呑気に縁側でお茶を飲んでいる八雲紫に問う。外ではお燐とお空、エリー、あと八雲藍の式神が楽しそうに遊んでいた。八雲紫はぼんやりとそれを眺めている。

 

「ようやく終わったのよ? それも全部計画通りに。これ以上何を求めるというの?」

 

「計画通り?」

 

 私は紫の式神が持ってきたお茶を飲む。紫はオウム返しにした私の問いに頷くと、小さな箱を私に手渡した。

 

「貴方から預かっていたものよ。約束通り返すわ」

 

「貴方に預け物なんてしていないはずですが……」

 

 私はその小さな箱を手に取る。ああ、これか。私は渡されたものの正体がわかり、妙に納得してしまった。

 

「これは、地霊殿のものですね」

 

「そうよ。これは貴方から私に渡されたもの。間違いないわよね?」

 

 ああ、間違いない。箱に掛けた封印といい、箱のデザインといい、私が物を送るときに使用するものだった。

 

「中身は……」

 

「開けてもいいけど、縁側はやめておいたほうがいいわ。部屋を貸すから、そこで開けなさい」

 

「……記憶、ですね。これは私の記憶だ」

 

 私は八雲紫に記憶を預けた。なんの為に? まあ、私の頭に戻せばわかるか。私は紫の式神に案内されるままに部屋に入る。そして一人になったのを確認し、箱の蓋を開けた。

 

 

 

 

 

 暗くて寒くて熱くて明るい。地霊殿とはそんなところだ。私の名前は古明地さとり。この地霊殿の管理人をやっている。地霊殿の管理人というだけで、そこまで偉い立場でもないのだが、そういう立場の者が少ないというだけで外からくる話は大体私のもとに入ってくる。

 

「まあ、無駄な仕事が増えるだけなんですけどね。星熊勇儀さんあたりが引き受けてくれるといいんですけど、いかんせんそういうことは苦手のようで。ええ、迷惑ですよ。これでも暇ではないので」

 

「そこまで露骨に嫌な顔をされるとは思っていなかったわ。でも勘違いするな。私は別にお願いに来たんじゃない。お前も手伝いたくなると思って声を掛けに来たのよ(まあ、一回地底に来たかったという理由もあるけど。ここは太陽の光がないし)」

 

 私の前に座ってらっしゃる小さな吸血鬼。彼女の名前はレミリア・スカーレット。地上に紅魔館という大きな洋館を構え、そこで何かやってるらしい。一体どうやってあれだけの洋館を維持するだけの収入を得ているかは謎だが、まあ興味がない。

 

「手伝いたくなる……ですか。一体どんな話で?」

 

「教えてあげてもいいけど、タダとは言わないわ。ちょうど地底に別荘が欲しいと思っていたところなのよ。地底の土地を分けなさい。それが条件(私が夢で見た光景。二か月後、この世界は滅亡する。なんとしても阻止しないとね。これを機に、一気に私の勢力を拡大してやる)」

 

「え? 嫌ですよ。吸血鬼に土地を与えたら碌なことがない。勝手にその辺の鬼から奪ってください」

 

「気にならないの? 私の話が(なんだコイツ。無礼なやつだ)」

 

「ならないですよ。なんで私がそんな面倒なこと……面倒くさい」

 

「……はぁ。無駄骨ねぇ。咲夜、行くわよ(まさかこんなつまらないやつとは)」

 

 レミリア・スカーレットは大きくため息をつくと、横にいた従者を連れて部屋を出ていく。私は扉が閉まったと同時に大きくため息をつき、椅子にもたれ掛かった。

 

「お燐、片づけといて」

 

「了解しましたー。って、あの吸血鬼たち全く飲んでないし(勿体ない精神とかないのかねぇ)」

 

 まあ、逆の立場だったら私なら絶対飲まないが。こんな何が入っているかわからないお茶。私はティーセットをテキパキと片づけるお燐を横目に、先ほどの吸血鬼の話を頭の中で整理した。

 

「押しつけがましいというかなんというか。大して分かってもないくせに」

 

 どうやら、予知夢を見たらしい。二カ月後、外の世界で大きな事件が起こり、地球が壊滅する。それの影響で、幻想郷も危ないようだ。

 

「それ以外何もわかっていないというのに、そんな曖昧な情報を取引材料にするなんて」

 

 だが、それがもし本当ならば……

 

「何をブツブツ言ってるんで?(というかあの吸血鬼の話、よく分からなかったにゃぁ)」

 

「お燐。少し出かけるわ」

 

「え? あ、はい。どちらまで?(閻魔様のところかな?)」

 

 お燐は私に行先を聞いておきながら、そのままティーセットを持って部屋を出て行ってしまう。私は一度自室に戻って身支度を済ませると、地霊殿を後にした。

 

「お姉ちゃんどこ行くの? 私も一緒に行く!!」

 

 地霊殿を出てすぐ、私は後ろから何者かに抱きつかれる。いや、何者か悟られず私に抱きつける者など地底には一人しかいなかった。

 

「あんまり面白くないわよ?」

 

「いいの!」

 

 古明地こいし。私の実の妹だ。覚妖怪の特徴である第三の目を閉じてしまったことで、こいしは人の心を読むことはできない。いや、第三の目を閉じているのではない。こいしは心を閉じていた。何を考えているか私にも読めない。いや、そもそも何かを考えているのだろうか。私が意識を読むとしたら、こいしは無意識を操る。まあなんというか、愛らしい妹だ。

 

「で、どこ行くの?」

 

「地上よ」

 

「地上のどこ?」

 

「さあ、どこにあるのかしら」

 

 吸血鬼は今回のように片っ端から声を掛けているのだろうか。なんにしても、あいつにはまだ声を開けていないだろう。あれとあいつは仲が良くない。だとしたら、私が手を組むべきはあいつだ。

 

「わかった! 誰かに会いに行くのね」

 

「まあ、そうね」

 

「誰に会いに行くの?」

 

 さて、何処に行けば会えるのやら。幻想郷で一番居場所が分かりにくいのはあいつだ。

 

「八雲紫」

 

 

 

 

 

「で、そんなよくわからない情報を頼りにここへきたと。いささか心配性すぎるのではありませんか? (あまりにも確かな情報が少なすぎる。何をそんなに焦っているのやら)」

 

 八雲紫は呆れた顔で私を見てくる。まあ、紫の言いたいこともわかる。だが、わかるのだ。

 

「憶測なんかでこんなところまでは来ません。レミリア・スカーレットはこのままでは世界が滅亡すると確信していた。つまり、それほどはっきり見えたということでしょう」

 

 あの吸血鬼が見た夢。それは予知夢としてはあまりにもはっきりしたものだった。

 

『本当に物凄かったね、変身したまどかは。まさか、あのワルプルギスの夜を一撃で倒すとは』

 

『その結果どうなるか、見越した上だったの』

 

『結果は一緒さ。彼女は最強の魔法少女として、最大の敵を倒してしまったんだ。勿論あとは、最悪の魔女になるしかない。今のまどかなら、五日もしないうちにこの星を壊滅させてしまうだろう。ま、あとは君たちの問題だ。僕らのエネルギー回収ノルマは概ね達成できたしね』

 

『戦わないのかい?』

 

『私の戦場はここじゃない』

 

『暁美ほむら……君は、一体――』

 

 この一連の会話。レミリア・スカーレットはそれを見た。彼女はこの光景を見て、どうして二か月後だと予想したのだろうか。太陽の位置、空模様、まあこんなところだろう。私はレミリア・スカーレットが見た光景を包み隠さず八雲紫に説明する。八雲紫はその話を聞いて、表情が少し真剣になった。

 

「確かに、少し気になるわね(インキュベーター、あの面倒くさいのが関わってくるとなると……)」

 

「インキュベーター?」

 

 八雲紫は頷くと、白い紙にペンを走らせる。そこに描かれたものは小さな猫のような生物だった。

 

「猫!」

 

 こいしが両手を挙げて喜ぶ、紫はそんなこいしを見て苦笑を浮かべた。

 

「そんなに可愛いものではないわ(とくにこいつはね。面倒くささで言ったら目の前のこいつと同じぐらいには)」

 

「孵卵器なんて名前がついているところを見るに、確かに可愛らしいものではなさそうですね」

 

 八雲紫は紙に書かれたインキュベーターを見ながら話を続ける。

 

「こいつはね。その名の通り孵卵器。取り敢えず、これの説明をしましょうか(まあ、説明するまでもなく、もう心を読んで知っているかもしれませんが)」

 

 

 

 

 

「はあ、なんとも荒唐無稽な話ですね。エネルギーを集めるために人間の子供を魔法少女にして魔女にするだなんて。つまりは宇宙人ということですよね?」

 

 八雲紫の話は胡散臭くとても信じられるような話ではなかったが、心を読む限りでは本当の話らしい。吸血鬼が話した結末は十分に起こりうる。八雲紫はそう判断していた。

 

「たまにいるのよ。突拍子もなく強い力を持った魔法少女っていうのが。そういうのが魔女になると、力の分だけ凶悪な魔女になる(まあ、世界を破滅させる規模となると珍しいどころの話じゃないけど)」

 

「つまり、世界を滅ぼすほどの力を持った魔法少女が魔女になる。それも二か月後に。そういうことですか?」

 

「貴方から聞いた話を纏めると、だけどね。でも、この予知夢が本当に起こりうるかどうか確認する手立てはあるわ。幸い、レミリア・スカーレット嬢は名前を聞いている。『まどか』それに『暁美ほむら』。この二人を手掛かりに少し調べてみますわ(インキュベーター……本当に面倒くさい話だわ。力でなんとかなる相手でもないし、敵対しているわけでもない。魔法少女に関する条約も結んでるし……)」

 

 八雲紫は非常に協力的だった。まあ、それはその筈だ。もしこの予知夢が現実のものとなれば、世界は滅亡する。それは八雲紫としても何としても避けたいはずだ。だとしても、インキュベーターとの条約か。確かに面倒だ。

 

「ええ、よろしくお願いします。この件に関しては協力を惜しみません。まあ、私が持ち込んだ案件ですし」

 

「何かわかったらこっちから伺うわぁ。移動に関しては私の能力のほうが便利ですし(条約を破棄せず、明確に敵対することもせず。相手にも利を持たせた形でこちらの目的を達する。簡単な話ではないわね)」

 

 さて、話は終わりだ。私はお茶の礼を言うとこいしを連れて立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 八雲紫に話を持ち掛けて一週間。大体の調査が終わったのか八雲紫が地霊殿を訪ねてきた。私は人払いを済ませると、八雲紫と向き合う。私の横には角砂糖を積んで遊んでいるこいしがいるが、紫曰くこいしにも今回の話を聞いて欲しいとのことだ。

 

「ひとまず結論から言うわ。スカーレット嬢が予想した世界の終わり。これはかなり高い確率で現実のものになる。鹿目まどか、暁美ほむら。確かに外の世界に実在したわ(それも、かなり近い場所にね。だけど、不可解なこともある)」

 

 紫は二枚の写真を机の上に置く。なるほど、これが鹿目まどかと暁美ほむらか。

 

「ただ、魔女になりうる鹿目まどかは、世界を滅ぼすほどの魔力を持っていなかった。素質はあるみたいだけどね。それに関しては暁美ほむらもそう。私が観察した限り、病弱な少女にしか見えなかった(それどころか、暁美ほむらに関しては死にかけてたし。手術で何とかなったみたいだけど)」

 

「スカーレット嬢の思い違い?」

 

 確かに、そんな状況の少女があの凛とした少女と同一人物とは思えない。

 

「いえ、スカーレット嬢の見た暁美ほむらとは、びっくりするほど様子が違った。二人ともいきなり豹変する可能性があるわ。これに、最後の一言『私の戦場はここじゃない』。これ以上の戦場が、何処にあると言うのかしらね(少なくとも、地球が破滅した後の世界じゃないことは確かでしょうね)」

 

 この先にないとしたら、その前か。

 

「過去……ということですか」

 

「はい正解。その言葉があまりにも気になったものだから、この世の果てまで行って時空の歪みを調べたわ。そしたら、奇妙な並行世界を見つけた。その世界はどうも時間の流れがずれているらしくてねぇ。これから暁美ほむらが辿るであろう未来があったわ(一週間じゃ確実とはいかないけど)」

 

「貴方、時間旅行もできるのですね」

 

 あなたが神か。

 

「馬鹿なこと言わないで頂戴。時間の流れが少しずつ違う世界をいくつもいくつも回って、一本のストーリーに繋げただけよ(私も時間停止の能力が欲しいわぁ)」

 

 どうやら神ではないらしい。ただの努力家だったようだ。要はバラバラのページを一冊の本に纏めたということだろう。

 

「そこから、見えた結論を言うわ。最終目標は、鹿目まどかの願い事を消費させること。魔女にならないように契約させるのよ。彼女の途轍もない魔力で魔女になりたくないと願ったら、魔女になることはないでしょう(魔力の向く方向を変える。大きな力は、制御してこそ価値がある)」

 

 そういうものなのだろうか。八雲紫はそのあとも並行世界の話をしていく。私はその話を聞きながら、どういう風に動いたらいいかを考えていた。

 

「つまり、私が鹿目まどかの家に潜入して、彼女を直接誘導すると」

 

「で、私がお姉ちゃんのサポートをすればいいんだね!」

 

「ええ。そういうことよ。私はインキュベーターに顔が割れているし。というわけでこっちで向こうに行く準備を整えるわ。貴方も貴方で準備をしておいて頂戴(主に外の世界の常識の勉強とかね)」

 

 八雲紫はそう言うと、スキマの中に消える。私は大きくため息をついた後、横に座っているこいしの頭を撫でた。

 

「面倒くさいわ」

 

 でも、世界の破滅には代えられない。

 

 

 

 

 

「それ、本気で言ってらっしゃる? (端的に言って、馬鹿で無謀ね)」

 

「本気で言ってらっしゃる。この中に私の記憶を詰め込みます」

 

 計画前日。私は八雲紫の屋敷に来ていた。そこに用意されていたものは向こうの世界の服に靴。そして簡単な日用品だ。私は海外のからの交換学生として鹿目まどかの家に忍び込むらしい。その為の手続きや書類は全て紫が用意したようだ。

 

「それ、本当に意味あるの? (何も知らずに外の世界に飛び込んで、計画が遂行できるのかしら)」

 

「ええ、勿論です。こいしの存在をインキュベーターに悟られるわけにはいきません。この計画を始めた一ヵ月分の記憶を抜き取り、この中に閉じ込めておきます」

 

 表舞台に立って動く私とは違い、多くの者の無意識に干渉するこいしの存在は見つかってはいけない。こいしだけが動くならインキュベーターでさえこいしを見つけることはできないだろう。いや、いることすら気が付かない。だが、そこに少しでもこいしがいると知っている者が紛れると話は変わる。

 

「私がこいしを意識することで、そこに何かがいると悟られてしまう。もしそうなると、狡猾なインキュベーターのことです。きっと貴方の存在まで看破してしまうでしょう」

 

「まあ確かに。この計画で重要なのは貴方よりも妹さんのほうだしね。わかったわ。でも、それで本当に大丈夫? 目的を見失ってもっと酷いことになったりしない? (私としてはそっちのほうが心配ね)」

 

「ある程度は大丈夫だと予想します。暁美ほむらが転校してきたら、ある程度は状況を把握できると思いますので」

 

 私のことは私が一番よく知っている。世界が破滅しそうになってることを知れば、自主的に動き出すだろう。

 

「だとしたら、鹿目まどかの家に行って数日したら記憶を消しましょうか。貴方は表向きは海外からの転校生ということになってるし、その段階から記憶がないとそもそも鹿目まどかに接触することすらできないし(初めのうちに基盤を作ってもらわないとこちらとしても困るわ)」

 

「ええ、そうしましょう」

 

「日程的には……転校初日。そうね。キリがいいから暁美ほむらがループしてくるのに合わせましょう(その数日前に向こうに送るとしたら……飛行機のチケットを無駄に予約して辻褄を合わせて……面倒くさいから藍にやらせましょうか)」

 

 ああ、それはいい。多くの人間と関わる前に記憶を消したほうがいい。タイミング的にはぴったりだ。

 

「では、始めましょうか。名付けて、『まどかちゃんのついでにほむらちゃんも助けちゃおう大作戦』本当は二人とも殺してしまうのが一番なんだけどね。それをすると、インキュベーターがどのような干渉をしてくるかわからないし(インキュベーターにはまどかの魔法少女化で満足してもらいましょう)」

 

 人が人になる前から地球に干渉しているような生命体だ。技術力だけを見てもかなり手ごわい相手だと言える。そんな相手の妨害など受けたら鹿目まどかの魔女化などあっという間だろう。

 

「インキュベーターにも少しは旨みがないと。鹿目まどかの契約。これが最大の妥協点よ(まあ、それ以上は絶対に譲らないけど)」

 

 

 

 

 

「……思い出した。我ながらなんて失態を……最終的に計画通りにいったからいいものを。だけど——」

 

 私は頭を抱えながら部屋の隅を見る。そこにはこちらに向かって手を振っているこいしの姿があった。

 

「お姉ちゃんすっごく面白かったよ。もうやることなすこと全部裏目に出てさ! 当初の予定ではここまで敵対的な関係になることは予想だにしてなかったよ」

 

「そうよね。貴方はずっと私の近くにいたのよね」

 

「それだけは、何処までも計画通り。お姉ちゃんのジタバタは無駄じゃなかったよ。私は気が付かれていない」

 

 それはそのはずだ。あの世界には、こいしの存在を知るものはいなかったのだから。

 

「あら、目が覚めた? 全部思い出したって顔ね」

 

 襖を開けて、八雲紫が部屋の中に入ってくる。私は畳から起き上がると、立ち上がって紫と対面した。

 

「申し訳ございません。醜態を晒しました」

 

「いいんじゃないかしら。これで、やり遂げたことがしょぼかったらまだしもね」

 

 貴方たち姉妹は世界を救ったわけだし。八雲紫はそう言って微笑んだ。

 

「ところで、記憶を取り戻して気が付いたのですが……貴方、魂をどこにやったんです? 前までは普通に心が読めていたのですが」

 

「急に幻想郷に戻ってきた時は流石に焦ったわ。私の心が読まれたら貴方の記憶を消した意味がなくなるもの。でも、貴方の読心術を何とかする方法をあの巴マミが見つけていた。私はそれの真似をしているだけよ」

 

 なるほど。自分の魂と肉体の境界を弄り、分離させているのか。まあ、なんにしても私が八雲紫に会いたくなくなる理由が一つ増えた。これからは極力関わらないようにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世の果て 何処かもわからない世界で

 

「全く、してやられたよ。何処までが君の策略だい?」

 

 インキュベーターはくるりと首を捻って八雲紫の顔を見上げる。八雲紫はインキュベーターを見下ろすと、不敵に笑った。

 

「勿論、一から十までですわ。これでも最大限の譲歩はしたのです。不可侵の契約を破ったのは大目に見てくださいね」

 

「それに関してはこっちもだ。鹿目まどかが魔女化したら、幻想郷にも多大な被害が及ぶだろう。その時は君も死ぬからいいかと考えていたんだが……」

 

 ああ、お互い様だ。そう言って、人ならざる者たちは笑う。

 

「でもいいのぉ? 鹿目まどかがあのような契約をしたということは、少なくともあの六人の中から魔女が生まれることはないわよ?」

 

「それに関しても大丈夫。この世界には魔法少女が何千何万といる。母数が巨大なだけにこちらが被る被害も少ない。それにだ」

 

 インキュベーターは八雲紫を駆け上がり、肩に乗る。

 

「まどかが契約した時点で、実をいうと半分はエネルギーを収集できているんだよね。今回はそれで満足しておくことにしよう。それに、まどかが魔女になる可能性もゼロじゃない」

 

「前向きね。でも、それはあり得ない。あの子が願った幸福は、そんな小さなものではないわ」

 

 八雲紫は肩からインキュベーターを跳ね除ける。インキュベーターは飛び降り、地面に着地した。

 

「ふーん、そうか。じゃあ、楽しみにしておくよ。幸福から得られる感情エネルギーが一体どれ程のものかをね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局よ。さとりが紫を説得したってことでいいのかよ。まどかから聞いた話とちょっと違うぜ?」

 

「間違いないのです。だってさとりお姉ちゃんがそう言ってたのです。事実、その通り八雲紫は帰ったのですよ!」

 

 マミの家でのお茶会。そこで上がる話題は自然とさとりのことが多かった。

 

「私はあんまりいい思い出ないんだけどね。なぎさちゃんの言うことももっともだけど、鹿目さんの話だとそのあと二人を殺そうとしていたらしいし」

 

「そう……なんだよね。私が見た限りでは、そこまで助けてくれたようには……」

 

「でもさとりお姉ちゃんは説得するって!!」

 

 なぎさは頬を膨らまして怒る。他の皆はなだめるように納得するしかなかった。

 

「まあ、八雲紫がまどかのことを諦めて帰ったことは確かなんだし。助かったことをもっと喜ぼう! このケーキめちゃ旨っすよ!! それより、もっと考えなきゃいけないことがあるでしょ。特にほむら!」

 

 さやかはビシッとほむらを指さす。ほむらはモフモフとケーキを食べながら首を傾げた。

 

「ほら! あんた時間止める魔法使えなくなったでしょ! どうすんのさ」

 

 ほむらはそのままケーキを飲み込むと、真面目な顔になる。どうやら、考えが全くないわけではないらしい。

 

「ワルプルギスの夜との戦いで溜め込んでいた兵器はあらかた使ってしまったし。力が強いわけでも足が速いわけでもない。でもまあ、何とかなるわ」

 

「大丈夫だよ、さやかちゃん。ほむらちゃんには私がついてるもん!」

 

「まどかがぁ? 心配だなぁ……」

 

「ひどーい!」

 

 マミの部屋が笑いに包まれる。確かに、時間停止の魔法を失ったほむらは、魔法少女としては生きていけない。だが、彼女が不幸になることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 彼女たちの幸せは、宇宙を書き換えるほどの力によって約束されているのだから。




 『私の世界は硬く冷たい』、『紅く偉大な私が世界』に続く、東方クロスオーバー第三弾。『魔法少女さとり☆マギカ』ついに完結です。いやぁ、長かった。と、この後書きを書いているのは2017年のクリスマスだったりします。この作品は2017年の夏から冬にかけて書き終え、まどマギの放送時刻に合わせて12分割して投稿した作品でした。各話のタイトルはまどマギの各話のタイトルに連動しているので、合わせてお楽しみください。
 次回作の予定は無いです(あれ? これ前作でも言ったような……)
 
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